良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4238 


“印”で検索・抽出 


julaさんのメール

jula です。

神の印について何かわからないか、“印”が含まれる帖を調べてみたのですが、旗印 などばかりでした。

しかし、 ヒダリ、ミギリについて関連する帖がHitしていましたのでその辺を挙げ ておきます。


富士=火の仕組 →火垂(ひだり)(左)の臣(おみ)→ヤ

逗の神=日の神→?=火は魂護る神→火の魂入れてある

渦うみ=水の仕組 →水極(みぎり)(右)の臣(おみ)→ワ

瑞の神=月の神→人に直接(じきじき)恵み下さる=水は身を護る神→身は水で出来 てゐる

国土も同様ぞ。

瑞海の御用大切 日の神許り拝んで月の神忘れてはならんぞ

その下に七七ゝゝゝゝ →七七、七七、七七

“印”が含まれる帖(一部分です)


下つ巻 第05帖 (047)

昭和十九年七月十五日、旧五月二十五日(1944年) 47 江戸に神と人との集まる宮建てよ、

建てると申しても家は型でよいぞ、

仮のものざ から人の住んでゐる家でよいぞ。

逗の石まつりて、神人祭りて呉れよ。

それが出来た ら、そこでお告げ書かすぞ。

淋しくなった人は集まりて その神示(ふで)見てよ、

神示見れば誰でも甦るぞ。

この神示うつす役要るぞ、

この神示 印刷してはならんぞ。

神の民の言葉は神たたえるものと思へ、

てんし様たたえるものと思へ、

人ほめるものと思へ、

それで言霊(ことたま)幸(さき)はふぞ、

それが臣民の言葉ぞ。

わる き言葉は言ってはならんぞ。

言葉はよき事のために神が与へてゐるのざから忘れん様 にな。

七月の十五日、

ひつくのかみのふで。


神懸かりして神人となれる為の場を用意しなさい。

お祓いや祝詞を唱えるお宮などで なく、 人の住む家で良いのですよ。

逗の石まつりて、神人祭りて呉れよ。

それが出来たら、そこでお告げ書かすぞ。

この神示うつす役要るぞ、

この神示 印刷してはならんぞ。

天明、あなたにこの役を 任せますよ。

神の民の言葉は神たたえるものと思へ、

てんし様たたえるものと思へ、

人ほめるものと思へ、

それで言霊(ことたま)幸(さき)はふぞ、

それが臣民の言葉ぞ。

→神の民の言葉=神たたえるもの、てんし様たたえるもの、

人ほめるもの
(≒神のみ をたたえるのは神の民の言葉では無いですよ)

わるき言葉は言ってはならんぞ。

言葉はよき事のために神が与へてゐるのざから忘れ ん様にな。

→この文章によって、もしもわるき言葉を下ろしてくるものが居たならば、それは神 が与えた言葉では無いですよ、

と事前に牽制しているのでしょうね。


富士の巻 第21帖 (101)

昭和十九年八月二十八日、

旧七月十日(1944年)

神の申すこと何でも素直にきくやうになれば、

神は何でも知らしてやるのぞ。

配給のことでも統制のことも、

わけなく出来るのぞ、

臣民みな喜ぶやうに出来るのぞ、

何もかも神に供へてからと申してあろがな、

山にも川にも野(ぬ)にも里にも家にも、

それぞれに神祀れと申してあろがな、

ここの道理よく分らんか。

神は知らしてやりた いなれど、

今では猫に小判ぞ、

臣民 神にすがれば、神にまつはれば、その日からよ くなると申してあろが、

何も六ヶ敷いことでないぞ、

神は無理言はんぞ、

この神示読めば分る様にしてあるのざから役員早う知らして縁ある臣民から知らして呉れよ。

印刷出来んと申せば何もしないで居るが、印刷せいでも知らすこと出来るぞ、

よく考へて見よ、

今の臣民、学に囚へられて居ると、

まだまだ苦しい事出来るぞ、

理屈ではますます分らんやうになるぞ、

早う神まつれよ、

上も下も、上下揃えてまつりて呉れ よ、

てんし様を拝めよ、

てんし様にまつはれよ、

その心が大和魂ぞ、

益人のます心ぞ、

ますとは弥栄のことぞ、神の御心ぞ、

臣民の心も神の御心と同じことになって来るぞ、

世界中一度に唸(うな)る時が近づいて来たぞよ。

八月の二十八日、

のひつ九のかみふで。


印刷出来んと申せば何もしないで居るが、印刷せいでも知らすこと出来るぞ、よく考 へて見よ、

今の臣民、学に囚へられて居ると、まだまだ苦しい事出来るぞ、理屈ではますます分らんやうになるぞ

おそらく一般の人に“知らすこと”は、インターネットなりで掲示される事が前提な のではないでしょうか。

それまではまだ直前では無い段階という事ではないでしょうか? インターネットで掲示できないような時勢に、ひふみを印刷しないで正確に知らす事 はとても難しいと思います。

出来ても神道や神事などに造詣が深い親密なコミュニティーに限られたでしょう。

そして、そのような時勢にはそうして捻じ曲げられたり、捏造される事が無いよう に、書き写したものを伝承。

インターネットが利用できる段階になれば、印刷する事なく一般の人に掲示、提示す る事が可能です。

このあたりの牽制だったのかも知れませんね。


天つ巻 第30帖 (137)

昭和十九年九月十四日、

旧七月二十七日(1944年) 137

富士とは火の仕組ぞ、

渦うみとは水の仕組ぞ、

今に分りて来るのぞ。

神の国には、 政治も経済も軍事もないのざぞ、

まつりがあるだけぞ。

まつらふことによって何もか もうれしうれしになるのざぞ。

これは政治ぞ、これは経済ぞと申してゐるから「鰻つ かみ」になるのぞ、

分ければ分けるほど分からなくなって手におへぬことになるぞ。

手足は沢山は要らぬのざぞ。

火垂(ひだり)の臣(おみ)と水極(みぎり)の臣(お み)とあればよいのざぞ。

ヤとワと申してあろうがな、その下に七七ゝゝゝゝと申し てあろうがな。

今の臣民 自分で自分の首くくるやうにしてゐるのぞ、

手は頭の一部ぞ、

手の頭ぞ。

頭、手の一部でないぞ、

この道理よく心得ておけよ。

神示は印刷する ことならんぞ、

この神示説いて臣民の文字で臣民に読める様にしたものは一二三(ひ ふみ)と申せよ。

一二三は印刷してよいのざぞ。

印刷結構ぞ。

この神示のまま臣民に 見せてはならんぞ、

役員よくこの神示見て、その時によりその国によりて それぞれ に説いて聞かせよ。

日本ばかりでないぞ、

国々ところところに仕組して神柱つくりて あるから、

今にびっくりすること出来るのざぞ、

世界の臣民にみな喜ばれるとき来る のざぞ。

五六七(みろく)の世近づいて来たぞ。

富士は晴れたり日本晴れ、

富士は晴 れたり日本晴れ。

善一すぢとは神一すぢのことぞ。

この巻を「天つ巻」と申す、

すっかり写して呉れよ、

すっかり伝へて呉れよ。

九月十四日、ひつ九のか三。


富士とは火の仕組ぞ、

渦うみとは水の仕組ぞ

火垂(ひだり)の臣(おみ)と水極(みぎり)の臣(おみ)とあればよいのざぞ。

ヤ とワと申してあろうがな、

その下に七七ゝゝゝゝと申してあろうがな。

富士=火の仕組 →火垂(ひだり)の臣(おみ)→ヤ

渦うみ=水の仕組 →水極(みぎり)の臣(おみ)→ワ

その下に七七ゝゝゝゝ →七七、七七、七七 →49、49、49(四十九柱なんてのと関 連するのでしょうね。)

もしくは、一をなす火垂(ひだり)の臣(おみ)の七役員、

二をなす水極(みぎ り)の臣(おみ)の七役員、

三をなす七役員なんて感じかもしれません。

参考  


青葉の巻 第01帖 (470)

昭和二十二年四月二十六日、

旧閏三月六日(1947年)

役員七つに分けよ、

大道師、権大道師、中道師、権中道師、小道師、権小道師、参道の七段階ぞ、


日月神示を印刷してはいけないという事だったのですね。

原典である日月神示は印刷してはならない。

サニワして この神示説いて臣民の文字で臣民に読める様にしたものは一二三(ひふみ)と申せ よ。

一二三は印刷してよいのざぞ。

印刷結構ぞ。

という事なのですね。

サニワについては下つ巻 第05帖で神の民の言葉は神たたえるものと思へ、わるき言 葉は言ってはならんぞと牽制されています。

これで火水伝文(とその解釈)や人類殲滅のシナリオはひふみに書かれている、など も本来意図されているサニワとは異なる解釈がなされていると判断できそうです。


地つ巻 第18帖 (155)

昭和十九年九月二十三日、

旧八月七日(1944年)

われよしの政治ではならんぞ、

今の政治経済はわれよしであるぞ。

臣民のソロバン で政治や経済してはならんぞ、

神の光のやり方でないと治まらんぞ、

与へる政治がま ことの政治ぞよ、

臣民いさむ政治とは上下まつろひ合はす政治のことぞ、

日の光ある ときは、いくら曇っても闇ではないぞ、

いくら曇っても悪が妨げても昼は昼ぞ、

いく らあかりつけても夜は夜ぞ、

神のやり方は日の光と申して、

くどう気つけてあらうがな。

政治ぞ、これは経済ぞと分けることは、まつりごとではないぞ。

神の臣民、魂と 肉体の別ないと申してあること分らぬか、

神のやり方は人の身魂(からたま)人のは たらき見れは直ぐ分るでないか。

腹にチャンと神鎮まって居れば何事も箱さした様に 動くのざぞ、

いくら頭がえらいと申して胃袋は頭のいふ通りには動かんぞ、

この道理 分りたか、

ぢゃと申して味噌も糞も一つにしてはならんのざぞ。

神の政治はやさしい 六ヶしいやり方ぞ、

高きから低きに流れる水のやり方ぞ。

神の印(しるし)つけた悪 来るぞ。

悪の顔した神あるぞ。

飛行機も船も臣民もみな同じぞ。

足元に気つけて呉れ よ、

向ふの国はちっとも急いでは居らぬのぞ、

自分で目的達せねば子の代、子で出来 ねば孫の代と、

気長くかかりてゐるのざぞ、

神の国の今の臣民、気が短いから、しくじるのざぞ。

しびれ切らすと立ち上がれんぞ、

急いではならんぞ、

急がねばならんぞ。

神の申すこと取り違ひせぬ様にして呉れよ。

よくこの神示(ふで)よんで呉れ よ、

元の二八基(じゃき)光理(こり)てわいて出た現空(あく)の種は二八基(じゃき)と大老智(おろち)と世通足(よつあし)となって、二八基には仁本の角、大老智は八ツ頭、八ツ尾、四通足(よつあし)は金母であるから気つけておくぞ。

世通足はお実名に通(つ)いて分けてゐるから、守護神どの、臣民どの、だまさ れぬ様に致して下されよ。

九月二十三日、

あのひつ九のか三。


元の二八基(じゃき)光理(こり)てわいて出た現空(あく)の種は

二八基(じゃき)と

大老智(おろち)と

世通足(よつあし)

となって、

二八基には仁本の角、

大老智は八ツ頭、八ツ尾、

四通足(よつあし)は金母であるから気つけておくぞ。

世通足はお実名に通(つ)い て分けてゐるから守護神どの、臣民どの、だまされぬ様に致して下されよ。

二八基には仁本の角→キリスト教と言えば十字架。

十字架をバラバラにすると二本の 棒→二本の角?

二八基には仁本の角→イザナギは八方までの国、神までは構築できましたがそこま で。

と考えるとイザナギが構築した世界も八方までと思われます。

すると各々の八方 世界の基、イザナギとイザナミを指している?

金母・・・マリアやファティマの事でも言っているのでしょうか?

なんて風に考えた場合、八ツ頭、八ツ尾に関係する大老智はは何でしょうか・・・?

各々の八方世界を作らせ、頭と尻尾として君臨している大いなる老いた智の存在?

頭と尻尾として君臨して、体が欠けているため、本来の神懸りができず迷走している?



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