二
清涼殿の庭先では天皇の病状回復を願うため密教僧達によって大量の護摩が焚かれていたが、その効果と言えばまったく無いと言って良いほどのものであった。
しかし、それでも声が枯れるまで読経し、煙に目をやられながらも護摩を焚く密教僧達。
何故それほどまでに必死にならなければならなかったのか。
一つの理由として、この時代における陰陽道の躍進と言うのが挙げられる。
当時の密教と言うのは仏教から派生された一つの宗派と言うよりも、むしろ新たな宗教としての色合いが強かった。
仏教と密教の関係として、人々を極楽浄土へと導くのは仏教、現世での悩み事を解決するのは密教、と言う役割分担が出来ていた。
しかしこの時、陰陽道がその新たな一面を見せ始めたのである。
仏教伝来とともに日本に渡ってきた陰陽道ではあったが、仏教が早々と人々に浸透したにもかかわらず、陰陽道は長い間学問としてのみ一部の人間に広がっていただけであった。
しかし、平安の時代に入るとその独特の思想が天皇や公家達の間に受け入れられるようになるのである。
卜占を行い、暦により日の吉凶を占う。
凶事と物の怪の関連性を説き、それを避けるための方法を示唆する。
やがて、方違えや物忌と言うものが公家達の日常生活の一部となってくると、自然、陰陽師も脚光を浴びるようになる。
天皇や公家達が注目すれば、一般の者達も注目する。
朝廷に出仕している陰陽師は天皇、公家の相手だけで手一杯であったが、在野には未だ数多くの陰陽師達がその才を発揮し認められようとしていた。
その陰陽師達が一般の者達の相談を聞くようになり、卜占を行うようになると、今までは悩み事があれば密教僧に相談していた者達も、次第と陰陽師に相談するようになってくるのであった。
そして平安中期、賀茂忠行の登場により陰陽道は更にその基盤を強化する事となる。
その卜占の正確さ、知識の豊富さを持って時の天皇の寵愛を受け、陰陽道の勢力を伸ばす忠行。
それに伴い、密教はこれまで持っていた権威を陰陽道に取られつつあった。
その権威の復権の為、密教僧達は何かしらの結果を出さなければならなかったのだった。
密教僧の立場、実力というものを明確にさせなければいけなかったからである。
己の存在意義を顕示するため、たとえ効力が現れなくともこの者達は儀式を止めるわけには行かないのであった。
さて、その密教僧達の祈祷の対象、村上天皇はと言うと、部屋の中央に静かに横になっていた。
騒々しいまでの読経も、侍医達の慌てふためき駆け回る足音も、もはやその耳には届いていない。
死に瀕しているとはとても思えない、その穏やかな表情。
見る者全てが、死という物をその表情の中に見ていた。
「今上、お気をお確かに…」
その耳元でそっと囁きかける人物、今左大臣藤原実頼。
反対の枕元には、今にも流れ落ちそうになる涙を必死にこらえ、じっと村上天皇の顔を見つめている、今右大臣源高明の姿。
未だ生の満ち溢れているこの二人にも、もはや周りの喧騒など耳に入らず、ただひたすらに天皇の回復を願っていた。
三人の中にだけ訪れる静寂。
もはや手の打ち様がない事は解ってはいても、しかしだからと言って最後まであきらめる事は臣下として許されない。
一縷の望みにすがる二人。
静かに流れる時の中その生を終えようとしている、村上天皇。
そして幕切れは唐突にやってくる。
「今上!」
ゆっくりとその瞳を開ける、村上天皇。
「あぁ、実頼か…」
視点の定まらぬその瞳を声のする方へと向ける。
「私もおりますぞ」
「…高明も、おるのか」
「これ!侍医、何をしておる!」
実頼が慌ててそばに控えていた侍医に声をかける。
「よい、実頼。それより、少し、聞いて欲しい事がある」
その声は段々と弱まり、それに反し息遣いは荒々しくなっている。
「それよりも、お体をお休めください」
「…解っているのだ、わしはもう長くない。だから、その前に、少しでも言っておかなくては…」
「わしが死んだ後の事だ…。憲平、あいつは少し変わった奴だが、親ばかかも知れぬが、あいつは、頭は良い。だから、頼む、あいつを良く、補佐、して…」
途切れる言葉。
「解りました。しかと承りましたから、どうぞもうそれ以上は…」
「た、高明」
実頼の言葉はもはや村上天皇の元へは届いていなかった。
「ここにおります」
「実頼とともに、わが、子を、頼む…」
「はっ」
語りたい事を全て語り尽くし、先ほどまでの苦しげな表情からまた穏やかな表情へと戻る。
「短い間だったが、楽しかったぞ…」
そして、その瞼がゆっくりと閉じられる。
今上崩御。
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