ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第一帖(292) 〜第二十九帖(320)
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昭和二十年六月十七日、 旧五月八日(1945年) 富士は晴れたり世界晴れ。 三千世界一度に晴れるのざぞ。 世の元の一粒種の世となったぞ。 松の御代となったぞ。 世界ぢうに揺すりて眼覚ますぞ。 三千年の昔に返すぞ。 煎り豆 花咲くぞ。 上下ひっくり返るぞ。 水も洩らさん仕組ぞ。 六月十七日、あめのひつ九のか三。
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富士は 晴れたり、世界晴れ。 三千世界は 一度に晴れるのです。 世の元の一粒種ミロクの世となっりました。 永久に栄える松の御代となったのです。 ミロクは、世界中を揺すり、眼を覚まします。 ミロクは三千年の昔の世に返すのです。 あり得ないと思われることを「煎り豆に花が咲く」ようなことを実行するのです。 上下ひっくり返ります。 神の仕組みは 「水も洩らさん仕組」なのです。
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“日本晴れ”ではなく、「世界晴れ」となっています。 神サタンの影響が外され、この世がミロクの世となり、隔てられていた三千世界(物質世界から霊の世界、神の世界)の関係、あり方が、本来あるべき姿を取り戻します。 永久に栄える、最高に目出度い御代となります。 そんな世を呼び起こすのがミロクの御働きです。 三千年の昔の世に返します。 ミロクの御働きにより、曇りきっている為に死した様相を呈しているこの世の物全てに神の命が吹き込まれます。 支配する者、落ちぶれている者、上下がひっくり返ります。 神の仕組みは 「水も洩らさん仕組」なのです。 ですので、遅かれ早かれ、必ずその時は訪れます。
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昭和二十年六月十八日、 旧五月九日(1945年) 神の国を、足の踏むところない迄にけがして仕舞ふてゐるが、 それで神力は出ぬぞ。 臣民無くなるぞ。 残る臣民 三分むつかしいぞ。 三分と思へども、二分であるぞ。 邪魔せん様 に、分らん臣民 見物して御座れ。 ここまで知らして眼覚めん臣民なら手引いて見てゐて御座れ。 見事仕上げて見せるぞ。 雀ちうちう烏かうかう。 六月十八日、 あめのひつ九か三。
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神の国を足の踏むところない迄に汚しているが、それでは神力が出ません。 それでは岩戸開きで臣民がいなくなります。 岩戸開きで生き残る臣民の割合は30%以下です。 30%であったらと思いたいが、20%がようようです。 邪魔しないように、分らない臣民は見物していなさい。 ここまで知らせて眼が覚ない臣民なら手を引いて見ていなさい。 見事に仕上げて見せます。 野次馬は雀チユウチュウ、烏カウカウ、と姦しいものです。
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邪魔するなと言われても、最後の最後まで野次馬が絶える事は無いでしょうね。 ひっくり返るまでは、この世界はサタンの支配下ですので。 早く、多くの臣民が改心し神懸りとならなければ岩戸開きは成就しないようですので、目覚めない人、野次馬の人達は、何卒邪魔をしないで大人しくしていて下さいと、ひふみの神からのお願いです。 折角迎えたミロクの世に住む人間が1人もいない事になっては、神もガッカリでしょう。 世界中には、ミロクの臣民となり得る資質を備えた多くの臣民が居る事と思いますが、その臣民の中で岩戸開きを乗り越えられるのは20%程だろうとの見込みのようです。 全人類の中の20%(約12億人)ではありませんので気を抜かないようにしたい所です。
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昭和二十年六月十九日、 旧五月十日(1945年) 神烈しく、人民静かにせよ。 云ふた事 必ず行はねばならんぞ。 天から声あるぞ、 地から声あるぞ。 身魂磨けばよくわかるのざぞ。 旧九月八日までにきれいに掃除しておけよ。 残る心 獣ぞ。 神とならば、食ふ事も着 る事も住む家も心配なくなるぞ。 日本晴れとはその事ざぞ。 六月十九日、 あめのひつ九のかみ。
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岩戸開きで、神は烈しく、人民は静かにしなさい。 云うた事は必ず行わねばなりません。 天から声があります。 地から声があります。 臣民は身魂を磨き神懸かりとなれば良くわかるのです。 岩戸開きの開始の合図がある旧九月八日までに綺麗に掃除して避難の準備していなさい。 身魂の掃除し残した残る心が獣にします。 神とならば、食う事も着る事も住む家も心配なくなるのです。 日本晴れとはその事なのです。
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岩戸開きでは、ミロクは大いなる働きをし、人民は必要な事以外余計な動きはせずに静かにしていて下さい。 成就の為です。 神が云った事は必ず行わなければなりません。 日の神、月の神の働きかけが有ります。 日月の神の云う事を、臣民は身魂を磨き神懸りとなれば理解できるのです。 岩戸開きの開始の合図がある旧九月八日までに、綺麗に身魂を掃除して避難の準備をして下さい。 改心が相当進んでいたとしても、少しでも身魂の掃除をし残していれば、そこから心全体を獣にしてしまいます。 岩戸開きは、それだけぎりぎり厳しいのです。 神とならば、食う事も着る事も住む家も心配なくなるのです。 日本晴れとはその事なのです。
![]() 岩戸開き開始の合図とは如何なるものか、今後検討しなければなりませんね。
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誠の所へは人民なかなか集まらんなれど、 今度の御用は臣民 沢山は要らんぞ。 何もかも神が仕組みてゐるのざから、 人民仕様とて何も出来はせんぞ、 神の気概に叶はん人民は地の下になるのざぞ。 神示わからねば一度捨てて見るとわかるのざぞ。 六月二十日、 アメのひつ九のかミ。
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幾ら誠と云っても誠は咽喉へつかへて呑み込めないから、誠の所へは人民なかなか集まりません。 なれど、今度の御用は臣民が沢山は要らないのです。 (神ミロクのやることを知らせる・説明出来る人々だけで済みますから、そんなに沢山の人は要らないのです。) 何もかも神が仕組みをしているのですから、人民が何かしようとしても出来ません。 (人民は地球劇場での天地創造・進化ゲームの殺されるエキストラとも云えますので、人民自身で何かしようとしても何もできないのです。) 神の気概には叶わないのです。 人民は地の下になるのです。 (神懸かりされた臣民(携挙される人々)以外の人民は殺されて、土に帰る為に、地の下に埋設されるのです。) 神示が理解できないなら、一度捨てて見ると理解できます。
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一二三を読んでも、理解出来て改心するまでに成れる人民は、ほんの一握りでしょうが、今度の(岩戸開きの)御用をする臣民は、そんなに沢山は必要有りませんので、別にそれでも構いません。 人民がどう手をこまねいても都市攻撃をする月人には敵いませんし、神の気概に叶わない人民は、ノアの大洪水で地に埋まるだけの話です。 それが嫌なら、神示を理解する事です。 理解出来ないのなら、(固定観念、執着を)一度捨てて見ると、神示が理解できます。
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昭和二十年六月二十一日、 旧五月十二日(1945年) この先どうしたらよいかと云ふ事は、 世界中 金(かね)の草鞋(わらじ)で捜しても九九(ここ)より他 分からんのざから、 改心して訪ねて御座れ。 手取りてよき方に廻し てやるぞ。 神の国の政治は、もの活かす政治と申してあろが、 もの活かせば、経済も政治も要らんぞ。 金もの云ふ時から、 物もの云ふ時来るぞ。 誠もの云う時来るぞ。 石もの云ふ時来るぞ。 六月二十一日の朝、 アメのひつ九のかみ神示。
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この先どうしたらよいかと云う事は世界中を金(かね)の草鞋(わらじ)で捜しても九九(ここ)より他には分からないのです。 ですから、改心して訪ねてきなさい。 手を取り良き方(助けて不死の神の位に上げて上げます)に廻してあげます。 神の国の政治はものを活かす政治です。 ものを活かせば、経済も政治も要らないのです。 金がもの云う時代から、物がもの云う時代が来るのです。 誠がもの云う時代が来るのです。 石がもの云う時代が来るのです。
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難しい内容では有りませんのが、1つだけ。 「石がもの云う時代が来るのです。」 “石”ですが、この神示から、ミロクの世で通用するものである事が分ります。 カタカナで書かれる“イシヤ”が神サタンに従属されている身魂だとしますと、漢字の“石”は、ミロクと通じた身魂となるのでしょうか。 いわゆる、改心して神懸かった身魂を、“イシヤ”に対して“石”の一言で表しているのかもしれませんね。
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昭和二十年六月二十二日、 旧五月十三日(1945年) 今の世に出てゐる守護神、 悪神を天の神と思ってゐるから なかなか改心むつかしいぞ。 今迄の心すくりとすてて生れ赤子となりて下されと申してあろが。 早よ改心せねば間に合はん、 残念が出来るぞ。 この神示わからんうちから、わかりておらんと、 分りてから、分りたのでは、人並ざぞ。 地の規則 天の規則となる事もあるのざぞよ。 六月二十二日、 アメの ひつ九のかみふで。
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今の世に出ている守護神や悪神を天の神と思っているから なかなか改心が難しいのです。 (神サタンや神サタンが造らせた宗教の神達を天の神と思いこんでいるので、改心するのが難しいのです。) 今迄の心すくりと捨てて生れ赤子となりて下さいと云っているでしょう。 (早く、離教しなさいと云っているのです。 そして、産まれたばかりの赤ん坊のような無垢の状態になりなさい。) 早く改心しないと、身魂の洗濯と磨きが出来ませんので間に合わないのです。 その為に、みすみすと死での旅に出かけなければならないような残念が出来るのです。 この神示が分からない時期から分かっていないと、岩戸開きの出来事が現実のものとなり分る時期になってから分ったのでは人並ですから、残念なことになるのです。 地の規則・天の規則(身体は死亡し地の下、身魂は破棄する規則)によって処分される事もあるのです。
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都市攻撃を目の当りにしてから気が付くのは当たり前です。 それでは遅いですし、間に合いません。 神示の解読に四苦八苦している頃から、この神示に書かれている事情を理解していないと(そうする努力を自らしていなければ)大多数の人類と同じ運命を辿る事になります。
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昭和二十年六月二十三日、 旧五月十四日(1945年) 偉い人 皆 俘虜(とりこ)となるぞ。 夜明け近くなったぞ。 夜明けたら何もかもはっきりするぞ。 夜明け前は闇より暗いぞ、 慌てるでないぞ。 神の国一度負けた様になって、終ひには勝ち、 また負けた様になって勝つのざぞ。 腹の中のゴモク一度に引張り出してもならぬし、 出さねば間に合わんし、 いよいよ荒事にかかるから そのつもりで覚悟よいか。 わからん人民 退い て邪魔せずに見物してござれよ。 六月二十三日、
アメのひつ九の
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使用された特殊文字
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偉い人は全員、悪魔(神サタン)の俘虜(とりこ)となります。 (岩戸開きが近づくと、支配層の人々は全員神サタンの虜となり、戦争・虐殺・裏切りなどなどの悪業の限りをするようになります。) そのような闇の世の中の岩戸が開き・夜明けが近くなりました。 夜明けたら何もかも(神が悪魔であったり・・・)はっきりするのです。 夜明け前は闇より暗いのですから慌ててはいけません。 神の国は一度負けた様になって、終りには勝ちますが、また負けた様になって勝つのです。 (神の国は一度負けた様になって、また、負けた様になって、終りには勝ちます。 どうやら、二度、攻撃を受けることになりますが最後には勝つようです。) 腹の中のゴモク一度に引張り出してもならないし、出さねば間に合わないし、いよいよ荒事にかかるから そのつもりで覚悟していなさい。 (荒事とは人民同士の醜い戦争や資源などの争奪戦から都市攻撃からノアの大洪水から携挙にいたる出来事と考えられます) 分からない人民は退いて邪魔せずに見物していなさい。
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「神の国は一度負けた様になって、終りには勝ちますが、また負けた様になって勝つのです。」 神の国をミロクの喩えとしますと、太陽さんが都市攻撃にさらされても生き延びて、サタンに捕まり殺された後に大天使勝利といった意味が潜んでいるのかもしれませんね。 全体としては難しい内容では無いと思いますので、紹介だけとします。
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トッチです。 「朝日照る夕日たださす所」 は分りそうで分りませんね。 すっきりしません。
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神の国には昔から神の民より住めんのであるぞ、 幽界(がいこく)身魂は幽界(がいこく)行き。 一寸の住むお土も神国にはないのざぞ。 渡れん者が渡りて穢して仕舞ふてゐるぞ。 日本の人民、大和魂 何処にあるのざ、 大和魂とは神と人と解け合った姿ぞ。 戦いよいよ烈しくなると、 日本の兵隊さんも、これは叶はんと云ふ事になり、 神は此の世にいまさんと云ふ事になって来るぞ。 それでどうにもこうにもならん事になるから、 早よう神にすがれと申してゐるのぞ。 誠ですがれば、その日からよくなるぞ、 神力現れるぞ。 今度の建替は、此の世 初まってない事であるから、 戦ばかりで建替出来んぞ。 世界隅々まで掃除するのであるから、 どの家もどの家も、 身魂も身魂も隅々まで生き神が改めるのざから、 辛い人民 沢山出来るぞ。 ミタマの神がいくら我張っても、人民に移っても、 今度は何も出来はせんぞ。 世の元からの生神でない事には出来ないのであるぞ。 それで素直に言ふ事聞けとくどう申すのぞ、 今度は神の道もさっぱりとつくりかへるのざぞ。 臣民の道は固(もと)より、獣の道もつくりかへぞ。 戦の手伝い位 誰でも出来るが、 今度の御用はなかなかにむつかしいぞ。 赤いものが赤い中にゐると色無いと思ふのぞ、 気付けて呉れよ。 悪神の守護となれば自分で正しいと思ふ事、 悪となるのざぞ。 悪も改心すれば助けてやるぞ。 海の御守護は竜宮のおとひめ様ぞ。 海の兵隊さん竜宮のおとひめ殿まつり呉れよ。 まつわり呉れよ。 竜宮のおとひめ殿の御守護ないと、海の戦は、けりつかんぞ。 朝日照る夕日たださす所に宝いけておいてあるぞ。 宝 愈々世に出るぞ。 人民の改心第一ぞ。 顔は今日でも変るぞ。 民の改心なかなかぞ。 六月二十三日、 アメのひつ九のかみ。
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神の国には昔から神の民より住めないのです。 外国(がいこく)身魂は外国(がいこく)行かなければなりません。 一寸の住むお土も神国・日本にはないのです。 渡れん者が渡りて穢して仕舞ふているのです。 日本の人民、大和魂 何処にあるのざ、大和魂とは神と人と解け合った姿を云うのです。 戦いよいよ烈しくなると、日本の兵隊さんも、これは叶はんと云ふ事になり、神は此の世にいませんと云ふ事になって来るのです。 それでどうにもこうにもならん事になるから、早よう神にすがれと申しているのです。 誠実にすがれば、その日からよくなるのです。 神力が現れるのです。 今度の建替は、此の世でかってない事であるから、戦ばかりでは建替出来ません。 世界隅々まで掃除するのであるから、どの家もどの家も、身魂も身魂も隅々まで生き神が改めるのざから、辛い人民 沢山出来るのです。 ミタマの神がいくら我張っても、人民に移っても、今度は何も出来はせん。 世の元からの生神でない事には出来ないのです。 それで素直に言ふ事聞けとくどう申しているのです。 今度は神の道もさっぱりと作り替えるのです。 臣民の道は固(もと)より、獣の道もつくりかへるのです。 戦の手伝い位 誰でも出来るが、今度の御用はなかなかにむつかしいのです。 赤いものが赤い中にいると色無いと思ふのですから、気を付けてください。 悪神の守護となれば自分で正しいと思ふ事が悪となるのです。 悪も改心すれば助けてやるのです。 海の御守護は竜宮のおとひめ様です。 海の兵隊さん竜宮のおとひめ殿まつりください。 まつってください。 竜宮のおとひめ殿の御守護ないと、海の戦は、けりがつかないのです。 朝日照る夕日たださす所に宝いけておいてあります。 宝 愈々世に出てくるのです。 人民の改心第一です。 顔は今日でも変るが、民の改心なかなか変わらないのです。
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この帖の内容も難しいところは無いので容易に理解できるとおもいます。 ただ、「竜宮のおとひめ様」の内容が唐突に記載されています。 この帖が記載された時期が戦争中であったとしても分かりにくいものです。 従って、「竜宮のおとひめ様」の説明は別の理由があるとも考えられます。 『竜宮のおとひめ殿の御守護ないと、海の戦は、けりがつかないのです。朝日照る夕日たださす所に宝いけておいてあります。 』 121 172で出てくる宝が記載されて、宝を埋めてある位置が記載されています。 この「竜宮のおとひめ様」の宝とは375からもビックリ箱の一つであると記載されていますので、これらの帖の宝の情報をリンクしても良いと考えます。 そうすると、「竜宮のおとひめ様」の宝・ビックリ箱の一つは{南の島の海一つ越えた寒い国の朝日照る夕日たださす所に宝が埋めてある}考えられます。
竜宮の乙姫様ご活躍の一端はこちらをどうぞ。 http://www31.tok2.com/home2/slicer21/0-jt-space-4513.html
大いなる和、それが大和魂だと説明が有ります。 神と人との和。 身魂を磨き、改心して神懸かる。 それが大和魂です。 日本人気質を言っているのでは無いようですね。 狐や狸まがいの神(宗教の教祖など)が、どうあがいてもどうにもならない岩戸開き。 世の元からの生神(ミロク)でない事には出来ないのです。 ですので、誠をもって早くすがるようにして下さい。
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ロックです。
朝日は生命の誕生、夕日は死を暗示する感じだとしたら、朝日照る所はミロクの降臨している太陽を意味し、夕日たださすイコール正さすとして死の認識、あり方を正す所という感じでしょうか。 思いつきですが
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昭和二十年六月二十四日、 旧五月十五日(1945年) 悪のやり方は始めはどんどん行くなれど、 九分九厘でグレンぞ、 善のやり方 始め辛いなれど先行く程よくなるぞ。 この世に何一つ出来んと云ふことない此の方のすることぞ。 云ふ事聞かねば、きく様にしてきかすぞ。 因縁だけのことはどうしてもせねば、 今度の峠は越せんのざぞ。 ここの役員は皆因縁ミタマばかり、 苦労しただけお蔭あるぞ。 六月二十四日、 あめのひつ九のかみしるす。
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悪(神サタンと配下の悪魔とその手下の人民のゴミ悪魔)のやり方は始めはどんどんと巧く進みますが、九分九厘までいくとグレンひっくり返るのです。 善のやり方は始め辛いのですが先へ行く程よくなるのです。 この世に何一つ出来ないと云うことがない此の方ミロクのすることなのです。 云う事を聞かねば、聞く様にして聞かします。 (云うことを聞かなければ、死ぬだけですから・・・・) 因縁だけのことはどうしてもしないと、今度の峠は越せないのです。 ここの役員は全員因縁の身魂ばかりです。 ですから、苦労しただけのお蔭(御利益)があります。
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ここでの“グレン”は、ひっくり返る時の擬態語として使われていますが、そのグレンの時は、秋の空が紅蓮に染まる事態を招きますね。 難しい内容ではありませんので、紹介だけとします。
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昭和二十年六月二十四日、 旧五月十五日(1945年) 今度 役目きまったら、末代続くのざぞ、 神示に出た通りの規則となるぞ。 善も末代ぞ、悪も末代ぞ。 此の世は一(ひとつ)であるぞ。 われの身体われに自由にならぬ時来たぞ。 神に縋(すが)るより仕方なくなって、すがったのでは、間に合はんぞ。 今度はいろはの世に戻すぞ。 ひふみの世に戻すぞ。 素直にすればタマ入れかへて、よい方に廻してやるぞ。 よろこびの身といたしてやるぞ。 六月二十四日、 あめのひつ九のかみしるす。
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今度、役目が決まりましたら、末代まで続きます。 神示に出た通りの規則となります。 善も末代まで続きます。 悪も末代まで続きます。 此の世は一(ひとつ)であるのです。 自分の身体が自分の自由にならない時が来たのです。 神に縋(すが)るより仕方なくなってから、すがったのでは間に合いません。 今度は「いろはの世」=「元の最初の世」に戻すです。 「ひふみの世」=「ひふみ神示」に記載してあるような世に戻すのです。 素直にすれば霊を入れかへて、よい方に廻してあげます。 喜びの身としてあげます。
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悪を抱き参らせ、善を抱き参らせ、善も悪も和した、1+2=3の世となります。 改心のならなかった者は、火と水により否応無く削除される時が来ました。 神に縋(すが)るより仕方なくなってから、すがったのでは間に合いません。 今度は「いろはの世」「ひふみの世」に戻すのですから、今のままで生きていく事は出来ません。 素直に(改心)すれば、神懸かりとなり、良い方に向かいます。
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昭和二十年六月二十五日、 旧五月十六日(1945年) 今の法律 此の方嫌ひぢゃ、 嫌ひのもの無くするぞ。 凝り固まると害(そこな)ふぞ。 此の道 中行く道と申してあるが、 あれなら日津久の民ぞと世間で云ふ様な行ひせね ばならんぞ。 神の国と申すものは光の世、 よろこびの世であるぞ。 虫けらまで、てんし様の御光に集まるよろこびの世であるぞ。 見事 此の方についてご座れ。 手引ぱって峠越さしてやるぞ。 六 月二十五日、 あめのひつぐのかみ。
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今の人類の法律は此の方ミロクは嫌いです。 ミロクは嫌いのものは無くします。 今の世のことに凝り固まると自らを害(そこな)います。 此の道は中を行く道と説明してあります。 あれなら日津久の民ぞと世間で云う様な行いをしなければなりません。 神の国と云うものは光の世、よろこびの世、であるのです。 虫けらまで、天使・天詞様の御光に集まる喜びの世であるのです。 見事、此の方ミロクについていってください。 ミロクは手引ぱって峠越さしてあげますから。
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今の世の法律は、規則と罰則によって統制を図っています。 サタンの世の中で、身魂の曇った人民は得る事を求め、エスカレートする事際限ありません。 我よしの悪を、法により罰し、削除し規律を守ろうとするのが今の法律です。 いくら法律を変えても罰則を厳しくしても、抑制効果は有るにしても悪が無くなる訳ではありません。 しかし、ひふみにある規則にならう世では、悪を抱き参らせ、お互い祀り合わせ、全てが和しています。 自ずから自然と与え合っています。 そして永遠に弥栄していきます。 そんな世の政治は、必然的に与える政治となっており、規則も罰則も必要無いはずです。 しかし、そこに住む人間は、改心し神懸かった臣民でなければ成り立たない世である事を忘れてはいけませんね。
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昭和二十年六月二十八日、 旧五月十九日(1945年) 前にも建替はあったのざが、 三千世界の建替ではなかったから、 どの世界にでも少しでも曇りあったら、 それが大きくなって、 悪は走れば苦労に甘いから、 神々様でも、悪に知らず知らずなって来るのざぞ。 それで今度は元の生神が天晴れ現はれて、 悪は影さへ残らぬ様、 根本からの大洗濯するのぞ、 神々様、守護神様、 今度は悪は影も残さんぞ。 早よう改心なされよ。 建替の事 学や智では判らんぞ。 六月二十八日、 あめのひつくのかみ。
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前にも建替はありました。 しかし、三千世界の建替ではありませんでした。 その為に、どの世界にでも少しでも曇りがありましたら、それが大きくなって、悪は走れば苦労に甘いから、神々様でも悪魔に知らず知らずのうちに変質してなって来るのです。 それで、今度は元の生神が天晴れ現はれて、悪魔は影さへ残らない様に根本からの大洗濯をするのです。 神々様へ、守護神様へ、今度は悪魔の影も残さないのです。 悪魔になつた神々(キリストの神などなど)や守護神(イギリスの守護神などなど)は早く改心しなさい。 岩戸開きの建替の事は学や智では判らないのです。
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心とは弱いもので、いくら頑張って身魂を掃除して改心したとしても、少しでも垢が残っていれば、そこから曇りが広がり、やがては元の木阿弥となってしまいます。 神サタンの封印と臣民の神懸りのない、前の建替えはそんなものだったのでしょうね。 しかし、今回の建替えは根本から大掃除の3千世界の建替えです。 改心し神懸りとならなければ乗り越える事は出来ませんし、人知を超え、理解を超えた岩戸開きの事は、学問や既存の知識では理解出来ません。 改心し、めくらつんぼから脱して見通しが利くようにならなければ理解出来ません。
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昭和二十年六月二十五日、 旧五月十六日(1945年) この世界は浮島であるから、 人民の心通り、悪くもなりよくもなるのざぞ。 食ふ物ないと申して歩き廻ってゐるが、餓鬼に喰はすものは、もういくら捜してもないのぞ。 人は神の子ざから食ふだけのものは与へてあるぞ。 神の子に餓死(うえじに)はないぞ。 いやさかのみぞ。 此処は先づ世界の人民の精神よくするところであるから、 改心せねばする様いたすぞ、 分らんのは我かまうひと慢心してゐるからぞ。 旧五月十六日、
あめのひつ九の
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使用された特殊文字
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この世界は根のない浮島であるから、人民の心の通りになり、悪くにも善にもなるのです。 食う物が無い歩き廻っていますが、餓鬼に喰はすものはもういくら捜してもないのです。 人は神の子ですから食うだけのものは与へてあるのです。 神の子に餓死(うえじに)はありません。 永久の繁栄しかないのです。 此処は先づ世界の人民の精神を善くするところです。 ですから、改心しないならする様します。 分らないのは我かまうばかりで慢心しているからです。
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色々と悩みを抱えながら生きている方々に読んで頂きたい神示です。 善くなるのも悪くなるのも皆さんの心次第です。 人民は皆神の子ですので、永遠に進化弥栄するしか道はないのです。 「此処は先づ世界の人民の精神を善くするところです。 ですから、改心しないならする様します。 分らないのは我かまうばかりで慢心しているからです」 岩戸開きを成就する為に肚に入れておかなければなりませんね。
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裏切る者 沢山出てくるぞ、 富士と鳴門の仕組、 諏訪(スワ)マアカタの仕組。 ハルナ、カイの御用なされよ。 悪の総大将よ、早よ改心なされ、 悪の神々よ、早よ改心結構であるぞ。 いくら焦りてあがいても神国の仕組は判りはせんぞ。 悪とは申せ大将になる身魂、 改心すれば、今度は何時迄も結構になるのぞ。 日本の臣民人民 皆思ひ違ふと、くどう知らしてあろが。 まだ我捨てぬが、水でも掃除するぞ。 六月二十九日、 あめのひつぐのかみ神示。
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悪に染まり裏切る者が沢山出てきます。 「富士と鳴門の仕組」、「諏訪(スワ)マアカタの仕組」、 ハルナ、カイの御用をしてください。 悪の総大将さん! 早く改心してください。 悪の神々さん! 早く改心するのが善いことです。 いくら焦り、あがいても「神の国の仕組」は判りはしません。 悪とは云え大将になるだけの身魂です。 改心すれば、今度は何時迄も結構になるのです。 日本の臣民人民は全員、思い違いをすると、くどく知らしてあります。 まだ、我を捨てませんが、水(ノアの大洪水で何もかも洗い流して、地上の掃除をします)ででも掃除しますよ。
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相変わらず「諏訪(スワ)マアカタの仕組」、「ハルナの御用」につきましては意味が分りません。 ・一つの例ですが、“スワ”は下記の(1)(2)としますと、「天が起こす突発的な一大事の仕組み」としてはどうでしょう。 “アマカタ”は、天方か天型?としまして。
良いご意見を募集します。
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jula です。 富士と鳴門の仕組、諏訪(スワ)マアカタの仕組は、 なんとなくですが、
なんて気がします。 松の巻 第十四帖末尾で“水でも掃除するぞ”と言っていますので、前半の方は火で の掃除→都市攻撃や富士の噴火 、もしくはなんちゃってハルマゲドンや核ミサイルなんてところを示しているのかも しれませんね。 とすると、どのイベントで裏切る者が沢山出てくるのでしょう?。 やはりなんちゃってハルマゲドンで富裕層は日本を逃げ出してしまう、なんてところ かも知れませんね。 その事、もしくはそこら辺のイベントが起きる仕組みを?富士と鳴門の仕組、諏訪 (スワ)マアカタの仕組 と言っているのかもしれません。 人民様の住む平面世界の富士(日本?)でのイベントがトリガーとなって成る十、 それに呼応して(神住まう?)諏訪(スワ)マアカタの仕組? こちらは人民様にははかり知れない立体世界での出来事あたりを言っているのかな? マアカタ を反対から読むとタカアマ=高天なんて字が当てられそうですし。 こちらでは悪とは申せ大将になる身魂の改心が促される、もしくは改心する大将を抽 出選別するような仕組みなのかも知れませんね。 もしそんなところなのだとすると、ハルナ、カイの御用はそれらを引き起こす御用、 働きなのかな?
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トッチです。 julaさん、ありがとうございます。 アマカタを逆に読むなんて考えも付きませんでした。 相変わらず柔軟に神示を読んでますね^^ ついでに“スワ”をひっくり返したら“和す”? 高天がひっくり返っているので道に反した御用でしょうか。 そうしますと、サタンが働く御用? 都市攻撃や大洪水を起こす事が“アマカタ”で、それによって岩戸を開く開(カイ)の御用、でしょうか。 そんなサタン一派に早く改心しろと言っているとしますと、話は繋がりそうですが、どうでしょう。 コメント出来るほどの器がありませんので、この辺で。。。
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以下の帖にオワリの仕組の前に
とあります。 「ノアの大洪水」の前にテレパシーで知らせる。
のことを表現しているのでしょうか?
もしそうだとすると以下の帖の
“スワ” “マアカタ”の前に ということは、これらの言葉は「ノアの大洪水」関連?
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昭和十九年十月八日、 旧八月二十二日(1944年) エドの仕組すみたらオワリの仕組にかからすぞ。 その前に仕組む所あるなれど、 今では成就せんから、 その時は言葉で知らすぞ。 宝持ちくさりにして呉れるなよ、 猫に小判になりて呉れるなよ。 天地一度に変ると申してあること 近づいたぞ、 世は持ちきりにはさせんぞよ、 息吹(いぶ)き払ひて議論(ろん) なくするぞ、 ことなくするぞ、 物言はれん時来るぞ、 臣民見当とれんことと申してあらうが、 上の人つらくなるぞ、 頑張りて呉れよ。 十月八日、 ひつ九のか三。
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江戸の仕組(都市攻撃)が終わったら、 オワリの仕組(ノアの大洪水)にかからせます。 その前に仕組む所(救助の携挙)あるのですが、今、その詳細をしらせると失敗して成就しないので、その時になったら言葉(テレパシ−)で知らせます。 宝(ひふみ神示が示す情報)を持ち腐れにしないようにしてください。 猫に小判にならないようにしてください。 「天地一度に変る」 と申し伝えてある時節が近づいたですよ。 世は宝を持ちきりにするようにはなりません。 息吹(いぶ)き払ひて議論(ろん)なくします。 議論することもなくしてしまうくらい明確になります。 その出来事に物言を云えないような時節がくるのです。 「臣民には見通すことが出来ない」 と説明しているでしょう。 上の人(支配者・指導者・資本家など)は大変に辛くなります。 まあ!頑張ってください。 十月八日、 ひつ九のか三
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この帖は岩戸開きの出来事を人類側から見た内容です。
の手順です。 「天地一度に変る」 の認識がいっぺんにかわりますから、
ということになると説明しています。 ただ、この事態を 「人類は見通すことが出来ない」 と説明してあることも説明しています。 この 170 は 171 のインタ−ネット関連、 172 の全般的な注意事項的な内容、 に繋がっている内容と思われます。
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内容は太陽さんの意訳でそのままお分かりかと思います。 改心に注意を向けない臣民、上の方、そろそろ気付かなければ間に合いませんよ。
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昭和十九年十二月二十一日、
旧十一月七日(1944年) 富士の御用は奥山に祀り呉れよ、 カイの御用も続け呉れよ、 江戸一の宮作りて呉れよ、 道場も同じぞ、
三所へ祀りて呉れよ。 その前の御用、 言葉で知らした事済みたぞ、
十柱とは火の神、 木の神、 金の神、 日の出の神、 竜宮の乙姫、 雨の神、 風の神、 地震の神、 荒の神、 岩の神であるぞ。 辛酉の日に祀りて呉れよ。 暫く御神示出ないぞ。 皆の者 早く今迄の神示肚に入れて呉れよ、 神せけるぞ。 神示読めば神示出て来るぞ。 神祀り早く済せて呉れよ。 十二月二十一日朝、 一二のか三。
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使用された特殊文字
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富士の御用は奥山に祀りしてください。 カイの御用も続けてください。 江戸一の宮を作りてください。 道場も同じです。 海の御用とは 海の鳴門と 海の諏訪と 海の因幡(マアカタ)と三所へ祀りてください。 その前の御用、 言葉で知らした事は済みました。 海マアカタとは因幡です。 十柱とは 火の神、 木の神、 金の神、 日出之神、 竜宮の乙姫、 雨の神、 風の神、 地震の神、 荒の神、 岩の神 であるのです。 辛酉の日に祀りてください。 暫く、御神示は出ません。 皆の者、 早く今迄の神示を腹に入れてください。 神は急いでいるのです。 神示を読めば、 神示が出て来るのです。 神を祀り、早く済せてください。
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改心をして、ミロクの御用を続けて下さい。 「 海の御用とは 海の鳴門と 海の諏訪と 海の因幡(マアカタ)と 三所へ祀りてください。 その前の御用、言葉で知らした事は済みました。 海マアカタとは因幡です。」 この辺の所は神懸りになれば自然と 理解しているのかもしれません。 「十柱を辛酉の日に祀りてください。」 十柱の神は、 岩戸開きに至るまでの 前兆現象と捉える事が出来ますので、 「辛酉の日に祀りてください」は、 これらは人類の生命にとって驚異ですよ。 そんな時期ですよ。 と言っているのではないでしょうか。 辛酉の日は 天変地異、 政変の象徴 として使われていると考えられます。 「暫く、御神示は出ません。」 これは天明がひふみを書き終わってから、 本物の変性女子が神示を表すまでの 間をいうのかもしれません。 つまり今なのですが、 こちらのサイトで神示を取り扱っていますので、 これを神示が出ていると捉える事が出来るのでしたら、 解釈が少し違ってくるでしょう。
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昭和二十年六月三十日、 旧五月二十一日(1945年) この神示うぶのままであるから、そのつもりで、とりて呉れよ。 嘘は書けん根本ざから此の神示通りに天地の規則きまるのざぞ、 心得て次の世の御用にかかりて呉れよ。 世界の事ざから、少し位の遅し早しはあるぞ。 間違ひない事ざぞ。 大将が動く様では、治まらんぞ。 真中動くでないと申してあろが、 此の世の頭から改心せねば、此の世 治まらんぞ。 此の方頼めばミコトでお かげやるぞ。 竜宮のおとひめ殿 烈しき御活動ぞ。 六月三十日、あめのひつぐのかみしるす。
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この神示は初のままですから、そのつもりで読みとってください。 嘘は書けません。 根本ですから、此の神示の通りに天地の規則は決まるのです。 ですから、そのことを心得て次の世の御用にかかってください。 世界の事ですから、少し位の遅し早しはあります。 ですが、間違いない事なのです。 大将が動く様では治まりません。 真中は動くでないと云っています。 此の世の頭から改心せねば、此の世は治まらないのです。 此の方ミロクに頼めば、見事、お陰(御利益)をあげます。 「竜宮のおとひめ殿」が烈しく御活動を始めました。
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結果的には神示の通りになるのですが、日本に限った事ではなく、世界(または三千世界)の事ですので多少の遅い早いはあります。 事態はそう単純ではありません。 御用をする際には、その事を心得ておいて下さい。 世の中というものは、治める者(大将)がメクラで我よしにふらふらしていたのでは治まりません。
それと同様、○の中心に不動である神心の 成十の仕組み無しに、永遠の弥栄は無いと云う事です。 素直な心でミロクについていけば、良い様になります。 世界を御覧下さい。 いよいよ「竜宮のおとひめ殿」が烈しく御活動を始めました。 ギリギリになると、岩の神、雨の神、風の神、荒の神様なり、次に地震の神様となります。 |
昭和二十年七月一日、 旧五月二十二日(1945年) 火と水と組み組みて地が出来たのであるぞ、 地(つち)の饅頭(まんじゅう)の上に初めに生えたのがマツであったぞ。 マツはもとのキざぞ、 松植へよ、 松供へよ、 松ひもろぎとせよ、 松玉串とせよ、 松おせよ、 何時も変らん松心となりて下されよ。 松から色々な物生み出されたのぞ、 松の国と申してあろが。 七月一日、 あめのひつ九のかみ。
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火と水と組み組みて地が出来たのです。 地(つち)の饅頭(まんじゅう)の上に初めに生えたのがマツでした。 マツは元の木です。 松を植えなさい。 松を供えなさい。 松をひもろぎとしなさい。 松を玉串としなさい。 松をお奨めしなさい。 何時も変らない松の心となつて下さい。 松から色々な物が生み出されたのです。 神の国は松の国と云っているでしょう。
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火と水の相互作用によりこの世が生まれ、饅頭(○に この神示は、都市攻撃とノアの大洪水の後に始まる世の話と受け取って良いようです。 「松」は古来から、日本では神聖な木、節操、長寿の象徴とされてきました。 そして、目出度い松竹梅として、竹と梅の筆頭に位置づけられています。 ですので、「松」を、“神聖なもの、純粋なもの、曇りの無いもの”と置き換えてみると、この神示の意味が判るのではないでしょうか。
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神と臣民融け合った大和魂でないと勝てんことぞ。 悪神よ。 日本の国を此処までよくも穢したな、 これで不足はあるまいから、 いよいよ此の方の仕組通りの、とどめにかかるから、 精一杯の御力でかかりて御座れ。 学問と神力の、とどめの戦ざぞ。 七月三日、 あめのひつ九のかみ。 松の巻 第18帖 (309)
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神との戦いでは人民同士の戦ではかなわないと云う事がよく判りましたでしょう。 神と臣民が融け合った大和魂でないと勝てないのです。 悪神よ! 日本の国を此処までよくも穢したな! これで不足はあるまい。 いよいよ此の方ミロクの仕組の通りの止(とどめ)めにかかるから、精一杯の御力でかかつてきなさい。 学問と神力の、止(とどめ)めの戦です。
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岩戸開きは、神と臣民が和した大和魂無しには成就しないようです。 神サタンも、十分やりたい事はやっただろうという事で、いよいよ止めにかかります。 最後の大建て替えです。
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トッチです。 この神示はパスしようと思いましたが、後回しにして先に18帖を送りました。
強引に冒険していますので、違う見方がありましたら宜しくお願いします。
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昭和二十年七月二日、 旧五月二十三日(1945年) 釈迦祀れ。 キリスト祀れ。 マホメット祀れ。 カイの奥山は五千の山に祀り呉れよ。 七月の十と二日に天晴れ祀りて呉れよ。 愈々富士晴れるぞ。 今の人民よいと思ってゐる事、間違ひだらけざぞ。 此処までよくも曇りなされたな。 二の山 三の山 四の山に祀り呉れよ。 まだまだ祀る神様あるぞ。 七月二日、 あめのひつぐのかみ。
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釈迦を祀りなさい。 キリストを祀りなさい。 マホメットを祀りなさい。 カイの奥山は五千の山に祀りしてください。 七月の十と二日に天晴れ祀りしてください。 いよいよ富士が晴れます。 今の人民はそれで良いと思っている事は間違いだらけです。 此処までよくも曇りましたね。 二の山、三の山、四の山に祀りしてください。 まだまだ祀る神様があります。
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「釈迦を祀りなさい。 キリストを祀りなさい。 マホメットを祀りなさい。」
仏教、キリスト教、イスラム教など、宗教が存在する真の理由を知りなさい。 宗教は、人類を洗脳し家畜化し戦に導く為に神サタンが編み出した巧みな罠です。
岩戸開きの真の意味は、知や学で分るような浅い物ではありません。 改心し、神懸りとなってください。
?です。
奥山は5千の山と例えられる程深く遠いものです。 曇った身魂は、一つずつ、分る所から真を理解して改心に向かってください。 まだまだ理解しなければならない事は沢山有ります。
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さるさん、お疲れ様です。 夜勤の時は、普段よりもビタミンを大量に消費するそうですから、美容の為にもご無理をなさらないで沢山寝て、ご自愛ください。 「戦の山場」ですか。 そして1つの山は既に終わっている。 私も、1の山が無いのが気にはなってました。 スケジュールの見直しに欠かせないご意見のように思います。 5千の千は、千成さんの千だったりして。 では、5は?となりますけど。。 。 いろいろと角度を変えて見ると新しい発見がありそうですね。 考えさせられました。
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ロックです。 何気に五千の山ですが、五は言霊で出ずるとかそんな感じだったと思いますのでそういう意味では、千成さんの千かも知れませんし、表へ出てきた、千のサイト(山)となるのかもしれませんね。 経験と体験を通じての感じで言うなら、カイの奥山(肚でいただくものの極意?)はサイトに参加したり、その内容について日常の中でいろいろ研鑽することで得られていることが多いですし、彼の存在は見ることはないですがやりとりの中に何らかの形で関与していることは何となく理解は出来るので、ちょっと考えましたが、ひふみでは大きい数は単なる目安や例えになるようなこともあるようなので釈迦やマホメット、キリストなどが山として出てくる辺り、それらの神人というより月人達より高度な奥山的な存在の示す内容がカイの奥山は五千の山にという表現になっているのだと言っている気がします。 一の山がないとのことですが、五千の山も、いつちと読めますので、一致とか無理矢理ですが読めますね。
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ロックです。 トッチさん恐縮です。 五千の山について 「神に関する情報を調べなさい」 ということなら、各宗教の文書などを調べることで、へそがわかっていれば聖書などの神の存在のこともどんな存在か理解出来ますね。 まず文面に出てくる釈迦、キリスト、マホメットの順ですが、面白いのはその登場していた年代も古い順なりに統一してあればいいのですが、何故に釈迦、キリスト、マホメットなのでしょう。 個人的には太陽さんが、ミロクについて触れた情報の順ではないかと見ています。 幼少時お寺で聞かされたミロクの話、諸世紀曰くのキリストの記述、ノアの大洪水のイスラム教の内容など。 太陽さんに確認を取らないとわかりませんが、 それが一つの解釈。 釈迦、キリスト、マホメットは神サタンには逆らうことの出来ない存在とは理解していますので、彼等の宗教について書かれた神のことを調べれば、サイトの情報がヘソとなり、わかることもあるかと。
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ユダヤ教の神ヤーヴェが、この神示(17帖)には出てきません。 教祖ではないので当然かもしれませんけど。 次の18帖にあります「悪神よ」が、この神にあたるのでしょうね。 ヤーヴェ=神サタン。 神示は、仏教、キリスト教、イスラム教とユダヤ教を区別しているようです。
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ロックです。 トッチさん、そういえばそうですね。 ユダヤの経典などには、太陽情報ミロク情報は入ってるのでしょうかね。 仏教、キリスト、イスラムの経典などには、ミロクに関する内容が混在出来たのは、その時代時代にミロクの臣民のような存在がいたから書き記せたのでしょうし、その血を引く子孫達は“隠れひふみ”として存在してるのかもしれませんね。 今のユダヤの各宗教の取り込みは、隠れひふみを根絶やしにする流れでのことも理由に含まれるでしょうか。 神示には、ユダヤのマークの六芒星がウムという読みで出てくる帖がありますね。 ひふみの内容とシオンの賢人議定書は対照的な内容です。 善と悪とそれらを超越した存在のことは、この二つの書物を考察することで理解が可能かもですね。
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五千の山に〜の記述については、そのまま 「ごせんの山に〜」 と読めますが、ひふみの数え唄では、「ひとふたみよいつむゆななやここのたり」 と五は「いつ」と読みます。 千は地とも読んだりしてます。 これが千成さんのサイトを指すかは即座にわかりませんが、山は神の住むところとして考えますと、言波(インターネットウェブサイト)の中の神の意思、意図が理解できる場として存在しているならば、千成さんのサイトなどは地上で確認出来るところでもある可能性は高いので、最終的にサイトの考察などや実際に学んだことなどが具現化したなら、それはそれで正解なのだと思います。 五千の山については、先に示した通り、ひふみでは例えであったりすることがありますが、この宇宙でもたくさんの生命体が存在しても、一つの宇宙としてくくられるものとも現時点では理解していますので、 五千の山は一つであったり、五千にもなるのかもしれないかなと考えてみました。 “カイの奥山”についての カイについては、カイの御用の中に 「食物を大切にすること」 があります。 これは平面的には物質的に食生活の改善や避難食の蓄えなども指しているかと思いますが、立体的には魂に取り入れる食物として何をいただくかということもあるでしょうし、改心のために何を心にいただくかというのもあるかと思います。 カイの奥山ですから、そのいただいた食物から悟る内容の奥の山に何があるかと考えますと、 「肚でいただくものの極意」 「単なる山々とは違う山の意でひふみの神の意図」 と考えられます。
とは、カイの奥山=肚でいただくひふみ神の真意や意図を理解するためには、
ということなのかもと取っています。 |
jula です。
参考にあれこれ抽出して読替えてみました。
結構重要な事に関連する帖なのかもしれません。
引用多いのでトッチさんのOriginal Message のあとに追記する形にしました。
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白銀の巻 第01帖 (612)
碧玉の巻 第05帖(869)より抜粋
とありますので 五千=世界 このほう=カイの奥山 と読み替えられるかもしれません。
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