Anne of Green Gablesを中心とした家庭小説の世界  

   序章

  ここ数年において、日本では、ちょっとした『赤毛のアン』ブームである。続編を含む映画の上映、ミュージカルの来日公演は
悉くヒットし、特集を組んだ雑誌やデパートの催しは、好評を博している。小説の舞台となったカナダ、プリンス・エドワード島への
観光客の数も、年間70万人のうち、日本人は3万5千人にものぼり
(1)、このブームに伴い、倍増したという。(2)
  日本における『赤毛のアン』ファンは年齢を越えて幅広く、息が長い。名訳者、村岡花子の翻訳で、昭和27年(1952年)、
三笠書房から出版されたのを初めとして、全十冊のアン・シリーズのうち、『赤毛のアン』第一巻だけで、実に20種類以上の本が
出版されていることからも、この本の人気がうかがえる。
(3) また、1990年には北海道に、19世紀末期のアンの世界を再現した
テーマ・パークまでが、オープンしてしまった。これでカナダまで行かなくとも、アンが生きた19世紀末期の雰囲気に浸ることができる、
という訳である。
  さて、これほどまでに、読者を魅了してやまないアンの人気の秘密は、一体何にあるのだろうか。アンが
"I've always heard that Prince Edward Island was the prettiest place in the world"
(4)と感嘆した時から、
おそらく何も変わってはいない、島の自然だろうか。島のガイドブックはその美しさを次のように説明している。                

  The Island's red soil, rolling green hills and magnificent seascapes provide the backdrop for colourful
  outdoor activities and events.  ・・・Even from the highway you will see masses multicoloured wildflowers
  contrasted against the varying greens of lush fields and forests, and you will hear the calls of a multitude
  of birds as they sing from nearby shrubs and trees.
(5)

  島中に残っている、このような自然の美しさに惹かれるのだろうか。それとも、作品中に多く語られる、
昔ながらの家庭生活に憧れて、料理や、手芸などを作ってみたくなるからだろうか。または、全体に流れる古風で優雅な、
懐古的な心地よさのせいだろうか。確かに、20世紀の日本では、もう味わうことのできない、レトロな雰囲気も手伝って、
ファンを大量に作り出していることも言えなくはない。だが、それだけでは単なる感傷的な少女小説で終わってしまう。
少女小説―そう言ってしまえば、それはそれで済むかもしれない。しかし、この作品には、もっと奥の深いものが
流れているように思われる。そうでなければ、こんなにも多くの人々が魅了されるはずがない。   
 『赤毛のアン』―(Anne of Green Gables,1908) ―は、Canadaの東端部に位置する島、Prince Edward Islandで
生まれ育った女流作家、Lucy Maud Montgomery(1874-1941) の処女作に当たる。空想好きの赤毛の孤児、Anne Shirleyが
Green Gablesという“家庭”を得て、さまざまな問題を巻き起こしながらも、持ち前の想像力を駆使して対処し、
自分なりの生き方を見つけてゆく。いわば、少女の成長を描いた物語である。途中、血沸き肉躍るといった冒険もなく、
まるでPrince Edward 島のように、どこまでも平坦でなだらかな、一見退屈な小説ではあるが、小さな村の常識に捕らわれない言動で、
保守的だが、気のいい村人たちをひっかき回す少女の姿がいきいきと描かれている。
  Montgomeryはこの作品によって、文字通り富と名声を確保した。そして晩年まで、Anneシリーズと呼ばれる続編を10冊、
他の長編小説を12冊、短編集を4冊、詩集を1冊などを世に送った。その中でも最も有名であり、彼女の名を世界中に
知らしめたのが、このAnne of Green Gablesであるが、Montgomeryは何を主人公に託し、伝えたかったのだろうか。
また、この作品を支える根本的な考え方は何であるだろうか。そして、Anneは何故、こんなにも魅力的なのだろうか。
以下、この作品が生まれた時代的背景、他作品との比較、全体の雰囲気、作品に影響を与えた作者の人生などに触れながら、
家庭小説という視点に立って、本当の魅力を探ってみようと思う。

 

   第1章 家庭小説について

 子供が主人公である本は、子供の為の本、つまり、児童文学であると思われるが、それが大人の鑑賞に十分耐え得る限り、
その評価は、大人の為に書かれた小説と同じような評価を受けるべきではないだろうか。Montgomery は、Anne of Green Gables
出版前に、友人にあててこう書いている。「少女たちを扱った、女の子向きの物語ですが、大人の中にも気に入ってくれる人たちが
いてくれればいいと思っています。」
(6)
 彼女の願い通り、いや、予想以上の反響があったようである。それからほぼ1年後の手紙では、「みんながこの本を大まじめに
ーあたかも、大人の読者のために書かかれたもので、単に少女たちのために書かれたものではないとでもいうかのようにー
受け取っているようなので、驚いています。」
(7)作者自らの驚きが示している通り、当時の読者層の中に、大人のファンも
数多くいたことが分かる。そして、それは単に「気に入っ」たからだけではなく、「大人の読者のために書かれたもの」のように
思わざるを得ない程のものだったからなのである。  
 何故、こんなにもこの小説は世に迎え入れられたのだろう。勿論、主人公、Anneの魅力に負うところが多いとは思う。
だが、それに加えて、この小説における“家庭”の描かれ方にも、読者を引き付けるものがあったのではないだろうか。
Anneの生活の基調となるものはCuthbert家、すなわちGreen Gablesである。そこに住むMatthew とMarilla 老兄妹と
Anneとの間に起こる、数々の出来事や心のふれあいが、実生活に基づくリアルな描写によって、読者に身近な物語として
訴えかけるのだ。このように、“家庭”を舞台にした物語は、“家庭小説”という呼び名を与えられ、児童文学の中でも、
そのようにジャンル分けされている。
 一般に家庭小説とは、「家族の日常生活が主として子供の目を通して描かれ、一つの家庭像が示されるもの(domestic story,
home story,family novel)」
(8)と定義されている。従って、この作品も、一つの家庭の中で、子供が如何に成長していくかを描いた、
家庭小説の典型であるといえる。アメリカにおいては、これが出版された1908年の前後約10年間をして、「家庭小説の黄金期」
(9)
呼ぶにふさわしく、子供、特に少女を主人公とし、その成長を描いた多くの小説が出版されている。つまり、Anne of Green Gables
時代の流れに乗り、時代の要請に応えて、書かれた「家庭小説」なのである。

 家庭小説の前身は、イギリス、ヴィクトリア時代の「宗教教育と読み書きの教本」(10)にある。18世紀から19世紀中葉にかけての先駆的
家庭小説は、少しずつ生活感のある子供を描き出し始めている傾向があるにせよ、類型化された子どもの描き方が多く、躾と教訓色
あふれる「閉鎖的、自己充足的であった。」
(11)それでも、この時期に子供の為の文学が発生したことは歴史的に見ても当然のことだった。
 イギリスでは、子供を単に安価な労働力とみなす時代から、1833年の工場法(Factory Acts) や、1841年のシャフツベリー法(Lord
Shaftesbury Acts)によって、独立した人間として尊重されるようになり、更に、1870年には学校教育が子供の権利として与えられると、
子供の世界は完全に生産の場から家庭に移っていった。その結果、“家庭”という概念が普及し、小説の舞台が“家庭”に移ったのである。
家庭の重要性はブルジョワたちによって認識されてゆく。
(12)                             

 産業革命後都市を中心に急速に増加した中 産階級の人びとが、自分たちが手にしつつ あった幸福と繁栄を少しでも持続させるために、
 規律ある人間が求められる時代風潮 のなかで子女の教育の必要性を認識し、また家庭においても敬虔な信仰に生きる人間を生む躾が
 定着しつつあったことが、家族 の団らんの場である家庭を尊重する傾向に 拍車をかけた。
(13)

 こうして、子供の躾を目的として、多くの女流作家による教育的、教訓的物語がさかんに書かれるようになった。高桑啓介氏によると、
イギリスでは、Mary M.Sherwood の The History of the Fairchild Family (1818),Charlotte M.Yonge の The Daisy Chain (1856)
などを挙げられ、いずれも理想化された家族に、宗教的教訓性を強くもたせている例としている。
(14)また、アメリカにおいても同様に、
女流作家、Elizabeth Wetherelの "The Wide, Wide, World"(1850)の主人公、Ellen が数々の苦難と試練に耐えた末に、
幸せをつかむという、若い読者の涙を誘う物語があった。Martha Finley による一少女の年代記、Elsie Dinsmore(1867)の中では、
「厳格で冷酷な父親」
(15)がElsie に教育を施している。
 このように教訓的で画一的だった家庭小説が、最初にリアリズム文学として確立した作品は、アメリカのLouisa May Alcott による
Little Women(1868年)である。これは、南北戦争下のNew England に住む、March 家の四人姉妹を描いたものである。
何故、この作品が傑出しているかというと、それは「・・・子供をこれまでのように善玉と悪玉の見本としてではなく、人間して
見るようになったという意味で、家庭小説を写実に近づけた作品であるばかりでなく、十戒中の第五戒が最も重要視され、
地上の父親は文字通り天上の父親の代弁者であると見られていた、それほど遠くない時代からずっと続いている家族生活の堅苦しく
権威主義的な紋切り型をゆるやかにした画期的な作品でもある。」
(16)からなのである。(「十戒中の第五戒」とは、
「あなたの父母を敬え」である。)また、当時の読者に受け入れられたのは、March 家の人々が「読者が直接に知っているような
実在の家族である」
(17)という点、つまり、4人姉妹の性格の描き分けがしっかりしていること、数々のエピソードに見られる日常生活に
リアリティがあることなどが挙げられよう。特に次女のJoは、Anneの原型として見ることもでき、その明るく、人生に対して積極的なところや、
当時の常識に染まらず、枠からはみ出そうとするところなどは明らかに、それまでの画一的な主人公たちとは違うものであった。
Joは "'I'm the man of the familynow papa is away'"
(18)であることを誇りにしている、15才の背の高い少女であり、こんなことを言う。

 'I hate to think I've got to grow up, and be Miss March, and look as prim as a China-aster!
 It's bad enough to be a girl, anyway, when I
 like boy's games and work and manners! I can't get over my disappointment in not being a boy;
 and it's worse than ever now, for I'm dying
 to go and fight with Papa, and I can only stay at home and knit, like a poky old woman!'
(19)

  Joによく似た少女は、同じくアメリカの女流作家、Susan Coolidgeの What Katy Did(1872)の主人公、Katyである。Katyもまた、
大人の眉をひそめさせるようなおてんばぶりを発揮するのだが、そのまま活発に生きていくには時代が許さなかった。
つまり、JoもKatyも、後半や続編において、次第に平凡化してゆくのである。「・・・元気のいい少女が、やさしく柔順な女に
成長していかなければならないという常識は、この後もなおひきつづいておこなわれる」
(20)という意見は、家庭小説の限界を
とりもなおさず指摘しているようだ 20世紀に入ると、それまでとは違った家庭を描く、新しい家庭小説が見られるようになった。
血縁関係が成立し、初めから家族であった家庭の物語から、孤児が他人、あるいは親戚とで家庭を作りあげてゆくプロセスを
描く物語へ変化したのである。前述の「家庭小説の黄金期」はここから始まったのだ。すなわち、Kate Douglas Wigginの
Rebecca of Sunnybrook Farm(1903), Frances Hodgson
 Burnett の The Seacret Garden(1909), Jean Websterの Daddy Long Legs
(1912), Eleanor Hodgman Porter のPollyanna(1913) などに代表される多くの孤児物語である。それらの主人公たちは、いずれも
「驚くほど快活な少女が呼びもの」
(21)であることが多い。何故なら孤児であり、少女であるという社会的弱者として生き抜く為には、
その明るさこそが武器であったからである。
  時代によるある程度の差があるにしろ、以上のような家庭小説が、アメリカで流行した理由はいくつか挙げられようが、
一つには「アメリカの開拓の歴史の上で、子どものモラルの教育が、ほとんどもっぱら、母親あるいは母親を中心とした<家庭>に
ゆだねられてきたことによるものであったり
(22)、また「社会の最小単位としての家庭の重要性は、開拓労働の拠点であり、
南北戦争をくぐった時代の要請でもあった。」
(23)からであろう。このような系図は、1932年以降、前世紀の開拓農民の生活を描いた
Little Houseシリーズを書き続けた、Laura Ingalls Wilderに受け継がれてゆく。それはさておき、この時期に、一人カナダで
活躍していたのがL.M.Montgomeryである。カナダといっても、彼女の作品はほとんどBostonのL.C.Page社から出版されているから、
やはり家庭小説が根付いているのはアメリカなのだろう。
 それでは、何故20世紀前半に、似たような作品が発生し始めたのか。それは、“子供はかくあるべし”という理想主義を背景とした
児童文学から、徐々に、ありのままの子供の姿を描く、リアリズムを重んじるようになる変化が始まったからではないだろうか。
リアリズムが尊ばれ、実生活と同サイズの、家庭像、人間像が描き出されることが要求される時代が訪れたのである。 
 子供を対象にした本は、子供に具体的なお手本を示さなくてはならなかった。19世紀において、そのお手本の役目とは、
子供を改心させ、感動させる為に、厳格さをもって、涙を誘うことであり
(24)、それらの多くは概して、「子供の視点からではなく、
もっぱら母親の視点から書かれている」
(25)のが普通であった。(例えば Mary Luisa Molsweres の Carrots(1876)に見られる。)
また「ヴィクトリア時代の理想は、子供たちがただただ善良で、大人から言いつけられたとおりにすることであった。」
(26)のである。
ところが、20世紀に入ると読者である子供にとって、主人公が時として欠点も見せ、自分と同じ位置に立って、失敗に対してはユーモアを
もって対処し、しかも逆境を生き抜くことが、共感を呼んだ。そして、そのお手本は、逆境をバネに成功する子供(孤児)が務めたのである。
  また、家庭小説の初期において、子供たちは「美しい子ども」(beautiful child) でなくてはならなかった。すなわち、
「・・・こういう子ども像で際立つのは、その天真爛漫さ(とくに大人世界と関る場合に)、神々しいほどの清らかさ(この清らかさは
場合によって、まったくの白痴の状態に昇華することもある)、そしてもちろん、輝くばかりの容姿」
(27)の持ち主である。そして、
このような子供たち(Carrots の「間抜けた無邪気さ」
(28)をもつCarrots や、F.H.E.Burnett の Little Lord Fauntleroy(1886) の、
どうしようもない程良い子であるCedricなど)は、その登場だけで、周りの大人たちを幸せにし、彼ら自身にもその美しさ、お行儀の良さの
見返りとして、お決まりの幸福な結末が待っていた。
 だが、現実には美しい容貌が備わっていても、あまり褒められた性格ではない子供もいる訳であるし、その逆もまた真なりである。
大人たちは次第に子供の視点にたって子供を描くようになり、「美しい子供」から個性を持った子供が登場するようになった。
特に少女を主人公とした作品が多いことにも、それなりの理由があるだろう。

 19世紀の少女たちは、将来”家庭の天使”になるべく、「女性の場所は家庭のなかに限られていたし、女性の美徳は信心ぶかいこと、
家庭的なこと、男性に対する服従と抑制にある」
(29)という世界の中に生きていた。それが、劣等感、欠点をさらけ出し、
自己を主張するという子供本来の姿を描くリアリズムの手法の発達が、ヴィクトリア朝の規範から少女を解放し始めた。
勿論、そのような子供のエゴを持ったままの子供を、社会が容認し始めた時代性もあろう。
 そして、階級のないアメリカにおいて、最下層たる孤児が家庭を求める姿が描かれ始めた。しかもその家庭たるや、
孤児を受け入れることなど、甚だ迷惑だというくらいにしか思っていない、独身者の家である。そのような「欠損家庭」
(30)に送り込まれた、
最も弱い存在であった孤児である少女たちは、19世紀的少女に理想を求める大人たちと衝突しながらも、自らの個性を主張して強く生きる、
新しいヒロインとなる。特に美しくもなく、完全無欠でもない主人公たちは、少年たちの陰で生きてきた少女たちの共感を生んだことだろう。
その中でも、Anne of Green Gablesのヒロイン、Anne はその強烈な個性によって、家庭小説の歴史にさん然と輝いている。 

                

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