良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4817


雨の巻 第01帖 (335)

〜 第15帖 (349) 


トッチさんのメール

トッチです。


雨の巻 第01帖 (335)

天の日津久の大神(あめの一二の)のお神示(ふで)であるぞ、

特にお許しもろて書きしらすぞ。

十二の巻 説いて知らすのであるぞ、

此の巻アメの巻と申せよ、

此の度は昔から無かりた事致すのであるから人民には判らん事であるから素直に致すが一 等ざぞ、

惟神(かんながら)の道とか神道とか日本の道とか今の臣民申してゐるが、

それが一等の間違ひざぞと申してあろが、

惟神(かんながら)とは神人共に融け合っ た姿ざぞ。

今の臣民 神無くして居るではないか、

それで惟神も神道もないぞ、

心大きく、深く、広く持ちて下されよ、

愈々となるまでは落しておくから見当とれんから、

よくこの神示読んでおいて下されよ。

世界ぢゅうに面目ない事ないよにせよと申して あろが。

足元から鳥立ちてまだ目覚めんのか、

神示(ふで)裏の裏までよく読めと申してあろがな。

此の道は只の神信心とは根本から違ふと申してあろが、

三千世界の大道ざぞ。

所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所あるぞ、

「イスラ」の十二の流れの源泉(みなもと)判る時来たぞ。

命がけで御用つとめてゐると思ふて邪魔ばかり致して おろがな、

金や学や智では大峠越せんぞ。

神はせよと申すことするなと申すこともあ るのぞ、

裏の裏とはその事ぞ、

よく心得て下さりて取違ひいたすでないぞ。

手のひら返すぞ返さすぞ、

此の度の岩戸開きは人民使ふて人民助けるなり、

人民は神のいれものとなって働くなり、

それが御用であるぞ、

いつでも神かかれる様に、いつも神かかっていられるようでなくてはならんのざぞ。

神の仕組 愈々となったぞ。

十月十三日、

ひつ九のかみ。


(意訳)

「天の日津久の大神(あめの一二のかみ)の神示(ふで)です。

特にお許しをもらって書きしらせます。

十二の巻を説いて知らてます。

此の巻は「アメの巻」といいなさい。

此の度は昔から無かつた事を実施するのですから、人民には判らないことです。

であるから、素直に致しておくことが一番です。

惟神(かんながら)の道とか、神道とか、日本の道とか、今の臣民は云いますが、それが一番の間違いです。

惟神(かんながら)とは神人共に融け合った姿なのです。

今の臣民は神を無くしています。

それで惟神(かんながら)も神道もないのです。

心を大きく、深く、広く持って下さい。

いよいよとなるまでは、落しておくから(落ちぶれた生活をさせますから)、見当とれんから(見通しを持つことができませんから)、よくよく、この神示を読んでおいて下さい。

世界中に面目ない事が無い世にしなさいと云っているでしょう。

足元から鳥立ちて
(岩戸開きが近づき、天地異変に始まる危険の足音で、鳥たちが飛び立ち逃げる)、
まだ目覚めませんか。

神示(ふで)の裏の裏までよく読みなさいと言いつけているでしょう。

(普通は神事の表の面だけしか読みませんが、良く読むと不可解な記述があります。

その意味を考えることが、裏を読むことになります。

その裏を読んでいくと、その裏にも不可解な事がありますので、その裏を読みなさいと説明しています。 )

此の道は只の神の信心とは根本から違うと説明しています。

(裏を読んでいくと、教えのようなものの他に、何かの出来事を預言しているような内容があります。

その預言のようなものを読んでいくと、表に書かれたことと違う裏の背景のようなものを読むことが出来るようになります。

ただ、それは現実の人類が理解するにはよほど頭が柔らかくないと不可能と考えられます)

三千世界の大道だからです。

宇宙(天界・地上界)の洗濯と身魂の洗濯とが一度に実施されるのです。

「イスラエル」の十二の流れの源泉(みなもと)が判る時が来ました。

(イスラエルの12族の本当の祖先が分かる時が来るのです)

臣民は命がけで御用を勤めると思っていますが、神の邪魔ばかり致しているのです。

金や学や智では大峠を越せないのです。

神は

「実施しなさいと云うこと」

を実施するなと言いつけることもあるのです。

裏の裏とはそのことです。

よく心得て、取り違いしないようにしなさい。

手のひら返しますし、手のひらを返させます。

此の度の岩戸開きは人民を使って人民を助けることなのです。

人民は神の入れ物(神の神懸かりの対象)となって働くことなのです。

それが御用なのです。

いつでも神懸かりに身魂を磨いておかなければなりませんし、いつも神懸かりでいられるようでなくてはならないのです。

「神の仕組」はいよいよの段階になりました。


(解説)

・「イスラエル」の十二の流れの源泉(みなもと)が判る時が来ました。

今見れば、ヒトラー、シオン賢人議定書などから、フリーメーソン、ユダヤ支配層の計画が明らかになって行く事を言っているように思えます。


雨の巻 第02帖 (336)

天の大神様は慈悲深くて何んな偉い臣民にも底知れぬし、

地の大神様は力ありすぎて、人民には手におへん見当取れん、

そこで神々様を此の世から追い出して悪神の云ふこと聞く人民許りとなりてゐたのであるぞ。

七五三(しめ)は神々様をしめ込んで 出さぬ為のものと申してある事これで判るであろがな、

鳥居は釘付けの形であるぞ、

基督(キリスト)の十字架も同様ぞ、

基督信者よ改心致されよ、

基督を十字架に釘付けしたのは、そなた達であるぞ、

懺悔せよ、

とは外国の事ぞ、

が神国の旗印ぞ、

神国と外国との分けへだて誤ってゐるぞ。

大き心持てよ、

かがみ掃除せよ、

上中下三段に分けてある違ふ血統(ちすじ)を段々に現すぞよ、

びっくり箱あくぞ、

八九の次はであるぞよ。

何事もウラハラと申してあろが、

ひとがひとがと思ってゐた事 我の事でありたであろがな、

よく神示読んでおらんと、

キリキリ舞ひせんならんぞ、

日本 が日本がと思って居た事 外国でありた事もあるであろがな、

上下ひっくり返るのざぞ、

判りたか。

餓鬼までも救はなならんのであるが、

餓鬼は食物やれば救はれるが、

悪と善と取違へてゐる人民、守護神、神々様 救ふのはなかなかであるぞ、

悪を善と取違へ、天を地と信じてゐる臣民人民なかなかに改心六ヶ敷いぞ。

我と改心出来ねば今度は止むを得ん事出来るぞ、

我程偉い者ないと天狗になりてゐるから気を付ける程 悪 ふとりてゐるから、こんな身魂は今度は灰ざぞ、

もう待たれん事になったぞ。

十月の十四日、

ひつ九のかみしるす。

使用された特殊文字 


(意訳)

「天の大神様」は慈悲が深く、何んなに偉い臣民にも底を知ることができません。

「地の大神様」は力があり過ぎて、人民には手におへないし見通せません。

そこで神々様を此の世から追い出して、悪神の云うことを聞く人民許りとなったのです。

七五三(しめ)は神々様を閉め込んで出さない為のものと説明している事の意味が、これで判るでしよう。

鳥居は釘付けの形であるのです。

基督(キリスト)の十字架も同様です。

基督(キリスト)信者は改心しなさい。

基督(キリスト)を十字架に釘付けしたのは臣民、そなた達です。

臣民は懺悔しなさい。

○は外国の事です。

は神国の旗印です。

神国と外国との分けへだてが誤っています。

大き心を持なさい。

鏡を掃除しなさい。

上中下の三段に分けてある(太古に輪廻転生させている上中下の身魂)、それぞれの(違う)血統(ちすじ)が段々に現れてきます。

びっくり!

驚きます。

八九の次は+(トウ=神の世)です。

何事もウラハラと説明しました。

一人一人の事と思っていた事が我の事であることになるのです。

よく神示を読んでいないと、キリキリ舞いするようになります。

日本が日本がと思って居た事が、外国でもあった事もあるのです。

岩戸開きで上下がひっくり返るのです。

判りましたか。

餓鬼までも救はなければなら無いのです。

餓鬼は食物やれば救われますが、悪(神サタン)と善(善神)と取り違へている人民、守護神、神々様を救うのはなかなか難しいのです。

悪(神サタン)を善(善神)と取り違へ、天を地と信じている臣民人民なかなかに改心するのが難しいのです。

我から改心が出来なければ、今度は止むを得ない事になります。

我程偉い者ないと天狗になっているから気を付けなければならない程に悪太りしています。

こんな身魂は今度は灰にします。

(岩戸開きではこのような方たちは皆殺しということのようです)

もう、神は待つことが出来なくなりました。


(解説)

ミロクなど大天使は慈悲が深く、何んなに偉い臣民にも底を知ることができません。

地震の神、風の神など自然現象の御用を務める神は力があり過ぎて、人民には手におへないし、見通せません。

そこで神々様を此の世から追い出して、悪神の云うことを聞く人民許りとなったのです。

信じる者は救われると。

七五三(しめ)=宗教・信仰は神々様を閉め込んで出さない為のものと説明している事の意味が、これで判るでしよう。

鳥居は釘付けの形であるのです。

真実を封印する象徴なのです。

基督(キリスト)の十字架も同様です。

基督(キリスト)信者は改心しなさい。

基督(キリスト)を十字架に釘付けしたのは臣民、そなた達です。

神サタンに環境を与えられ飼育されているとは言え、あなた達は自ら信仰に走っているのです。

洗脳から脱する事が出来ないのは、我よしが邪魔をしているあなた自身の問題です。

臣民は懺悔しなさい。

○(肚に神の無い未完成の器だけ)は外国の事です。

は、器が出来て肚に神が入った成十(神懸り)です。

神国の旗印です。

神国と外国との分けへだてが誤っています。

ミロクが宿るか、排除しているかです。

大き心を持なさい。

鏡を掃除しなさい。

神が映るよう身魂を磨きなさい。

曇った鏡には何も映りません。

上中下の三段に分けてある(太古に輪廻転生させている上中下の身魂)、それぞれの(違う)血統(ちすじ)が段々に現れてきます。

びっくり!

驚きます。

八九の次は+(トウ=神の世)です。

何事もウラハラと説明しました。

一人一人の事と思っていた事が我の事であることになるのです。

人の為にしていたつもりが、実は自分の為であったでしょう。

よく神示を読んでいないと、キリキリ舞いするようになります。

日本が日本がと思って居た事が、外国でもあった事もあるのです。

正しいと思ってしていた事が(しめ)ている事になっているなど、世の中で常識と思われている事が、実はサタンにより作られた常識である事が多いのです。

岩戸開きで上下がひっくり返るのです。

判りましたか。

餓鬼までも救はなければなら無いのです。

餓鬼は食物やれば救われますが、悪(神サタン)と善(善神)と取り違へている人民、守護神、神々様を救うのはなかなか難しいのです。

悪(神サタン)を善(善神)と取り違へ、天を地と信じている臣民人民なかなかに改心するのが難しいのです。

我から改心が出来なければ、今度は止むを得ない事になります。

我程偉い者ないと天狗になっているから気を付けなければならない程に悪太りしています。

こんな身魂は今度は灰にします。

(岩戸開きではこのような方たちは皆殺しということのようです)

もう、神は待つことが出来なくなりました。


ひふみ神示 第十三巻 雨の巻 第三帖

昭和二十年十月十五日、

旧九月十日(1945年)

草木は身を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ。

種は残して育ててやらねばならんのざぞ、

草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのざぞ、

出世するのざから嬉しいのざぞ、

草木から動物虫けら生れると申してあろがな、

人の身(み)神に捧げるのざぞ、

神の御身(みみ)となること嬉しいであろがな、

惟神のミミとはその事ぞ、

神示よく読めば判るのざぞ、

此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神の道で御座るぞ、

神示よく読めよ、

何んな事でも人に教へてやれる様に知らしてあるのざぞ、

いろはに戻すぞ、

一二三(ひふみ)に返すぞ、

一二三(ひふみ)が元ぞ、

天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、

日の大神様は火の御守護なさるなり、

此の事 魂までよくしみておらぬと御恩判らんのざぞ。

悪も善に立ち返りて御用するのざぞ。

善も悪もないのざぞと申してあろがな、

の国真中に神国になると申してあろがな、

日本も外国も神の目からは無いのざと申してあろうが、

神の国あるのみざぞ、

判りたか。

改心すれば(たま)の入れかへ致して其の場からよき方に廻してやるぞ、

何事も我がしてゐるなら自由になるのであるぞ。

我の自由にならんのはさせられてゐるからざぞ、

此の位の事判らんで神の臣民と申されんぞ、

国々所々に宮柱太敷キ立てよ、たかしれよ。

此の先は神示に出した事もちいんと、

我の考へでは何事も一切成就せんのざぞ、

まだ我出して居る臣民ばかりであるぞ。

従ふ所には従はなならんぞ、

従へばその日から楽になって来るのざぞ、

高い所から水流れる様にと申して知らしてあろがな。

十月の十五日、

ひつ九のかみ。

雨の巻 第03帖 (337)

使用された特殊文字  


(意訳)

草木は身を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのです。

種は残して育ててやらねばなりません。

草木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのです。

出世するのですから嬉しいのです。

草木から動物虫けら生れると説明してあります。

人の身(み)を神に捧げるのです。

人民は神の御身(みみ)となること嬉しいでしょう。

惟神(かみながら)のミミ御身とはその事を云うのです。

神示をよく読めば判るのです。

此の道は先に行く程、広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神(かみながら)の道であるのです。

神示をよく読みなさい。

何んな事でも人に教えてやれる様に知らしてあるのです。

「いろは」(元に)に戻します。

一二三(ひふみ)に返します。

一二三(ひふみ)が元です。

天からミロク様が水の御守護をします。

日の大神様は火の御守護をします。

此の事は魂までよく理解していないと御恩が判らないのです。

悪も善に立ち返りて御用するのです。

善も悪もないのです。

の国真中に神国になると説明してあります。

日本も外国も神の目からは無いのです。

神の国があるのみです。

臣民は判りましたね。

改心すれば「」(たま霊)の入れかえ致して其の場から良き方に廻してあげます。

何事も我がしているなら自由になるのです。

我の自由にならんのはさせられているからです。

此の位の事が判らなくて神の臣民と云えません。

国々の所々に宮柱太敷キを立てなさい。

そして、高らかに知らせなさい。

此の先は神示に出した事を用いないと、我の考えでは何事も一切成就しないのです。

まだ、我を出して居る臣民ばかりです。

従う所には従わななければなりません。

従えば、その日から楽になって来るのです。

高い所から水流れる様にと説明して知らしてあるでしょう。


(解説)

雨の巻は長いですので、簡単にまとめます。

存在する物には、それぞれ存在する理由、本質、目的があります。

そして、真の在り方を行くならば、喜びが生まれます。

人の身(み)を神に捧げるのです。

都市攻撃も、ノアの大洪水も神の加護の元にあります。

人類にとっては恐ろしい事ですが、それも進化弥栄に世を迎える為に欠かせない御用なのです。

神の目からは、善も悪もありません。

サタン牧場で飼育され洗脳されている為に我は不自由ですが、改心すれば「」(たま霊)の入れかえをして、その場から良い方に回してあげます。

神示の通りの御用をして下さい。

我を捨て、従う所には従ってください。

そうすれば、無為自然となるのです。


ひふみ神示 第十三巻 雨の巻 第四帖(338)

昭和二十年十月十六日、

旧九月十一日(1945年)

世界の臣民 皆手引き合って行く時来た位 申さいでも判ってゐるであろが、

それでもまだまだ一苦労二苦労あるぞ、

頭で判っても肚で判らねば、

発根(ほっこん)の改心出来ねば、

まだまだ辛い目に会ふのざぞ、

人民 自分で首くくる 様なことになるのざぞ、

判りたであろ。

天の御三体の大神様と ちのおつちの先祖様でないと今度の根本のお建替出来んのざぞ、

判りても中々判らんであろがな。

洗濯足らんのであるぞ。

今度はめんめにめんめの心改めて下されよ、

神は改めてあるが、

神から改めさすのでは人民可哀想なから めんめめんめで改めて下されよ、

改まっただけ おかげあるのざ ぞ。

今度の岩戸開いたら末代の事ざぞ、

天地の違ひに何事も違ふのざぞ。

信者引張りに行って呉れるなよ、

神が引き寄せるから、

役員の所へも引き寄せるから、

訪ねて来た人民に親切尽くして喜ばしてやれと申してあろが、

人民喜べば神嬉しきぞと申してあろが、

草木喜ばしてやれよ、

神示よく読めばどうしたら草木動物喜ぶかと云ふことも知らしてあるのざぞ、

今迄の心 大河に流してしまへば 何もかもよく判って嬉し嬉しとなるのざぞ、

まだまだ世界は日に日にせわしくなりて云ふに云はれん事になって来るのざから、

表面(うわつら)許り見てゐると判らんから、

心大きく世界の民として世界に目とどけてくれよ、

元のキの神の子と、

渡りて来た神の子と、

渡りて来る神の子と三つ揃ってしまはねばならんのぞ、

アとヤとワと申してあるが段々に判りて来るのざぞ。

実地のことは実地の誠の生神でないと出来はせんぞ、

臣民はお手伝ひぞ、

雨風さへどうにもならんであろうが、

生物 何んで息してゐるか、

それさへ判らいで居て何 でも判ってゐると思ってゐるが鼻高ぞと申すのざ、

今の内に改心すれば名は現はさずに許してよき方に廻してやるぞ、

早う心改めよ。

十月十六日、

ひつ九のか三。


(意訳)

世界の臣民が全員手を引き合って行く時が来た位のことは神が云わなくても判っているでしょう。

それでも、まだまだ一苦労二苦労あるのです。

頭で判っても肚で判らねばなりません。

発根(ほっこん)の改心が出来ないと、まだまだ辛い目に会うのです。

人民、自分で首くくる様なことになるのです。

判りましたね。

天の御三体の大神様と地のお土の先祖様でないと今度の根本のお建替は出来ないのです。

判ったつもりでも、中々、判らないでしょう。

身魂の洗濯が足らないからです。

今度はめんめにめんめの心改めて下さい。

神は改めていますが、神から改めさすのでは人民可哀想です。

めんめめんめで改めて下さい。

改まっただけ、お陰(御利益)があります。

今度の岩戸開いたら末代の世となる事です。

天地の違いです。

何事も違うのです。

信者を引張り(勧誘)に行かないでください。

神が引き寄せますから、役員の所へも引き寄せますから、訪ねて来た人民に親切を尽くして喜ばしてください。

人民が喜べば、神は嬉しいと云っているでしょう。

草木を喜ばしてください。

神示をよく読めば、どうしたら草木動物が喜ぶかと云うことも知らしあります。

今迄の心は大河に流してしまへば何もかもよく判って嬉し嬉しとなるのです。

まだまだ、世界は日に日に忙しくなり、云ふに云はれない事になって来るのです。

表面(うわつら)許り見ていると判りません。

心を大きく世界の民として世界に目とどけてください。

「元の「キ」の神の子」と「渡りて来た神の子」と「渡りて来る神の子」と三つ揃わなければならないのです。

「ア」と「ヤ」と「ワ」と説明していることが段々に判るように成ってきます。

実地のことは「実地の誠の生神」でないと出来はしません。

臣民はお手伝いをするのです。

臣民は雨風さへどうにもならないでしょう。

生物が何んで息しているか、それさへ判らないで何でも判っていると思っています。

それが鼻高と云っているのです。

今の内に改心すれば、名は現わさずに許して、よき方に廻してあげます。

早く心を改めなさい。


(解説)

この神示は、そのまま読んでくださればと思います。

神示が判らないのは改心が出来ていないからです。

そのうちにだんだんと判ってきますから、身魂の洗濯を急いで下さい。

まだまだ、世界は日に日に忙しくなり、云ふに云はれない事になって来るのです。

表面(うわつら)許り見ていると判りません。

(メディアから流れてくる報道を鵜呑みにしていると、何も判りません)

心を大きく世界の民として世界に目とどけてください。

(世界全体の動きに注意して、シナリオを検証してください)


ひふみ神示 第十三巻 雨の巻 第五帖

昭和二十年十月十七日、

旧九月十二日(1945年)

神示に書かしたら日月の神(一二) が天明に書かすのであるから其の通りになるのであるぞ、

皆仲よう相談して悪き事は気付け合ってやりて下され、

それがまつりであるぞ、王(おー)の 世が(さかさまのおー)の世になって居るのを今度は元に戻すのであるから、

その事 早う判っておらんと一寸の地の上にもおれん事になるぞ、

今度の戦(いくさ)すみたら世界一平一列一体になると知らしてあるが、

一列一平 其の上に神が居ますのざぞ、

神なき一平一列は秋の空ぞ、

魔の仕組、

神の仕組、

早う旗印見て悟りて下されよ、

神は臣民人民に手柄致さして万劫末代、

名残して世界唸らすのざぞ、

これ迄の事は一切用ひられん事になるのざと申してあろ、

論より実地見て早う改心結構、

何事も苦労なしには成就せんのざぞ、

苦労なしに誠ないぞ、

三十年一切(ひときり)ぞ、

ひふみ肚に入れよ、

イロハ肚に入れよ、

アイウエオ早ようたためよ、

皆えらい取違ひして御座るぞ、

宮の跡は草ボウボウとなるぞ、

祭典(まつり)の仕方スクリと変へさすぞ、

誠の神の道に返さすのざから、

今度は誠の生神でないと人民やらうとて出来はせんぞ。

十月十七日、

ひつ九のかミ。

雨の巻 第05帖 (339)

使用された特殊文字 


(意訳)

「ひふみ神示」として書かされましたら、日月の神(一二三)
「宇宙に住むミロク・クラスの霊体・ミロク、地上のミロクではありません」
が天明に書かすのであるから、其の通りになるのです。

皆は仲よう相談して、悪き事は注意しあい気を付け合って何事も進めてください。

それが祀りであるのです。

善の王=ミロクの世であるはずが、逆の王=悪の王=神サタンの世になって居るのです。

今度はその状態を元に戻すのです。

ですから、その事を早う判っておらんと一寸の地上にも居られないようなるのです。

今度の戦(いくさ)が済みましたら、

「世界は一平一列一体になる」

と知らしてあります。

ですが、全てが一列一平になってしまうのではなくて、其の上に神が居るのです。

神なき一平一列は秋の空なのです。

(秋の空=秋の空に都市攻撃のUFO群が襲来して、人類の社会は壊滅する、その一平一列の体制は神ミロクが保護監視していないと消滅することを意味しています)


魔の仕組=天地創造ゲ−ムの地球劇場で演じられているショ−のシステム

神の仕組=神ミロクが地球へ侵入して、ゲ−ムエンドにする為の岩戸開きの仕組み・システム

皆さんは早く、それぞれの旗印を見て、それぞれのシステムの存在を悟り・認識してください。

神は臣民人民に働いて貰って、万劫末代まで続く臣民人民の名を残して、世界を唸らすのです。

これ迄のやり方や認識は一切用いられない様になるのです。

論より証拠、実地されているのを見て早う改心すれば結構なことです。

何事も苦労なしには成就しないのです。

苦労なしに誠は存在しないのです。

三十年一切(ひときり)りで世の中の推移を見てください。

そして、ひふみ神示の内容を肝に銘じて下さい。

銘じるのです!

イロハの神示を肝に銘じるのです!

アイウエオの神=「天人と天使(霊人達=神ミロク達)」

を早く称えなさい。

皆さんは大変な誤解・取り違いをしています。

宮の跡は草ボウボウとなるのです。

祭典(まつり)の仕方もキッパリと完全に変へさせます。

誠の神の道に返さすのですから、今度は誠の生神ミロクでないと、人民がやろうとしても出来ないのです。


(解説)

太陽さん

平文に直すと、それほど難しい内容の説明をしていません。


善の王=ミロクの世であるはずが、逆の王=悪の王=神サタンの世になって居るのです

の意味は我々のHPを読んでいたなら容易に理解できると思います。

また、魔の仕組・システムも神の仕組・システムも常識的な内容です。

アイウエオの神の語彙が

「天人と天使(霊人達=神ミロク達=神の霊達)」

であることを理解していると、この意味は

「神の霊と天使達が地上のミロク」

を起(・覚醒させようとしている)こして、世界中に埋め込んだ宝を掘り起こして、教育して、岩戸開き・ビックリ箱を開けさせようとしていることが分かりますので、それを称えるように説明していることがわかります。


皆さんは早く、それぞれの旗印を見て、それぞれのシステムの存在を悟り・認識してください。

とありますが、現実の地上界は神サタンの魔の仕組・システムで動いているので、容易にその旗印すら人々が認識出来ないのが実状です。

その為でもないでしょうが、決定打として「女王の登場」によって宇宙を含めた地上の認識を変えてしまうイベントが必要になるのであろうと考えています。


(解説)

・三十年一切(ひときり)りで世の中の推移を見てください。

2010年


1980年

1950年

1920年

1890年

だいたい、これらの年代前後の世界情勢(政治・経済・軍事などの推移)を見れば、陰の支配層がどのようにシナリオを書いてスケジュールを組んできたのかが分ると思います。

サイトをくまなく読んで行けば、色々と検証していますので参考になる事と思います。


トッチさんのメール

トッチです。

難しい所は有りませんので紹介だけとします。

よくよんで下さればと思います。

「草木動物に祀りをしなさい」

草木動物にも愛し感謝しなさいという意味で使われているようです。

人間だから偉い訳でもなく、謙虚に素直でなければいけませんね。

この世の全ては、等しく太神の体の中で生かされている存在です。

判らなければ、全てに祀りをしなさいという事で。


神示よく読めと、

神示よく肚に入れと申してあるが、

神示肚に入れると胴すわるのざぞ、

世界から何んな偉い人が出て来て何んな事尋ねても教へてやれる様になるのざぞ、

神示胴に入れて頭下げて天地に働いて下されよ、

まつりて下されよ、

素直になれば其の場から其の場其の場で何事も神が教へてやるから、

力つけて導いてやるから、

何んな神力でも授けてやるぞ。

一二三四五六七八九十百千卍(ひとふたみよいつむゆななやここのたりももちよろず)授け申して神人となるぞ。

我さえよけらよいとまだ思って御座る臣民まだで御座るぞ、

自分一人で生きてゆけんぞ、

神許りでも生きてゆけんぞ、

爪の垢でもだてについてゐるのではないのざぞ、

判らんと申しても余りで御座るぞ、

まつりせよ、

地(つち)にまつろへよ、

天(あめ)にまつろへよ、

人にまつろへよ、

草木動物にまつろへよ、

と、くどう知らしてあるのに未だ判らんのか、

神拝む許りがまつりでないぞ。

待ちに待ちし日の出の御代となりにけり、

一二三(ひふみ)いろはの世はたちにけり。

身慾信心してゐる臣民人民、

今に神示聞けぬ様に いれものつんぼになるのざぞ、

きびしくなって来るぞ、

毒にも薬にもならん人民、

今度は役に立たんのざぞ、

悪気ない許りでは一二(ひつき)の御民とは申されんぞ。

あら楽し、黒雲一つ払ひけり、

次の一つも払ふ日近し。

淋しくなりたら神示尋ねて御座れ、

神示読まねば益々判らん事になったであろうが、

天国に底ない様に地獄にも底ないぞ、

何処までも落ちるぞ、

鼻高の鼻折らな人民何んと申しても神承知出来ん。

十一月二十三日、

ひつ九のかミ。

雨の巻 第06帖 (340)


(意訳)

ひふみ神示をよく読めと、神示をよく肚に入れよと、命じていますが、ひふみ神示を肝に銘じると胴(はら)がすわるのです。

世界から何んな偉い人が出て来て、何んな事を尋ねても教へてやれる様になるのです。

ひふみ神示を肝に銘じて頭を低くして天地(宇宙でも地上でも)で働いて下さい。


岩戸開きが完了して、ミロクの世になるまで、臣民の皆さんは携挙されて宇宙へ行き仕事や勉強をするでしょうし、地球へ戻ってきて新しい世界の建設もするでしょう。

従って、宇宙の先輩の皆さんに指導を受けながら天地(宇宙でも地上でも)で働くことになるので、このような表現になります

まつりて下さい!

素直になれば其の場から、其の場、其の場で何事も神が教へてくれるし、力もつけて導いてれますので、出来るようになるのです。

何んな神力でも授けてあげるからです。

一二三四五六七八九十百千卍(ひとふたみよいつむゆななやここのたりももちよろず)=「ひふみ神示の全て」を授けますので、それを修得したあかつきには晴れて神人となるのです。

我さえよければ良いと、まだ思っている臣民はまだまだです。

自分一人では生きてゆけないのです。

神も許(しか)りでも生きてゆけないのです。

爪の垢でも、だてについているのではないのです。

判らんと云うかたはどうにもなりません。

分からなければ全てに祀りをしなさい。

地(つち)に祀りをしなさい。

天(あめ)に祀りをしなさい。

人に祀りをしなさい。

草木動物に祀りをしなさい。

と、くどく知らしてあるのに未だ判りませんか! 神を拝むばかりが祀りでないのです。

待ちに待ちし日の出の御代となりました。

「一二三(ひふみ)神示」

「いろはの教え」

の世になります。

心身の私欲を信心している臣民人民は今に、神示が聞けない様に、入れ物(人間)の耳に聞かしても聞き入れない「つんぼ」になるのです。

きびしくなって来ますよ!

毒にも薬にもならん人民
(様子見の人々=ROM的な人間)、
今度は役に立たないのです。

悪気はないのでしょうが、それでは一二(ひつき)の御民とは云えないのです。

(賛成するわけでもなく、反対する分けでもなく、ただ、ノンポリを決め込んでいるかたたちは最終的には相手にしないのです)

あら楽し!

黒雲一つ払い落としました。

次の一つも払ふ日は近いのです。

臣民は淋しくなりたら「ひふみ神示」を尋ねてきなさい。

神示を読まねば益々判らん事になったでしょう!

天国に底がない様に地獄にも底はないのです。

何もしなければ、何処までも落ちていくのです。

神をないがしろにする人民の鼻高の鼻折ります。

人民が何んと行っても、神は承知出来ないのです。


(解説)

太陽さん

平文になおしておきましたので、長文ですが記載してある内容は容易に理解できると思います。

なお、


待ちに待ちし日の出の御代となりました。

の「日の出の御代」と類似のものとして「日の出の神」と表現している帖もあります。

「日の出」は太陽が上がる・出る・現れるを意味しています。

単にミロクの御代であれば、この方・此の方などの表現を使って

「この方の御代」

としたほうが具体的でわかりやすいのです。

私は我田引水的に


「日の出の御代」=「日出の御代」

としても、語彙としては問題がなさそうなのでだ 日出(ひじ)=「太陽が上がる」

のコ−ドを暗示させているのではないかと考えています。


神の心の判りた臣民から助ける御用にかかりて呉れよ、

助ける御用とは清めの御用で御座るぞ、

天地よく見て悟りて呉れよ。

三四五(みよいづ)の御用は出来上がりてしまはんと御用してゐる臣民にはさっぱり判らんのであるぞ、

つかわれてゐるから判らんのであるぞ、

出来上がりてから これは何んとした結構な事でありたかとビックリするのざぞ。

アメのひつ九のか三とはアメの一二の神で御座るぞ、

アメの(つきひ)の神で御座るぞ、

元神で御座るぞ、

ムの神ぞ、

ウの神ぞ、

元のままの肉体持ちて御座る御神様ぞ、

つちのひつ九のおん神様ぞ、

つちの(ひつき)の御神様と今度は御一体となりなされて、

今度の仕組 見事成就なされるので御座るぞ、

判りたか、

九二つちの神 大切申せとくどう知らしてあろがな、

今迄の臣民人民、九二の御先祖の神おろそかにしてゐるぞと申して知らしてあらう、

神は千に返るぞ、

九二つちつくること何んなに難儀な事か人民には判るまいなれど、

今度さらつの世にするには人民もその型の型の型位の難儀せなならんのざぞ。

それでよう堪(こば)れん臣民 沢山にあるのざぞ、

元の神の思ひの何万分の一かの思ひせんならんのざぞ、

今度 世変りたら、臣民 此の世の神となるのざぞ。

国の洗濯はまだまだ楽であるが、ミタマの洗濯 中々に難しいぞ、

人民 可哀想なから延ばしに延ばして御座るのざぞ、

幾ら言ひ聞かしても後戻り許りぢゃ、

言ひ聞かして改心出来ねば改心する様致すより もう手ない様になってゐるのざ。

何時どんな事あっても神は知らんぞ、

上から下までも誰によらん今迄の様な我儘させんぞ、

役員 馬鹿にならなならんぞ、

大のつく阿呆になれよ、

のつく阿呆にあやまって呉れるなよ、

阿呆でないと今度の誠の御用なかなかざぞ。

捨てて命に生きる時と申してあろがな、

非常の利巧な臣民人民アフンで御座るぞ、

今にキリキリ舞するのが目に見へんのか。

何時も変らぬ松心でおれと申して御座ろがな、

建替へ致したら世界は一たん寂しくなるぞ、

神が物申して居る内に改心せなならんぞ、

後悔間に合はんと申してあろがな。

十一月二十三日、

ひつ九のかミ。

雨の巻 第07帖 (341)

使用さされた特殊文字  


(意訳)

神の心が判った臣民から助ける御用にかかってください。

助ける御用とは清めの御用です。

天地をよく見て悟ってください。

三四五(みよいづ)の御用は出来上がってしまわないと御用している臣民にはさっぱり判らないのです。

神に使われているから判らないのです。

出来上がってから、これは大変に結構な事だとビックリするのです。

「天のひつ九の神」とは「天の一二の神」のことです。

「天の月日(つきひ)の神」のことであるのです。

元神であるのです。

「ム」の神です。

「ウ」の神です。

元のままの肉体持っている御神様です。

「地のひつ九のおん神様」です。

「地の日月(ひつき)の御神様」と今度は御一体となり、「今度の仕組」を見事に成就するのです。 臣民は判りましたね。

「国地の神」を大切に奉りなさいとくどく知らしてあります。

今迄の臣民人民は「国の御先祖の神」を疎かにしていますと知らしてあるでしょう。

神は千(ち)に返ります。

国土造ること何んなに難儀な事か人民には判らないでしょう。

今度は更(さら)津(昔の何も無い更の世界・世)の世にするので、人民もその型の型の型位の難儀はしなければならないのです。

それで、容易に堪(こば)れない臣民が沢山いるのです。

元の神の思いの何万分の一かの思いをしなければならなくなっているのです。

今度、世が変りましたたら、臣民は此の世の神となるのです。

国の洗濯はまだまだ楽です。

神懸かり出来るようになる為の身魂の洗濯は中々に難しいです。

人民が可哀想ですから、延ばしに延ばしているのです。

幾ら言い聞かしても後戻り許りしています。

言い聞かして、改心が出来ないのでしたら改心する様にするより他に手がない様になっているのです。

何時どんな事があっても神は知りません。

上から下までも誰によらず、今迄の様な我儘はさせません。

役員は馬鹿になって働かなければなりません。

臣民は大のつく阿呆になりなさい。

馬鹿のつく阿呆に間違って呉れないようにしてください。

阿呆でないと、今度の誠の御用はなかなか難しいのです。

「命を捨てて命に生きる時」と説明しているでしょう。

非常の利巧な臣民人民はアフンであるのです。

今にキリキリ舞するのが目に見えませんか。

何時も変らない松の心でいなさいと云っています。

建替へ致したら、世界は一たん寂しくなります。

(一度は都市攻撃で焼き払われ、ノアの大洪水で全てが流され、世界の諸都市・町・山村などなど泥芥のようになり、ススキが原となつてしまうのです。)

神がいろいろと説明している内に改心しなければなりません。

後の悔間では間に合わないのです。


(解説)

「馬鹿になれ、阿呆になれ」とは、「命を捨てて命に生きる時」と難しい説明がありますが、平たく言えば神示の心に成り切れという意味合いですので、ただ馬鹿な事などしないようにご注意ください。

「天の月日(つきひ)の神」

のことであるのです。

元神であるのです。

「ム」の神です。

「ウ」の神です。

元のままの肉体持っている御神様です。

「地のひつ九のおん神様」です。

「地の日月(ひつき)の御神様」

と今度は御一体となり、「今度の仕組」を見事に成就するのです。

臣民は判りましたね。

天の日月の元神と地上で肉体を持って活動している日月の神(ミロク)が“御”一体となって、今度の仕組みを成就します。

御一体となるとは、どのような様子なのでしょうね。

ミロクの活動に関することですので、重要な部分だと思います。


大難小難にと祈れと申してくどう知らしてあろがな、

如何様にでも受け入れてよき様にしてやる様仕組てある神の心判らんか、

天災待つは悪の心、

邪と知らしてあるがまだ判らんのか、

くにまけて大変待ちゐる臣民 沢山あるが、

そんな守護神に使はれてゐると気の毒になりて来るぞ、

よく神示読んで下されよ。

今の守護神、悪の血筋眷属であるぞ、

悪も御役ながら奥表に出ては誠おさまらんぞ、

悪結構な世は済みて、

善結構、

悪結構、

卍(ホトケ)結構、

基(ヤソ)結構、

儒結構(コトゴトク)の世となりなる神の仕組 近くなって来たぞ。

世の元からの仕組、

中行く仕組、

天晴(アッパレ)三千世界結構であるぞ、

心の不二も晴れ晴れとなるぞ、

結構々々。

甘くてもならんぞ、

辛(カラ)くてもならんぞ、

甘さには辛さいるぞ、

天の神様許りではならんのざ、

くどう申して此処迄知らしてゐるにまだ判らんのか、

心さっぱり大河に流して神示読んで下されよ、

何時迄も神待たれんぞ、

辛さには甘さかげにあるのざぞ、

此の道理よく判るであろがな、

水の味 火の味 結構ぞ、

恐い味ない様な結構な恐さであるぞ、

喜びであるぞ、

苦しみであるぞ、

此の道理よく判りたか。

神の御恵み神の御心判りたか、

御心とは三つの御心ぞ、

一と十ととであるぞ、

御心結構ぞ、

世の元の神の仕組の現はれて三千世界光り輝く、

あなさやけ。

十一月二十七日、

ひつくのか三。

雨の巻 第08帖 (342)

使用さされた特殊文字 


(意訳)

大難を小難にしてくださいと祈れとくどく知らしてあるでしょう。

如何様にでも受け入れてよき様にしてやる様仕組てある神の心判りませんか!

天災を待つは悪の心、邪悪と知らしてありますがまだ判りませんか!

国が戦争に負けて(昭和二十年十一月二十七日公開ですから、第二次大戦は日本の敗戦で終わっています)ているので岩戸開きの大変を待まっている臣民が沢山います。

そんな守護神に使はれていると気の毒になってきます。

よくよく「ひふみ神示」を読んで下さい。

今の守護神は「悪の血筋眷属」(=神サタンの配下の人間の姿をしている)であるのです。

悪も御役(人類を背後から操り戦争をさせたりする=悪役)ですが、奥深い操りのシステムの表に出ては悪役の悪役たる所以がないのです。

(背後で分からないように操るから、悪魔・悪役なのです)

悪・悪魔が活躍する

「悪魔にとって結構な世」

は終わりにして、

善も結構です、

悪も結構です、

卍(ホトケ)・仏教も結構です、

基(ヤソ)・キリスト教も結構です、

儒教も結構です。

ことごとく結構な世となるような神の仕組の世の中が近くなって来たのです。

世の元からの仕組・システムなのです。

中道を行く仕組・システムなのです。

天晴(アッパレ)、天地の三千世界の全てが結構になるのです。

心の富士も晴れ晴れとなるのです。

結構々々・・・・。

甘くてもなず、辛(カラ)くてもなず、甘さには辛さが必要です。

天の神様だけではならないのです。

くどく申し聞かしているのに、ここ迄、丁寧に知らしているにまだ判らないのですか!

我心さっぱり大河に流して神示をよく読んで下さい。

いつ迄も神は待つことができないのです。

辛さには甘さの加減が必要なのです。

此の道理よく判るでしよう。

水の味、火の味、は大変に良いことです。

恐い味が無い様なことは大変な恐さでもあるのです。

喜びであるぞ、

苦しみであるぞ、

此の道理よく判りましたか。

神の御恵み、神の御心、判りましたね。

御心とは三つの御心のことです。

一と十と真とであるのです。

御心は大変に良いことです。

世の元の神の仕組が現はれて、天地の三千世界は光り輝くのです。

あなさやけ。


(解説)

太陽さん

この帖は第二次大戦で日本が負けて、 人々の生活が大変な時期に公開されています。

その為に、苦しい生活をしている臣民達が、「岩戸開き」の大変を 渇望している様子をかいま見ることができます。

「岩戸開き」の大変を望んでいる臣民を戒めて、背後にいる、 日本を始めにして世界中の悪の仕組みを操る神サタンの存在を それとなく説明している内容です。

それらの悪の仕組み・システムを構成している人々も含めて、 人民の全てを救済することも説明しています。

もっとも、どうにもならない連中はこの範疇でないですが・・・

平文とコメントを読めば、内容としては分かりやすいと思います。

ただ、下記の所は理解しにくいとおもいますので追加説明をしておきます。


水の味、火の味、は大変に良いことです。

恐い味が無い様なことは大変な恐さでもあるのです。

喜びであるぞ、苦しみであるぞ

水の味は「ノアの大洪水」です。

この大津波に襲われるという恐怖心と「岩戸開き」が進んでいると 確認できる喜びの心、を水の味と表現しています。

火の味は「都市攻撃」です。

この神サタンのUFOに襲われるという恐怖心と「岩戸開き」が始まったと確認できる喜びの心、を火の味と表現しています。

以上ですが、これらの味の恐怖心が無いとするならば、その事が起きることを理解していないことになりますので、それ自体が


救助の対象とならない=破棄され死んでしまう

という大変な恐怖を意味し運命を持っていることを説明しています。

喜びの心は容易に理解出来ますが、その過程での避難を含めた諸々の苦しみがあることも理解できるとおもいます。

トッチ

大難を小難にする為には、身魂磨きも勿論大切な事ですが、同時に今後それぞれの時節に何があるのか、それに対してどの様に対処するべきなのかを知る為の努力が必要です。

それを怠れば、大難を小難どころか無駄な苦しみと死が待っている事でしょう。

「世の動きを良く見ろよ」

「時節を間違えるなよ」

神示の所々に忠告がちりばめられていますので、よく読見ながら世の中の動きも注視し、良い対応を取れるようにする事が大難を小難に変える基本と言えるでしょう。

今は仏教、キリスト教などに深くのめり込んでいるとしても、気がつき改心がなれば結構となります。

善も抱き参らせられれば、悪も抱き参らされます。

善に囚われる事無く、悪に囚われる事もない、善も悪も無い中を行く仕組みが元の世のシステムであり、それがミロクの世の仕組みという事のようです。


julaさんのメール

jula です。

眷属はこんなのがあるようです。

“神社 眷属”で検索。


寶登山神社〜神社百科〜

三峰神社の「お炊き上げ」は、毎月10日夕刻に「近宮」で、この宮は三峰神社の神域の 御眷属様を祀り、19日夕刻が「遠宮」で、この ... 寄居町風布の釜山神社では、毎月 17日が奥宮「お炊き上げ」で「月々の御眷属様のエサ」といい、饌米を持って奥宮に登り、 「お ...

http://www.hodosan-jinja.or.jp/hyakka/no02/

- 28k - キャッシュ - 関連ページ


神社 - Wikipedia

稲荷神社や八幡宮など全国に広く分布するものは、それらの社名にさらに地名を冠する ことが多い(伏見稲荷大社・函館八幡宮)。

... 神社の中でも、規模の大きい神社 は神宮 や大社と呼ばれ、有名な神を祭神とする場合が多い。

なお、天皇家に連なるとされ る ...

http://ja.wikipedia.org/wiki/

神社 - 41k - キャッシュ - 関連ページ

どこかの帖での

“四足くうてはならぬぞ”

というのは、


この眷属の中の四足のいう事を鵜呑みにする事はNGですよ。

なんて言っているのでは?

なんて思ってみたり。

古い言葉だと“おぼしめす”なんてのを見かけますが、“思し召す”の“めす”はど うも“食す”のようです。

祝詞の中ではこの“めす”、“食す”というのが結構出ていました。

食べるというよりは、腹に収める、受け取る、受け入れる、(神からの授かり物を) 頂くみたいな感じのようです。

そう言えば

“いただきま〜す”

も食べる時に使われますね〜。


a.. 稲荷神社 - 本社:伏見稲荷大社、祭神:宇迦之御魂神・保食神ほか穀物神、神の 使い:狐

a.. 天神神社・天満宮・北野神社 - 本社:太宰府天満宮・北野天満宮、祭神:菅原道 真、神の使い:牛

a.. 日吉神社・日枝神社・松尾神社(山王さん) - 本社:日吉大社東本宮・松尾大 社、祭神:大山咋神、神の使い:猿(全国日枝神社)・亀(松尾大社)

a.. 鹿島神社 - 本社:鹿島神宮、祭神:武甕槌命、神の使い:鹿

a.. 香取神社 - 本社:香取神宮、祭神:経津主命、神の使い:鹿

a.. 春日神社 - 本社:春日大社、祭神:武甕槌命・経津主命、神の使い:鹿

a.. 愛宕神社・秋葉神社 - 本社:愛宕神社・秋葉山本宮秋葉神社、祭神:迦具土神、 神の使い:猪(全国愛宕神社)

a.. 住吉神社 - 本社:住吉大社、祭神:住吉三神、神の使い:兎

a.. 出雲神社 - 本社:出雲大社、祭神:大国主命、神の使い:蛇・兎

a.. 御嶽神社・御岳神社 - 本社:御嶽神社、祭神:造化三神、神の使い:狼


トッチさんのメール

トッチです。

どうぞお食べ下さいを、

「召し上がれ^^」

と言いますね。

神示も

「よ〜くかんで召し上がれ」

ですね。

今日はお腹いっぱいですので、もう寝ます〜。


ロックさんのメール

ロックです。

肚に入れるのは、食べ物だけでないということのようですね。

「肚の字は月に土」

だから月人が創ったこの肉体を土とするのかも知れませんし、もしくは土とは土壌の言葉もあるように魂の性質のことで、創造主の神サタンの性質を魂に混入されて人間は創られているから、その自分の中の悪に対して神示を召し上がらせて自分自身の我も含めて抱き参らせるという感じかも。

悪きことを待つという心境ではクーデターの時を待つユダヤ人と変わらないですね。

普段の生活で出来ることを邁進する中で、悪いことになった時の心構えや対処を身につけて行くことが大事で、悪い出来事が起これば救われるは一足飛びになり意味がなさそう、、、

悪の守護神、悪の眷属は人間が持つ習性などはよーくわかっているでしょうから、こちらも抱き参らせるの意味もよく理解していないと、うまくつつかれて情や倫理感と云った物で縛られちゃってやられちゃうのかなと思いました。

良いも悪いも、どちらも理解して肚に入れたら後どう進むかは本人の身魂次第だなと思いました。

召し上がり方も大事だから、それにかけて作法の話が他の巻や帖でも、長々と出てくるんでしょうね。

長く書いてあるところは省略して、召し上がり方が大事だと読んじゃいました。

どわっ

「肚に入れる」

と云いつつ、省略して読む辺りまだまだ肚の入れ方が足りないかも。

「祝詞を七十回」

なんて記述もありますが、どんなことも自分の身に起こることは良きことだから、初めは五回ほどでも常に祝詞を唱え祈る時の様な心境にいなさい?

それでわからなければお出直し
(プロセスが何かまずかったということでやり直し?)

こんなのはどうでしょう?


julaさんのメール

jula です。

眷属に関連するかと“よつあし”で検索したところ地つ巻 第18帖 (155)がありました 。

これって、まさに神の名の元にユダヤが王国を建立する事を言っているようですね。


神の印(しるし)つけた悪来るぞ。

悪の顔した神あるぞ。

飛行機も船も臣民もみな同 じぞ。

足元に気つけて呉れよ、

向ふの国はちっとも急いでは居らぬのぞ、

自分で目的達 せねば子の代、

子で出来ねば孫の代と、

気長くかかりてゐるのざぞ、

神の国の今の臣民 、 気が短いから、しくじるのざぞ。

その後に続く

“二八基(じゃき)と大老智(おろち)と世通足(よつあし)”

が今一歩 よくわかりませんが、関連していそうで気になります。


二八基には仁本の角、大老智は八ツ頭、八ツ尾、四通足(よつあし)は金母であるか ら気つけておくぞ。

仮に、


二八基→鹿?、牛?

  大老智→蛇 

四通足(よつあし)は金母→狐

だとすると雨の巻 第八帖(342)(眷属)のレスで取り上げた眷属と一致しちゃいそうです。


われよしの政治ではならんぞ、今の政治経済はわれよしであるぞ。

臣民のソロバンで 政治や経済してはならんぞ、

神の光のやり方でないと治まらんぞ、

与へる政治がまこと の政治ぞよ、

臣民いさむ政治とは上下まつろひ合はす政治のことぞ、

日の光あるときは、

いくら曇っても闇ではないぞ、

いくら曇っても悪が妨げても昼は昼ぞ、

いくらあかり つけても夜は夜ぞ、

神のやり方は日の光と申して、

くどう気つけてあらうがな。

政治ぞ、

これは経済ぞと分けることは、

まつりごとではないぞ。

神の臣民、魂と肉体の別ない と申してあること分らぬか、

神のやり方は人の身魂(からたま)人のはたらき見れは直 ぐ分るでないか。

腹にチャンと神鎮まって居れば何事も箱さした様に動くのざぞ、

いくら頭がえらいと申して胃袋は頭のいふ通りには動かんぞ、

この道理分りたか、

ぢゃと申 して味噌も糞も一つにしてはならんのざぞ。

神の政治はやさしい六ヶしいやり方ぞ、

高 きから低きに流れる水のやり方ぞ。

神の印(しるし)つけた悪来るぞ。

悪の顔した神あ るぞ。

飛行機も船も臣民もみな同じぞ。

足元に気つけて呉れよ、向ふの国はちっとも急 いでは居らぬのぞ、

自分で目的達せねば子の代、

子で出来ねば孫の代と、

気長くかかり てゐるのざぞ、

神の国の今の臣民、気が短いから、しくじるのざぞ。

しびれ切らすと立 ち上がれんぞ、

急いではならんぞ、

急がねばならんぞ。

神の申すこと取り違ひせぬ様に して呉れよ。

よくこの神示(ふで)よんで呉れよ、元の二八基(じゃき)光理(こり) てわいて出た現空(あく)の種は二八基(じゃき)と大老智(おろち)と世通足(よつ あし)となって、

二八基には仁本の角、大老智は八ツ頭、八ツ尾、四通足(よつあし) は金母であるから気つけておくぞ。

世通足はお実名に通(つ)いて分けてゐるから、

守護神どの、臣民どの、だまされぬ様に致して下されよ。

九月二十三日、

あのひつ九のか三。

地つ巻 第18帖 (155)


ロックさんのメール

ロックです。

julaさんこんにちは。

キの巻第八帖には

建て直しと云う記述と


タテコワシ、タテナホシ、一度になるぞ、

とあります。

カタカナなので支配層のシナリオが最終段階に決行された時が彼らのもくろみが瓦解する時であり改心の時となるのかも知れませんね。

ただこの帖、気になるのは、


建て直しの世直し早うなるも知れんぞ、遅れるでないぞ

とあることです。

ミロクの臣民の改心が早まればその建て直しも早まるのでしょうか。

七帖には


元の大和魂の誠の身魂揃ふたら、人は沢山なくてもこの仕組み成就するのざと申してあろが、

などなどキの巻は書いてあります。

あとよく明治維新関係の戦の時代劇で○の中に+が入ってる旗を見ますが薩長の旗なのかな?明治維新もその旗を使って騙した岩戸開き?

キの巻のラストは


すり鉢に入れてコネ廻してゐるのざから一人逃れ様とてのがれる事出来んのざぞ、

逃れようとするのは我れよしざぞ、

今の仕事 五人分も十人分も精出せと申してあろがな、

急ぐでないぞ、

其の御用すみたら次の御用にかからすのざから、

この世の悪も善も皆御用と申してあろが。

身魂相当の御用致してゐるのざぞ、

仕事し乍ら神示肚に入れて行けば仕事段々変るのざぞ、

神示声立てて読むのざと、申してあること忘れるなよ、

その上で人に此の道伝へてやれよ、

無理するでないぞ。

捨てて大き息吹きにとけるのざぞ、

神の息吹きにとけ入るのざぞ、

「御みいづ」にとけ入るのざぞ、

愈々神示一二三(ひふみ)となるぞ、

一二三とは息吹ぞ、

みみに知らすぞ、

云はねばならぬから一二三として、

息吹きとして知らすぞ。

神示よく読めば分ることぞ、

神示読めよ、

よむと神示出るぞ、

此の巻は「キの巻」と申せよ。

富士は晴れたり(せかい)ばれ、

岩戸あけたりばれぞ。

三月二十日、ひつ九の神。

キの巻 第17帖 (274)

使用さされた特殊文字 

確か、イラク戦がはじまったのは2003年の三月二十日ですね。


トッチさんのメール

トッチです。

julaさん、ロックさん、こんばんは。

とっても面白いお話をされてますね。

便乗〜。


その後に続く“二八基(じゃき)と大老智(おろち)と世通足(よつあし)”が今一歩よくわかりませんが、関連していそうで気になります。


二八基には仁本の角、大老智は八ツ頭、八ツ尾、四通足(よつあし)は金母であるから気つけておくぞ。

これらをユダヤ支配層と仮定して考えてみました。


よくこの神示(ふで)よんで呉れよ、

元の二八基(じゃき)光理(こり) てわいて出た現空(あく)の種は二八基(じゃき)と大老智(おろち)と世通足(よつ あし)となって、

二八基には仁本の角、

大老智は八ツ頭、八ツ尾、

四通足(よつあし)は金母であるから気つけておくぞ。

世通足はお実名に通(つ)いて分けてゐるから、

守護神どの、臣民どの、だまされぬ様に致して下されよ。

・現空(あく)の種 

現空=あく=悪 

この世の現界ないし空間の常識のみに囚われるが故に発生する価値観。

・二八基(じゃき)=邪気 男女、陰陽、右左、上下、裏表など、

本来別無く

「右があれば、同様に左もある」

の中を行く道であるべき姿が元からの有り方なのですが、“じゃき”の「二」は、これらを二分して捉える見方。

そして「八」は、2の倍数で4倍。

二分して死を招く基。

・光理(こり)て 光理=こり=懲る 

囚われの価値観にこり固まった状態。

しかし、“光理”と書かれる様に、本人達にとっては、絶対の真実であり真理だと、心根から思い込んでいる。

・大老智(おろち)

神示には

「知や学じゃないぞ」

「知や学じゃ判らんぞ」

とあります。

ところが、この世の支配を企むユダヤ支配層は、何千年も非常に長い年月をかけて知の有らん限りを尽くして、人類に勘ぐられる事無く巧妙なシナリオを展開しています。

それゆえ


向ふの国はちっとも急いでは居らぬのぞ、

自分で目的達せねば子の代、

子で出来ねば孫の代と、

気長くかかり てゐるのざぞ

なのでしょう。

まさに、大老智ですね。

・世通足 世通足=四足=獣 

太陽さんが纏められたシオン議定書を読みましょう。

大老智により繰り出される多岐に渡る操作により、まさにこの世に通った当たり前の常識として洗脳・操作されている事などつゆ知らずに全世界の人類は日常を送っています。 が、重くのしかかります。

なんて感じに分解してから纏めるのは如何すか?

それと、

ただこの帖、気になるのは、


建て直しの世直し早うなるも知れんぞ、

遅れるでないぞとあることです。

ミロクの臣民の改心が早まればその建て直しも早まるのでしょうか。 それか、改心が出来る臣民は極めて少数ですので、神サタンが早めに何かしらのアクションを起こした場合、臣民はあえなく全滅の憂き目に遭うのかもしれません。

多分ですが、臣民が早く改心出来たとしても、スケジュールはサタンの思惑次第なんて見方があるのかも。

さらに、気を抜くなと気を引き締める狙いもあるのかも。

 


トッチさんのメール

1つ忘れてました。

・四通足(よつあし)は金母

獣達は貨幣経済システムを駆使して支配をもくろんでいますね。

金は支配の母なり。

幸福の基は金なり。

株の暴落、原油高はまだ可愛い手段にしかすぎず、獣達は手段を生かし戦争をもって蓄えを増やしながら世界の構図を塗り替えて、最終的なクーデターを完成させようとしています。

だから四通足(よつあし)は金母と言うのかも。

 


太陽のコメント

Julaさん!

“二八基(じゃき)と大老智(おろち)と世通足(よつあし)”

の件です。


これって、

じゃき=邪気・邪鬼・・・・悪魔の手下・・・地上に来てる配下の人の姿をしている月人

おろち=大蛇=大悪魔

〜老いた大悪魔・・・・・蛇は 悪魔の意味があります。黙示録などにある「老いた竜」と同質のものと思われます。

よつあし=四つ足=獣(けもの)・

・・・悪魔化した人間たち・地上の人類ですが悪魔に荷担する 人間たちと成ります。

ではないでしょうか!

“四通足(よつあし)は金母であるから気つけておくぞ。”

の件です。


よつあし=四つ足=獣(けもの)・・・・ 悪魔化した人間たち・地上の人類ですが悪魔に荷担する 人間たちと成りますから、ロックフェラ−・ロスチャイルドなどの 金の亡者たちのことと考えられます。

じゃき=邪気・邪鬼

・・・・悪魔の手下・・・地上に来てる配下の人の姿をしている月人

おろち=大蛇=大悪魔〜老いた大悪魔

・・・・・蛇は、悪魔の意味があります。黙示録などにある「老いた竜」と同質のものと思われます。

は、地上の存在ではないし、その存在そのものが完全な陰に居ますので地上の人類には、見分けることも認識することもできません。

が、獣は、人類ですし、その存在を知見できますし、毎日の生活においても注意すれば理解できます。

加えて、人類に認識できるような姿で直接に戦争などを誘導しますので、特別に

「気をつけておくぞ」

と強調していることになります。

もっとも、獣たちが跋扈できるのも、邪鬼たちの手助けがなければ

「金による人類の支配」

は、できませんので、これらの三者は、一蓮托生と云うような意味ではないかと考えています。


トッチさんのメール

トッチです。


「四分と六分、六分と四分、三分と七分、七分と三分」

のようにアンバランスになって差し引き幾らかの差がでるようでないと力は生れないのです。

この部分に良いご意見がありましたら、宜しくお願い致します。


雨の巻第09帖 (343)

神の智と学の智とは始は紙一重であるが、先に行く程ンプ出来て来て天地の差とな るぞ、

の神の薬のやり方 悪の神の毒のやり方となるぞ、

神の御用が人の御用ぞ、

人の御用が神の御用であるなれど、

今の臣民 神の御用するのと人の御用するのと二つに分けてゐるが、

見苦しき者にはこれからは御用致させん事にきまりたから気付けておくぞ、

何事も順正しくやりて下されよ、

神は順であるぞ、

順乱れた所には神の能(はたらき)現はれんぞ。

何もせんでゐて、よき事許り持ちてゐると物事後戻りになるぞ、

神の道には後戻りないと申してあろがな、

心得なされよ、

一(ハジメ)の火 消へてゐるでないか、

まだ判らんか、

都会へ都会へと人間の作った火に集まる蛾(が)の様な心では 今度の御用出来はせんぞ、

表面(うわつら)飾りてまことのない教への所へは人集まるなれど、

誠の道伝へる所へは臣民なかなか集まらんぞ、

見て御座れよ、

幾ら人少なくても見事なこと致して御目にかけるぞ、

縁ある者は一時に神が引寄せると申してあろがな、

人間心で心配致して呉れるなよ。

目眩(めまひ)する人も出来るぞ、

ふんのびる人も沢山に出来て来るぞ。

行けども行けども白骨許りと申してあろがな、

今のどさくさにまぎれて悪魔はまだえらい仕組致して上にあがるなれど、

上にあがりきらん内にぐれんぞ、

せめて三日天下が取れたら見物であるなれど、

こうなることは世の元から判ってゐるから もう無茶な事は許さんぞ。

軽い者程 上に上に上がって来るぞ、

仕組通りなってゐるのざから臣民心配するでないぞ。

今度 神の帳面から除かれたら永遠に世に出る事出来んのであるから、

近慾に目くれて折角のお恵みはづすでないぞ、

神 キつけておくぞ。

人の苦しみ見てそれ見た事かと申す様な守護神に使はれてゐると気の毒出来るぞ、

世建替へて先の判る世と致すのぢゃぞ、

三エスの神宝(かんだから)と、

3S(スリーエス)の神宝とあるぞ、

毒と薬でうらはらであるぞ。

五と五では力出んぞ、

四と六、六と四、

三と七、

七と三でないと力生れんぞ、

力生れるから、カス出来るのざから掃除するのが神の大切な仕事ぞ、

人民もカスの掃除する事 大切な御役であるぞ、

毒と薬と薬と毒で御座るぞ、

搗(つ)きまぜて こねまぜて天晴(あっぱれ)此の世の宝と致す仕組ざぞ、

判りたか。

一方の3Sより判らんから、

人民 何時も悪に落ち込むのぢゃ、

此の道は中行く道と申して知らしてあろがな、

力余ってならず、

力足らんでならず、

しかと手握りてじっと待ってゐて下されよ、

誠の教ばかりでは何もならんぞ、

皆に誠の行(オコナイ)出来んと此の道開けんぞ、

理屈申すでないぞ、

幾ら理屈立派であっても行(オコナイ)出来ねば悪であるぞ、

此の世の事は人民の心次第ぞ。

十一月二十七日、

ひつくのか三。

使用された特殊文字 


(意訳)

神の知徳と学問の知徳とは「始じまりは紙一重」ですが、先に行く程、運不運が出来て来て天地の差となるのです。

この神(ミロク神)の薬のやり方は悪の神(神サタン)の毒のやり方と同じなのです。

神の御用が人の御用です。

人の御用が神の御用であるのです。

今の臣民は「神の御用」と「人の御用」と二つに分けているが、見苦しき者にはこれからは御用致させん事に決まりたから注意しておきます。

何事も順正しく八って下さい。

「神の御用」は順序が大切なのです。

順序が乱れた所には神の能(はたらき)は現れないのです。

何もしないでいて、よい事ばかりをしていると物事は後戻りするのです。

「神の道には後戻りない」と申しているでしょう、心得ていてください。

一(ハジメ)の火が消へているでないですか!

まだ判ららないのですか!

都会へ都会へと人間の作った火に集まる蛾(が)の様な心では今度の御用は出来ないですよ。

表面(うわつら)飾ていれば、まことのない教への所でも人集まるかもしれませんが、誠の道を伝へる所へは臣民なかなか集まらないのです。

見てみなさい!

幾ら人少なくても見事なこと致しているでしょう。

縁ある者は一時に神が引寄せると説明しているでしょう。

人間心で心配致しないでください。

今に目眩(めまひ)する人も出来るのです。

少しだけの期間命が伸びる人も沢山に出来て来るのです。

そうしなければ、行けども行けども白骨ばかりになると申し伝えているでしょう。

今のどさくさにまぎれて悪魔はえらい仕組致していて、人々を支配しているのですが、人々を支配しきれない内に、ぐれん「ビックリ箱が開く」のです。

せめて三日天下が取れたら見物(みせもの)であるのですが、こうなることは世の元から判っているのですから、もう無茶な事は許されないのです。

軽い者程上に上に上がって行くのです。

仕組通りなっているのですから臣民心配することはないのです。

今度、神の帳面から破棄すると名前が消去されたら、永遠に世に出る事出来ですから、近場の慾に目がくらんでいると、折角(せっかく)のお恵みをはずすことになるのです。 ですから、「はずさないように注意しなさい」はづすでないぞ、ひふみの神は注意しておきます。

人の苦しみ見てそれ見た事かと申す様な守護神に使われていると気の毒なことになります。

世建替へて先の判る世と致すのです。

日本の三の神宝(かんだから)と、外国の三の神宝とあるのです。

それらの神宝は毒と薬の関係、裏腹の関係なのです。

五分と五分ではバランスが取れていて差し引きゼロとなり力が出ないのです。

四分と六分、六分と四分、三分と七分、七分と三分のようにアンバランスになって差し引き幾らかの差がでるようでないと力は生れないのです。

力の差が生れるから、動きだしカスも出来るのですから、これらのカスを掃除するのも神の大切な仕事になるのです。

人民もカスの掃除する仕事は大切な御役であるのです。

「毒と薬」と「薬と毒」であることを忘れてはなりません。

「毒と薬」を搗(つ)き混ぜて、こね混ぜて、天晴(あっぱれ)此の世の宝と致す仕組を作っているのです。

判りましたね!

海外の3のお宝が判らないので、人民は何時も悪に落ち込むのです。

此の道は中道を行く道と申して知らしているでしょう。

力余ってならず、力足らんでならず、しかと手握りてじっと待っていて下さい。

誠の教ばかりでは何もならんぞ、皆に誠の行(オコナイ)出来んと此の道開けないのです。

理屈を云うのではないのです。

幾ら理屈が立派であっても行(オコナイ)出来ねば悪であるのです。

此の世の事は人民の心がけ次第で決まるのです。


(解説)

太陽さん

この帖は大きく分けて三の部分に分かれるようです。


1.
最初の部分はなにやら「ひふみの神に叱られている」内容です。

この部分は平文にすれば容易に分かると思います。

2.
中間の部分は

{神の帳面から破棄すると名前が消去されたら、永遠に世に出る事出来ですか}

の様な記述があり、かなり強面です。

ですから、みなさんも神の帳面から削除されないようにしなければなりません。

3.
「神の国の三の神宝」と「海外の国々の三の神宝」を「毒と薬」に例えて、 中道を行けと注意を促しているところです。

この具体的な例を説明するとするのなら、

「現在のイラク戦争」

のようなものでしょう。

アメリカ・イギリスに荷担するでもなく、イラク・中東諸国に荷担するでもなく、中道を行きなさいということですが、残念ながら、アメリカ・イギリスに荷担して派兵していますので毒の道を歩いていることになります。

なお、「三の神宝」とは

「武力、エネルギ−、産み作り出す物」

の三種類を普通はいいますので、そのように理解して、この帖を読むのも良いでしょう。

トッチ

・軽い者程上に上に上がって行くのです。

物理的に言えば、財布の中身が軽い者ほど。

身魂磨きで言えば、分厚く積もって重くなった心の垢が取れてスッキリ身軽で自由になった身魂。


julaさんのメール

jula です。

シーソーのようにバランスが取れてしまうと、働きが相殺されてしまう。

そのため際立った特徴が見えづらくなって良いのだか悪いのだか何だか判らなくなってしまう。

悪の御役であれ、敢えてそちら側の力を働かせやすくすることで、一体それが何であ るのか?が際立ってくる。

しかしその一方で合わせ鏡のように表裏一体となっているものが必ずあるのですよ。

概ねこんな感じではないでしょうか。

力余ってならず、力足らんでならず、しかと手握りてじっと待ってゐて下されよ、誠 の教ばかりでは何もならんぞ、皆に誠の行(オコナイ)出来んと此の道開けんぞ、理 屈申すでないぞ、幾ら理屈立派であっても行(オコナイ)出来ねば悪であるぞ、此の 世の事は人民の心次第ぞ。

十一月二十七日、ひつくのか三。

“しかと手握りて”とありますので、イシヤの仕組みを敢えて実行させていますし、 力を振るわせていますよ。

イシヤとしかと手握りて待っていてくださいよ。

という事のようです。

誠の教ばかりでは何もならんぞ、皆に誠の行(オコナイ)出来んと此の道開けんぞ、 理屈申すでないぞ、幾ら理屈立派であっても行(オコナイ)出来ねば悪であるぞ。

この辺りなのですが・・・

この数日 


ひふみの神はなぜユダヤも改心の対象とするのか・・・?

なんて思っていました。

が、図らずも


誠の教ばかりでは何もならんぞ、

皆に誠の行(オコナイ)出来んと此の道開けんぞ、

理屈申すでないぞ、

幾ら理屈立派であっても行(オコナイ)出来ねば悪であるぞ。

が、一つのヒントなのかも知れません。

以下、考察というか、徒然というか・・・。

ひふみの神はなぜユダヤも改心の対象とするのか・・・?

一般市民からみれば、ユダヤはある意味極悪非道、 人にあって人にあらず、 しかし神の眼、善悪の判断が無い視点から見た場合・・・

ユダヤは困難な目標を立て、それを達成しようとしている者達。

(常識を超えて、行いをしている)

ここで、善悪というフィルターを外してしまったならば・・・。

ユダヤは、ある意味大きな事を成し遂げようとしている。

一方は与えられたものをただただ消費するばかりの者達。 「どちらがより経験を積むのか?」

という点では、ユダヤの方がより大きな経験を積んでいる?

一般市民はむしろ与えられた常識に便乗して、ただただ消費するばかりの者達。

こういう者達は、そもそもめぐりとり以前の何者でもない 虫けらのようなもの、もしくは構成する分子や充填剤に過ぎないのかも・・・。

では、めぐりとり、改心に値するのは?

ただ消費するばかりの者はそもそもめぐりとり、改心以前。

自ら何かをなそうとする者達こそが、めぐりとり、改心の主な対象なのかも・・・。

とは言え、草、木、石での例えが出て来る。

草(土から生えては枯れを繰り返す)

地上の大部分を常に埋め尽くすもの。

草があるからこそ土壌が維持され、そのうえの生き物も生きていく事ができる。

いずれにしろ、無くてはならないもの。

木(土から生え、長期間生き延びまた大きくなる)

大地に根を下ろし穏やかに、緩やかに成長していく。

勿論子孫も残しつつ。

石(高圧縮化合物。 一度形を成すと手を加えない限り簡単には姿を変える事はない)

何かを機会に生成される。

長年の風雨にも耐える。

加工する事で形を変え、色々な用途へ転用されていく。

ていう感じで、やっぱりどれも、それぞれに必要であるという事なのでしょうか。

イシヤの行いが必要である・・・。

イシヤが神との契約を果たす形で王国を作り上げてみせる。

しかし、それを待ち構えていたこのようにサタンがおでまし。

そんな契約茶番だよ。

これで、裏で手をひいていたのが何者であったのかが、誰の目にも明らかになる。

誰でも認識できるようになる。

誰でも認識できるようになる事が必要?。

なんだか判らないうちに、もしくは極限られた一部の者しか判らない状態では、 より上位の神は働きかけをする事がままならない。

(そういった事すら判らないようでは、認識力不足、再びサタンのような者に、 良いように弄ばれるだけの存在でしかない。

携挙の対象となりえない?)

しかし、地球上の人間誰もが認知できる段階となって、 神としての働きから外れていると上位の神が認定できる?

人間が自らの行いの結果、認識できるようになる?

サタンこそが、この世界をいいように構築し、茶番を繰り返していた張本人であり、 その世界の中の操り人形、エキストラに過ぎなかったという認識。

せめて、そういう事が認識できるだけの認知力を伴う段階に人間が達している事が最低限の条件。

そのためには、イシヤの仕組みが実行される必要があった。

“普通は”、“常識では”、“テレビでよくみるから”、“評判だから”、“有名メーカー製だから”、“有名ブランドだから”、“小泉が目立つから支持”、等々盲信にも到っていないあまりに範囲の狭い自分の偏狭な思い込みで過ごしている人がなんと多い事かと・・・。

そんな当然の事がわからない了見の狭い人が多すぎるのでは・・・。

「私は普通」、

「あなたが常識外れている、おかしい」、

「普通じゃない」

なんて平 然という人こそ 箸にも棒にもかからない、改心、めぐりとり以前のどうにも救いようの無い存在なのかも ・・・。


トッチさんのメール

トッチです。

julaさん、ありがとうございます。

ようするに(悪)4分と(善)六分、(悪)3分と(善)7分といった見方で読めば良いのですね。

宇宙には不要な物など何一つ無く、全てが意味を持って機能しているとするのなら、悪の存在もそれなりに必要な意味があるのでしょうね。

それにしましても、「イシヤとしかと手を握りて」とは、具体的にどの様な事なのでしょう。

イシヤのする事をよく注意して上手く対応しながら時節を読んで御用をしろという事でしょうか。

それにしましても、

「イシヤとしかと手を握りて」

とは、具体的にどの様な事なのでしょう。

イシヤのする事をよく注意して上手く対応しながら時節を読んで御用をしろという 事でしょうか。


julaさんのメール

4813 を、参照してみてください。

石がものいう事が、岩戸開きの条件の一つのようです。

「そのイシヤが言っている事が理解できるか、出来ないか?もターニングポイントとな るのでは?」

と思います。

いわゆる一般民衆では、イシヤが何か言い出してもチンプンカンプンでしょう。

ユダヤの神(サタン)との契約を果たすなんて、何を言っているんだ、そんな馬鹿な。

だから、淘汰をするなんて・・・。

何でそんなありえないことしでかすんだ!

でも、本当なのです。

ユダヤの神との契約を果たすために地道にやってきた事の成果を出すだけなのです。

でも、実現される事で、契約を果たした神(サタン)に(おそらく都市攻撃(&ノア の大洪水発動宣言?)で

“あっかんべー”されちゃうわけです。

これで、イシヤとしても今まで子々孫々受け継ぎながら果たしてきた事は一体なん だったんだと途方に暮れちゃう。

それこそそんな馬鹿な・・・。

そのような馬鹿げた事を理解して茫然自失。

しばらく口もあけられない。

ただ、イシヤは事の発端から子々孫々受け継ぎながらやってきている訳ですから、 サタンの茶番が明確に理解できるでしょう。

ただ、これならまだ良い方なのでしょう。

事の経緯を完全に理解していますから・・ ・。

一方で現代に生きる、今までの常識と思われていたものに凝り固まってしまった人 は、もう理解も何も出来ないでしょう。

経緯を説明されても認識不能。

訳がわからない。

パニックで取り乱すだけ・・・。

こういう人達はもう何を言ってみても聞く耳すらないし、メッセージが届きません。

故に、掃除洗濯しておきましょう。

常識を疑っておきましょう。

めぐりとりをしなさい。

(現代の常識はどこから来ている故なのか、等々)

今までの善と思われていた教え、常識を取り外す必要があります。

そして、結果的にサタンに与していたイシヤではあるけども、改心せざる得なくなっ たイシヤと力を合わせて、 その先の事態に備えなさい。

なんて感じでしょうか。

このような時点まで行くと、イシヤはミロクを喜んで擁立なり、支援するようになる のかもしれません。

一方で理解不能の人々は、せいぜいイシヤこそが悪者という認識止まりでしょう。

そういう人々は、イシヤが改心したとしても手を握るなんて不可能でしょう。

“教え”とは、現代にまかりとおっている、常識、正義、善といった突き崩しがたい 固定概念を指しているのだと思います。

“行い”とはとにかく実際にやってしまうこと・・・。

イシヤが“王国建設”を果たすまでの行いを成し遂げない事には、サタンこそが劇場 の幕引き役である事が 地上の人類には理解不能、認識できない。

イシヤによる“王国建設”は一般民衆レベルからいえば、人類への裏切り、冒涜、と しか認識不能だと思います。

しかし、ひふみの神の側としては、サタンとの契約を果たし得た、そのうえでサタン に裏切られた人類、 という条件が必要だったのかもしれません。

サタンとの契約を果たしていない人類であれば、サタンが好きに作って捨てただけの ゴミのレベルに過ぎない。

そんなとこに介入したら、それこそ他人(サタン)のゴミを漁る、卑しく迷惑なやつ (サタンよりも劣った神)。

しかし悪神サタンとは言え、神との契約を果たした人類を捨て去る事は、元の神とし ても見過ごす訳にはいかない。

サタンという一人の神との契約を果たし得た時点で、元の神が神との契約を果たし得 た人類への保証として救済に入りえる。

更に契約を反故にしたサタンに対しても、介入、指導としての幽閉を指示・実行しえ る・・・なんて感じなのかも・・・。

おそらく、今まではサタンが提示する契約を履行し、それを果たし得た人類はいな かったのでしょう。

故に、今回は神との契約を果たし得た人類として、神との契約を果たしうる存在、と して格付けできる、 なんて感じなのかも。

“力生れる”は、この、神との契約を果たしうる存在、として格付けできるレベルの 人類を指している?

となれば、契約を果たし得たもの、そして、その一連を理解できる者、追従できるも のでなければ みろくの世に進む対象にはなりえないのかもしれません。

フォトンベルトへの突入、次元上昇、アセンションの局面が間近いです。

プラス思考 で生き、それを迎えましょう〜 なんてお話に乗っかって、都合良く待っているだけじゃ箸にも棒にもひっかりません よ!

それこそサタン側の目くらまし、落とし穴、に嵌ったままです。

色眼鏡を掛けた、掛 けられたままでは どうにも立ち行かなくなりますよ〜。

(暗示的にいえばピノキオ。

人類は人形として作られたピノキオと同等。

でも、神と の契約を果たすことで、人間になれる。

それを置き換えると、現代の人類は神に作られらた泥人形。

しかし契約を果たす事で 単なる泥人形から人、もしくは神人 として格付けの見直しが行われる・・・?)

イシヤの改心、イシヤと手握る、イセ(イシヤの連合?総本山)にミロクが呼ばれ る。

サタンがしばらく幽閉される。

等々。

こんな感じにこじつけて見ると、ヒトラーの予言、諸世紀、ひふみ、などでの各記述 がつながり得るように思えますがいかがでしょうか?


雨の巻 第10帖 (344)

天の岩戸開いて地の岩戸開きにかかりてゐるのざぞ、

我一(いち)力では何事も成就せんぞ、

手引き合ってやりて下されと申してあること忘れるでないぞ。

霊肉共に岩戸開くのであるから、

実地の大峠の愈々となったらもう堪忍して呉れと何んな臣民も申すぞ、

人民には実地に目に物見せねば得心せぬし、

実地に見せてからでは助かる臣民少ないし神も閉口ぞ。

ひどい所程 身魂に借銭あるのぢゃぞ、

身魂(みたま)の悪き事してゐる国程 厳しき戒(いまし)め致すのであるぞ。

五と五と申してあるが五と五では力出ぬし、

四と六、六と四、三と七、七と三ではカス出るしカス出さねば力出んし、

それで神は掃除許りしてゐるのざぞ、

神の臣民それで神洲清潔する民であるぞ、

キが元と申してあるが、

キが餓死(うえじに)すると肉体餓死するぞ、

キ息吹けば肉息吹くぞ、d 神の子は神のキ頂いてゐるのざから食ふ物無くなっても死にはせんぞ、

キ大きく持てよと申してあるが、

キは幾らでも大きく結構に自由になる結構な神のキざぞ。

臣民利巧(りこう)なくなれば神のキ入るぞ、

神の息通ふぞ、

凝りかたまると凝りになって動き取れんから苦しいのざぞ、

馬鹿正直ならんと申してあろがな、

三千年余りで身魂の改め致して因縁だけの事は否でも応でも致さすのであるから、

今度の御用は此の神示読まいでは三千世界のことであるから、

何処(ドコ)探しても人民の力では見当取れんと申してあろがな、

何処探しても判りはせんのざぞ、

人民の頭で幾ら考へても智しぼっても学ありても判らんのぢゃ。

ちょこら判る様な仕組ならこんなに苦労致さんぞ、

神々様さえ判らん仕組と知らしてあろが、

何より改心第一ぞと気付けてあろが、

神示肚にはいれば未来(さき)見え透くのざぞ。

此の地(つち)も月と同じであるから、

人民の心 其の儘に写るのであるから、

人民の心悪くなれば悪くなるのざぞ、

善くなれば善くなるのぞ。

理屈悪と申してあろが、

悪の終りは共食ぢゃ、

共食ひして共倒れ、

理屈が理屈と悪が悪と共倒れになるのが神の仕組ぢゃ、

と判ってゐながら何うにもならん事に今に世界がなって来るのざ、

逆に逆にと出て来るのぢゃ、

何故そうなって来るか判らんのか、

神示読めよ。

オロシヤの悪神の仕組人民には一人も判ってゐないのざぞ。

神にはよう判っての今度の仕組であるから仕上げ見て下されよ、

此の方に任せておきなされ、

一切心配なく此の方の申す様にしておりて見なされ、

大舟に乗って居なされ、

光の岸に見事つけて喜ばしてやるぞ、

何処に居ても助けてやるぞ。

雨の神、

風の神、

地震の神、

荒の神、

岩の神様に祈りなされよ、

世の元からの生き通しの生神様拝(おろ)がみなされよ。

日月の民を練りに練り大和魂の種にするのであるぞ、

日月の民とは日本人許りでないぞ、

大和魂とは神の魂ぞ、

大和の魂ぞ、

まつりの魂ぞ、

取違ひせん様に気付けおくぞ。

でかけのみなとは九九(ココ)ぢゃぞ、

皆に知らしてやりて下されよ、

幾ら道進んでゐても後戻りぢゃ、

此の神示が出発点ぞ、

出直して神示から出て下されよ、

我張りてやる気ならやりて見よれ、

九分九分九厘で鼻ポキンぞ、

泣き泣き恥ずかしい思いしてお出直しで御座るから気付けてゐるのぢゃ、

足あげて顔の色変へる時近付いたぞ。

世建替へて広き光の世と致すのぢゃ、

光の世とは光なき世であるぞ、

此の方の元へ引寄せて目の前に楽な道と辛い道と作ってあるのぢゃ、

気付けてゐて下されよ、

何(ど)ちら行くつもりぢゃ。

十一月二十七日、

一二

使用された特殊文字 


(意訳)

天の岩戸開いて地の岩戸開きにかかっているのです。

我一(いち)力では何事も成就しないのです。

手を引き合って実施して下さいと云ってることを忘れないでください。

霊肉共に岩戸開くのですから、実地の大峠のいよいよの時代となったら、もう堪忍してくれとどんな臣民も云うのです。

人民には岩戸開きを実地に目に物見せねば得心しません。

岩戸開きを実地に見せてからでは、助かる臣民は少ないし神も閉口します。

ひどい所程、身魂に借銭があるのです。

身魂(みたま)の悪い事をしている国(アメリカ−イギリス−イスラエル−ロシアなど)ほど厳い戒(いまし)めをいたすのです。

五と五と云っていますが、五と五では力が出ませんし、四と六、六と四、三と七、七と三ではカス出るし、カスを出さないと力が出ませんし、それで、神は掃除ばかりしているのです。

神の臣民はそれで神洲清潔する民であるのです。

「キ」気持ちが元と説明していますが、「キ」気力が餓死(うえじに)すると肉体は餓死するのです。

「キ」気持ちが息吹けば、肉は息吹くのです。

神の子は神の「キ」気持ちを頂いているのですから、食う物が無くなっても死にはしないのです。

「キ」気持ちを大きく持ちなさいと云っていますが、「キ」気持ちは幾らでも大きく、結構に自由になる結構な神の「キ」気力なのです。

臣民から利巧(りこう)なくなれば、神の「キ」気力が入るのです。

神の息が通うるのです。

凝りかたまると凝りになって動き取れなくなるので苦しいのです。

馬鹿正直にならないと言いつけてるでしょう。

三千年余りで身魂の改めをした因縁だけの事は否でも応でも致さすのです。

今度の御用は此の神示を読なくては三千世界のことです。

何処(ドコ)探しても人民の力では見当取れないのです。

何処を探しても判りはしないのです。

人民の頭で幾ら考へても知恵を絞っても学識があっても判らないのです。

簡単に判る様な仕組なら、こんなに苦労はしないのです。

神々様さえ判らない仕組と知らしてあるでしよう。

臣民は何より「改心が第一である」と注意しています。

ひふみ神示が肚に入れば、未来(さき)は見え透くのです。

此の地(つち)も月と同じです。

人民の心は其のままに写るのです。

人民の心が悪くなれば、世の中は悪くなるのです。

人民の心が善くなれば、世の中は善くなるのです。

理屈は悪と説明していました。

悪の終りは共食となるのです。

共食いして、共倒れとなるのです。

理屈が理屈と悪が悪と共倒れになるのが神の仕組です。

共倒れになると判っていながら、何うにもならない事に今に世界がなって来るのです。

(現在の世界情勢を的確に預言していると考えられます) 良くしょうとしても、逆に逆にと出て来るのです。

何故にその様になって来るか判りませんか、分からなければ神示を読みなさい。

「ロシアの悪神の仕組」を人民は一人も判っていないのです。

神には良く判っての「今度の仕組」ですので、仕上げを見て下さい。

此の方ミロクに任せておきなさい。

一切の心配をなくし、此の方ミロクの云う様にしていなさい。

臣民は大舟に乗っていなさい。

光の岸に見事つけて喜ばしてもらえるのです。

神ミロクは臣民が何処に居ても助けてやるのです。

雨の神、風の神、地震の神、荒の神、岩の神様に祈りしなさい。

(岩戸開きに起きる環境異変を司る神々に心安かれと祈りなさい) 世の元からの生き通しの生神様を拝(おろ)がみなさい。

日月の民を練りに練り、大和魂の種にするのです。

日月の民とは日本人許りでないのです。

大和魂とは神の魂のことです。

大和の魂です。

祀りの魂です。

取り違いしない様に注意しておきます。

出発の港とは九九(ココ)なのです。

皆に知らしてください。

幾ら道進んでいても後戻りです。

此の神示が出発点です。

出直しして神示から出て下さい。

我張って、やる気があるのなら、ひふみ神示を見なさい。

九分九分九厘で鼻ポキンです。

ミロクは泣き泣き恥ずかしい思いしてお出直ししているのですから注意しているのです。

足あげて顔の色が変る時が近付いたのです。

世の建替えをして、広き光の世とするのです。

光の世とは光なき世であるのです。

此の方ミロクの元へ引寄せて、目の前に楽な道と辛い道と作っているのです。

臣民は注意してください。

貴方は何(ど)ちら行くつもりですか?


(解説)

さほど難しくありませんし長い神示ですので、短く纏めるだけにします。

人民は実際に目で見なければ分らないし、目で見てからではもう遅いですし、助けようにも神は困ってしまいますね。

キ(気・気持ち)が元ですので、キを大きく持ちましょう。

利巧が無くなれば、神のキが入るそうです。

凝り固まらない様にしましょう。

3千世界の事ですから、この神示を読まなければ今度の事は分らないようです。

神さえ分らない仕組みなのですから。

まず改心第一。

神示が肚に入れば未来が見え透きます。

悪の終わりは共食いです。

理屈が理屈と悪が悪と共倒れになるのが神の仕組ですと、分っていながら、どうにもならない事に世界はなっていきます。

何故そうなるのか判らなければ神示を読んでください。

オロシヤの悪神の仕組 人民には一人も判っていません。

ミロクには良く分かっての今度の仕組みですから、この方ミロクに任せてください。

大船に乗ったつもりで安心してください。

(しかし、改心あっての事です)


トッチさんのメール

トッチです。

ナンバー345(みよいず)です。


日の出の神様お出ましぞ、

日の出はイであるぞ、

イの出であるぞ、

キの出であるぞ、

判りたか。

めんめめんめに心改めよと申してあろがな、

人民と云ふ者は人に云はれては腹の立つ事あるものぢゃ、

腹立つと邪気起るから

めんめめんめに改めよと、

くどう申すのぢゃぞ、

智や学ではどうにもならんと云ふ事よく判りておりながら、

未だ智や学でやる積り、

神の国の事する積りでゐるのか。

判らんと申して余りでないか、

何事も判った臣民 口に出さずに肚に鎮めておけよ、

言ふてよい時は肚の中から人民びっくりする声で申すのざ、

神が申さすから心配ないぞ、

それまでは気(ケ)も出すなよ。

二十二日の夜に実地が見せてあろうがな、

一所だけ清いけがれん所残しておかな足場なく、

こうなってはならんぞ、

カタ出さねばならんぞ、

神国、神の子は元の神の生神が守ってゐるから、

愈々となりたら一寸の火水で うでくり返してやる仕組ざぞ、

末代の止(とど)めの建替であるから、

よう腰抜かさん様 見て御座れ、

長くかかりては一もとらず二もとらさず、

国は潰れ、

道は滅びてしもうから早う早うと気もない時から気つけてゐるのぢゃが、

神の申すこと聞く臣民人民まだまだぞ。

此の道 難しい道でないから

その儘に説いて聞かしてやれよ、

難し説くと判らん様になるのぞ。

平とう説いてやれよ、

難しいのは理屈入るのざぞ、

難しい事も臣民にはあるなれど理屈となるなよ、

理屈悪ざぞ。

霊術も言霊(ことだま)もよいなれど程々に、

三分位でよいぞ、

中行かな行かれんのざぞ、

銭儲けて口さへすごして行けばよい様に今の臣民まだ思ってゐるが、

それは四つ足の四つの悪の守護である位 判りておろがな。

悪とは他を退ける事であるぞ、

まつりまつりとくどう申してあること未だ判らんのか、

今 外国よいと申してゐる臣民は外国へ行っても嫌はれるぞ、

外国にも住むところ無くなるぞ、

外国も日本もないのざぞ、

外国とは我よしの国の事ぞ、

神国は大丈夫ざが、

外国や日本の国 大丈夫とは申されんぞ、

と事分けて申してあろがな、

日月の集団作り、

境界作ってもならんが入れた集団作らなならんぞ、

も作らずも入らずに力出ない位 判りておろがな、

馬鹿正直ならんと申してあること忘れたのか、

集団のつくり方知らしてあろが、

盲(めくら)には困る困る。

人の苦労あてにして我が進んで苦労せん様な人民では神の気感(きかん)に適はんから、

今度は苦労のかたまりの花咲くのざ、

苦の花咲くのざぞ、

二二に 九(コ)の花咲耶姫の神 祀りて呉れと申してあろがな、

永遠にしぼまん誠の花咲く世来たぞ。

十二月七日、

ひつくのか三。

雨の巻 第11帖 (345)

使用さされた特殊文字 


(意訳)

日の出の神様お出ましになりました。

日の出はイであるのです。

イの出であるのです。

キの出であるのです。

判りましたね。

それぞれに心改めなさいと説明しているでしょう。

人民と云ふ者は人に云われると立腹するものです。

立腹すると邪気が起るから、それぞれに改めなさいと、くどう説明しているのです。

人類の知徳や学問ではどうにもならないこが判っていながら、未だ知徳や学問でやる積り、神の国の事をする積りでいるのですか?

判らんと申して余りでないですか!

何事も判った臣民は口に出さずに肚に鎮めておきなさい。

言ふてよい時は肚の中から人民びっくりする声で言い出すのですから。

神が言い出させますから、それまでは気配すら出してはいけません。

二十二日の夜に実地が見せているでしょう。

一所だけ清い汚れない所を残しておかなければ足場が無くなります。

こうなってはなりません。

型を出さねばなりません。

神国の神の子は元の神の生神が守っています。

いよいよとなったら一寸の火水で、でんぐり返してやる仕組・システムなのです。

未来永劫無い、最後のの建替であるから、腰抜かさん様に見ていなさい。

長くかかりては一もとらず、二もとらさず、国は潰れ、道は滅びてしまうから、早う早うと気配の無い時から気つけているのです。

が、神の申すこと聞く臣民人民はまだまだ少ないのです。

此の道は難しい道でないから、そのままに説いて聞かしてください。

難しく説くと判らない様になるのでする 平とう説いてやって下さい。

難しいのは理屈を云うことです。

ひふみ神示の内容は臣民に難しい事もはありますが理屈とならないようにしてください。

理屈は悪なのです。

霊術も言霊(ことだま)も良いのですが、程々にして、三分位にしてください。

中道を行くことはできないのです。

銭儲けて口さへすごして行けばよい様に今の臣民はまだ思っているが、それは四つ足の四つの悪の守護である位のことは判っているでしょう。

悪とは他を退ける事だけではないのです。

祀り祀りとくどく申しているのが未だ判りませんか。

今、外国が良いと云っている臣民は外国へ行っても嫌われます。

日本ばかりでなく外国にも住むところ無くなるのです。

外国も日本もないのですから。

外国とは我よし(我欲)の国の事です。

神国は大丈夫です。

が、外国や日本の国は大丈夫とは言い切れないのでする この事をかみ砕いて説明しているでしょう。

日月の集団作り、境界を作ってもなりません。

しかし、入れものとしての集団は作らななりません。

あも作らず、あれにも入らずでは力が出ない位のことは判っているでしょう。

馬鹿正直にならないといけませんと説明してあるこそを忘れたのですか。

集団のつくり方は知らしてあるでしょう。

まったく、盲(めくら)には困った物です。

人の苦労をあてにして、我が進んで苦労しない様な人民では神の気感(きかん)に適しないですから、今度は苦労のかたまりの花咲くのです。

苦の花咲くのです。

富士の花咲耶姫の神を祀りて呉れと申してあるでしょう。

永遠にしぼまない「誠の花が咲く世」が来ましたよ。


(解説)

太陽さん

なにやら、臣民が「日の出の神」が現れるのでとお小言を食らっているような帖です。


日の出の神様お出ましになりました。

神国の神の子は元の神の生神が守っています。

この内容での「日の出の神様」=「元の神の生神」ですから、ミロクということになります。

また、「神の子」が皆さんであるかは分かりませんが、ミロク達が護っているので心配しないようにとも云っています。

昭和二十年十二月七日に公開されていますので、第二次大戦が終わってから4ヶ月位の頃のです。

日本人の中に、「日本はダメで外国が良い」と風見鶏風に言い出す連中が出ているこがわかります。

ただ、外国は我欲
(自由・資本主義・物質主義など)
の国なので見込みが無いことを説明しています。

ここでも、花咲耶姫の神が出てきています。

なにやら、この神=富士山にからむ噴火などの出来事と関連がありそうです。

トッチ


難し説くと判らん様になるのぞ。

平とう説いてやれよ、難しいのは理屈入るのざぞ。

理屈悪ざぞ。

神示を伝える場合、易しい言葉で伝える必要がありますね。

ただでさえ難しい内容の神示を、難しい言葉で伝えて誰にも理解されないのでは、何の意味もありません。

理屈で自分だけ分ったような気になっていては、単なる自己満足に終わってしまいます。


悪とは他を退ける事であるぞ、

まつりまつりとくどう申してあること未だ判らんのか

易しく伝えようと努力する行為は、相手の為を思う愛の表れですね。

余談になりますが、トルストイは

「芸術とは、誰にでも分るものでなければならない」

と言い、真実を簡潔に表現する事が大切だとしています。

「二二に 九(コ)の花咲耶姫の神 祀りて呉れと申してあろがな」

富士山の9合目で噴火でしょうか?


雨の巻 第12帖 (346)

上面(うわっつら)洗へばよくなるなれど、

肚の掃除なかなか出来んぞ、

道広める者から早う掃除まだまだであるぞ、

今度 神から見放されたら末代浮ぶ瀬ないぞ。

食ひ物大切に家の中キチンとしておくのがカイの御用ざぞ、

初めの行ざぞ。

出て来ねば判らん様では、それは神力無いのぞ、

軽き輩(やから)ぢゃぞ、

それで神示読めとくどう申してゐるのざぞ、

神の申す事 誠ざと思ひながら出来んのは守護神が未だ悪神の息から放れてゐぬ証拠ざぞ、

息とは初のキであるぞ、

気であるぞ。

悪神は如何様にでも変化(へんげ)るから、

悪に玩具にされてゐる臣民人民 可哀想なから、

此の神示読んで言霊高く読み上げて悪のキ絶ちて下されよ、

今の内に神示じっくりと読んで肚に入れて高天原となっておりて下されよ。

未だ未だ忙しくなって神示読む間もない様になって来るのざから

くどう申してゐるのざぞ、

悪魔に邪魔されて神示読む気力も無くなる臣民 沢山出て来るから気付けておくのざ。

まだまだ人民には見当取れん妙な事が次から次にと湧いて来るから、

妙な事 此の方がさしてゐるのざから、

神の臣民 心配ないなれど、

さうなった神の臣民 未だ未だであろがな、

掃除される臣民には掃除する神の心判らんから妙に見えるのも道理ぢゃ。

天の様子も変りて来るぞ。

何事にもキリと云ふ事あるぞ、

臣民 可哀想と申してもキリあるぞ、

キリキリ気付けて下され、

人に云ふてもらっての改心では役に立たんぞ、

我と心から改心致されよ、

我でやらうと思ってもやれないのざぞ、

それでも我でやって鼻ポキンポキンか、

さうならねば人民得心出来んから

やりたい者はやって見るのもよいぞ、

やって見て得心改心致されよ、

今度は鬼でも蛇(ぢゃ)でも改心さすのであるぞ。

これまでは夜の守護であったが、

愈々日の出の守護と相成ったから物事誤魔化しきかんのぞ、

まことの人よ、よく神示見て下され、

裏の裏まで見て下され、

神国の誠の因縁判らいで、

三千年や五千年の近目ではスコタンぞ、と申してあろがな、

天四天下平げて、誠の神国に、世界神国に致すのざぞ、

世界は神の国、

神の国 真中の国は十万や二十万年の昔からでないぞ、

世の元からの誠一つの神の事判らな益人とは申されんぞ、

神の申すこと一言半句も間違ひないのざぞ。

人民は其の心通りに写るから、

小さく取るから物事判らんのさぞ、

間違ひだらけとなるのざ、

人民が楽に行ける道作りて教へてやってゐるのに、

我出すから苦しんでゐるのざ、

神が苦しめてゐるのでないぞ、

人民 自分で苦しんでゐるのざと申してあろがな。

十二月七日、

七つ九のか三神示。


(意訳)

人は上面(うわっつら)洗へばよくなりますが、肚の掃除はなかなか出来ません。

道を広める者から、肝の掃除がだまだですから、早く掃除してください。

今度、神から見放されたら末代まで浮ぶ瀬はないのです。

食い物は大切に家の中キチンとしておくのが「カイの御用」です。

初めの修行です。

出て来ねば判らない様ではそれは神力が無いのです。

軽き輩(やから)です。

それで、神示を読みなさいとくどく言いつけているのです。

神の云う事は誠であると思いながら出来ないのは守護神が未だ悪神の息から放れていない証拠です。

悪神の息とは初の「キ」気持ち・心の「気」のことです。

悪神は如何様にでも変化(へんげ)していますから、悪に玩具にされている臣民人民は可哀想です。

だすから、此の神示を読んで、言霊を高く読み上げて、悪の「キ」気を絶ち切って下さい。

今の内に神示をじっくりと読んで肚に入れて、高天原となっていて下さい。

未だ未だ忙しくなって、神示を読む間もない様になって来るのです。

ですから、くどく言いつけているのです。

悪魔に邪魔されて、神示を読む気力も無くなる臣民が沢山出て来ますから注意しているのです。

まだまだ、人民には見当取れないような妙な事が次から次にと湧いて来るのです。

妙な事は此の方ミロクがさせているのですから、神の臣民は心配する必要はありません。

そうなった神の臣民は未だ未だでしょう。

掃除される臣民には掃除する神の心判らないから妙に見えるのも道理です。

天の様子も変て来ます。

何事にも「キリ」と云う事があるのです。

臣民は可哀想と云っても「キリ」があります。

「キリキリ」に注意して下さい。

人に云うてもらっての改心では役に立たないのです。

我と心から改心を致してください。

我でやらうと思ってもやれないのです。

それでも我でやって鼻ポキンポキンか、そうならねば、人民は得心が出来ません。

ですから、やりたい者はやって見るのもよいのです。

やって見て、得心・改心を致しなさい。

今度は鬼でも蛇(ぢゃ)でも改心をさせるのです。

これまでは夜の守護でしたが、岩戸開きのいよいよ日の出の守護と相成ったから、物事の誤魔化しはきかないのです。

誠の人よ!

よく神示を見て下さい。

裏の裏まで見て下さい。

神国の誠の因縁が判らなくて、三千年や五千年の近目ではスコタンです。

天四天下平げて、誠の神国に、世界の神国に致すのです。

世界は神の国、神の国の真中の国は十万や二十万年の昔からではないのです。

世の元からの誠一つの神の事が判らる益人とは云えません。

神の云うこと、一言半句も間違いないのです。

人民は其の心通りに写るから、小さく取るから、物事が判らないのです。

間違いだらけとなるのです。

人民が楽に行ける道作り、それを教へてやっているのに、我出すから苦しんでいるのです。

神が苦しめているのでないのです。

人民は自分で苦しんでいるのです。


(解説)

宇宙の年齢が140億年なんて狭い了見もスコタンですかね。

「人に云うてもらっての改心では役に立たないのです。

人民は其の心通りに写るから、小さく取るから、物事が判らないのです。

間違いだらけとなるのです。

人民が楽に行ける道作り、それを教へてやっているのに、我出すから苦しんでいるのです。

神が苦しめているのでないのです。

人民は自分で苦しんでいるのです。」

自分で苦しんでいる。

そうしますと、楽に行くのも自分でと言う事になりますね。

ミロクの世に向けての御用、またミロク世での御用は、ミロクに言われて務めるのではなく、自らの自覚に任せられる物なのでしょう。

神は命令も指示もしません。

人間にとって、懐の深すぎる神の成せる業は単なる自然現象にしか見えない事でしょう。

もっとも、時には誘導くらいはするのかもしれません。

しかし、その時に右を選ぶか左を取るのかは自身の判断次第となります。

後に掃除される事の無いように神示を読んでおく必要があります。

神は直接個人には読めと言いません。

自覚に任せるでしょう。

それよりも、小さく取る心でいてはシグナルを見逃してしまいます。

苦を自分で選んでおきながら、神のせいにしている人は世の中に少なくないかもしれません。

良い事をしても神は褒めてはくれません。

でも、神は自分など見てはいないのだと思ってはいけません。

自身の自覚次第で、ミロクの世へ向かう事が出来たとしたら、それが神の何よりものご褒美と言えるのでしょう。

身に起こる結果として良し悪しを理解する事が出来ます。

手遅れとならないように、絶望に打ちひしがれる事のないようにありたいものですね。

ミロクの世では、御用を務めるのも、神に命令されて行なうものではなく、自らの自覚により自然と行なわれるものと思います。

全ての臣民が自ら進んで自分の色に有った御用を務める形がベースとなり、永遠の進化弥栄を実現される政治が、元の世からの有り方なのでしょう。

それを障り無く機能する為には、神示を肚に入れていなければ有り得ない事となります。

改心したうえで、ミロクの世の仕組みシステムが体(身魂)に染み付いていなければなりません。


雨の巻 第13帖 (347)

世界中から神示通りに出て来て足元から火が付いても、

まだ我張りてゐる様では今度は灰にするより方法(ほか)ないぞ。

恐しなっての改心では御役六ヶ敷いぞ。

因縁あるミタマでも曇りひどいと、

御用六ヶ敷い事あるぞ、

神示頂いたとて役員面(やくいんづら)すると鼻ポキンぞ、と気付けてあろがな、

五十九柱いくらでもあるのざぞ、

かへミタマあると申してあろがな、

務めた上にも務めなならんぞ、

因縁深い程 罪も借銭も深いのざぞ、

岩戸閉めにもよき身魂あるぞ、

岩戸開きにも悪きあるぞ、

気付け合ってよき御用結構ざぞ、

勇んで務め下されよ。

心から勇む仕事よき事ぞ、

此の方の好く事ざぞ。

木の葉落ちて冬となれば淋しかろがな、

紅葉(もみじ)ある内にと気付けおいたが紅葉の山も落ちたであろがな、

他で判らん根本のキのこと知らす此の方 の神示ぢゃ、

三千世界のこと一切の事

説いて聞かして得心させて上げますぞや。

落ち付いて聞き落しのない様になされよ、

悔しさ目に見へておろがな、

どぶつぼに我と落ち込む人民許り出て来て、

神の国 臭くて足の踏場もないぞ、

なれども見て御座れ、

三千世界一度にひらいて世界一列一平一つのてん詞(四)で治めるぞ。

地の世界に大将なくなって五大州引繰り返りてゐると申すことまだ判らんのか、

目に見せても耳に聞かしても、まだ判らんか、

尻の毛まで悪魔に抜かれてゐて まだ判らんのか、

あんまりな事ぢゃなあ。

是までは高し低しの戦でありたが、

是からは誠の深し浅しの戦(いくさ)ざぞ、

誠とはコトざぞ 口でないぞ、

筆でないぞ コトざぞ、

コト気付けと申してあろがな。

コト、コト、コト、ざぞ。

始めウタあったぞ、

終もウタぞ、

今も昔もウタざぞ、

人民も動物もウタ唄ふのざぞ、

終の御用の始はウタぞ、

ウタの集団(つどひ)とせよ。

此の神示ウタとして知らす集団とせよ、

ウタの集団 始ざぞ、

表ざぞ、裏の裏ざぞ、表の表ぞ、

道開く表の終の御用ぞ、

江戸の御用すみたから、尾張の御用と申してあろがな、

カイの御用も忘れてならんのざぞ。

食物(おしもの)の集団も作らなならんぞ、

カイの御用の事ぞ、

此の集団も表に出してよいのざぞ、

時に応じてどうにでも変化(へんげ)られるのがまことの神の集団ざぞ。

不動明王殿も力あるに、あそこ迄落してあるは神に都合ある事ぞ。

世に落ちて御座る守護神と 世に落ちてゐる神々様と 世に出てゐる神々様と 世に落ちて出てゐる守護神殿と 和合なさりて物事やって下 されよ、

二人でしてくれと申してあろがな、

判りたか。

十二月十八日、

ひつくのかみ神示。


(意訳)

世界中から神示の通りに出て来て足元から火が付いても、まだ、我張っている様では今度は灰にするよりほかないのです。

恐しなっての改心では、御役をするのは難しいです。

太古から輪廻転生して修行している因縁ある身魂でも曇りが酷いと、御用は難しい事になります。

神示を頂いたとて役員面(やくいんづら)すると鼻ポキンとなりますと注意しておいたでしょう。

五十九柱はいくらでもあるのです。

替え身魂はあるのです。

臣民は務めた上にも務めなければなりません。

因縁の深い程、罪も借銭も深いのです。

岩戸閉めにもよき身魂があるのです。

岩戸開きにも悪き身魂があるのです。

注意しあって、良い御用をするのです。

勇んで務めて下さい。

心から勇む仕事は良い事です。

此の方ミロクの好きな事です。

木の葉が落ちて冬となれば、淋しいでしょう。

紅葉(もみじ)があるる内にと注意していましたが紅葉の山も落ちたでしょう。

他で判らない根本の「キ」気持ちのことを知らす此の方ミロクの神示です。

三千世界のこと一切の事を説いて聞かして、得心させて上げます。

落ち付いて聞き落しのない様にしなさい。

悔しさ目に見へているでしょう。

ドブ壺に我と落ち込む人民ばかり出て来て、神の国は臭くて足の踏場もないのです。

なれども、見ていなさい。

三千世界を一度に開いて、世界一列一平一つの天使・天詞(四)で治めるのです。

地の世界に大将(政治指導者達)が無くなり、五大州が引繰り返りていると云うことがまだ判りませんか。

目に見せても、耳に聞かしても、まだ判りませんか。

尻の毛まで悪魔に抜かれていて、まだ判りませんか。

おんまりな事ですね。

是までは高し低しの戦でしたが、是からは誠の深し浅しの戦(いくさ)です。

誠とは「コト」で、「 口」ではありません。

筆でありません。

「コト」です。

「コト」に気が付きなさいと云っているでしょう。

「コト」、「コト」、「コト」、です。

始め「ウタ」がありました。

終も「ウタ」があります。

今も昔も「ウタ」です。

人民も動物も「ウタ」を唄うのです。

終の御用の始は「ウタ」です。

「ウタ」の集団(つどひ)としなさい。

此の神示を「ウタ」として知らす集団としなさい。

「ウタ」の集団は始です、表です、裏の裏です、表の表です、

道を開く表の終の御用です。

江戸の御用が終わりましたから、尾張の御用と云ってます。

カイの御用も忘れてなりません。

食物(おしもの)の集団も作らなければなりません。

「カイ」の御用の事です。

此の集団も表に出してよいのです。

時に応じてどうにでも変化(へんげ)できるのが誠の神の集団です。

不動明王殿も力があるのに、そこ迄に落ちているのは神に都合があるのです。

世に落ちて御座る守護神と

世に落ちている神々様と

世に出ている神々様と

世に落ちて出ている守護神殿と

和合して物事を実施して下さい。

二人で実施してくださいと云っているでしよう。

判りましたか。


(解説)

「ウタの集団は始です、表です、裏の裏です、表の表です、道を開く表の終の御用です。」

カルタには、歌カルタと読みカルタがあります。

その事から、「物事には表と裏があり、一長一短がある」という意味があります。

「二人で実施してくださいと云っているでしよう。」

「ウタの集いとしなさい」

とあります。

表ばかりでなく、裏ばかりでもない、表と裏の和合が有るべき姿です。

片輪での御用ではいけません。

また、それぞれの資質により得て不得手がありますので、補い合う事が大切です。


雨の巻 第14帖 (348)

一番尊い所 一番落してあるのぢゃ、

此の事判りて来て天晴れ世界唸(うな)るのぢゃ、

落した上に落して もう落す所無い様にして上下引繰り返るのぢゃ、

引繰り返すのでないぞ、

引繰り返るのぢゃぞ、

此の事 間違へるでないぞ。

此の道 難しい道でないぞ、

欲はなれて、命はなれてなる様にしておりて下されたら それでよいのぢゃ。

今が神国の初めぞ、

今までのことすっかり用ひられんのに未だ今迄の事云ふて今迄の様な 事考えてゐるが、

それが盲聾(めくらつんぼ)ざぞ、

今迄の事自慢すると鼻ポキンぞ、

皆 鼻ポキン許りぢゃなあ。

まだまだ俘虜(とりこ)になる者 沢山あるなれど、

今度の俘虜(とりこ)まだまだぞ、

何れ元に帰って来るから、

元に帰って又盛り返して来るなれど、

またまた繰り返すぞ、

次に又捕へられる者 出て来るのざぞ、

次はひどいのざぞ、

是も因縁ざぞ。

神の国は誰が見ても、どう考へても、

二度と立ち上がられん、

人民 皆外国につく様になって、

此の方の申した事、神示に書かした事、

皆 嘘(うそ)ざと申す所まで世が落ちてしまうてから始めて神力現れるのざぞ、

人民臣民 早合点して御座るが九分九分九厘と申してあろがな、

事務所作らいでもよいぞ、

事務所作るのは表の仕組ぞ、

裏の御用 事務所禁物ぞ、

それぞれの役員殿の住むとこ皆それぞれの事務所でないか、

よく相談してやりて下され、

段々判りて来るぞ。

表と裏とあななひぞ、

あななひの道と申してあろ、

引寄せる身魂は、天で一度改めて引寄せるのであるぞ、

今お役に立たん様に臣民の目から、役員の目から見えても袖にするでないぞ、

地でも改めしてまだまだ曇り取らなならんぞ、

磨けば皆結構な身魂許りぢゃぞ、

人民の肚さへたら天もさへるぞ、

心鎮(しづ)もれば天も鎮もるぞ、

神勇むぞ。

我(が)はぢっと奥に鎮めて表面(うわべ)には気(け)も出されんぞ、

我の無い様な事では、我で失敗(しくじ)た此の方の御用出来ないのざぞ、

毒にも薬にもならん人民 草木にかへしてしまふぞ。

此の神示 無闇(むやみ)に見せるでないぞ、

神示は出ませんと申せよと申してある事 忘れるでないぞ。

天の規則 千でやる事になってゐるのざぞ、

今度 規則破りたら暗い所へ落ち込んで末代浮ばれんきつい事になるのざから、

神くどう気付けておくぞ。

次に世に出る番頭殿 まだ神なきものにして御座るから一寸先も判らんぞ、

先判らずに人間の勝手な政治して世は治まらん道理ぢゃぞ、

三日天下でお出直しぞ、

その次もその次も又お出直しぢゃ、

此の神示よく見てこの先何うなる、

其の先どうなると云ふ事、

神はどんな事計画しておいでますと云ふ事判らいで政治ないぞ、

すればする程 悪うなるぞ、

神にはこうなる事判って呑んでゐるのざから、

何んなことあっても心配ないなれど、

それでは臣民 可哀想なから、

此の神示ウタにして印刷して世によき様にして皆に知らしてやれよ、

表の集団でよいぞ、

神は天からも地からも日も夜も九十(コト)で知らしてゐるのに、

九十(コト)聞く身魂ないから、

九十(コト)きく御身(みみ)曇りてゐるから、

人民は判らんなれど、

余り判らんでは通らんぞ、

早う洗濯掃除せよと申してゐるのざ。

人の十倍も今の仕事して其の上で神の御用するのが洗濯ぞ、

掃除ぞと申して知らした事忘れたか、

地に足つけよと申した事判らんのか、

百姓になれ、大工になれと申した事判らんのか、

(てん)の地もあるぞ、

天の百姓、大工もあるのざぞ。

善と悪と小さく臣民分けるから判らんのざぞ、

大きく目ひらけよ。

松食(お)せよ、

松おせば判らん病直るのぢゃぞ、

松心となれよ、

何時も変らん松の翠(みどり)の松心、

松の御国の御民幸あれ。

十二月十八日、

ひつ九のかみ。

使用された特殊文字


(意訳)

一番尊い所に一番低く落してあるのです。

此の事が判るようになると天晴れ世界は、唸(うな)るのです。

落した上に落して、もう落す所無い様にして上下が引繰り返るのです。

引繰り返すのではありません。

引繰り返るのです。

此の事を間違えてはいけません。

此の道は、難しい道ではないのです。

欲から離れて、命から離れて、なるようになるさと云うようにして、生きていればそれで良いのです。

今が神の国の初めです。

今までのことは、全て用いられないのです。

未だ今迄の事を云うて、今迄の様な事を考えていようですが、それが盲聾(めくらつんぼ)ということです。

今迄の事を自慢すると高い鼻がポキンと折れますよ。

皆々、鼻高くポキンとおれるような人達ばかりですね。

まだまだ俘虜(とりこ)になる者が沢山ありますが、今度の俘虜(とりこ)になるものがまだまだ沢山いますね。

何れ元に帰って来るから、元に帰って、又、盛り返して来るのですが、またまた繰り返します。

次に、又、捕えられる者が出て来るのです。

次は、もっと酷いのですが、是も因縁なのです。

神の国は、誰が見ても、どう考へても、二度と立ち上がれない。

人民は皆外国につく様になって、(此の方)ミロクの申した事、神示に書かした事、皆 嘘(うそ)ざと申す所まで世が落ちてしまってから始めて神力が現れるのです。

人民臣民は、早合点しているようですが、九分九分九厘と云っているでしょう。

事務所は、作らなくともよいのです。

事務所を作るのは表の仕組です。

裏の御用では、事務所は禁物です。

それぞれの役員殿の住む所が、皆それぞれの事務所なのです。

よく相談して実行して下さい。

段々と判るようになります。

表と裏とあななひぞ、あななひの道と申してあります。

引寄せる身魂は、天で一度改めて引寄せるのです。

今お役に立たん様に臣民の目から、役員の目から見えても袖にしてはなりません。

地でも改めしてまだまだ曇り取らなければなりません。

磨けば、皆、結構な身魂許りなのです。

人民の肚が冴えたら、天も冴えるのです。

心を鎮(しづ)めれば天も鎮まります。

神は勇みます。

我(が)は、ぢっと奥に鎮めて表面(うわべ)には気(け)も出されないのです。

我の無い様な事では、我で失敗(しくじ)た(此の方)ミロクの御用は、出来ないのです。

毒にも薬にもならない人民は 草木に返へしてしまいます。

此の神示を無闇(むやみ)に見せてはいけません。

神示は、出ませんと申せよと申してある事を忘れないようにしてください。

天の規則は、地上でやる事になっているのです。

今度は、規則破りたら暗い所へ落ち込んで末代まで浮ばれないきつい事になるのですから、神は、くどう気付けておきます。

次に世に出る番頭殿は、まだ、神を亡き者にしているから一寸先も判らないのです。

先も判らずに人間の勝手な政治して、世は治まらない道理なのです。

三日天下でお出直しになります。

その次も、その次も、又、お出直しです。

此の神示よく見てこの先が何うなるか、其の先どうなると云う事です。

神はどんな事計画しておいでますと云ふ事判らいで政治は 無いのです。

すればする程、悪くなるのです。

神にはこうなる事が判って呑んでいるのですから、何んなことあっても心配ないなれども、それでは臣民が可哀想ですから、此の神示を唄にして印刷して、世の中によき様にして、皆に知らしてやりなさい。

表の集団でよいのです。

神は天からも(気象異常など)地からも(地震・異常海流など)日も夜も出来事・現象で知らしているのに、出来事・現象で聞く身魂ないから、出来事・現象を聴く耳が曇りているから、人民は 判らりませんけれど、余り判らんでは通らないのです。

早う洗濯掃除せよと申しているのです。

人の十倍も今の仕事して其の上で神の御用するのが洗濯です。

掃除ですと申して知らした事を忘れましたか。

地に足をつけよと申した事が判りませんか、百姓になれ、大工になれと申した事が判りませんか、(大地に根ざした仕事をしなさい)

天、(てん)にも地があります。

天の百姓、天の大工もあるのです。

善と悪と小さく臣民を分けるから判らなくなるのです。

大きく目ひらきなさい。

松(目先の変化に捕らわれず・変化しないもの)を食べなさい。

松を食べれば病は直るのです。

松の心となりなさい。

何時も変らん松の翠(みどり)の松の心、松の御国の御民に幸ありますように。


(解説)

太陽さん

この帖は 長いのですが、平文にしてありますので分かりやすいのではないかとおもいます。

ただ、意味を取ろうとすると背景がわからないと、やたらと例えで説明していますので

「わかったような分からないような帖」

になります。

少しだけ()でコメントしていますので参考にしてください。

トッチ

「一番尊い所に一番低く落してあるのです。」

地上に降りているミロクの、深層深くまで凍結されている記憶。

または、日本で支配層と正反対の境遇にある太陽(ミロク)。

世界の人民誰もが(この方)の云う事など嘘だと言う所まで世が落ちてから(九分九厘ぎりぎりで)神力が現れます。

今現在の世相は如何でしょうか。

文化において誰もが外国へと目が奪われ、政治は外国(日本ですとアメリカ)に従い軍事行動を共にしています。

神示の云う通りになっているのですが、未来の破局など誰も耳にしないでしょうし、聞く耳も持ちませんね。

まさに、聞く耳が曇っています。

神示にもミロクにもご縁を持とうとせずに平凡に暮らしている、毒にも薬にもならない人民が大多数。

その大多数を支配しコントロールするごく一部の支配者層。

神示抜きでは、政治も悪くなる一方です。

「人民の肚が冴えたら、天も冴えるのです。

心を鎮(しづ)めれば天も鎮まります。

神は 勇みます。」

身魂が曇っている人民には分りようも無いのでしょうが、人と天の意識は、お互いが立体として影響しあっている事を忘れてはいけないようです。

ミロクの世となった時、その仕組みが表立って現れて、実感出来るのでしょうね。


雨の巻 第15帖 (349)

四八音(ヨハネ)世に出るぞ、

五十音(イソネ)の六十音(ムソネ)と現はれるぞ、

用意なされよ。

それまでにさっぱりかへてしもうぞ、

天も変るぞ地も変るぞ。

此の方等が世建直すと申して此の方等が世に出て威張るのでないぞ、

世建直して世は臣民に任せて此の方等は隠居ぢゃ、

隠れ身ぢゃぞ。

地から世持ちて嬉し嬉しと申すこと楽しみぞ、

子供よ、親の心よく汲み取りてくれよ。

此の神示読まいでやれるならやりてみよれ、

彼方(あちら)でこつん 此方(こちら)でくづれぢゃ、

大事な仕組 早う申せば邪魔はいるし、

申さいでは判らんし、

何にしても素直に致すが一番の近道ざぞ、

素直になれんのは小才があるからざぞ。

鼻高ぢゃからざぞ。

神の国は神の国のやり方あると申してあろがな、

よきは取り入れ悪きは捨てて皆気付け合って神の国は神の国ぢゃぞ、

金は金ぢゃ、

銀は銀ぢゃぞ

と申してあろがな、

盲ならんぞ、

カイの御用もオワリの仕組も何も彼も裏表あるのざぞ、

裏と表の外(ほか)に裏表あるぞ、

ウオヱであるぞ、

アとヤとワざぞ、

三つあるから道ざぞ、

神前に向って大きくキを吸ひ肚に入れて下座に向って吐き出せよ、

八度繰り返せよ、

神のキ頂くのざぞ、

キとミとのあいの霊気頂くのざぞ。

ひふみがヨハネとなり、

五十連(イツラ)となりなって十二の流れとなるのざぞ、

ムがウになるぞ、

ンになるぞ、

ヤとワとほりだして十二の流れ結構ざぞ。

知らしてあろがな、

是迄の考へ方やり方致すなら建替ではないぞ、

何も彼も上中下すっかりと建替へるのざぞ、

外国は竜宮の音秘(オトヒメ)様ぐれんと引繰り返しなさるのざぞ、

竜宮の音秘(オトヒメ)様、雨の神様の御活動 激しきぞ。

今度 次の大層が出て来たら愈々ざぞ。

最後の十十(トドメ)(透答命)ざぞ、

今度こそ猶予ならんのざぞ、

キリキリであるから用意なされよ、

三四月気付けよ、

キきれるぞ。

信心なき者ドシドシ取り替へるぞ、

此の中、誠一つに清め下されよ、

天明まだまだざぞ、

世の元の型まだまだざぞ、

神の仕組 成就せんぞ、

神人共にと申してあろがな、

神厳しきぞ、

ぬらりくらりぬるくって厳しきぞ、

と申してあろがな。

役員多くなくても心揃へて胴(十)すへて居りて下されよ、

神がするのであるから此の世に足場作りて居りて下されよ、

神無理申さんぞと申してあろがな、

けれどもちっとも気許しならんのざぞ。

身魂相当に皆させてあろがな、

掃除早うせよ、

己の戦まだすんでゐないであろが、洗濯掃除 早う結構ぞ、

此の方の神示元と判り乍ら他の教で此の道開かうとて開けはせんのざぞ、

鏡曇ってゐるから曲って写るのざぞ、

一人の改心ではまだまだぞ、

一家揃って皆改心して手引き合ってやれよ、

外国人も日本人もないのざぞ、

外国々々と隔て心悪ぢゃぞ。

十二月十九日、

一二

使用さされた特殊文字  


トッチさんのメール

「歌唄ひ下されよ、笑ひて下されよ、笑へば岩戸開ける ぞ」

・うた唄え

天照大神が岩戸に隠れた為に、光を失った世の中は大変 な事になりました。

天照大神が岩戸を開いて出てくるように、アメノウズメ は裸で面白おかしく踊り唄い、見ていた神々の笑い声が 気になり、アマテラスは岩戸を少し開けてチラリと顔を 出しました。

その隙に、皆はアマテラスを引きずり出しました。

そんな神話からしますと、神示の「うたうたえ」は、 岩戸開きの為の御用を心配顔せず、明るい気持ちで務め なさいと言う意味ではないでしょうか。

岩戸開きの最中に心配せずに明るくいる為には、改心 し、神懸りして、曇りが取れて先を見通せるようでなけ れば無理な話となりますね。


此の世と申しても臣民の世ばかりでないぞ、

神の世界も引くるめて申してゐるのぢゃぞ、

勇んでやって下されよ、

勇む所 此の方 力添え致すぞ。

心配顔 此の方 嫌ひぞ、

歌唄ひ下されよ、

笑ひて下されよ、

笑へば岩戸開けるぞ。

今の人民キリキリ舞しながら

まだキリキリ舞する様もがいて御座るぞ。

つ千に返ると申してあろがな、

早う気付いた臣民人民 楽になるぞ。

神の守護と申すものは人民からはちっとも判らんのであるぞ、

判る様な守護は低い神の守護ざぞ、

悪神の守護ざぞ、

悪神の守護でも大将の守護ともなれば人民には判らんのざぞ、

心せよ、

何んな事あっても不足申すでないぞ、

不足悪ざぞ、

皆 人民の気からぞと くどう申してあろがな、

人民キから起って来たのざぞ、

我の難儀、我が作るのざぞ、

我恨むより方法(ほか)ないぞ、

人民の心さへ定まったら、此の方 自ら出て手柄立てさすぞ、

手柄結構ざぞ。

此の世の物 一切 神の物と云ふ事まだ判らんのか、

一切取り上げられてから成程なァと判ったのではおそいから嫌がられても、

くどう同じ様な事申してゐるのざぞ、

人民の苦しみ此の方の苦しみざぞ、

人民も此の方も同じものざぞ、

此の道理判りたか、

此の方 人民の中に居るのざぞ、

別辞(ことわけ)て申してゐるのざぞ。

まだまだ大き戦激しきぞ、

是で世よくなると思ってゐると大間違ひとなるのざぞ、

是からが褌(ふんどし)ざぞ、

よき世となれば褌要らんのざぞ、

フラリフラリと風に吹かれるヘチマぢゃ、

ヘチマ愉快で嬉しひなあ、

風の間に間に雨の間に間にユタリユタリと嬉しかろがな、

何も彼も嬉し真から楽しき世ざぞよ。

誠が神であるぞ、

コトが神であるぞ、

元であるぞ、

道であるぞ、

日であるぞ月であるぞ。

始めコトありと申してあろがな、

キであるぞ、まつりであるぞ。

十二月十九日、

一二

雨の巻 第16帖 (350)


(意訳) ひふみ神示で云う此の世は 地上界の臣民の世の中ばか りではありません。

神の世界も引くるめて説明しているのです。

ですから、勇んでやって下さい。

勇む所では (此の方)ミロクは 力添え致します。

心配顔をするのを(此の方)ミロクは 嫌いです。

ですから、歌を唄いなさい、歌いなさい、

笑へば岩戸は  開けるのです。

今の人民キリキリ舞しながら 今もキリキリ舞する様にも がいています。

土に返ると説明しているでしょう!

早く気がついた臣 民人民は 楽になるのです。

神の守護と申すものは 人民からはちっとも判りません 。

判る様な守護は 低い神の守護であるし、悪神の守護な のです。

悪神の守護でも大将の守護ともなれば人民には判らない ものです。

心してください。

何んな事あっても不足をいうものでありません。

不足を云うことは 悪なのです。

皆、人民の気から発祥していると説明してあるでしょう 。

人民のキから起って来たのです。

我の難儀、我が作っているのです。

我を恨むより方法(ほか)ないのです。

人民の心さへ定まったら、(此の方)ミロクが自ら出て 手柄立てさせます。

手柄を立てるのは 良いことです。

此の世の物は 一切がっさい神の物と云ふ事まだ判りま せんか!

一切取り上げられてから成程なァ〜と判ったのでは遅い から、嫌がられても、くどう同じ様な事を云っているの です。

人民の苦しみは (此の方)ミロクの苦しみなのです。

人民も(此の方)ミロクも同じものなのです。

此の道理を判りましたか、(此の方)ミロクは 人民の 中に居るのです。

ですから、別辞(ことわけ)て云っているのです。

まだまだ、大きな戦は 激しのです。

是で世の中が良くなると思っていると大間違いとなるの です。

これからが褌(ふんどし)を締めてかからなければならな いのです。

よき世の中となれば褌は要らないのです。

フラリフラリと風に吹かれるヘチマのようなものです。

ヘチマの例え話は 愉快で嬉しいですね。

風の間に間に雨の間に間にユタリユタリと嬉しいでしょ う。

何も彼も嬉しく真から楽しき世の中ですよ。

誠が神であるのです。

コトが神であるのです。

元に戻るのです。

大道に戻るのです。

日であるぞ月であるのです、日月であるのです。

「始めにコトあり」と云っているでしょう。

キであるのです。

祀りであるのです。


(解説) 太陽さん


ひふみ神示で云う此の世は 地上界の臣民の世の中ば かりではありません。

神の世界も引くるめて説明してい るのです。

と説明して、おおにして「世の中」と云う と地上の人間の世界だけを指し示している人達がいるの で、注意している内容です。


(此の方)ミロクは 人民の中に居るのです。

ですか ら、別辞(ことわけ)て云っているのです。

から、ミ ロクが人民の中=人間の姿をしていることを説明してい ますが、同時に、その人民の全体だけでなく、「ミロク に説明しているのです」と云っているような内容です。

トッチ

「心配顔をするのを(此の方)ミロクは 嫌いです。」

心配すると言う事は、改心が出来ていない為に、見通 しが利かない様を露呈している事になります。

神示も読まず、世の本質を理解する努力をせず、先を読 もうとせずに能天気に生きてきて、いよいよになって心 配顔をし、じたばたする。

そんな人は、ミロクも相手にしないでしょう。

一切を取り上げられる前に、気が付く事が肝心です。

「神の守護と申すものは人民からはちっとも判らんので あるぞ、判る様な守護は低い神の守護ざぞ、悪神の守護 ざぞ、」

  サタンの配下にあるようなキツネ・タヌキの戯言に惑 わされないよう注意しましょう。

天使の守護、指導は、感覚として実感できない物です。

「なんだか分らないけど、タイミング的にそうなった・ ・・」

と、こんなものですね。

「悪神の守護でも大将の守護ともなれば人民には判らな いものです。」

サタンは、人知を超越した存在です。

天使のフリをして誘導されては、見抜く事は非常に困難 でしょう。

天使の守護も、悪の大将の守護も、人から見れば自然 現象です。

ノアの大洪水も自然現象ですし、サタンが封印され、後 にミロクの世が訪れるのも自然現象です。

人間は神の司る自然現象が理解出来ないから、神に名前 を付け、擬人化する事により感覚としてイメージし易く し、そして像を作り拝む偶像崇拝に走る。

これでは、古事記も神示も科学的な追求など出来ません 。

と、昨日の太陽さんのお話からです。

参考にして下さい。



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