トッチさんのメール
トッチです。
「数をよく極めて下されば判ることぞ、天は二一六、地は一四四と申してあろうが」
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「神の世界は数字じゃ」なんて事が神示に有りましたが、困った世界ですね。。。
くじけてはいられませんので、一応考えてみました。
以前julaさんから3:2のお話がありましたが、関連付けてこんなのはどうでしょう。
216÷8=27
216÷9=24
144÷8=18
144÷9=16
どちらの数字も8と9で割り切れます。
そして
8で割り切れた18と27は、9の倍数。
9で割り切れた16と24は、8の倍数。
推測の域を出ないのですが、8までは、サタンの仕組みの中で、神(太神及びミロクサイド)は、どうにかこうにか岩戸開きの仕組みが成就するよう段取りを進め、いよいよ9でグレン、10で次の世と成るとします。
8から9はグレンなのですが、8と9は密接な関係が有り単独ではない。
ここに岩戸開きの本質があるのではないでしょうか。
例えば、ミロクの世が生まれるのもサタンの御用があったればこそであり、サタンは抹殺するのではなく、封印(抱き参らせる)するべきもの、なんて事の説明が神の国の言葉(数字)で表現すると、「天は216で地は144」となる。
または、神示の解説に沿うような解釈をするのでしたら、片輪の状態では、
「いずれグレンを招かざるおえなくなりますよ」
なんて事の暗示的な意味が有る。
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など、こんな感じで広げる余地が有るかな?と、思いつきですが。
至恩の巻 第10帖 (108)
国常立神も素盞鳴命も大国主命も、総て地(智)にゆかりのある神々は皆、九(光)と十(透)の世界に居られて時の来るのをおまちになってゐたのであるぞ、
地は智の神が治(し)らすのぞと知らしてあろうが、
天運 正にめぐり来て、千(智)引の岩戸(言答)はひらかれて、
これら地(智)にゆかりのある大神達が現れなされたのであるぞ、
これが岩戸ひらきの真相であり、
誠を知る鍵であるぞ。
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■平易意訳■
国常立神も素盞鳴命も大国主命も、総て地(智)にゆかりのある神々は皆、九(光)と十(透)の世界(神界と地上界の中間)に居られて時の来るのをお待ちになっていたのです。
地は智の神が治(し)らすと知らしてあるでしょう。
天運 正にめぐり来て、千(智)引の岩戸(言答)(宇宙の真相)は開かれて、これら地(智)にゆかりのある大神達が現れなされたのです。
これが岩戸ひらきの真相であり、誠を知る鍵でなのです。
彼等神界と地上界の中間にいる方々が、地震の巻に書かれている日の霊人と月の霊人を繋ぐ、中間の霊人のような存在なのかも。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
国常立神も、
素盞鳴命も、
大国主命も、
総て地(智)にゆかりのある神々は皆、九(光)と十(透)の世界にいて、時節が来るのを待っているのです。
地は智の神が治(し)らせるのです。
天運が正に巡り来て、
千(智)引の岩戸(言答)は開かれて、
これら地(智)にゆかりのある大神達が現れたのです。
これが岩戸開きの真相です。
これが誠を知る鍵です。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
ミロクと一緒に降臨しているらしい仲間の大神達が結集することが岩戸開きの真相であり、誠を知る鍵となるとしました。
国常立神、素盞鳴命、大国主命、これらの大神達は 一つの可能性ですが、解読も含めて太陽さんに携わっている方の後ろにいるのかもしれませんね。
ちょっと解読なのででかく出てしまいました(^^;;;;
その内わかるということで。 |
至恩の巻 第11帖 (109)
いよいよ判らんことが更に判らんことになるぞと申してあるが、
ナギの命の治らす国もナミの命の治らす国も、
双方からお互に逆の力が押し寄せて交わりに交わるから、
いよいよ判らんことになるのであるぞ。
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■平易意訳■
いよいよ判らないことが更に判らないことになるぞと云っていますが、ナギの命の治らす国もナミの命の治らす国も、双方からお互に逆の力が押し寄せて交わりに交わるから、いよいよ判らないことになるのです。
太陽さんの訳を借りますと、地上と幽界の双方からお互いに逆の力が押し寄せて交わりに交わるから、いよいよが迫ると人民には訳がわからなくなるようです。
一を知り、二を知ることで葛藤しその中で、三を導きだす流れのことを意識していれば多少は大難が小難になるようになるのかも知れませんね。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
いよいよ判らないことが、更に判らないことになります。
イザナギの命の治らす国の地上も、
イザナミの命の治らす国の幽界も、
双方から、お互に逆の力が押し寄せて交わりに交わるから、いよいよ判らないことになります。
ロックさんの解釈 :(二巡目)
ナギの国(出雲系の神が治めた国?)ナミの国(サタン系の神々が治めた国?)も双方からお互いに逆の力(相反する力)が押し寄せて交わりに交わるから、いよいよ判らないことになるのです。
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至恩の巻 第12帖 (110)
判らんと申すのは一面しか見えぬことであるぞ、
双方を見る目に、早う改心致してくれよ。 この白黒まだらな時は長くつづかん、
最も苦しいのは一年と半年、
半年と一年であるぞ、
死んでから又甦られるように死んで下されよ、
マコトを心に刻みつけておりて下されよ。
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判らないと云うのは一面しか見えぬことなのです。
双方を見る目に、早く改心致しなさい。
この白黒まだらな時は長く続きません。
最も苦しいのは一年と半年、半年と一年なのです。
死んでから又甦られるように死んで下さい。
マコト真・誠を心に刻みつけておいて下さい。
ナギの国(地上)ナミの国(幽界)の双方を見れるように早くなりなさいと言われているようです。
これらの白黒まだらな苦しいのが一年と半年、半年と一年とあります。
期間が示されています。
これは現実界(地上)と幽界を一つに見るように云っている内容ゆえでしょうか。
我田引水的ですが、宇宙の真相のサイトも立ち上がって三年経ちました。 その間一年の真一さんサイトで運行し、そして昨年九月再開しました。 そこが後半の半年と一年のスタートだとしたら、来年の節分の頃は何かあるのかな?
来年は冬季オリンピックがありますね。 諸世紀の内容が気になるところです。
春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケ、ハルマゲドンへの流れになるのでしょうか。
死んでから又甦られるように死んで下さい。
マコト真・誠を心に刻みつけておいて下さい。
この辺りでは、人民に対して、ちゃんと何故死ぬのか理解出来るように、誠を心に刻み付けておきなさいと言われているようです。 ある面では、
「死ぬことを覚悟して行動しなさい。」
と取れそうですし、生きるも死ぬも、それぞれのめぐりによるものだと思いますが、生きるにしても死ぬにしても両面から理解を深めることは必要のようです。
判らないにまだまだ該当しているようです、、、、(。。。
しょぼん。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
判らないと云うことは一面しか見えていないと云うことです。
双方を見る目を持ち、早く改心をしてください。
この白黒まだらな時は長く続きません。
最も苦しいのは一年と半年、半年と一年です。
人民は皆死んでから甦らされますので、甦りが出来るようにして死んで下さい。
真・誠を心に刻みつけて置いて下さい。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
恐らく、双方というのは善悪であったり、現実界と霊界とかそういう部分でないかと思いました。 どちらの方も見る目になるために、早く改心に至って下さい。 最も苦しいのは一年と半年、半年と一年、この記述については、霊界などでは時間の概念がないそうですから、一年と半年、半年と一年の記述は恐らく現実界のことではないかと思います。 年代がわからないところが辛い所です。
死んでから又甦られるように死んでくださいという部分は、神示をよく読んで霊界についての理解を深めなさいと示唆しているのだと思います。 霊界と現実界をまたいでいる神人になってくださいということかと思います。
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至恩の巻第13帖(111)
死ぬか生きるかは人民ばかりでないぞ、
神々様も森羅万象の悉くが同様であるぞ、
しばらくの生みの苦しみ。 八の世界から十の世界になるのであるから、
今迄の八方的な考へ方、
八方的な想念や肉体では生きては行かれんのであるぞ、
十方的想念と肉体でなくてはならんぞ。
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死ぬか生きるかは人民ばかりでないのです。
神々様も森羅万象の悉くが同様なのです。
しばらくの生みの苦しみ。 八の世界から十の世界になるのであるから、今迄の八方的な考え方、八方的な想念や肉体では生きては行かれないのです。
十方的想念と肉体でなくてはなりません。
一を知り、二を知り葛藤し、三を導き出す流れの中で、この世の常識とうまくやりながら、真理を理解していく中で、
八方的な考え方、八方的な想念や肉体を十方的想念と肉体にしていくには、
これまで常識だと思っていた世界の認識を改めること?が必要であるようですし、幽界の創った本来無いものは浄化される
消滅することなどが肉体的な死ぬの他に想念の死ともいえるものの一面でもあるかと思いました。
幽界の住人も生存権をかけて勝負をしているのかも知れませんね。 そういう意味では本来無い世界も生きる死ぬという概念が当てはまるかと。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
死ぬか生きるかは 人民ばかりでないのです。
神々様も森羅万象のことごとくが同様です。
しばらくの生みの苦しみを味わうのです。
八の世界から十の世界になるのであるから、今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きては行けません。
十方的な想念と肉体が必要です。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
八方的な想念や肉体=霊界や神界のことを含まない考え方や現界での物質的な構造の肉体と取りました。
生きるか死ぬかの問題には今回は、神々様も森羅万象の悉くも同様に含まれるようですので、その流れで考えると人類は大変な思いをするようです。
しかし、それらも世の建て直しの流れであり、生みの苦しみであるということのようです。
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至恩の巻 第14帖 (112)
八方的地上から十方的地上となるのであるから、
総ての位置が転ずるのであるから、
物質も念も総てが変るのであるぞ。
これが元の元の元の大神の御神策ぞ、
今迄は時が来なかったから知らすことが出来んことでありたなれど、
いよいよが来たので皆に知らすのであるぞ。 百年も前からそら洗濯ぢゃ、
掃除ぢゃと申してありたが、
今日の為であるぞ、
岩戸ひらきの為であるぞ。 今迄の岩戸ひらきと同様でない、末代に一度の大岩戸(言答)ひらきぢゃ。
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■平易意訳■
八方的地上から十方的地上となるのです。 総ての位置が転ずるのですから、物質も念も総てが変るのです。
これが元の元の元の大神の御神策なのです。
今迄は時が来なかったから知らすことが出来ないことでしたが、いよいよが来たので皆に知らせるのです。
百年も前からそら洗濯だ、掃除だと云ってきましたが、今日の為なのです。
岩戸開きの為なのです。
今迄の岩戸開きと同様でない、末代に一度の大岩戸(言答)ひらきなのです。
改心や心磨きによる洗濯が間に合うといいですね。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
八方的地上から十方的地上となるのです。
総ての位置が転じます。
ですから、物質も念も総てが変るのです。
これが元の元の元の大神の御神策です。
今迄は 時が来なかったから、知らすことが出来ないこともありました。
ですが、いよいよ時節が来たので皆に知せます。
出口なお女史などに神懸かりして、百年も前からそら洗濯です、掃除ですと云ってきました。
それというのも、今日の為です。
岩戸開きの為です。
今迄の岩戸開きと同じではないのです。
末代に一度の大岩戸(言答)開きになるのです。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(一巡目)
1897年ごろから、洗濯じゃと言ってきたのは、今日のためでありますよ。 岩戸開きのためですよ。 今までのサタンによる一方的な惨殺ゲームでない、この宇宙でのサタンの所業を終わらせるための大岩戸開きです。
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至恩の巻 第15帖 (113)
神の申すことは一分一厘違はんのであるぞ、
今度言ふことを聞かねば大変な気の毒となるぞ、
地(智)の下になって了ふのであるぞ、
12345678の世界が12345678910の世となりて、
012345678910の世となるのぢゃ、
012345678910が【マコト】と申してあろうがな。
裏表で二十二ぢゃ、
二二の五ぢゃ、
二二(ふじ)は晴れたり日本晴れぞ、
判りたか。
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■平易意訳■
神の云うこと(シナリオ含む)は一分一厘違わないのです。
今度言うことを聞かなければ大変な気の毒となるのです。
地(智)の下になってしまうのです。
12345678の世界が12345678910の世となりて、012345678910の世となるのです。 012345678910が【マコト】と云っているでしょう。
裏表で二十二です。
二二の五なのです。
二二(ふじ)は晴れたり日本晴れです、
判りましたか。
神の云うことは違わないようなので、云うことは何を云わんとしているのか理解して聞いた方が良さそうですね。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
神の説明したことは 一分一厘も違いません。
今度、言うことを聞かねば、大変な気の毒となります。
地(智)の下になってしまうのです。
神のいない「12345678」の世界が、「12345678910」の神の世となります。
その神の世が、「012345678910」の大元の神の世となるのです。
「012345678910」が【マコト】と説明してあります・
裏表で二十二です。
二二の五です。
二二(ふじ)は 晴れたり、日本晴れです。
判りましたね。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(一巡目)
暗号みたいなのですが、これも太陽に解読をお願いしたい内容です。
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トッチさんのメール
トッチです。
「12345678の世界が12345678910の世となりて」
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これは、「今までの世(1〜8)がグレンとなり、9 10(くとう)となる」
という意味だと思います。
0が加わる事により、始めの無い始まり、終わりの無い終わりが表現されるのかも知れません。
そして11個の数字となります。
11の奇数になりますと、中心の1点が出来ます。
肚に点が入る。
零一二三四五六七八九十に、もう1面の十九八七六五四三二一零が加わり(和して)二二(ふじ)となる。
こんな見方が出来ると思います。
「二二の五ぢゃ」
ふじ(真の理)の元じゃ!ってなかんじだと思います。
どうでしょうか
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ロックさんのメール
素敵( ̄▽ ̄)vでございます。
自分の言葉に出きるまでになると、かなり肚に入った状態にもなると思います。
これなどは、およそ当たりではないかという気がします。
これらの表の数字、裏の数字に当てはまる事象などが神示では示されていて、それらをミロクが理解すると記憶の中に隠された一厘を理解し、その影響を受けて枝葉の臣民も一厘にそった動きになるような感じでしょうか。
二つとないものは片輪では出せないということとも思いました。
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julaさんのメール
jula です。
トッチさんご苦労様です。
八方塞がり(12345678)の世界に、ひふみの神の仕掛けた仕組みにより最後の一厘を加えナルト(成十、 1234567890)を成す。
ここに神の霊が入り○テンとなって0に返る。 これすなわち01234567890。 十全の世界と成る。
右(水、月、地?)の世界で01234567890(11段階まで)、そして左(火、太陽、天?)の世界で01234567890(11段階まで)
表裏両方の11を合わせて二十二、二二、普字となる。
(普字: ≒ 普遍的な字 一二三四五六七八九十〇?なんていっているのかも?)
それぞれ横の拡がりを持つ世界がナルトにより縦の軸を持つようになる。
(○+十で、○の中に十だとヨコ、タテの拡がりを持った世界ともみえそうです)
その縦の軸を持った世界同士を合わせ、物質世界と霊の世界を連動?もしくは融合し、三千世界を成す。
ちなみに、握りこぶしは石のようでもあり、握っている状態では頭のようにも見えます。
開く事で1本の親指と、4本の指の五で成り立っている事が分かります。
元の世のそのまた元の世のそのまた元の世のキのカミ?は自身は頭、もしくは体として?両手で五と五、表裏、陰陽を持たせ様々な役割別れを与えたのだと思います。
あくまで頭、体があっての手、足です。
しかし現世では本当の頭を無いものとして、この握りこぶしがあたかも頭であるかのフリをして成り立たせているのだと思います。
すると、親指を頭(神、創造神)であるかのように見せかけ、残りの4本指、四方、両手合わせて八方でどうにかしようとする。
手は時に頭の代わりともなりますが本当の頭ではないため八までで立ち行かなくなる。
ただ、やはり右の五、左の五が必要です。
ナルトによって○テン、身魂にカミが納まる。
ナルトによって、両手、両足が正しく身体に位置する。
ナルトによって本来の王が頭に納まる。
これらあたりが不二は晴れたり日本晴れってことかもしれないですね。
ついでに、
八幡の大蛇は八つの頭、八つの尻尾を持つ。 でも手もなく体は一つです。
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本当の頭を無いものとして、親指をこの世の神、創造神、親神とみたて、残りの右の四本の指左の四本の指を大蛇の頭と見立てて八幡の大蛇として見せたのでは?
そうするとサタンは頭を欠いた両手に過ぎない。
本来は頭であるキのカミの意向の元に、身体にカミの霊を迎え入れナルトを成すべきところを、
自分こそが王であり頭となるべき者であると、故にどうにかできると、頭も身体も無視して、我よしの思い上がり、思い違いで事にあたっている。
所詮は役割を与えられた手のために、正しく頭を頂き、身魂にカミを迎え入れない事には三千世界の立替は不可能。
そんな八方塞がりとしかなりえないやり方を拳を握り締めつつずーっと続けている、なんて感じなのかも。
因みに 天は二一六、地は一四四 3:2ですが、
3+2=5となります。
そして一足す一は一としかなりえず、同様に二足す二は二にしかなりえない。
異なるものをあわせ和することで新たなものを生む、また自らの理解を深め新たな自分を成す。
これゆえ天、地、別の割合い、別の役割を持たせている、なんて感じなのでは?と思っています。
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トッチさんのメール
トッチです。
julaさんの解説は本当に親切丁寧で行き届いていますね。
足りない物は無い感じで、真似出来ない領域です。
サタンは頭が無い状態ですし、臣民は頭でっかちで目先が利かないのが困ったものですね。
3+2=5ですか。
そこまで考えが及びませんでした。
掘れば色々と出てくるものですね。
頭でっかちではなく、柔軟である事が必要のようです。
神示の解読は、かつて出てきた神示のフレーズを極力応用して使う事が、自分にとっても肚に入る良い手段となりますね。
julaさんの解説を読んで強く思います。
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至恩の巻 第16帖 (114)
太陽は十の星を従へるぞ、
原子も同様であるぞ。 物質が変るのであるぞ、
人民の学問や智では判らん事であるから早う改心第一ぞ、
二二と申すのは天照大神殿の十種(とくさ)の神宝に (テン)を入れることであるぞ、
これが一厘の仕組。
二二となるであろう、
これが富士の仕組、
七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、
なりなりあまるナルトの仕組。 富士(不二)と鳴門(ナルト)(成答)の仕組いよいよぞ、
これが判りたならば、
どんな人民も腰をぬかすぞ。 一方的に一神でものを生むこと出来るのであるが、
それでは終りは完う出来ん、
九分九厘で【リンドマリ】ぞ、
神道も仏教もキリスト教もそうであろうがな、
卍(ぶつ)も十(キリスト)もすっかり助けると申してあろうがな、
助かるには助かるだけの用意が必要ぞ。 用意はよいか。 このこと大切ごと、気つけおくぞ。 なりなりなりて十とひらき、
二十二となるぞ、
富士(普字)晴れるぞ、
大真理世に出るぞ、
新しき太陽が生れるのであるぞ。
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■平易意訳■
太陽は十の星を従えます。
原子も同様です。 物質が変るのです。
人民の学問や智では判らない事ですから早く改心第一なのです。
二二と申すのは天照大神殿の十種(とくさ)の神宝に (テン)を入れることでなのです。
これが一厘の仕組。
二二となるでしょう。 これが富士の仕組、
七から八から鳴り鳴りて十となる仕組、
なりなりあまるナルトの仕組。
富士(不二)と鳴門(ナルト)(成答)の仕組いよいよです。
これが判ったのであれば、どんな人民も腰をぬかします。
一方的に一神でものを生むことは出来るのですが、それでは終りは完う出来ないのです。
九分九厘で【リンドマリ】です。
神道も仏教もキリスト教もそうでしょう。
卍(ぶつ)も十(キリスト)もすっかり助けると云っているでしょう。
助かるには助かるだけの用意が必要です。 用意はいいですか。
このこと大切な事です。 注意しておきます。
なりなりなりて十とひらき、
二十二となるのです。
富士(普字)が晴れます。 大真理が世に出るのです。 新しき太陽が生れるのです。
ニニ(不二、富士)は二つとしてない物の納まるものとして考えてみますと、
一と二を足して導き出された三を理解することを、十種の神宝に (テン)を入れることと出来るかと思いました。
悪も抱き参らせると言うスタンスなので、卍も十もすっかり助けると言うことになるようですが、
その時に出る幽界の灰汁は地の下にいることになって、別の意味で人々に認識されない存在になるのかも。
そして、大真理が世に出た時に、生命体を新たに生み育てる太陽が生まれるのかと思いました。
昭和36年の頃は太陽と言う人物は認識されていませんので、自然的な意味合いで生命を育む太陽にかけて発言されているのかと取りました。 |
■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
太陽は 十の星を従えています。
原子も同様です。
物質が変りまする
人民の学問や智では 判らない事です。
早く改心するのが一番良いことです。
二二と云うのは 天照大神殿の十種(とくさ)の神宝に神(テン)を入れることです。
これが一厘の仕組です。
二二となります。
これが富士の仕組です。
これが、七から八から鳴り鳴りて十となる仕組です。
なりなり剰るナルトの仕組です。
「富士(不二)と鳴門(ナルト)(成答)の仕組」がいよいよ始まります。
仕組の中身が判ったら、どんな人民も腰を抜かします。
一方的に一神でものを生むこと出来るのです。
それでは 終りは完う出来ません。
九分九厘まで【リンドマリ】で止まってしまいます。
神道も仏教もキリスト教もそうでしょう。
卍(ぶつ)も十(キリスト)もすっかり助けると説明してあります。
助かるには 助かるだけの用意が必要です。
人民の用意は よいですか。
このこと大切ですから、注意しておきます。
なりなりなりて十と開き、二十二となります。
富士(普字)は 晴れます。
大真理が世に出ます。
新しき太陽が生れます。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(一巡目)
『 二二と申すのは天照大神殿の十種(とくさ)の神宝に (テン)を入れることであるぞ、これが一厘の仕組。』
とくさの神宝が何なのか、これも太陽でないと解読が出来ない内容のように思えます。
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