良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4468


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第一帖(292) 〜第二十九帖(320) 


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第一帖(292)

昭和二十年六月十七日、

旧五月八日(1945年)

富士は晴れたり世界晴れ。

三千世界一度に晴れるのざぞ。

世の元の一粒種の世となったぞ。

松の御代となったぞ。

世界ぢうに揺すりて眼覚ますぞ。

三千年の昔に返すぞ。

煎り豆 花咲くぞ。

上下ひっくり返るぞ。

水も洩らさん仕組ぞ。

六月十七日、あめのひつ九のか三。


(意訳)

富士は 晴れたり、世界晴れ。

三千世界は 一度に晴れるのです。

世の元の一粒種ミロクの世となっりました。

永久に栄える松の御代となったのです。

ミロクは、世界中を揺すり、眼を覚まします。

ミロクは三千年の昔の世に返すのです。

あり得ないと思われることを「煎り豆に花が咲く」ようなことを実行するのです。

上下ひっくり返ります。

神の仕組みは 「水も洩らさん仕組」なのです。


(解説)

“日本晴れ”ではなく、「世界晴れ」となっています。

神サタンの影響が外され、この世がミロクの世となり、隔てられていた三千世界(物質世界から霊の世界、神の世界)の関係、あり方が、本来あるべき姿を取り戻します。

永久に栄える、最高に目出度い御代となります。

そんな世を呼び起こすのがミロクの御働きです。

三千年の昔の世に返します。

ミロクの御働きにより、曇りきっている為に死した様相を呈しているこの世の物全てに神の命が吹き込まれます。

支配する者、落ちぶれている者、上下がひっくり返ります。

神の仕組みは 「水も洩らさん仕組」なのです。

ですので、遅かれ早かれ、必ずその時は訪れます。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二帖(293)

昭和二十年六月十八日、

旧五月九日(1945年)

神の国を、足の踏むところない迄にけがして仕舞ふてゐるが、

それで神力は出ぬぞ。

臣民無くなるぞ。

残る臣民 三分むつかしいぞ。

三分と思へども、二分であるぞ。

邪魔せん様 に、分らん臣民 見物して御座れ。

ここまで知らして眼覚めん臣民なら手引いて見てゐて御座れ。

見事仕上げて見せるぞ。

雀ちうちう烏かうかう。

六月十八日、 あめのひつ九か三。


(意訳)

神の国を足の踏むところない迄に汚しているが、それでは神力が出ません。

それでは岩戸開きで臣民がいなくなります。

岩戸開きで生き残る臣民の割合は30%以下です。

30%であったらと思いたいが、20%がようようです。

邪魔しないように、分らない臣民は見物していなさい。

ここまで知らせて眼が覚ない臣民なら手を引いて見ていなさい。

見事に仕上げて見せます。

野次馬は雀チユウチュウ、烏カウカウ、と姦しいものです。


(解説)

邪魔するなと言われても、最後の最後まで野次馬が絶える事は無いでしょうね。

ひっくり返るまでは、この世界はサタンの支配下ですので。

早く、多くの臣民が改心し神懸りとならなければ岩戸開きは成就しないようですので、目覚めない人、野次馬の人達は、何卒邪魔をしないで大人しくしていて下さいと、ひふみの神からのお願いです。

折角迎えたミロクの世に住む人間が1人もいない事になっては、神もガッカリでしょう。

世界中には、ミロクの臣民となり得る資質を備えた多くの臣民が居る事と思いますが、その臣民の中で岩戸開きを乗り越えられるのは20%程だろうとの見込みのようです。

全人類の中の20%(約12億人)ではありませんので気を抜かないようにしたい所です。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第三帖(294)

昭和二十年六月十九日、

旧五月十日(1945年)

神烈しく、人民静かにせよ。

云ふた事 必ず行はねばならんぞ。

天から声あるぞ、

地から声あるぞ。

身魂磨けばよくわかるのざぞ。

旧九月八日までにきれいに掃除しておけよ。

残る心 獣ぞ。

神とならば、食ふ事も着 る事も住む家も心配なくなるぞ。

日本晴れとはその事ざぞ。

六月十九日、

あめのひつ九のかみ。


(意訳)

岩戸開きで、神は烈しく、人民は静かにしなさい。

云うた事は必ず行わねばなりません。

天から声があります。

地から声があります。

臣民は身魂を磨き神懸かりとなれば良くわかるのです。

岩戸開きの開始の合図がある旧九月八日までに綺麗に掃除して避難の準備していなさい。

身魂の掃除し残した残る心が獣にします。

神とならば、食う事も着る事も住む家も心配なくなるのです。

日本晴れとはその事なのです。


(解説)

岩戸開きでは、ミロクは大いなる働きをし、人民は必要な事以外余計な動きはせずに静かにしていて下さい。

成就の為です。

神が云った事は必ず行わなければなりません。

日の神、月の神の働きかけが有ります。

日月の神の云う事を、臣民は身魂を磨き神懸りとなれば理解できるのです。

岩戸開きの開始の合図がある旧九月八日までに、綺麗に身魂を掃除して避難の準備をして下さい。

改心が相当進んでいたとしても、少しでも身魂の掃除をし残していれば、そこから心全体を獣にしてしまいます。

岩戸開きは、それだけぎりぎり厳しいのです。

神とならば、食う事も着る事も住む家も心配なくなるのです。

日本晴れとはその事なのです。

岩戸開き開始の合図とは如何なるものか、今後検討しなければなりませんね。


・旧9月8日

2005年  10月10日

2006年  10月26日

2007年  10月18日

2008年  10月6日

2009年  10月25日

2010年  10月15日

2011年  10月4日

2012年  10月22日


松の巻 第04帖 (295)

幾ら誠申してもまことは咽喉へつかへて呑み込めぬから、

誠の所へは人民なかなか集まらんなれど、

今度の御用は臣民 沢山は要らんぞ。

何もかも神が仕組みてゐるのざから、

人民仕様とて何も出来はせんぞ、

神の気概に叶はん人民は地の下になるのざぞ。

神示わからねば一度捨てて見るとわかるのざぞ。

六月二十日、

アメのひつ九のかミ。


(意訳)

幾ら誠と云っても誠は咽喉へつかへて呑み込めないから、誠の所へは人民なかなか集まりません。

なれど、今度の御用は臣民が沢山は要らないのです。

(神ミロクのやることを知らせる・説明出来る人々だけで済みますから、そんなに沢山の人は要らないのです。)

何もかも神が仕組みをしているのですから、人民が何かしようとしても出来ません。

(人民は地球劇場での天地創造・進化ゲームの殺されるエキストラとも云えますので、人民自身で何かしようとしても何もできないのです。)

神の気概には叶わないのです。

人民は地の下になるのです。

(神懸かりされた臣民(携挙される人々)以外の人民は殺されて、土に帰る為に、地の下に埋設されるのです。)

神示が理解できないなら、一度捨てて見ると理解できます。


(解説)

一二三を読んでも、理解出来て改心するまでに成れる人民は、ほんの一握りでしょうが、今度の(岩戸開きの)御用をする臣民は、そんなに沢山は必要有りませんので、別にそれでも構いません。

人民がどう手をこまねいても都市攻撃をする月人には敵いませんし、神の気概に叶わない人民は、ノアの大洪水で地に埋まるだけの話です。

それが嫌なら、神示を理解する事です。

理解出来ないのなら、(固定観念、執着を)一度捨てて見ると、神示が理解できます。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第五帖(296)

昭和二十年六月二十一日、

旧五月十二日(1945年)

この先どうしたらよいかと云ふ事は、

世界中 金(かね)の草鞋(わらじ)で捜しても九九(ここ)より他 分からんのざから、

改心して訪ねて御座れ。

手取りてよき方に廻し てやるぞ。

神の国の政治は、もの活かす政治と申してあろが、

もの活かせば、経済も政治も要らんぞ。

金もの云ふ時から、

物もの云ふ時来るぞ。

誠もの云う時来るぞ。

石もの云ふ時来るぞ。

六月二十一日の朝、

アメのひつ九のかみ神示。


(意訳)

この先どうしたらよいかと云う事は世界中を金(かね)の草鞋(わらじ)で捜しても九九(ここ)より他には分からないのです。

ですから、改心して訪ねてきなさい。

手を取り良き方(助けて不死の神の位に上げて上げます)に廻してあげます。

神の国の政治はものを活かす政治です。

ものを活かせば、経済も政治も要らないのです。

金がもの云う時代から、物がもの云う時代が来るのです。

誠がもの云う時代が来るのです。

石がもの云う時代が来るのです。


(解説)

難しい内容では有りませんのが、1つだけ。

「石がもの云う時代が来るのです。」

“石”ですが、この神示から、ミロクの世で通用するものである事が分ります。

カタカナで書かれる“イシヤ”が神サタンに従属されている身魂だとしますと、漢字の“石”は、ミロクと通じた身魂となるのでしょうか。

いわゆる、改心して神懸かった身魂を、“イシヤ”に対して“石”の一言で表しているのかもしれませんね。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第六帖(297)

昭和二十年六月二十二日、

旧五月十三日(1945年)

今の世に出てゐる守護神、

悪神を天の神と思ってゐるから なかなか改心むつかしいぞ。

今迄の心すくりとすてて生れ赤子となりて下されと申してあろが。

早よ改心せねば間に合はん、

残念が出来るぞ。

この神示わからんうちから、わかりておらんと、

分りてから、分りたのでは、人並ざぞ。

地の規則 天の規則となる事もあるのざぞよ。

六月二十二日、

アメの ひつ九のかみふで。


(意訳)

今の世に出ている守護神や悪神を天の神と思っているから なかなか改心が難しいのです。

(神サタンや神サタンが造らせた宗教の神達を天の神と思いこんでいるので、改心するのが難しいのです。)

今迄の心すくりと捨てて生れ赤子となりて下さいと云っているでしょう。

(早く、離教しなさいと云っているのです。 そして、産まれたばかりの赤ん坊のような無垢の状態になりなさい。)

早く改心しないと、身魂の洗濯と磨きが出来ませんので間に合わないのです。

その為に、みすみすと死での旅に出かけなければならないような残念が出来るのです。

この神示が分からない時期から分かっていないと、岩戸開きの出来事が現実のものとなり分る時期になってから分ったのでは人並ですから、残念なことになるのです。

地の規則・天の規則(身体は死亡し地の下、身魂は破棄する規則)によって処分される事もあるのです。


(解説)

都市攻撃を目の当りにしてから気が付くのは当たり前です。

それでは遅いですし、間に合いません。

神示の解読に四苦八苦している頃から、この神示に書かれている事情を理解していないと(そうする努力を自らしていなければ)大多数の人類と同じ運命を辿る事になります。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第七帖(298)

昭和二十年六月二十三日、

旧五月十四日(1945年)

偉い人 皆 俘虜(とりこ)となるぞ。

夜明け近くなったぞ。

夜明けたら何もかもはっきりするぞ。

夜明け前は闇より暗いぞ、

慌てるでないぞ。

神の国一度負けた様になって、終ひには勝ち、

また負けた様になって勝つのざぞ。

腹の中のゴモク一度に引張り出してもならぬし、

出さねば間に合わんし、

いよいよ荒事にかかるから そのつもりで覚悟よいか。

わからん人民 退い て邪魔せずに見物してござれよ。

六月二十三日、

アメのひつ九の

使用された特殊文字 


(意訳)

偉い人は全員、悪魔(神サタン)の俘虜(とりこ)となります。

(岩戸開きが近づくと、支配層の人々は全員神サタンの虜となり、戦争・虐殺・裏切りなどなどの悪業の限りをするようになります。)

そのような闇の世の中の岩戸が開き・夜明けが近くなりました。

夜明けたら何もかも(神が悪魔であったり・・・)はっきりするのです。

夜明け前は闇より暗いのですから慌ててはいけません。

神の国は一度負けた様になって、終りには勝ちますが、また負けた様になって勝つのです。

(神の国は一度負けた様になって、また、負けた様になって、終りには勝ちます。

どうやら、二度、攻撃を受けることになりますが最後には勝つようです。)

腹の中のゴモク一度に引張り出してもならないし、出さねば間に合わないし、いよいよ荒事にかかるから そのつもりで覚悟していなさい。

(荒事とは人民同士の醜い戦争や資源などの争奪戦から都市攻撃からノアの大洪水から携挙にいたる出来事と考えられます)

分からない人民は退いて邪魔せずに見物していなさい。


(解説)

「神の国は一度負けた様になって、終りには勝ちますが、また負けた様になって勝つのです。」

神の国をミロクの喩えとしますと、太陽さんが都市攻撃にさらされても生き延びて、サタンに捕まり殺された後に大天使勝利といった意味が潜んでいるのかもしれませんね。

全体としては難しい内容では無いと思いますので、紹介だけとします。


トッチさんのメール

トッチです。

「朝日照る夕日たださす所」

は分りそうで分りませんね。

すっきりしません。


松の巻 第08帖(299)

神の国には昔から神の民より住めんのであるぞ、

幽界(がいこく)身魂は幽界(がいこく)行き。

一寸の住むお土も神国にはないのざぞ。

渡れん者が渡りて穢して仕舞ふてゐるぞ。

日本の人民、大和魂 何処にあるのざ、

大和魂とは神と人と解け合った姿ぞ。

戦いよいよ烈しくなると、

日本の兵隊さんも、これは叶はんと云ふ事になり、

神は此の世にいまさんと云ふ事になって来るぞ。

それでどうにもこうにもならん事になるから、

早よう神にすがれと申してゐるのぞ。

誠ですがれば、その日からよくなるぞ、

神力現れるぞ。

今度の建替は、此の世 初まってない事であるから、

戦ばかりで建替出来んぞ。

世界隅々まで掃除するのであるから、

どの家もどの家も、

身魂も身魂も隅々まで生き神が改めるのざから、

辛い人民 沢山出来るぞ。

ミタマの神がいくら我張っても、人民に移っても、

今度は何も出来はせんぞ。

世の元からの生神でない事には出来ないのであるぞ。

それで素直に言ふ事聞けとくどう申すのぞ、

今度は神の道もさっぱりとつくりかへるのざぞ。

臣民の道は固(もと)より、獣の道もつくりかへぞ。

戦の手伝い位 誰でも出来るが、

今度の御用はなかなかにむつかしいぞ。

赤いものが赤い中にゐると色無いと思ふのぞ、

気付けて呉れよ。

悪神の守護となれば自分で正しいと思ふ事、

悪となるのざぞ。

悪も改心すれば助けてやるぞ。

海の御守護は竜宮のおとひめ様ぞ。

海の兵隊さん竜宮のおとひめ殿まつり呉れよ。

まつわり呉れよ。

竜宮のおとひめ殿の御守護ないと、海の戦は、けりつかんぞ。

朝日照る夕日たださす所に宝いけておいてあるぞ。

宝 愈々世に出るぞ。

人民の改心第一ぞ。

顔は今日でも変るぞ。

民の改心なかなかぞ。

六月二十三日、

アメのひつ九のかみ。


(意訳)

神の国には昔から神の民より住めないのです。

外国(がいこく)身魂は外国(がいこく)行かなければなりません。

一寸の住むお土も神国・日本にはないのです。

渡れん者が渡りて穢して仕舞ふているのです。

日本の人民、大和魂 何処にあるのざ、大和魂とは神と人と解け合った姿を云うのです。

戦いよいよ烈しくなると、日本の兵隊さんも、これは叶はんと云ふ事になり、神は此の世にいませんと云ふ事になって来るのです。

それでどうにもこうにもならん事になるから、早よう神にすがれと申しているのです。

誠実にすがれば、その日からよくなるのです。

神力が現れるのです。

今度の建替は、此の世でかってない事であるから、戦ばかりでは建替出来ません。

世界隅々まで掃除するのであるから、どの家もどの家も、身魂も身魂も隅々まで生き神が改めるのざから、辛い人民 沢山出来るのです。

ミタマの神がいくら我張っても、人民に移っても、今度は何も出来はせん。

世の元からの生神でない事には出来ないのです。

それで素直に言ふ事聞けとくどう申しているのです。

今度は神の道もさっぱりと作り替えるのです。

臣民の道は固(もと)より、獣の道もつくりかへるのです。

戦の手伝い位 誰でも出来るが、今度の御用はなかなかにむつかしいのです。

赤いものが赤い中にいると色無いと思ふのですから、気を付けてください。

悪神の守護となれば自分で正しいと思ふ事が悪となるのです。

悪も改心すれば助けてやるのです。

海の御守護は竜宮のおとひめ様です。

海の兵隊さん竜宮のおとひめ殿まつりください。

まつってください。

竜宮のおとひめ殿の御守護ないと、海の戦は、けりがつかないのです。

朝日照る夕日たださす所に宝いけておいてあります。

宝 愈々世に出てくるのです。

人民の改心第一です。

顔は今日でも変るが、民の改心なかなか変わらないのです。


(解説)

太陽さん

この帖の内容も難しいところは無いので容易に理解できるとおもいます。

ただ、「竜宮のおとひめ様」の内容が唐突に記載されています。

この帖が記載された時期が戦争中であったとしても分かりにくいものです。

従って、「竜宮のおとひめ様」の説明は別の理由があるとも考えられます。

『竜宮のおとひめ殿の御守護ないと、海の戦は、けりがつかないのです。朝日照る夕日たださす所に宝いけておいてあります。 』

121 172で出てくる宝が記載されて、宝を埋めてある位置が記載されています。

この「竜宮のおとひめ様」の宝とは375からもビックリ箱の一つであると記載されていますので、これらの帖の宝の情報をリンクしても良いと考えます。

そうすると、「竜宮のおとひめ様」の宝・ビックリ箱の一つは{南の島の海一つ越えた寒い国の朝日照る夕日たださす所に宝が埋めてある}考えられます。

トッチ

竜宮の乙姫様ご活躍の一端はこちらをどうぞ。

http://www31.tok2.com/home2/slicer21/0-jt-space-4513.html

大和魂

大いなる和、それが大和魂だと説明が有ります。

神と人との和。

身魂を磨き、改心して神懸かる。 それが大和魂です。

日本人気質を言っているのでは無いようですね。

狐や狸まがいの神(宗教の教祖など)が、どうあがいてもどうにもならない岩戸開き。

世の元からの生神(ミロク)でない事には出来ないのです。

ですので、誠をもって早くすがるようにして下さい。


ロックさんのメール

ロックです。


朝日照る夕日たださす所

朝日は生命の誕生、夕日は死を暗示する感じだとしたら、朝日照る所はミロクの降臨している太陽を意味し、夕日たださすイコール正さすとして死の認識、あり方を正す所という感じでしょうか。

思いつきですが


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第九帖(300)

昭和二十年六月二十四日、

旧五月十五日(1945年)

悪のやり方は始めはどんどん行くなれど、

九分九厘でグレンぞ、

善のやり方 始め辛いなれど先行く程よくなるぞ。

この世に何一つ出来んと云ふことない此の方のすることぞ。

云ふ事聞かねば、きく様にしてきかすぞ。

因縁だけのことはどうしてもせねば、

今度の峠は越せんのざぞ。

ここの役員は皆因縁ミタマばかり、

苦労しただけお蔭あるぞ。

六月二十四日、

あめのひつ九のかみしるす。


(意訳)

悪(神サタンと配下の悪魔とその手下の人民のゴミ悪魔)のやり方は始めはどんどんと巧く進みますが、九分九厘までいくとグレンひっくり返るのです。

善のやり方は始め辛いのですが先へ行く程よくなるのです。

この世に何一つ出来ないと云うことがない此の方ミロクのすることなのです。

云う事を聞かねば、聞く様にして聞かします。

(云うことを聞かなければ、死ぬだけですから・・・・)

因縁だけのことはどうしてもしないと、今度の峠は越せないのです。

ここの役員は全員因縁の身魂ばかりです。

ですから、苦労しただけのお蔭(御利益)があります。


(解説)

ここでの“グレン”は、ひっくり返る時の擬態語として使われていますが、そのグレンの時は、秋の空が紅蓮に染まる事態を招きますね。

難しい内容ではありませんので、紹介だけとします。


ひふみ神示 第十一巻 第十帖(301)

昭和二十年六月二十四日、

旧五月十五日(1945年)

今度 役目きまったら、末代続くのざぞ、

神示に出た通りの規則となるぞ。

善も末代ぞ、悪も末代ぞ。

此の世は一(ひとつ)であるぞ。

われの身体われに自由にならぬ時来たぞ。

神に縋(すが)るより仕方なくなって、すがったのでは、間に合はんぞ。

今度はいろはの世に戻すぞ。

ひふみの世に戻すぞ。

素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻してやるぞ。

よろこびの身といたしてやるぞ。

六月二十四日、

あめのひつ九のかみしるす。


(意訳)

今度、役目が決まりましたら、末代まで続きます。

神示に出た通りの規則となります。

善も末代まで続きます。

悪も末代まで続きます。

此の世は一(ひとつ)であるのです。

自分の身体が自分の自由にならない時が来たのです。

神に縋(すが)るより仕方なくなってから、すがったのでは間に合いません。

今度は「いろはの世」=「元の最初の世」に戻すです。

「ひふみの世」=「ひふみ神示」に記載してあるような世に戻すのです。

素直にすれば霊を入れかへて、よい方に廻してあげます。

喜びの身としてあげます。


(解説)

悪を抱き参らせ、善を抱き参らせ、善も悪も和した、1+2=3の世となります。

改心のならなかった者は、火と水により否応無く削除される時が来ました。

神に縋(すが)るより仕方なくなってから、すがったのでは間に合いません。

今度は「いろはの世」「ひふみの世」に戻すのですから、今のままで生きていく事は出来ません。

素直に(改心)すれば、神懸かりとなり、良い方に向かいます。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十一帖(302)

昭和二十年六月二十五日、

旧五月十六日(1945年)

今の法律 此の方嫌ひぢゃ、

嫌ひのもの無くするぞ。

凝り固まると害(そこな)ふぞ。

此の道 中行く道と申してあるが、

あれなら日津久の民ぞと世間で云ふ様な行ひせね ばならんぞ。

神の国と申すものは光の世、

よろこびの世であるぞ。

虫けらまで、てんし様の御光に集まるよろこびの世であるぞ。

見事 此の方についてご座れ。

手引ぱって峠越さしてやるぞ。

六 月二十五日、

あめのひつぐのかみ。


(意訳)

今の人類の法律は此の方ミロクは嫌いです。

ミロクは嫌いのものは無くします。

今の世のことに凝り固まると自らを害(そこな)います。

此の道は中を行く道と説明してあります。

あれなら日津久の民ぞと世間で云う様な行いをしなければなりません。

神の国と云うものは光の世、よろこびの世、であるのです。

虫けらまで、天使・天詞様の御光に集まる喜びの世であるのです。

見事、此の方ミロクについていってください。

ミロクは手引ぱって峠越さしてあげますから。


(解説)

今の世の法律は、規則と罰則によって統制を図っています。

サタンの世の中で、身魂の曇った人民は得る事を求め、エスカレートする事際限ありません。

我よしの悪を、法により罰し、削除し規律を守ろうとするのが今の法律です。

いくら法律を変えても罰則を厳しくしても、抑制効果は有るにしても悪が無くなる訳ではありません。

しかし、ひふみにある規則にならう世では、悪を抱き参らせ、お互い祀り合わせ、全てが和しています。

自ずから自然と与え合っています。

そして永遠に弥栄していきます。

そんな世の政治は、必然的に与える政治となっており、規則も罰則も必要無いはずです。

しかし、そこに住む人間は、改心し神懸かった臣民でなければ成り立たない世である事を忘れてはいけませんね。


ひふみ神示 第十一巻  松の巻 第十二帖(303)

昭和二十年六月二十八日、

旧五月十九日(1945年)

前にも建替はあったのざが、

三千世界の建替ではなかったから、

どの世界にでも少しでも曇りあったら、

それが大きくなって、

悪は走れば苦労に甘いから、

神々様でも、悪に知らず知らずなって来るのざぞ。

それで今度は元の生神が天晴れ現はれて、

悪は影さへ残らぬ様、

根本からの大洗濯するのぞ、

神々様、守護神様、

今度は悪は影も残さんぞ。

早よう改心なされよ。

建替の事 学や智では判らんぞ。

六月二十八日、

あめのひつくのかみ。


(意訳)

前にも建替はありました。

しかし、三千世界の建替ではありませんでした。

その為に、どの世界にでも少しでも曇りがありましたら、それが大きくなって、悪は走れば苦労に甘いから、神々様でも悪魔に知らず知らずのうちに変質してなって来るのです。

それで、今度は元の生神が天晴れ現はれて、悪魔は影さへ残らない様に根本からの大洗濯をするのです。

神々様へ、守護神様へ、今度は悪魔の影も残さないのです。

悪魔になつた神々(キリストの神などなど)や守護神(イギリスの守護神などなど)は早く改心しなさい。

岩戸開きの建替の事は学や智では判らないのです。


(解説)

心とは弱いもので、いくら頑張って身魂を掃除して改心したとしても、少しでも垢が残っていれば、そこから曇りが広がり、やがては元の木阿弥となってしまいます。

神サタンの封印と臣民の神懸りのない、前の建替えはそんなものだったのでしょうね。

しかし、今回の建替えは根本から大掃除の3千世界の建替えです。

改心し神懸りとならなければ乗り越える事は出来ませんし、人知を超え、理解を超えた岩戸開きの事は、学問や既存の知識では理解出来ません。

改心し、めくらつんぼから脱して見通しが利くようにならなければ理解出来ません。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十三帖(304)

昭和二十年六月二十五日、

旧五月十六日(1945年)

この世界は浮島であるから、

人民の心通り、悪くもなりよくもなるのざぞ。

食ふ物ないと申して歩き廻ってゐるが、餓鬼に喰はすものは、もういくら捜してもないのぞ。

人は神の子ざから食ふだけのものは与へてあるぞ。

神の子に餓死(うえじに)はないぞ。

いやさかのみぞ。

此処は先づ世界の人民の精神よくするところであるから、

改心せねばする様いたすぞ、

分らんのは我かまうひと慢心してゐるからぞ。

旧五月十六日、

あめのひつ九の

使用された特殊文字 


(意訳)

この世界は根のない浮島であるから、人民の心の通りになり、悪くにも善にもなるのです。

食う物が無い歩き廻っていますが、餓鬼に喰はすものはもういくら捜してもないのです。

人は神の子ですから食うだけのものは与へてあるのです。

神の子に餓死(うえじに)はありません。

永久の繁栄しかないのです。

此処は先づ世界の人民の精神を善くするところです。

ですから、改心しないならする様します。

分らないのは我かまうばかりで慢心しているからです。


(解説)

色々と悩みを抱えながら生きている方々に読んで頂きたい神示です。

善くなるのも悪くなるのも皆さんの心次第です。

人民は皆神の子ですので、永遠に進化弥栄するしか道はないのです。

「此処は先づ世界の人民の精神を善くするところです。

ですから、改心しないならする様します。

分らないのは我かまうばかりで慢心しているからです」

岩戸開きを成就する為に肚に入れておかなければなりませんね。


松の巻 第14帖 (305)

裏切る者 沢山出てくるぞ、

富士と鳴門の仕組、

諏訪(スワ)マアカタの仕組。

ハルナ、カイの御用なされよ。

悪の総大将よ、早よ改心なされ、

悪の神々よ、早よ改心結構であるぞ。

いくら焦りてあがいても神国の仕組は判りはせんぞ。

悪とは申せ大将になる身魂、

改心すれば、今度は何時迄も結構になるのぞ。

日本の臣民人民 皆思ひ違ふと、くどう知らしてあろが。

まだ我捨てぬが、水でも掃除するぞ。

六月二十九日、

あめのひつぐのかみ神示。


(意訳)

悪に染まり裏切る者が沢山出てきます。

「富士と鳴門の仕組」、「諏訪(スワ)マアカタの仕組」、

ハルナ、カイの御用をしてください。

悪の総大将さん!

早く改心してください。

悪の神々さん!

早く改心するのが善いことです。

いくら焦り、あがいても「神の国の仕組」は判りはしません。

悪とは云え大将になるだけの身魂です。

改心すれば、今度は何時迄も結構になるのです。

日本の臣民人民は全員、思い違いをすると、くどく知らしてあります。

まだ、我を捨てませんが、水(ノアの大洪水で何もかも洗い流して、地上の掃除をします)ででも掃除しますよ。


(解説)

相変わらず「諏訪(スワ)マアカタの仕組」、「ハルナの御用」につきましては意味が分りません。

・一つの例ですが、“スワ”は下記の(1)(2)としますと、「天が起こす突発的な一大事の仕組み」としてはどうでしょう。

“アマカタ”は、天方か天型?としまして。


(1)突然の出来事などに驚いて発する語。

「―一大事」

(2)他人の注意を喚起する語。

「―見給へとて、古狸をなげ出(いだ)したりけり/著聞 17」


・ハルナ=春菜としますと、 春に摘んで食用とする御用。

神サタンがノアの大洪水で、多くの魂を食する御用。

・ハルナ=榛名としますと、 榛名神社に関するものでしょうか。

戦艦榛名というものもありますが。

長門と共に戦争を生き抜いた戦艦ですので、岩戸開きを生き延びる御用でしょうか。

良いご意見を募集します。


julaさんのメール

jula です。

富士と鳴門の仕組、諏訪(スワ)マアカタの仕組は、 なんとなくですが、


北南(天地) 東西(人民の住まう平面世界)などと呼応してい るのではないかな〜

なんて気がします。

松の巻 第十四帖末尾で“水でも掃除するぞ”と言っていますので、前半の方は火で の掃除→都市攻撃や富士の噴火 、もしくはなんちゃってハルマゲドンや核ミサイルなんてところを示しているのかも しれませんね。

とすると、どのイベントで裏切る者が沢山出てくるのでしょう?。

やはりなんちゃってハルマゲドンで富裕層は日本を逃げ出してしまう、なんてところ かも知れませんね。

その事、もしくはそこら辺のイベントが起きる仕組みを?富士と鳴門の仕組、諏訪 (スワ)マアカタの仕組 と言っているのかもしれません。

人民様の住む平面世界の富士(日本?)でのイベントがトリガーとなって成る十、

それに呼応して(神住まう?)諏訪(スワ)マアカタの仕組?

こちらは人民様にははかり知れない立体世界での出来事あたりを言っているのかな?

マアカタ を反対から読むとタカアマ=高天なんて字が当てられそうですし。

こちらでは悪とは申せ大将になる身魂の改心が促される、もしくは改心する大将を抽 出選別するような仕組みなのかも知れませんね。

もしそんなところなのだとすると、ハルナ、カイの御用はそれらを引き起こす御用、 働きなのかな?


トッチさんのメール

トッチです。

julaさん、ありがとうございます。

アマカタを逆に読むなんて考えも付きませんでした。

相変わらず柔軟に神示を読んでますね^^

ついでに“スワ”をひっくり返したら“和す”?

高天がひっくり返っているので道に反した御用でしょうか。

そうしますと、サタンが働く御用?

都市攻撃や大洪水を起こす事が“アマカタ”で、それによって岩戸を開く開(カイ)の御用、でしょうか。

そんなサタン一派に早く改心しろと言っているとしますと、話は繋がりそうですが、どうでしょう。

コメント出来るほどの器がありませんので、この辺で。。。


千成の返事

以下の帖にオワリの仕組の前に


言葉で知らすぞ(テレパシーで 知らすぞ)

とあります。

「ノアの大洪水」の前にテレパシーで知らせる。

の徴が起こる前にテレパシーで知らせると ありますので、


=「ノアの大洪水」

のことを表現しているのでしょうか?

もしそうだとすると以下の帖の “スワ” “マアカタ”の前にがついています。

ということは、これらの言葉は「ノアの大洪水」関連?


ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第三十三帖(170)

昭和十九年十月八日、

旧八月二十二日(1944年)

エドの仕組すみたらオワリの仕組にかからすぞ。

その前に仕組む所あるなれど、

今では成就せんから、

その時は言葉で知らすぞ。

宝持ちくさりにして呉れるなよ、

猫に小判になりて呉れるなよ。

天地一度に変ると申してあること 近づいたぞ、

世は持ちきりにはさせんぞよ、

息吹(いぶ)き払ひて議論(ろん) なくするぞ、

ことなくするぞ、

物言はれん時来るぞ、

臣民見当とれんことと申してあらうが、

上の人つらくなるぞ、

頑張りて呉れよ。

十月八日、

ひつ九のか三。


〔意訳〕

江戸の仕組(都市攻撃)が終わったら、 オワリの仕組(ノアの大洪水)にかからせます。

その前に仕組む所(救助の携挙)あるのですが、今、その詳細をしらせると失敗して成就しないので、その時になったら言葉(テレパシ−)で知らせます。

宝(ひふみ神示が示す情報)を持ち腐れにしないようにしてください。

猫に小判にならないようにしてください。

「天地一度に変る」

と申し伝えてある時節が近づいたですよ。

世は宝を持ちきりにするようにはなりません。

息吹(いぶ)き払ひて議論(ろん)なくします。

議論することもなくしてしまうくらい明確になります。

その出来事に物言を云えないような時節がくるのです。

「臣民には見通すことが出来ない」

と説明しているでしょう。

上の人(支配者・指導者・資本家など)は大変に辛くなります。

まあ!頑張ってください。

十月八日、

ひつ九のか三


(解説)

太陽さん

この帖は岩戸開きの出来事を人類側から見た内容です。


{江戸の仕組(都市攻撃)

言葉(テレパシ−)

前に仕組む所(救助の携挙)

オワリの仕組(ノアの大洪水)}

の手順です。

「天地一度に変る」

の認識がいっぺんにかわりますから、


{宝(ひふみ神示が示す情報)が 広く知られる

その最初の出来事で議論(ろん) することもできなくなります

上の人(支配者・指導者・資本家など)は 大変に辛くなる

上の人はまあ!頑張ってください}

ということになると説明しています。

ただ、この事態を

「人類は見通すことが出来ない」

と説明してあることも説明しています。

この 170 は 171 のインタ−ネット関連、 172 の全般的な注意事項的な内容、 に繋がっている内容と思われます。

トッチ

内容は太陽さんの意訳でそのままお分かりかと思います。

改心に注意を向けない臣民、上の方、そろそろ気付かなければ間に合いませんよ。


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第十八帖(231) 

昭和十九年十二月二十一日、

旧十一月七日(1944年)

富士の御用は奥山に祀り呉れよ、

カイの御用も続け呉れよ、

江戸一の宮作りて呉れよ、

道場も同じぞ、

海の御用とは

海の鳴門(なると)と

海の諏訪と

海のマアカタと

三所へ祀りて呉れよ。

その前の御用、 言葉で知らした事済みたぞ、

海マアカタとは印幡ぞ。

十柱とは火の神、

木の神、

金の神、

日の出の神、

竜宮の乙姫、

雨の神、

風の神、

地震の神、

荒の神、

岩の神であるぞ。

辛酉の日に祀りて呉れよ。

暫く御神示出ないぞ。

皆の者 早く今迄の神示肚に入れて呉れよ、

神せけるぞ。

神示読めば神示出て来るぞ。

神祀り早く済せて呉れよ。

十二月二十一日朝、

一二のか三。

使用された特殊文字 


〔意訳〕

富士の御用は奥山に祀りしてください。

カイの御用も続けてください。

江戸一の宮を作りてください。

道場も同じです。

海の御用とは 海の鳴門と 海の諏訪と 海の因幡(マアカタ)と三所へ祀りてください。

その前の御用、

言葉で知らした事は済みました。

海マアカタとは因幡です。

十柱とは

火の神、

木の神、

金の神、

日出之神、

竜宮の乙姫、

雨の神、

風の神、

地震の神、

荒の神、

岩の神

であるのです。

辛酉の日に祀りてください。

暫く、御神示は出ません。

皆の者、 早く今迄の神示を腹に入れてください。

神は急いでいるのです。

神示を読めば、 神示が出て来るのです。

神を祀り、早く済せてください。


〔解説〕

改心をして、ミロクの御用を続けて下さい。

「 海の御用とは 海の鳴門と 海の諏訪と 海の因幡(マアカタ)と 三所へ祀りてください。

その前の御用、言葉で知らした事は済みました。

海マアカタとは因幡です。」

この辺の所は神懸りになれば自然と 理解しているのかもしれません。

「十柱を辛酉の日に祀りてください。」

十柱の神は、 岩戸開きに至るまでの 前兆現象と捉える事が出来ますので、

「辛酉の日に祀りてください」は、

これらは人類の生命にとって驚異ですよ。

そんな時期ですよ。

と言っているのではないでしょうか。

辛酉の日は

天変地異、

政変の象徴

として使われていると考えられます。

「暫く、御神示は出ません。」

これは天明がひふみを書き終わってから、 本物の変性女子が神示を表すまでの 間をいうのかもしれません。

つまり今なのですが、

こちらのサイトで神示を取り扱っていますので、 これを神示が出ていると捉える事が出来るのでしたら、 解釈が少し違ってくるでしょう。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十五帖(306)

昭和二十年六月三十日、

旧五月二十一日(1945年)

この神示うぶのままであるから、そのつもりで、とりて呉れよ。

嘘は書けん根本ざから此の神示通りに天地の規則きまるのざぞ、

心得て次の世の御用にかかりて呉れよ。

世界の事ざから、少し位の遅し早しはあるぞ。

間違ひない事ざぞ。

大将が動く様では、治まらんぞ。

真中動くでないと申してあろが、

此の世の頭から改心せねば、此の世 治まらんぞ。

此の方頼めばミコトでお かげやるぞ。

竜宮のおとひめ殿 烈しき御活動ぞ。

六月三十日、あめのひつぐのかみしるす。


(意訳)

この神示は初のままですから、そのつもりで読みとってください。

嘘は書けません。

根本ですから、此の神示の通りに天地の規則は決まるのです。

ですから、そのことを心得て次の世の御用にかかってください。

世界の事ですから、少し位の遅し早しはあります。

ですが、間違いない事なのです。

大将が動く様では治まりません。

真中は動くでないと云っています。

此の世の頭から改心せねば、此の世は治まらないのです。

此の方ミロクに頼めば、見事、お陰(御利益)をあげます。

「竜宮のおとひめ殿」が烈しく御活動を始めました。


(解説)

結果的には神示の通りになるのですが、日本に限った事ではなく、世界(または三千世界)の事ですので多少の遅い早いはあります。

事態はそう単純ではありません。

御用をする際には、その事を心得ておいて下さい。

世の中というものは、治める者(大将)がメクラで我よしにふらふらしていたのでは治まりません。

それと同様、○の中心に不動である神心のが無ければ此の世は治まりません。

成十の仕組み無しに、永遠の弥栄は無いと云う事です。

素直な心でミロクについていけば、良い様になります。

世界を御覧下さい。

いよいよ「竜宮のおとひめ殿」が烈しく御活動を始めました。

ギリギリになると、岩の神、雨の神、風の神、荒の神様なり、次に地震の神様となります。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十六帖(307)

昭和二十年七月一日、

旧五月二十二日(1945年)

火と水と組み組みて地が出来たのであるぞ、

地(つち)の饅頭(まんじゅう)の上に初めに生えたのがマツであったぞ。

マツはもとのキざぞ、

松植へよ、

松供へよ、

松ひもろぎとせよ、

松玉串とせよ、

松おせよ、

何時も変らん松心となりて下されよ。

松から色々な物生み出されたのぞ、

松の国と申してあろが。

七月一日、

あめのひつ九のかみ。


(意訳)

火と水と組み組みて地が出来たのです。

地(つち)の饅頭(まんじゅう)の上に初めに生えたのがマツでした。

マツは元の木です。

松を植えなさい。

松を供えなさい。

松をひもろぎとしなさい。

松を玉串としなさい。

松をお奨めしなさい。

何時も変らない松の心となつて下さい。

松から色々な物が生み出されたのです。

神の国は松の国と云っているでしょう。


(解説)

火と水の相互作用によりこの世が生まれ、饅頭(○にの例えでしょうか)の上に初めに生えたのが松でした。

この神示は、都市攻撃とノアの大洪水の後に始まる世の話と受け取って良いようです。

「松」は古来から、日本では神聖な木、節操、長寿の象徴とされてきました。

そして、目出度い松竹梅として、竹と梅の筆頭に位置づけられています。

ですので、「松」を、“神聖なもの、純粋なもの、曇りの無いもの”と置き換えてみると、この神示の意味が判るのではないでしょうか。


人民同士の戦ではかなはんと云ふ事よく判りたであろがな。

神と臣民融け合った大和魂でないと勝てんことぞ。

悪神よ。

日本の国を此処までよくも穢したな、

これで不足はあるまいから、

いよいよ此の方の仕組通りの、とどめにかかるから、

精一杯の御力でかかりて御座れ。

学問と神力の、とどめの戦ざぞ。

七月三日、

あめのひつ九のかみ。

松の巻 第18帖 (309)


(意訳)

神との戦いでは人民同士の戦ではかなわないと云う事がよく判りましたでしょう。

神と臣民が融け合った大和魂でないと勝てないのです。

悪神よ!

日本の国を此処までよくも穢したな!

これで不足はあるまい。

いよいよ此の方ミロクの仕組の通りの止(とどめ)めにかかるから、精一杯の御力でかかつてきなさい。

学問と神力の、止(とどめ)めの戦です。


(解説)

岩戸開きは、神と臣民が和した大和魂無しには成就しないようです。

神サタンも、十分やりたい事はやっただろうという事で、いよいよ止めにかかります。

最後の大建て替えです。


トッチさんのメール

トッチです。

この神示はパスしようと思いましたが、後回しにして先に18帖を送りました。

強引に冒険していますので、違う見方がありましたら宜しくお願いします。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十七帖(308)

昭和二十年七月二日、

旧五月二十三日(1945年)

釈迦祀れ。

キリスト祀れ。

マホメット祀れ。

カイの奥山は五千の山に祀り呉れよ。

七月の十と二日に天晴れ祀りて呉れよ。

愈々富士晴れるぞ。

今の人民よいと思ってゐる事、間違ひだらけざぞ。

此処までよくも曇りなされたな。

二の山 三の山 四の山に祀り呉れよ。

まだまだ祀る神様あるぞ。

七月二日、

あめのひつぐのかみ。


(意訳)

釈迦を祀りなさい。

キリストを祀りなさい。

マホメットを祀りなさい。

カイの奥山は五千の山に祀りしてください。

七月の十と二日に天晴れ祀りしてください。

いよいよ富士が晴れます。

今の人民はそれで良いと思っている事は間違いだらけです。

此処までよくも曇りましたね。

二の山、三の山、四の山に祀りしてください。

まだまだ祀る神様があります。


(解説)

「釈迦を祀りなさい。

キリストを祀りなさい。

マホメットを祀りなさい。」


・祀り=真通理としてみます。

仏教、キリスト教、イスラム教など、宗教が存在する真の理由を知りなさい。

宗教は、人類を洗脳し家畜化し戦に導く為に神サタンが編み出した巧みな罠です。


カイの奥山は五千の山に祀りしてください。

岩戸開きの真の意味は、知や学で分るような浅い物ではありません。

改心し、神懸りとなってください。


七月の十と二日に天晴れ祀りしてください。

?です。


二の山、三の山、四の山に祀りしてください。

まだまだ祀る神様があります。

奥山は5千の山と例えられる程深く遠いものです。

曇った身魂は、一つずつ、分る所から真を理解して改心に向かってください。

まだまだ理解しなければならない事は沢山有ります。


トッチさんのメール

さるさん、お疲れ様です。

夜勤の時は、普段よりもビタミンを大量に消費するそうですから、美容の為にもご無理をなさらないで沢山寝て、ご自愛ください。

「戦の山場」ですか。

そして1つの山は既に終わっている。

私も、1の山が無いのが気にはなってました。

スケジュールの見直しに欠かせないご意見のように思います。

5千の千は、千成さんの千だったりして。

では、5は?となりますけど。。 。

いろいろと角度を変えて見ると新しい発見がありそうですね。

考えさせられました。


ロックさんのメール

ロックです。

何気に五千の山ですが、五は言霊で出ずるとかそんな感じだったと思いますのでそういう意味では、千成さんの千かも知れませんし、表へ出てきた、千のサイト(山)となるのかもしれませんね。

経験と体験を通じての感じで言うなら、カイの奥山(肚でいただくものの極意?)はサイトに参加したり、その内容について日常の中でいろいろ研鑽することで得られていることが多いですし、彼の存在は見ることはないですがやりとりの中に何らかの形で関与していることは何となく理解は出来るので、ちょっと考えましたが、ひふみでは大きい数は単なる目安や例えになるようなこともあるようなので釈迦やマホメット、キリストなどが山として出てくる辺り、それらの神人というより月人達より高度な奥山的な存在の示す内容がカイの奥山は五千の山にという表現になっているのだと言っている気がします。

一の山がないとのことですが、五千の山も、いつちと読めますので、一致とか無理矢理ですが読めますね。


ロックさんのメール

ロックです。

トッチさん恐縮です。

五千の山について

「神に関する情報を調べなさい」

ということなら、各宗教の文書などを調べることで、へそがわかっていれば聖書などの神の存在のこともどんな存在か理解出来ますね。

まず文面に出てくる釈迦、キリスト、マホメットの順ですが、面白いのはその登場していた年代も古い順なりに統一してあればいいのですが、何故に釈迦、キリスト、マホメットなのでしょう。

個人的には太陽さんが、ミロクについて触れた情報の順ではないかと見ています。

幼少時お寺で聞かされたミロクの話、諸世紀曰くのキリストの記述、ノアの大洪水のイスラム教の内容など。

太陽さんに確認を取らないとわかりませんが、 それが一つの解釈。

釈迦、キリスト、マホメットは神サタンには逆らうことの出来ない存在とは理解していますので、彼等の宗教について書かれた神のことを調べれば、サイトの情報がヘソとなり、わかることもあるかと。


トッチさんのメール

ユダヤ教の神ヤーヴェが、この神示(17帖)には出てきません。

教祖ではないので当然かもしれませんけど。

次の18帖にあります「悪神よ」が、この神にあたるのでしょうね。

ヤーヴェ=神サタン。

神示は、仏教、キリスト教、イスラム教とユダヤ教を区別しているようです。


ロックさんのメール

ロックです。

トッチさん、そういえばそうですね。

ユダヤの経典などには、太陽情報ミロク情報は入ってるのでしょうかね。

仏教、キリスト、イスラムの経典などには、ミロクに関する内容が混在出来たのは、その時代時代にミロクの臣民のような存在がいたから書き記せたのでしょうし、その血を引く子孫達は“隠れひふみ”として存在してるのかもしれませんね。

今のユダヤの各宗教の取り込みは、隠れひふみを根絶やしにする流れでのことも理由に含まれるでしょうか。

神示には、ユダヤのマークの六芒星がウムという読みで出てくる帖がありますね。

ひふみの内容とシオンの賢人議定書は対照的な内容です。

善と悪とそれらを超越した存在のことは、この二つの書物を考察することで理解が可能かもですね。


ロックさんのメール

五千の山に〜の記述については、そのまま

「ごせんの山に〜」

と読めますが、ひふみの数え唄では、「ひとふたみよいつむゆななやここのたり」

と五は「いつ」と読みます。

千は地とも読んだりしてます。

これが千成さんのサイトを指すかは即座にわかりませんが、山は神の住むところとして考えますと、言波(インターネットウェブサイト)の中の神の意思、意図が理解できる場として存在しているならば、千成さんのサイトなどは地上で確認出来るところでもある可能性は高いので、最終的にサイトの考察などや実際に学んだことなどが具現化したなら、それはそれで正解なのだと思います。

五千の山については、先に示した通り、ひふみでは例えであったりすることがありますが、この宇宙でもたくさんの生命体が存在しても、一つの宇宙としてくくられるものとも現時点では理解していますので、 五千の山は一つであったり、五千にもなるのかもしれないかなと考えてみました。

“カイの奥山”についての カイについては、カイの御用の中に

「食物を大切にすること」

があります。

これは平面的には物質的に食生活の改善や避難食の蓄えなども指しているかと思いますが、立体的には魂に取り入れる食物として何をいただくかということもあるでしょうし、改心のために何を心にいただくかというのもあるかと思います。

カイの奥山ですから、そのいただいた食物から悟る内容の奥の山に何があるかと考えますと、

「肚でいただくものの極意」

「単なる山々とは違う山の意でひふみの神の意図」

と考えられます。


カイの奥山は五千の山に祀り呉れよ。

とは、カイの奥山=肚でいただくひふみ神の真意や意図を理解するためには、


地球上のたくさんの書物などを追跡調査することでミロク、サタンの二つの神について理解できるでしょうし、存在を許されているからこそ存在している者達から、我々に何をひふみの神が学ぶことを求めているのかということを理解しなさい

ということなのかもと取っています。


julaさんのメール

jula です。

参考にあれこれ抽出して読替えてみました。

結構重要な事に関連する帖なのかもしれません。

引用多いのでトッチさんのOriginal Message のあとに追記する形にしました。

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読替え+α
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今の人民よいと思ってゐる事、間違ひだらけざぞ。

此処までよくも曇りなされたな。

まあそれはともかく

十柱の神様 奥山に祀りて呉れよ、

九柱でよいぞ、

何れの神々様も世の元からの肉体持 たれた生き通しの神様。

こういった神様である 釈迦、キリスト、マホメット、といった神は二の山、三の山、四の山に祀り呉れよ。

ま だまだ祀る神様あるぞ。

一方で、カイの奥山(此の方 意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)であるぞ)は五 千の山に祀り呉れよ。

七月の十と二日に天晴れ祀りて呉れよ。

愈々富士晴れるぞ。

参考)五千


七は成り、

八は開くと申してあろうが、

八の隈(くま)からひらきかけるのであるぞ、

ひらけるとと九と十との三が出てくる、

これを宮と申すのぞ、

宮とはマコトのこと であるぞ、

西と東に宮建てよと申すこと、これでよく判るであろうが、

マコトの数を合 せると五と五十であるぞ。

中心に五があり、その周辺が五十となるのであるぞ。

これが 根本の型であり、

型の歌であり、

型の数であるぞ、摩邇(マニ)の宝珠(タマ)であるぞ、

五十は伊勢であるぞ、

五百は日本であるぞ、

五千は世界であるぞ、

このほう五千の 山、

五万の川、

五億のクニであるぞと申してあろうがな。

碧玉の巻 第05帖(869)

参考)

白銀の巻 第01帖 (612)

参考)

碧玉の巻 第05帖(869)より抜粋


五千は世界であるぞ、

このほう五千の山、

五万の川、五億のクニであるぞと申してあろ うがな。

とありますので

五千=世界

このほう=カイの奥山

と読み替えられるかもしれません。

参考)
“奥山”と“この方”両方を含む帖


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第十五帖 228  

昭和十九年十二月十八日、

旧十一月四日(1944年) 228

十柱の神様 奥山に祀りて呉れよ、

九柱でよいぞ、

何れの神々様も世の元からの肉体持たれた生き通しの神様であるぞ、

この方合はして十柱となるのざぞ。

御神体の石 集めさしてあろがな、

篤く祀りて、辛酉(かのととり)の日にお祭りして呉れよ。

病あるかないか、

災難来るか来ないかは、

手届くか届かないかで分ると申してあろがな。

届くとは注(そそ)ぐ事ぞ、

手首と息と腹の息と首の息と頭の息と足の息と胸の息と 臍の息と脊首(せくび)の息と手の息と八所十所の息合ってゐれば病無いのざぞ、

災難見ないのざから、毎朝 神拝みてから克く合はしてみよ、

合ってゐたら其日には災難無いのざぞ、

殊に臍の息一番大切ざぞ、

若しも息合ってゐない時には一二三(ひふみ)唱へよ、

唱へ唱へて息合ふ迄 祷(ゐの)れよ、

何んな難儀も災難も無くしてやるぞ、

此の方 意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)であるぞ。

神の息と合はされると災難、病無くなるのざぞ、

大難小難にしてやるぞ、

生命助けてやるぞ、

此の事は此の方信ずる人でないと誤るから知らすではないぞ、

手二本 足二本いれて十柱ぞ、

手足一本として八柱ぞ、

此の事 早う皆に知らしてどしどしと安心して働く様にしてやれよ。

飛行機の災難も地震罪穢の禍も、

大きい災難ある時には息乱れるのざぞ、

一二三祝詞と祓え祝詞と神の息吹と息と一つになりておれば災難逃れるのぞ、

信ずる者ばかりに知らしてやりて呉れよ。

十二月十八日、

ひつ九か三。

日の出の巻 第15帖 (228)


参考)
日の出の巻 第15帖 (228)より抜粋


此の方 意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)であるぞ。

此の事は此の方信ずる人でないと誤るから知らすではないぞ、

手二本

足二本いれて十 柱ぞ、

手足一本として八柱ぞ、

此の事 早う皆に知らしてどしどしと安心して働く様に してやれよ。

“釈迦”で抽出


一八(いわ)の巻 書き知らすぞ。

一八は弥栄。

が神ざぞ。

が神ざと申してあろう。

悪の守護となれば、悪よく見えるのざぞ。

人民 悪いこと好きでするのでないぞ、

知らず知らずに致してゐるのであるぞ。

神にも見(み)のあやまり、

聞きのあやまりあるのざぞ。

元の神には無いなれど、下々の神にはあるのざぞ。

それで見なほし、聞きなほしと申してあるのざぞ。

元の神には見直し聞きなほしはないのざぞ、

スサナルの大神様 鼻の神様 かぎ直しないぞ、

かぎのあやまりはないのざぞ。

人民でも、かぎの間違ひないのざぞ。

鼻のあやまりないのざぞ。

スサナルの大神様この世の大神様ぞと申してあらうがな。

間違ひの神々様、

この世の罪けがれを、

この神様にきせて、

無理やりに北に押込めなされたのざぞ。

それでこの地の上を極悪神がわれの好き候(そうろう)に持ちあらしたのざ。

それで人皇の世と曇りけがして、

つくりかへ、

仏の世となりて、

さらにまぜこぜにしてしまふて、

わからんことになりて、

キリストの世にいたして、

さらにさらにわからぬことにいたしてしもふて、

悪の仕組通りにいたしてゐるのぢゃぞ、

わかりたか。

釈迦もキリストも立派な神で御座るなれど、

今の仏教やキリスト教は偽の仏教やキリスト教ざぞ。

同じ神二つあると申してあらうがな。

なくなってゐるのざぞ、

ないざぞ、

でないと、まことできんのざぞ、

わかりたか。

なきもの悪ざぞ、

は霊ぞ、火ぞ、一(はじめ)ざぞ。

くらがりの世となってゐるのも、

ないからざぞ。

この道理わかるであらうがな。

旧一月十五日、

かのととりの日、

一二

岩の巻 第01帖 (366)

使用さされた特殊文字     


ひふみ神示 第二十四巻 黄金の巻 第三十三帖 544

昭和二十四年十一月二十七日、

旧十月八日(1949年) 544

神国、神の三八(ミヤ)早うつくれ。

今度 此処へ神が引寄せた者は、

みなキリストぢゃ。釈迦ぢゃぞと申してあらう。

磨けば今迄の教祖にもなれるミタマばかりぞ。

それだけに罪深いぞ。

岩戸あけて、めぐり果たせたいのぢゃ。

このこと肚によく判るであらうが。

かのととり。

一二十

黄金の巻 第033帖 (544)


月光の巻第八帖(795)

神の御用は、神のみこと(命(実言))のままでなくては成就せん。

皆々釈迦ぞ、キリストぞ。

もっと大き計画もちて御座れ。

着手は出来る処からぞ。

つかめる所から神をつかめよ。

部分からつくり上げなされよ。

我出してはならん。

そなたはそれでいつもしくじってゐるでないか。

天狗ではならん。

心出来たら足場固めねばならん。

神の足場は人ぢゃ。

三千の足場、

五千の足場。


月光の巻第十九帖(806)

釈迦、キリスト、マホメット、其の他、世界の生命ある教祖及びその指導神を、み光の大神様とたたえまつれと申してあろが。

大神様の一つの現はれぞと申してあろうが。

何故にみ光の大神様として斎きまつらんのぢゃ。

宗教せぬのぢゃ。

其処にひかり教会としての力が出ないのぢゃ。

人民のうきせになやむを救うのはオホカムツミの神であるぞ。

この能(ハタラキ)の神名わすれてはならん。

このほうはオホカムツミの神とも現われるぞと知らしてあること忘れたのか。

使用されている特殊文字


扶桑の巻 第12帖 (012)

進(タテマツ)る 宇都の幣帛(ミテクラ) きこしめしたべ。

神の御手に巻物があるぞ、

その巻物の数は五十巻ぢゃ、

この巻物を見たものは今迄に一人もなかったのであるぞ、

見ても判らんのぢゃ。

巻物を解いて読もうとすれば、それは白紙となって了うのであるぞ、

人民には判らんなり。

説くことは出来んなり、

この巻物は天の文字で書いてあるぞ、

数字で書いてあるぞ、

無が書いてあるぞ、

無の中に有がしるしてあるぞ、

心を無にすれば白紙の中に文字が現はれるのであるぞ、

時節参りて誰の目にも黙示とうつるようになった、

有難いことであるぞ、

岩戸がひらけて愈々の時となったのぞ、

始めからの巻物よく読んで下されよ、

よくより分けて下されよ、

何も彼も一切ありやかに刻まれてゐるぞ、

残る十二巻と一巻は人民では判らんぞ、

オホカムツミ で抽出


ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第二十六帖

昭和十九年九月十一日、

旧七月二十四日(1944年)

天の日津久の神と申しても一柱ではないのざぞ、

臣民のお役所のやうなものと心得よ、

一柱でもあるのざぞ。

この方はオホカムツミノ神とも現はれるのざぞ、

時により所によりてはオホカムツミノ神として祀りて呉れよ、

青人草の苦瀬(うきせ)なほしてやるぞ。

天明は神示(ふで)書かす御役であるぞ。

九月十一日、ひつ九

天つ巻 第26帖 (133)

使用された特殊文字 


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第十五帖 228  

昭和十九年十二月十八日、

旧十一月四日(1944年) 228

十柱の神様 奥山に祀りて呉れよ、

九柱でよいぞ、

何れの神々様も世の元からの肉体持たれた生き通しの神様であるぞ、

この方合はして十柱となるのざぞ。

御神体の石 集めさしてあろがな、

篤く祀りて、辛酉(かのととり)の日にお祭りして呉れよ。

病あるかないか、

災難来るか来ないかは、

手届くか届かないかで分ると申してあろがな。

届くとは注(そそ)ぐ事ぞ、

手首と息と腹の息と首の息と頭の息と足の息と胸の息と 臍の息と脊首(せくび)の息と手の息と八所十所の息合ってゐれば病無いのざぞ、

災難見ないのざから、毎朝 神拝みてから克く合はしてみよ、

合ってゐたら其日には災難無いのざぞ、

殊に臍の息一番大切ざぞ、

若しも息合ってゐない時には一二三(ひふみ)唱へよ、

唱へ唱へて息合ふ迄 祷(ゐの)れよ、

何んな難儀も災難も無くしてやるぞ、

此の方 意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)であるぞ。

神の息と合はされると災難、病無くなるのざぞ、

大難小難にしてやるぞ、

生命助けてやるぞ、

此の事は此の方信ずる人でないと誤るから知らすではないぞ、

手二本 足二本いれて十柱ぞ、

手足一本として八柱ぞ、

此の事 早う皆に知らしてどしどしと安心して働く様にしてやれよ。

飛行機の災難も地震罪穢の禍も、

大きい災難ある時には息乱れるのざぞ、

一二三祝詞と祓え祝詞と神の息吹と息と一つになりておれば災難逃れるのぞ、

信ずる者ばかりに知らしてやりて呉れよ。

十二月十八日、

ひつ九か三。

日の出の巻 第15帖 (228)


直会(なをらひ)も祭典(まつり)の中ぞ。

朝の、夕の、日々の人民の食事 皆 直会ぞ。

日々の仕事 皆まつりぞ。

息すること此の世の初めのまつりぞ。

まつれまつれと申してあろが。

おはりの御用は はじめの御用ぞ。

まつりの御用ぞ。

オワリノ十ノヤマにまつり呉れよ。

世につげて呉れよ。

役員 皆 宮つくれよ。

宮とは人民の申す宮でなくてもよいのざぞ。

一の宮、二の宮、三の宮と次々につくり呉れよ。

道場も幾らつくってもよいぞ。

神の申した事、なさば成るのざぞ。

宮と道場つくり神示読んでまつれまつれ、

まつり結構ぞ。

奥山にはオホカムツミの神様もまつり呉れよ。

守りは供へてから皆に下げて取らせよ。

五柱、七柱、八柱、十柱、十六柱、二十五柱、三十三柱、 三十六柱、四十七柱、四十八柱、四十九柱、五十柱、五十八柱、五十九柱、世の元 ぞ。

八月の二日、

アメのひつくの神。

夜明けの巻 第08帖 (328)


月光の巻第十九帖(806)

釈迦、キリスト、マホメット、其の他、世界の生命ある教祖及びその指導神を、み光の大神様とたたえまつれと申してあろが。

大神様の一つの現はれぞと申してあろうが。

何故にみ光の大神様として斎きまつらんのぢゃ。

宗教せぬのぢゃ。

其処にひかり教会としての力が出ないのぢゃ。

人民のうきせになやむを救うのはオホカムツミの神であるぞ。

この能(ハタラキ)の神名わすれてはならん。

このほうはオホカムツミの神とも現われるぞと知らしてあること忘れたのか。

使用されている特殊文字


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第十九帖(310)

昭和二十年七月四日、

旧五月二十五日(1945年)

改心次第で善の霊(れい)と入れ換へて、その日からよき方に廻してやるぞ。

宵(よい)の明星(みょうじょう)が東へ廻ってゐたら、愈々だぞ。

天の異変 気付けと、くどう申してあろがな。

道はまっすぐに行けよ。

寄り道するではないぞ。

わき目ふると悪魔魅入るぞ。

それも我れの心からざぞ。

七月四日、

あめのひつくのかみ。


(意訳)

改心したら「悪の霊」と「善の霊」を入れ換へて、その日からよき方に廻してやります。(救助される側にしてあげます)

宵(よい)の明星(みょうじょう)が東へ廻っていたら、いよいよ始まると思いなさい。

その時に「天の異変」(光り輝くものが多数現れる)気付けと、くどうせつめいしているでしよう。

避難するときの道はまっすぐに行きなさい。

間違っても寄り道するではないですよ。

わき目ふると悪魔に魅入られて破滅してしまいます。

それも我れの心から起きることです。


(解説)

太陽さん

心を入れ替えたら、助けて上げると説明しています。

そして、宵の明星が東の空にあるとき、岩戸開きが始まると説明しています。

これが時刻を指し示していると推定され、他の帖で説明している年月日と加えるとかなり正確になると思います。

それと、当然のことですが、避難するときは脇目もふらずに全力で逃げなさいと説明してあります。

途中でいろいろとあるかも知れませんが、「可哀想だから!」なんて云っていると、そのあまい心に悪魔が入り込み自滅してしまうと警告もしています。

トッチ

「宵(よい)の明星(みょうじょう)が東へ廻っていたら、いよいよ始まると思いなさい。」

太陽が西に沈む時、金星が太陽の東側にある時の5月に大地震が有るのかもしれません。

何処の国かは断定できませんが、年代は天体ソフトで割り出せそうです。

さらに、金星が太陽の裏側にある時、


人工衛星が火を発見する。

大自然の戦いの兆しが現れる。

とありますので、太陽系の運動を考えますと、大地震のあるその前から人知の及ばない事(ノアの大洪水でしょうか)の兆候を人工衛星が発見するのかもしれません。

火ですと、噴火でしょうか。

人工衛星での発見となりますと、洋上の島など人の住んでいない場所での火山活動かもしれません。


(諸世紀より)

第10巻67番

5月に大地震、

土星、太陽、木星、水星が牡牛座にある。

金星もまた同じ、火星は蟹座、

これは全く見えない。

その時、卵より大きな雹(ひょう)が降る


第4巻28番

金星が太陽の反対側にあって見えない時、 人知の及ばないことが形成されている。

人工衛星が火を発見する。

大自然の戦いの兆しが現れる。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十帖(311)

昭和二十年七月五日、

旧五月二十六日(1945年)

此処まで来れば大丈夫ざぞ。

心大きく持ちて焦らずに御用せよ、

饌(け)にひもじくない様、身も魂も磨いておけよ。

もう何事も申さんでも、天と地にして見せてあるから、

それよく見て、改心第一ぞ。

悪は霊力が利かん様になったから最後のあがきしてゐるのざぞ。

人助けておけば、その人は神助けるぞ。

神界と現界の事この神示よく分けて読みて下されよ。

これから愈々の御用あるぞ。

皆の者も同様ぞ。

七月五日、あめのひつくのかみ。


(意訳)

此処まで来れば大丈夫です。

心大きく持ちて焦らずに御用しなさい。

気配でもひもじくない様に身も魂も神懸かり出来るように磨いておきなさい。

もう何事も云わなくても、天と地にして見せてあるから、それよく見て、改心しなさい。

それが第一です。

悪は霊力が利かない様になったから、最後のあがきをしているのです。

人を助けておけば、その人は神を助けるたことと同じことなのです。

神界と現界の事が記載されていますので、この神示はよく分けて読んで下さい。

これからいよいよの御用があります。

皆の者も同様です。


(解説)

ここまで神示を読んで理解していれば、もう大丈夫です。

心を大きく持って、御用をして下さい。

微々たる食料でもひもじくない様に
(何事があっても嬉し嬉しである事が分るよう)、
身も魂も神懸かり出来るように磨いておいて下さい。

世の中で起きている事を良く見て、改心して下さい。

それが第一です。

サタンは、大天使群に徐々に詰め寄られ、今まで思い通りにして来たのが、どうも勝手が違ってきています。

今のアメリカ、日本の政治などを見ているとそんな様子が伺えます。

神示を人に伝え、伝えられた人が改心に向かい助かれば、その人は神を助けたと同じ事です。

それは何故なのかは、神界と現界の事が神示には記載されておりますので、よく分けて読んで下さい。

ミロクも皆さんも、これから愈々の御用があります。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十一帖(312)

昭和二十年七月七日、

旧五月二十八日(1945年)

旧九月八日からの祝詞は初めに、

ひとふたみ唱え、

終りに百千卍(ももちよろず)宣(の)れよ。

お神山(やま)作る時は、

何方(どちら)からでも拝める様にしておけよ。

一方から拝むだけの宮は我れよしの宮ぞ。

何もかも変へて仕舞ふと申してあろうが。

神徳貰へば何事も判りて来るのざぞ。

要らんもの灰にするのざぞ。

息乱れん様にせよ。

七月七日、

アメのひつくのかみ。


(意訳)

旧九月八日からの祝詞は初めに

「ひとふたみ唱え」

「終りに百千卍(ももちよろず)」

と宣(の)りなさい。

お神山(やま)を作る時は何方(どちら)からでも拝める様にしください。

一方から拝むだけの宮は我れよしの宮なのです。

何もかも変へて仕舞うと云っているでしょう。

神徳を貰へば、何事も判るようになって来るのです。

要らんもの(者・物の全て)は都市攻撃で灰にするのです。

臣民は息が乱れない様にしなさい。


(解説)

内容は難しくありませんので、旧9月8日を今年から2012年まで並べるだけにしておきます。

気になる日は有りますでしょうか。


2005年  10月10日

2006年  10月26日

2007年  10月18日

2008年  10月6日

2009年  10月25日

2010年  10月15日

2011年  10月4日

2012年  10月22日


千成の返事

トッチさん、解読いつもご苦労さまです。


旧九月八日からの祝詞は初めに、

ひとふたみ唱え、

終りに百千卍(ももちよろず)宣(の)れよ。

上の部分は、この旧九月八日が


最初 (ひとふたみ)で最後(百千卍(ももちよろず))の日」

であることを暗示しているみたいですね。

最初で最後の日って?

とにかく人類の歴史が180度変革する日のようです。

トッチさんが調べてくださった日の中に以下がありました。


2011年  10月4日

これが都市攻撃の日なのでしょうか!

この日なら、太陽が以前に計算された都市攻撃の日だったような!


何もかも変へて仕舞ふと申してあろうが。

1行略

要らんもの灰にするのざぞ。

息乱れん様にせよ。

これって都市攻撃の暗示ともとれます。

灰にする

とあります。

最後の行の


息乱れん様にせよ。

も、息が乱れる→ショックなことが起こるから→ひふみ神示を読んでいる 者は、冷静に!

と言っているみたい。

アリャ!


トッチさんのメール

トッチです。

紹介だけとします。

善悪の無い世につきまして何か書こうと思いましたが、改心したら判る事だと思いますので、生きているうちに改心に励みましょう。

なんて言ってますが、良い説明が思い浮かばないだけです。

「善も改心したら助けてやる」

と云う事は、


一般的に普通に生きている人も

改心をしなければ未来は無いと、

さりげなく伝えていますね。

悪を抱き参らせ、善も抱き参らせ、善悪別の概念が無い世界へ行くには、並大抵では叶いません。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻

第二十二帖(313)

昭和二十年七月八日、

旧五月二十九日(1945年)

世変りたら生命長くなるぞ。

今迄 上にあがりて楽してゐた守護神は大峠越せん事になるぞ。

肉体あるうちに改心しておかんと、霊になっての改心なかなかぞ。

悪も御苦労の御役。

此の方について御座れ。

手引いて助けてやると申してあろが。

悪の改心、善の改心、善悪ない世を光の世と申すぞ。

七月八日、

アメのひつくのかみ。


(意訳)

岩戸開きが起きて新しい世の中に変ったら、皆さんの生命は長くなるのです。

今迄、社会の指導層・支配層に上にあがって楽していた守護神(宗教の指導層や政治・経済の指導・支配層)は岩戸開きの大峠を越せないことになるのです。

(分かりやすく言えば、新しい世界へのパスポ−トをいだけず、お亡くなりなるということです。)

肉体あるうちに(生きているうちに)改心しておきませんと、お亡くなりになって、霊になって気が付いて改心しようとしても出来ないのです。

悪も御苦労の役割でいるのですから、善が目立つように・分かるように、それなりに必要なのです。

悪も(此の方)ミロクについて行きなさい。

手を引いて助けてやると説明しているでしょう。

悪も改心すれば助けてやるし、善も改心すれば助けてやる。

(此の方)ミロクの世とは善悪がない世の中で、光り輝く世の中と云うのです。


(解説)

太陽さん

平文にしましたので、云おうとしていることは容易に理解できるとおもいます。

ミロクの衆生を救うとは慈悲・慈愛によって行われるのですから、善悪に関わらず改心すれば救助することを説明しています。

が、現実には自らパスポ−トの授受を拒否している方の多いこと。

ほかの帖にも記載してありますように可哀想ですが、好きなようにしたら良いのです。

改心と後悔はシ−ソの様になっているのですから・・・・・

新しい世では、寿命が長くなりますよ。


イーグルさんのメール

イーグルです。

こんばんは。


善悪の無い世につきまして何か書こうと思いましたが、改心したら判る事だと思い ますので、生きているうちに改心に励みましょう。

なんて言ってますが、良い説明が思い浮かばないだけです。

改心する必要があるのはわかりますが、じゃあ、具体的にどうよ?となるとなかなか 漠然として、言葉では表しきれない部分が多いですね。

改心の中身のキー、或いはポイ ントとなる部分がはっきり言葉で表現できるといいのですが。


「善も改心したら助けてやる」

と云う事は、一般的に普通に生きている人も改心を しなければ未来は無いと、さりげなく伝えていますね。

悪を抱き参らせ、善も抱き参らせ、善悪別の概念が無い世界へ行くには、並大抵で は叶いません。

ミロクの世が来世にしろ、現世にしろ、我々の今の理解を超える事のようですね。

説明をしてくれていますが、説明文からもっと深く、広がった言葉にできない部分を 伝えようとしているように感じています。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十三帖(314)

昭和二十年七月十日、

旧六月二日(1945年)

国々所々に、神人鳴り動く、

道は世にひらき極む、

日月地 更に交わり結び、

その神々ひらき弥栄え、

大地固成、

まことの神と現はれ、

正し、

三神は世に出づ、

ひふみと鳴り成るぞ。

正しくひらけ弥栄へて更につきづ、

鳴る道に成り、

交わる。

永遠の世光ることは永遠の大道、

息吹き大地に充ち満つ道。

展きてつきず、

極まり成る神の道。

苦しむ道をひらき、

日月地に苦しむ喜び出で、

神の国むつび、

悉く歓喜弥栄ゆ。

七月十日、

あめのひつくのかみ。


(意訳)

国々所々に 神人が現れ、鳴り・語りだし動きだすのです。

道は世に開き・伝わり、人々に極まれる・理解されるようになります。

日の神と月の神と地の神は更に交わり・理解し結合されていきます。

岩戸開きに関わるその神々は開き・奉られ永久に栄えるようになるのです。

大地は固まります。

誠の神はミロクとなって現はれ、まさしく、三神(日の神と月の神と地の神)は世に現れ出るのです。

ひふみの世と成りて鳴り響くのです。

正しく開ける永久の繁栄は更に更に続き、鳴る道と成り交わり永久に栄えるのです。

永遠の世の光ることは永遠の大道であり、息吹きは大地に充ち満つる道なのです。

展開し拡大が永遠に続き、究極の成る神の道となるのです。

苦しむ道を開き、日の神と月の神と地の神が苦しむ喜びが現れ出で、神の国に結びつき、まさしく歓喜は永久に繁栄するのです。


(解説)

[国々所々に 神人が現れ]

一見しますと、地球上のあちらこちらに多数の神人が現れる様な印象を受けますが、その後に続く内容を見ますと、そうではないと思います。

ミロク(太陽)が公の場に現れて活動をする様子を、この神示では言っているようです。

その後、岩戸開きを経て、ミロクを中心とする永遠の弥栄へ進む世の説明になっているようです。

その様に捉えれば、この神示も難しくは無いと思います。

それらは何時の事か?につきましては、今後の検証が必要ですが、世の中の動きを見ますと極めて近い未来になりそうです。


ロックさんのメール

ロックです。

現れる三神とはキリスト教などの聖書にある東洋の三賢人と同じなのでしょうかね?


julaさんのメール

三神は・・・


日 太陽

月 サタン

地 達意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)≒スサナルの大神様

なんてとこかな?と思いました。


トッチさんのメール

トッチです。

昨日はメールを打ちながら居眠りをこいてました。

今もそうなりそうです〜

聖書に東洋の三賢人なんてあるんですか〜。

場所が分れば今度読んでみます。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十四帖(315)

昭和二十年七月十日、

旧六月二日(1945年)

早く早くと申せども、

立体の真道に入るは、

小我(われ)死なねば、

大我(われ)もなき道ぞ、

元栄えひらき鳴る神、

元にひらき成る神、

元津神日の神、

極みきわまりて足り

いよいよ月の神はらみ交わりさかゆ、

成りむつび、神々極まるところ、

ひふみ、よろづ、ち、ももと、ひらく、

歓喜の大道、

神々更に動きひらき栄ゆ。

元津神のナルトの秘密、

永遠に進み、いき、ひらき極む。

元津大神かくりみ、

次になる神かくりみのナルトぞ、

富士栄え、火の運動き、

うづまき鳴り、

極みに極みて、地また大地動き、

うづまくぞ、

真理なりて極まり、

鏡の如くなり、

極まりて、動きひらき、

極まりて大道、

遂に成るぞ。

七月十日、

あめのひつくのかみ。


(意訳)

岩戸開きを「早く早く始めてください」と云いますが、立体 (多次元=神の世界)の真の道に入るには小我
(われ=小さい人としての生命は断たれなければならないのです)
死なねばならないのです。

死ななければ、不死の神に至る大我
(われ、大きな自己=不死の神としての自己)
は無い道なのです。

(岩戸開きを望んでいますが、それは貴方が一度は死ぬということを 意味しているのです。 それと良いのですか?一度、死なないと貴方は 神・大きい自己になれないのです。と云うような意味です。)

元から栄え開き鳴る神、

元に開き成る神、

元津神日の神、

は極みきわまり いよいよ月の神は孕み交わり、栄えるのです。

神の世と成り睦、神々の極まるところ、「ひふみ」百万代の世(永遠の世)と開く、歓喜の大道なのです。

神々は更に動き開き・知られて栄えるのです。

元津神のナルトの秘密は永遠に進み生き開き極まれるのです。

元津大神が隠れて、次になる神が隠れてのナルトの仕組みなのです。

富士は栄え、火の運動は極まり、渦巻きは鳴り響き、極みに極みて、地・大地は動き渦巻くのです。

(都市攻撃での火の洗礼は極まり、ミロクを取り巻く渦のような動きは人々に鳴り響き、そして、大地は動き「ノアの大洪水」となり大津波・大渦となるのです)

全ては渦巻くのです。

真理になり極まるのです。

鏡の如くなるのです。

極まりて、動き開き・知られて、その究極の姿の大道が、遂に成るのです。


(解説)

人間の太陽は月人に捕らえられ殺され、肉体から離れたミロクの本質が、サタン封印の為のある役割を担う事をいっているようでありますし、臣民に対しては、我よしの小さな我から離れ、改心し神懸り(ある種の悟り)とならなければ真の道には入れないと言っているようです。

「元津大神かくりみ、次になる神かくりみのナルトぞ」

“かくりみ”とは、絶対神という意味のようです。

岩戸が開き、日の神と月の神は孕み交わり、元神から次の神、更に次の神と、神の心、真理が偽り無く鏡のごとく映るナルトの仕組みの中で、本来の姿であるミロクの世は極まり、永遠の進化・弥栄へ向かいます。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十五帖(316)

昭和二十年七月十一日、

旧六月三日(1945年)

ムからウ生れ、ウからム生れると申してあるが、

ウム組み組みて、ちから生れるのざぞ。

今度の大峠はムにならねば越せんのざぞ。

ムがウざぞ。

世の元に返すのぞと申してあろが。

ムに返れば見えすくのざぞ。

風の日もあるぞ。

七月十一日、

アメのひつくのかみ。


(意訳)

無から有が生れ、有から無が生れるのです。

有無が組み合わさって、力が生れるのです。

今度の大峠は無心にならねば、越せません。

無心有心です。

岩戸開きで世の元に返すのです。

無心に返り自然体になれば、見え透くのです。

吹き飛ばすような風の日もありますので、注意してください。


(解説)

無と有に関しては理屈で判るものではありませんし、誰も説明など出来ません。

老子の一説を紹介しますので、神懸って、心の内から理解する時の為に参考になればと思います。

ただし、改心を無と有などを知る事が目的とするのではなく、あくまでも改心そのものを目的としなければなりませんね。

我よしを無くし、善も悪も抱き参らせ、自然体であれば判ってきますし、そうでなければ大峠は越せません。

時には強い誘惑もありますので注意してください。


老子「第一章] (徳間書店 中国の思想第6巻より引用)

これこそ真の道(原理)であるといえる「道」は、絶対不変の固定した道ではない。

これこそ真の名(ことば)であるといえる「名」は、絶対不変の固定した名ではない。

「無」とは天地の始め、つまり物が現象する以前の状態を示す言葉であり、「有」とは万物の母、つまり万物が万物として現象する状態を示す言葉である。

「無」は常に現象(有)として現れようとし、「有」は現象以前の状態(無)に帰ろうとする。

「無」と「有」とは、つまり同じものだが、我々の知覚に上る場合を異にすることによって、違った名が与えられているのである。

「無」と「有」、この両者の対立と転化動きを含んで、止む事無く運行する根源的なもの、そのもの自体は奥深くて測り知れないから、「玄(げん)」としか形容する事が出来ない。

その根源的な玄なるものから、森羅万象が現れるのである。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十六帖(317)

カイ奥山開き結構々々。

奥山 元ぞ。

中山は介添(かいぞへ)ぞ。

国々おつる隈(くま)なく つくり呉れよ。

一の宮ばかりでないぞ。

二の宮、三の宮、四の宮、五の宮、六の宮、七の宮まで、つくりてよいぞ。

何処(いづこ)にも神まつれと申してあろが。

てんし様まつれと申してあろが。

まつり結構。

まつればよろこぶこと出来るぞ。

七月十三日、

あめのひつくのかみふで。

昭和二十年七月十三日、

旧六月五日(1945年)


(意訳)

カイ奥山開きしてくれて、結構々々。

奥山は元です。

山は介添(かいぞへ)をしてくれるのです。

国々に漏れなく宮を造ってください。

一の宮ばかりでないのです。

二の宮、三の宮、四の宮、五の宮、六の宮、七の宮まで、造ってよいのです。

何処(いづこ)にも神を祀れと云っています。

天使・天詞様を祀りなさい。

祀ることは良いことです。

祀れば、喜ぶ出来事があります。


(解説)

人知を超えた領域にある岩戸開きの仕組みを解いてくれて、結構結構。

太神の真理が元です。

スサノオ、乙姫などの神は介添えです。

「国々に漏れなく宮を造ってください。」

国々に神と真通理する臣民を造って下さい。

「一の宮ばかりでないのです。 二の宮、三の宮、四の宮、五の宮、六の宮、七の宮まで、造ってよいのです。」

神懸かれた人ばかりが必要なのではありません。

何処まで神を祀る事が出来るかなど、程度は不問です。

人それぞれ相応で構いません。

成十に関心が向いている事そのものが大切です。

何処(いづこ)にも神を祀(真通理)れと云っています。

何処にいようが、何をしていようが、改心を念頭に置いていて下さい。

天使・天詞様を祀りなさい。

祀ることは良いことです。

祀れば、喜ぶ出来事があります。

大変辛い大峠を越えれば、その先にはミロクの世が待っています。


天も地も一つにまぜし大嵐、

攻め来る敵は駿河灘(するがなだ)、

富士を境に真二つ。

先づ切り取りて残るもの、

七つに裂かん仕組なり。

されど日本は神の国。

最後の仕組神力に、

寄せ来る敵は魂まで、

一人残らずのうにする。

夜明けの御用つとめかし。

晴れたる富士のすがすがし。

7月十四日、

あめのひつくのかみ。

松の巻 第27帖 (318)


(意訳)

天も地も区別がつかないくらいの大嵐がきます。

攻め来る敵は駿河灘(するがなだ)、富士を境にして真二つにします。

先づ切り取り、残るものを七つに裂こうとする仕組です。

されど、日本は神の国です。

「最後の仕組」

で神力に向かって寄せ来る敵は魂まで一人残らず消してしまいます。

岩戸開きの前の暗黒の世の夜明けの御用を勤めなさい。

岩戸開きの後には日本晴れの富士のすがすがし姿になるのです。


(解説)

太陽さん

天地の区別がつかなくて、一つに見えるような大嵐で、富士を境に真二つなのですが、大嵐では国土が二つになったり、七つに引き裂かれたりするとは考えられません。

ので、「ノアの大洪水」の超大津波と考えてみました。

この大津波ですと、太平洋岸から乗り上げてきますので、最初に攻撃されるのは東海沿岸ということになります。

そうすると、富士山を境にして大津波は二つの流れになると考えられます。

また、それらの大津波の流れは日本列島の山々で、それぞれの盆地に向かっていきますので、七つの流れになると思われます。

トッチ

駿河灘付近を震源とする大地震も有りかな?と思うのですが、都市攻撃で残った物を7つに裂く仕組みとしますと、やはり大洪水でしょうか。

7は、西洋では幸運の数であったり、全世界を表す数のようですので、世界全体において

「恐い日だが、良い日」

とされる仕組みと見る事が出来そうです。

天地の区別もつかなくなるほど猛烈な状況が訪れますが、結果として「最後の仕組」で神力に向かって寄せ来る敵は魂まで一人残らず消される事になります。

岩戸開きの後にはすがすがしい日本晴れとなりますので、安心して岩戸開きの前の暗黒の世の夜明けの御用を勤めて下さい。


松の巻 第二十八帖 (319)

保食(うけもち)の神祀らづに、いくら野山拓いたとて、物作ることは出来ないぞ。

煎(ゐ)り豆 花咲く目出度い時となってゐるのに何して御座るのぞ。

いくら人民の尻叩いて野山切り拓いても食物三分むつかしいぞ。

神々まつれと申してあろが、

野拓く時は野の神まつれ。

物作る時は保食の神まつれ。

産土の神様にもお願ひしてお取次願はな何事も成就せんぞ。

人民の学や智ばかりで何が出来たか。

早よ改心第一ぞ。

山も川も野も人民も草も木も動物虫けらも何もかも此の方の徳であるぞ。

それぞれの御役あるのざぞ。

学や智捨てて天にむかへ。

地にむかへ、

草にむかへ、

生物にむかへ、

木にむかへ、

石もの云ふぞ。

草もの云ふぞ。

七月十八日、

あめのひつくのかみ。


(意訳)

岩戸開きに備えて蓄えた食料を保存してくれるように「保食(うけもち)の神」を祀らなければなりません。

ところが、

「保食(うけもち)の神」

を祀らなければ、いくら野山を開拓・耕しても、作物を作ることは出来ないのです。

岩戸開きが近づき、あり得ない

「煎(ゐ)り豆に花が咲く」

などの目出度い時となっているのに何しているのですか。

いくら人民の尻を叩いて、野山を切り拓いても食物は三分の増産も難しいです。

神々を祀りなさい。

野を開拓して耕すときには「野の神」を祀りなさい。

作物を作る時は「保食の神」を祀りなさい。

産土の神様にもお願いしてお取次を願わないことには何事も成功しないのです。

人民の学や智ばかりで何が出来というのですか?

早く改心するのが第一です。

山も、川も、野も、人民も、草も、木も、動物虫けらも、何もかも此の方ミロクの徳で存在するのです。

臣民にはそれぞれの御役があるのです。

学や智を捨てて、天に向かいなさい。

(学や智よりも、携挙されて天に引き上げられるように、神懸かりされるように身魂を磨きなさい)

地に向かいなさい。

草に向かいなさい。

生物に向かいなさい。

木に向かいなさい。

そうすると、石はもの云いますし、草ももの云うのです。

(気象異変などで、作物の育ち、収穫の作く不作くなどなどで時期が来たことなどを知らせるのです。)


(解説)

改心出来れば、この世の全ての物は真の理により生かされている事を知り、世の万物と組し友とし感謝し和する生き方が出来るのでしょう。

自分の肉体でさえ自分の物ではなく与えられている物ですし、本来この世には自分の物など何一つ無いのですから、まず我欲を抱き参らせる事が神懸りに近づく第一歩でしょうか。


トッチさんのメール

トッチです。

「松の巻」

やっと終了です。

難儀しました。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第二十九帖(320)

昭和二十年七月十九日、

旧六月十一日(1945年)

豊受の大神様お山の富士に祀り、

箸供へてお下げした箸、

皆に分けやれよ。

饌(け)に難儀せん様 守り下さるぞ。

仕組 少し早よなったから、かねてみしてあった事 八月 八日から始め呉れよ。

火(ひ)と水(み)に気付けよ。

おろがめよ。

キの御用大切ぞ。

ケの御用大切ぞ。

クの御用大切ぞ。

神は気引いた上にも気引くから、

とことんためすから、

そのつもりで、

お蔭落さん様にせよ。

二十五柱 役員ぞ。

慢心すればかへ身魂使ふぞ。

この巻 松の巻。

七月十九日、

あめのひつぐのかみ。


(意訳)

「豊受の大神様」

をお山の富士に祀り、箸を供へてお下げした箸は皆に分けてください。

饌(け)に難儀しない様に守りして下さいます。

(携挙の選考の時、当落の線上にあっても、合格にしてあげます)

「仕組」が少し早く実施されることになったから、かねて見せていた事は八月八日から始めてください。

火(ひ)と水(み)に注意しなさい。

拝みなさい。

「キ」の御用は大切です。

「ケ」の御用は大切です。

「ク」の御用は大切です。

神は気を引いた(気が付くように示唆します)上にも気を引くから、とことん試します。

ですから、そのつもりで、お蔭(御利益)を落さない様にしなさい。

二十五柱は役員ですが、慢心すれば替え身魂を使います。

この巻を「松の巻」としてください。


(解説)

「キ」の御用は大切です。


気・基・喜

「ケ」の御用は大切です。


饌(せん)

(1)ととのえた食物。

(2)供え物。供物にする食物。

「ク」の御用は大切です。


宮・九




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