国常立神・国常立尊・国常立大神・国常立命
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神示には、国常立神・国常立尊・国常立大神・国常立命という ふうに何度も出てくるお名前です。 とても重要な役割を果たされる神様のようですので、その名前が出てくる帖を ピックアップしました。
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地は智の神が治(し)らすのぞと知らしてあろうが、 天運 正にめぐり来て、千(智)引の岩戸(言答)はひらかれて、 これら地(智)にゆかりのある大神達が現れなされたのであるぞ、 これが岩戸ひらきの真相であり、誠を知る鍵であるぞ。 至恩の巻 第10帖(957)
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大空を腹一杯吸ひ込んで下されよ。 そなたの神を一応すてて心の洗濯を致してくれよ、 神示が腹に入ったらすてて下されと申してあろうがな、 神を信じつつ迷信に落ちて御座るぞ。 日本が秘の本の国、艮(宇詞答裸)(ウシトラ)のかための国、
国常立大神がウシトラの扉をあけて出づる国と言うことが判りて来んと、 今度の岩戸ひらきは判らんぞ、 こんなことを申せば、 今のエライ人々は、古くさい迷信ぢゃと鼻にもかけないなれど、 国常立命がウシトラからお出ましになることが岩戸(言答)ひらきぞ、 今の学では判らんことばかり。 善と悪とに、自分が勝手にわけて、 善をやろうと申すのが、 今の世界のあり方。 天の王、地(智、千)の王のこと、
足場も、めあてもなくてメクラメッポーに歩んだとて目的には 行きつけぬ道理。 極めの巻 第04帖 (931)
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使用された特殊文字 |
昭和三十六年八月三日、 旧六月二十二日(1961年) (ひふみ神示 第三十四巻)(927) 霊の発動をとめて、静かにする法は 「国常立大神 守り給へ幸(さき)はへ給へ」 と三回くり返すこと。 又 「素盞鳴大神 守り給へ幸はへ給へ」 と三回くり返すこと、 又は 「太日月地大神 守り給へ幸はへ給へ」 と三回くり返すこと。 世界そのものの霊かかり、 日本の霊かかり、 早うしづめんと手におえん事となるが、見て御座れよ、 見事な事を致してお目にかけるぞ。 (竜音の巻了)
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十と十と交わり和して百となり九十九と動くのぞ。 過去も未来も霊界にはない、「今」があるのみ、 これを中今(ナカイマ)と申すぞよ。 竜宮の乙姫殿、 日の出の神殿、岩の神殿、荒の神殿、風の神殿、雨の神殿、暗剣殿、地震の神殿、金神殿の九柱なり、 総大将は国常立大神なり、 このこと判りて下されよ、 教はなくなるぞ、 元の道が光り輝くぞ、 これを惟神(かんながら)の道と申すぞ。 紫金の巻 第12帖 (142)
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神に怒りはないのであるぞ、 天変地異を神の怒りと取違ひ致してはならん。 太神は愛にましまし、 真にましまし、 善にましまし、 美にましまし、 数にましますぞ。 また総てが喜びにましますが故に怒りはないのであるぞ、 若(も)し怒りが出た時は、 神の座から外れて了ふのであるぞ。 救ひの手は東(ヒムカシ)よりさしのべられると知らしてあろが、 その東とは、東西南北の東ではないぞ、 このことよく判りて下されよ。 今の方向では東北(ウシトラ)から救ひの手がさしのべられるのぢゃ、 ウシトラとは東北であるぞ、 ウシトラコンジンとは国常立尊で御座るぞ、 地(千、智)の元の、 天地の元の元の元の神ぞ、 始めの始め、終りの終りぞ、 弥栄の弥栄ぞ、 イシヅヱぞ。 扶桑の巻 第08帖(857)
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