香川の古城址一覧
≪中讃編≫(善通寺市、丸亀市、坂出市、仲多度郡、綾歌郡【宇多津町、飯山町,綾歌町】)
| 城名 | 所在地 | 城主 | 史要 | 備考 | |
| 1 | 天霧城 | 三豊郡三野町善通寺市吉原町仲多度郡多度津町にまたがる天霧山(標高381.5m) | 香川氏一族(南北朝時代から室町戦国時代にかけ4代220余年) | 現在、城地址、石畳の一部、切り通し、井戸址などが残存。土石業者により天霧山はかなりの部分削られ存亡の危機に晒せれている。早急な保護が望まれる | |
| 2 | 甲山城 | 善通寺市弘田町甲山(標高87.2m) | 朝比奈彌太郎 | 天霧城支城、頂上はおよそ2反余の平地とその頂上を少し下った所に34箇所の平地 | |
| 3 | 櫛梨城【日の出城】 | 善通寺市櫛梨町櫛梨山 | 奈良備前守元吉(寶院伝)三好遠江守元吉(西讃府誌)三好遠江守元(二川分流記) | 山高40間城跡三反余り(西讃府誌)文明9年落城(寶院伝)永禄年間落城(西讃府誌)享禄3年落城(二川分流記) | |
| 4 | 与北城(城山) | 善通寺市与北町 | 三好豊後守その後長曽我部元親(廃城考)三好豊前守義賢天正年間長曽我部元親(全讃史) | 瓦なども出土しているが前記の櫛梨城と混同されているように思われる。長曽我部元親の軍勢が大隅守の軍勢と戦った時の一時的な陣営と推察されている。 | |
| 5 | 摺臼山城 | 善通寺市生野町磨臼山(標高119.0m) | 香川氏一族 | ||
| 6 | 研磨山城 | 善通寺市南 | |||
| 7 | 内山城 | 善通寺市大麻町大麻山(標高616.3m) | 大川小太郎 | 「内山にあり、大川小太郎平政時居れり。文明三年(1471年)何人と戦いし軍破れて自殺する」(西讃府誌)この城はもと内山の峯にあったらしいが元和二年(1616年)三月現在の地に移すとあるが内山城と大麻山城との判断が明確でない | |
| 8 | 大麻山城 | 善通寺市大麻町大麻山(標高616.3m) | 岩崎修理介(古事記)とあり【讃岐府志】では「土居城と称し矢野丹後の居城」と記し「大川政時の臣飛田官平治橘光延居れり」となっている | 大麻山城は前記の内山城と名は異なるが同城と考えられている | |
| 9 | 仲村城 | 善通寺市中村町宮東付近(平城) | 仲行司貞房(行司氏一族) | 平安後期の平城 戦国時代に甲山城ができ廃城となる |
現在、中村町の田の中に『景政神社』として残っている |
| 10 | 石川城 | 仲多度郡琴平町中ノ町北裏 | 石川将監 | 大正期まで東北西に外堀、樹木、竹やぶあり、東に地蔵堂、弁天祠ある | |
| 11 | 西山城 | 仲多度郡琴平町 | 三井大炊貞次 | ||
| 12 | 愛宕山城 | 仲多度郡琴平町愛宕山(標高237.5m) | 石井弾正(五条 石井家後裔といわれる) | 大正初年琵琶渓の谷に古墳を発見したが、その一門か何人か不明 | |
| 13 | 本庄城 | 仲多度郡琴平町五条 | 能勢大内蔵 | 六条に接するあたりにあったと言われる田城、今、本庄といわれるあたりに城があった | |
| 14 | 笠島城 | 丸亀市本島町 | 地頭駿河権守高階保造(承元年間(1207〜11)) | 本島東北端に南北に延びる丘にあった。土塁、空堀、井戸跡等が残存 | |
| 15 | 垂水城 | 丸亀市垂水町(現 浄楽寺) | 藤田大隅守 | 浄楽寺の創建は文亀元年(1501)とも大永年間(1521〜28)ともいわれ、廃城した後創建されたと思われる。城跡は東西69m、南北に84mで周辺平野に対する微高地状の要地であった西北部に土塁の一部がまた南西辺及び西辺の外縁に堀後の一部がみられる。中世の一般的な武士の館的な平城であった | |
| 16 | 金倉城 | 丸亀市金倉町もしくは中津町 | 金倉顕忠 | 金倉城の位置については2説あり@金倉町川西にある西教寺、円龍寺の境内一帯A中津町中ノ村の中津八幡の東方の水田の中にある周囲とは明らかに異なる正方形の地籍がある。前者は遺構があるが南北朝時代の多田氏の金倉城と推察されるが不明。地形からみて後者が金倉氏の金倉城と思われる。 | |
| 17 | 田村城 | 丸亀市田村町秋山屋敷と呼ばれるあたり | 秋山泰忠氏 | 秋山泰忠氏は鎌倉時代に甲斐の国より入国、三野高瀬郷を本拠地に当時の葛原、柞原、飯田、坂本などの諸郷を所領、田村城の遺構は残っていない | |
| 18 | 高津城 | 丸亀市土器町高津 | 田村氏 | 畑の中に小さな祠が鎮座している遺構は残っていない | |
| 19 | 高木城 | 丸亀市土居町高木神社 | 不明 | 遺構は残っていない | |
| 20 | 西巴屋敷 | 丸亀市土器町西村 | 進藤長秀 | 現在は水田、遺構は残っていない | |
| 21 | 和泉屋敷 | 丸亀市川西町七条 | 和泉氏の居館 | 不明 | |
| 22 | 丸亀城@ | 丸亀市番町 | 奈良太郎左衛門元安 | 応仁の頃細川勝元の重臣奈良太郎左衛門元安(宇多津、聖通寺山城主)によって波越山(円亀山)の小山に築城された聖通寺山城の支城 | |
| 23 | 丸亀城A | 丸亀市番町 | 生駒雅楽頭親正 同讃岐守一正 同讃岐守正俊 同壱岐守高俊 |
生駒雅楽頭親正が讃岐国主に任ぜられ入国(天正15年8月)慶長二年(1597年)から同七年にかけて西讃の鎮として築城「円亀城」と名つけた。 | |
| 24 | 丸亀城B | 丸亀市番町 | 山崎甲斐守家治 同志摩守俊家 同虎之助治頼 |
寛永20年(1643)再築、山に石垣を積み現在の丸亀城の原型を作った。完成を待たず死去 | |
| 25 | 丸亀城C | 丸亀市番町 | 京極刑部少輔高和 同備中守高豊 同若狭守高武 同佐渡守高矩 同能登守高中 同長門守高朗 同佐渡守朗徹 |
万治元年(1658)5月5日入国した京極氏の手により現在に残る丸亀城が完成する。一国一城令により廃城となる | |
| 26 | 藤目城 | 仲多度郡仲南町七箇? | 斎藤下総守重之? | 「讃陽古城記」「南海治乱記」「新修香川県史」は那珂郡真野郷七箇村(現、仲多度郡仲南町七箇)説を記しているが「仲南町史」は西讃編で書いた観音寺市粟井町説を書いている。 | |
| 27 | 春日城 | 仲多度郡仲南町春日 | 大谷川光邦 | 城跡東小学校の南東部の山麓にあり、政所屋敷と一段高くなった畑地がありその一隅に井戸も残っているその畑地の西に面する側は立派な野面積みの石垣があり畑の広さは700平方mその裏山には春日神社がありそこが城跡かも? | |
| 28 | 新目城 | 仲多度郡仲南町新目 | 高木弾正安光(本姓:佐伯氏) | 現在パイロット農場となり造成され旧状を留めず新目の北山に西屋敷 | |
| 29 | 本目城 | 仲多度郡仲南町本目 | 本目左衛門尉正利(本姓:佐伯氏) | 本目の藤尾神社の裏山(藤尾神社の西の道を裏山に向かって登って行くと尾根を切断した堀切にでる。そこを越えると茶畑であるがその堀切の西側に一段高くなっている平坦地、東側は尾根上をしばらく行くと17mに12mの広さの削平地がある) | |
| 30 | 山脇城 | 仲多度郡仲南町山脇 | 道久左馬亮久友 | 山脇山の麓守西岡 | |
| 31 | 生間城 | 仲多度郡仲南町丸山 | 奈良常右衛門 | 丸山にあった | |
| 32 | 丸山城 | 仲多度郡仲南町丸山 | 飯尾太六兵衛国盛 | 仲南北小学校と国道32号線を挟んで相対するような丘陵上にあり連郭式山城。付近でも例を見ないような城郭構造 | |
| 33 | 佐文城 | 仲多度郡仲南町佐文 | 小川布伯 | 現在佐文に尾郷原「こはくさん」と呼ばれる祠があり現状一帯は竹林とか畑地になっており旧状をとどめない。 | |
| 34 | 城丸城 | 仲多度郡仲南町丸山 | 向井丹後守寶次 | 照井に横たわる長峰中最も高い所を城丸山と称す。現在大山神社の裏山に堀切、空堀、郭残る | |
| 35 | 大西城 | 仲多度郡仲南町塩入 | 大西入道覚養 | 同地の大西氏の祖先 | |
| 36 | 城山城(きやまのき) | 坂出市と綾歌郡飯山町に接す城山(標高:482.3M) | 中大兄皇子 | 大陸や朝鮮半島からの侵略に備えた古代の朝鮮式山城で創建年は天智称制六年【667】頃遺構は礎石、石塁、土塁、城門跡等、俎板石、鏡石、ホロ ソ石遺構はあるが記録がないので謎の遺跡と呼ばれている。 | 土塁、石塁などが沢山残っているが詳細は不明。古代遺跡として紹介される事がある。地元の言い伝えで「城山長者」の話あり、「昔昔、城山長者に身体の不自由な娘がおりその娘のために作った」 |
| 37 | 法勲寺城 | 綾歌郡飯山町島田、次郎山(標高:84.5M) | 小川伊勢守 | 法勲寺城と嶋田山城は同一と考えられている。大束川の対岸の島田寺に居館 | |
| 38 | 嶋田山城 | 綾歌郡飯山町下法軍寺島田、次郎山(標高:84.5M) | 小川伊勢守 | 法勲寺城と嶋田山城は同一と考えられている。大束川の対岸の島田寺に居館 | |
| 39 | 三谷城 | 綾歌郡飯山町東坂元三谷 | 三谷氏 | 三谷氏の遺構? | |
| 40 | 楠見城 | 綾歌郡飯山町川原楠見 | 高木隼人 | 高木隼人の遺構? | |
| 41 | 聖通寺城(別名:平山城、宇多津城) | 綾歌郡宇多津町と坂出市にまたがる聖通寺山(標高:122m) | 細川頼之 | 宇多津側:外郭跡、空堀、土塁、水の手跡 坂出側:外郭跡、船隠し、古井戸 |
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| 42 | 本台山城(別名:多度津城) | 仲多度郡多度津町桃陵公園 | 天霧城城主香川氏の居館 | 石垣が残存 | |
| 43 | 大谷城 | 仲多度郡満濃町炭所東 | 大谷川左近大夫橘光兼 | ||
| 44 | 平山城 | 仲多度郡満濃町炭所東平山 | 大谷川左近左衛門光盛 | 源少将の配下 | |
| 45 | 種子城 | 仲多度郡満濃町炭所東種子 | 大谷川左近左衛門盛国 | ||
| 46 | 栗隈城(湯船城) | 綾歌郡綾歌町栗熊 | 田村上野親光 | 長尾元高の四男 | |
| 47 | 椎尾城 | 綾歌郡綾歌町岡田東 | 増田右兵衛光政 | 代々奈良氏に属した | |
| 48 | 長尾城(西長尾城) | 仲多度郡満濃町長尾 | 海崎元高 | ||
| 49 | 炭所城 | 仲多度郡満濃町炭所東種子 | 長尾大隅の次男伊勢守及び八男惣左衛門 | ||
| 50 | 岡田城 | 綾歌郡綾歌町岡田下 | 長尾大隅の三男左衛門ノ督 | ||
| 51 | 金丸城 | 仲多度郡満濃町炭所東 | 小亀城太郎某 | ||
| 52 | 国吉城 | 仲多度郡満濃町長尾 | 長曽我部元親が築城 | 天正八年長曽我部元親が築城国吉左衛門に兵一千人を卒いてこの城にいさせ讃州の鎮めとした | |
| 53 | 造田城 | 仲多度郡琴南町造田 | 造田佐渡及び民部正景 | ||
| 54 | 中通山城 | 仲多度郡琴南町中通 | 新居弾正利秀 | ||
| 55 | 高屋城 | 坂出市高屋町 | 綾の在庁高任 | 雄山(標高:139.9m)下にあった | |
| 56 | 西庄城 | 坂出市西庄町 | 香河民部少輔行景 | ||
| 57 | 天王城 | 坂出市西庄町 | 小早川三郎左衛門(隆景) | ||
| 58 | 松尾山城 | 仲多度郡琴平町 | 三井大炊頭貞治 | ||
| 59 | 松浦城 | 善通寺市櫛梨 | 松浦藤内 | ||
| 60 | 木徳城 | 善通寺市木徳町 | 和気道隆 | ||
| 61 | 土井山城 | 善通寺市大麻町 | 矢野丹後 | ||
| 62 | 榎井城 | 仲多度郡琴平町榎井 | 石井将監 | ||
| 63 | 多度津藩陣屋(多度津御殿) | 仲多度郡多度津町家中 | 京極高賢(築城) | 創建年は文政十年(1827)で近世大名の館で家中(旧藩士)屋敷跡、鉤の手の袋小路 | |
| 64 | 山内城、天皇城 | 坂出市の金山の東麓または八十場付近 | ? | 山内城、天皇城は同一の城を時の城主によって呼んだものと思われる | |
| 65 | 江尻村東條屋敷 | 坂出市江尻町 | ? | 坂出市史に「仝くの小屋敷なり、小城と伝」とある詳細は不明 | |
| 66 | 雲井御所 | 坂出市林田町 | 崇徳上皇 | 坂出市史に「雲井御所址 林田町 林田町宇中川に在って綾川の右岸に位す崇徳上皇保元元年八月三日桧上の津に御着 司廳の傍らなる皷岡木丸殿の成るまで三箇年ここに御住居あらせる」とある詳細は不明 | |
| 67 | 氏部城 | 坂出市加茂町北部 | 入江庄左衛門 |
≪参考文献≫
『善通寺市史1巻』『琴平町史』『丸亀市史1巻』ユ―プラザ宇多津蔵書
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