我々はある不思議な情報を入手した。それはM県S市にある某国道に夜な夜な現れると言う、ジャンピングばばあの情報である。
 ジャンピングばばあとは何者か?
 それは、いわゆる都市伝説の一つである。
 では、都市伝説と言うものは何なのか?
 それは、現代社会の中にある噂の事である。
 例えば、トイレの花子さんしかり。
ピアスを空けるとその穴から白い糸が出てきて、それを抜くと失明する。
 コンビニの店長のバーコード頭にレジが反応した。
 ナンパした女とホテルへと行き、翌朝、その女がいない。どこに行ったのかと探してみると、洗面所の鏡に口紅で『ようこそエイズの世界へ』と書いてあった。 
「B4でコピーして」 と言われ、地下4階に行ってしまった。
 などなど、こう言った本当かどうかわからないが噂になっているものを総称して、都市伝説と言う。
 そして、その中にこのジャンピングばばあの話も入っている。
 このジャンピングばばあ、話のバリエーションは様々だが共通している事は、深夜、山道を走っていると後ろから追いかけてくると言う事。
 どんなにスピードを出そうとも、段々と近づいてくると言う事。
 また、その物体は、ジャンプしながら近づいてくると言う事
 さらに、追い越す時は必ず運転手側から追い越すと言う事。
 その時に車の中を覗きこみ、ニヤっと笑う事。
 そして、それはばばあだという事。
 ……
 まあ、これがジャンピングばばあな訳だ。
 そして話は冒頭に戻るが、そのばばあがつい最近目撃されたと言うのだ。
 だからこうして我々はその現場へとやってきたのであった。
 秋も深まる11月の深夜に、何が悲しくてこんな所にいるのだか……。
 これが昼間だったらまだよかったのかもしれない。
 山奥と言う事で紅葉も綺麗だろうし、ちょっとした息抜きには最適だろう(想像)
 しかし、今は深夜の2時である。
 夜は走りやさんたちでにぎわっているとの噂もあったが、全くそんな事も無く、ただ、冷たい秋風が鬱蒼とした木々を揺らしているだけだ。
 そう言えば先ほどから『我々』と言っているが、実際のところここにいるのは私一人だ。
 それは何故か?
 ……。
 別に、『車が友達さ!』と言うわけではないし、確かに先ほどまでは、『我々』だったのだ。
 快調に車を飛ばしていたら、何時の間にか他のメンバーの姿が見えなくなったと言うだけだ。
 一人かっこつけようとしてドリフトしていたからとか、『俺が一番速いのさ』と言ったような考えで、どれだけ他の奴等を離せるか挑戦していただとか、どこかで道を間違えてしまったらしい、などと言う事では、全くないのだ。
 挙句の果てに、メンバーにおいていかれ、道がわからなくなってしまったなどと言う考えは、全く持って見当違いなのである。
 ……。
 ………。
 その話はもう良いだろう。
 今の事である。
 そう言った様々な条件が入り混じり、私は今一人で噂の道を走っているのであった。
 コーナー手前にしかない、街灯。
 見えるものと言えば、車のライトで照らされた目の前のみである。
 私は、またアクセルを全開にした。
 別に、怖くなったから、と言うわけではない。断じてない。
 ただ、少しばかり心細くなっただけだ。
 本当にジャンピングばばあが出てくるなどとは思ってもいないのだ。
 ……。
 しかし、現実とは意地が悪い物である。
 私はふと後ろから迫ってくる気配を感じとってしまった。
(もしかして……?)
 その気配は確実に近づいてくる。
 私は思わずスピードメーターに目をやった。
 120キロ
 相当なテクニックを持った奴でなければ、このワインディングロードをこのスピードで走れはしないだろう。
 目の前に迫るコーナー。
 ギアを一気に2速まで落とし、フルブレーキ。
 急減速で身体が前へと持っていかれる。
 その体勢のまま、ブレーキを放しハンドルを切ってアクセル全開。
 車体がすべる。
 コーナー角に対しほぼ直角に進入、そして、脱出。
 抜けると同時にアクセルを緩めハンドルを直し、もう一度アクセルオン。
 ……。
 これ以上にないほど綺麗に決まった……。私は少しの間その余韻に浸る。
 そして、これでもうついてこられないだろうと思い、バックミラーを覗き見た。
 コーナー付近の街灯の明かりが見える。
 そして……
 私のコーナー速度と同じ、いや、それ以上の速さで何かがコーナーを抜けてきた。
(何!)
 正直言ってこれ以上にないほどに完璧なコーナーリングをしたはずであったのに、それを凌駕する勢いでコーナーを飛び出してくる奴の姿。
 そう、それは人だった。
 ジャンピングばばあが現れたのだ。
(ふっ。面白い)
 久しぶりの強敵に、俺私の、いや、俺の血が騒ぎ出した。
 しばらく封印していた、走りやの血が……。
 俺はアクセルを踏む足を少し緩めた。
 もう一度バックミラーを覗き見る。
 奴はもうすぐそこまで迫っていた。
 奴は、俺の車のスリップストリームへと入ってくる。
(来るか!)
 目の前には緩やかな右コーナー。
 この速度であれば楽に抜かせるだろう。
 コーナーへと入る。
(来た!)
 思った通り、奴はイン側から抜かしにかかった。
 並びながらコーナーを抜ける。
 その瞬間、ばばあは車の中を覗きこんだ。
 しかし、奴も限界ぎりぎりだったのだろう、その顔には余裕のよの字さえも見当たらない。
(この程度なのか?)
 俺は挑発的な目でその顔を見返した。
 ばばあの目に、動揺の色が浮かぶ。
 しかしさすが、と言った所であろうか、ばばあはそのまま俺を追い抜いた。
 いや、俺が追い抜かさせたのだ。
 奴の走りを見るために。
 どの程度なのか、その本当の所を探るために。
 コーナーを抜けると、長いストレートだ。
 俺はとりあえずばばあの後ろにへばりつく事にした。
 そして……。
 何個かのコーナーを過ぎ、俺は奴の全てを見極めた。
(ふ、やはり人の身ではこの程度か)
 問題が少しずれている気もしないではなかったが、まあいいだろう。
 しかし実際のところ、奴の走りは素晴らしいかった。
 理想的とも言える減速のポイント。
 そのスピードをほとんど殺さないままの、流れるようなコーナーリング。
 コーナー脱出後の加速性。
 どれを取って見ても、こんな所でばばあをやらせておくのにはもったいないような走りであった。
 この走りならば、今まで負け知らずだったとしても頷ける。
 しかし、今回は相手が悪かった。
 この俺ならば、こいつに勝つ事が出来る。
 俺と、このMS−Rならば……。
 今までにもっと速い奴とわたりあった事もある、このコンビならば……。
(これで、きめる!)
 目の前に迫るバンクの深い左コーナー。
 俺はアクセルを全開にし、奴と並んだ。
(?)
 と、急速に奴のスピードが落ちる。
(なんだ?)
 俺は一瞬スピードメータを見た。
(しまった!)
 フェイク。
 そう、奴のフェイクだった。
 このスピードでは到底このコーナーを曲がりきる事は出来ない!
「クソッ!」
 俺は思いっきりブレーキを踏んだ……。
(間に合え!)
 タイヤが悲鳴を上げる。
 車体が安定性を失い、左右にぶれる。
 目の前に迫るガードレール。
(止まれー!)
 

 夜空に輝く星々。
 先ほどまでの死闘が、まるでうそであったかのような、静かな時間。
 俺は車から降り、煙草に火をつけた。
 紫煙が夜空へとすいこまれてゆく。
 車を見てみた。
 傷一つなかった。
 あの瞬間、ばばあが身を呈して守ってくれたのだ。
 ガードレールにぶつかる寸前、ばばあがガードレールと車との間に入りこみ、俺の車をはじき飛ばしたのだ。
 そして、そのまま何事も無かったように走り去っていった。
「すげえよな……」
 改めて奴の凄さがわかった。
 フェイクをしかけながら、それを救えるほどの余裕が奴にはあった。
「完敗だ」
 俺は車に寄りかかりながら、煙草を投げ捨てた。
 そして、奴が去る間際に言った台詞を思い出した。
「小僧、まだまだよのう」
 
 上には上がいるものだ。
 その事がわかっただけでも今日はよしとしよう……。


 って言うか、何か忘れているような?

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