■平易意訳■
友を作りなさいと云っているでしょう。 友と云っても人間ばかりでないのです。
山も友であり、川も友です。 動植物も友なのです。
一人の友を得たら一つの世界を得たことになるのです。
何も彼も皆友なのです。 友は己です。
皆己となれば己がなくなるのです。
己なくなれば永遠に生きられるのです。 無限の己となるのです。
御神前で拝むもよいですが、空を拝みなさい。 山も川も拝みなさい。
野菜拝めば野菜が、魚を拝めば魚が神となり、又、己となるのです。
足らぬことのない「クワシホコチタルのウラヤス」の自分となるのです。
友に接するような心境で森羅万象に接すると全てが友となるのかも知れませんね。
孤独と言うものは本来自分しか見えなくなっているが故に起こる事なのかも知れません。
全てを友に出来た時に、足らぬことのない「クワシホコチタルのウラヤス」の自分となるようですが、
残念なことにクワシホコチタルのウラヤスの意味がわかりません。
ためしに字を当ててみます。
鍬始、矛、智、足るの浦安?=岩戸閉め以前の古き良き日本の自分となるのでしょうか?
矛はこのような意味のようです。
ほこ 1 【矛/▼鉾/▼戈/▼鋒/▼戟】
(1)両刃の剣に長い柄をつけた武器。刺突用。 古代に用いられたが平安時代からは薙刀(なぎなた)などにとってかわられ、儀仗・祭祀(さいし)に用いられるのみになった。
(2)武器。
(3)弓の幹(から)のこと。 ゆがら。
――を収・める
戦闘をやめる。 争いをやめる。
――を倒(さかしま)にす
矛の先を味方の方へ向ける。 裏切る。
「弐(ふたごころ)ある者出来て、―する事あるべし/太平記 38」
――を交・える
戦う。 戦(いくさ)をする。 一戦交える。
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浦安はこんな意味のようです。
うらやすのくに 【浦安の国】
〔「心安(うらやす)の国」の意〕心安らぐ国。 平安な国。 転じて、大和(やまと)の国。 また、日本の美称。
「日本は―/日本書紀(神武訓)」
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鍬始めを鍬始(クワシ)としているとするなら
くわはじめ くは― 【▼鍬始め】
農家で、正月吉日に畑に餅(もち)や米などを供えて農事始めとし、豊作を祝うこと。 [季]新年。 《天は晴れ地は湿ふや―/正岡子規》
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ち 1 【知/▼智】
(1)物の道理を知り、正しい判断を下す能力。 儒教における五常の一。
(2)〔哲〕
(ア)「知識(5)」に同じ。
(イ)知識を獲得するはたらき。
(3)〔仏〕〔梵 jna〕慧(え)の一。 真理に従って判断し、煩悩(ぼんのう)を打ち消す精神のはたらき。 《智》
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要は神に祀れば、(森羅万象を友にすれば)足るを知る智を得た平和な自分でいられる?ということかも。
■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
友を作りなさい。
友と云っても人間ばかりでないのです。
山も友です。
川も友です。
動植物も友です。
一人の友を得たら、一つの世界を得たことと同じことです。
何も彼も皆友です。
友は己です。
皆、己となれば己が無くなります。
己が無くなれば、永遠に生きられる無限の己となります。
御神前で拝ことも良いのですが、
空を拝みなさい。
山も川も拝みなさい。
野菜拝めば野菜が、魚を拝めば魚が、神となり己となります。
足らないことない
「クワシホコチタルのウラヤスの自分」
となります。
ロックさんの解釈 :(二巡目)
友つくれと言っているでしょう、
友と申しても人間ばかりでありませんよ、
山も友です、
川も友です、
動植物も友です。
一人の友を得たら一つの世界を得たことぞ、
何も彼も皆友ぢゃ、
友は己ぢゃ、
皆己となれば己なくなるぞ、
己なくなれば永遠に生きられる、無限の己となるぞ。
御神前で拝むもよいですが、
空を拝めよ、山も川も拝めよ、
野菜拝めば野菜が、魚を拝めば魚が神となり、又、己となるのです。
足らぬことないクワシホコチタルのウラヤスの自分となるのであるのです。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
森羅万象を友と思えれば、無限の己となれるというようなことを言っているようです。
これも思考が関係しますので、そう考えることでの現界から霊界に影響を与える動きなのかも知れません。
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五葉の巻 第04帖 (118)
お尻を出したらお尻をキレイにふいてやれよ、
怒ってはならん、
お尻を出されるには、出されるだけの何かの原因が己の中にあるのであるぞ。 利子は後からでよいと申すが先に払ふこともあるぞ、
先にお尻をふいてやらねばならんこともあるぞ。
世が迫って岩戸があいたのであるから、先にお尻をふく事も出てくるぞ、
思わぬお尻もち込まれることもあるなれど、怒ってはならん、
気持よくふいてやれよ、
やがては神がそなたのお尻をふいて下さるぞよ。
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■平易意訳■
お尻を出したらお尻をキレイにふいてやりなさい、怒ってはなりません。
お尻を出されるには、出されるだけの何かの原因が己の中にあるのです。
利子は後からでよいと云いますが先に払うこともあるのです。
先にお尻をふいてやらねばならないこともあるのです。
世が迫って岩戸が開いたのですから、先にお尻をふく事も出てくるのです。
思わぬお尻がもち込まれることもありますが、そのような時に怒ってはなりません。
気持よくふいてやりなさい。
やがては神がそなたのお尻をふいて下さるのです。
人民を育てるための何かはこの現実界においては、表面的には厄介ごとのように思えることの中に潜んでいるのかもしれませんね。
岩戸開きを乗り切る上での訓練の意味合いもあるでしょう。
ある面では、悪が九分九厘まで乗り込んでくる時には、そうとうの悪に対しての対処も知っておかなければ一厘まで持たないことでしょう。
そうした面も含めて、善を知り、悪を知り、どのような形で世の中にそれらが影響しているのか理解するためには、知識だけではなく経験や体験が一番だと思います。
それはさておいても、厄介事に思えることが起きても、気持ちよく対応することは大事なようです。
天然で出来るといいですね。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
お尻を出したら、お尻を綺麗に拭いて上げなさい。
怒ってはなりません。
お尻を出されるには出されるだけの何かの原因が己の中にあります。
利子は後からで良い云う方がいますが、先に払うこともあります。
先にお尻を拭いてやらねばならないこともあります。
世が迫って、岩戸が開いたのです。
ですから、先にお尻を拭く事も出てきます。
思わぬお尻を持ち込まれることもあります。
ですが、怒ってはなりません。
気持良く拭いてあげなさい。
やがては神がそなたのお尻を拭いてくれます。
ロックさんの解釈 :(二巡目)
お尻を出したらお尻をキレイに拭いて下さい、
怒ってはなりません、
お尻を出されるには、出されるだけの何かの原因が己の中にあるのです。
利子は後からで良いと申すが先に払うこともあるぞ、
先にお尻をふいてやらねばならんこともあるのです。
世が迫って岩戸が開いたのであるから、先にお尻を拭く事も出てくるぞ、
思わぬお尻もち込まれることもあるなれど、怒ってはならん、気持よくふいてやれよ、
やがては神がそなたのお尻をふいて下さるのです。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
岩戸が開いた際のことを言っているようです。
お尻をふくというのは、出された方の後始末をしてあげるという意味合いに聞こえます。
何やらその人に課された訓練の印象もします。
それらをきちんとこなしていくなかで、やがて神が自分のお尻を拭いてくれるようです。
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五葉の巻 第05帖 (119)
もの与へること中々ぢゃ、
心してよきに与へねばならんぞ。 与へることは頂くことと知らしてあろうが、
与へさせて頂く感謝の心がなくてはならん、
強く押すと強く、
弱く押すと弱くハネ返ってくるぞ。 自分のものと言ふもの何一つもないぞ、
この事判れば新しき一つの道がわかるぞ。
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■平易意訳■
物を与えることは中々です。
心して良いように与えねばなりません。 与えることは頂くことと知らしてあるでしょう。
与えさせて頂く感謝の心がなくてはなりません。 強く押すと強く、弱く押すと弱くハネ返ってくるのです。 自分の物と言うものは何一つもないのです。
この事が判れば新しき一つの道がわかるのです。
第4帖のお尻を拭いてあげる事にもつながりそうです。 その時の心構えでもあるようです。
この世で自分にその時与えられる物と言うのは、その時の状況において必要であるから借り出されているようなものなのかも知れませんね。 貨幣経済が終焉を迎えれば、必要な物はその時借りる形で、用が済めば返すようなものなのかもしれません。
いつか成長を果たして、上の階梯へ進む時も肉体もお返しすると言うような感じになるのかもしれませんね。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
もの与へること中々難しいです。
心して良いように与えてください。
与えることは頂くことです。
与えさせて頂く感謝の心が必要です。
強く押すと強く、弱く押すと弱く、ハネ返って来ます。
自分のものと言うものは何一つも有りません。
この事が判れば、新しき一つの道が理解できます。
ロックさんの解釈 :(二巡目)
物を与えることは中々です、
心して良きに与えねばならんぞ。
与えることは頂くことと知らしてあろうが、与えさせて頂く感謝の心が無くてはなりません、
強く押すと強く、弱く押すと弱くハネ返ってくるのです。
自分のものと言うもの何一つもありません、
この事判れば新しき一つの道がわかるぞ。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
世の中に蔓延しているギブアンドテイクを越えた、ギブアンドギブ(常に与える)の考え方でしょうか。
自分のものと言う物何一つもありませんということが判れば、新しき一つの道がわかるとありますので、新世界での貨幣経済を消失させた中での生き方の一つが判るということかと思います。
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五葉の巻 第06帖 (120)
仕事はいくらでもあるではないか、
七つの仕事があるぞ、
七人のかへミタマあると知らせてあろうがな、
高く昇らねば遠くは見えん、
目の先ばかり見ているから行きつまるのぢゃ、
道には落し穴もあるぞ、
心得て、仕事に仕へまつれよ。
岩戸はひらかれてゐるのに何してゐるのぞ、
光がさしてゐるのに何故背を向けてゐるのぞ、
十の仕事して八しか報酬ないことあるぞ、
この場合二は神にあづけてあると思へよ、
神の帳面あやまりなし、利子がついて返って来るぞ、
まことのおかげはおそいと申してあろうがな。
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■平易意訳■
仕事はいくらでもあるではないですか。 七つの仕事があるのです。
七人の替えミタマがあると知らせてあるでしょう。
高く昇らねば遠くは見えません。
目の先ばかり見ているから行きつまるのです。
道には落し穴もあるのです。
心得て、仕事に精進して下さい。
岩戸は開かれているのに何をしているのですか。
光がさしているのに何故背を向けているのですか。
十の仕事して八しか報酬ないこともあるのです。
この場合二は神に預けてあると思いなさい。
神の帳面は誤りなしなのです。
利子がついて返って来るのです。
真・誠のおかげは遅いと云っているでしょう。
七つの仕事の例えは、いくらでも仕事はあるという意味合いかも知れません。
七人の替え身魂があるようです。
これもその働きが色んな面で出て来るとしたら、七人でもあり、また七人ではないという感じになるかも。
目の先のことではなく遠くに目を向けるようにしなくてはいけないようです。
その道には、落とし穴もあるようで、この道を目指す方は様々な落とし穴にはまって鍛えられている部分もあるのかもしれませんね。
そうしたことも心得て仕事に精進するというような意味ならわかるかも。
○
岩戸は開かれているのに何をしているのですか。
光がさしているのに何故背を向けているのですか。
十の仕事して八しか報酬ないこともあるのです。
この場合二は神に預けてあると思いなさい。
このあたりは、それぞれに何か該当するような事象があるのかも知れません。
誠のおかげというものは、人間世界では種を蒔いても相当時間のかかるものなのかもしれませんね。
それは何代も転生を繰り返して蒔いてきたような内容かもしれません。
何を繰り返してきたのかは、自らの癖や動向をよく観察すると判ってくるのかも。
それをしたら、仕事に何が必要かは理解出来る部分もあるでしょうし、その上で癖を直すために出来ることをするとか、
選択肢も出てくるような気もします。
|
■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
仕事はいくらでもあります。
七つの仕事があります。
七人の替え身魂があります。
高く昇らねば、遠くは見えません。
目の先ばかり見ているから行き詰まります。
道には落し穴もあります。
その道理を心得て、仕事に仕えなさい。
岩戸は開かれているのに何をしているのですか。
光が射しているのに何故に背を向けていますか。
十の仕事をして、八しか報酬が無いこともあります。
この場合、二次ぎは神に預けてあると思いなさい。
神の帳面は誤りがありません。
利子がついて返って来ます。
誠・真のお陰(御利益)は遅いのです。
ロックさんの解釈 :(一巡目)
仕事はいくらでもあるではないですか、
七つの仕事がありますよ、
七人の替えミタマあると知らせてあろうがな、
高く昇らねば遠くは見えません、
目の先ばかり見ているから行きつまるのぢゃ、
道には落し穴もあるのです、
心得て、仕事に仕へまつって下さい。
岩戸は開かれているのに何しているのですか、
光が射しているのに何故背を向けているのですか、
十の仕事して八しか報酬ないこともありますよ、
この場合二は神に預けてあると思ってください、
神の帳面誤りなし、
利子がついて返って来るぞ、
真のおかげはおそいと言ってあるでしょう。
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■解説と補足説明■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
仕事はいくらでもあります。
七つの仕事があります。
七人の替え身魂があります。
高く昇らねば、遠くは見えません。
目の先ばかり見ているから行き詰まります。
道には落し穴もあります。
その道理を心得て、仕事に仕えなさい。
岩戸は開かれているのに何をしているのですか。
光が射しているのに何故に背を向けていますか。
十の仕事をして、八しか報酬が無いこともあります。
この場合、二次ぎは神に預けてあると思いなさい。
神の帳面は誤りがありません。
利子がついて返って来ます。
誠・真のお陰(御利益)は遅いのです。
ロックさんの解釈 :(一巡目)
七つの仕事に七人の替えミタマ、七つの仕事ですから、例えば解読の作業、サイト管理、地震研究、というような分野別の仕事にそれぞれ七人の作業する人がいれば、それに替えミタマを待機させていると言うことでしょうか。
岩戸はいつなのかはわかりませんが、何かをきっかけに開いているようです。
もしも、タイムリーに今、開いているのであれば、現時点の仕事に背を向けずにしっかり頑張ってくださいと叱咤激励している感じがします。 地道なことほど、おかげは遅いのは世の常ですね。
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五葉の巻 第07帖 (121)
昨日は昨日、今日は今日の風、
昨日に囚われるなよ、
人民の道は定まってゐるなれど、
目の前だけしか見えんから踏み迷ふのであるぞ。 薬飲んで毒死せんように致しくれよ、
薬は毒、毒は薬ぢゃ、
大峠にも登りと下りとあるぞ、
馬鹿正直ならん、
頭の体操、ヘソの体操大切ぞ。
|
■平易意訳■
昨日は昨日、今日は今日の風、昨日に囚われるないようにしなさい。
人民の道は定まっていますが、目の前だけしか見えないから踏み迷うのです。
薬飲んで毒死しないようにしなさい。 薬は毒、毒は薬なのです。
大峠にも登りと下りとあります。 馬鹿正直はなりません。
頭の体操、ヘソの体操が大切なのです。
頭の体操、へその体操が必要なようです。
○薬飲んで毒死しないようにしなさい。 薬は毒、毒は薬なのです。
○大峠にも登りと下りとあります。
この二つは、二枚舌のダブルスタンダードでよくあることかもしれません。
薬も、体に投与する薬もあれば、反省を促す内容も自らを反省する薬になります。
民主主義の世の中で、これは素晴らしい世の中を立て直す代物だとみんなが大挙して決めたようなものは、
実際は、己の利権獲得のためのものであって、それは薬ではなく毒でしかないものもあるかと思います。
みんなが賛成する中で、反対をいうこの内容に実は毒ではなく薬になるようなものがあることもあるかと思います。
表向き上手い話、きれいな話は素直に疑ってかかるというのは、この世の中では必要なことなのかもしれません。
へその体操ってなんでしょう(==;;;;
何処に繋がるのか考える体操でしょうか。
中心に何があるか考える体操かも。
生命体として一番何が必要なのかを考えることでしょうか。
へそ 0 【▼臍】
(1)腹部の中央にある、臍の緒のとれたあと。 大人は普通、穴のようにへこんでいる。 ほぞ。 臍窩(さいか)。
(2)物の中央にある、突起または陥没した部分。
「あんパンの―」
(3)石臼(いしうす)・重ね家具などの重なりの部分にある小さな突起。
(4)物の中央にあたる部分。 また、最も重要な部分。 中心。 ポイント。
「日本の―」「文章に―がない」
――が宿替(やどが)えする
「臍(へそ)で茶を沸(わ)かす」に同じ。
――で茶を沸(わ)かす
おかしくてたまらない、ばかばかしいほど滑稽である、笑止千万である、などの意にいう。 臍が宿替えする。 臍が茶を沸かす。
――を曲・げる
機嫌を悪くして、かたくなな態度になる。 つむじを曲げる。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
昨日は昨日、今日は今日の風、昨日に囚われないで下さい。
人民の道は定まっています。
目の前だけしか見えないから踏み迷うのです。
薬を飲んで、毒死しないように致して下さい。
薬は毒、毒は薬です。
大峠にも登りと下りとあります。
馬鹿正直ではいけません。
頭の体操が大切です。
ヘソの体操が大切です。
ロックさんの解釈 :(二巡目)
昨日は昨日、今日は今日の風、昨日に囚われるなよ
(時節はリアルタイムに変っていくので昨日に囚われることの無いように)、
人民の道(行く末)は定まっていますが、目の前だけしか見えないから(苦しさに耐えかねて)踏み迷うのです。
薬飲んで毒死せんように致しくれよ、
薬は毒、毒は薬ぢゃ、
大峠にも登りと下りとあるぞ、
馬鹿正直なりません、
頭の体操、ヘソの体操大切なのです。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
見たままのような気がするのですが、いい話が来て苦しさを解消できるかと思いきや毒のような悪い話(罠)であったというような話にもなるかとも思いました。
大峠にも登りと下りがありますので、時節をよく考えてバカ正直はいけません。
頭を鍛えることと、へそ=腹で悟る体操は大切なのです。
太陽に支援している方がたに言っているような話にも取ってしまいました。
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五葉の巻 第08帖 (122)
出し切って了ふと味がなくなるぞ、
自分の力がかくせぬようでは大仕事は出来んぞ。
取り越し苦労、過ぎ越し苦労はやめて下され、
地球と言ふ大船に乗って一連託生ぢゃ、
現在の仕事が御神業と心得よ、
不満をもってはならん、
そなたが招いた仕事でないか。 この道理判らねば迷信の迷路に入るぞ。
|
■平易意訳■
出し切ってしまうと味がなくなります。
自分の力が隠せないようでは大仕事は出来ません。
取り越し苦労、過ぎ越し苦労はやめて下さい。
地球と言う大船に乗って一連託生なのです。
現在の仕事が御神業と心得なさい。 不満をもってはなりません。
そなたが招いた仕事でないですか。
この道理判らなければ迷信の迷路に入りますよ。
考えすぎずに現在の仕事を行うようにしなさいとのアドバイスでもあるようです。
この地球劇場で例えば仕事といえばお給料をもらえる仕事ともなりそうですが、それらも地球劇場という場では、
人から貨幣をせしめることが仕事でもありますし、それを避けては生活していく事が出来ません。
それについては恐らく避けることは出来ないことなのだから、とり越し苦労などをしすぎることはやめるように云っているのかもしれません。
活動する際にも、力を見せびらかさず謙虚に行うことは基本であるようです。
自らが選んだ仕事は何であれ御神業のようです。 不満は無しということのようです。
この道理が判らなければ、永久に繁栄していくことの無い迷信の迷路に入り込んでしまうようです。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
出し切ってしまうと、味が無くなります。
自分の力が隠くせないようでは大仕事は出来ません。
「取り越し苦労」や「過ぎ越し苦労」は止めて下さい。
地球と言う大船に乗っていますから、一連託生になります。
現在の仕事が御神業と心得なさい。
不満を持ってはなりません。
そなたが招いた仕事です。
この道理が判らねば、迷信の迷路に入ります。
ロックさんの解釈 :(二巡目)
出し切って了ふと味が無くなりますよ、
自分の力が隠せないようでは大仕事は出来ません。
取り越し苦労、過ぎ越し苦労はやめて下さい、
地球(地球籠)と言う大船に乗って一連託生です、
現在の仕事が御神業と心得よ、
不満を持ってはなりません、
そなたが招いた仕事でないか。
この道理判らねば迷信の迷路に入りますよ。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
現在の仕事はそれぞれがついている職業とすれば、その仕事自体が訓練のために設置した物ということを指しているのかも知れません。
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五葉の巻 第09帖 (123)
平等とか公平とか申すのは悪魔のワナであるぞ、
天地をよくみよ、
人民の申す如き平等も公平もないであろうがな、
一寸のびる草もあれば一尺のびる草もあるぞ、
一寸の草は一寸が、
一尺の草は一尺が頂天であるぞ。
これが公平であり平等と申すもの。
人民は選挙と申すマヤクに酔ってゐるぞ、
選挙すればする程、本質から遠ざかるぞ。
他に方法がないと定めてかかるから、
悪魔に魅入られてゐるから判らんことになるぞ。
世は立体であるのに平面選挙していては相成らんぞ。
平面の数で定めてはならん、
立体の数に入れよ。
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■平易意訳■
平等とか公平とか云うのは悪魔のワナなのです。
天地をよく観なさい。
人民の申す如き平等も公平もないでしょう。
一寸のびる草もあれば一尺のびる草もあるのです。
一寸の草は一寸が、一尺の草は一尺が頂天なのです。
これが公平であり平等というものなのです。
人民は選挙という麻薬に酔っています。
選挙すればする程、本質から遠ざかります。
他に方法がないと定めてかかり、悪魔に魅入られているから判らんことになるのです。
世は立体であるのに平面選挙していては相成りません。 平面の数で定めてはなりません。
立体の数に入れなさい。
転生などの概念無しに平等や公平というものを当てはめてもどうしようもないようです。
それぞれの身の丈にあった見方をすることが平等であるようです。
選挙は麻薬であると云っています。
このご時世に出来ることは選挙によってではなく、自らが身の丈で考え動くことによって出来ること、理解出来ることなどがあるようです。
宇宙と言う物も、最初はとても小さい領域から始まったものなのでしょうか。
それが広大な時間をかけて少しずつ成長し膨張していった。
そんなことを選挙という物がない世の中のことを考えたときに思いました。
自分の理解出来る領域の世界を少しずつ検証し、真理を追究していく、この作業の繰り返しが、立体とも繋がりを持つようになり森羅万象を友にして弥栄えして行く、その先に生命体としての進化があり、膨大な時を経て、早い遅いはあるでしょうが、やがては宇宙を創造するような存在になっていくというのが、生命体の筋道で、そこには選挙というような物は
存在し得ないのかなと思いました。
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せんきょ 1 【選挙】
(名)スル
(1)組織・団体において、役員や代表者を選出すること。 特に、選挙権を有する者が投票によって議員や一定の公職に就く者を選び出すこと。
「役員を―する」
(2)多くの人の中から選び出し、推薦すること。
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○選挙というのは、組織とか団体においてのものであるとあります。
主義主張を叶えてくれると他人に棚上げした姿が選挙に繋がってくるのかも知れません(個人的な感想です)
2005年7月現在、自らが掲げた法案に反対するならば、議会を解散すると選挙を盾にとって脅している方もいますが、
このご時世ですから選挙と言う麻薬に酔っている事例はたくさんあるのかもですね。
立体を入れた考えにはほど遠いかもしれませんが、ひふみを通して、臣民に手助けをしてくれる存在がいるということを知ることから、それを検証し確認するための努力を行うと言う点は、手ほどきしていただける存在は、目には認識されませんので立体について考える窓口にはなるかと思います。
(先の帖で目先のことばかりなんて書いてあった内容がありましたので、宇宙を創造する存在になっていくなんて飛躍してみましたが、生命体としての身の丈もあるでしょうから、極論かも。。。)
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