古神道の選別
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jula です。 先日このメール送付しましたが、出来れば内容を確認してみてください。 古神道と仏教、もしくは中国圏の神の捉え方の違いが述べられています。 ということで、末尾に再度URL付けます。
![]() その前にざくっとまとめ。 古神道: 天、中、地 人は天と地の間で青人草として萌え出た。 神に作られたというわけではなく、神の分け御魂から派生したというスタンス。 天、地=神が住む、いる領域。 故に人間の領域にも時に神は姿形を変え現れる事がありうる。 罪という意識に乏しく、代わるものとして穢れを嫌う。 このため如何に穢れを払うか?に関心が向く。 (但し、現代の神道は葬式を取り扱い、また仏教に侵食されている) 中国圏: 天、地、人 神が天を治める。 天=神 いかに神に近づくか? そのためには徳を積む必要がある。 また、祖先、先祖こそを崇める必要がある。 (と、案外道徳での縛りがあり、善悪の区分もある) 当然仏教はこれらがベースになっていると思われる。 キリスト教圏: 神が全て神が世界を作り人を作った。 人は神の被造物であり、また罪を背負わされている。 それ故?不条理な戒律があれこれある。 戒律を守り神に従順であった者には最後に贖罪からの救済が約束されている。 なんて感じでしょうか。 宗教としての複雑さ、レベルとしては確かにキリスト教>仏教>神道なんて感じで 神道は原始的なんて捉え方になっちゃうのでしょうね。
![]() ところで延喜式祝詞は仏教が入り込む前のスタンスで作成されているようです。 もちろんベースとしては記紀(古事記、日本書紀)。 ただ、出雲系支配ツール?として作成されているようですので、祝詞の真意というよりは、 出雲系が政(祭祀)を取り仕切るための奏上、祓いという形式にすり返られているようです。
![]() そんな感じなので、中国系、特に道、徳もしくは道徳については、参考とする場合は注意が必要と思われます。
![]() 八犬伝なんては中国の思想を如何に武士道に適用して、武士を縛り付けるか?に適用されていたとも考えられそうですね。
![]() そういえばひふみでは悪も許されているから存在していられると書かれています。 義 礼 智 忠 信 孝 悌 を重んじよなんてのも別段書かれていなかったかと思います。 むしろ悪抱き参らせよですし・・・。 また、戒律じみた事も特に説かれることが無く早く気づいてくれ、御魂磨いてくれよが中心ですね。
![]() “よくより分けてくれよ” なんてあたりは、キリスト縛り、仏教縛り、なんてあたりに気が付いて、これらをを上手く分類して、 出雲の政(祭祀)支配ツールでは無い、 「古神道で言っている事を見つけ出してください」 なんて感じなのかも知れません。
http://atlantic.gssc.nihon-u.ac.jp/~ISHCC/
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トッチです。 julaさん、お疲れ様です。 神道については詳しくありませんので、中国思想や宗教との関わりはコメント出来ないのが残念ですが、簡単に分る範囲内の予備知識(になるかな)を少々。 古くからの中国思想には、道教、儒教が代表されますが、儒教においての道の捉え方は、 主に修行であり、道を究めるために「こうでなければならない、こうではいけない」といったスタンスにあるようです。 そして、もっとも徳高い人を「仁者」と呼びます。 「道とは何か」には殆ど触れておらず、礼儀を重んじ、いかに社会的秩序を保つかに傾倒していますので、権力者にとりましては利用しやすい性質が有るようです。 「仁 義 礼 智 忠 信 孝 悌」 は、儒教に多用される柱と言えます。 一方、道教(老子)は道徳よりも 「道とは何か=宇宙の真理」 の説明に重点が置かれているといえます。 「聖人の徳」については詳しく書かれていますが、「神」という言葉は一切出てきません。 その辺が神示を理解するうえでは良い資料となりますし、宗教化されにくい大きな特徴のように思います。 そして、 「仁 義 礼 智は虚飾だ」 と痛烈に批判しています。 無為自然な行いではなく作為であり、道が失われたから、これらが現れたのだと。 もっとも、儒教は仏教同様、孔子が自ら筆を取った物ではなく、弟子が孔子の言葉を記憶を頼りに書き残した物ですので、どこまで孔子の真意が上手く伝えられているのかは定かではないと思います。 また、「老子」と、老子の孫弟子に当たると言われ「列子」は、実在の人物ではないとの説が強く支持されているのが面白い所です。 五行思想や易の発祥起源などにつきましては、調べておりませんので分りません。
![]() ついでに ノアの大洪水後、人類が地上に戻り新しい世界を築いて、確か3000年後(でしたっけ?)に、ミロクが故郷の世界へ帰る事になるようですが、その時はこんな政治であろうと思える事が書かれた老子と列子の一節が有ります。 引用しますと長くなりますので、解説だけ紹介します。 こうなる為に、神示では身魂を掃除しておけと“くどく”言っているのでしょう。 そして、こうなればミロクも安心して、この世の御用から開放されるものと思います。
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