良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4609


シオンの賢人議定書_14〜17 


太陽のコメント

「シオンの賢人議定書」を読んでいくと、最終的には、王国を築くことと書かれている。

そこで、問題となるのは この王国の姿である。


1.良く読むと、日本の皇室を中心にした日本の政治体制とよく似ている。

2.基本的な経済政治体制も日本の経済体制と良く似ている。

(ただし、このような日本の政治体制は、彼らにとっては不要であるので、現在の小泉政権・公明党などをつかって破壊を進めている。

彼らの理想的な姿と同じようなものを日本民族がすでに実現しているのは気に入らないであろう。

同じ様なものは、二ついらないし、彼らの目標のシステムが完全無欠であることを証明するには邪魔以外のなにものでもないからと考えられる。

従って、現在の日本のこれらの組織は、彼らによって破壊されつつあると理解すれば良い。

例えば、この王は、君臨すれども統治せずの色彩が濃いのである。

基本的には、三人の賢人たちによって、選択し擁立される。

加えて、これら三人の賢人たちによって、秘密の統治のノウハウが与えられる。

面白いのは、王権神授説に準じた様相をしている。

現在の皇室は、理想的な人物である演出をしているが、ユダヤ人たちの王国の王も大変な努力をさせられそうで、完全無欠の王を演出させられることである。

おまけに、実質的な政治は、これら三人の賢人を中心にして、賢人会のメンバ−によって運営されるようでる。

経済的には、累進課税方式をとるし、会社の規模においても中間層を重視することとなっている。

この点で、面白いのは、


投資は良いが投機は禁止しているところである。

なぜなら、ユダヤ人たちが、畜生と呼ぶ非ユダヤ人たちから、お金を奪い取るために作ったのが、自由市場とよぶ投機市場であったからである。

「シオンの賢人議定書」を読む場合は、最終目標としている姿やシステムを掲載している後部から読むと、そこに彼らが王国を建設するに際して「非ユダヤ人=畜生」たちに施した

「賢人のメンバ−をして、悪をしていると認識している」

内容がいかなる結果を将来して行くかを比較するように説明しているからである。


{私の書き換えた原文}

シオンの賢人議定書_14 我々(ユダヤ人たち)が王国を築く時は、我々(ユダヤ人たち)の唯一神宗教以外いかなる宗教の存在も許さない。

我々(ユダヤ人たち)の運命は、選民としての我々(ユダヤ人たち)の地位によりその唯一神と結びつき、その我々(ユダヤ人たち)の運命は、神を通じて世界の運命と結び付いておるのである。

ゆえに、我々(ユダヤ人たち)以外のあらゆる形態の宗教を一掃するのである。

その結果、今日見られるような意味での無神論者が誕生するとしても、過渡期に限る現象であって、我々(ユダヤ人たち)の目的を、妨げない。

むしろ我々(ユダヤ人たち)が説くモーゼの教えに耳を傾ける世代の前兆として有用であろう。

モーゼの教えは、牢固として完璧入念なる教義であり、それなるがゆえに世界の(非ユダヤ人=畜生たち)全人民を我々(ユダヤ人たち)に従わせてきたのである。

そこに、モーゼの教えの隠された神秘の力があることを力説しよう。

後にも述べるように、モーゼの教えの感化力は、すべてその神秘の力に立脚しておる。

・・・次いで、あらゆる機会をとらえて、我々(ユダヤ人たち)の慈悲深い支配と過去の支配 とを比較する論説を公表するのである。

数世紀にもわたる震盪動揺の果てに訪れた安穏静謐が、我々(ユダヤ人たち)の与えた恩寵によって、さらなる安堵へと高まるのである。

我々(ユダヤ人たち)は、最もはっきりとした口調で、畜生(非ユダヤ人)共の政府が犯した過ちを描いてみせるであろう。

我々(ユダヤ人たち)がやつら(非ユダヤ人=畜生たち)に対する嫌悪の情をそそるので、(非ユダヤ人=畜生たち)人民は、かの自由を振り回す権利などよりも、農奴制のような状態でよいから安穏の方を好むのである。

自由の権利は、人間性に拷問をかけ、まさに(非ユダヤ人=畜生たち)人間存在の根源を疲弊させ、(非ユダヤ人=畜生たち)人民は、自分が何をしておるのか解っていぬ一群のこすからい山師たちの餌食となったのである。

・・・我々(ユダヤ人たち)が畜生(非ユダヤ人)共政権を覆すにあたっては、畜生(非ユダヤ人)共を煽動し、幾たびか無益な政変を起こさせたのである。

人民は、疲れ切ってしまい、またまた新たな騒動や苦難をかぶるよりも、少々の辛抱をしてもわれ(朕)の言うことを聞いておる方がましだと考えるであろう。

同時に我々(ユダヤ人たち)は、畜生(非ユダヤ人)共の政府の誤ちの歴史を看過容認はせぬであろう。

畜生(非ユダヤ人)共の政府は、何世紀にもわたって、人類の真実の善性を構成する要素を何一つ理解せず、錯覚した社会改善を追い求め、その改善の結果さらに悪くなり、人間生活の基盤である一般関係が決して改善されぬことに全く気付いたことがなかったのである。

我々の原理と方法の総体は、我々(ユダヤ人たち)がやつら(非ユダヤ人=畜生たち)に提示し解義したように、死に絶え腐敗した古い秩序の社会生活とはまばゆい対照をなす事実の中に横たわっておるのである。

我々(ユダヤ人たち)の哲学者たちは、畜生(非ユダヤ人)共の種々雑多な信仰の欠陥を洗いざらい論じるが、真実の視点から我々の信仰に口をはさむことは誰もやらぬであろう。

我々(ユダヤ人たち)以外の誰もこの宗教のことは知らぬし、我々はその秘密を明かすような裏切りはやらぬからなのである。

いわゆる先進文明国の中に、我々(ユダヤ人たち)は 愚劣極まる、卑猥不潔な、嫌悪感を催おす文学芸術を創らせたのである。

我々(ユダヤ人たち)が権力の入口に立ってしばらくの間は、我々(ユダヤ人たち)の演説、集会プログラムと対比させつつ、その種の文学を奨励する積りなのである。

こうすると、我々(ユダヤ人たち)の高尚な一画とはあまりにも違うことが歴然とするだろう。

・・・畜生(非ユダヤ人)共の指導者になるべく訓練された我々(ユダヤ人たち)賢人は、講演演説、事業研究計画、回想録、論説著作活動に携わるであろう。

我々(ユダヤ人たち)は、それらの作品を用いて、畜生(非ユダヤ人)共の人心を感化し、我々(ユダヤ人たち)が定めてやった知識を摂取する方向に導くのである。


{私の書き換えた原文}

シオンの賢人議定書_15

世界各地に同時にクーデターを勃発させ遂に決定的に我々(ユダヤ人たち)が王国に突入し、現存する政府という政府が誰の目にも没落したことが明らかになった時
(これが実際に起こるには、少からぬ時間、恐らくまるまる一世紀はかかるだろう)、

(議定書が書かれたのが、1880年代のようであるから、1980年代以降のことを予言していることを理解すること・・・)

我々(ユダヤ人たち)に対する陰謀の類いは、絶対に存在を許さぬように監視する仕事が有るのである。

この為には 我々(ユダヤ人たち)の王国到来に反対し、いやしくも武器をとる者(非ユダヤ人=畜生たち)は、一人たりとも容赦なく殺戮するのである。

(2005年の現在、実施中ということになる)

秘密結社に類するあらゆる種類の新団体結成もまた、死をもって処するのである。

我々(ユダヤ人たち)が認めておる現存秘密結社は、役立つものも役立ったことのあるものも、一率に解散させ、欧州から遥か離れた地方へ追放するのである。

あまりにも事情をよく知り過ぎた畜生(非ユダヤ人)共のフリーメーソン員にも同断の処置を執るのである。

なんらかの理由でこの処置を執らなかった者に対しても、追放の恐怖で脅迫しておくのである。

我々(ユダヤ人たち)の支配の中心地である欧州からは、秘密結社員全員を追放に処する法律を作成し公布するのである。

この決定は、変更できず、これに対する控訴は許さない。

畜生(非ユダヤ人)共の社会には、根深く対立抗争の種を植え込んでおいたので、秩序を回復するには、権威の力を直接見せつけた容赦ない手段を執るよりほかはないのである。

(非ユダヤ人=畜生たち)苦しむ者に一顧だに与えてはならない。

未来の幸福の為に苦しみを引き受けさせるのである。

いかなる犠牲を払ってでも福利を達成することこそ、如何なる政府でも(非ユダヤ人=畜生たち)自分たちの存続を忠実に考え、特権維持ではなく職責完遂を顧みるならば、断じて遂行せねばならぬ義務なのである。

支配を揺ぎぬものとする原則は、権力の後光を輝かせることにあり、その後光というのは、その表に神秘的なもの・・神に選ばれた・・から来る不可侵性を顕現する紋章を帯びるというような、不退転の威厳に満ちた力を発揮しておることが要諦なのである。

近年までは世界中では、ローマ教皇を数に入れねば、帝政ロシアが我々(ユダヤ人たち)の唯一の強敵であったのである。

記憶に留めていただきたいのは、イタリアなのである。

流血にまみれたイタリアであるが、その血を注いだスッラに対しては、髪の毛一筋も手を触れることができなかったのである。

彼は、人民を虐げていたにもかかわらず、大胆不敵なイタリア帰還をやってのけ、不可侵性の網に囲まれ、(非ユダヤ人=畜生たち)人民の目には、神と崇められたのである。

人民は、大胆勇敢な者には催眠術をかけられて、指一本触れぬものなのである。

(フリ−メ−ソンを含めて、指針の説明をしている・・・)

しかしながら、我々(ユダヤ人たち)の王国を実現するまでの期間は、我々(ユダヤ人たち)と正反対のことを行うのである。

フリーメーソン支部を世界各国にどしどし増設し、そこへ名士になりそうな人物、現に名士である人物を引き入れるのである。

それというのも、それら支部は、重要な情報集積所であり、情報を流す出口でもあるからなのである。

フリーメーソンの全支部は、我々(ユダヤ人たち)だけが承知していて他には、絶対に誰も知らぬ中央管理機構の下に置くのである。

その機構を構成するのは、我々(ユダヤ人たち)の学織ある長老たちなのである。

支部には、代表者がおるが、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)は、上記のフリーメーソンの真の管理機構を覆い隠す為に置かれるものであり、標語や計画は、蔭の管理機構から発せられるのである。

これらの支部に、革命的分子や自由主義的分子をすべて集めてしっかり結び合わせるのである。

この中には(非ユダヤ人=畜生たち)社会の全階層が含まれるのである。

極秘の政治計画なるものも我々(ユダヤ人たち)は、熟知しておるし、計画が立てられたその日のうちに我々(ユダヤ人たち)の指導部の手に入手されるのである。

国際警察や各国警察の代理人は、ほとんどこれら支部に参加しておるが、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)は、不法な者に対して特殊な措置を講じるのみならず、我々(ユダヤ人生たち)の活動を隠蔽し、しかも不平不満を起こさせる口実を提供してくれるので、我々(ユダヤ人たち)にとっては、掛け替えの無い存在なのである。

(非ユダヤ人=畜生たち)が秘密結社に喜んで入ってくるのは、世渡りがうまく出世第一主義で、一般人の中では軽薄に属する人物が多いので、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)を御して我々(ユダヤ人たち)が仕組んだことを片付けさせるのは、さして苦労のいることではないのである。

その世界で何かゴタゴタめいた事が起こったとすれば、あまりにも強固になった団結を破るべく我々(ユダヤ人たち)が少々(非ユダヤ人=畜生たち)を撹乱せねばならなかった場合なのである。

であるが、計画遂行の中心には、これ以上信頼できる人物はいぬという我々(ユダヤ人たち)の下僕が先頭に立っておるのである。

我々(ユダヤ人たち)だけがフリーメーソンの活動を指導し、他の誰にも当らせぬのは、極めて当然のことなのである。

畜生(非ユダヤ人)共に至っては、無知蒙昧であって、どこへ行くべきか、活動の一つ一つの最終目的は、何であるかを知っておるのは、我々(ユダヤ人たち)だけだからでる。

畜生(非ユダヤ人)共は 通常、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)の考えを実行する際に、やたらと自分の説に固執し、自説の一時的満足にしか頭が回らない。

しかも、その自説たるや、我々(ユダヤ人たち)がやつら(非ユダヤ人=畜生たち)に吹き込んだものであって、本当に(非ユダヤ人=畜生たち)自分が考え出したものではないことに気が付きもしない。

畜生(非ユダヤ人)共は、物好きからか、あるいは、大きなパイを一口で食らおうとしてフリーメーソンに入ってくるのである。

中には、実現不可能な根も葉もない夢想を実現させる為に、耳よりな情報を仕入れようとして入ってくる者もおる。

やつら(非ユダヤ人=畜生たち)は、成功と拍手喝采に飢えておるが、その成功や拍手喝采こそは、我々(ユダヤ人たち)が気前よく振る舞ってやつておるのである。

我々(ユダヤ人たち)がそういう大盤振舞いをするのは、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)が持っておる鼻持ちならぬ自惚れを利用するためなのである。

その自惚れというのは、何が原因かというと、自身が口に出しておる思想は、絶対的に自分のものてあり、借り物などということはありえぬと自信満々で、我々(ユダヤ人たち)が示唆したことを丸呑みにする傾向に起因する。

・・・諸氏の想像を越えることであるが、畜生(非ユダヤ人)共の最も賢い者を無邪気に自惚れさせたり、ちょっとした不首尾で意気消沈させたりするのは、いとも容易いことなのである。

同時に、拍手が止まったに違ぎぬといった些細な不成功であってもやつらは、簡単に落ち込みもするし、次の機会には、成功させてやると言えば、すぐ奴隷のように卑屈になってくる。

・・・際立って我々(ユダヤ人たち)の計画を実行さえできれば、成功不成功を問わぬのに、際立って畜生(非ユダヤ人)共は、成功さえすれば計画はどうなっても構わない。

このようなやつら(非ユダヤ人=畜生たち)の心理のおかげで、我々(ユダヤ人たち)は、大いにやすやすと思うがままにやつら(非ユダヤ人=畜生たち)を操れるのである。

やつら(非ユダヤ人=畜生たち)は、見た目には虎であるが中味は、羊であって、風が通り抜けて行く頭の持主なのである。

我々(ユダヤ人たち)は やつら(非ユダヤ人=畜生たち)に「集産主義」という一種の思想の玩具をあてがって、個性の違いをそのおもちゃに吸収同化させてやったのである。

やつら(非ユダヤ人=畜生たち)は、このおもちゃが最も重要な自然の法則を真向うから冒涜するものであることを、一度も考えたことがなかったし、これから先も考えようともせぬであるろう。

天地創造の初めから、自然は 明白な個性の違いを弁えさせるべく、あれとこれとを違うように作ったのであるからである。

こんなにも我々(ユダヤ人たち)がやつら(非ユダヤ人=畜生たち)を明きめくらにさせることができるというのは、畜生(非ユダヤ人)共の頭が我々(ユダヤ人たち)と比較してお粗末である証拠、それも明々白々の証拠ではあろうか。

我々(ユダヤ人たち)の成果が約束されておるのは、主にこのためなのである。

それにつけても、なんと我々(ユダヤ人たち)の古代の賢者長老たちには、先見の明があったことか、おどろくのである。

長老がたは、言われた。

大事に達せんとせば手段を選ぶなかれ、犠牲を厭うなかれ、と ・・・・我々(ユダヤ人たち)は、畜生(非ユダヤ人)共という家畜の群にいかほど犠牲が出ようともさらさら厭うものではない。

さりながら、わが(ユダヤ人たち)民の犠牲も数多くに上ったが、今日、我々(ユダヤ人たち)は、この地上で夢見ることのできなかったような位置を獲得したのである。

我々(ユダヤ人たち)全体の数から言えば、我々(ユダヤ人たち)の犠牲者の数は、比較的少ないが、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)のおかげで民族の破滅は、免れたのである。

何人も避けられぬ終局は、死なのである。

どうせ避けられぬものならば、新秩序の建設者である我々(ユダヤ人たち)よりも、建設の邪魔をする(非ユダヤ人=畜生たち)人間に早く回してやった方がよろしいのである。

我々(ユダヤ人たち)は、同胞のほかには誰も気付かぬように、本人自身でさえも死刑宣告されたことが判らぬように巧みにフリーメーソンを処刑するのである。

必要とあれば全員あたかも自然死のごとく息を引き取るのである。

・・・そのことが解っていても、(ユダヤ人たち)同胞は、あえて抗議はしない。

かような方法を用いて、我々(ユダヤ人たち)は、フリーメーソンの中から作戦計画に敵対する者を根こぎにしてきたのである。

我々(ユダヤ人たち)は、畜生(非ユダヤ人)共には自由主義を説くが、同時に一方では、わが民(ユダヤ人たち)や我々(非ユダヤ人=畜生たち)の代理人たちにはひたすら恭順に服させるのである。

我々(ユダヤ人たち)の力が及ぶところでは、畜生(非ユダヤ人)共の法律は、最小限度にしか適用せぬようにしてきたのである。

法の尊厳威信なるものは、その分野に流し込んだ自由主義的な解釈を駆使して存分に失墜させてきたのである。

最重要かつ根本的な事項や問題は、我々(ユダヤ人たち)の口をはさんだとおりに裁判官が決定し、我々(ユダヤ人たち)が畜生(非ユダヤ人)共の政府機関に示したことに従って事を裁定するのである。

もちろん、我々(ユダヤ人たち)が直接やつらと接触するのではなく、我々(ユダヤ人たち)の道具である人士・・新聞その他の意見として・・であるが……上院議員や内閣の中にも我々(ユダヤ人たち)の助言を一も二もなく聞く者がおるのである。

畜生(非ユダヤ人)共の空っぽ頭には、分析したり考察したりする能力、ましてや事態がどういう結果になるかを予測する能力はさらさらいらぬのであるからである。

畜生(非ユダヤ人)共と我々(ユダヤ人たち)の間のこの能力の差違こそが、畜生(非ユダヤ人)共の空っぽ頭と対比して、我々(ユダヤ人たち)が神の選民として、また、高い人間性をもつ運命が定められておるゆえんが明白に証明されるのである。

畜生(非ユダヤ人)共の目は開いていても何も見ていぬし、何も創造せぬ(恐らく物質的なもの以外は)のである。

このことをもってしても、自然は、我々(ユダヤ人たち)が世界を導き支配するように創造したことが明白なのである。

我々(ユダヤ人たち)が公然と世界に乗り出し恩恵を施す折には、我々(ユダヤ人たち)の法律は、すべて、いかなるよけいな解釈をする余地もなく、何人にも完璧に解る、簡潔、明白、確固としたものであるであろう。

そこに貫徹させておくべき原則は、官憲に対する服従であり、この原則によって荘重高潔なものとなるのである。

こうして最高権力者の権威の前には最下層の者に至るまで責任を負う結果、権力の濫用は、行われなくなるのである。

次席以下の権力濫用は、一人の例外もなくとうてい再犯ができぬほど容赦なく峻厳に処罰を受けるであろう。

我々(ユダヤ人たち)は、国家機構の円滑な運営をはかる為に、官憲に対しても事細かに点検ずるであろう。

(非ユダヤ人=畜生たち)一部分の腐敗は、あらゆる所での腐敗を惹起するのである。

(非ユダヤ人=畜生たち)一片の不法行為、一片の権力濫用といえども処罰の見せしめをさせはしない。

犯罪の隠蔽、行政の怠慢・・この種の悪事は、すべて最初に峻厳な処罰を課すれば以後は影をひそめるであろう。

我々(ユダヤ人たち)の政権の後光は、適切な罰則、すなはち、至高の威信に対しての侵害は 軽微なものであっても、とりわけ私利と結びついた場合は、厳罰を課ロすることでなければならない。

厳罰を蒙る者は、たとい過失の度合いに比べて罰が重過ぎるとしても、主権、政綱ならびに法を擁護する行政の戦場で倒れる兵士と見做して然るべきであり、公共乗合馬車の手綱を執る人間が、公道を外れて私用に馬を走らせたら、如何なる人間であろうとも許されない。

例えば、裁判官たちは、寛容なところを見せたくなるが、それは、法の正義を破ることになるということを弁えねばならない。

法は、逸脱堕落に罰を課して見せしめにする為に作られたのであって、裁判官の徳性を引けびらかすためのものではない。

・・・そんなに徳性を引けらかしたければ私生活でやればいいのであって、人間生活教育の公共の場を使うべきではないのである。

我々(ユダヤ人たち)の法曹人は、五十五歳に達すれば現職を退くのである。

第一の理由は、老人は、年をとるほど先入観に囚われ易くなり、新しい方向にはなかなか向かなくなる。

そして、第二には、人事刷新によって弾力性を確保するのに役立つこと、それによって我々(ユダヤ人たち)の強制力が更に容易に働くようになるからなのである。

自分の椅子に留まりたい者は 留まるに値するように盲目的に服従せねばならぬであるろう。

概して言えは、我々(ユダヤ人たち)は、次のような人々の中からのみ裁判官を選ぶのである。

すなはち、自分の役割は、法を執行し違反する者を処罰することであって、当今の畜生(非ユダヤ人)共が空想するように、国家の教化的な仕組を犠牲にして自由主義の夢のまにまにさまようことではないということを完全に理解しておる人間からである。

・・・この人事刷新の方法は 同じ業務に携わる人間の妙な結束心を噴き飛ばし、人民の運命がかかっておる政府の全問題にやつらの関心を結び付けるのである。

若い世代の裁判官には、人民の間に確立した我々(ユダヤ人たち)の秩序を乱す畏れのあることは、如何なるものでも見逃さぬように訓練する必要が有るのである。

当今畜生(非ユダヤ人)共の裁判官は、自分の職責に対する正しい認識が欠如しておるので、犯罪といえば情状酌量するのである。

今日の支配者が裁判官を任命する際に、義務の観念と裁判官に要求される職責に対する自覚を叩き込まぬから、こういうことになるのである。

野獣が餌を探しに子どもに出してやる時のようなもので、畜生(非ユダヤ人)共は、職務の性質や目的を説明もせずに高い地位に就けてしまうのである。

それでやつら(非ユダヤ人=畜生たち)の政府は、自分の行政を通じて自分自身の力のせいで、滅亡の道を歩んでおるのである。

やつら(非ユダヤ人=畜生たち)がやっておることの結果を我々(ユダヤ人たち)の政府の教訓としようではないか。

我々(ユダヤ人たち)の国家体制の為には、服従する訓練が必要な政府機関の重要位置からは皆、自由主義を一掃するのである。

かかる位置には専ら行政支配の為に我々(ユダヤ人たち)が訓練してきた人間のみを据えるのである。

古い官吏を解雇したら財務省の負担増加になるのではないかと案ずる向きがあろうかと思うが、その問題に対しては、こうお答えしよう。

第一に、解雇した職員には職を失った代わりにいくつかの民間企業に回してやるのである。

第二に、世界中の金は、我々(ユダヤ人たち)の手中に集中したのであるから、経費が嵩む虞れはないのである。

我々(ユダヤ人たち)の絶対主義は、万事にわたって論理が貫徹しておるので、どの判決一つをとってみても、我々(ユダヤ人たち)の最高意志は、尊重され一点の疑念もなく遂行されるのである。

あらゆる種類の不平苦情を無視し、あらゆる種類の示威抗議には 制裁を加えて見せしめにするのである。

我々(ユダヤ人たち)は、控訴権のような、決定を覆す権利を廃棄するのである。

そういうことは、専ら我々(ユダヤ人たち)の一存・・支配する者の判断に預けられるのである。

我々(ユダヤ人たち)が任命した裁判官が誤った判決を下すことがある。

というような考えを(非ユダヤ人=畜生たち)人民に与えることは、断じて許してはならない。

しかしながら、万一判決に変更を加える必要が生じた場合は 我々(ユダヤ人たち)自身が決定を廃棄するが、直ちに裁判官に二度と同種の過誤を犯さぬ旨の約束をさせ、自己の義務過怠に懲罰を課して見せしめにする。

・・・重ねて申し上げるが、我々(ユダヤ人たち)の行政においては一段階ごとに、一応は 我々(ユダヤ人たち)を満足させてくれておる人民に密着してよく監視する必要があり、善良なる政治は善良なる官吏を要求する権利があるということを銘記していただきたいのである。

我々(ユダヤ人たち)の政府は、支配する側からいえば族長父権的保護という外観を呈するであろう。

我々(ユダヤ人たち)民族と我々(ユダヤ人たち)の国民は、王という人物に、王との関係はもとより、(ユダヤ人たち)国民が望むこと、(ユダヤ人たち)国民がやっておること、国民間のいろいろな関係などの何もかもを気使う父の姿を見るであろう。

安穏無事に生きたいと切に願うならば、国民は、完全にこの考えにとらわれ、この方の保護と指導なしには何もやって行けなくなり、とりわけ、我々(ユダヤ人たち)が任命した者たちが私利私欲の為にではなく、ひたすら誠実に命令を実行しておるだけであることを知ったときには、我々(ユダヤ人たち)が王を神と崇めて帰依献身し、その専制に従うであろう。

やつら(非ユダヤ人=畜生たち)は、わが子に義務と服従を植え付けるべく訓育した賢明な両親がなすように、我々(ユダヤ人たち)がやつら(非ユダヤ人=畜生たち)の生活万般を取り締まることに欣喜雀躍するであろう。

我々(ユダヤ人たち)の秘策という視点から眺めると、世界の(非ユダヤ人=畜生たち)人民たちは、まだまだ成年にも達せぬ子供の類いであり、各国政府もまたまさにその段階なのである。

先刻御承知のように、朕は、権利と義務に対する絶対支配についてお話し申し上げたのである。

義務を実行させる権利は、臣民に対する父たる政府の第一の責務なのである。

人類を天然が定めた秩序、すなはち、服従に立脚させることは、強者の権利なのである。

この世の万物は、人間でないものでも環境か、そのもの自身の本性か、いずれにしてももっと強い者に服従させられておるのである。

であるからこそ、善を実現する為には、我々(ユダヤ人たち)は、さらに強い者になろうではないか。

我々(ユダヤ人たち)は、確立した秩序に違反する者は、何人でも、躊躇なく犠牲にせざるをえない。

見せしめに悪に懲罰を加えることは、一大教育課題なのである。

イスラエル王がヨーロッパの捧げた王冠を神聖な頭に戴くときは、世界の族長となるである。

そこに達するまでに王が王が供する犠牲は、畜生(非ユダヤ人)共の政府が何世紀かにわたって強者を競った狂人じみた張合いが供した犠牲の数に比べれば物の数にも入らない。

我々(ユダヤ人たち)の王は、絶えず(ユダヤ人たち)人民と接し、特使を通じて演説させ、その名声は、全く同時間に全世界に報道されるであろう。


{私の書き換えた原文}

シオンの賢人議定書_16 我々(ユダヤ人たち)以外の結束力をすべて根絶する為には、集産主義の第一段階・・大学・・を、新しい方向で再教育して去勢するのである。

非ユダヤ人=畜生たちの職員や教授連を精密な秘密教育計画に従って再訓練するが、断じてその一部分たりとも免除することはないのである。

やつら(非ユダヤ人=畜生たち)の任命には、格段の注意を払い、一人の例外もなく政府が掌握して配置するのである。

我々(ユダヤ人たち)は、全教育課程から政治と同様に法律も排除するのである。

政治法律に関しては、非ユダヤ人=畜生たちから予め許された者の中からさらに卓越した人物を選び、数十人という少数の人物にのみ教えるのである。

大学は、もはや喜劇や悲劇を書くような積りで法案や計画をこね上げたり、父親たちでさえも理解できなかった政策問題にかかずらわう青二才を世の中に送り出してはならない。

大多数の人間が持っておる政治問題に関する頓珍漢な知識が、ユートピアを夢見る人間や不良市民を作るのである。

諸氏は、実際の大学教育が畜生(非ユダヤ人)共をこの方向に導いてきた実例をよく御存知であろう。

我々(ユダヤ人たち)は、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)の教育の中に、完膚なきまでにやつら(非ユダヤ人=畜生たち)の秩序を破壊する原理を持ち込まねばならなかったのである。

しかしながら、我々(ユダヤ人たち)が権力を掌握した時には、秩序破壊の種になるようなものはことごとく教育課程から駆逐し、非ユダヤ人=畜生たち青年を権威に従順な子供にし、平和安寧の希望として非ユダヤ人=畜生たちが統治者を頼みの柱とするように育成するのである。

如何なる形の歴史研究も皆そうであるが、範を過去に求める古典主義で行くと良い例よりも悪い例の方が多いのであって、我々(ユダヤ人たち)がそれに代えるに未来研究をもってするのである。

我々(ユダヤ人たち)は、我々(ユダヤ人たち)にとって好ましくない過去何世紀かの人類の記憶を一切消去し、畜生(非ユダヤ人)共の政府が犯した誤ちをことごとく叙述するのである。

実際生活、秩序に対する義務、人民相互間の関係、悪を伝染する利己的な実例、その他教育の本質に関わる類似の問題の研究、これらが教育計画の最前線に置かれるであろう。

その実施にあたっては、職業ごと、あるいは生活状態によって別々にし、教育は、決して画一的に行ってはならない。

この処置は、特に重要なのである。

社会各層の教育は、それぞれの階層の本質と実際の仕事に応じて厳格に制限を加えねばならない。

稀に天才的人物が出てうまくやって行くことがあったし、上の階層に滑り込むことが常であるが、このような極めて稀にしか出ぬ天才の為に、生れや職業に特有であるべき階層に、その価値もない人間を入れてやるなどということは、愚行もはなはだしいのである。

こんな目に余ることを許した畜生(非ユダヤ人)共の社会は。どうなったか、諸氏は、よく御存知のはずなのである。

我々(ユダヤ人たち)は、私学という私学をことごく廃止するのである。

教育施設の中では、あたかもクラブのように、親たちとの集まりを持つことは許すのである。

休日には、そういう集まりに教師が参加して、人間関係、見せしめの罰則、非ユダヤ人=畜生たち神の選民ではない者のいろいろな制約等々の問題、とどめには、まだ世界で明らかにされていぬ新たな哲学原理について、課外講義で読んで聞かせるであろう。

その原理は、最終的に我々(ユダヤ人たち)の信仰(ユダヤ教)に従わせるための移行期の教理として、我々(ユダヤ人たち)が提起するのである。

現在ならびに将来の行動計画を説明し終えたら、朕は、ユダヤ人たち諸氏にその学説の原理を、お話しするのである。

一言にして言えば、何世紀にもわたる経験に鑑みて、非ユダヤたちや非ユダヤ人=畜生たち人間は、思想に生き思想に導かれるものであり、思想というのは、人間成長の各段階にふさわしい教育を初めさまざまな手段によって人間に浸透するものであるから、思想の支配を受けぬ最後の火花を、我々(ユダヤ人たち)が押収し呑込み、自分自身のものとして利用するであろう。

この、思考力を非ユダヤ人=畜生たち人間から切り離すということは、過去長い時間をかけて、我々(ユダヤ人たち)が導入してきた極めて有益な手段なのである。

思考力を抑制する手段は、すでに実物教育という万国博におけるデモンストレーションの方法で実行されておるのである。

この方法により畜生(非ユダヤ人)共は、目に見えるものだけを頼りにして理解し、物を考えぬ従順な家畜にさせられている。

フランスでは、我々(ユダヤ人たち)の最良の代理人である市民階級諸氏が、すでに実物教育の新しい計画を実地に移している。


{私の書き換えた原文}

シオンの賢人議定書_17

弁護士活動は、ユダヤ人たち、非ユダヤ人=畜生たち人間を冷酷、非情、頑固、破廉恥にするのである。

弁護士は、如何なる場合にも、人間ではなくひたすら法律の観点からのみ問題を論じるのである。

やつら(弁護士)は、如何なることを取り上げるにしても、弁護する価値があるかどうかと考えるのが習慣になっていて、弁護した結果、公共の福利がどうなるかは考えない。

なんでもかんでも弁護を引き受けて断わることをせぬというのが普通であり、無罪を目ざして極力奮闘し、法律上の細かい所にこだわって片端から難癖をつけ、挙句のはてに正義を地に落とすのである。

であるから、我々(ユダヤ人たち)は、他の行政公務員と同様にこの職業の範囲を狭く絞り込んでおこうと思う。

裁判官と同じく、弁護士が訴訟当事者と直接接触する権利は、剥奪するのである。

やつら(弁護士)は、法廷からのみ仕事を受け、訴訟書類や報告を調査し、法廷で被告が尋問を受け事実が明らかになった後に被告を弁護するのである。

如何なる弁護をしたかという内容に関わりなく報酬を受け取るのである。

このことは

「弁護人は、告訴のための審理記録人である代訴人に対して平衡を保つための正義のための法務の単なる記録人に過ぎなくさせる」

のである。

こうすれば、個人的な興味関心からではなく確信に基づいた、偽りのない公平な弁護活動が可能となるのである。

また、この方式にすれば、現今横行しておるような、金をよけい出さなけれは裁判には勝てないという弁護士の腐敗堕落を除去することになる。

我々(ユダヤ人たち)は、過去長い時間をかけて、畜生(非ユダヤ人)共僧侶の信用を落とし、それによって、放っておいたら我々(ユダヤ人たち)の大きな脅威となったやも知れぬ地上におけるやつら(非ユダヤ人=畜生たち司祭法王)の伝道を凋落させるようにして来たのである。

今や日一日と、世界の人民に対するやつら(非ユダヤ人=畜生たち司祭法王)の影響力は、低下しつつあるのである。

信教の自由ということが至る所で喧伝されたので、今やキリスト教が完全に破壊されるのは、ここ数年のうちに過ぎなくなったのである。

ほかの宗教に至っては、骨抜きにするのは更に容易であるが、今この問題を論ずるのは時期尚早である。

我々(ユダヤ人たち)は、聖職者重視の教権主義や聖職者たちの力を、以前やつら(非ユダヤ人=畜生たちの司祭法王)が華やかなりし頃に持っていたのとは比べものにならぬほど狭い枠に押し込めるであろう。

決定的に法王庁を破壊する時が来れは、見えざる手の指が各国民に法王庁を指さすであろう。

しかしながら、非ユダヤ人=畜生たち国民がそれに襲いかかろうとしたら、あたかも過度の流血を防がんとするかのように、我々(ユダヤ人たち)は、法王庁の擁護者を装って進み出るのである。

この転換によって、我々(ユダヤ人たち)は、やつら(非ユダヤ人=畜生たちの司祭法王)の深奥にまで足を踏み入れ、間違いなくかの最強部を腐食し切るまでは二度と出て来ないであろう。

ユダヤ王は、真の世界の法王、世界にまたがる教会の総大司教となるのである。

であるが、一方で、我々(ユダヤ人たち)が青年層を過渡期の新しい伝統の宗教に、後には、我々の宗教(ユダヤ教)で再教育する間、我々(ユダヤ人たち)は、明らさまには既存の教会には指一本触れぬが、教会内部の軋轢を目ざし批判を加えて宗教人と闘うのである。

その場合、一般的には、我々(ユダヤ人たち)の現代の新聞は、畜生(非ユダヤ人)共の国家問題、宗教、畜生(非ユダヤ人)共の無能さを断罪し続けるが、常に、わが民(ユダヤ人たち)天与の才能を振い、あらゆる手段を駆使してやつら(非ユダヤ人=畜生たちの司祭法王)の威信を剥奪すべく、罵詈雑言を浴びせ百方中傷する。

我々(ユダヤ人たち)が王国は、インドのヴィシュヌ神になぞらえ擬人化すると・・我々(ユダヤ人たち)が百本の手の一本一本は、社会という機械のバネを握っておるのである。

警察というのは、我々(ユダヤ人たち)が畜生(非ユダヤ人)共の為に入念に作り上げ、しかも政府は、覗けぬ望遠鏡であるが、その警察の力を借りずとも我々(ユダヤ人たち)は、何もかもが解るのである。

我々(ユダヤ人たち)の計画では、我々(ユダヤ人たち)の臣民の三人に一人が、国家への無料奉仕義務として他の二人を監視するのである。

かってのようにスパイは恥ずべきことではなく、評価すべきことなのである。

しかしながら、根拠のないことを密告した者は、厳罰に処し、密告権の濫用を慎ませるのである。

この我々(ユダヤ人たち)の代理人は、社会の上層からも下層からも、さらに暇な時間を娯楽に費す管理層、編集者、印刷業者や出版人、書店業、店員、販売業者、労働者、御者、従僕等々からも採用するのである。

この組織は。職権を持たず、目撃したことについてなんらかの行動を起こすことは許されず、なんら権限のない警察であって、唯一観察し証言するのみなのである。

供述を確かめたり逮捕を決定したりするのは、警察の責任ある取締官の仕事であり、実際の逮捕には、憲兵隊や都市警察があたるのである。

警察担当の事件で見聞したことを報告せぬ者は、隠匿罪で告発されその責を負い、それが証明されれは有罪となるのである。

今日も我々(ユダヤ人たち)の兄弟たちは、自分の責任において、自分の家族の背教者や結社に反対する行動をとった結社員を告発する義務を持っておるが、それと同じことを全世界を支配する我々(ユダヤ人たち)の王国においても、わが臣民全員に国家に対する奉仕として義務づけるのである。

このような組織こそが、権威権力の濫用や贈収賄や我々の機密計画を使い、人間についての超人類的な理論を駆使し、我々(ユダヤ人たち)が畜生(非ユダヤ人)共に植え付けた悪習のすべてを根絶させるであろう。

であるが、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)の政治の中に混乱を植え付け増大させるのに、果たして他に方法があったであろうか?

あまたあるこれらの方策の中でも、最も重要なるものの一つは、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)の悪の偏執性・・どうしようもない自惚れ、権力の無責任な濫用、そして、何よりもかによりも賄賂・・を拡張発達させ、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)を破滅させるのに都合のいい位置におる秩序回復の代理人なのである。



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