音楽談義
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ロックさん。 さるです(^^) 「シオンの賢人議定書」 の事なんですが、先日メールに書いた日月神示の本に、石屋に ついてかなりページをさいており、今日その部分を読みました。 これって、神示を考えるにあたって最低限必要な知識なんですね。 議定書を太陽さんが沢山紹介してくださっていますが、なんだか難しい感じがして、 今までは、さらっと見た程度でした…(><)。 音楽について、ボレロ…実はさる好きなんです(−−;)。 ユダヤですか… 複雑ですが、音楽に国境は無いと思いたいです。 あと、バッハ好きです。 彼 のは教会音楽ですが…(−−;)。
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おしゃべりサルさんの読まれた 中矢伸一氏の神示本は裏の裏に追求してあるというより、食生活の改善により 「身魂磨きと改心をするということを主にしている」 ような印象です。 彼はひふみ神示を一般に知らしめた方のようですが、個人的にはその経歴からエージェントのお方のようにも見えてしまいます。 バッハもみんな秘密結社の皆さんですね。 「シオンの賢人議定書」 を読むようになりましたこの時期に何故かユダヤ人にはおなじみのボレロなぞの構成を考えることになっちゃっています。 依頼方もそんなことは知らずに依頼しているのでしょうが複雑な気持ちです(;_;) 構成を書くときは、お客さんの反応をどのようにゲットしていくかに集中しますので、改めて音楽って情報操作に一役買っちゃってるなと思います。 トッチさんのおっしゃっていた話も自分かぶってそうですが、 「魂までは売り渡さぬぞよ!」 とちょっと抵抗してます。 こういうことでもうまく自分の中で抱き参らせることが出来ることで見い出すモノがあればいいのですが。 逃げても辞めても音楽の仕事は気がついたらしてますね。 清富を目指そうといろいろしてましたが、清富の状態とは 「足るを知り、生きていくための弥栄えな知恵を知り、実践していくことで掴めることで、金をおっかけても掴めない」 ことは理解できてきました。
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トッチです。 300人委員会を読みますと、ビートルズも若者文化を低俗なものに陥れる為の工作であったようです。 ヒッピー、ドラッグが流行り、日本でもシンナー中毒のやからが出たりしました。 しかし、美しいメロディーは、やはり美しいですし、心地よいリズムは、やはり心地よいものです。 音楽を悪用する者がいなくなる時代が来れば、真の音楽のみが世に流れるのではないでしょうか。 さるさん、バッハがお好きだとか。 私もバッハは大好きです^^ 声楽は歌詞が分らないので聴きませんが。 ボレロは聴きませんが、リストは大好物です。
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トッチさんのコメントについて寝ながら考えてまして、ふと思い出したのが地震の巻でした。 確か 「霊界の自分も現実界でしているような仕事をしてる」 とあったと思います。 地震の巻第七帖にも
とあります。 自分には大きいことは出来ませんが、 せめて音楽自体の作られた目的が シオンの賢人議定書のそれであっても、自分の行う音楽の中で浄化出来たらいいですね。
なんてあるのは、ウタですから外国のそれの何かを生かす方法があることを示唆しているのかなとか思ったりします。 ウタの広まり方、いろいろ考えてしまいますが、寝起きなのでこんなところでしょうか^^;
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トッチです。 芸術自体には罪は無いと考えています。 バッハが秘密結社の人かどうかは知りませんでしたが、当時は音楽家が音楽で生計を立てて生きていくには、王侯貴族に雇われなければなりませんでしたし、創った音楽を聴かせる相手は王侯貴族でした。 ですので、当然依頼主の意に適う作品を作らなければならなかったでしょうし、媚びなければならない場合もあったと思います。 モーツァルトは、そんな聴衆のレベルに合った音楽を作っていましたが、やがて、聴衆が理解できようが出来まいがお構いなく真の芸術を追求した作品を作るようになったようです。 モーツァルトが亡くなり、ベートーベンが脚光を浴びだした頃、音楽の舞台は貴族サロンからライブへと移行していきました。 産業革命の時代であり、支配者は急速に富を拡大していた頃でしょうか。 音楽の対象が王侯貴族から一般へと移った背景には、支配者が利益を得るために音楽にも触手を伸ばしてきたのだろうと思います。 一般と言っても、裕福層相手ではありますが。 そんな背景にあって、19世紀最大のスターが生まれます。 人間離れした超絶技巧を駆使し、ヴァイオリンのパガニーニとピアノのリストは、世界各地のライブでは全てソールドアウトで会場前には長蛇の列。 キャラクター商品は飛ぶように売れます。 支配層にとって20世紀にビートルズを世に出す際に、良い雛形となった事でしょう。 19世紀では、まだ娯楽による愚民化工作ではなく、マネー追求であったために、世に出され評価された音楽は多分に芸術性を帯びていました。 しかし、映像、録音技術が生み出され、メディアのシステムが確立されてからは、支配層による娯楽での愚民化政策に音楽も利用される事になったのだと思います。 音楽の後ろには支配者の利益追求という悪が潜んでいます。 しかし、音楽家は音楽により人々を喜ばせようとする善に全身全霊を傾けます。 バッハなど音楽家は支配者層をスポンサーとする悪に支えられながらも、至高の音楽を生み出す事により悪を抱き参らせるだけの善を獲得しえたのではないかと思います。 ですので、作品が長く世に残る事になったのではないでしょうか。 ベートーベンは亡くなった際には国葬扱いされるほどの成功者の一人ですが、ナポレオンが皇帝の座についたことを知るなり激怒しました。 そんな方ですので、創られた音楽は汚されていないものと思います。 一方、シューベルトやフォスターは生前時は不遇でしたが、死後に音楽は後世まで愛される事になりました。 バッハは、当時は突出した有名人であった訳ではありませんでしたし、メンデルスゾーンにマタイ受難曲を掘り出されるまで100年近く埋もれていましたが、再認識されてからは音楽の父と言われています。 優れた芸術性は、人の心に宿る神性に訴えかけるものがあるのでしょう。 どんな世界でも、善だけではならず、悪だけではならない仕組みは働いているようですね。 ただ、人々を目先の流行に関心を向けるだけの、その場限りの音楽は論外で、悪により作られた害悪でしかないのものと思います。 愚民化政策の産物以外の何物でもありませんね。 身魂が曇りメクラである為に、作曲者や聴衆はそんな事など考えてもいないでしょうし、分かってもいないでしょうけど。 芸術とするか利用されるだけの音楽になるかは創り手次第ですね。
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jula です。
という感じではないでしょうか。 必要悪なんて言ってしまうとチンケな響きですが、もっと深いところでの作用のうち の一つとしてある、 そんなとこでしょうか。 例えば、元々あるものなのに一定のスタイル、形式を持たないが故に上手く認知され ないようなものは 一杯あると思います。 音楽なども商売、マスコミがあってこそ大衆演芸としてより認知され広まったのでは ないでしょうか? また絵画であっても元は宗教画を主体として一部の芸術家と王侯貴族のためであった ものが、 演劇、芸能の宣伝媒体と結びつきながらアルフォンスミューシャなどのアールヌー ボ、アールデコ といった形で拡がりを見せ、アンディウォーホールなどといったPOP、コマーシャ ルと結びつきながら 結果的に生活に、癒し、潤いをもたらすものとして認知され出し、広まってきていると 思います。 確かひふみでは、
として書かれていたと 思います。 また、ここ数年で歌や絵自体が一部の専門家からより大衆のものになってきているよ うにも思います。 一部の専門家から一般の人の元にまで広まっていくのは、それはそれでとても良い事と は思います。 ただそれらが、なんらかの支配誘導ツールとしても利用できてしまうという面はある のでしょうね。
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