「そうだ、私たちだけわかる合図みたいなもの決めようか」
「合図?」
「暗号でもジェスチャーでも何でもいいの。私たちにしかわからないもの」
「・・・・・・俺たちだけの、か。いいね、それ」
カツン。
壁がどこにあるかわからないような暗色の空間に、偉そうに響いてくる足音が大嫌いだった。
円形に照らされたライトの中に男女数人の影が浮かび上がる。
グレイブルーの床が俺たちの関係を見事に色で表現していた。
「情報が漏れたな」
低音の声が空気に浸透していった。
この中で一番背が高くて一番無愛想な男だった。
「真っ向対決だ」
台詞を受けて、いわゆる司令官が断言した。
彼の顔だけ見ていると、どうにも役柄は正義のヒーローじゃないと感じる。
失礼ながら、悪役と言ったほうがぴったりだ。
俺は腰に差した重量のある剣に手をやった。
この場に集まって円陣を組んでいる者たちを一瞥した。
仲間?
いや、そんな良い言葉で呼べるものじゃない。
己の目的や利益のために、今は同盟を組んでいるのみ。
それでもいいさ。
俺は宣言した。
「その前に、裏切り者に制裁を」
全員の目が射るように俺を睨みつける。
みんなが明らかにぎこちない動きを見せた。
ポーカーフェイスを装っても、G以上にそれが可能な者はいない。
司令官の顔色を盗み見る者が後を絶たない中、Gだけが俺から視線を離さなかった。
「彼女は別に俺たちを裏切ったわけじゃない」
は?
俺はポカンとする。
隣にいた冬華(ふゆか)・ラクウェルの視線が最も冷ややかで呆れ果てていた。
「彼女はスパイだったんだ」
全部が真っ黒に塗りつぶされた。
・・・・・・それが、真実?
「どうかな? 確かに、同盟は冷めた関係かもしれない。でも私、このチームは好きよ」
だるい。とにかくだるい。
放心状態の俺の前を、手の平が往復する。
ラクウェルの「当分ダメそう」と言う声が耳をかすめていく。
呆れ具合を倍にした視線は、まったく反応を示さない俺に見切りをつけて去っていった。
同時にいくつかの足音が遠ざかっていった。
最後までその場にとどまっていたGが言った。
「参加するのか?」
辿り着いた真実を俺はまだ消化できずにいる。
「・・・・・・」
まだ答えを用意できていない。
Gもまた俺に背を向けた。
「・・・・・・G!」
Gは足を止め、顔半分だけ振り返った。
「Gはいつから知ってた? ミズキが・・・・・・スパイだって」
いまさら知ったところで、どうこうできるわけでもないけど、答えを得ることで、胸に突っかかったもやを消せるかと思った。
「・・・・・・」
でも、Gは案の定何も返事をしなかった。
そして、グレイブルーの床を丸く照らし出すライトの真ん中で、俺は一人残された。
数秒がとてつもなく長く感じられ、一人残る不安を退治できず、とにかくGを追いかけた。
Gはなんとも思わなかったのか?
脱力と疑問と怒りと・・・・・・イライラが手に汗を握らせる。
そりゃ、仲良くしましょうって集団だったわけじゃない。己のための契約。
けど、俺はGとミズキは本物の仲間だと思っていたんだ。
だから、ミズキが敵に回った時、嘘だと思った。それが覆しようのない真実だとわかった時は、ムカツいて仕方なかった。
でも、最初からスパイだったなら、俺たちとの時間は何だったんだ?
全部・・・・・・虚像。
希望でしかないのかもしれないけれど、全部が嘘だとはどうしても思えなかった。
だって、あれが演技だなんて、誰が思う?
「このチームのこと,2人のこと、信じてる」
「G!」
向こうに、Gの黒髪と負けない黒さを持つマントが見える。
左手の二本の指が前後に屈曲した。
『早く来い!』の合図だ。
唇の先が微かに笑んでいるのがわかった。
俺はすばやく駆け寄る。
「作戦は?」
ごちゃごちゃ考えたって、すぐに答えなんて見つからない。
とにかく指令を優先した。
「敵の仮アジト内にあると思われる例のものを奪還する」
「仮? ・・・・・・なるほど」
いったんそこに保管して、それから本当のアジトに移すってことか。
その前に取り返さなくちゃ、面倒だな。
「ラクウェルたち3人が先陣を切る。その後、司令官たちが乗り込む。俺たちはその補佐」
「兵隊ってことか」
「敵の守衛兼戦闘部隊は5人、加えて統括する隊長がいる」
「了解」
なら・・・・・・ミズキは、その5人ってことか。
ブレードの柄は汗ばんでベタベタしていた。
ミズキと対峙したら、どうなる? 俺は戦えるのか?
えーい、その時にならなきゃわからない。
ドーン!!!
衝撃激しい音に、びくっと体が反応した。
始まったらしい。
ラクウェルたち、ずいぶん派手に動き回ってるな。
注意をひきつけるためか・・・・・・。
けど、その後始末は俺たちだ、なんて考えちゃいないな、絶対。
「行くぞ」
Gの言葉に、俺は重たい腰を上げた。
「私たちだけの合図ね」
「・・・・・・それって、司令官たちにも秘密ってこと?」
「もちろん、私たち3人だけの」
昔は工場か何かだったと思われる産物が残っていなければ、割と殺風景だった。
それでも荒くれて見える分、ラクウェルたちの暴れっぷりを想像せずにはいられない。
いろんなものが乱雑に倒れている。
おかげで、身が隠しやすいのなんのって。
入り口付近からは、みんな遠ざかったっぽいし。
「G」
Gも俺も五感すべてを周りの気配に張り巡らしたまま、ボリュームを落として話しかけた。
「・・・・・・」
「一つ、疑問があるんだ」
物陰を伝って足を進めていった。
埃が舞っていて、咳き込みたくなる。
寸前で押さえたら、変な声が出た。
「どうし・・・・・・」
慌てて口を塞いだ。
こういう時にありがたいのは、Gが無言で待っていてくれることだ。
「どうして、例のもの、奪えたんだろ?」
「・・・・・・」
Gは「何言ってるんだ?」という目で俺を見た。
「ミズキがスパイだった。それはわかった。でも・・・・・・」
続きは後回しになった。
悠長に話している状況じゃなくなったからだ。
足音が近づいてくる。
一気に緊張が体を包む。
「・・・・・・!」
Gの目線が一瞬固まった。気がした。
もう一つ足音が近づいてきた。
話し声がする。
全然聞き取れないな。
声色からして、男と女。
それから、2人は遠ざかっていった。
「・・・・・・ふぅ」
少しだけ安堵する。
覚悟してるって言ったって、やっぱり敵と対峙するのは緊張するものだ。
「G、例のものの情報、ミズキはどこから仕入れたんだ?」
司令官は俺たちに情報を与えなかったはず。
司令官の周りには、いつも交代で2人ずつ護衛がつくようになっていた。
「・・・・・・」
Gの返答はない。
その状況下で、ミズキがスパイ活動を遂行できたのは、どうしてだ?
バレないように味方のフリをしていたとしても、司令官には護衛がいる。
だったら、誰かが気づくはず。
何で、誰も気づかなかった? ミズキ一人じゃ無理だ・・・・・・。もしかして・・・・・・。
「!」
誰かが近づいてくる。
俺は身構えて、鞘に手をやる。
その手をGが収めた。
「ラクウェルだ」
顔を上げると、先陣組にいたラクウェルが一人で戻ってきていた。
「みんなバラけた。応援頼む」
「了解」
もう、身を隠しながら進む意味はどこにもなかった。
俺たちはアジト内部へと疾走して行った。
「ラクウェル」
淡々と仕事をこなすラクウェルにしては、ずいぶんと汗が目立っていた。
バラけるなんて、先陣組のラクウェルが応援呼びに戻るなんて、何かあったに違いない。
「・・・・・・情報が全部漏れてた」
「そうね、つながりは深くない。けど、2人のことは好きよ」
情報が漏れた? どこから?
例のものを奪うにしたって、ミズキ一人じゃ無理だ。
もしやと疑問に思ったことが、確信に変わっていく。
「詳しいことはわからない。バートって呼ばれているヤツが何か握ってるらしい」
そいつだ! そいつが、情報を流してる。
「先行く。司令官はあっちにいるはず、援護して」
ラクウェルは右に曲がっていった。
その奥から、剣がぶつかり合う音がする。
先陣組の誰かがいるのかもしれない。
俺たちはラクウェル指示のもと、司令官のいるほうへと足を向けた。
いくつかの角を通り越し、突き当たったところを曲がった。
「・・・・・・!」
瞬時に足が止まる。
「ミズ・・・・・・キ・・・・・・」
ミズキは、ちょっと困ったような顔をしてはにかんで見せた。
どうしてこれを、演技だって言える?
けど、俺はずっと騙されていた。
これも演技かもしれない。
俺の中で、彼女を信じる気持ちと疑う気持ちが交錯する。
「G」
「・・・・・・」
Gは問いかけに何も答えない。
ミズキが静かに切っ先の細い特有の剣を俺に構えた。
本当に戦うのか? 俺がミズキと・・・・・・。
剣が弧を描いたその時、俺は剣を抜いた。
キーン!!
狭い廊下に乾いた金属音が響く。
「ミズキ・・・・・・」
目の前にミズキの顔。
心の葛藤はまだ続き、必死に彼女の剣を押さえても、それ以上に押し返せずにいた。
・・・・・・!
突然、彼女の目が見開いた。
手首を返して、俺の剣を流したかと思うと、背中側に躍り出た。
しまった、やられる!
そう、振り返った時、ドン! というライフルの音にその場は静まり返った。
瞳に移ったのは、重力に吸い寄せられるように崩れ落ちていくミズキの後ろ姿。
一瞬、何が起こったか、わからなかった。
刹那、ライフルを撃ったはずの司令官が血飛沫に倒れていた。
騒ぎを聞きつけ、ラクウェルたちが駆けてきた。
誰にどう説明しろって?
血の滴る剣を構えるGに、呆然とした。
「ごめんね・・・・・・」
ミズキの消え入りそうな声を耳にした。
「ミズキ!」
慌てて俺はミズキを抱きかかえる。
震える手を握り返す。
・・・・・・これは、フリじゃない。
ラクウェルたちの視線が、俺たちの間をせわしなく動き回り、息絶えた司令官と氷のように冷徹な視線で立ち尽くすGに集中する。
「くっ」
ラクウェルが司令官のライフルを構えた。
Gは一歩も動かなかった。
周りには完全なる結界が張られているかのようだった。
その空間に近寄ろうものなら、たちまち司令官と同じ運命を辿ると感じさせた。
「G・・・・・・」
握っていたミズキの手は俺を離れ、Gを求めるように伸ばされた。
「・・・・・・*#○♪★◇∴■・・・・・・」
一言。
たった一言。
俺たちだけの、言葉。他の誰にもわからない。
そのまま、ミズキの手は力を失って、床に落ちた。
Gがその変わらぬ表情を崩すのを初めて見た。
次の瞬間、ライフルが鳴った。
「G!!」
終わった。
バート・・・・・・ギルバートだった。
誰もGの名前を知らなかった。
それくらい、希薄な同盟だった。
あの時、俺はもっと早くに、ミズキの言葉は本物だと感じるべきだった。
冷めた協力関係の俺たちらしく、司令官は、俺ごとミズキを撃とうとした。
そして、ミズキは俺をかばって前に出た。
Gがギルバートであり、彼がミズキと通じていたのだともわかった。
振り返れば簡単な謎々だった。
Gはミズキと2人で司令官の護衛をしていたし、俺も合わせて3人はしょっちゅう一緒にいた。
結局、例のものは、アジトのどこにも見つからなかった。
そして、俺たち共同体は、まるで空気のように解散した。
今になっては、例のものが何だったのか、わからない。
少なくとも、人の手に渡ると大きな力を持つことだけはわかる。
窓から、オレンジの光が目いっぱい流れ込んでくる。
微妙に蒸して、じわじわと暑さもしみ込んでくる。
風がおさまっていた。
何気なしに、机の引き出しを開ける。
「・・・・・・?」
かくれんぼするように、端にこっそり銀のチェーンが見える。
雫の形をした透明なアクセサリー・・・・・・。
ミズキのだ。
どうして、ここに?
俺はそっとそれを手に取る。
西日が雫の中に吸い込まれ、中に何か文字が浮かび上がった。
・・・・・・これ!!
「2人のこと、信じてる」
そうだ、ミズキが嘘をつかない性格だなんて、一緒にいた俺が一番よくわかってたじゃないか。
全部、真実だったんだ。
全部、本当。だから、あの時Gも,ギルバートも言い訳したりしなかった。
Gの実力だったら、ラクウェルのライフルにだって打ち勝っていたはずだ。
「大好きだよ」
最後に聞いた言葉は、ミズキから2人へ。
これが、物語のエンディングだった。
まるで夕凪のように、今はすべてが穏やかに眠っている。
君は、人一倍、勇気っていうパワーを持っているから、君に託すよ。
信じてる、2人のこと。
私は、2人のことが好きよ。
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