六
「わかっておりました……」
流れるように緩やかに立ち上がり開け放たれた格子戸に近づくと、うっすらと明るくなりつつある空に浮かぶ、今にも消えてしまいそうな儚げな輝きの星々を見つめながら懐子はそう呟いた。
「あなた様が物狂いなどでは無いと言う事は、とうにわかっておりました」
穏やかに語る懐子。
「解っていた? では、何故……?」
その言葉に優しく笑みを返しながら、
「あなた様がおっしゃられない事を、どうしてわたくしが尋ねられましょうか。それに、わたくしは伊尹の子、藤原の者ですのよ、知ってしまえばその事を知らせなければなりません」
結婚、といえば聞こえは良いが、当時の結婚は基本的に政略結婚である。嫁ぎ先の情報を得る為にその親が娘を送りつける、というのが一般的なところであった。そしてその例に漏れず、懐子もそのような責を負っていたのである。
何かを知ってしまえば、実家へと報告しなければならなくなる。
しかし、何も知らなければ報告など出来ない。
だから、夫が隠している事を深くは知ろうとはしなかったのである。
愛していたから、黙って憲平を見続けていたのだ。
「では、知ってしまったからには、この事、伊尹に話すか?」
「わたくしは伊尹の娘ではありますが、しかし、恐らく誰よりもあなた様をお慕い申すものでございます。例え親不孝者と罵られましても、あなた様に 一生ついてゆく所存でございます」
いつの間にかまた憲平の傍らへと戻り、そっとその手を握る懐子。
その言葉に、懐子の手の温もりに、憲平は暫しのあいだ涙するのであった。
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