■平易意訳■
伊豆幣帛(いづぬさ)を 都幣帛(とぬさ)に結び 岩戸ひらきてし。
ウヨウヨしている霊かかりにまだ、騙されている人民が多いですね。 何と云えば判るのでしょう。 奇跡を求めたり、我良しのおかげを求めたり、下級な動物のイレモノとなっています。 それに囚われているから、騙されるのです。
霊媒の行いをよく見ればすぐ判るでしょう。 早く目を覚ましなさい。
因縁とは云いますが、そのままでは可哀想だから、何度も云って聞かせているのです。
誠・真の道に帰りなさい。 真・誠とは 一二三四五六七八九十と云っているでしょう。
その裏は十九八七六五四三二一 で、合せて二十二なのです。
二二が真理と知らしてあろう、二二が富士(不二、普字)と云っているでしょう。
まだ判りませんか。
誠・真の道に帰りなさい。 真・誠とは 一二三四五六七八九十と云っているでしょう。
その裏は十九八七六五四三二一 で、合せて二十二なのです。
二二が真理と知らしてあろう、二二が富士(不二、普字)と云っているでしょう。
表裏一体の合わさった二つと無いものがひふみの神の云わんとしている真理であり、その真理に届かせないように、ウヨウヨしている霊かかりなどが片方に偏るように暗躍しているのかも知れません。
その取り憑かれるのも因縁とはいうものの、そのままでは可哀想だから目を覚ましなさいと云っています。 取り憑かれた経験から振り返るに、物事の解決を外に求めているうちは、気づけないかも知れません。 自らにその引き寄せている原因があると気づき、その根本を正さなければ難しいように思います。
ウヨウヨの霊かかりされている方は、その根本が悪霊による物とか、やれ除霊などとこの御札は効くとか、奇跡を売り込みますが、そんなもので解決できるわけはなく、本当の原因は自らの考え方、世界の認識の仕方にあるような気がします。 考え行動した事が因縁を作り出し、それを気づかないままに繰り返すがために起こる事ではないかと。
奇跡の世界は、そのような世界があると思い込むことで本来はない幽界を作り出し、その世界の産物にすがっているだけのような気がします。 自己満足の世界かと思います。
富士の理解への道は、今どれくらい来たのでしょう。 話として理解できたとしても、体が理解するまでには実践も必要でしょうから、悪の御用の皆さんは、さあ時が来たから改心だと言っても、すぐには行かない難しさがありますね。
本音としては、悪の御用があるから(自らがその走狗と成り果てていたことがあるから)、サイトの内容についても納得が云った経緯もありますので、もっと気づける方もいるだろうという希望を持ちたい所です。
伊豆幣帛(いづぬさ)を 都幣帛(とぬさ)に結び 岩戸ひらきてし。
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伊豆の神前に供える供え物を都(みやこ)の神の神前に結び、岩戸は開かれます。
武家が信仰する神ということで、
戦いの神(神サタン)に供える供え物(ウヨウヨの霊かかりした人民)を月人(戦争大好きな支配層の方々)の作り上げた都市(都会)にお供え物(者)を結び(定住)させることで、お供えは万全となり、岩戸は開かれます。
と解釈してみましたが、そのままでは可哀想とひふみの神も云われているので、お供え物(者)も少し多いのかも知れませんね。
いずさんじんじゃ いづさん― 【伊豆山神社】
熱海市伊豆山にある神社。 祭神は伊豆山神。 源頼朝が厚く尊崇し、北条氏・徳川氏らの武家によっても代々信仰された。 走湯(はしりゆ)山権現(ごんげん)。 伊豆山権現。 伊豆権現。
へいはく 0 【幣▼帛】
(1)神前に供える物の総称。 みてぐら。 にきて。 ぬさ。
(2)贈り物。 進物。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
伊豆幣帛(いづぬさ)を都幣帛(とぬさ)に結び岩戸ひらきてし。
ウヨウヨしている霊懸かりに、まだ、騙されている人民が沢山います。
何と説明したら判るのでしょうか。
奇跡を求めたり、我良しのお陰(御利益)を求めたり、下級な動物のイレモノとなっています。
囚われているから、騙されるのです。
霊媒の行いをよく見れば、直ぐ判るでしょう。
早く目を醒ましなさい。
因縁とは 云いながら、可哀想ですから、くどくどと云い聞かせているのです。
誠・真の道に返りなさい。
真・誠とは 「0一二三四五六七八九十」と説明してあるでしょう。
その裏は 「十九八七六五四三二一0」で、合せて二十二です。
二二が真理と知らしてあるでしよう。
二二が富士(不二、普字)と説明してあるでしょう。
まだ判りませんか。
ロックさんの解釈 :(二巡目)
伊豆幣帛(いづぬさ)を 都幣帛(とぬさ)に結び 岩戸ひらきてし。
ウヨウヨしている霊かかりにまだ、だまされて御座る人民多いのう、
何と申したら判るのであるか、
奇跡を求めたり、
我良しのおかげを求めたり、
下級な動物のイレモノとなっているから、囚われているから、だまされるのぢゃ 、
霊媒の行いをよく見ればすぐ判るでないか。
早う目覚めよ、
因縁とは申しながら、可哀想なからくどう申して聞かせているのであるぞ、
マコトの道に返れよ、
マコトとは 一二三四五六七八九十と申してあろう、
その裏は十九八七六五四三二一 で、合せて二十二であるぞ、
二二が真理と知らしてあろう、
二二が富士(不二、普字)と申してあろうが、まだ判らんか。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
"ニニ" = 調和やバランスを意味する物であるなら、表も裏も同じ物であると言うことかも知れません。 それを善と悪を分けて考えているところに間違いが発生していることを示しているかと取りました。
へいはく 0 【幣▼帛】
(1)神前に供える物の総称。 みてぐら。 にきて。 ぬさ。
(2)贈り物。 進物。
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紫金の巻 第04帖 (134)
豊栄に 栄り出でます 大地(くに)(九二)の太神。
大掃除はげしくなると世界の人民皆、仮四の状態となるのぢゃ、
掃除終ってから因縁のミタマのみを神がつまみあげて息吹きかへしてミロクの世の人民と致すのぢゃ、
因縁のミタマには (カミ)のしるしがつけてあるぞ、
仏教によるもののみ救はれると思ってはならんぞ、
キリストによるもののみ救はれると思ってはならん、
神道によるもののみ救はれると思ってはならん、
アラーの神によるもののみ救はれるのでないぞ、
その他諸々の神、それぞれの神によるもののみ救はれるのではないぞ、
何も彼も皆救はれるのぢゃ、
生かすことが救ふこととなる場合と、
小呂すことが救ふことになる場合はあるなれど。
使用された特殊文字
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■平易意訳■
豊栄に 栄り出でます 大地(くに)(九二)の太神。
大掃除が激しくなると世界の人民は皆、仮死状態となるのです。
掃除が終ってから因縁の身魂のみを神がつまみあげて蘇生してミロクの世の人民と致すのです。
因縁の身魂には (カミ)の印がつけてあるのです。
仏教による者のみ救われると思ってはなりませんよ。
キリストによる者のみ救われると思ってはなりません。
神道による者のみ救われると思ってはなりません。
アラーの神による者のみ救われるのでないのです。
その他諸々の神、それぞれの神による者のみ救われるのではないのです。 何も彼も皆救われるのです。
生かすことが救うこととなる場合と、殺すことが救うことになる場合はありますが、、、
大掃除が激しくなると世界の人民は皆仮死状態となるようです。 この場合は、都市攻撃などでお亡くなりになっても
魂などは、すぐには、お亡くなり(消滅)もしくはサタンに食されるとこまでは行かないのかも。
掃除(ノアの大洪水)が終わってから因縁の身魂のみを神がつまみあげてミロクの世の人民とするようです。
助ける者には、 の印がつけてあるそうです。 この辺りが黙示録の六百六十六に関する予言の神の印と関連がありそうななさそうな。 ヨハネの黙示録が降りた当時、ヨハネにはその印が目に映ったから、その印のない者は、物を買うことも出来なかったというのは、要はミロクの世では の印がなく身魂のすくい上げられなかった方がたは、
「生活できなかった」
「生きていく事が出来なかった」
と云っているのかも知れませんね。 ミロクの世には貨幣経済は存在しないと思いますが、ヨハネには貨幣経済が存在しないという事がピンと来なかったからかな?
一神教のキリスト教の神さんには、それは獣に見えちゃったかな?
ヨハネの黙示録より、
また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。
この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。
ここに、知恵が必要である。 思慮ある者は、獣の数字を解くがよい。
その数字とは、人間をさすものである。 そして、その数字は六百六十六である。
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生かすことが救うこととなる場合と、殺すことが救うことになる場合はありますが、、、
幽界の産物はことごとく消えるのかも知れません。 もともと無い世界の産物ですから、それにつながる
存在も消してあげる事が救いになるのかも知れません。 それらはサタンに食べさせるために必要な御用のための存在だったというべきでしょうか。 そういった存在に因縁とはいえ、一緒に行動しているミロクの世の民になるべき方々もいるから、その方々が可哀想でミロクが降臨してあれこれ活動している部分もあるのかも。 この方ミロク、悪の方々がかわいいともありましたね。
(豊栄に関する小話)、新潟に今年三月に合併して出来た都市が豊栄というようです。
金色の土竜ちゃんが出てきたのも佐渡ですが新潟県ですね。
大地の九二の大神は、地震か何かでどかんと登場でしょうか、、、
(注(^^)最近の事象を引っ張り出した我田引水的な内容なので取り扱い注意です)
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
大掃除はげしくなると世界の人民皆、仮死の状態となるのです。
掃除が終ってから因縁のミタマのみを神がつまみあげて息吹きかへしてミロクの世の人民と致すのです。
因縁のミタマには (カミ)の印がつけてあります。
仏教によるもののみ救はれると思ってはなりません。
キリストによるもののみ救はれると思ってはなりません。
神道によるもののみ救はれると思ってはなりません。
アラーの神によるもののみ救はれるのでもないのです。
その他諸々の神、それぞれの神によるもののみ救はれるというこでもありません。
何も彼も皆、救はれるのです。
生かすことが救ふこととなる場合と、殺すことが救ふことになる場合はあるのですが、
ロックさんの解釈 :(二巡目)
大掃除激しくなると世界の人民皆、仮四(仮死)の状態となるのぢゃ、
掃除終ってから因縁のミタマのみを神がつまみあげて息吹きかへしてミロクの世の人民と致すのぢゃ、
因縁のミタマには (カミ)の印がつけてあるぞ、
仏教によるもののみ救はれると思ってはならんぞ、
キリストによるもののみ救はれると思ってはならん、
神道によるもののみ救はれると思ってはならん、
アラーの神によるもののみ救はれるのでないぞ、
その他諸々の神、それぞれの神によるもののみ救はれるのではないぞ、
何も彼も皆救はれるのぢゃ、
(この場合は)生かすことが救うこととなる場合と、小呂す(殺す)ことが(宇宙を?)救うことになる場合はあるなれど。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
現在それぞれに置かれた環境の中で生きながら改心出来る方々と死んでから改心出来る方々がいるようです。
それぞれの立場での改心を済ませることで晴れてミロクの世の人民となる事が出来るようです。
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ロックさんのメール
ロックです。
難解な内容です。 一応今日最後の解読にしておきます(^^)
大分長文で走りましたので、頭も落着かないと
やられちゃうかも。
また見直します。
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紫金の巻 第05帖 (135)
岩戸ひらき 御祷(みほぎ)の神宝(たから) たてまつらまし。
月は赤くなるぞ、
日は黒くなるぞ、
空はちの色となるぞ、
流れもちぢゃ。
人民四つん這(ば)ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ、
大地震、ヒの雨降らしての大
洗濯であるから、
一人のがれようとて、
神でものがれることは出来んぞ、
天地まぜまぜとなるのぞ、
ひっくり返るのぞ。
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■平易意訳■
岩戸ひらき 御祷(みほぎ)の神宝(たから) たてまつらまし。
月は赤くなります。 日は黒くなります。 空は血の色となります。 川の流れも血の色になります。
人民は四つん這(ば)いやら、逆立ちやら、立つ事すら出来なくなることに一時はなるのです。 大地震、火の雨降らしての大洗濯ですから、一人だけ逃れようとしても、神でも逃れることは出来ませんよ。
天地まぜまぜとなるのです。 ひっくり返るのです。
大掃除の描写のようです。
岩戸ひらき 御祷(みほぎ)の神宝(たから) たてまつらまし。
御祷(みほぎ)の神宝(たから)がどういうものなのでしょう。 下記の太陽さんの紹介された資料はその神宝が何かを考える材料になりますね。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
岩戸ひらきでは 御祷(みほぎ)の神宝(たから)をたてまつりなさい。
(岩戸開きには お祝いの神宝を奉りなさい。)
月は 赤くなります。
日は 黒くなります。
空は 血の色となります。
河は 血で血の色になります。
人民は 四つん這(ば)ひやら、逆立ちやら、のたうち回る様に一時は なるのです。
大地震、火の雨降らしての大洗濯であるから、一人逃れようとても、神でも逃れることは出来ないのです。
天地は まぜまぜとなるのです。
天地は ひっくり返るのです。
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■解説と補足説明■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
月のハナシ「神々の謎」
ひとつの古代神話から編まれたふたつの記紀神話、古事記と日本書紀は異なったところがある。 また政治基盤の確立の為に編まれた日本書紀はちょっと考えられない、変わったところがある。
日本書紀で、アマテラスは天孫降臨時に何もしていない。 ホノニニギは確かに孫神にあたるが、降臨を命じるのはタカミムスヒという神である。 タカミムスヒは最初に生まれた万物創世の霊妙なる神である。 オシノホミミとタカミムスヒの娘の子神がホノニニギなので、タカミムスヒはアマテラスと同じホノニニギの祖神であり、皇祖神である。 伊勢神宮に秘かに祀られる高皇産霊神こそが真の皇祖神といわれている。
日本書紀に、ホノニニギと別にニギハヤヒというもうひとりの天孫が出てくる。 ニギハヤヒは、オシノホミミの子神で、トヨミケヌの東征以前に大倭国に入り、この地を治めるナガスネヒコの妹を娶ったという。 三種の神器に対して死人を甦らせる力を持つ十種の神宝という天孫の印を持つ。 東征時に抗うナガスネヒコを殺し、国を譲ったという。 オシノホミミはあちらこちらに子神を生ませたらしく、ナガスネヒコはトヨミケヌにどちらかが偽者の天孫でないかと訊ねたところ、「天孫はたくさんいるが国を先に治めた者が本者」と答えたという。 つまりトヨミケヌは自力で大倭国を落とし、天孫になったのでない。 もしナガスネヒコとニギハヤヒが組んでいたら天孫は違っていたかもしれない。 サルタヒコといい、ニギハヤヒといい、なぜ天孫を譲ったのか。 ニギハヤヒは大倭国を治めていて、その後に大和朝廷に仕えた豪族物部の氏神である。 十種の神宝は天武天皇に捧げられ、この神宝を用いる鎮魂の法も伝えられた。 物部氏は同じく朝廷に仕えていた蘇我氏との宗教戦争で、仏教を押す蘇我氏に対し、頑なに神道を押した。 しかし朝廷は蘇我氏につき、物部氏は絶えてしまう。 神を護って絶えた物部氏と王権維持の為に神を捨てた朝廷。 日本書紀と逆の出来事が歴史にあった。
記紀神話以後の大和朝廷でも、天皇家は万世一系ではない。 一説に第15代応神天皇、第26代継体天皇に交代劇があったという。 歴史の中で天皇家は幾度と絶えそうになったが、いまなお絶えない。 なぜか。 皇祖神天照大神以上に触れられない天皇家のタブーである。
日本書紀で、三種の神器は二種の神器であった。 二種の神器と天孫の印と書かれ、玉は後で付け加えられた。 また玉も珠(稲穂の種という説)であり、曲玉でない。 なぜ印が珠になり曲玉になり、神器に加えられたのかわからない。 曲玉は考古学で剣や鏡より古い時代のものであり、動物の牙歯や心臓をかたどった狩猟の祭祀用飾玉という。 また一説に三日月をかたどった月の霊力や呪力を宿らせた祭祀用飾玉という。 剣は熱田神宮に、鏡は伊勢神宮に祀られているのに、玉だけは天皇が祀っている。 もう一説に玉は侵略国の王権のシンボルで、その王の、荒ぶる神の祟りを畏れ封じる為に祀っているという。 祀られた王は、神は明かされていない。
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饒速日尊
ニギハヤヒノミコト
別称:天照国照彦火明櫛玉饒速日命(アマテルクニテルヒコホアカリクシタマニギハヤヒノミコト)、邇芸速日命
性別:♂
系譜:天忍穂耳神の子、子は宇摩志麻遅神、物部氏の祖神
神格:穀霊神
神社:石切剣箭(イシキリツルギヤ)神社、物部神社、高倉神社
饒速日尊が天上の神から授かった職能は、古代の呪術を司るという役目である。
神武東征に先立ち、饒速日尊は天照大神の命で、十種の神宝(トクサノカンダカラ)を授かって天磐船に乗って天降る。 ここでの彼の活躍については、神武東征を熟読してほしい。 ここでは、東征神話の項で扱わなかった、彼が授かった十種の神宝について詳しく見ていこう。
これは、天璽端宝(アマツシルシノミズタカラ)ともいわれ、「旧事日本紀」によれば、澳都鏡(オキツカガミ)、辺都鏡(ヘツカガミ)、八握剣(ヤツカノツルギ)、生玉(イクタマ)、死反玉(マガガエシノタマ)、足玉(タルタマ)、道返玉(チガエシノタマ)、蛇比礼(ヘビノヒレ)、蜂比礼(ハチノヒレ)、品物比礼(クサグサノヒレ)という十種であったという。 大別すれば、鏡、剣、玉という三種の神器の構成に比礼がプラスされている形になる。
古来、鏡、剣、玉は、大いなる呪力を持つ祭器とされてきたものである。 この十種の神宝について詳しくは記されていないが、おそらく、鏡は物事の本当の姿を写し出し繁栄させる力、剣は邪悪なものを退ける力、玉は生命力をもたらし、肉体を充足させ、あるいは死者をよみがえらせて魂を呼び戻す、といった力を発揮するものだったようである。 また、比礼とは古来、女性が正装するときに肩に掛ける薄くて細長い布(領巾=ヒレ)のことで、中国の民族舞踊などでよく見かけるものだ。 昔からこの比礼を振ると災いを払う呪力が生まれると信じられていたのである。
この十種の神宝は、物部氏の祖神とされる饒速日尊の息子の宇摩志麻遅神が神武天皇に献上。 神宝の呪力によって天皇の健康を祈ったといい、こうした宮廷での呪術祭祀が、やがて宮廷で行われるようになった鎮魂祭の起源だとされる。 饒速日尊を遠祖とする物部氏は古代の有力氏族で、宮廷の鎮魂祭、大嘗祭などの祭祀にも深く関わっていた。 要するに、さまざまな古代祭祀を管理する立場にあったわけで、そういう実際の職能が強力な呪力の神宝を所有する神のイメージへとつながったのだろう。
とにかく、十種の神宝という呪術祭祀の道具を支配する饒速日尊、それを受け継いだ宇摩志麻遅神というのは、死者を生き返らせたり、去っていこうとする魂を呼び戻したりする力を持っているということである。 これを我々の日常生活に引きつけていえば、病気治癒、健康増進のパワーを司る神ともいえよう。
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ロックさんの解釈 :(二巡目)
『 天地まぜまぜ 』
ノアの大洪水かと思われます。 これは、地上に幾人かいる月人も逃れる事が出来ないとも出来るかも知れません。
『 月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空は血の色となるぞ流れも血じゃ。』
ノアの大洪水の前兆現象の様子を現しているかと思います。
『 日は黒くなるぞ 』
これが少し分かりませんが、都市攻撃のUFOが50km程の大きさであるなら、日(太陽)は黒くなるかとも思われます。 天体が起こすのなら日食がかぶるのかも知れません。 日食の日が計算できるならその頃とも言えるのかも知れません。
『 火の雨降らしての大洗濯 』
都市攻撃の光線を現しているかと思います。 大掃除の二つの事象の表現がされている内容かと思いました。
『 岩戸ひらき 御祷(みほぎ)の神宝(たから) たてまつらまし。』
神宝が情報であるなら、ノアの大洪水の情報を示す世紀末研究報告の内容について、述べているかも知れません。 研究者富で潤うを多少示唆しているとも思いました。
都市攻撃とノアの大洪水が主かと思います。
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ロックさんのメール
ロックです。
この帖は、太陽さんの解読を参考にさせていただきます。 掲載のみになります。
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紫金の巻 第06帖 (136)
白玉や 赤玉青玉 ささげまつりし。
今迄は白馬と赤馬と黒馬とであったなれど、岩戸がひらけたら、岩戸の中から黄(基)の馬が飛び出してくるぞ、
キが元ぞと申してあろうが、
トドメの馬であるぞ、
黄金の馬であるぞ、
救ひの馬であるぞ、
このこと神界の秘密でありたなれど時来たりて人民に伝へるのであるぞ、
今迄は白馬に股がって救世主が現れたのであるが、
いよいよの救世主は黄金の馬、
基(キ)の馬にのって現われますのであるぞ。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
大気循環(雨を降らし又水を清める)、サタン、人間を敬います。
(地球の環境を整え、人間・サタンの世界を作り存在している世界を敬います。)
今までは「大気環境を作った環境の制御」と「その環境下で人間を操るサタン」と「そのサタンを操る神サタン」の世の中でありました。
しかし、岩戸が開けると、岩地の中から黄金色に輝くミロクの働きが始まります。
ミロクの世が大元でるのです。
これが、最後のとどめの活動なのです。
その活動が救いの活動であるのです。
このことは神の世界の秘密事項でしたが、時節が到来してきましたので、地球の人類の皆さんに公開することにしました。
今まではサタンが救世主と偽って現れていました。
しかし、いよいよの時節になりましたので、ミロクが救世主となって現れるのです。
ミロクが岩戸を開く為に働き始めるのです。
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■解説と補足説明■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
これは龍神界を例えにして説明してあることに気が付くと分かりやすい内容です。
玉は祀り敬うものであるので、カッコの様な意味になります。
白玉は白竜で(雨を降らし水を清める)〜生物の住める地球の環境
赤玉は赤竜で(サタンである。)
〜宗教の神を操るサタン
青玉は青竜で(人間は大抵この青龍(青大将)となるのである。)
〜人類
従って、現実の地上の構成員を説明しています。
馬はこれらの活動・駆動するものの意味から下記のような意味になります。
白馬=白竜を使い(雨を降らし又水を清める)働かせる・活動する
赤馬=赤竜を使い悪・共食い(サタンである。)働かせる・活動する
黒馬=黒竜を使い(強悪最も甚だしい悪龍である。)働かせる・活動する
黄金の馬=日月の神(黄金の色で輝くとあります)=ミロクの働き・活動する
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紫金の巻 第07帖 (137)
太祝詞(ふとのりと) のりのり祈らば 岩戸ひらけん。
神は一時は仏とも現れたと申してありたが、仏ではもう治まらん、
岩戸が開けたのであるから、蓮華ではならん。
人民も改心しなければ、地の下に沈むことになるぞ、
神が沈めるのではない、
人民が自分で沈むのであるぞ、
人民の心によって明るい天国への道が暗く見へ、
暗い地の中への道が明るく見えるのであるぞ、
珍しきこと珍しき人が現れてくるぞ、
ビックリ、ひっくり返らんように気つけてくれよ、
目の玉 飛び出すぞ、
たとへでないぞ。
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■平易意訳■
太祝詞(ふとのりと) のりのり祈るならば(太祝詞の云わんとするように実践し理解をすらならば)、 岩戸は開けます。
神は一時は仏とも現れたと伝えてありましたが、仏ではもう治まりません、
岩戸が開けたのですから、蓮華(単なる願掛け)ではなりません。
人民も改心しなければ、地の下に沈むことになります。
神が沈めるのではありません、
人民が自分で沈むのです。
人民の心によって明るい天国への道が暗く見え、暗い地の中への道が明るく見えるのです。
珍しきことや珍しき人が現れて来ます。
ビックリ、ひっくり返らないように注意しなさい。
目の玉 が飛び出します。
これは例えではありません。
祈っているだけではこのご時世は難しいようで改心を伴わなければいけないようです。
人民の心によって明るい天国への道が暗く見え、暗い地の中への道が明るく見えるのです。
最近、テレビなどでは億万長者の番組などが流行ってます。
占い番組の拡大したような番組、コメントの後ろではヒトラーのやり口をそっくり真似たようなサブリミナルたっぷりの低音のバックミュージックなどなど、意識しないが、聞き続けてしまう、見てしまうことで、暗い地の中への道が明るく見えてしまうのかも知れません。
そういう世界が良いと考えると物質的には報われたりするので、そこに落とし穴があり、普通の生活の中で見出すような本来は明るい天国への道も見えなくなるのだと思います。(私見ですが)
珍しきことや珍しき人が現れて来ます。
ビックリ、ひっくり返らないように注意しなさい。
金色のもぐらちゃん、大根カップル、異常気象、宗教の神様が襲ってくる、“あいつ”の懸かった存在などなど、
その時には
話題に事欠かなくなるかも知れませんね。
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れんげ-ぞうせかい ―ざう― 6 【▼蓮華蔵世界】
〔仏〕
(1)華厳経の説。この世界は、毘盧遮那(びるしやな)仏が過去に行なった修行と願によって実現した清浄な世界であり、巨大な蓮華の中にあるとする。
(2)梵網(ぼんもう)経の説。千葉の蓮華があり、その一葉ごとに一世界があり、毘盧遮那仏がその中心にあって全世界を教化しているとする。
(3)浄土宗で、阿弥陀仏の浄土のこと。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
太祝詞(ふとのりと)を祈れば岩戸は 開けます。
一時は、神は 仏とも現れたと説明しました。
ですが、仏ではもう治まりません。
岩戸が開けたのですから、蓮華(蓮の葉)の上に座禅しているようではダメです。
人民も改心しなければ、地の下に沈むことになります。
神が沈めるのではありません。
人民が自分で沈むのです。
人民の心によって明るい天国への道が暗く見へ、暗い地の中への道が明るく見えるのです。
珍しきこと、珍しき人、が現れて来ます。
ビックリしてひっくり返らないように注意してください。
目の玉が飛び出します。
これは 例えではありません、現実のことです。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(一巡目)
『 太祝詞のりのり祈らねば岩戸ひらけん。』
臍が載っていた文を解明し証明しなければ岩戸はひらけません。
『 神は一時は仏とも現われたと申してありたが仏では、もう治まらん、岩戸が開けたのであるから蓮華ではならん。』
ひふみの神の子は、目ざめて霊体で活動していたが、それでは治まらないので、太陽の中にいたひふみの神の子は蓮華ではならん(密教の印の蓮華の形とするなら両手がくっついた状態なのでそれを引き離すの意)
『 人民も改心しなければ、地の下に沈むことになるぞ、神が沈めるのではない、人民が自分で沈むのであるぞ、人民の心によって明るい天国への道が暗く見へ、暗い地の中えの道が明るく見えるのであるぞ、珍しきこと珍しき人が現われてくるぞ、ビックリ、ひっくり返らんように気つけてくれよ、目の玉飛び出すぞ、たとへでないぞ。』
人民も改心しなければ、地の下に沈むことになります。神がするのではなく、自らが自壊するのです。珍しきこと(女王がUFOで現われる、)珍しき人(太陽)が表に出てきます。
ビックリ、ひっくり返らんように気をつけてください。
目の玉飛び出しますよ。
例えではありません。
『 神は一時は仏とも現われたと申してありたが仏では、もう治まらん 』
キリストは、一時は復活して現われたと伝えてありましたが、それでは治まらないのでとすると、一連の流れは全く逆の解釈になるかと思います。
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紫金の巻 第08帖 (138)
千引岩 今ぞあけたり
爽し富士はも。
神は宇宙をつくり給はずと申して聞かせてあろうが、
このことよく考へて、
よく理解して下されよ、
大切なわかれ道で御座るぞ。
福はらひも併せて行はねばならん道理。
光は中からぢゃ、
岩戸は中からひらかれるのぢゃ、
ウシトラがひらかれてウシトラコンジンがお出ましぞ、
もう【よこしま】のものの住む一寸の土地もなくなったのぞ。
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■平易意訳■
清清しい富士によって、千引岩を、今こそ開けます。
神は宇宙を作りませんと伝えてあるでしょう。
このことをよく考へて、よく理解して下さい。
大切なわかれ道なのです。
福祓いも併せて行はねばならない道理。
光は中からです、
岩戸は中から開かれるのです、
ウシトラがひらかれてウシトラコンジンがお出ましです、
もう【よこしま】の物・者の住む一寸の土地も無くなったのです。
神は宇宙を作っていないとあります。
ということは、前回前々回かに解読した内容はブーかもです。
福祓いは、良いことと見えることの中に悪いことも入り込んでるから、よく見分けなさいとしているのかも。
光はそれぞれの岩戸を開くということを考えると、人間の岩戸もその中から、その人自身が気づいて岩戸を開いていくということかも知れませんね。
インターネットも軍事利用から民間に降りて発展を遂げました。
そのヨコシマな構築の流れの中に便乗して、宇宙の真相に関する情報、提案が出されました。
真実を隠したいものにとっては、宇宙の真相自体がウシトラコンジンなのかも知れません。
ウシトラが開かれると、隠蔽を続けていた方々、手を貸していた方々も検証されていって、どういった存在なのかがわかってきますね。
宗教の神は宇宙を作っていなかった、、、と解釈するのがいいのでしょうか。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
清々しい富士晴れたり、千引の岩戸が今ぞあけました。
「神は宇宙を作りません」
と説明してあります。
このことをよく考へて、よく理解して下さい。
大切な分かれ道です。
福祓いも併せて行はねばなりません。
これは道理です。
光は中からお出ましになるのです。
岩戸は 中から開かれるのです。
ウシトラが開かれて、ウシトラコンジンがでてくるのです。
もう、【よこしま】の物・者の住む土地は 一寸も無くなりました。
ロックさんの解釈 :(二巡目)
千引岩 今ぞ開けたり 爽し富士はも。
神(神サタン)は宇宙を作っているのではないと言って聞かせてあったではないですか、
このことをよく考えて、よく理解して下さい、
大切な(生か死への)別れ道なのですから。
福祓いも併せて行わねばならない道理。
(恐らくサタン側が操るためにおいしい思いをさせていることに気がついて、執着せずにそれらを振り払いなさいという意味ではないかと取っています)
光は中からです、
岩戸は(印をつけてある魂の)中から開かれるのです、
ウシトラ(伊勢系にとっての祟り的な方向)が開かれてウシトラコンジン(真実を物語る女神の載った天使軍のUFO)がお出ましになります、
(その時には)もう【邪】のものの住む一寸の土地も無くなったのです。
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
2巡目では、光は中からという部分を、神の印がつけてあるという第四帖の記述と関連させて考えてみました。
魂に印がつけてあるのであれば、その印は通信装置のようなものにもなりえないかと考えてみました。
この場合は、送信先が高天原のあめのひつくの神のところと取ってみました。
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トッチさんのメール
トッチです。
「神は宇宙を作りませんと伝えてあるでしょう。」
宇宙を創造したのは太神なのでしょうけど、岩戸開き、これからの宇宙の進化は、それぞれの神、身魂次第であり、自由意志に任せるという意味ではないでしょうか。
岩戸が開くか開かないかは臣民がどこまで改心出来ているか臣民次第であり、外から強引に岩戸を開こうとしても開く物ではなく、中から(身魂の中から、または神懸りにより)光が現れる、岩戸が開かれる。
それか、改心が進んだら、おのずと岩戸が開かれる。
こんな感じに取ってみましたが、どんなもんでしょう。
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ロックさんのメール
ロックです。 トッチさんこんばんは。
なるほどですね。 騙した岩戸開きでは駄目なわけですね^^;
中から自発的に作り出さすとなれば、他で神の中に宇宙がという内容がしっくり来る気がします。
紫金の巻 第09帖 (139)
新しき御代のはじめの【たつ】の年、あれ出でましぬ かくれゐし神。
かくり世も うつし御国の一筋の光りの国とさきそめにけり。
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新しき御代の始めの【たつ】の年、隠れていた石神が出てきました。
隠れていた世も 美しい御国の一筋の光りの国と咲き染めました。
たつの年というのが、いろんな意味合いを含んでいる可能性もあるかと思いました。
この巻には、龍神界を例えにした帖もありますので、ひふみの神、神ミロク、神サタン、天使、月人、人類これらの岩戸開きの総キャストが始めて認識された時節を「たつ」の年としているような気がします。
前の帖で書かれてますね。
ヨコシマのものの住む一辺の土地もなくなったのだと。
2012年の辰の年をベースにフォトンベルトをひふみに絡めたり、マヤの暦云々で、かなり商売としては成立させている方々も存在します。
ひふみには、この神示で食べていくことはならないとあります。
間接的に、ひふみを食物にして商売している方々は基本的にヨコシマかと。
人間の生き血をすすり生きている者も獣としてヨコシマですね。
隠れていた石神とはどのような存在なのでしょう。
石のように見えるPCのディスプレイ上で認識されるミロクの活動のような存在のことでしょうか。
隠れていた黄泉の世も美しい御国の一筋の光の国にと咲き初めました。
霊界、神界から現実界に影響が出るまでにタイムラグがあるようですが、どれくらいなのか物差しがあるといいですね。
イザナギ、イザナミが仲直りすることも岩戸開きの大きいテーマのようですが、その辺りをまるく収めるための存在が隠れ石神
という存在かも。
狂言に石神というものもあるようですね。
夫が嫁さんに虚構の世界を見破られてしまうお話のようですが、自分を必要以上に大きく見せようとするから自分は石神だってなっちゃったかも(^^)
これって、憑き物に憑かれた話?
冗談ですが。
いしがみ 0 【石神】
色・形などに特徴のある石を、神の依り代や神体として祀(まつ)ったもの。しゃくじん。しゃくじ。
いしがみ 【石神】
狂言の一。妻に離縁話をもち出された夫が石神になりすまして、伺いを立てにきた妻の心を変えさせるが、やがて見破られてしまう。
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■平易意訳■
氷治氏の解釈 :(一巡目)
新しき御代の始めの【たつ】の年、隠れていた神様が出てきました。
隠れた世も、美しい御国の一筋の光りの国と咲き染めました。
ロックさんの解釈 :(二巡目)
西暦2000年の始めの【辰】の年、荒れ出でましぬ 隠れ石神。
(隠れている存在のことを示しているかも知れません)
あの世も 映し御国の一筋の光りの国と咲き初めます。
(あの世から平和になって行くその影響を現界にもたらします)
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■解説と補足説明■
ロックさんの解釈 :(二巡目)
西暦2000年の辰年を一応当てて見ました。
霊界の戦いが終結したのがこの頃なのかも。
その影響が遅れて今に至るというようなことかもしれません。
石神というのが現界での前回のノアの大洪水の時の遺跡の船底にあった洪水を物語る石のことなのかもとも思いました。
推測ですが、霊界との時間差が三年から四、五年あるのではと考えたりもしました。
御代出づ(三四五ということで)
これは分類に霊界に関する項を足さなくてはとも思いました。
分類は05のノアの大洪水に13として、霊界に関する記述を加えたらと思いました。
ちなみに、ミロクは霊界の並行世界にも存在してなければ、霊界での変化があって現界に平和が訪れる事がないかと思うのですが。
いくつの並行世界があるか判りませんが、95年に目覚めた後にもしかしたら過去未来も含めた並行世界を行き来して現界に影響を与える作業をミロクはしていたのではないかとも思いました。
かくりよ 3 【隠り世】
あの世。黄泉。
さきそ・める 4 【咲(き)初める】
(動マ下一)[文]マ下二 さきそ・む
花が咲きはじめる。
「桜が―・める」
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