良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4497


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julaさんのメール

jula です。

”について抽出しましたので送信します。(64帖(+荒れの巻き2行))


ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第二帖(2)

昭和十九年六月十日、

旧閏四月二十日(1944年)

親と子であるから、臣民は可愛いから旅の苦をさしてあるのに、苦に負けてよくもここまでおちぶれて仕まうたな。

鼠でも三日先のことを知るのに、臣民は一寸先さへ分らぬほどに、 よう曇りなされたな、

それでも神の国の臣民、天道人を殺さず、食べ物がなくなっても死にはせぬ、

ほんのしばらくぞ。

木の根でも食うて居れ。

闇のあとには夜明け来る。

神は見通しざから、心配するな。

手柄は千倍万倍にして返すから、

人に知れたら帳引きとなるから、

人に知れんやうに、人のため国のため働けよ、

それがまことの神の神民ぞ。

酒と煙も勝手に作って暮らせる善き世になる、

それまで我慢出来ない臣民 沢山ある。

早く(モト)の神の申す通りにせねば、 世界を泥の海にせねばならぬから、

早うモト心になりて呉れよ、

神頼むぞよ。

盲が盲を手を引いて何処へ行く積りやら、

気のついた人から、まことの神の入れものになりて呉れよ、

悪の楽しみは先に行くほど苦しくなる、

神のやり方は先に行くほどだんだんよくなるから、

初めは辛いなれど、さきを楽しみに辛抱して呉れよ。

配給は配給、統制は統制のやり方、

神のやり方は日の光、

臣民ばかりでなく、木も喜ぶやり方ぞ、

日の光は神のこころ、稜威ぞ。

人の知恵で一つでも善き事したか、

何もかも出来損なひばかり、

にっちもさっちもならんことにしてゐて、まだ気がつかん、

盲には困る困る。

救はねばならず、

助かる臣民はなく、

泥海にするは易いなれど、

それでは元の神様にすまず、

これだけにこと分けて知らしてあるに、

きかねばまだまだ痛い目をみせねばならん。

冬の先が春とは限らんぞ。

の国を八つに切って殺す悪の計画、

の国にも外国の臣が居り、

外国にも神の子がゐる。

岩戸が明けたら一度に分かる。

六月の十日、

書は、ひつくの神。

てんめ御苦労ぞ。

使用さされた特殊文字 


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第十一帖(53)

昭和十九年七月十八日、旧五月二十八日(1944年)

けものさへ神のみ旨に息せるを神を罵る民のさわなる。

木さへ神の心に従ってゐるではないか、

神のむねにそれぞれに生きてゐるでないか、

あの姿に早う返りて呉れよ、

青人と申すのは木の心の民のことぞ。

道は自分で歩めよ、

御用は自分でつとめよ、

人がさして呉れるのでないぞ、

自分で御用するのぞ、

道は自分で開くのぞ、

人頼りてはならんぞ。

七月の十八日、

ひつくのか三。


臣民ばかりでないぞ、

神々様にも知らせなならんから、

なかなか大層と申すのぞ。

一二三(ひふみ)の仕組とは、

永遠(とは)に動かぬ道のことぞ、

三四五(みよいづ)の仕組とは、

みよいづの仕組ぞ、

御代出づとは神の御代になることぞ、

この世を神の国にねり上げることぞ、

神祀りたら三四五の御用にかかるから、

その積りで用意して置いて呉れよ。

この神は世界中の神と臣民と、

けだものも木もかまはねばならんのざから、

御役いくらでもあるぞ。

神様と臣民 同じ数だけあるぞ。

それぞれに神つけるから、

早う身魂みがいて呉れよ、

みがけただけの神をつけて、

天晴れ後の世に残る手柄立てさすぞ。

小さいことはそれぞれの神にきいて呉れよ、

一人ひとり、何でもききたいことは、

病直すことも、それぞれの神がするから、

サニワでお告うけて呉れよ、

この方の家来の神が知らせるから何でもきけよ。

病も直してやるぞ、

その神たよりたなら、

身魂みがけただけの神徳あるぞ。

この世始まってない今度の岩戸開きざから、

これからがいよいよぞ。

飛んだところに飛んだこと出来るぞ。

それはみな神がさしてあるのざから、

よく気つけて居れば、

さきの事もよく分かるようになるぞ。

元の神代に返すと申すのは喩へでないぞ。

七から八から九から十から神烈しくなるぞ、

臣民の思う通りにはなるまいがな、

それは逆立してゐるからぞ。

世界一度にキの国にかかりて来るから、

一時は潰れたやうに、

もうかなはんと云ふところまでになるから、

神はこの世に居らんと臣民申すところまで、

むごいことになるから、

外国が勝ちたやうに見える時が来たら、

神の代近づいたのぞ、

いよいよとなりて来ねば分らん様では御用出来んぞ。

七月の二十日、

ひつ九のか三。

下つ巻 第14帖 (056)


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第二十四帖(66)

昭和十九年七月三十日、

旧六月十一日(1944年)

一が十にと申してありたが、

一が百に、一が千に、一が万になるとき いよいよ近づいたぞ。

秋立ちたらスクリと厳しきことになるから、

神の申すこと一分一厘ちがはんぞ。

改心と申すのは、何もかも神にお返しすることぞ、

臣民のものといふもの何一つもあるまいがな、

の葉一枚でも神のものぞ。

七月の三十日、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三十五帖(77)

昭和十九年八月三日、

旧六月十五日(1944年)

何もかも持ちつ持たれつであるぞ、

臣民喜べば神も喜ぶぞ、

金(きん)では世は治まらんと申してあるのに まだ金追うてゐる見苦しい臣民ばかり、

金は世をつぶす本ぞ、

臣民、 世界の木まで喜ぶやり方はの光のやり方ぞ。

臣民の生命も長うなるぞ、

てんし様は生き通しになるぞ、

御玉体(おからだ)のままに神界に入られ、

またこの世に出られる様になるぞ、

死のないてんし様になるのぞ、

それには今のやうな臣民のやり方ではならんぞ、

今のやり方ではてんし様に罪ばかりお着せしてゐるのざから、

この位 不忠なことないぞ、

それでもてんし様はおゆるしになり、

位までつけて下さるのぞ、

このことよく改心して、

一時(ひととき)も早く忠義の臣民となりて呉れよ。

八月の三日、

ひつ九の

使用された特殊文字 


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三十七帖(79)

昭和十九年八月三日、

旧六月十五日(1944年)

世が変りたら天地光り人も光りも光り、

石も物ごころに歌ふぞ、

雨もほしい時に降り、

風もほしい時に吹くと雨の神、風の神 申して居られるぞ。

今の世では雨風を臣民がワヤにしている ぞ、

降っても降れず、

吹いても吹かん様になりてゐるのが分らんか。

盲つんぼの世の中ぞ。

神のゐる場所塞いで居りて お蔭ないと不足申すが、

分らんと申しても余りであるぞ。

神ばか りでもならず、

臣民ばかりではなおならず、

臣民は神の入れものと申してあろが、

あめのひつくの民と申すのは、

世界治めるみたまの入れもののことぞ、

とは一人をまもる入れものぞ、

ひつくの臣民は神がとことん試しに試すのざから、

可哀そうなれど我慢して呉れよ、

その代り御用つとめて呉れたら、

末代名を残して、

神からお礼申すぞ。

何事も神は帳面につけとめてゐるのざから間違ひないぞ、

この世ばかりでないぞ、

生れ代り死に代り鍛へてゐるのぞ、

ひつくの臣民 落ちぶれてゐると申してあろがな、

今に上、下になるぞ、

逆立ちがおん返りて、

元のよき楽の姿になるのが近づいたぞ、

逆立ち苦しかろがな、

改心した者から楽にしてやるぞ、

御用に使ふぞ。

八月三日、

ひつ九のか三。


悪の世であるから、悪の臣民 世に出てござるぞ、

善の世にグレンと引繰り返ると申すのは善の臣民の世になることぞ。

今は悪が栄えてゐるのざが、

この世では人間の世界が一番おくれてゐるのざぞ、

木はそれぞれに神のみことのまにまになってゐるぞ。

一本の大根でも一粒の米でも何でも貴くなったであろが、

一筋の糸でも光出て来たであろがな、

臣民が本当のつとめしたなら、どんなに尊いか、

今の臣民には見当とれまいがな、

神が御礼申すほどに尊い仕事出来る身魂ぞ、

殊に神の国の臣民みな、

まことの光あらはしたなら、

天地が輝いて悪の身魂は目あいて居れんことになるぞ。

結構な血筋に生まれてゐながら、

今の姿は何事ぞ、

神はいつまでも待てんから、

いつ気の毒出来るか知れんぞ。

戦恐れてゐるが臣民の戦位、何が恐いのぞ、

それより己の心に巣くうてる悪のみたまが恐いぞ。

八月十六日、のひつくのか三。

富士の巻 第07帖 (087)


ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第八帖(88)

昭和十九年八月十七日、

旧六月二十九日(1944年)

山は神ぞ、

川は神ぞ、

海も神ぞ、

雨も神、

風も神ぞ、

天地みな神ぞ、

木も神ぞ、

神祀れと申すのは神にまつらふことと申してあろが、

神々まつり合はすことぞ、

皆何もかも祭りあった姿が神の姿、

神の心ぞ。

みなまつれば何も足らんことないぞ、

余ることないぞ、

これが神国の姿ぞ、

物足らぬ物足らぬと臣民泣いてゐるが、

足らぬのでないぞ、

足らぬと思ふてゐるが、

余ってゐるではないか、

上(かみ)の役人どの、

まづ神祀れ、

神祀りて神心となりて神の政治せよ、

戦など何でもなく鳧(けり)がつくぞ。

八月十七日、

の一二のか三。

使用された特殊文字 


ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第十三帖(93)

昭和十九年八月二十二日、

旧七月四日(1944年)

何もかもてんし様のものではないか、

それなのにこれは自分の家ぞ、

これは自分の土地ぞと申して自分勝手にしているのが神の気に入らんぞ、

一度は天地に引き上げと知らしてありたこと忘れてはならんぞ、

一本のでも神のものぞ、

野(ぬ)から生れたもの、

山から取れたもの、

海の幸もみな神に供へてから臣民いただけと申してあるわけも、

それで分るであろうがな。

この神示よく読みてさへ居れば病気もなくなるぞ、

さう云へば今の臣民、

そんな馬鹿あるかと申すが

よく察して見よ、

必ず病も直るぞ、

それは病人の心が綺麗になるからぞ、

洗濯せよ掃除せよと申せば、

臣民 何も分らんから、

あわててゐるが、

この神示よむことが洗濯や掃除の初めで終りであるぞ、

神は無理は言はんぞ、

神の道は無理してないぞ、

よくこの神示読んで呉れよ。

よめばよむほど身魂みがかれるぞ、

と申しても仕事をよそにしてはならんぞ。

臣民と申すものは馬鹿正直ざから、

神示よめと申せば、

神示ばかり読んだならよい様に思うてゐるが、

裏も表もあるのぞ。

役員よく知らしてやれよ。

八月二十二日、

のひつ九のか三のお告。

使用された特殊文字 


一二三は神食。

三四五は人食、

五六七は動物食、七八九は食ぞ、

九十は元に、

一二三の次の食、

神国弥栄ぞよ。

人、三四五食に病ないぞ。

八月二十四日、

一二ふみ。

富士の巻 第15帖 (095)


今のうちに木の根や葉を日に干して貯へておけよ、

保持(うけもち)の神様お怒りざから、

九十四は五分位しか食べ物とれんから、

その積りで用意して置いて呉れよ。

神は気もない時から知らして置くから、

この神示よく読んで居れよ。

一握りの米に泣くことあると知らしてあろがな、

米ばかりでないぞ、

何もかも臣民もなくなるところまで行かねばならんのぞ、

臣民ばかりでないぞ、

神々様さへ今度は無くなる方あるぞ。

臣民と云ふものは目の先ばかりより見えんから、

呑気なものであるが、

いざとなりての改心は間に合はんから、

くどう気つけてあるのぞ。

日本ばかりでないぞ、

世界中はおろか三千世界の大洗濯と申してあろうがな、

神にすがりて神の申す通りにするより他には道ないぞ、

それで神々様を祀りて上の御方からも 下々からも朝に夕に言霊がこの国に満つ 世になりたら神の力現はすのぞ。

江戸に先ず神まつれと、

くどう申してあることよく分かるであろがな。

八月の二十七日、

のひつ九のか三。

富士の巻 第20帖 (100)

使用さされた特殊文字 


神の堪忍袋 切れるぞよ、

臣民の思ふやうにやれるなら、

やりて見よれ、

九分九厘 でグレンと引繰り返ると申してあるが、

これからはその場で引繰り返る様になるぞ。

誰れもよう行かん、臣民の知れんところで何してゐるのぞ、

神には何も彼も分りてゐ るのざと申してあろがな、

早く兜脱いで神にまつはりて来いよ、

改心すれば助けてや るぞ、

鬼の目にも涙ぞ、

まして神の目にはどんな涙もあるのざぞ、

どんな悪人も助け てやるぞ、

どんな善人も助けてやるぞ。

江戸と申すのは東京ばかりではないぞ、

今の 様な都会みなエドであるぞ、

江戸は何うしても火の海ぞ。

それより他 やり方ないと 神々様申して居られるぞよ。

秋ふけて木枯れても根は残るなれど、

臣民かれて根の 残らぬやうなことになりても知らんぞよ、

神のこのふみ早う知らしてやって呉れよ。

八と十八と五月と九月と十月に気つけて呉れよ、

これでこの方の神示の終わりぞ。

こ の神示は富士(二二)の巻として一つに纒(まと)めておいて下されよ、

今に宝とな るのざぞ。

八月の三十日、

のひつ九

富士の巻 第27帖 (107)


ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第十六帖

昭和十九年八月七日、

旧六月十九日(1944年)

天つ巻 第16帖 (123)

今度の戦済みたら てんし様が世界中知ろしめして、

外国には王はなくなるのざぞ。

一旦戦おさまりても、

あとのゴタゴタなかなか静まらんぞ、

神の臣民ふんどし締めて神の申すことよく腹に入れて置いて呉れよ、

ゴタゴタ起りたとき、

何うしたらよいかと云ふことも、

この神示(ふで)よく読んで置けば分るやうにしてあるのざぞ。

神は天からと宙からと地からと力(ちから)合はして、

神の臣民に手柄立てさす様にしてあるのざが、

今では手柄立てさす、

神の御用に使ふ臣民一分(いちぶ)もないのざぞ。

神の国が勝つばかりではないのざぞ、

世界中の人もも動物も助けてみな喜ぶやうにせなならんのざから、

臣民では見当取れん永遠(とことは)につづく神世に致すのざから、

素直に神の申すこときくが一等ざぞ。

人間の知恵でやれるなら、

やって見よれ、

あちらへ外れ、

こちらへ外れて、

ぬらりくらりと鰻つかみぞ、

思ふやうにはなるまいがな、

神の国が本の国ざから、

神の国からあらためるのざから、

一番つらいことになるのざぞ、

覚悟はよいか、

腹さへ切れぬ様なフナフナ腰で大番頭とは何と云ふことぞ、

てんし様は申すもかしこし、

人民さま、

犬猫にも済むまいぞ。

人の力ばかりで戦してゐるのでないこと位 分って居らうがな、

目に見せてあらうがな、

これでも分らんか。

八月七日、

一二


ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第二十帖

昭和十九年八月七日、

旧六月十九日(1944年)

天つ巻 第20帖 (127)

神の世と申すのは、

今の臣民の思ふてゐるやうな世ではないぞ、

金(きん)は要らぬのざぞ、

お土からあがりたものが光りて来るのざぞ、

衣類たべ物、

家倉まで変るのざぞ。

木も喜ぶ政治と申してあらうがな、

誰でもそれぞれに先の分る様になるのぞ。

お日様もお月様も海も山も野も光り輝いて水晶の様になるのぞ。

悪はどこにもかくれること出来ん様になるのぞ、

ばくち、

しょうぎは無く致すぞ。

雨も要るだけ降らしてやるぞ、

風もよきやうに吹かしてやるぞ、

神をたたえる声が天地にみちみちて

うれしうれしの世となるのざぞ。

八月の七日、

ひつ九のか三ふで。


ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第二十六帖

昭和十九年九月十一日、

旧七月二十四日(1944年)

天の日津久の神と申しても一柱ではないのざぞ、

臣民のお役所のやうなものと心得よ、

一柱でもあるのざぞ。

この方はオホカムツミノ神とも現はれるのざぞ、

時により所によりてはオホカムツミノ神として祀りて呉れよ、

青人の苦瀬(うきせ)なほしてやるぞ。

天明は神示(ふで)書かす御役であるぞ。

九月十一日、ひつ九

天つ巻 第26帖 (133)

使用された特殊文字 


石物いふ時来るぞ、

物いふ時来るぞ。

北おがめよ、

北光るぞ、

北よくなるぞ、

夕方よくなるぞ、

暑さ寒さ、やはらかくなるぞ、

五六七(みろく)の世となるぞ。

慌てずに急いで呉れよ。

神々様みなの産土(うぶすな)様 総活動でござるぞ、

神々様まつりて呉れよ、

人々様まつりて呉れよ、

御礼申して呉れよ。

九月十二日、

一二か三。

天つ巻 第27帖 (134)


天つ巻 第28帖 (135)

おそし早しはあるなれど、

一度申したこと必ず出て来るのざぞ。

臣民は近慾で疑ひ深いから、

何も分らんから疑ふ者もあるなれど、

この神示一分一厘ちがはんのざぞ。

世界ならすのざぞ、

神の世にするのざぞ、

善一すじにするのざぞ、

誰れ彼れの分けへだてないのざぞ。

土から木生れるぞ、

木から動物、

虫けら生れるぞ。

上下ひっくり返るのざぞ。

九月の十三日、

ひつ九のか三。


ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第二十九帖(136)

昭和十九年九月十三日、

旧七月二十六日(1944年)

この方オホカムツミノ神として書きしらすぞ。

病あるかなきかは手廻はして見れば直ぐ分かるぞ、

自分の身体中どこでも手届くのざぞ、

手届かぬところありたら病のところ直ぐ分るであろうが。

臣民の肉体の病ばかりでないぞ、

心の病も同様ぞ、

心と身体と一つであるからよく心得て置けよ、

国の病も同様ぞ、

頭は届いても手届かぬと病になるのぞ、

手はどこへでも届くやうになりてゐると申してあろが、

今の国々のみ姿見よ、

み手届いて居るまいがな、

手なし足なしぞ。

手は手の思ふ様に、

足は足ぞ、

これでは病直らんぞ、

臣民と病は、足、地に着いておらぬからぞ。

足 地に着けよ、

木はもとより、

犬猫もみなお土に足つけて居ろうがな。

三尺上は神界ぞ、

お土に足入れよ、

青人と申してあろうがな、

の心に生きねばならぬのざぞ。

尻に帆かけてとぶようでは神の御用つとまらんぞ、

お土踏まして頂けよ、

足を綺麗に掃除しておけよ、

足よごれてゐると病になるぞ、

足からお土の息がはいるのざぞ、

臍(へそ)の緒の様なものざぞよ、

一人前になりたら臍の緒切り、

社(やしろ)に座りて居りて三尺上で神につかへてよいのざぞ、

臍の緒切れぬうちは、

いつもお土の上を踏まして頂けよ、

それほど大切なお土の上 堅めているが、

今にみな除きて了ふぞ、

一度はいやでも応でも裸足(はだし)でお土踏まなならんことになるのぞ、

神の深い仕組ざから

あり難い仕組ざから

喜んでお土拝めよ、

土にまつろへと申してあろうがな、

何事も一時に出て来るぞ、

お土ほど結構なものないぞ、

足のうら殊に綺麗にせなならんぞ。

神の申すやう素直に致されよ、

この方 病直してやるぞ、

この神示よめば病直る様になってゐるのざぞ、

読んで神の申す通りに致して下されよ、

臣民も動物も木も病なくなれば、

世界一度に光るのぞ、

岩戸開けるのぞ。

戦も病の一つであるぞ、

国の足のうら掃除すれば国の病直るのぞ、

国、逆立ちしてると申してあること忘れずに掃除して呉れよ。

上の守護神どの、

下の守護神どの、

中の守護神どの、

みなの守護神どの改心して呉れよ。

いよいよとなりては苦しくて間に合はんことになるから、

くどう気つけておくのざぞ。

病ほど苦しいものないであらうがな、

それぞれの御役忘れるでないぞ。

天地唸るぞ、

でんぐり返るのざぞ、

世界一どにゆするのざぞ。

神はおどすのではないぞ、

迫りて居るぞ。

九月十三日、一二

使用された特殊文字 


片輪車でトンテントンテン、骨折損の臥(くたびれ)儲けばかり、いつまでしてゐるのぞ、

神にまつろへと申してあろうがな、

臣民の智恵で何出来たか、

早う改心せよ。

三月三日、五月五日は結構な日ぞ。

九月十六日、ひつ九のか三。

地つ巻 第05帖 (142)


ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第十一帖,

昭和十九年九月二十一日、

旧八月五日(1944年),148,地つ巻 第11帖 (148)

世界丸めて一つの国にするぞと申してあるが、

国はそれぞれの色の違ふ臣民によりて一つ一つの国作らすぞ。

その心々によりて、それぞれの教作らすのぞ。

旧きものまかりて、また新しくなるのぞ、

その心々(こころこころ)の国と申すは、

心々の国であるぞ、

一つの王で治めるのざぞ。

天つ日嗣の実子様が世界中照らすのぞ。

国のひつきの御役も大切の御役ぞ。

道とは三つの道が一つになることぞ、

みちみつことぞ、

もとの昔に返すのざぞ、

つくりかための終りの仕組ぞ、

終は始ぞ、

始は霊(ひ)ぞ、

富士、都となるのざぞ、

幽界(がいこく)行きは外国行きぞ。

神の国光りて目あけて見れんことになるのざぞ、

臣民の身体からも光が出るのざぞ、

その光によりて その御役、位、分るのざから、

みろくの世となりたら何もかもハッキリして うれしうれしの世となるのぞ、

今の文明なくなるのでないぞ、

たま入れていよいよ光りて来るのぞ、

手握りて木も四つあしもみな唄ふこととなるのぞ、

み光にみな集まりて来るのざぞ、

てんし様の御光は神の光であるのざぞ。

九月二十と一日、

一二か三。


ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第二十三帖

昭和十九年九月二十八日、

旧八月十二日(1944年)

地つ巻 第23帖 (160)

この神示 心で読みて呉れよ、

九エたして読みて呉れよ、

病も直るぞ、

木もこの神示よみてやれば花咲くのざぞ。

この道広めるには教会のやうなものつとめて呉れるなよ、

まとゐを作りて呉れるなよ。

心から心、

声から声、

身体(からだ)から身体へと広めて呉れよ、

世界中の臣民みなこの方の民ざから、

早う伝へて呉れよ。

神も人も一つであるぞ、

考へてゐては何も出来ないぞ、

考へないで思ふ通りにやるのが神のやり方ぞ、

考へは人の迷ひざぞ、

今の臣民 身魂くもりてゐるから考へねばならぬが、

考へればいよいよと曇りたものになる道理分らぬか。

一九(ひく)れを気つけて呉れよ、

日暮れよくなるぞ、

日暮れに始めたことは何でも成就するやうになるのざぞ、

一九(ひく)れを日の暮れとばかり思うてゐると、

臣民の狭い心で取りてゐると間違ぶぞ。 のくれのことを申すのざぞ。

九月の二十八日、

ひつ九のか三。

使用された特殊文字


ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第二十五帖(162)

昭和十九年九月二十八日、

旧八月十二日(1944年) 

新しくその日その日の生まれ来るのぞ、

三日は三日、

十日は十日の神どの守るのざぞ、

時の神ほど結構な恐い神ないのざぞ、

この方とて時節にはかなはんことあるのざぞ。

今日なれば九月の二十八日であるが、

旧の八月十一どのを拝みて呉れよ、

二十八日どのもあるのざぞ。

何事も時待ちて呉れよ、

炒豆(いりまめ)にも花咲くのざぞ、

この世では時の神様、

時節を忘れてはならんぞ、

時は神なりぞ。

何事もその時節来たのざぞ、

時過ぎて種蒔いてもお役に立たんのであるぞ、

物いふぞ。

旧の八月の十一日、

ひつ九のか三。


ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第五帖

昭和十九年十月二十一日、

旧九月五日(1944年)

神の国には神も人も無いのざぞ。

忠も孝もないのざぞ。

神は人であるぞ。

山であるぞ。

川であるぞ。

めである。

野である。

である。

木である。

動物であるぞ。

為すこと皆忠となり孝とながれるのぞ。

死も無く生も無いのぞ。

神心あるのみぞ。

やがては降らん雨霰(あめあられ)、役員 気つけて呉れよ。

神の用意は出来てゐるのざぞ。

何事からでも早よう始めて呉れよ。

神の心に叶ふものは どしどしとらち明くぞ。

十月二十一日、一二

日月の巻 第05帖 (178)

使用された特殊文字 


ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第九帖

昭和十九年十月二十六日、

旧九月十日(1944年)

何事も持ちつ持たれつであるぞ。

神ばかりではならず、

人ばかりではならずと申してあろが、

善一筋の世と申しても今の臣民の言ふてゐる様な善ばかりの世ではないぞ。

悪(ア九)でない悪とあなないてゐるのざぞ。

此のお道は、あなないの道ぞ、

上ばかりよい道でも、

下ばかりよい道でもないのざぞ。

まつりとはまつはる事で、

まつり合はす事ざぞ。

まつり合はすとはとして、

木は木として、

それぞれのまつり合はせぞ。

も木も同じまつり合せでないのざぞ。

十月の二十六日。

ひつ九か三。

日月の巻 第09帖 (182)


三ハシラ、五ハシラ、七ハシラ、コトアマツカミ、

ツギ、ウヒジニ、ツギ、イモス ヒジニ、

ツギ、ツヌグヒ、ツギ、イモイクグヒ、

ツギ、オホトノジ、

ツギ、イモオホ トノべ、

ツギ、オモタル、

ツギ、イモアヤカシコネ、ミコトト、アレナリ、イキイキテ、イキタマヒキ、

ツギ、イザナギノカミ、イザナミノカミ、アレイデマシマシキ。

足許に気付けよ。

悪は善の仮面かぶりて来るぞ。

入れん所へ悪が化けて入って神の国をワヤにしてゐるのであるぞ、

己の心も同様ぞ。百人千人万人の人が善いと申しても悪い事あるぞ。

一人の人云っても神の心に添ふ事あるぞ。

てんし様拝めよ。

てんし様拝めば御光出るぞ、

何もかもそこから生れるのざぞ。

お土拝めよ。

お土から何もかも生れるのぞ。

人拝めよ、上に立つ人拝めよ、

木も神と申してあろがな。

江戸に攻め寄せると申してあろがな。

富士目指して攻め来ると知らしてあること近付いたぞ。

今迄の事は皆型でありたぞ、

江戸の仕組もお山も甲斐の仕組も皆型ぞ、

鳴門とうづう みの仕組も型して呉れよ。

尾張の仕組も型早よう出して呉れよ。

型済んだらいよいよ末代続くまことの世直しの御用にかからすぞ。

雨降るぞ。

十月二十八日、ひつ九のかみ。

日月の巻 第12帖 (185)


目覚めたら其の日の生命お預りした事を神に感謝し、

其の生命を神の御心(みこころ)のままに弥栄(いやさか)に仕へまつる事に祈れよ。

神は其の日其の時に何すべきかに就いて教へるぞ。

明日の事に心使ふなよ。

心は配れよ。

取越苦労するなよ。

心配りはせなならんぞ。

何もかも神に任せよ。

神の生命、神の肉体となりきれよ。

何もかも捨てきらねばならんぞ。

天地皆神のものぞ、

天地皆己のものぞ。

取違ひ致して呉れるなよ。

幾ら戦してゐても天国ぞ、

天国とは神国ぞ。

神国の民となれば戦も有難いぞ。

いきの生命いつも光り輝いてゐるぞ。

神にまつろてくれと申してあろが。

あめつち皆にまつろて呉れと申してあろがな。

ここの道理よく判りたであろが。

何も云ふ事ないぞ。

神称へる辞(コト)が光透(コト)ぞ。

あめつち称へる言(コト)が光透(コト)ぞ。

木の心になれと申してあろがな。

神風もあるぞ。

地獄の風もあるぞ。

迷ふでないぞ、

神の申すコトはコトであるぞ。

コトに生きてくれよ。

コトにまつろへよ。

十一月の一日、

ひつ九か三。

日月の巻 第15帖 (188)


ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第四十帖(213)

昭和十九年十一月三十日、

旧十月十五日(1944年)

ここに伊邪那美の命 語らひつらく、

あれみましとつくれる国、

末だつくりおへねど、

時まちてつくるへに、

よいよ待ちてよと宣り給ひき。

ここに伊邪那岐命、

みましつくらはねば吾とつくらめ、

と宣り給ひて、

帰らむと申しき。

ここに伊邪那美命 九(こ)聞き給ひて、

御頭(みかしら)に 大雷(おおいかつち)、

オホイカツチ、

胸に火の雷(ホのいかつち)、

ホノイカツチ、

御腹には

黒雷(くろいかつち)、

黒雷(クロイカツチ)、

かくれに 折雷(さくいかつち)、

サクイカツチ、

左の御手に

若雷(わきいかつち)、

ワキ井カツチ、

右の御手に 土雷(つちいかつち)、

ツチイカツチ、

左の御足に

鳴雷(なるゐかつち)、

ナルイカツチ。

右の御足に

伏雷(ふしいかつち)、

フシ井カツチ、

なり給ひき。

伊邪那岐の命、是見(こみ)、

畏みてとく帰り給へば、

妹伊邪那美命は、

よもつしこめを追はしめき、

ここに伊邪那岐命 黒髪かつら取り、

また湯津々間櫛(ゆつつまぐし)引き かきて、

なげ棄(う)て給ひき。

伊邪那美命 二(つき)の八くさの雷神(いかつちかみ)に黄泉軍(よもついくさ)副(そ)へて追ひ給ひき。

ここに伊邪那岐命 十挙剣(とづかのつるぎ)抜きて後手 (しりへて)にふきつつさり、

三度 黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本に到り給ひき。

坂本なる桃の実一二三(ひふみ)取りて待ち受け給ひしかば、

ことごとに逃げ給ひき。

ここに伊邪那岐命 桃の実に宣り給はく、

汝 (みまし)吾助けし如、

あらゆる青人の苦瀬(うきせ)になやむことあらば、

助けてよと宣り給ひて、

また葦原の中津国にあらゆる、

うつしき青人の苦瀬に落ちて苦しまん時に助けてよとのり給ひて、

おほかむつみの命、

オオカムツミノ命

と名付け給ひき。

ここに伊邪那美命 息吹き給ひて千引岩(ちびきいわ)を黄泉比良坂に引き塞(そ)へて、

その石なかにして合ひ向ひ立たして つつしみ申し給ひつらく、

うつくしき吾が那勢命 (なせのみこと)、

時廻り来る時あれば、

この千引の磐戸、

共にあけなんと宣り給へり、

ここに伊邪那岐命しかよけむと宣り給ひき。

ここに妹(いも)伊邪那美の命、汝(みまし)の国の人

日にちひと死(まけ)と申し給ひき。

伊邪那岐命 宣 り給はく、

吾は一日(ひとひ)に千五百(ちいほ)生まなむと申し給ひき。

この巻二つ合して日月の巻とせよ。

十一月三十日、

ひつ九のか三。


日の出の巻 第01帖 (214)

春とならば萌(もえ)出づるのざぞ、

木許りでないぞ、

何もかも もえ出づるのぞ、

此の方の申す事 譬(たとへ)でないと申してあろが、

少しは会得(わか)りたか。

石もの云ふ時来たぞ、

此の道 早く知らして呉れよ、

岩戸は五回閉められてゐるのざぞ、

那岐(なぎ)、那美(なみ)の尊の時、

天照大神の時、

神武天皇の時、

仏来た時と、

大切なのは須佐之男神様に罪着せし時、

その五度の岩戸閉めであるから此の度の岩戸開きはなかなかに大そうと申すのぞ。

愈々きびしく成ってきたが此れからが正念場ざぞ、

否でも応でも裸にならなならんぞ、裸程結構なもの無い事 始めて会得(わか)りて来るぞ。

十二月一日、一二

日の出の巻 第01帖 (214)


一二三(ひふみ)とは限りなき神の弥栄であるぞ、

一(ひ)は始めなき始であるぞ、

ケは終りなき終りであるぞ、

神の能(はたらき)が一二三であるぞ、

始なく終なく弥栄の中今(なかいま)ぞ。

一二三は神の息吹であるぞ、

一二三唱えよ、

神人共に一二三唱へて岩戸開けるのざぞ、

一二三にとけよ、

一二三と息せよ、

一二三着よ、

一二三食(お)せよ、

始め一二三あり、

一二三は神ぞ、

一二三は道ぞ、

一二三は祓ひ清めぞ、

祓ひ清めとは弥栄ぞ、

神の息ぞ、

てんし様の息ぞ、

臣民の息ぞ、

けもの、木の息ぞ。

一であるぞ、

二であるぞ、

三であるぞ、

ケであるぞ、

レであるぞ、

ホであるぞ、

であるぞ、

であるぞ。

皆の者に一二三唱へさせよ、

五柱 御働きぞ、

八柱 十柱 御働きぞ、

五十連(いつら)ぞ、

意露波(いろは)ぞ、

判りたか。

三月十四日、

ひつ九ノか三。

キの巻 第11帖 (268)

使用さされた特殊文字  


ひふみ神示 第十巻 水の巻 第三帖

昭和二十年四月二十三日、

旧三月十二日(1945年)

神の子は神としての自分養ふことも、

つとめの一つであるぞ。

取違ひすると大層な事になるから、

気つけておくぞ。

書かしてある御神名は御神体として祭りてもよく、

お肌守としてもよいぞ、

皆に多く分けてやれよ。

御神名いくらでも書かすぞ、

その用意しておいてくれよ、

神急ぐぞ。

祓え祝詞書き知らすぞ。

 かけまくもかしこき、

いざなぎのおほかみ、

つくしのひむかの、

たちばなのおとのあはぎはらに、

みそぎはらえたまふときになりませる、

つきたつふなどのかみ、

みちのなかちはのかみ、

ときおかしのかみ、

わつらひのうしのかみ、

ちまたのかみ、

あきくひのうしのかみ、

おきさかるのかみ、

おきつなぎさびこのかみ、

おきつかひへらのかみ、

へさかるのかみ、

へつなぎさひこのかみ、

へつかひへらのかみ、 やそまがつひのかみ、

おほまがつひのかみ、

かむなほひのかみ、

おほなほひのかみ、

いづのめのかみ、

そこつわたつみのかみ、

そこつつのおのかみ、

なかつわたつみのかみ、

なかつつのおのみこと、

うわつわたつみのかみ、

うわつつのおのみこと、

はらえと四はしらのかみたちともに、

もろもろのまがこと、

つみけがれをはらえたまへ、

きよめたまへとまおすことを、

きこしめせと、

かしこみかしこみもまおす。

次に「うけひ」の言葉しらすぞ。

ご三たいのおほかみさま、 ご三たいのおほかみさま、

ひつきのおほかみさま、

くにとこたちのおほかみさま、

とよくもぬのおほかみさま、

つきのおほかみさま、

すさなるのおほかみさま、

あめのかみさま、

かぜのかみさま、

いわのかみさま、

キのかみさま、

かねのかみさま、

ひのかみさま、

ひのでのかみさま、

りゅうぐうのおとひめさま、

やほよろづのいきかみさま、

ことにいすずにます、

てんしょうこうだいじんぐうさま、

とようけのおほかみさまをはじめたてまつり、

よのなかのいきかみさま、

うぶすなのおほかみさまのおんまへに、

ひろきあつきごしゅごのほど、

ありがたく、

とうとく、

おんれいもうしあげます。

このたびのいわとひらきには、

千万いやさかのおはたらき、

ねがひあげます。

あめつちのむた、

いやさかに、

さかへまさしめたまひ、

せかいのありとあるしんみん、

ひとひもはやく、

かいしんいたしまして、

おほかみさまのみむねにそひまつり、

おほかみさまのみこころのまにまに、

かみくに、

じょうじゅのため、

はたらきますよう、

おまもりくださいませ、

そのため、

このたま、

このみは、

なにとぞ、

いかようにでも、

おつかひくださいませ、

みむねのまにまに、

まことのかみくにのみたみとしてのつとめを、

つとめさしていただくよう、

むちうち、

ごしゅごくださいませ、

かむながらたまちはへませ、

いやさかましませ。

次に御先祖様の拝詞しらすぞ。

此の祖霊宮に(コレのミタマヤに)神鎮まり坐す(カミシヅまりマす)。

遠津祖神(トオツミオヤノカミ)、代々の祖霊神達の御前(ヨヨのオヤのミマエ)、

また親族家族の(またウカラヤカラの)霊祖神の御前に(ミタマのオンマエに)謹み敬ひも白す(ツツシみイヤマひマオす)。

此の家内には(コレのウチには)諸々の曲事(モロモロのマガコト)、罪穢あらしめず(ツミケガレあらしめず)、夜の護り(ヨのマモり)、日の守りに(ヒのマモりに)守り幸はひ給ひ(マモりサキはひタマひ)、まこと神国のみ民としての(まことカミクニのみタミとしての)義務を全うせしめ給へ(ツトメをマットうせしめタマへ)、夜の護り(ヨのマモり)日の守りに守り(ヒのマモりにマモり)、捧ぐるものの絶間無く(ササぐるもののタママナく)、子孫の(ウミノコの)弥栄継ぎに(イヤサカツぎに)栄えしめ給へと(サカえしめタマへと)畏み畏みも白す(カシコみカシコみマオす)、惟神霊神幸はへませ(カムナガラタマチはへませ)、惟神霊神幸はへませ(カムナガラタマチはへませ)。

一本のでも干して貯へておけよと申してあろがな。

四月二十三日、三の一二のか三。

水の巻 第03帖 (277)


ひふみ神示 第十巻 水の巻 第十四帖(288)

昭和二十年六月十四日、

旧五月五日(1945年)

今迄は闇の世であったから、どんな悪い事しても闇に逃れる事出来てきたが闇の世はもうすみたぞ。

思ひ違ふ臣民 沢山あるぞ。

何んな集ひでも大将は皆思ひ違ふぞ。

早ふさっぱり 心入れ換へて下されよ。

神の子でないと神の国には住めんことになるぞ。

幽界(がいこく)へ逃げて行かなならんぞ。

二度と帰れんぞ。

幽界(がいこく)行きとならぬ様、根本から心入れかへて呉れよ。

日本の国の臣民 皆兵隊さんになった時、一度にどっと大変が起るぞ。

皆思ひ違ふぞ。

カイの御用はキの御用ぞ。

それが済みたら、まだまだ御用あるぞ。

行けども行けども、ぼうぼう、

どこから何が飛び出すか、

秋の空グレンと変るぞ。

この方 化(ば)けに化け て残らずの身魂調べてあるから、

身魂の改心なかなかにむつかしいから、

今度と云ふ今度は、

天の規則通り、びしびしとらちつけるぞ。

御三体の大神様 三日此の世をかまひなさらぬと この世はクニャク ニャとなるのざぞ。

結構近づいて居るのざぞ。

大層が近づいて居るのざぞ。

この神示読みて神々様にも守護神殿にも聞かせて呉れよ。

いよいよあめの日津久の神様おんかかりなされるぞ。

旧五月五日、

みづのひつ九か三。


ひふみ神示 第十一巻 松の巻 第五帖(296)

昭和二十年六月二十一日、

旧五月十二日(1945年)

この先どうしたらよいかと云ふ事は、

世界中 金(かね)の鞋(わらじ)で捜しても九九(ここ)より他 分からんのざから、

改心して訪ねて御座れ。

手取りてよき方に廻し てやるぞ。

神の国の政治は、もの活かす政治と申してあろが、

もの活かせば、経済も政治も要らんぞ。

金もの云ふ時から、

物もの云ふ時来るぞ。

誠もの云う時来るぞ。

石もの云ふ時来るぞ。

六月二十一日の朝、

アメのひつ九のかみ神示。


保食(うけもち)の神祀らづに、いくら野山拓いたとて、物作ることは出来ないぞ。

煎(ゐ)り豆 花咲く目出度い時となってゐるのに何して御座るのぞ。

いくら人民の尻叩いて野山切り拓いても食物三分むつかしいぞ。

神々まつれと申してあろが、

野拓く時は野の神まつれ。

物作る時は保食の神まつれ。

産土の神様にもお願ひしてお取次願はな何事も成就せんぞ。

人民の学や智ばかりで何が出来たか。

早よ改心第一ぞ。

山も川も野も人民もも木も動物虫けらも何もかも此の方の徳であるぞ。

それぞれの御役あるのざぞ。

学や智捨てて天にむかへ。

地にむかへ、

にむかへ、

生物にむかへ、

木にむかへ、

石もの云ふぞ。

もの云ふぞ。

七月十八日、

あめのひつくのかみ。

松の巻 第28帖 (319)


神の国は神の肉体ぞと申してあるが、

いざとなれば、お土も、も、木も、何でも 人民の食物となる様に出来てゐるのざぞ。

何でも肉体となるのざぞ。

なるようにせんからならんのざぞ。

それで外国の悪神が神の国が慾しくてならんのざ。

神の国より広 い肥えた国 幾らでもあるのに、神の国が欲しいは、

誠の元の国、根の国、物のなる国、元の気の元の国、力の元の国、光の国、真中(まなか)の国であるからぞ、

何も彼も、神の国に向って集まる様になってゐるのざぞ。

神の昔の世は、そうなってゐた のざぞ。

磁石も神の国に向く様になるぞ。

北よくなるぞ。

神の国おろがむ様になるのざぞ。

どこからでもおろがめるのざぞ。

おのづから頭さがるのざぞ。

海の水がシメであるぞ。

鳥居であるぞと申してあろうが、

シメて神を押し込めてゐたのであるぞ。

人民 知らず知らずに罪犯してゐたのざぞ。

毎日、日日(ひにち)お詫(わび)せよと申 してあらうが、

シメて島国日本としてゐたのざぞ、

よき世となったら、身体(からだ)も大きくなるぞ。

命も長くなるぞ。

今しばらくざから、辛抱してくれよ。

食物心配するでないぞ。

油断するでないぞ。

皆の者喜ばせよ。

その喜びは、喜事(よろこび ごと)となって天地のキとなって、

そなたに万倍となって返って来るのざぞ。

よろこびいくらでも生まれるぞ。

七月二十一日、

あめのひつくのかみ。

夜明けの巻 第02帖 (322)


あら楽(たぬ)し、

あなさやけ、

元津御神の御光の、

輝く御代ぞ近づけり。

岩戸開けたり野も山も、

の片葉(かきは)も言(こと)止(や)めて、

大御光に寄り集ふ、

誠の御代ぞ楽しけれ。

今一苦労二苦労、とことん苦労あるなれど、

楽しき苦労ぞ目出度けれ。

申、酉すぎて戌の年、亥の年、子の年 目出度けれ。

一二三(ひふみ)の裏の御用する身魂も今に引き寄せるから、

その覚悟せよ。

覚悟よいか。

待ちに待ちにし秋来たぞ。

八月の七日、

アメのひつくのかみ。 

ひふみ、よいむなや、こともちろら ね、しきる、ゆゐつわぬ、そおたはくめか、うをえ、にさりへて、のます、あせえほ れけ、

八月八日、秋立つ日、

アメの一二のおほかみ。

夜明けの巻 第12帖 (332)


ひふみ神示 第十三巻 雨の巻 第三帖

昭和二十年十月十五日、

旧九月十日(1945年)

木は身を動物虫けらに捧げるのが嬉しいのであるぞ。

種は残して育ててやらねばならんのざぞ、

木の身が動物虫けらの御身(みみ)となるのざぞ、

出世するのざから嬉しいのざぞ、

木から動物虫けら生れると申してあろがな、

人の身(み)神に捧げるのざぞ、

神の御身(みみ)となること嬉しいであろがな、

惟神のミミとはその事ぞ、

神示よく読めば判るのざぞ、

此の道は先に行く程 広く豊かに光り輝き嬉し嬉しの誠の惟神の道で御座るぞ、

神示よく読めよ、

何んな事でも人に教へてやれる様に知らしてあるのざぞ、

いろはに戻すぞ、

一二三(ひふみ)に返すぞ、

一二三(ひふみ)が元ぞ、

天からミロク様みづの御守護遊ばすなり、

日の大神様は火の御守護なさるなり、

此の事 魂までよくしみておらぬと御恩判らんのざぞ。

悪も善に立ち返りて御用するのざぞ。

善も悪もないのざぞと申してあろがな、 の国真中に神国になると申してあろがな、

日本も外国も神の目からは無いのざと申してあろうが、

神の国あるのみざぞ、

判りたか。

改心すれば(たま)の入れかへ致して其の場からよき方に廻してやるぞ、

何事も我がしてゐるなら自由になるのであるぞ。

我の自由にならんのはさせられてゐるからざぞ、

此の位の事判らんで神の臣民と申されんぞ、

国々所々に宮柱太敷キ立てよ、たかしれよ。

此の先は神示に出した事もちいんと、

我の考へでは何事も一切成就せんのざぞ、

まだ我出して居る臣民ばかりであるぞ。

従ふ所には従はなならんぞ、

従へばその日から楽になって来るのざぞ、

高い所から水流れる様にと申して知らしてあろがな。

十月の十五日、

ひつ九のかみ。

雨の巻 第03帖 (337)

使用された特殊文字  



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