第1章 家庭小説について
子供が主人公である本は、子供の為の本、つまり、児童文学であると思われるが、それが大人の鑑賞に十分耐え得る限り、
その評価は、大人の為に書かれた小説と同じような評価を受けるべきではないだろうか。Montgomery
は、Anne of Green Gablesの
出版前に、友人にあててこう書いている。「少女たちを扱った、女の子向きの物語ですが、大人の中にも気に入ってくれる人たちが
いてくれればいいと思っています。」(6)
彼女の願い通り、いや、予想以上の反響があったようである。それからほぼ1年後の手紙では、「みんながこの本を大まじめに
ーあたかも、大人の読者のために書かかれたもので、単に少女たちのために書かれたものではないとでもいうかのようにー
受け取っているようなので、驚いています。」(7)作者自らの驚きが示している通り、当時の読者層の中に、大人のファンも
数多くいたことが分かる。そして、それは単に「気に入っ」たからだけではなく、「大人の読者のために書かれたもの」のように
思わざるを得ない程のものだったからなのである。
何故、こんなにもこの小説は世に迎え入れられたのだろう。勿論、主人公、Anneの魅力に負うところが多いとは思う。
だが、それに加えて、この小説における“家庭”の描かれ方にも、読者を引き付けるものがあったのではないだろうか。
Anneの生活の基調となるものはCuthbert家、すなわちGreen
Gablesである。そこに住むMatthew とMarilla
老兄妹と
Anneとの間に起こる、数々の出来事や心のふれあいが、実生活に基づくリアルな描写によって、読者に身近な物語として
訴えかけるのだ。このように、“家庭”を舞台にした物語は、“家庭小説”という呼び名を与えられ、児童文学の中でも、
そのようにジャンル分けされている。
一般に家庭小説とは、「家族の日常生活が主として子供の目を通して描かれ、一つの家庭像が示されるもの(domestic
story,
home story,family novel)」(8)と定義されている。従って、この作品も、一つの家庭の中で、子供が如何に成長していくかを描いた、
家庭小説の典型であるといえる。アメリカにおいては、これが出版された1908年の前後約10年間をして、「家庭小説の黄金期」(9)と
呼ぶにふさわしく、子供、特に少女を主人公とし、その成長を描いた多くの小説が出版されている。つまり、Anne
of Green Gablesは
時代の流れに乗り、時代の要請に応えて、書かれた「家庭小説」なのである。
家庭小説の前身は、イギリス、ヴィクトリア時代の「宗教教育と読み書きの教本」(10)にある。18世紀から19世紀中葉にかけての先駆的
家庭小説は、少しずつ生活感のある子供を描き出し始めている傾向があるにせよ、類型化された子どもの描き方が多く、躾と教訓色
あふれる「閉鎖的、自己充足的であった。」(11)それでも、この時期に子供の為の文学が発生したことは歴史的に見ても当然のことだった。
イギリスでは、子供を単に安価な労働力とみなす時代から、1833年の工場法(Factory
Acts) や、1841年のシャフツベリー法(Lord
Shaftesbury Acts)によって、独立した人間として尊重されるようになり、更に、1870年には学校教育が子供の権利として与えられると、
子供の世界は完全に生産の場から家庭に移っていった。その結果、“家庭”という概念が普及し、小説の舞台が“家庭”に移ったのである。
家庭の重要性はブルジョワたちによって認識されてゆく。(12)
産業革命後都市を中心に急速に増加した中 産階級の人びとが、自分たちが手にしつつ あった幸福と繁栄を少しでも持続させるために、
規律ある人間が求められる時代風潮 のなかで子女の教育の必要性を認識し、また家庭においても敬虔な信仰に生きる人間を生む躾が
定着しつつあったことが、家族 の団らんの場である家庭を尊重する傾向に 拍車をかけた。(13)
こうして、子供の躾を目的として、多くの女流作家による教育的、教訓的物語がさかんに書かれるようになった。高桑啓介氏によると、
イギリスでは、Mary M.Sherwood の The History
of the Fairchild Family (1818),Charlotte M.Yonge の The
Daisy Chain (1856)
などを挙げられ、いずれも理想化された家族に、宗教的教訓性を強くもたせている例としている。(14)また、アメリカにおいても同様に、
女流作家、Elizabeth Wetherelの "The Wide,
Wide, World"(1850)の主人公、Ellen
が数々の苦難と試練に耐えた末に、
幸せをつかむという、若い読者の涙を誘う物語があった。Martha
Finley による一少女の年代記、Elsie Dinsmore(1867)の中では、
「厳格で冷酷な父親」(15)がElsie に教育を施している。
このように教訓的で画一的だった家庭小説が、最初にリアリズム文学として確立した作品は、アメリカのLouisa
May Alcott による
Little Women(1868年)である。これは、南北戦争下のNew
England に住む、March
家の四人姉妹を描いたものである。
何故、この作品が傑出しているかというと、それは「・・・子供をこれまでのように善玉と悪玉の見本としてではなく、人間して
見るようになったという意味で、家庭小説を写実に近づけた作品であるばかりでなく、十戒中の第五戒が最も重要視され、
地上の父親は文字通り天上の父親の代弁者であると見られていた、それほど遠くない時代からずっと続いている家族生活の堅苦しく
権威主義的な紋切り型をゆるやかにした画期的な作品でもある。」(16)からなのである。(「十戒中の第五戒」とは、
「あなたの父母を敬え」である。)また、当時の読者に受け入れられたのは、March
家の人々が「読者が直接に知っているような
実在の家族である」(17)という点、つまり、4人姉妹の性格の描き分けがしっかりしていること、数々のエピソードに見られる日常生活に
リアリティがあることなどが挙げられよう。特に次女のJoは、Anneの原型として見ることもでき、その明るく、人生に対して積極的なところや、
当時の常識に染まらず、枠からはみ出そうとするところなどは明らかに、それまでの画一的な主人公たちとは違うものであった。
Joは "'I'm the man of the familynow papa is away'"
(18)であることを誇りにしている、15才の背の高い少女であり、こんなことを言う。
'I hate to think I've got to grow up, and be
Miss March, and look as prim as a China-aster!
It's bad enough to be a girl, anyway, when I
like boy's games and work and manners! I can't get
over my disappointment in not being a boy;
and it's worse than ever now, for I'm dying
to go and fight with Papa, and I can only stay at home
and knit, like a poky old woman!' (19)
Joによく似た少女は、同じくアメリカの女流作家、Susan
Coolidgeの What Katy Did(1872)の主人公、Katyである。Katyもまた、
大人の眉をひそめさせるようなおてんばぶりを発揮するのだが、そのまま活発に生きていくには時代が許さなかった。
つまり、JoもKatyも、後半や続編において、次第に平凡化してゆくのである。「・・・元気のいい少女が、やさしく柔順な女に
成長していかなければならないという常識は、この後もなおひきつづいておこなわれる」(20)という意見は、家庭小説の限界を
とりもなおさず指摘しているようだ 20世紀に入ると、それまでとは違った家庭を描く、新しい家庭小説が見られるようになった。
血縁関係が成立し、初めから家族であった家庭の物語から、孤児が他人、あるいは親戚とで家庭を作りあげてゆくプロセスを
描く物語へ変化したのである。前述の「家庭小説の黄金期」はここから始まったのだ。すなわち、Kate
Douglas Wigginの
Rebecca of Sunnybrook Farm(1903), Frances Hodgson Burnett の The Seacret Garden(1909),
Jean Websterの Daddy Long Legs
(1912), Eleanor Hodgman Porter のPollyanna(1913)
などに代表される多くの孤児物語である。それらの主人公たちは、いずれも
「驚くほど快活な少女が呼びもの」(21)であることが多い。何故なら孤児であり、少女であるという社会的弱者として生き抜く為には、
その明るさこそが武器であったからである。
時代によるある程度の差があるにしろ、以上のような家庭小説が、アメリカで流行した理由はいくつか挙げられようが、
一つには「アメリカの開拓の歴史の上で、子どものモラルの教育が、ほとんどもっぱら、母親あるいは母親を中心とした<家庭>に
ゆだねられてきたことによるものであったり(22)、また「社会の最小単位としての家庭の重要性は、開拓労働の拠点であり、
南北戦争をくぐった時代の要請でもあった。」(23)からであろう。このような系図は、1932年以降、前世紀の開拓農民の生活を描いた
Little Houseシリーズを書き続けた、Laura
Ingalls Wilderに受け継がれてゆく。それはさておき、この時期に、一人カナダで
活躍していたのがL.M.Montgomeryである。カナダといっても、彼女の作品はほとんどBostonのL.C.Page社から出版されているから、
やはり家庭小説が根付いているのはアメリカなのだろう。
それでは、何故20世紀前半に、似たような作品が発生し始めたのか。それは、“子供はかくあるべし”という理想主義を背景とした
児童文学から、徐々に、ありのままの子供の姿を描く、リアリズムを重んじるようになる変化が始まったからではないだろうか。
リアリズムが尊ばれ、実生活と同サイズの、家庭像、人間像が描き出されることが要求される時代が訪れたのである。
子供を対象にした本は、子供に具体的なお手本を示さなくてはならなかった。19世紀において、そのお手本の役目とは、
子供を改心させ、感動させる為に、厳格さをもって、涙を誘うことであり(24)、それらの多くは概して、「子供の視点からではなく、
もっぱら母親の視点から書かれている」(25)のが普通であった。(例えば
Mary Luisa Molsweres の Carrots(1876)に見られる。)
また「ヴィクトリア時代の理想は、子供たちがただただ善良で、大人から言いつけられたとおりにすることであった。」(26)のである。
ところが、20世紀に入ると読者である子供にとって、主人公が時として欠点も見せ、自分と同じ位置に立って、失敗に対してはユーモアを
もって対処し、しかも逆境を生き抜くことが、共感を呼んだ。そして、そのお手本は、逆境をバネに成功する子供(孤児)が務めたのである。
また、家庭小説の初期において、子供たちは「美しい子ども」(beautiful
child)
でなくてはならなかった。すなわち、
「・・・こういう子ども像で際立つのは、その天真爛漫さ(とくに大人世界と関る場合に)、神々しいほどの清らかさ(この清らかさは
場合によって、まったくの白痴の状態に昇華することもある)、そしてもちろん、輝くばかりの容姿」(27)の持ち主である。そして、
このような子供たち(Carrots
の「間抜けた無邪気さ」(28)をもつCarrots や、F.H.E.Burnett の Little
Lord Fauntleroy(1886) の、
どうしようもない程良い子であるCedricなど)は、その登場だけで、周りの大人たちを幸せにし、彼ら自身にもその美しさ、お行儀の良さの
見返りとして、お決まりの幸福な結末が待っていた。
だが、現実には美しい容貌が備わっていても、あまり褒められた性格ではない子供もいる訳であるし、その逆もまた真なりである。
大人たちは次第に子供の視点にたって子供を描くようになり、「美しい子供」から個性を持った子供が登場するようになった。
特に少女を主人公とした作品が多いことにも、それなりの理由があるだろう。
19世紀の少女たちは、将来”家庭の天使”になるべく、「女性の場所は家庭のなかに限られていたし、女性の美徳は信心ぶかいこと、
家庭的なこと、男性に対する服従と抑制にある」(29)という世界の中に生きていた。それが、劣等感、欠点をさらけ出し、
自己を主張するという子供本来の姿を描くリアリズムの手法の発達が、ヴィクトリア朝の規範から少女を解放し始めた。
勿論、そのような子供のエゴを持ったままの子供を、社会が容認し始めた時代性もあろう。
そして、階級のないアメリカにおいて、最下層たる孤児が家庭を求める姿が描かれ始めた。しかもその家庭たるや、
孤児を受け入れることなど、甚だ迷惑だというくらいにしか思っていない、独身者の家である。そのような「欠損家庭」(30)に送り込まれた、
最も弱い存在であった孤児である少女たちは、19世紀的少女に理想を求める大人たちと衝突しながらも、自らの個性を主張して強く生きる、
新しいヒロインとなる。特に美しくもなく、完全無欠でもない主人公たちは、少年たちの陰で生きてきた少女たちの共感を生んだことだろう。
その中でも、Anne of Green Gablesのヒロイン、Anne
はその強烈な個性によって、家庭小説の歴史にさん然と輝いている。
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