8、記憶の迷宮

 

 屋上へと続く階段。  
 屋上へと続く、扉。
 僕はまたその扉を開く。
 そっと、優しく。  
 静かに、緩やかに。
 外は、僕を包み込む 雨。  
 僕を暖める、優しい雨。
 僕を凍えさせる、雨。

 いつもの様に屋上にあがると、やはりいつもの様にそこには誰の姿も無かった。
 雨が降っている為だろうか。
 それとも、この屋上が人を寄せつけないのだろうか……。
 静かに降り注ぐ雨。
 コンクリ−トに染み渡る、雨。
 堕ちた水の結晶はその行き場を失い、寄り集まり、そして一つの大きな水鏡を形成する。
 僕は何とは無しに、その水でできた鏡を見つめた。
 天空より落ちて来る小さな、それでいて無限なほどに大量の恵みが、天然の鏡に落ちては混ざり合う。
 僕の顔が映し出されている、水鏡。
 水滴が落ちるごとに、少しの間も置かずに崩れる、水の中の僕。
 浮かんでは消える、波紋。
 目が回る。
 そして僕は、意識を失った……。

 暗い。
 とても暗い。
 前が見えない。
 なにも見えない。
 落ちる。
 深く闇に落ちる感覚。

 ふと下方に見える、光。
 小さな光。
 やがてそれは大きくなってゆき、
 僕を包み込む。
 温かな、光り。
 それに完全に包み込まれた時、場面は変わる。

 小学校。
 遠い記憶。
 そう、小学校3年の時だ。
 その日も雨が降っていた。
 僕は外をはしゃぎまわっていた。
 雨が身体の隅々まで濡らしている。
 雨が、僕の身体を潤している。
 僕は歓喜の波に押しつぶされそうになりながらも、雨の中延々と走りまわる。
 ふと、目に止まったアジサイの花。
 その葉の上を、数匹のカタツムリが僕と同じように雨に打たれる事を喜びながら歩いている。
『どこのアジサイだっただろうか……?』
『自分の家の庭先だろうか』
『……いや、違う』
『では、学校の校庭?』
『そうでもない』
『では、どこ?』
 ……。
 庭。
『そう、どこかの庭先だ』
『どこの庭?』
 家の近所……ではない。
『では、どこ?』
 ふと僕の頭上に現れる、雨をさえぎる傘の影。
 僕は不満の声を上げる。
「かぜ、ひいちゃうよ?」
 優しい声。
『誰の声?』
「かぜなんかひかないさ」
 答える僕。
『誰に?』
 背の高い女の子。
 傘の影に隠れた顔。
『誰?』
「――ちゃんは、風邪ひくと大変だから、中に入ってなよ」
『僕は、知っている?』
「でも、あんまり楽しそうだったから」
 へへっ、と笑う僕。
「楽しいよ、雨は」
『誰だった?』
 ……
 

 そしてまた、暗闇が僕を包み込む……。

 

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