今の臣民見て褒める様な事は皆奥知れてゐるぞ。 之が善である、まことの遣り方ぞ
と思ってゐる事九分九厘迄は皆悪のやり方ぞ。 今の世のやり方、見れば判るであらう
が、
上の番頭殿 悪い政治すると思ってやってゐるのではないぞ。 番頭殿を悪く申す
でないぞ。 よい政治しようと思ってやってゐるのぞ。
よいと思ふ事に精出してゐるの
ざが、善だと思ふ事が善でなく、
皆悪ざから、神の道が判らんから、
身魂曇りてゐる
から、臣民困る様な政治になるのぞ。 まつりごとせなならんぞ。
わからん事も神の申
す通りすれば自分ではわからんこともよくなって行くのざぞ。
悪と思ってゐることに
善が沢山あるのざぞ。 人裁くのは神裁くことざぞ。 怖いから改心する様な事では、戦
がどうなるかと申す様な事ではまことの民ではないぞ。
世が愈々のとことんとなった
から、
今に大神様迄 悪く申すもの出て来るぞ。
産土様(うぶすなさま)何んぞある
ものかと、悪神ばかりぞと申す者 沢山出てくるぞ。 此の世始まってない時ざから我
身我家が可愛い様では神の御用つとまらんぞ。 神の御用すれば、道に従へば、我身我
家は心配なくなると云ふ道理判らんか。 何もかも結構な事に楽にしてやるのざから、
心配せずに判らん事も素直に云ふ事聞いて呉れよ。 子に嘘吐く親はないのざぞ。 神界
の事知らん臣民は色々と申して理屈の悪魔に囚はれて申すが、
今度の愈々の仕組は臣
民の知りた事ではないぞ。 神界の神々様にも判らん仕組ざから、
兎や角申さずと、神
の神示腹に入れて身魂磨いて素直に聞いて呉れよ。
それが第一等ざぞ。 此の神示は世
に出てゐる人では解けん。 苦労に苦労したおちぶれた人で、
苦労に負けぬ人で気狂い
と云はれ、
阿呆と謂はれても、神の道 素直に聞く臣民でないと解けんぞ。
解いてよ
く噛み砕いて世に出てゐる人に知らしてやりて下されよ。
苦労喜ぶ心より楽喜ぶ心高
いぞ。 十一月十九日、
一二 。 日月の巻
第36帖 (209)
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