
宇宙には、いわゆる人間の力が及ばない空間がある。
いや、人間だけではなく、機械の力もだ。
そんな空間に迷い込んでしまうと
ときたま時間さえも飛び越えてしまう事がある。
「どこの駅だ……?」
僕は駅名が書いてあるはずの看板を探して、夕日に照らされ真っ赤に染まる駅の中に視線をさまよわせた。
しかし、どこにもそのような物が見当たらない。
「おかしいなぁ……?」
普通の駅にはその駅名と、前、次の駅名を記した看板が大体はあるものなのだが、この駅にはそれが見当たらない。
更にどうやらここは無人駅らしく、駅員に聞くということも出来ない。しかも、他の客も見当たらないとなれば、もうどうする事も出来ないだろう。
僕は仕方なく次の電車が来るのをゆっくりと待つ事にした。
実家から帰る途中での事である。
久しぶりに取れた休みの、最後の一日。
明日からまた始まる仕事づけの日々を少しでも忘れようと思って、新幹線ではなく在来線を使ったのがまずかった。
知らない土地での電車の乗り換えで、間違えてしまったらしい。
気がついてみれば、山あいにある無人駅に一人取り残されてしまった。
辺りは、木、木、木だらけである。
このまま電車が来なかったらと思うと、正直少しぞっとしてしまう。
「もし電車が来なかったら、ここで一夜を過ごせって事?」
まぁ、しかし、まだ電車が来ないと決まったわけではなかったし、それに今は夏である。この時期は日が長い。太陽が沈んだ後もしばらくは明るいはずだから、ちょっと暇な休息時間と思って気長に待っていよう。
僕はナップザックの中から読みかけの小説を取りだし、願わくばすぐにでも電車が来る事を祈って、それを読み出した。
思いのほか小説を読むのに没頭していたらしい。
気がついてみると、辺りは目を凝らさなければ文字が読めないほどに暗くなっていた。
「まだ来ないのか?」
僕は腕時計のデジタル表示を見た。
7:57
かれこれ、ここについてから二時間が経過しようとしている。
空を見上げれば、気の早い星がいくつか煌き始めている。
「おいおい……本当に野宿か?」
不安が現実の物となりつつあったその時、ふと、遠くの方から汽笛の音が聞こえたような気がした。
「おっ!」
これでここからおさらば出来る。
もし、その電車が帰るのとは逆方向だったとしても、かまうものか。
今日中に家に帰れなかったとしても、とにかくちゃんとした所で僕は休みたいんだ。
とにかく、ここから離れたい、そんな気持ちが僕の神経を鋭敏にさせる。
とにかくなんでも良いから、僕をここから連れ去ってくれ!
僕の心はそう叫んでいた。
だから、もう一度よく耳を澄ましてみた。
ボォー!
今度ははっきりと聞こえてくる。
汽笛の音だ。
そして、徐々にレールの上を走る車輪の音も聞こえてきた。
「よかったぁ」
ほっと胸を撫で下ろし、僕は読んでいた小説をナップザックにしまいこみ、電車が来るのを待った。
それからほどなくして、電車が見えてきた。
普通の電車が来ると思っていたが、その予想に反して、やってきたのは古い型の列車、SLと呼ばれているものだった。
「なんでまた……?」
恐らく鉄道会社のサービスの一環なのだろう。
乗った事は無かったが懐かしさを感じる、古い列車。
駅の手前で減速してゆき、プラットホームへとゆっくりと入ってくる列車を僕はただぼんやりと見つめていた。
ギイィィィィ……
列車が止まる。
プシュゥ……
ドアが開く。
一瞬乗るか乗らないか躊躇した。
もしかすると特別料金みたいなものを払わせられるかもしれない。
しかし、次の電車が何時来るのか、いや、それよりも来るのか来ないのかさえはっきりしない状況だったので、僕は幾許かの出費は覚悟しながら列車へと乗りこんだ。
中は予想通りと言うべきか、テレビの中でしか見た事の無いような古い造りだった。
しかしドアが自動になっていたり、しっかりとクーラーが効いていたりと、結構整備されている。
僕が乗るとすぐにドアが閉まり、列車はゆっくりと動き出した。
どうせ次の駅で降りようと思っているのだからこのままデッキで立っていても良かったのだが、せっかくSLに乗ったのだから少しは中を見てみたい。だから僕は進行方向側の客車へと入ってみる事にした。
結構広い客車内。
しかしながら乗客はいない。
……いや、向こうのドア付近に二人ほど人の姿が見えた。
ふちの広い帽子をかぶり怪しげなマントを羽織った少年と、後姿しか見えないのでよくはわからないが、暑苦しそうな真っ黒な服と背の高い黒い帽子をかぶった女性。
僕が入ってきた事に気がついていないのか、二人とも窓の外の景色をずっと見続けている。
まあ、奇妙な二人の事は後回しにして、僕はとりあえずドア近くの座席へと座る事にした。
見た目は硬そうだったが、意外とクッションの効いている座席。
そうこうしているうちにも、列車はどんどんと加速を続けている。
ここちの良い揺れ。
流れては消えてゆく、窓の外の風景。
僕はいつしか、うとうととしはじめていた。
「……客様、お客様」
どのくらい眠っていたのだろう、肩を軽く揺さぶる振動で僕は目を覚ました。
「お客様、申し訳有りませんが乗車券を拝見させて頂けませんか」
目を開けてみると帽子をまぶかにかぶり、制服の襟を立て、まるで顔を隠しているかのような装いの小柄な人物が僕の目の前に立っていた。
恐らくこの列車の車掌なのだろうが、目だけが光っているその姿は怪しい、というよりどこか滑稽だ。
「あ、はい」
しかし車掌といえば、普通は列車の中で一番力のある人物だ。
だから、僕は逆らわずに切符が入っているポケットに手を突っ込んだ。
と、そこで思い出す。
僕の持っている切符は仙台から東京までの普通切符だ。
もしかしたら、何か特別な切符が必要なのかもしれない。
まあしかし、その時はその時だ。事情を説明すれば少しは安くしてもらえるかもしれないし、もしかしたら普通切符だけでいいのかもしれないし。
僕はポケットから切符を取り出した。
車掌がその切符を手に取る。
「あぁ、やっぱり……」
と、それを見た瞬間、車掌は溜め息ともつかないような声を発した。
「あ、やっぱり何か他に切符がいるんでしたか?」
「ああ、いえ、少しこちらの方でトラブルがありまして……。さきほどの駅では止まる予定は無かったのですよ、本来。ですから、もしかすると間違えてこの列車に乗りこんだお客様がいらっしゃるのではないかと」
「まずかったですかねぇ?」
「こちらのミスですからお客様には何の責任もないのですが……あぁ、困った困った」
何やらあたふた、おろおろとしている車掌。
そんな様子を見ていると、こちらまで不安になってきてしまう。
「あ、あの、代金はちゃんと払いますから」
「いえいえ、そんな事はお気になさらないでください。しかし、困った」
代金の問題ではないとしたら、一体何が問題なのだろう。
「車掌さん、どうかしたんですか?」
その時、車掌の横から少年の声が聞こえてきた。
見ると、先ほど前の方に座っていたあの奇妙な出で立ちの少年だった。
「あ、テツロウさん。実はですね、どうも運行路線を外れてしまったようでして、ハイ」
「またですか?」
「ええ、まあ、しかし、今は元通りになったのですが」
「じゃあ、どうしたんです?」
「こちらのお客様がその際、当車に間違えてお乗りになられてしまったのですよ」
「でも、それはおかしいんじゃないですか。機関室がチェックしていたんじゃあ……?」
「脱線時における衝撃で、少しばかり壊れてしまっていたらしいのです。もちろん今は修復されましたが」
「そうなんですか。まあでも、修復されたのだったら大丈夫ですね。こちらの方も次の駅でおろしてあげればいいんですし」
僕もそれを望んでいたのだが、その期待に反して車掌は首を横に振った。
「それがですね、普通の脱線であればよかったのですが、どうも今回のは違かったらしくてですね……」
と、ここでいったん言葉を切り、僕の方を気にしながら、
「実は先ほど小惑星群を通過いたしました時に、時間軸がずれてしまったらしいのですよ」
僕は一瞬耳を疑った。
今、車掌はなんと言った?
確か小惑星群とか、時間軸とか言ってなかったか?
しかし、車掌とテツロウと呼ばれた少年の会話は僕の思考に関係無く進んでいる。
「という事は……?」
「これをご覧ください」
ちょっとお借りします、と車掌は言って僕の切符をテツロウに見せた。
「これは?」
「こちらのお客様が持っていらした乗車券です。ここをご覧ください」
車掌の指が切符のある一点を指し示している。
買った日の日付が入っている辺りだ。
「……偽造では?」
「本物でしょう。私、以前にこれと同じような物を資料で見た事がございますし、機関室の方でも先ほど時間軸を外してしまったというのは確認されていますし、ハイ」
「しかし、本当だとすると、確かに困りましたね……」
テツロウ少年まで、困ったと言い出してしまった。
そんなに困った困った言われてしまうと、気分がめいってくる。状況が掴めていない事が更に僕を困った気分にさせる。
「とにかく、管理局の方へ連絡をしてみてはいかがです?」
テツロウ少年の後ろに、背の高い女性の姿が見える。先ほどテツロウ少年と一緒に座っていた、あの女性だ。
「メーテルさん……そ、そうですね、それがいいですね、ハイ」
車掌はその意見を聞くと、そそくさと前の車両へと消えていった。
残された僕達の間に沈黙が走る。
「災難でしたね」
初めに声を上げたのは、メーテルと呼ばれた女性だった。
影のある表情。
しかし、綺麗な顔立ち。
外国人みたいだったが、その言葉使いは思いのほか流暢だ。
「え、えぇ、そうですね」
僕は、ちょっとだけどぎまぎしながら答える。
「でも、まぁ、管理局に任せていればちゃんと帰れますよ。あっと、僕は鉄郎、星野鉄郎です」
「私はメーテルです」
「あ、僕、河原といいます」
「まあ、災難といえば災難でしょうけど、でも、見方を変えれば幸運だったのかもしれませんよ」
SLに乗れた事を言っているのだろうか。それとも、この列車はどうやら特別な列車らしいので、その事を言っているのか。
「あなたの時代ではまだ少ないのでしょう?」
「えっ?」
鉄郎の指が僕の後ろ、窓の方を指す。僕もつられてそちらを見た。
「えっ……?」
初めはよくわからなかった。
真っ暗な、闇。
しかし、目が慣れてくると無数の光が見えてくる。
街の明かりだと思った。
しかし、それにしては数が多く、上と下の境目が無い。
やがてはっきりと見え始める。
星だ。
無数の星々が窓の向こうに広がっている。
「ええぇっ!」
慌てて反対側の窓に向かう。
「イテッ!」
その途中、鉄郎の足を踏んでしまったようだったが今はそれどころじゃない。
窓に顔をくっつけ、外を見る。
星、星、星……。
上下左右、どこを見ても星。
しかも、少し離れた場所には真っ赤に輝く大きな球体の姿まである。
何がなんだかわからない僕に、
「ここはプレアデス星団のちょうど真ん中でございまして、この列車は大銀河本線を走ります『ギャラクシーエキスプレス999号』です、ハイ」
いつの間にか戻ってきた車掌が、更に訳をわからなくさせる説明をする。
「あ、こちらはお返しいたしますです。それと、こちらは当999号のパスです」
そう言って、さっき渡したままだった切符と、新たにもう一枚、変わった材質の切符を僕に差し出した。
「あ……ども」
「それで、どうでした?」
未だ混乱途中の僕の代わりに、メーテルが事の進展を聞いてくれた。
「えー、こちらから管理局に問い合わせる前にあちらから連絡が入りましてね、どうやら当車は予定より十二時間ほど先行しているらしいのですよ。それで、こちらの運行記録とあちらのモニター記録を照合したいので情報を送ってほしいという事だったのですが、その照合の際に奇妙な事がわかりましたのです」
「奇妙な事?」
一体何時になったら僕の話になるのだろう。
混乱してはいながらも、どこか冷静な僕。
「ええ、実は我々は突然この星域に現れたらしいのですよ、ハイ」
「?」
「鉄郎さんの時計では、今何時になっていますか?」
「えっと……銀河標準時、2010です」
「ところがですね、管理局の方で聞いてみたところ、現在の時間は0810らしいのですよ」
「つまり、我々の体感時間としてはあの小惑星群に入ってから十五時間ほど経っているのですが、絶対時間としては、我々はまだあの小惑星群の手前にいなければならないはずなのです、ハイ」
僕にとっては何がなんだかちんぷんかんぷんな会話だったが、三人にはわかっているらしい。
「じゃあ、僕達は時間軸と空間軸、両方を外れてしまっていたんですね」
難しい顔をして鉄郎が言うと、
「そうらしいです」
どのような表情かわからない車掌が答える。
「それならば、こちらの方――河原さんとおっしゃるそうです――を元の駅に送り届けるにはもう一度さっきと同じ時間にあの小惑星群に入れば可能、と言う事ではありませんか?」
「さすがはメーテルさん。管理局、機関室のコンピューターとも、もう一度同じ時間に突入すれば、元の駅へとこちらのお客様――カワハラ様――を送り届け、帰って来られる確率は95%、と言っております。しかし……」
「何か問題でも?」
「もしかすると上手く行かないかもしれませんし、時間的にもこの999で間に合うかどうか、わからないらしいのです」
もしかすると僕は、ずっとこっちの世界で暮らさないといけない事になるのではないだろうか、そんな疑問が頭をかすめる。
まぁ、こちらの世界の事はまだよくわからないけど、でも……やっぱり嫌だ。
明日からは仕事があるんだし、部屋にはまだ読みかけの小説が溜まっているし、彼女だって向こうにいるんだし……。
「それに、もう一度戻る事になりますと、それだけ次の駅に到着するのが遅れる事となりますです。まぁ、幸いな事にと申しますか、今この列車に乗っているお客様は鉄郎さんとメーテルさん、それにこちらのカワハラ様だけですから、お二方がよろしければそれは問題無いのですが、ハイ」
「僕達は別に今は急いでいないから、間に合うのなら戻っても良いんですけど……」
「上手く行かないと困りますね」
「はぁ、それが問題でして……一応管理局の方で特別巡航艇を出したらしいのですが、それも間に合うかはわかりません」
何か、本当に状況は悪いらしい。
「でも、とりあえずは小惑星群に向かいましょう。もしかすると同じ時間じゃなくてもタイムスリップできるかもしれないし」
タイムスリップ……。
全く、現実味が無い言葉だ。
でも、それを言ったら今の状況さえも現実の物とは思えないわけだし……。
あ、もしかしてこれはドッキリとか?
って、もしドッキリだとしても、たかが一市民をだますのにこんな手の込んだ事はしないよな、普通……。
どこかうわの空で三人の会話を聞きながら、僕はそんな事を考えていた。
「では、とにかく小惑星群に戻ります」
どうやら話はまとまったらしい。
車掌はまた前方車両へと走っていった。
「メーテル、もしかするとこれはチャンスかもしれないね」
「ええ」
「もし、あの小惑星群が時間の扉だとしたら、君の目的も……」
「でも、まだわからないわ」
「そうだね……でも……そうだと、いいね」
そして二人は口をつぐんだ……。
それからは、二人ともこちらの席に移って来て僕と話をした。
この時代の事。
僕の時代の事。
ギャラクシーエキスプレスの事。
二人が体験した事。
とても興味深い話だった。
そして、僕の話も二人にとってはとても興味深い物だったらしい。
「では、あの場所は2001年の地球、だったのですか?」
ここちの良い声。
気を抜けば、その声に吸い込まれてしまうようなメーテルの声に、僕は心をかき乱される。
そう言えば、この二人の関係って一体何なんだろう?
ふと沸き起こった疑問を口にしようとしたその時、激しい揺れが僕達を襲った。
「な、なんだぁ?」
パニック寸前の僕。
案外平然としている二人。
そこに、車掌が入ってきた。
「みなさま、どうぞ、そのまま冷静にお願いいたします。えー、ただいま当車は……」
「車掌、後は俺が話す」
と、その後ろから現れた背の高い、厳しい顔つきの男。
「あ、どうしてあなたが?」
どうやら、鉄郎はこの男の事を知っているらしい。驚いた顔で、その男を見つめていた。
「久しぶりだな、鉄郎、それに、メーテル……」
腰にささっている拳銃らしき物。
真っ黒いマント。
顔についている、大きな傷跡。
どう考えてもこいつはまともな職業の人間じゃない。
僕はなるべく目を合わせないように、顔を伏せた。
「一体どうしたんですか?」
しかし、鉄郎の声は意外にも弾んでいた。
「なに、さっきうちの通信士が面白い情報を拾ったものだからな」
「あ、もしかして……?」
「こいつがそうなのか?」
男の視線が痛い。
「キャプテン、恐がっていますよ……。ええ、こちらが河原さん、間違えてこの999に乗った方です。河原さん、こちらはキャプテンハ―ロック船長です。といってもわからないでしょうが、えっと、そうだな……」
言葉に詰まる鉄郎の後をついでハーロックが、低い、しかしよく聞くと温かみのある声で言った。
「俺はアルカディア号の船長、キャプテン・ハーロック。一応宇宙海賊なんてものをしているが、まあ、よろしく頼む」
僕の前に手を差し出す。
僕もつられてその手を取った。
「あ、あの、僕、河原って言いいます」
大きな、暖かい手。
その時初めて僕はその顔をしっかりと見た。
かすかに微笑んだその表情。
厳しいながらも優しい眼光。
カリスマ、とでも言うのだろうか、この人になら全てを任せても大丈夫だ、と言ったような安心感が僕を包み込む。
「さてと、時間があまり無いようなのでさっさと要件を済ませてしまおう」
僕の手を握ったまま、他の三人の方を振返る。
「さっき管理局との通信を聞いた後、うちのコンピューターに計算させたんだが、999では到底時間には間に合わない。そうだな、車掌?」
「え、あ、まぁ、そ、そうです、ハイ」
初めて聞いた。
恐らく車掌は僕を必要以上に不安がらせない為に黙っていたのだろうが、それでも少なからず車掌に対して不信感を覚えてしまう。
「確かに当車では小惑星群に到着するのには二時間ほどその時間をオーヴァーしてしまいます」
「そこで提案なんだが、このカワハラをうちの船で送り届けてやろうと思うのだが、どうだ?」
「し、しかし、カワハラ様はうちのお客様ですので、そ、そのような事をなされては……」
「車掌の言いたい事はわかる。責任問題は大切だ。しかし、999では確実に遅れる。しかし、アルカディアならば、時間通りに到着できる」
「しかしですね、管理局の法はご存知でしょう?」
「999には迷惑のかからないようにする。俺がカワハラをかっさらっていったと報告すればいい」
「し、しかしですねぇ……」
「客を無事に目的地へ届ける事がお前達の役目だろう?」
「は、はぁ……」
「この際、方法はとやかく言うべきではないと思うがな」
不敵に笑う、ハーロック船長。
「ま、まぁ、当車はお客様第一ではありますが……」
「では決まりだ。後はこちらのカワハラ次第だが……」
話が僕に振られて来た。しかし、確かにこのハーロック船長は信頼できそうだが、海賊、と言う言葉が僕の胸に深く残っている。
「キャプテン・ハーロックは信頼できる人だよ」
鉄郎が言う。
信頼出来る人。
確かにそうかもしれない。
でも、僕の胸にはもう一つ大きな疑問が残っていた。
「でも……、どうして僕を送り届けようとするんです? もしかするともうこちらには戻ってこられないかもしれないんですよ?」
そんな僕の問いに、しかしハーロック船長は軽く笑い、
「海賊なんて者は、危険な事が好きなのさ。それにな、リスクが大きいほど得られる物も大くなるんだぜ」
冗談とも取れるようなその言葉に、だけど僕は不思議な安心感を覚えた。
「……わかりました。では、お願いします」
車掌は相変わらずおろおろしている。
鉄郎は、それで良いんだ、と言った感じで頷いている。
メーテルは、この人は全く捉えどころが無い。何を考えているのかわからない顔つきのまま、僕を見つめている。
そして、ハーロックは、
「よし、そうと決まれば急いでくれ。こっちの船でもセーフティラインぎりぎりだからな」
事の展開を楽しんでいるかのように、明るくそう言った。
僕は今、アルカディア号のブリッジにいる。
海賊船、と言っていたのですごく恐い場所なのでは、と思っていたが意外にもまっとうな人達がほとんどを占める、いたって平穏な空間だった。
でもまあ、人は見かけによらないかもしれないし。
で、今僕のとなりにはハーロック船長が優雅に腰を下ろしている。
信頼できる、僕の中にもその気持ちは疑いようの無いほど大きな物として存在していたが、しかし、どうしても一つ腑に落ちない事があった。
「あの、船長……」
「なんだ?」
誰かが、もうすぐ小惑星群に突入する事を告げている。
「どうしても腑に落ちない事があるんですけど……」
こんな質問をしたら生きてここから出られないかもしれない。
でも、どうしても聞きたかった。
「だから、なんだ?」
何もかもをわかっているような、全てを包み込むかのような、優しい声。
「あの、本当のわけは何なんです?」
ブリッジに、この場所に座ってから初めて、ハーロック船長は僕の顔を真正面から見つめ、そして微笑んだ。
「さっきの説明じゃあ、納得できないか?」
「……出来ません」
恐かった。
いくら船長が信頼できる人物だったとしても、もしかすると触れてはいけない事に触れているのではないか、と言う思いが、僕の心を圧迫する。
「俺は馬鹿は嫌いだ。この場合の馬鹿とは、自分で考える事を放棄する奴の事だ。考える事なくして人間は成長しない。だから……」
そう、だから……、そう言って、一瞬遠くに視線をさまよわせる、船長。
「だから、お前のように考えている、ちゃんと自分のわからない事を口に出し聞く事が出来る奴は、好きだぞ。……そうだ。どうだ、この船に就職してみないか?」
「……」
冗談、なのだろうが、笑えない冗談だ。
「すみません。僕にはこういった仕事は不向きだと思うので……」
それだけ言うのが精一杯だった。
「不向き、か。ハハハッ。いいな、その言葉。不向き、そうか、まあ俺が言うのもなんだがこんな職業、無いにこした事はないんだろうがな……」
どこと無く憂いを帯びたその言葉に、僕は一瞬ドキッとした。
「どうしてお前を送り届けるのか、だったな。まあ、お前に話しても訳のわからない事ばかりだろうが、説明してやろう」
この状況を楽しんでいるのだろうか、その声には笑いさへ含まれているように感じられる。
「それはな、俺の野望達成の為だ。俺の野望、この世界の安定。今のこの世界は不安定な要因に満ち溢れている。その原因がどこにあるのか。……それは、機械帝国という国にある。その国をつぶすのが俺の野望だ。そして、その為には数多くの知識を得なければならないと俺は考えている。戦略、戦術、政治、工学、そして最も重要だと俺が考えているのが、歴史だ」
なんとなくわかったような気がした。
「歴史なんて本を読んだだけじゃあ本当の所はわからない。だからこそ俺はこの目で、自分の目で確かめたいんだよ……さて、どうやら時間になったようだ」
ブリッジ内がにわかに騒がしくなる。
「後、0001分で目標へ到達します」
「時間は?」
「ジャストです」
「座標軸!」
「ジャストです」
「空間の歪みは!」
「ありません!」
「あと0030秒!」
「よし! 全員、対衝撃体勢に移れ!!」
「時間まで、後、五、四、三、二、いちっ!」
激しい揺れがこの船を襲う。
激しい光が、僕の目を襲う。
そして……
気がつくと、僕はあの無人駅に立っていた。
かすかに感じる頭痛。
「……夢?」
時計を見てみる。
ちょうどデジタルの表示が
7:00
に変わったところだった。
近くから、電車が線路を走る音が聞こえてくる。
「夢、だったのか?」
車輪の甲高い悲鳴を響かせながら、電車がプラットホームへと入ってきた。
「本当に、夢だったのか?」
電車が止まり、ドアが開く。
僕は不可解な気持ちに包まれながら、そのドアをまたぐ。
普通の電車。
どこにでもあるような、電車。
僕は入ってすぐの場所に腰を下ろした。
暗くなりつつある外の景色。
気の早い星々が、すでに自分を表現し始めている。
僕は、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
手に触れる紙の、切符の感触。
しかし、もう一つ、不思議な感触が僕の手から脳へと伝わってくる。
「?」
それを抓み、ゆっくりと取り出してみる。
何の素材なのかわからないような、不思議な感触。そしてその表面には、こう書かれていた……。
『Free Pass』
This ticket is free pass from Earth to Andromeda
――――――――
――――――
End
その列車は、普通の駅には止まらない
その列車は、普通の駅にはたどり着かない
その列車は、誰でも乗れるものではない
しかし、その列車は誰でも乗れるものでもある
大地を疾走し
海を渡り
天を駆け
宇宙を舞台に舞い踊る
遥かなる星々の煌きに
悠久なる銀河の懐に
華麗なる惑星の命に
優美なる恒星の終わりに
その列車は抱かれる
何時かわからない時
どこかわからない場所
遠くで汽笛が鳴っている
懐かしい音を奏でている……
Copyright (C)2001 Miu.Watase All Reserved
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