良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4688


“石”と“イシ”を含む帖 


julaさんのメール

jula です。

分析はともかく先ず抽出したもの送ります。


●石を含む帖

上つ巻 第33帖 (033)

下つ巻 第03帖 (045)

下つ巻 第04帖 (046)

下つ巻 第05帖 (047)

下つ巻 第16帖 (058)

下つ巻 第27帖 (069)

下つ巻 第37帖 (079)

富士の巻 第12帖 (092)

天つ巻 第27帖 (134)

地つ巻 第15帖 (152)

日月の巻 第30帖 (203)

日月の巻 第40帖 (213)

日の出の巻 第01帖 (214)

日の出の巻 第15帖 (228)

日の出の巻 第16帖 (229)

日の出の巻 第19帖 (232)

磐戸の巻 第11帖 (247)

磐戸の巻 第12帖 (248)

水の巻 第17帖 (291)

松の巻 第05帖 (296)

松の巻 第28帖 (319)

夜明けの巻 第02帖 (322)

夜明けの巻 第05帖 (325)

雨の巻 第17帖 (351)

梅の巻 第02帖 (429)

青葉の巻 第01帖 (470)

黄金の巻 第047帖 (558)

黒鉄の巻 第25帖 (643)

春の巻 第02帖 (659)

春の巻 第10帖 (667)

春の巻 第30帖 (687)

秋の巻 第16帖 (757)

月光の巻 第07帖 (794)

月光の巻 第13帖 (800)

石を含む帖


ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第三十三帖(33)

昭和十九年七月二日、

旧五月十二日(1944年)

神の用意は済んでゐるのざから、民の用意 早うして呉れよ、

用意して早う祀りて呉れよ。

富士は晴れたり日本晴れと申すこと、

だんだん分りて来るぞ。

神の名のついた石があるぞ、

その石、役員に分けてそれぞれに守護の神つけるぞ、

神の石はお山にあるから、お山開いて呉れよ。

ひつぐの民、みつぐの民、

早う用意して呉れよ、

神急けるぞ。

七月二日、ひつくのか三。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三帖(45)

昭和十九年七月十三日、

旧五月二十三日(1944年)

この神のまことの姿見せてやる積りでありたが、人に見せると、びっくりして気を失ふもしれんから、

石にほらせて見せておいたのにまだ気づかんから木の型をやったであろうがな、

それが神の或る活動の時の姿であるぞ、

神の見せ物にしてはならんぞ、

お山の骨もその通りぞよ、

これまで見せてもまだ分らんか、

何もかも神がさしてあるのぞ。

心配いらんから慾出さずに、

素直に御用きいて下されよ、

今度のお山開き まことに結構であるぞ、

神が烈しくなると、神の話より出来んことになるぞ、

神の話 結構ぞ。

七月の十三日、

ひつ九のかみ。


早く皆のものに知らして呉れよ、

神急けるぞ。

お山の宮も五十九の岩で作らせておいたのに、まだ気が附かんか、

それを見ても神が使ってさして居ること、よく分かるであろうが、

それで素直に神の申すこと聞いて呉れて我(が)を出すなと申してゐる のぞ、

何事も神にまかせて取越し苦労するなよ、

我が無くてもならず、

我があってもならず、

今度の御用なかなか六ヶ敷いぞ。

五十九の石の宮出来たから五十九のイシ身魂いよいよ神が引き寄せるから、しっかりして居りて下されよ。

今度の五十九の身魂は御苦労の身魂ぞ。

人のようせん辛抱さして、生き変り死に変り修行さして置いた昔 からの因縁の身魂のみざから、みごと御用つとめ上げて呉れよ。

教会作るでないぞ、

信者作るでないぞ、

無理に引張るでないぞ。

この仕組 知らさなならず、知らしてならんし神もなかなかに苦しいぞ、

世の元からの仕組ざから、いよいよ岩戸開く時来たぞ。

七月の十三日、

ひつくのか三。

下つ巻 第04帖 (046)


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第五帖(47)

昭和十九年七月十五日、

旧五月二十五日(1944年)

江戸に神と人との集まる宮建てよ、

建てると申しても家は型でよいぞ、

仮のものざから人の住んでゐる家でよいぞ。

の石まつりて、神人祭りて呉れよ。

それが出来たら、そこでお告げ書かすぞ。

淋しくなった人は集まりて その神示(ふで)見てよ、

神示見れば誰でも甦るぞ。

この神示うつす役要るぞ、

この神示 印刷してはならんぞ。

神の民の言葉は神たたえるものと思へ、

てんし様たたえるものと思へ、

人ほめるものと思へ、

それで言霊(ことたま)幸(さき)はふぞ、

それが臣民の言葉ぞ。

わるき言葉は言ってはならんぞ。

言葉はよき事のために神が与へてゐるのざから忘れん様にな。

七月の十五日、

ひつくのかみのふで。

使用された特殊文字 

 


知恵でも学問でも、今度は金積んでも何うにもならんことになるから、

さうなりたら神をたよるより他に手はなくなるから、

さうなりてから助けて呉れと申しても間に合わんぞ、

イシヤの仕組にかかりて、まだ目さめん臣民ばかり。

日本精神と申して仏教の精神や基督教の精神ばかりぞ。

今度は神があるか、ないかを、ハッキリと神力みせてイシヤも改心さすのぞ。

神の国のお土に悪を渡らすことならんのであるが、

悪の神わたりて来てゐるから、

いつか悪の鬼ども上がるも知れんぞ。

神の国ぞと口先ばかりで申してゐるが、

心の内は幽界人(がいこくじん)沢山あるぞ。

富士から流れ出た川には、

それぞれ名前の附いてゐる石置いてあるから縁ある人は一つづつ拾ひて来いよ、

お山まで行けぬ人は、その川で拾ふて来い、

みたま入れて守りの石と致してやるぞ。

これまでに申しても疑ふ臣民あるが、

うその事なら、こんなに、くどうは申さんぞ。

因縁の身魂には神から石与へて守護神の名つけてやるぞ。

江戸が元のすすき原になる日近づいたぞ。

てん四様を都に移さなならん時来たぞ。

江戸には人住めん様な時が一度は来るのぞ。

前のやうな世が来ると思うてゐたら大間違ひぞ。

江戸の仕組すみたらカイの御用あるぞ。

いまにさびしくなりて来るぞ。

この道栄えて世界の臣民みなたづねて来るやうになるぞ。

七月の二十一日の夜、ひつ九のか三。

下つ巻第16帖 (058)


この方は祓戸(はらへど)の神とも現はれるぞ。

この方祀るのは富士に三と所、

海に三と所、

江戸にも三と所ぞ、

奥山、中山、一の宮ぞ。

富士は、榛名(はるな)に祀りて呉れて御苦労でありたが、

これは中山ぞ、

一の宮と奥の山にまた祀らねばならんぞ、

海の仕組も急ぐなれどカイの仕組早うさせるぞ。

江戸にも三と所、

天明の住んでゐるところ奥山ぞ。

あめのひつくの家、中山ぞ、

此処が一の宮ざから気つけて置くぞ。

この方祀るのは、真中に神の石鎮め、

そのあとにひもろぎ、

前の右左にひもろぎ、

それが「あ」と「や」と「わ」ぞ、

そのあとに三つ七五三とひもろ木立てさすぞ。

少しはなれて四隅にイウエオの言霊石 置いて呉れよ。

鳥居も注連(しめ)もいらぬと申してあろがな、

このことぞ。

この方祀るのも、役員の仕事も、この世の組立も、

みな七七七七と申してきかしてあるのには気がまだつかんのか、

臣民の家に祀るのは神の石だけでよいぞ、

天のひつくの家には、どこでも前に言ふ様にして祀りて呉 れよ。

江戸の奥山には八日、

秋立つ日に祀りて呉れよ、

中山九日、一の宮には十日に 祀りて呉れよ。

気つけてあるのに神の神示(ふで)よまぬから分らんのぞ、

このこと、よく読めば分るぞ。

今の様なことでは神の御用つとまらんぞ、

正直だけでは神の 御用つとまらんぞ。

裏と表とあると申して気つけてあろがな、

シッカリ神示読んで、 スキリと腹に入れて呉れよ、

よむたび毎に神が気つける様に声出してよめば、

よむだ けお蔭あるのぞ。

七月の三十一日、

一二

下つ巻 第27帖 (069)


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三十七帖(79)

昭和十九年八月三日、

旧六月十五日(1944年)

世が変りたら天地光り人も光り草も光り、

石も物ごころに歌ふぞ、

雨もほしい時に降り、

風もほしい時に吹くと雨の神、風の神 申して居られるぞ。

今の世では雨風を臣民がワヤにしている ぞ、

降っても降れず、

吹いても吹かん様になりてゐるのが分らんか。

盲つんぼの世の中ぞ。

神のゐる場所塞いで居りて お蔭ないと不足申すが、

分らんと申しても余りであるぞ。

神ばか りでもならず、

臣民ばかりではなおならず、

臣民は神の入れものと申してあろが、

あめのひつくの民と申すのは、

世界治めるみたまの入れもののことぞ、

民草とは一人をまもる入れものぞ、

ひつくの臣民は神がとことん試しに試すのざから、

可哀そうなれど我慢して呉れよ、

その代り御用つとめて呉れたら、

末代名を残して、

神からお礼申すぞ。

何事も神は帳面につけとめてゐるのざから間違ひないぞ、

この世ばかりでないぞ、

生れ代り死に代り鍛へてゐるのぞ、

ひつくの臣民 落ちぶれてゐると申してあろがな、

今に上、下になるぞ、

逆立ちがおん返りて、

元のよき楽の姿になるのが近づいたぞ、

逆立ち苦しかろがな、

改心した者から楽にしてやるぞ、

御用に使ふぞ。

八月三日、

ひつ九のか三。


ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第十二帖,

昭和十九年八月二十一日、

旧七月三日(1944年)

富士の巻 第12帖 (092)

御土は神の肉体ぞ。

臣民の肉体もお土から出来てゐるのぞ、

この事分りたら、

お土の尊いことよく分るであろがな。

これからいよいよ厳しくなるぞ、

よく世の中の動き見れば分るであろが、

汚れた臣民あがれぬ神の国に上がってゐるではないか。

いよいよとなりたら神が臣民にうつりて手柄さすなれど、

今では軽石のような臣民ばかりで神かかれんぞ。

早う神の申すこと、よくきいて生れ赤子の心になりて神の入れものになりて呉れよ。

一人改心すれば千人助かるのぞ、

今度は千人力与えるぞ、

何もかも悪の仕組は分りているぞ、

いくらでも攻めて来てござれ、

神には世の本からの神の仕組してあるぞ、

学や知恵でまだ神にかなふと思ふてか、

神にはかなはんぞ。

八月の二十一日、

のひつ九のか三。

使用された特殊文字 


石物いふ時来るぞ、

草物いふ時来るぞ。

北おがめよ、

北光るぞ、

北よくなるぞ、

夕方よくなるぞ、

暑さ寒さ、やはらかくなるぞ、

五六七(みろく)の世となるぞ。

慌てずに急いで呉れよ。

神々様みなの産土(うぶすな)様 総活動でござるぞ、

神々様まつりて呉れよ、

人々様まつりて呉れよ、

御礼申して呉れよ。

九月十二日、

一二か三。

天つ巻 第27帖 (134)


神の国のカミの役員に判りかけたらバタバタに埒(らち)つくなれど、

学や智恵が邪魔してなかなかに判らんから、

くどう申しているのざぞ。

臣民物言はなくなるぞ、

この世の終り近づいた時ぞ。

石物言ふ時ぞ。

神の目には外国もやまともないのざぞ。

みなが神の国ぞ。

七王(ななおう)も八王(やおう)も作らせんぞ、

一つの王で治めさすぞ。

てん詞様が世界みそなはすのざぞ。

世界中の罪負ひておはします素盞雄の大神様に気附かんか、

盲つんばばかりと申してもあまりでないか。

九月の二十三日、ひつ九のか三。

地つ巻 第15帖 (152)



おのころの国成り、この国におりまして あめとの御柱(みはしら)見立て給ひき。

(ここ)に伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)島生み 給ひき。

初めに水蛭子(ひるこ)、淡島(あわしま)、生み給ひき。

この御子、国のうちにかくれ給ひければ、

次にのりごちてのち生み給へる御子、淡道之穂之三別島(あわじのほのさわけしま)、伊予の二名島(いよのふたなしま)、

この島、愛媛(えひめ)、飯依比古(ひひよりひこ)、大宜都比売(おおけつひめ)、建依別(たてよりわけ)と云ふ。

次、隠岐の三子島(おきのみつこしま)、 天之忍許呂別(あまのおしころわけ)。

次、筑紫島(つくししま)、

この島、白日別(しらひわけ)、豊日別(とよひわけ)、 建日向日豊久土比泥別(たけひむかひとよくづひぬわけ)、建 日別(たてひわけ)。

次、伊伎島(いきしま)、天比登都柱(あめのひとつはしら)。

次、津島(つしま)、天狭手依比売(あめのさてよりひめ)。

次、佐渡島(さとしま)。

次、大倭秋津島(おおやまとあきつしま)、天津御空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)、

次、吉備之児島建日方別(きびのこしまたてひかたわけ)。

次、小豆島(あづきしま)、大野手比売(おおぬてひめ)。

次、大島大多麻流別(おおしまおほたまるわけ)。

次、女島(ひめしま)、天一根(あめひとつね)。

次、知詞島(ちかのしま)、天忍男(あめのおしを)。

次、両児島(ふたこしま)、天両屋(あめふたや)、二島(にしま)、八島(やしま)、六島(むしま)、合せて十六島生み給ひき。

次にまたのり給ひて、大島、小島、生み給ひき。

淡路島(あわじしま)、 二名島(ふたなしま)、おきの島、筑紫の島(つくしのしま)、壱岐の島 (いきのしま)、津島(つしま)、佐渡の島(さどのしま)、大倭島(おおやまとしま)、児島(こじま)、小豆島(あづきしま)、大島(おおしま)、女島(ひめしま)、 なかの島、二子島(ふたこしま)の十四島、島生みましき。

次に、いぶきいぶきて、御子神 生み給ひき。

大事忍男神(おほことおしをのかみ)、 大事忍男神(オホコトオシヲノカミ)、 石土毘古神(いしつちひこのかみ)、石土毘古神(イシツチヒコノカミ)、 石巣比売神(いしすひめのかみ)、石巣比売神(イシスヒメノカミ)、 大戸日別神(おほとひわけのかみ)、大戸日別神(オホトヒワケノカミ)、 天之吹男 神(あめのふきをのかみ)、天之吹男神(アマノフキヲノカミ)、 大屋毘古神(おお やひこのかみ)、大屋毘古神(オオヤヒコノカミ)、 風木津別之忍男神(かさけつわ けのおしをのかみ)、 風木津別之忍男神(カサケツワケノオシヲノカミ)、海神(わ たのかみ)、海神(ワタノカミ)、大綿津見神(おほわたつみのかみ)、水戸之神(みなとのかみ)、水戸の神(ミナトノカミ)、速秋津比神(はやあきつひのか み)、速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)、速秋津比売神(ハヤアキツヒメノカミ)、風神(かぜのかみ)、風神(カゼノカミ)、志那都比古神(しなつひこのかみ)、 木神(きのかみ)、木神(キノカミ)、久久能智神(くくのちのかみ)、山神 (やまのかみ)、山神(ヤマノカミ)、大山津見神(おほやまつみのかみ)、野神 (ぬのかみ)、野神(ヌノカミ)、鹿屋野比売神(かやぬひめのかみ)、野椎神(ぬつちのかみ)、 鳥之石楠船神(とりのいわくすつねのかみ)、天鳥船神(あめのとりふねのかみ)、 大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)、 火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、火之?比古神(ひのかがひこのかみ)生みましき。速秋津日子(はやあきつひこ)、速秋津比売(はやあきつひめ)、 二柱の神 川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて、生ませる神、 沫那芸神(あわなぎのかみ)、沫那美神(あわなみのかみ)、頬那芸神(つらなぎのかみ)、 頬那美神(つらなみのかみ)、天之水分神(あめのみくまりのかみ)、国之 水分神(くにのみくまりのかみ)、天之久比奢母智神(あめのくひさもちのかみ)、 国之久比奢母智神(くにのくひさもちのかみ)、次に、大山津見神(おほやまつみのかみ)、 野椎神(ぬつちのかみ)の二柱神、山野(やまぬ)に依りもちわけて、ことあげて生みませる神、天之狭土神(あめのさつちのかみ)、国之狭土神(くにのさつちのかみ)、天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)、国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)、天之闇戸神(あめのくらとのかみ)、国之闇戸神(くにのくらとのかみ)、大戸惑子神(おほとまどひこのかみ)、大戸惑女神(おほとまどひめのかみ)、大戸惑子神(オホトマドヒコノカミ)、大戸惑女神(オホトマドヒメノカミ)生みましき、 伊邪那美神(いざなみのかみ)やみ臥(こや)しまして、たぐりになりませる神、金山比古神(かなやまひこのかみ)、金山比売神(かなやまひめのかみ)、屎(くそ)になりませる神、波仁夜須比古神(はにやすひこのかみ)、波仁夜須比売神(はにやすひめのかみ)、尿(ゆまり)に成りませる神、弥都波能売神(みつはのめのかみ)、和久産巣日神(わくむすびのかみ)、この神の御子、豊宇気比売神(とようけひめのかみ)と申す。

ここに伊邪那美神(いざなみのかみ)、火の神 生み給ひて、 ひつちとなり成り給ひて、根の神の中の国に神去り給ひき。

ここに伊邪那岐神(いざなぎのかみ)泣き給ひければ、その涙になりませる神、 泣沢女神(なきさわめのかみ)、ここに迦具土神(かぐつちのかみ) 斬り給へば、その血 石にこびりて、石析神(いわさくのかみ)、 根析神(ねさくのかみ)、石筒之男神(いわつつのおのかみ)、 雍瓦速日神(みかはやひのかみ)、樋速日神(ひはやひのかみ)、 建御雷男神(たけみかつちおのかみ)、建布都神(たけふつのかみ)、 豊布都神(とよふつのかみ)、御刀(みはかし)の手上(たかみ)の血、闇於加美神(くらをかみのかみ)、闇御津羽神(くらみつはのかみ)、ここに殺されし迦具土(かぐつち)の御首(みかしら)に成りませる神、正鹿山津見神(まさかやまつみのかみ)、御胸に於藤山津見 神(おとやまつみのかみ)、腹(みはら)に奥山津見神(おくやまつみのかみ)、陰(みほと)に闇山津見神(くらやまつみのかみ)、左の御手に志芸山津見神(しきやまつみのかみ)、右の御手に羽山津見神(はやまつみのかみ)、左の御足に原山津見 神(はらやまつみのかみ)、 右の御足に戸山津美神(とやまつみのかみ)、成りましき。

ここに斬り給へる御刀(みはかし)、天之尾羽張(あめのおはばり)、伊都之尾羽張(いづのおはばり)、と云ふ。

ここに妹(いも)恋しまし給ひて根の国に追い往(い)で給ひき。

十一月二十五日夜、

一二

日月の巻 第30帖 (203)

使用された特殊文字   


ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第四十帖(213)

昭和十九年十一月三十日、

旧十月十五日(1944年)

ここに伊邪那美の命 語らひつらく、

あれみましとつくれる国、

末だつくりおへねど、

時まちてつくるへに、

よいよ待ちてよと宣り給ひき。

ここに伊邪那岐命、

みましつくらはねば吾とつくらめ、

と宣り給ひて、

帰らむと申しき。

ここに伊邪那美命 九(こ)聞き給ひて、

御頭(みかしら)に 大雷(おおいかつち)、

オホイカツチ、

胸に火の雷(ホのいかつち)、

ホノイカツチ、

御腹には

黒雷(くろいかつち)、

黒雷(クロイカツチ)、

かくれに 折雷(さくいかつち)、

サクイカツチ、

左の御手に

若雷(わきいかつち)、

ワキ井カツチ、

右の御手に 土雷(つちいかつち)、

ツチイカツチ、

左の御足に

鳴雷(なるゐかつち)、

ナルイカツチ。

右の御足に

伏雷(ふしいかつち)、

フシ井カツチ、

なり給ひき。

伊邪那岐の命、是見(こみ)、

畏みてとく帰り給へば、

妹伊邪那美命は、

よもつしこめを追はしめき、

ここに伊邪那岐命 黒髪かつら取り、

また湯津々間櫛(ゆつつまぐし)引き かきて、

なげ棄(う)て給ひき。

伊邪那美命 二(つき)の八くさの雷神(いかつちかみ)に黄泉軍(よもついくさ)副(そ)へて追ひ給ひき。

ここに伊邪那岐命 十挙剣(とづかのつるぎ)抜きて後手 (しりへて)にふきつつさり、

三度 黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本に到り給ひき。

坂本なる桃の実一二三(ひふみ)取りて待ち受け給ひしかば、

ことごとに逃げ給ひき。

ここに伊邪那岐命 桃の実に宣り給はく、

汝 (みまし)吾助けし如、

あらゆる青人草の苦瀬(うきせ)になやむことあらば、

助けてよと宣り給ひて、

また葦原の中津国にあらゆる、

うつしき青人草の苦瀬に落ちて苦しまん時に助けてよとのり給ひて、

おほかむつみの命、

オオカムツミノ命

と名付け給ひき。

ここに伊邪那美命 息吹き給ひて千引岩(ちびきいわ)を黄泉比良坂に引き塞(そ)へて、

その石なかにして合ひ向ひ立たして つつしみ申し給ひつらく、

うつくしき吾が那勢命 (なせのみこと)、

時廻り来る時あれば、

この千引の磐戸、

共にあけなんと宣り給へり、

ここに伊邪那岐命しかよけむと宣り給ひき。

ここに妹(いも)伊邪那美の命、汝(みまし)の国の人草、

日にちひと死(まけ)と申し給ひき。

伊邪那岐命 宣 り給はく、

吾は一日(ひとひ)に千五百(ちいほ)生まなむと申し給ひき。

この巻二つ合して日月の巻とせよ。

十一月三十日、

ひつ九のか三。


日の出の巻 第01帖 (214)

春とならば萌(もえ)出づるのざぞ、

草木許りでないぞ、

何もかも もえ出づるのぞ、

此の方の申す事 譬(たとへ)でないと申してあろが、

少しは会得(わか)りたか。

石もの云ふ時来たぞ、

此の道 早く知らして呉れよ、

岩戸は五回閉められてゐるのざぞ、

那岐(なぎ)、那美(なみ)の尊の時、

天照大神の時、

神武天皇の時、

仏来た時と、

大切なのは須佐之男神様に罪着せし時、

その五度の岩戸閉めであるから此の度の岩戸開きはなかなかに大そうと申すのぞ。

愈々きびしく成ってきたが此れからが正念場ざぞ、

否でも応でも裸にならなならんぞ、裸程結構なもの無い事 始めて会得(わか)りて来るぞ。

十二月一日、一二

日の出の巻 第01帖 (214)


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第十五帖 228  

昭和十九年十二月十八日、

旧十一月四日(1944年) 228

十柱の神様 奥山に祀りて呉れよ、

九柱でよいぞ、

何れの神々様も世の元からの肉体持たれた生き通しの神様であるぞ、

この方合はして十柱となるのざぞ。

御神体の石 集めさしてあろがな、

篤く祀りて、辛酉(かのととり)の日にお祭りして呉れよ。

病あるかないか、

災難来るか来ないかは、

手届くか届かないかで分ると申してあろがな。

届くとは注(そそ)ぐ事ぞ、

手首と息と腹の息と首の息と頭の息と足の息と胸の息と 臍の息と脊首(せくび)の息と手の息と八所十所の息合ってゐれば病無いのざぞ、

災難見ないのざから、毎朝 神拝みてから克く合はしてみよ、

合ってゐたら其日には災難無いのざぞ、

殊に臍の息一番大切ざぞ、

若しも息合ってゐない時には一二三(ひふみ)唱へよ、

唱へ唱へて息合ふ迄 祷(ゐの)れよ、

何んな難儀も災難も無くしてやるぞ、

此の方 意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)であるぞ。

神の息と合はされると災難、病無くなるのざぞ、

大難小難にしてやるぞ、

生命助けてやるぞ、

此の事は此の方信ずる人でないと誤るから知らすではないぞ、

手二本 足二本いれて十柱ぞ、

手足一本として八柱ぞ、

此の事 早う皆に知らしてどしどしと安心して働く様にしてやれよ。

飛行機の災難も地震罪穢の禍も、

大きい災難ある時には息乱れるのざぞ、

一二三祝詞と祓え祝詞と神の息吹と息と一つになりておれば災難逃れるのぞ、

信ずる者ばかりに知らしてやりて呉れよ。

十二月十八日、

ひつ九か三。

日の出の巻 第15帖 (228)


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第十六帖(229)

昭和十九年十二月十九日、

旧十一月五日(1944年)

悪の衣(ころも)着せられて節分に押込められし神々様御出でましぞ。

此の節分からは愈々神の規則通りになるのざから気つけておくぞ、

容赦(ようしゃ)は無いのざぞ、

それまでに型さしておくぞ、

御苦労なれど型してくれよ。

ヤの身魂 御苦労、

石なぜもの言はぬのぞ、

愈々となりてゐるではないか、

春になりたら何んな事あるか分らんから今年中に心の洗濯せよ、身辺(みのまわり)洗濯せよ、

神の規則 臣民には堪(こば)れんことあるも知れんぞ、

気つけておくぞ。

十二月十九日、一二


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第十九帖(232)

昭和十九年十二月二十二日、旧十一月八日(1944年)

海には神の石鎮め祀り呉れよ、

山には神の石立てて樹植えて呉れよ、

石は神の印つけて祀る処に置いてあるぞ、

祀り結構ぞ、

富士奥山には十柱の石あるぞ、

十柱祀りて呉れよ、

祀る処に行けば分る様にしてあるぞ。

十二月二十二日、

ひつ九のか三。


ひふみ神示 第八巻 磐戸の巻 第十二帖(248)だ 昭和二十年一月十三日、

旧十一月三十日(1945年)

マコトの者は千人に一人ざぞ、

向ふの国にはまだまだドエライ仕組してゐるから今の内に神の申すこと聞いて、

神国は神国のやりかたにして呉れよ。

人の殺し合ひ許りではケリつかんのざぞ、

今度のまけかちはそんなチョロコイことではないのざぞ、

トコトンの処まで行くのざから神も総活動ざぞ、

臣民 石にかじりついてもやらねばならんぞ、

そのかわり今後 は万劫末代のことざから何時迄もかわらんマコトの神徳あたへるぞ。

云はれぬこと、神示に出せぬことも知らすことあるぞ。

一月十三日、

の一二か三。

使用された特殊文字 


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第五帖(296)

昭和二十年六月二十一日、

旧五月十二日(1945年)

この先どうしたらよいかと云ふ事は、

世界中 金(かね)の草鞋(わらじ)で捜しても九九(ここ)より他 分からんのざから、

改心して訪ねて御座れ。

手取りてよき方に廻し てやるぞ。

神の国の政治は、もの活かす政治と申してあろが、

もの活かせば、経済も政治も要らんぞ。

金もの云ふ時から、

物もの云ふ時来るぞ。

誠もの云う時来るぞ。

石もの云ふ時来るぞ。

六月二十一日の朝、

アメのひつ九のかみ神示。


水の巻第十七帖(291)

カイの御用はキの御用であるぞ。

臣民はミの御用つとめて呉れよ。

キとミの御用であるぞ。

ミの御用とは体(からだ)の御用であるぞ。

身 養ふ正しき道開いて伝へて呉れよ。

今迄の神示読めばわかる様にしてあるぞ。

キの御用に使ふものもあるぞ。

キミの御用さす者もあるぞ、

お守りの石どしどしさげてよいぞ。

水の巻これで終りぞ。

六月二十三日、

三(みず)の一二

使用された特殊文字 


保食(うけもち)の神祀らづに、いくら野山拓いたとて、物作ることは出来ないぞ。

煎(ゐ)り豆 花咲く目出度い時となってゐるのに何して御座るのぞ。

いくら人民の尻叩いて野山切り拓いても食物三分むつかしいぞ。

神々まつれと申してあろが、

野拓く時は野の神まつれ。

物作る時は保食の神まつれ。

産土の神様にもお願ひしてお取次願はな何事も成就せんぞ。

人民の学や智ばかりで何が出来たか。

早よ改心第一ぞ。

山も川も野も人民も草も木も動物虫けらも何もかも此の方の徳であるぞ。

それぞれの御役あるのざぞ。

学や智捨てて天にむかへ。

地にむかへ、

草にむかへ、

生物にむかへ、

木にむかへ、

石もの云ふぞ。

草もの云ふぞ。

七月十八日、

あめのひつくのかみ。

松の巻 第28帖 (319)


神の国は神の肉体ぞと申してあるが、

いざとなれば、お土も、草も、木も、何でも 人民の食物となる様に出来てゐるのざぞ。

何でも肉体となるのざぞ。

なるようにせんからならんのざぞ。

それで外国の悪神が神の国が慾しくてならんのざ。

神の国より広 い肥えた国 幾らでもあるのに、神の国が欲しいは、

誠の元の国、根の国、物のなる国、元の気の元の国、力の元の国、光の国、真中(まなか)の国であるからぞ、

何も彼も、神の国に向って集まる様になってゐるのざぞ。

神の昔の世は、そうなってゐた のざぞ。

磁石も神の国に向く様になるぞ。

北よくなるぞ。

神の国おろがむ様になるのざぞ。

どこからでもおろがめるのざぞ。

おのづから頭さがるのざぞ。

海の水がシメであるぞ。

鳥居であるぞと申してあろうが、

シメて神を押し込めてゐたのであるぞ。

人民 知らず知らずに罪犯してゐたのざぞ。

毎日、日日(ひにち)お詫(わび)せよと申 してあらうが、

シメて島国日本としてゐたのざぞ、

よき世となったら、身体(からだ)も大きくなるぞ。

命も長くなるぞ。

今しばらくざから、辛抱してくれよ。

食物心配するでないぞ。

油断するでないぞ。

皆の者喜ばせよ。

その喜びは、喜事(よろこび ごと)となって天地のキとなって、

そなたに万倍となって返って来るのざぞ。

よろこびいくらでも生まれるぞ。

七月二十一日、

あめのひつくのかみ。

夜明けの巻 第02帖 (322)


何もかも神示読めば判る様になってゐる事 忘れるでないぞ、

此の仕組 云ふてならず、

云はねば判らんであろうなれど、

神示読めば因縁だけに判るのざぞ。

石物云ふ時来たぞ。

山にも野にも川にも神まつれと申してあること、忘れるでないぞ、

型せと申してあらうが、

いづれも仮ざから三千世界の大洗濯ざから、

早よ型してくれよ。

型結構ぞ。

何もかも神人共にするのざぞ。

夜明けたら、何もかもはっきりするぞ、

夜明け来たぞ。

十理(トリ)立てよ。

七月二十八日、

あめのひつくのかみ神示書。

夜明けの巻 第05帖 (325)


天地の先祖、元の神の天詞(てんし)様が王の王と現はれなさるぞ、

王の王はタマで御現はれなされるのざぞ。

礼拝の仕方 書き知らすぞ、

節分から始めて下されよ、

先づキ整へて暫し目つむり心開きて一拝二拝八拍手せよ、

又キ整へて一二三四五六七 八九十(ひとふたみよいつむゆななやここのたり)と言(こと)高くのれよ、

又キ整 へてひふみ三回のれよ、

これはこれは喜びの舞、

清めの舞、

祓の歌であるぞ。

世界の臣民 皆のれよ、

身も魂も一つになって、のり歌ひ舞へよ、

身魂(みたま)全体で拍 手するのざぞ、

終って又キ整へて一二三四五六七八九十、

一二三四五六七八九十百千 卍(ももちよろず)と言(こと)高くのれよ、

神気整へて天(アメ)の日月の大神様弥栄ましませ弥栄ましませと祈れよ、

これは祈るのざぞ、

九二(くに)のひつくの神 様 弥栄ましませ弥栄ましませと祈れよ、

終りて八拍手せよ、

次に雨の神様、風の神様、

岩の神様、

荒の神様、

地震の神様、

百々(もも)の神様、

世の元からの生神様、

産土(うぶすな)の神様に御礼申せよ、

終りてから神々様のキ頂けよ、

キの頂き方前に知らしてあろがな、

何よりの臣民人民の生(いき)の命の糧(かて)であるぞ、

病なくなる元の元のキであるぞ、

八度繰り返せと申してあろ、

暫くこのやうに拝め よ、

神代になる迄にはまだ進むのざぞ、

それまではその様にせよ、

此の方の申す様に すればその通りになるのざぞ、

さまで苦しみなくて大峠越せるぞ、

大峠とは王統消 (わうとうけ)すのざぞ。

新しき元の生命(いのち)と成るのざぞ。

神の心となれば 誠判るぞ。

誠とはマとコトざぞ、

神と人民 同じになれば神代ざぞ、

神は隠身(かく りみ)に、人民 表に立ちて此の世治まるのざぞ。

雀の涙程の物 取り合ひ へし合ひ 何して御座るのぞ、

自分のものとまだ思ってゐるのか。

御恩とは五つの音の事ざぞ、

御音(恩)返さなならんのざぞ、

此の事よく考へて間違はん様にして下されよ。

此の 巻は雨の巻ぞ、

次々に知らすからミタマ相当により分けて知らしてやれよ、

事分けて 一二三(ひふみ)として知らしてやるのもよいぞ。

役員皆に手柄立てさしたいの ぢゃ、

臣民人民 皆にそれぞれに手柄立てさしたいのぢゃ、

待たれるだけ待ってゐる のぢゃ、

一人で手柄は悪ぢゃ、

分けあってやれよ、

手握りてやれよ。

石もの云ふぞ、

十六の八の四の二の一目出度や目出度やなあ。

神の仕組の世に出でにけり、

あなさやけ、

あな面白や、

五つの色の七変はり八変はり九(ここ)の十々(たりたり)て百千 万(ももちよろず)の神の世弥栄。

十二月十九日、

ひつ九のかミ。

皆出てござれ

それぞれにうれしうれしの御用いくらでもあたえてとらすぞ

この巻かぜの巻 

ひつ九 のかみ 

十二月十六日

雨の巻 第17帖 (351)


ひふみ神示 第二十巻 梅の巻 第二帖,429

昭和二十一年九月二十八日、

旧九月四日(1946年)

代へ身魂いくらでもつくりあるぞ、

心して取違ひせん様に神の心早う汲みとれよ、

九の方の仕組 人民には判らんから、

どうなることかと役員も心配なさるなれど、

仕上げりうりう見て御座れ、

めったに間違ひないのぢゃぞ、

うまい口にのるでないぞ、

うまい口を今に持って来るが、うまい口には誠ないから、

この方 三千世界の御道は誠よりないと申してあろが、

真実のマコトは神示読まねば判らんのぢゃぞ。

ひつぐの民の家には御神名か御神石か御神体として代表の大神様として、

天の日月の大神様 地の日月の大神様と称へ斎(いつ)き祀り結構致し呉れよ、

一の宮、二の宮等の祀り天明に知らしてあるぞ。

道院殿老祖様は中の宮に、

他は道院の神々様として次の宮に結構祀りてよいぞ、

いづれも弥栄々々ぞ。

九月二十八日、

ひつ九の神。

梅の巻 第02帖 (429)


音秘会(おとひめかい)には別に神祀らいでもよいぞ、

光の大神様 斎き祀り結構いたしくれよ、

皆に音秘様の分霊(わけみたま)さずけとらすぞ。

お守り、さずけとらすぞ、

光の大神様の信者には御神名さずけとらせよ、

役員には御神石まつりくれよ、

光の大神様の日々の御給仕には十(とう)のカワラケにて供へまつれよ。

役員七つに分けよ、

大道師、権大道師、中道師、権中道師、小道師、権小道師、参道の七段階ぞ、

中道師から上は神人共ざぞ。

世界の民の会は三千世界に拝み合ふのざぞ、

何事も神まつり第一ざと申してあろがな。

大き器持ちて御座れよ、

小さい心では見当とれんことになるぞ。

慢心取違いポキンぞ。

ミタマ何時でも変るのざぞ、

次々に偉い人出て来るから神示よく読んでグングン行って進めよ、

行ふ所 神現はれるぞ、

光の道 弥栄ぞ、

なせばなるのざぞ、

人民どんどん行はなならんのざぞ、

この神示から、ひかり教会から世に出せよ、

この巻「ア火ハ(アオバ)の巻」、

前の巻は「三吹iソラ)の巻」とせよ。

四月二十六日、

ひつ九のかミ。

青葉の巻 第01帖 (470)


ナルとは成る言(コト)ぞ。

成るは表、

主(曰(シ)ゆ)ぞ。

ウムとは(ウム)のこと。

生むは裏、従(二ゆ)ぞ。

ナルは内、ウムはソト。

ナルには内の陰陽合せ、

ウムにはソトの陰陽合せよ。

成ると生むは同じであるぞ。

違ふのぢゃぞ。

成ることを生むと申すことあるぞ。

生むこと成ると見ることあるぞ。

ナルとは(ナル)こと、

自分が大きく成ることぞ。

自分の中に自分つくり、

内に生きることぞ。

ウムとは自分の中に自分つくり外におくことぞ。

このこと判れば石屋の仕組判る。

(十一月裏四日)

一二十

黄金の巻 第047帖 (558)


ひふみ神示 第二十六巻 黒鉄の巻 第二十五帖

昭和二十五年一月二十二日、

旧十二月五日(1950年)

心は草にも木にも石にもあるぞ。

天にまたたく星にもあるぞ。

ただ薄いか厚いかの相違であるぞ。

の中のに悪は入れんのであるぞ。

外のの中に、外の智の中に悪が入るのぢゃ。

人間の智の中には悪も善も入るぞ。

入るからこそ、これは善ぢゃ、これは悪ぢゃと判るのぢゃ。

人間の自由は其処にあるのぢゃ。

自由なければ発展ないぞ。

弥栄ないぞ。

霊を信ずる者は霊と語り、肉を信ずる者は肉と語り得るのぢゃ。

人間そのものから湧き出づる喜びは無いぞ。

よく心得なされよ。

(一月二十二日),黒鉄の巻 第25帖 (643)

使用された特殊文字 


カミヒトと申すのは、

神の弥栄のため、

世の弥栄のため祈り、

実践する人のことであるぞ。

神のため祈れば神となり、

世のため祈れば世と一体となるのぢゃ。

自分のためばかりで祈れば迷信、

われよしの下の下ぞ。

誰でも霊かかりであるぞ。

石でも木でも土でも霊かかりぞ。

これは一般かみかかりであるぞ、

特別神かかりは神の御力を強く深く集める行がいるのぢゃ。

九分通りしくじるのぢゃ。

太陽の光集めること知っているであらうが。

神の理(ミチ)をよりよく、

より高く集める理(ミチ)がマコトの信仰であるぞ。

理(ミチ)であるぞ。

世、迫って、霊かかりがウヨウヨ出ると申してある時来ているのぢゃ。

悪かみかかりに迷ふでないぞ。

サニワせよ。

外はウソが多いぞ。

内の声ウソないぞ。

旧、元旦、

日月神。

春の巻 第02帖 (659)


一切のものは(ウズ)であるぞ。

同じことくりかへしているように、人民には、世界が見えるであろうなれど、

一段づつ進んでいるのであるぞ。

木でも草でも同様ぞ。

前の春と今年の春とは、同じであって違って居らうがな。

行き詰りがありがたいのぢゃ。

進んでいるからこそ、行きあたり行きつまるのぢゃ。

省みる時与えられるのぢゃ。

さとりの時与えられるのぢゃ。

ものは、はなすからこそ掴めるのぢゃ。

固く握って戸しめていてはならんのう。

扉あけておけと申してあろうが。

着物ぬいで裸体となること つらいであろうなれど、ぬがねば新しい着物きられんぞ。

裸になってブツカレよ。

神様も裸になって そなたを抱いて下さるぞよ。

重い石のせたタクアンはうまいのであるぞ。

春の巻 第10帖 (667)


ひふみ神示 第二十七巻 春の巻 第三十帖

昭和二十七年二月一日、

旧一月六日(1952年)

宇宙のすべてがつながりであるぞ。

石でも水でも草でも木でも動物でもすべてがつながりぢゃ。

手と頭のようなもんぢゃ。

拝み合へよ。

親しみ合へよ。

和せよ。

和すと自分となるのぢゃぞ。

自分 大きく、明るくなるのぢゃ。

豊かにうれしうれしぢゃ。

赤いものの中にゐると赤くなって行く。

理(リ)に向ってゐると、いつの間にか神の気いただくぞ。

神の光がいただけるのぢゃ。

二度三度、話きいたり、おろがんだりくらいで理は判らん。

神は解らん。

体験せねばならん。

一方的では何事も成就せん。

もちつもたれつであると申してあろう。

春の巻 第30帖 (687)


統一と云ふことは赤とか白とか一色にすることではないぞ。

赤もあれば黄もあり青もあるぞ。

それぞれのものは皆それぞれであって一点の≠ナくくる所に統一あるぞ。

くくると申してしばるのでないぞ。

磁石が北に向くよう、

総て一点に向かうことであるぞ。

これを公平と申し、平等と申すのぢゃ。

悪平等は悪平等。

一色であってはならんのう。

下が上に、上が下にと申してあるが、一度で治まるのでないぞ。

幾度も幾度も上下にひっくりかへり、又ひっくりかへりビックリぢゃ。

ビックリこねまわしぢゃ。

秋の巻 第16帖 (757)


月光の巻第七帖(794)

大奥山は神人交流の道の場である。

道は口で説くものではない。

行ずるものである。

教は説かねばならない。

多数決が悪多数決となるわけが何故に判らんのぢゃ。

投票で代表を出すと殆んどが悪人か狂人であるぞ。

世界が狂ひ、悪となり、人民も同様となっているから、その人民の多くが選べば選ぶ程、益々混乱してくるのであるぞ。

それより他に人民の得心出来る道はないと申してゐるが、道はいくらでもあるぞ。

人民の申してゐるのは平面の道、平面のみでは乱れるばかり、立体にアヤなせば弥栄えて真実の道が判るのぢゃ。

ぢゃと申して独裁ではならん。

結果から見れば神裁ぢゃ。

神裁とは神人交流によることぞ。

(十二月二十五日)

神はうそつきぢゃと人民申しても、悪い予言はうそにしたいので日夜の苦労、

こらえられるだけこらえてゐるのである。

もう、ものばかりでは治まらんこと、キンでは治まらんこと、平面のみでは駄目であること、よく判ってゐるのにカブトぬげん神々様よ、

気の毒が来ぬ前に改心結構。

遠くからでは判らんし、近づくと迷うし、理屈すてて神にほれ参らせよ。

よくこの神をだましてくれたぞ、

この神がだまされたればこそ、

太神の目的なってくるのぢゃ。

細工はりゅうりゅう仕上げ見て下されよ。

区別すると力出るぞ、

同じであってはならん。

平等でなくてはならんが、区別なき平等は悪平等である。

天に向って石を投げるようなことは、早くやめねばならん。

霊かかりもやめて下されよ。

人民が絶対無と申してゐるところも、絶対無ではない。

科学を更に浄化弥栄させねばならん。

空間、時間が霊界にないのではない。

その標準が違うから無いと考えてよいのである。

奥山は奥山と申してあろう。

いろいろな団体をつくってもよいが、何れも分れ出た集団、一つにしてはならん。

奥山はありてなきもの、なくて有る存在である。

奥山と他のものとまぜこぜまかりならん。

大き一つではあるが別々ぞ。

今迄になかった奥山のあり方、判らんのも無理ないなれど、これが判らねば この度の大神業、判りはせんぞ。


月光の巻第十三帖(800)

木にも竹にも石にも道具にもそれぞれの霊が宿ってゐるのである。

人間や動物ばかりでなく、総てのものに宿ってゐるのである。

宿ってゐると云うよりは、霊と体とで一つのものが出来上がってゐるのである。

一枚の紙の裏表のようなもの、表ばかりのものもない。

裏ばかりのものもない道理。

数字にも文字にも それぞれの霊が宿って居り、それぞれの能(ハタラキ)をしてゐるのであるぞ。

順序が判れば初段、和に徹すれば名人。


julaさんのメール

jula です。

“石”関連ですが“イシ”で抽出したら“石”とはまた違うものが出てきましたので 念のため送ります。


イシを含む帖

下つ巻 第04帖 (046)

下つ巻 第16帖 (058)

下つ巻 第22帖 (064)

日月の巻 第30帖 (203)

夜明けの巻 第01帖 (321)

夜明けの巻 第13帖 (333)

荒の巻第01帖 (377) 83

扶桑の巻 第01帖(850)

扶桑の巻 第08帖(857)


早く皆のものに知らして呉れよ、

神急けるぞ。

お山の宮も五十九の岩で作らせておいたのに、まだ気が附かんか、

それを見ても神が使ってさして居ること、よく分かるであろうが、

それで素直に神の申すこと聞いて呉れて我(が)を出すなと申してゐる のぞ、

何事も神にまかせて取越し苦労するなよ、

我が無くてもならず、

我があってもならず、

今度の御用なかなか六ヶ敷いぞ。

五十九の石の宮出来たから五十九のイシ身魂いよいよ神が引き寄せるから、しっかりして居りて下されよ。

今度の五十九の身魂は御苦労の身魂ぞ。

人のようせん辛抱さして、生き変り死に変り修行さして置いた昔 からの因縁の身魂のみざから、みごと御用つとめ上げて呉れよ。

教会作るでないぞ、

信者作るでないぞ、

無理に引張るでないぞ。

この仕組 知らさなならず、知らしてならんし神もなかなかに苦しいぞ、

世の元からの仕組ざから、いよいよ岩戸開く時来たぞ。

七月の十三日、

ひつくのか三。

下つ巻 第04帖 (046)


知恵でも学問でも、今度は金積んでも何うにもならんことになるから、

さうなりたら神をたよるより他に手はなくなるから、

さうなりてから助けて呉れと申しても間に合わんぞ、

イシヤの仕組にかかりて、まだ目さめん臣民ばかり。

日本精神と申して仏教の精神や基督教の精神ばかりぞ。

今度は神があるか、ないかを、ハッキリと神力みせてイシヤも改心さすのぞ。

神の国のお土に悪を渡らすことならんのであるが、

悪の神わたりて来てゐるから、

いつか悪の鬼ども上がるも知れんぞ。

神の国ぞと口先ばかりで申してゐるが、

心の内は幽界人(がいこくじん)沢山あるぞ。

富士から流れ出た川には、

それぞれ名前の附いてゐる石置いてあるから縁ある人は一つづつ拾ひて来いよ、

お山まで行けぬ人は、その川で拾ふて来い、

みたま入れて守りの石と致してやるぞ。

これまでに申しても疑ふ臣民あるが、

うその事なら、こんなに、くどうは申さんぞ。

因縁の身魂には神から石与へて守護神の名つけてやるぞ。

江戸が元のすすき原になる日近づいたぞ。

てん四様を都に移さなならん時来たぞ。

江戸には人住めん様な時が一度は来るのぞ。

前のやうな世が来ると思うてゐたら大間違ひぞ。

江戸の仕組すみたらカイの御用あるぞ。

いまにさびしくなりて来るぞ。

この道栄えて世界の臣民みなたづねて来るやうになるぞ。

七月の二十一日の夜、ひつ九のか三。

下つ巻第16帖 (058)


岩戸開く仕組 知らしてやりたいなれど、

この仕組、言ふてはならず、

言はねば臣民には分らんし、

神苦しいぞ、

早う神心になりて呉れと申すのぞ、

身魂の洗濯いそぐのぞ。

二三三二二(アイカギ)、

コノカギハイシヤトシカテニギルコトゾ。

一二(ひつくのかみ)、

七月の二十八日。

下つ巻 第22帖 (064)

特殊文字 


イシはイにかへるぞ。

一(ヒ)であるぞ。

(ム)であるぞ。

井であるぞ。

イーであるぞ。

浸であるぞ。

振であるぞ。

キと働くのざぞ。

わかりたか。

今までは悪の世でありたから、

己殺して他人助けることは、

此の上もない天の一番の教といたしてゐたが、

それは悪の天の教であるぞ。

己を活かし他人(ひと)も活かすのが天の道ざぞ、

神の御心ぞ。

他人殺して己助かるも悪ぞ、

己殺して他人助けるも悪ぞ、

神無きものにして人民生 きるも悪ぞ。

神ばかり大切にして人民放っておくのも悪ぞ。

神人ともにと申してあろが。

神は人に依り神となり、

人は神によって人となるのざぞ。

まことの神のおん心わかり たか。

今までの教へ間違っていること段々判りて来るであろがな。

天地和合して睡となった姿が神の姿ざぞ。

御心(みこころ)ざぞ。

天(あめ)と地(つち)ではないぞ。

あめつちざぞ。

あめつちの時と知らしてあろうが、みな取違ひ申して済むまいが。

神示よく読めと、裏の裏まで読めと申してあろが。

七月の二十一日、

あめのひつぐのかみ。

夜明けの巻 第01帖 (321)


あら楽し、すがすがし、

世は朝晴れたり、

昼晴れたり、

夜も晴れたり。

あらたのし、すがすがし、

世は岩戸明けたり、

待ちに待ちし岩戸開けたり、

此の神示の臣民と云ふても、人間界ばかりでないぞ。

神界幽界のことも言ふて知らしてあると、

申してあろが。

取違ひ慢心一等恐いと申してあろが。

祭典(まつり)、国民服もんぺでもよいぞ。

天明まつりの真似するでないぞ。

役員まつりせい。

何も云ふでないぞ。

言ふてよい時は知らすぞよ、

判りたか。

仕へる者無き宮、

産土様の横下にいくら祀ってもよいぞ。

天明は祈れ。祈れ。

天に祈れ、地に祈れ、

引潮の時引けよ。

満潮の時進めよ。

大難小難にと役員も祈れよ。

口先ばかりでなく、誠祈れよ。

祈らなならんぞ。

口先ばかりでは悪となるぞ。

わかりたか。

今度は借銭済(な)しになるまでやめんから、 誰によらず借銭無くなるまで苦し行せなならんぞ、

借銭なしでないと、お土の上には住めん事に今度はなるぞ。

イシの人と、キの人と、ヒの人と、ミヅの人と、できるぞ。

今にチリチリバラバラに一時はなるのであるから、

その覚悟よいか。

毎度知らしてあること忘れるなよ。

神示 腹の腹底まで浸むまで読んで下されよ。

神頼むぞ。

悟った方 神示とけよ。

といて聞かせよ。

役員 皆とけよ。

信ずる者皆人に知らしてやれよ。

神示読んで嬉しかったら、知らしてやれと申してあらうが。

天明は神示書かす役ぞ。

アホになれと申してあろが、まだまだぞ、

役員 気付けて呉れよ。

神示の代りにミ身に知らすと申してある時来たぞ。

愈々の時ぞ。

神示で知らすことのはじめは済みたぞ。

実身掃除せよ。

ミ身に知らすぞ。

実身に聞かすぞ、

聞かな聞く様にして知らすぞ。

つらいなれど、がまんせよ。

ゆめゆめ利功出すでないぞ。

判りたか、

百姓にもなれ、

大工にもなれ、

絵描きにもなれ。

何にでもなれる様にしてあるでないか。

役員も同様ぞ。

まどゐつくるでないぞ、

金とるでないぞ。

神に供へられたものはみな分けて、

喜ばしてやれと申してあろが。

此の方 喜ぶこと好きぞ、

好きの事栄えるぞ。

いや栄へるぞ。

信者つくるでないぞ。

道伝へなならんぞ。

取違へせん様に慢心せん様に、生れ赤児の心で神示読めよ。

神示いただけよ。

日本の臣民 皆勇む様、祈りて呉れよ。

世界の人民 皆よろこぶ世が来る様 祈りて呉れよ、

てんし様まつれよ。

みことに服(まつ)ろへよ。

このこと出来れば他に何も判らんでも、峠越せるぞ。

御民いのち捨てて生命に生きよ。

「鳥鳴く声す 夢さませ、見よ あけ渡るひむかしを、空色晴れて沖つ辺に、千船行きかふ靄(もや)の裡(うち)。」

「いろは、にほへとち、りぬるをわかよ、たれそ、つねならむ、うゐのおくやま、けふこ、えてあさき、ゆめみしゑひもせすん。」

「アオウエイ。カコクケキ。サソスセシ。タトツテチ。ナノヌネニ。ハホフヘヒ。マモムメミ。ヤヨユエイ。ラロルレリ。ワヲウヱヰ。」

アイウエオ。ヤイユエヨ。ワヰヱヲ。カキクケコ。サシスセソ。タチツテト。ナニヌネノ。ハヒフヘホ。マミムメモ。ヤイユエヨ。ラリルレロ。ワヰウヱヲ。

五十九柱ぞ。

此の巻 夜明けの巻とせよ。

この十二の巻よく腹に入れておけば何でも判るぞ。

無事に峠越せるぞ。

判らん事は自分で伺へよ。

それぞれにとれるぞ。

天津日嗣皇尊(あまつひつぎすめらみこと)

弥栄(やさか)いや栄(さか)。

あら楽し、あら楽し、

あなさやけ、あなさやけ、おけ。

一二三四五六七八九十百千卍(ひふみよいつむゆななやここのたりももちよろず)。

秋満つ日に、

アメのひつ九かみしるす。

夜明けの巻 第13帖 (333)


意志の極み成るぞ(イシのキワみナるぞ)。

荒の巻第01帖 (377) 83


東は扶桑(二三)なり、

日()出づる秋(とき)は来にけり。

この巻 扶桑(二三)の巻、

つづく六の巻を合せて七の巻一百四十四帖の黙示を五十黙示と申せよ。

イシもの言ふぞと申してありたが、

イセにはモノ言ふイシがあると昔から知らしてあろうがな、

五の一四(イシ)がもの言ふのであるぞ、

ひらけば五十となり、

五百となり、

五千となる。

握れば元の五となる、

五本の指のように一と四であるぞ、

このほうを五千の山にまつれと申してあろうが、

これがイチラ(五千連)ぞ、

五十連(イツラ)ぞ、判りたか、

五十連 世に出るぞ。

天に神の座あるように、

地には人民の座があるぞ、

天にも人民の座があるぞ、

地に神の座があるぞ。

七の印(しるし)と申してあるぞ、七とはモノのなることぞ、

天は三であり、

地は四であると今迄は説かせてあったなれど愈々時節到来して、

天の数二百十六、地の数一百四十四となりなり、

伊邪那岐三となり、

伊邪那美二となりなりて、

ミトノマグハイして五となるのであるぞ、

五は三百六十であるぞ、

天の中の元のあり方であるぞ、

七の燈台は十の燈台となり出づる時となったぞ、

天は数ぞと申してあろう、

地はいろは(意露波)であるぞ。

判らん者が上に立つこととなるぞ、

大グレン目の前、

日本のみのことでないぞ、

世界中のことであるぞ、

今度は三千世界が変るのであるから今迄のようなタテカヘではないのであるぞ。

何も彼も鏡にうつるのであるぞ。

鏡が御神体であるぞ。

何もうつらん御神体のカガミは何もならんぞ。

扶桑の巻 第01帖(850)

使用さされた特殊文字 


扶桑の巻 第08帖 (008)

平坂の 岩戸(言答)ひらけむ 音のきこゆる。

神に怒りはないのであるぞ、

天変地異を神の怒りと取違ひ致してはならん。

太神は愛にましまし、

真にましまし、

善にましまし、

美にましまし、

数にましますぞ。

また総てが喜びにましますが故に怒りはないのであるぞ、

若(も)し怒りが出た時は、神の座から外れて了ふのであるぞ。

救ひの手は東(ヒムカシ)よりさしのべられると知らしてあろが、

その東とは、東西南北の東ではないぞ、

このことよく判りて下されよ。

今の方向では東北(ウシトラ)から救ひの手がさしのべられるのぢゃ、

ウシトラとは東北であるぞ、

ウシトラコンジンとは国常立尊で御座るぞ、

地(千、智)の元の、

天地の元の元の元の神ぞ、

始めの始め、終りの終りぞ、

弥栄の弥栄ぞ、イシヅヱぞ。



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