ひふみ神示 第八巻 磐戸の巻 第一帖(237)・ 第二帖(238)・第三帖(239)・第四帖(240)・第五帖(241) ・第六帖(242)・第七帖(243)・第八帖(244)・第九帖(245) ・第十帖(246)・第十一帖(247)・第十二帖(248)・第十三帖(249) ・第十四帖(250)・第十五帖(251)・第十六帖(252) ・第十七帖(253)・第十八帖(254)・第十九帖(255)
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トッチです。
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イワトの巻かき知らすぞよ、 イワトひらくには神人共にゑらぎにぎはふのざぞ、 カミカカリして唱ひ舞ふのざぞ、 ウズメノミコトいるのざぞ。 ウズメとは女(おみな)のみでないぞ、 男(おのこ)もウズメざぞ、 女のタマは男、 男のタマは女と申してあろがな。 ヤミの中で踊るのざぞ、 唄ふのざぞ、 皆のものウズメとなりて下されよ、 暁(あけ)つげる十理(とり)となりて下されよ、 カミカカリて舞ひ唄ひ下されよ、 カミカカリでないと、これからは何も出来ぬと申してあろがな。
十二月三十日、
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「イワト・磐戸の巻」を書きを知らせます。 岩戸を開くには 神人共に偉く盛況(にぎあう)のです。 神懸かりして唱い舞うのです。 ウズメノミコトの身魂を持った者もいるのです。 ウズメノミコトの身魂とは 女(おみな)のみでないのです。 男(おのこ)もウズメノミコトの身魂なのです。 女の身魂は 男です。 男の身魂は 女と説明してあります。 岩戸開きにともなう世界の暗黒の時の闇の中で踊り唄うのです。 皆のものもウズメノミコトの身魂となりて神懸かりして唱い舞て下さい。 暁(あけ=あかつき)を告げる十理(とり=鳥、コケコッコ−)となつて下さい。 神懸かりできる身魂に磨いて、神懸かりして舞い唄いして下さい。 神懸かりでないと、これからは 何も出来ないのです。
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素直に受け取ると、なにやらドンチャン騒ぎをすることになりそうです。 楽しみですね!・・・・・
神懸かりでないと、これからは 何も出来ないそうです。 「女の身魂は 男です。 男の身魂は 女と説明してあります。」 それぞれの人が個性・性質に応じた役割が有ります。 そして、相対する性質の者同士、二人で御用を務めるのが道理という事のようです。
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昭和十九年十二月三十一日、 旧十一月十七日(1944年) キつけてくれよ、 キがもとざぞ、 キから生れるのざぞ、 心くばれと申してあろが、 心のもとはキざぞ、 総てのもとはキであるぞ、 キは逗(よろこび)ざぞ、 臣民みなにそれぞれのキうへつけてあるのざぞ、 うれしキは うれしキことう むぞ、 かなしキは かなしキことうむぞ、 おそれはおそれうむぞ、 喜べば喜ぶことあると申してあろがな、 天災でも人災でも、臣民の心の中にうごくキのままになるのざぞ。 この道理わかるであろがな。 爆弾でもあたると思へばあたるのざぞ、 おそれるとおそろしことになるのざぞ、 ものはキから生れるのざ、キがもとぞ、 くどくキづけておくぞ。 ムのキ動けばムくるぞ、 ウのキうごけばウ来るぞ、 どんな九十(コト)でもキあれば出来るぞ、 キからうまれるぞ、 勇んで神の御用つとめて下されよ。 十二月三十一日、
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「キ」気持ちに注意してください。 「キ」気持ちがもとです。 「キ」気持ちから生れるのです。 心をくばりなさい。 心のもとは 「キ」気持ちです。 総てのもとは 「キ」気持ちです。 「キ」気持ちは 喜(よろこび)です。 臣民は 皆さんそれぞれの「キ」気持ち・輝を植え付けるのです。 嬉しき「キ」喜の気持ちは 嬉れし「キ」気持ちの気ことです。 悲しき「キ」気持ちは 悲しい「キ」気持ちの気ことを産むのです。 恐れは 恐れの気を産みます。 喜べば喜ぶことが産まれてくるのです。 天災でも人災でも、臣民の心の中に動く「キ」気持ちのままになるのです。 この道理は 分かるでしょう。 爆弾でも当たると思へば当たるのです。 恐れると恐ろしくなるのです。 物事は 「キ」気から生れるのです。 くどく「キ」気(注意)をつけます。 「ム」の「キ」気心・気持ちが動けば、「ム」がくるのです。 「ウ」の「キ」気心・気持ちが動けば、「ウ」が来るのです。 どんな九十(コト=事)でも「キ」気持ち・意欲があば出来るのです。 「キ」気持ちから産まれるのです。 勇んで、神の御用を努めて下さい。
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気持ちの持ち方(想念)が事象を呼び込むということを説明しているようです。
神懸りも「おら無理だ」と思ってしまえばそれまでという事ですね。
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昭和二十年一月一日、 旧十一月十八日(1945年) 二二は晴れたり、日本晴れ、 びっくりばこ いよいよとなりたぞ。 春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケてハルマゲドンとなるのざぞ、 早う改心せんとハルマゲドンの大峠こせんことになるぞ。 大峠となりたら どんな臣民もアフン として もの云へんことになるのざぞ、 なんとした取違ひでありたかと じだんだふんでも、 其の時では間に合はんのざぞ、 十人なみのことしてゐては今度の御用は出来んのざぞ。 逆様にかへると申してあろが、 大洗濯ざぞ、 大掃除ざぞ、 ぐれんざぞ、 二二に花咲くぞ。 一月一日、
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富士は 晴れたり、日本晴れ、 ビックリ箱が開くような時期になってきました。 春夏秋冬に小さな出来事があり最後にハルマゲドン・終末となるのです。 早く改心しないとハルマゲドン・終末の大峠を越せなくなります。 大峠となりましたら、どんな臣民もアフンと腰が抜けて動けなくなるし、もの云へないことになるのです。 なんとした取違いであったのかと地団駄を踏んでも、其の時では間に合わないのです。 十人なみのことしていても今度の御用は 出来ないのです。 逆様(さかさま)に返へると説明してあります。 大洗濯です。 大掃除です。 グレンと世の中がひっくり返るのです。 富士・日本に花咲くのです。 |
太陽さんの平意訳そのままで分りやすいですね。 皆様は腰が抜けて動けなくなった経験ははおありでしょうか。 そうはならない様にしたいものです。
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昭和二十年一月二日、 旧十一月十九日(1945年) この方この世のあく神とも現はれるぞ、 閻魔とも現はれるぞ、 アクと申しても臣民の申す悪ではないぞ、 善も悪もないのざぞ、 審判(さばき)の時来てゐるのにキづかぬか、 其の日 其の時さばかれてゐるのざぞ、 早 う洗濯せよ、 掃除せよ、 磐戸(ゐわと)いつでもあくのざぞ、 善の御代来るぞ、 悪の御代来るぞ。 悪と善とたてわけて、 どちらも生かすのざぞ、 生かすとは神のイキに合すことぞ、 イキに合へば悪は悪でないのざぞ。 この道理よく肚に入れて、神の心 早うくみとれよ、 それが洗濯ざぞ。 一月二日、
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この方ミロクはこの世の悪神とも現はれるし、閻魔 悪と言っても臣民の云うところの悪ではないのです。 神には善も悪もないのです。 審判(さばき)の時来ているのに気がつきませんか? 其の日、其の時、裁ばかれているのです。 早う心魂の掃除洗濯をしなさい。 磐戸(いわと)いつでも開くのです。 善の御代来るのです。 悪の御代来るのです。 悪と善と分け隔てなく、どちらも生かすのです。 生かすとは神の息に合すことなのです。 息に合せれば、悪は悪でなくなるのです。 この道理をよく肚に入れて、神の心を早く汲み取りなさい。 それが心魂の洗濯なのです。
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前半は分かりにくいところがあります。 岩戸開きの折りに、ミロクは人々を区別するのですが、見方によっては悪神のようにも閻魔大王のようにも見えることを説明しています。 ただし、この悪とは人間が云うところの悪ではないと説明しています。 なぜなら、神にとっては善も悪も無いからです。 (善と悪の判断基準は何か?と考えれば、それは人間が勝手に決めた基準に過ぎないということに気が付けば良いのです。)
そして、閻魔大王 多くの人類にとっては裁くことは裁判所で判決を下してから刑が実行されると受け取るでしょうが、今・瞬時にその人間の行いをモニタ−している神達にとって、人間世界での裁判などは必要がないのです。 その瞬間に判決が降りて、その人物の歩む未来が決定されているということです。 ですから、岩戸開きの時に裁判して判決・刑が執行されるのでなく、今の行いで、刑が今実行されているということです。 とは云え、神の意図するところでは人間の世界の善悪という水準での区別でないので、毎日の行いで心魂の掃除洗濯をすれば、その人物の未来・判決を変更してくれると説明しています。 もともと、ミロクは慈悲の心でこの仕事に向かっているのですから、それぞれが良い方向へ進めばニコニコと見ているだけでしょうが、我欲の塊になり人間同士が共食い的な殺し合いをしたりすれば、その時は大魔人となってことごとく踏みつぶすのでしょう。 踏みつぶすときの基準が閻魔帳の記録というところになりますので「閻魔にもなるという記述」の所以と考えられます。 それを知らないと、自身の過去を都合良く忘れている人達にとっては裁いている姿をみたら悪神とも見えるのかもしれません。 人間世界では証拠がなければ無罪ですが、心魂をモニタ−している世界ではその行いそのものが証拠であるというわけです。 従って、隠れてコソコソとしても無意味で、心からの行いを正すことが必要であることを強調している帖です。
ここでの“この方”はミロクを指すようです。 「辛酉は良い日だが、恐い日でもあるぞ」 が脳裏をよぎりますね。。。
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昭和二十年一月三日、 旧十一月二十日(1945年) 天(あま)さかり地(くに)さかります御代となるぞ、 臣民の心の中にいけおいた花火 愈々ひらくとききたぞ、 赤い花火もあるぞ、 青いのもあるぞ、 黄なのもあるぞ、 それぞれのミタマによりて、その色ちがふのざぞ、 ミタマ通りの色出るのざぞ。 金は金ぞ、 鉄は鉄ぞ、 鉛は鉛として磨いてくれよ、 金のまねするでないぞ。 地つちの軸 動くぞ、 フニャフニャ腰がコンニャク腰 になりて どうにもこうにもならんことになるぞ、 其の時この神示、心棒に入れてくれよ、 百人に一人位は何とか役に立つぞ、 あとはコンニャクのお化けざぞ。 一月三日、
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天(あま)栄え、地(くに)栄える御代となるのです。 臣民の心の中に埋けて置いた花火がいよいよ開く時が来ました。 (太古に地上に降臨させて、輪廻転生をさせ修行させた臣民の身魂達の活躍する時がきたのです。 ) 赤い色の花火もあります。 青い色の花火もあります。 黄色の花火もあります。 それぞれの身魂によって、その色は違うのです。 身魂の通りの色になって出るのです。 金は金です。 鉄は鉄です。 鉛は鉛ですから、それなりに身魂を磨いてください。 鉛が金の真似をしてはいけません。 地つちの軸(地軸・ポ−ルシフト=ノアの大洪水、超大津波)が動きます。 そのノアの大洪水の超大津波の時に、それを見て、都市攻撃でフニャフニャ腰になっていたものがコンニャク腰になつて、恐怖で立つことも出来ずに、どうにもこうにもならないことになるのです。 其の時、この神示を読み心の棒に入れてシャキッとしてください。 (その中に、携挙などの明るい未来への試練のことが記載されています) 百人に一人位は何とか役に立ちます。 (この時に、助かるのは1%位ですが、心の心棒にはなるでしよう) 後はコンニャクのお化けになつてしまうのです。 (この時、残りの助からない99%は恐怖で立ち上がることも出来なくなってしまうのです。)
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岩戸開きにともなう、地球進化劇場の大緞帳が降りる「ノアの大洪水」の超大津波での様子について記載しています。 都市攻撃では80%しか生き残りませんので、約65億人×0.8=52億人です。 ノアの大洪水ではその1%ですから、52億人×0.01=5200万人位が助けてもらえることになります。 残りは地球の肥やしになってもらうことになります。 少し、厳しいですかね・・・・・ 神様のお眼鏡にかなう方たちの数は以外と少ないということのようです。
「それぞれの身魂によって、その色は違うのです。 身魂の通りの色になって出るのです。 金は金です。 鉄は鉄です。 鉛は鉛ですから、それなりに身魂を磨いてください。 鉛が金の真似をしてはいけません。」 男ばかりでは子供は作れませんし、女性ばかりでも子供は出来ません。 それぞれ固有の特徴と役割が有り、お互いが作用しあって弥栄となります。 一と二を和して三を生むですね。 そして、二人で御用を務めよに繋がります。 男は男なりの徳を積み、女は女なりの徳を積む事も必要でしょうし、人それぞれの性質に応じた身魂磨きをする事が大切です。 神示を読んでいけば、少しずつ判って来るようです。
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昭和二十年一月四日、 旧十一月二十一日(1945年) 北、南、たから出す時近づいたぞ、 世の元からの仕組であるからめったに間違ひないぞ、 これから愈々臣民にはわからなくなれど仕上げ見て下されよ、 何事も神の申すこと聞いて すなほになるのが一等ざぞ、 神示 (ふで)出ぬ時近ふなりたぞ、 神示出なくなりたら口で知らすぞ、 神示早う腹に入れぬと間に合はんことになりてくるぞ、 西も東もみな宝あるぞ、 北の宝はシホミツざぞ、 南の宝はシホヒルざぞ、 東西の宝も今にわかりてくるぞ、 此の宝あっぱれ、 この世の大洗濯の宝であるぞ。 一月四日、
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北極の地、南極の地、宝(隠してきた情報)を出す時が近づいてきました。 「世の元からの仕組」 ですから、めったに間違いはありません。 これからいよいよ、臣民には分からなくなりますが、心配せずに仕上げを見ていなさい。 何事も神の云うことを聞いて素直になるのが一番です。 神示(ふで)が出ない時が近づいているのです。 神示が出なくなりましたら口で知らせます。 神示を早く腹に入れないと間に合わないことになります。 西も東も全部が宝です。 北の宝はシホミツです。 南の宝はシホヒルです。 東西の宝も今に分かるようになってきます。 此の宝はこの世の大洗濯の宝であるのです。
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4244 を参照してください
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人民のイクサや天災ばかりで、 今度の岩戸ひらくと思ふてゐたら大きな間違ひざぞ、 戦や天災でラチあく様なチョロコイことでないぞ、 あいた口ふさがらんことになりて来るのざから、 早うミタマ磨いてこわいもの無いやうになっておりてくれよ、 肉体のこわさではないぞ、 タマのこわさざぞ、 タマの戦や禍は見当とれまいがな、 真通理(まつり)第一と申すのざ、 神のミコトにきけよ、 それにはどうしてもミタマ磨いて 神かかれる様にならねばならんのざ。 神かかりと申しても其処らに御座る天狗や狐や 狸つきではないぞ。 まことの神かかりであるぞ。 右行く人、左行く人とがむるでないぞ。 世界のことは皆、 己の心にうつりて心だけのことより出来んのざぞ、 この道理わかりたか、 この道はマナカゆく道とくどう申してあること忘れるなよ、 今迄の様な宗教や教の集団(ツドヒ)はつぶれて了ふぞ、 神がつぶすのではないぞ、 自分でつぶれるのざぞ、 早うこの神示、 魂にしてマコトの道に生きてくれよ、 俳句は俳句と申してあるが、 天理は天理、 金光は金光だけの教であるぞ。 この神の申すこと、天のミチぞ、 地のミチぞ、 人のミチざぞ。 今度の岩戸ひらきの大望(たいもう)すみたとて、 すぐによいことばかりではないのざぞ、 二度とないことであるから臣民では見当とれんから、 肚の底から改心して、 すなほに、神の申す通りにするのが何より結構なことざ ぞ。 一月七日、
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人民の戦争や天災ばかりで、今度の岩戸が開くと思ってていたら大きな間違いです。 戦争や天災でラチがあく様な簡単な極小さいことでないのです。 あまりの内容に開いて口が閉まらないことになるのです。 ですから、神懸かりになるように早く身魂を磨いて、怖いものが無いようになっていてください。 誤解しないように云いますが、肉体の怖さではないのです。 魂の怖さなのです。 魂の戦争や禍は見当とれないでしょう。 だから、真通理(まつり)が第一と云うのです。 神の詔に聞きなさい。 それにはどうしても神懸かりできるように身魂を磨いて、神が移れる様にならねばならないのです。 神懸かりと云っても、其処らにいる天狗や狐や狸付きでは無いのです。 真の神懸かりであるのです。 右行く人、左行く人、とありますが、咎めてはいけません。 世界のことは皆、己の心に映りますので、心に映るだけのことより以上のことは出来ないのです。 この道理は分かりましたか。 (岩戸開きの折りに、人はその心のありようのままに、右左と進みます。 それが滅びの道程であったとしても、それを注意したり咎めたりしてはいけません。 その方の有り様・運命なのです) この道は真ん中を行く道ですとくどくどと説明していることを忘れてはいけません。 今迄の様な宗教や教の集団(ツドヒ)は潰れてしまうのです。。 神が潰すのではないのです 自分で潰れるのです。 早くこの神示を魂に入れて真の道に生きてください。 俳句は俳句と云っていますが、天理は天理、金光は金光だけの教であるのです。 この神の云うことは天の道ですし、地の道ですし、人のミチなのです。 今度の岩戸開きの大望(たいもう)が終わったとしても、直ぐに良いことばかりではないのです。 二度と無いこと実行するまですから、臣民では見当とれ無いのです。 ですから、肚の底から改心して素直に、神の云う通りにするのが何より良いことなのです。 |
岩戸開きが始まると、自然と宗教は自滅していくようです。 我々の説明を知っていたら、そのとき、宗教が存在出来ないことくらいは自ずから理解しているでしょうから自己崩壊していくのでしょう。
全体的には分りやすいと思います。 善のみに囚われず、悪のみに囚われず、それぞれを抱き参らせる中を行く道を自然体で表せるよう、改心が大事のようです。
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昭和二十年一月九日、 旧十一月二十六日(1945年) 神の国の昔からの生神の声は、世に出てゐる守護人の耳には入らんぞ、 世に出てゐる守護人は九分九厘迄 外国魂ざから、聞こえんのざぞ。 外国の悪の三大将よ、 いざ出て参れ よ、 マトモからでも、上からでも、下からでも、横からでも、いざ出てまゐれよ。 この神の国には世の元からの生神が水ももらさぬ仕組してあるから、 いざ出て参りて得心ゆくまでかかりて御座れ。 敗けてもクヤシクない迄に攻めて御座れよ、 堂々と出て御座れ、 どの手でもかかりて御座れ。 その上で、敗けてこれはカナワンと云ふ時迄かかりて御座れよ。 学、勝ちたら従ってやるぞ、 神の力にカナワンこと心からわかりたら末代どんなことあっても 従はして元の神のまことの世にして、 改心さして、万劫末代 口説(くぜつ)ない世に致すぞよ。 一 月九日、
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神の国の昔からの生神の声は世に出ている守護人(警察・保安部隊・軍隊などの指導部)の耳には入りません。 世に出ている守護人(警察・保安部隊・軍隊などの指導部)は九分九厘迄が外国魂(外国式の軍事思想)ですから聞こえないのです。 外国の悪の三大将さん。 出て来なさい。 マトモからでも、上からでも、下からでも、横からでも、出てきなさい。 この神の国には世の元からの生神が「水ももらさぬ仕組」にしてあります。 ですから、出て来て得心のゆくまで、かかって来てください。 敗けてもクヤシクない迄に攻めて来なさい。 堂々と出て来なさい。 どの手でもかかってきなさい。 その上で、敗けて、これはカナワンと云ふ時迄かかりっください。 学、勝ちたら従ってやります。 神の力にカナワンこと心から分かりましたら末代まで、どんなことがあっても従ってもらいます。 そして、元の神の真の世にして、改心さして、万劫末代まで、口説(くぜつ)のない世に致します。
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自信満々のようですが、 「大丈夫なのかなあ・・・・・」 なんて思いたくなります。
世に出ている守護人さん達も、神の力には敵わんと分かるような目に遭えば改心のきっかけになるのかもしれません。
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トッチです。 私は辰年生まれですので計算しやすいのですが、岩戸開きが終わるのは、7年後の2012年・・・? では、始まりは何時なの?
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昭和二十年一月十一日、 旧十一月二十八日(1945年) 富士と鳴門の仕組わかりかけたら、 いかな外国人でも改心するぞ、 それ迄に神の国の臣民 改心して居らぬと気の毒出来るぞ。 天狗や狐は誰にでもかかりてモノいふなれど、 神は中々にチョコラサとはかからんぞ、 よき代になりたら神はモノ云はんぞ。 人が神となるのざぞ、 この神は巫女(みこ)や弥宜(ねぎ)にはかからんぞ、 神が誰にでもかかりて、 すぐ何でも出来ると思ふてゐると思ひが違ふから気つけておくぞ。 かみがかりに凝るとロクなことないからホドホドにして呉れよ。 この道は中行く道と申してあろがな。 戦すみたでもなく、 すまぬでもなく、 上げもおろしもならず、 人民の智や学や算盤では、 どうともできんことになるのが目の前に見へてゐるのざから、 早う神の申す通り素直に云ふこときけと申してゐるのざぞ。 長引く程、国はヂリヂリになくなるぞ。 米あると申して油断するでないぞ、 タマあると申して油断するでないぞ。 命(いのち)あると申して油断するでないぞ。 この神示よく読めば楽になって人々から光り出るざぞ、 辰の年はよき年となりてゐるのざぞ、 早う洗濯してくれよ。
一月十一日、
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「富士と鳴門の仕組」が分かりかけましたらたら、いかなる外国人でも改心するのです。 それ迄に神の国の臣民は改心していないと気の毒な方たちが出て来るのです。 天狗や狐は誰にでも懸かりてモノを云うのです。 しかし、神は中々に簡単には神懸かりしないのです。 良い代になったら神はモノ云わないようになります。 人が神となるのです。 この神は巫女(みこ)や弥宜(ねぎ)には懸かりません。 神が誰にでも懸かりをして、直ぐに何でも出来ると思うていると、思い違いが出来ますから注意しておきます。 それと、神懸かりに凝るとロクなことないからホドホドにしてください。 この道は中行く道と説明しています。 戦争が終わったでもなく、終わりそうでもなく、上げも下ろしもならず、人民の智や学や算盤ではどうとも出来ないことになるのが目の前に見へているのです。 ですから、早く神の云う通り素直に云ふことを聞けと云っているのです。 長引く程、国はヂリヂリになって無くなります。 米があるからとて油断してはいけません。 身魂がある云っても油断してはいけません。 命(いのち)があると云って油断してはいけません。 この神示をよく読めば、楽になって人々から光り出るのです。 岩戸開きの終わる辰の年は良い年となっているのです。 神懸かりできるように身魂の洗濯を早くしてください。
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先の第8帖に有りました“世に出ている守護人”も、「富士と鳴門の仕組」が分りかければ改心する事になるのでしょうが、それ相当の苦労は付いてくるものと覚悟は必要でしょう。 ミロクの臣民もしかりですが、神はなかなか神懸りするものではありません。 天狗や狐の類は、簡単に物をいいますので、気を付ける必要があります。 良い代になれば、人の心の奥底から神心が湧き上がってきます。 神が降りて物を言うような事はなくなります。 しかし、神が誰にでも、どんな人にでも懸かると思ったら、大きな思い違いです。 そんな甘いものではありませんし、簡単な事ではありません。 それと、神懸りを意識しすぎたり、神秘性に囚われているとロクな事はありませんので程々にして下さい。 この道は“中行く道”と説明しています。 戦争が終わったでもなく、終わりそうでもなく、上げも下ろしもならず、人民の智や学や算盤ではどうとも出来ないことになるのが目の前に見へているのです。 ですから、早く神の云う通り素直に云ふことを聞けと云っているのです。 長引く程、国はヂリヂリになって無くなります。 今は何不自由ないからと油断してはいけません。 皆様次第ではありますが、この神示を読めば、ミロクの世に向かえる可能性は高くなります。 岩戸開きの終わる辰の年は良い年となっているのです。 神懸かりできるように身魂の洗濯を早くしてください。
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jula です。 磐戸の巻 第九帖(245)jula流で読み下してみました。
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それまでに神の国の臣民が改心して洗濯済まして居ないと気の毒となりますよ。 天狗や狐は洗濯が済んでいない、御魂磨きがされていない人、誰にでも懸かってアレ コレ言い 当ててみたりします。 しかし本当の神は。そんな洗濯の済んでいない人、御魂磨きが済んでいない、借銭済ま して居ない者にはホイホイ懸かる事は無いのです。
めぐり取って、借銭済まして、洗濯済んで御魂磨きが済んだ者に神( 神の入れ物(○)となって働くのです。 これがフジの仕組みとナルトの仕組みの一つですよ。
ナルトの仕組み=○に 適切な九つのテンが納まっていって○ナル トとなる フジの仕組み=人ばかりでは建て直しは成りません。 神ばかりでも建て直しはなりま せん。 神と人、天と地、火と水が相和して建て直しが成るのです。 掃除、洗濯すんで、 “良い代わり、拠りしろ” となったならば、神が“お告げ”なんてを伝えてくることはなくなります。 神懸かりでのお告げなどではなく、神人となっていますから、 その人が顕在意識で話 す事がすなわち 神の言葉となるのですよ。
この納まるべき 神が洗濯済んでいない入れ物、誰にでも懸かって、すぐ何でも出来ると思っていると それは違いますから、よく気を付けておいてください。 洗濯が済んでいない人に懸かって来る かみ とのかみがかりに嵌り込むと、ろくな事 はありませんから(マコトになんて到底至れませんから)ホドホドのところでさっさ と気づいてください。 でないと悪の御用として良いように使われてしまいます。 そのくらいの事を見分けれるように、我もなくてはならないのですよ。 だと言ってこれは善だこれは悪だと単純に区別するのではなりませんよ。 この道は中行く道と言っているでしょう。 時には悪の御用の一旦を体験し実感し、悪との交流をもつことも大事な御役であるの です。 現世の人にはその御役が託されているのです。 それによってめぐりとりもより深く行われます。 現世、そして現代は戦争が無くなった訳でも、終わった訳でもなく、成十に至れたわ けでもなく かと言ってやり直しでもない状況になっているではありませんか。 人民の智や学やそろばん電卓コンピュータでは、どうとも出来ない事態が目の前にまで 見えているではありませんか。 別にノアの大洪水や都市攻撃がなくても早晩地球温暖化、資源の枯渇、大気汚染で人 類が立ち行かなくなってきている事は もうはじき出されているでしょう? そして今更それらの有効な解決策も見出せ無いでしょう? (そう、それこそがサタンがやり直し、リセットを言う口実となっているのです よ。) ですから早くひふみで説いている事、マコトをハラに入れてくださいと言っているの ですよ。 マコトが理解されず、こんな状態が長引いてしまうと神納まる○としての国、場が無 いも同然となってしまうのですよ。 まだまだ食料は足りていると油断してはいけません。 魂がちゃんとあると油断していてはいけません。 命があり生活していると油断していてはいけません。 何か有事となれば食料は直ぐに寸断され供給されなくなってしまいます。 洗濯済んでいない魂は簡単にサタンに収穫されてしまいます。 命は蝋燭の火が消えるかの如く消えて、再び現れる事はなくなってしまいます。 ですけれどもこの神示をよく読んでマコトをハラに納めてください。 色々な労が実は楽に至る、弥栄に至る道である事が理解できます。
(神はそういう人にこそ懸かるのです) 辰の年はよき年となっているのですよ。 早く洗濯して光って神懸かれる御魂となってください。
一月十一日、
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トッチです。 julaさん、素晴らしいですね。 富士と鳴門がとても分りやすくなりました。 神示の1発目「上つ巻 第一帖」は “二二は晴れたり、日本晴れ” から始まります。 これは神示の顔とも言えるフレーズですが、 「天と地が和し、陰と陽、表と裏が和し、一と二が和し三となる、 ナルトと成りて永遠の進化・弥栄へ向かうミロクの世が成就しました」 と、こんな感じになるのでしょうね。 そして下つ巻 第九帖にある
「今度の戦は
「神の入れ物となりて神懸かれるか( と見る事が出来そうですね。 またはストレートに 「神懸りた者と、正しい器となれずにそうでない者との戦い」 でしょうか。
そこで提案ですが、全神示のベースとなる上つ巻と下つ巻は“富士”“
なんて思うのですが!
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トッチです。 「節分からは八回拍手を打って下さい。」 この部分が意味不明です。
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悪の仕組は、日本魂をネコソギ抜いて了ふて、 日本を外国同様にしておいて、 一呑みにする計画であるぞ。 日本の臣民、悪の計画通りになりて、尻の毛まで抜かれてゐても、まだキづかんか、 上からやり方かへて貰はねば、下ばかりでは何うにもならんぞ。 上に立ちてゐる人、日に日に悪くなりてきてゐるぞ。 メグリある金でも物でも持ちてゐたらよい様に思ふてゐるが、 えらい取違ひであるぞ。 早う神の申すことききて下されよ。 世界の何処さがしても、今では九九(ここ)より他に、神のマコトの道知らす所ないのざぞ。 此の道の役員、 上から見られん所によきことないと今度の御用、 なかなかにつとまらんぞ、 洗濯急げよ、 掃除急げよ、 家の中が治まらんのは女にメグリあるからぞ、 このことよく気付けておくぞ、 村も国々も同様ぞ。 女のメグリはコワイのざぞ。 節分からは八回拍手うちて下されよ。 神はげしくなるぞ。
一月十二日、
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「悪の仕組」は日本魂をネコソギ抜いてしまって、日本を外国と同様にしておいて、一呑みにする計画であるのです。 日本の臣民は「悪の計画」の通りになって、尻の毛まで抜かれていても、まだ気が付きませんか、 上(政府の指導部)からやり方を変えて貰はねば、下(庶民)ばかりでは何うにもならないのです。 上(政府の指導部)に立ちている人は日に日に悪くなってきています。 メグリのある金でも物でも持ちていたら良い様に思うていますが、偉い取違いです。 早く神の云うことを聞いて下さい。 世界の何処さがしても、今では九九(ここ=神の国・日本)より他に神の真の道を知らせる所はないのです。 此の道の役員は上(政府の指導部)から見られない所に良いことがないと今度の御用はなかなか勤まらないのです。 神懸かり出来るように身魂の洗濯を急ぎなさい。 神懸かり出来るように身魂の洗濯を急ぎなさい。 家の中が治まらんのは女にメグリがあるからなのです。 このこと、よく注意して起きます。 村も国々も中が治まらないのは上(政府の指導部)にメグリがあるからなのです。 女のメグリは怖いのです。 節分からは八回拍手を打って下さい。 岩戸開きの為に、天地異変を起こし、神は激しくなります。
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アメリカの圧力により鎖国を解かれ、日本は明治維新以降、欧米に追いつき追い越せと欧米型文化を取り入れてきました。 そして、大国を目指して軍備の増強に努めてきました。 背景として当時、植民地化を目指す欧米に侵略される中国を見ていて、このままでは、次は日本が攻められる事になるであろうとの危惧が増強を促したようです。 挙句の果てに国力不相応の戦争を仕掛けるはめになり、アメリカの占領下に置かれる事となりました。 その後は政治的にも文化的にも、頑ななまでに現在に至るまでアメリカ追従の姿勢を崩しておりません。 国の経済成長も低迷の一途を辿りながらも、人民はお金と物質所有欲に囚われたままとなっております。 すっかり「悪の仕組」の思う壺にはまって、取り違いに気付く気配も無さそうです。 それどころか、世の中はますます悪い方向に進んでいますので、今のうちに神示を肚に入れて改心をしなければ気の毒な事になります。 上(政府の指導部)からやり方を変えて貰はねば、下(庶民)ばかりでは何うにもならないのですが、今のままでは望むべくも無さそうです。 早く神の云う事を聞いてください。 世界の何処さがしても、今では九九(ここ=神の国・日本)より他に神の真の道を知らせる所はないのです。 しかし、神の道・岩戸開きを知らせる方々は、国の圧力を避ける形でなければ、御用は難しいと言えます。 神懸かり出来るように身魂の掃除を急ぎなさい。 神懸かり出来るように身魂の洗濯を急ぎなさい。 国家も、家の中も、上手く治まらないのは中心(肝心の肚)がしっかりしていないからです。 中心が取り違いのままだからです。 改心無しに、メグリの只中にあるからです。 この事を注意しておきます。 節分からは八回拍手を打って下さい。 岩戸開きの為に、天地異変を起こし、神は激しくなります。
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昭和二十年一月十三日、 旧十一月三十日(1945年) 心にメグリ積むと動物のイレモノとなるぞ、 神のイレモノ、動物等に自由にされてゐて、それでマコトの神の臣民と申されるか、 判らんと申してあまりであるぞ。 ゴモク吐き出せよ、 其の儘にしておくと段々大きくなりて始末にゆかんことになりて、 しまいには灰にするより、手なくなるぞ、 石流れて、木の葉沈むと申してあろが、 今がその世ざぞ。 改心してキレイに掃除出来たら、千里先にゐても、ひつきの神とたのめば何んなことでもさしてやるぞ、 この神は世界中何処へでも届く鼻もってゐるのざぞ、 この世つくりたこの神ざ、 この世にわからんこと一つもないのざぞ、 神の御用さへつとめて下されたら、 心配ごとが嬉し嬉しのこととなる仕組ざぞ、 日本臣民ばかりでないぞ、 何処の国の民でも同様に助けてやるぞ、 神にはエコがないのぞ。 一月十三日、
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心に「因果の巡りを蓄積」すると、その身魂は劣化して動物の身魂の入れ物なるのです。 神の入れ物が動物等に自由にされていて、それで真の神の臣民と云えますか。 (人口も増加して、人間を粗製濫造したおかげで、人間の姿をした獣が増えてきました。 ので、獣たちの身魂がこれ幸いと、人間に取り憑きをしているということです。 その為に、残虐な事件も増えましたし、理解しがたい人間も増え、世界中の至る所で残酷な人間の姿をした獣たちによる殺し合いなどが増えたということです。) 判らないと云っても余りにも分らんないのです。 誤った認識の滓を吐き出しなさい。 其のままにしておくと段々大きくなり、始末できなくなります。 終わりには殺して灰にするより他に手がなくなるのです。 石が流れて、木の葉が沈む、と説明していますが、今がその逆さになつた世なのです。 改心して身魂が綺麗に掃除出来たら、千里先にいても、「ひつきの神」と頼めば何んなことでもさせてあげます。 この神は世界中の何処へでも届く鼻を持っているのですから。 この世を造ったこの神ですから、この世に分からないことは一つもないのです。 神の御用さへ勤めていたら、心配ごとが嬉し嬉しの事になる仕組なのです。 日本の臣民ばかりでないのです。 何処の国の民でも同様に助けてやるのです。 神にはエコがないのです。
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神サタンが仕込んだ逆様の常識から抜け出してください。 そして、神の真理に生きてください。 その為には改心しなければなりません。 世界中の、いかなる立場の人も、その対象です。
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昭和二十年一月十三日、 旧十一月三十日(1945年) マコトの者は千人に一人ざぞ、 向ふの国にはまだまだドエライ仕組してゐるから今の内に神の申すこと聞いて、 神国は神国のやりかたにして呉れよ。 人の殺し合ひ許りではケリつかんのざぞ、 今度のまけかちはそんなチョロコイことではないのざぞ、 トコトンの処まで行くのざから神も総活動ざぞ、 臣民 石にかじりついてもやらねばならんぞ、 そのかわり今後 は万劫末代のことざから何時迄もかわらんマコトの神徳あたへるぞ。 云はれぬこと、神示に出せぬことも知らすことあるぞ。 一月十三日、
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誠の者は千人に一人です。 (携挙されて救われるのは0.1%です) 向うの国にはまだまだ「ドエライ仕組」をしているから、今の内に神の云うこと聞いて、神国は神国のやりかたにしてください。 (地上のことであれば、外国と記載してあれます。 しかし、この帖では向うの国となっています。 従って、地上の国のことではないと考えられます。 そこで、宇宙の神サタンの国を指定していると考えます。 そうなると、神サタンは「ドエライ仕組」=都市攻撃・ノアの大洪水のシステムをしているとなります。 ) 地上の人の殺し合い許りではケリがつかないのです。 今度の負け勝ちはそんな極小さいことではないのです。 (地上のばかりでなくて、宇宙でのことも含んでいるのです) トコトンの処(人類の滅亡)まで行くのですから、神も総活動しているのです。 臣民は石にかじりついてもやらねばならないのです。 そのかわりに、今後は万劫末代のことですから何時迄も変わらない真の神徳を与えるのです。 (不死になって、末代までのことになるのです) 云はれないこと、神示に出せないことも知らすことがあります。
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現在の世界人口は64億4千万人程ですので、ミロクの世に残るのは640万人だけですか。 比べるのもおかしなものですが、世界大戦を起こしたとしても1億人も死なないでしょうから、岩戸開きの凄まじさが分ります。
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トッチです。 長いですし、紹介だけにします。
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昭和二十年一月十三日、 旧十一月三十日(1945年) コトちがふから、精神ちがふから、ちがふことになるのざぞ、 コト正しくすれば、正しきこととなるのざぞ。 日本の国は元の神の血筋のまじりけのないミタマで、末代 世治めるのざ。 何事も末代のことである から、末代動かん様に定めるのざから、大望であるぞ。 上の臣民この儘で何とか彼んとかいける様に思ふてゐるが、 其の心われよしざぞ。 今度は手合して拝む許りでは駄目ざと申してあろが、 今度は規則きまりたら、昔より六ヶ敷くなるのざぞ、 まけられんことになるのざぞ、 神魂(カミタマシ)の臣民でないと神の国には住めんことになるのざぞ。 この世治めるのは地の先祖の生神の光出さねば、この世治まらんのざぞ、 今度はトコトン掃除せねば、少しでもまぢり気(け)ありたら、先になりて また大きな間違ひとなるから、 洗濯々々とく どう申してゐるのざ。 神は一時は菩薩とも現はれてゐたのざが、 もう菩薩では治まらんから、 愈々生神の性来現はしてバタバタにらちつけるのざぞ、 今の学ある者 大き取り違ひいたしてゐるぞ。 大国常立尊 大神と現はれて、 一時は天もかまひ、 地の世界は申すに及ばず、 天へも昇り降りして、
早う洗濯せんと間に合はんぞ。 この道の役員、吾は苦労して人助けるのざぞ、 その心でないと我出して吾のこと思ふてゐるとグレンざぞ。 仏もキリストも何も彼もスカリと救はねばならんのざ、 殺して救ふのと、 生かして御用に使ふのとあるぞ、 今度はハッキリ区別するのざぞ、 昔からの因縁ざぞ。 この方のもとに参りて、昔からの因縁、この先のこと克く聞いて得心出来たら、肚の底から改心してマコトの御用結構につとめあげてくれよ。 逃げ道つくってはならんぞ、 二つ三つ道つくってはならんぞ。 ますぐに神の道に進めよ。 神の道は一筋ざと申してあろが。 何なりとそれぞれの行せねばマコトのことは出来んのざぞ、 世界の片八四浜辺からいよいよが始まると知らしてあること近うなりたぞ、 くどい様なれどさっぱりと洗濯してくれよ、 神の国は神のやり方でないと治まらんから今までの法度(はっと)からコトから、やりかたかえて、 今迄はやりかた違ってゐたから、 神のお道通りに致しますと 心からお詫びせねば、する迄 苦しむのざぞ、 この苦しみは筆にも口にもない様なことに、 臣民の心次第でな るのざから、 くどう申してゐるのざぞ、 何も彼も神にささげよ、 てんし様にささげよと申してあろがな、 それが神国の民の心得ぞ、 否(いや)でも応(おう)でもそうなって来るのざぞ。 神国の政治経済は一つざと申してあろうがな、 今の臣民に判る様に申すならば、 臣民働いてとれたものは、何でも神様にささげるのざ、 神の御社は幸でうづもれるのざぞ、 御光輝くのざぞ、 光のまちとなるのざぞ。 神からわけて下さるのざぞ、 其の人の働きによってそれぞれに恵みのしるし下さるのざぞ、 それがお宝ぞ、 お宝 徳相当に集まるのざぞ、 キンはいらん と申してあろがな、 元の世になる迄に、さうした事になって それからマコトの神の世になるのざ。 神の世はマツリあるだけぞ、 それ迄にお宝下さるのざぞ、 お宝とは今のお札(さつ)の様なものざぞ。 判る様に申すなら、神の御社と臣民のお役所と市場と合した様なものが、一時は出来るのざぞ、 嬉し嬉しとなるのざぞ、 マコトのマツリの一(ハジメ)ざぞ。 このことよく肚に入れて一二三(ひふみ)として説いて、 早う上の守護人殿にも、 下の守護人殿にも知らして、 安心して、勇んで暮す様にしてやりて下されよ。 それも臣民の心次第、素直な人、早う嬉しくなりて、心勇むぞ、 さびしくなりたら たづねて御座れと申してあろがな。
一月十三日、
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コトが違うから、精神が違うから、間違ったことになるのです。 コトを正しくすれば、正しきことになるのです。 日本の国は元の神の血筋の純粋なミタマで、末代まで世を治めるのです。 何事も末代のことであるから、末代まで動かん様に定めるのですから、それは大望に他ならないのです。 上の臣民この「ひふみの書」で何とか彼んとかいけると思っているが、其の心で良いのです。 今度は手合して拝むばかりでは駄目なのです。 今度は規則きまりたら、昔より難しいことになっているのです。 おまけで通してくれることはないのです。 神魂(カミタマシ)の臣民でないと神の国には住ないことになるのです。 この世を治めるのは地の先祖の生神の光出さねばならないのです。 そうしないと、この世は治まらないのです。 今度はトコトン掃除せねばならないのです。 少しでもまぢり気(け)あったら、先になって、また、大きな間違ひとなるから、洗濯々々とくどう申しているのです。 一時、神は菩薩とも現はれていたのですが、もう菩薩では治まらないので、生神の性来を現はしてバタバタにらちつけるのです。 今の学ある者は大き取り違いをしているのです。 大国常立尊大神と現はれて、一時は天もかまい、地の世界は申すに及ばず、天へも昇り降りして、基の日本の神の光りをクッキリと現わさないといけないと仰せであるのです。 人民は早う洗濯せんと間に合いません。 この道の役員、吾は苦労して人助けるのです。 その心でないと我出して吾のこと思ふているとグレンとひっくり返るのです。 仏教徒もキリスト教徒も何も彼もスカリと救はねばならないので「殺して救う方たちと生かして御用に使う方たち」に分けてしまうのです。 今度はハッキリ区別するのですから、昔からの因縁が計られるのです。 (この方)ミロクの下に参りて、昔からの因縁、この先のことを良く聞いて得心出来たら肚の底から改心してマコトの御用を十分に努めて下さい。 逃げ道つくってはなりません。 勝手に二つ三つ道つくってもなりません。 ますぐに神の道に進んで下さい。 神の道は一筋ざと申してあるでしょう。 何なりとそれぞれの行せねばマコトのことは出来ないのです。 世界の片っ端の浜辺からいよいよが始まると知らしてあること近うなっているのでするくどい様なれどさっぱりと洗濯してください。 神の国は神のやり方でないと治まらないのです。 ですから、今までの法度(はっと)からコトから、やりかたを替えて、今迄はやりかた違っていたから、神のお道通りに致しますと心からお詫びしなければなりません。 もし、しなければ、お詫びする迄、苦しむことになるのです。 この苦しみは筆にも口にもない様なことに、臣民の心次第でなるのですから、くどう申しているのです。 何も彼も神にささげよ、てんし様にささげよと申しているでしょう。 それが神国の民の心得ぞ、否(いや)でも応(おう)でもそうなって来るのです。 神国の政治経済は一つしかないと説明しているでしょう。 今の臣民に判る様に説明するならば、臣民が働いてとれたものは、何でも神様にささげるのです。 神の御社は幸(さち)で埋もれるのです。 御光輝くのです。 光の町となるのです。 神から分けて下さるのです。 其の人の働きによってそれぞれに恵みの印を下さるのです。 それがお宝なのです。 お宝は徳相当に集まるのです。 金(お金)はいらないと説明しているでしょう。 元の世になる迄に、さうした世になって、 それからマコトの神の世になるのです。 神の世は祀りがあるだけです。 それ迄にお宝下さるのでする お宝とは今のお札(さつ)の様なものでないのです。 判る様に申すなら、神の御社と臣民のお役所と市場と合した様なものが、一時は出来るのです。 嬉し嬉しとなるのです。 これがマコトの祀りの一(ハジメ)なのです。 このことよく肚に入れて一二三(ひふみ)として説いて、早う上の守護人殿にも、下の守護人殿にも知らして、安心して、勇んで暮す様にしてやりて下さい。 それも臣民の心次第、素直な人、早う嬉しくなりて、心勇むぞ、さびしくなりたらたづねて御座れと申しているでしょう。
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長い帖ですが、平文にすると分かりやすい内容ですので説明は不要と考えます。 ミロクが岩戸開きをしたあとの社会の様子のようなものを具体的に説明している内容と受け取れます。 この帖の特徴は下記のようにミロクの岩戸開きに対する心構えのようなものを説明しています。 下記の内容からは徹底して実施すると説明してありますので、並大抵の事では臣民といえども振り落とされるのかもしれません。 {一時、神は菩薩とも現はれていたのですが、もう菩薩では治まらないので、生神の性来を現はしてバタバタにらちつけるのです。 今の学ある者は大き取り違いをしているのです。 大国常立尊大神と現はれて、一時は天もかまい、地の世界は申すに及ばず、天へも昇り降りして、基の日本の神の光りをクッキリと現わさないといけないと仰せであるのです。}
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この帖も、紹介だけとします。
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生味(しょうみ)の、生き通しの神が、生味を見せてやらねばならんことに、何れは なるのざが、 生神の生味ははげしいから、今の内に綺麗に洗濯しておけと申すのざ、 皆にまつろひておけと申すのざ。 可哀さうなは兵隊さんざぞ、 神に祈りてやりて呉れよ。 幽界人(がいこくじん)よ、日本の国にゐる幽界魂(がいこくたま)の守護人よ、 愈々 となりて生神の総活動になりたら、死ぬことも生きることも出来ん苦しみに一時はなる のざから、 神から見ればそなた達も子ざから早う神の下にかえりてくれよ、 いよいよと なりて来たのざぞ、 くどうきづけるぞ。
一月十三日、
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生味(しょうみ=人間の身体を持った)の「生き通しの神」(人間の身体の中を輪廻 転生している神)が、生味(人間の姿)を見せてやらねばならんことに、何れはなるのです。 ですが、生神(人間の姿になつたミロク)の生味(この時は菩薩から魔神となって旧来のサタンに支配され刃向かうものは破壊する覚悟でいる)は激しいから、今の内に綺麗に洗濯しておけと申すのです。 皆に祀りをしておけと申しているのです。 可哀さうなのは兵隊さんなのです。 (このミロク神と戦う・戦わされる兵隊達で、踏みつぶされてしまうのです) 神に祈ってください。 幽界人(がいこくじん)よ! 日本の国にいる幽界魂(がいこくたま)の守護人よ(キリスト教徒の駐留アメリカ軍よ)! いよいよとなりて生神(人間の姿になつたミロク)の総活動になりたら、死ぬことも生きることも出来ん苦しみに一時はなるのです。 ですから、神から見ればそなた達も子ざから早う神の下にかえつてください。 いよいよとなって来たのです。 くどう警告しているのです。
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この帖の公開は昭和20年01月13日ですから、この時点ではミロクの人間の姿は現れていないことを説明して、未来に現れたときでは間に合わないので、今から神の下に戻るように警告している内容です。 この帖でのポイントはミロク神に刃向かうように指示された軍隊の兵隊達の運命です。 この帖の記述から見ると徹底的に破壊・消滅させられるようです。 そして、この昭和20年01月13日の第二次大戦の最中に、キリスト教徒の駐留アメリカ軍の運命を預言しているような内容で、改心を進めているのが面白いところです。
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昭和二十年一月十四日、 旧十二月一日(1945年) この方の道、悪きと思ふなら、出て御座れ、 よきかわるきか、はっきりと得心ゆくまで見せてやるぞ。 何事も得心させねば、根本からの掃除は出来んのざぞ、 役員 気つけて呉れよ。 皆和合して呉れよ。 わ るき言葉、息吹が此の方一番邪魔になるぞ、 苦労なしにはマコト判らんぞ、 慾はいらぬぞ、 慾出したら曇るぞ。 めくらになるぞ、 おわびすればゆるしてやるぞ、 天地に御無礼ない臣民一人もないのざぞ。 病治してやるぞ、 神息吹つくりてやれよ、 神いぶきとは一二三書いた紙、神前に供へてから分けてやるもののことざぞ。 腹立つのは慢心からぞ、 守護神よくなれば肉体よくなるぞ、 善も悪も分からん世、闇の世と申すぞ。 天照皇太神宮様(テンショウコウタイジングウサマ)の岩戸開きは、だました、間違ひの岩戸開きぞ、 無理にあけた岩戸開きざから、開いた神々様に大きなメグリあるのざぞ、 今度はメグリだけのことはせなならんぞ、 神にはわけへだて無いのざぞ、 今度の岩戸開きはちっとも間違ひない、まぢりけのない、マコトの神の息吹でひらくのざぞ。 まぢりありたら、にごり少しでもありたら、 またやり直しせなならんから くどうきつけてゐるのざぞ。 何時迄もかわ らんマコトでひらくのざぞ。 一月十四日、 旧十一月三十日、
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(この方)ミロクの道を悪と思うのなら出てきなさい。 善し悪しをはっきりと得心ゆくまで見せてあげます。 何事も得心させねば、根本からの掃除は出来ないのです。 役員も気つけてください。 皆さんは和合してください。 悪き言葉、息吹が(此の方)ミロクの一番邪魔になるのです。 苦労なしにはマコトは判らないのです。 慾を持ってはなりません。 慾を出したら曇って見えなくなります。 めくらになるのです。 おわびすればゆるしてもらえるのです。 天地に御無礼な臣民一人もないのです。 病治してあげます。 神の息吹を作りてください。 神の息吹は一二三に書いた紙を神前に供へてから分けてやるもです。 腹立つのは慢心から起こるのです。 身体の守護神が良くなれば肉体も良くよくなるのです。 善も悪も分からん世の中を闇の世と云うのです。 天照皇太神宮様(テンショウコウタイジングウサマ)の岩戸開きは、だました・間違いの岩戸開きです。 (皇室の説明する岩戸開きの神話・天皇家の由来は嘘・間違いの神話によっています。) なぜなら、岩戸に隠れた天照らすを石舞台で嘘の踊りを踊り騙して無理にあけた岩戸開きだからです。 開いた神々様に対しては大きな因果が巡(めぐり)り残ったのです。 今度は因果が巡(めぐり)りをうち消すだけのことはしなければならないのです。 神ミロクには善悪のわけへだて無いのです。 今度の岩戸開きはちっとも間違いの無い、まぢりけのない純粋なものなのです。 マコトの神の息吹で開くですから間違いがないのです。 混じったら、濁っていたら、また、やり直ししなければならないので、くどう注意しているのです。 何時迄も変わらないマコトで岩戸を開くのですから。
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今度のミロクの岩戸開き」と「神話の天照皇太神宮の岩戸開き」の本質的な違いを説明しています。 早い話、騙して岩戸を開いてはいけません。 だから、今のような悪が栄える世の中になったのです。 その為に、ミロクの岩戸開きでは騙し合いなしの純粋な混じりっけ無しの神の息吹で実施すると説明しています。
今までの岩戸開きとされているものは、偽りであり、仕組まれた誤誘導の為の罠が潜んでいるのでしょうか。 しかし、今度の岩戸開きは純粋なものであり、改心無しには乗り越える事は不可能です。 そして、今回が最後の岩戸開きとなるのでしょう。 「皆さんは和合してください」 ここに、ひふみの云う道が示されています。 和合が弥栄に通じます。 全体としては分りやすいと思います。
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トッチです。 この神示は紹介だけとします。 少し考えながら読むには良い内容でしょう。
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世の元からの生神が揃うて現はれたら、 皆腰ぬかして、目パチクリさして、 もの云へん様になるのざぞ。 神徳貰うた臣民でないと中々越せん峠ざぞ、 神徳はいくらでも背負ひきれん迄にやるぞ、 大き器もちて御座れよ、 掃除した大きいれものいくらでも持ちて御座れよ、 神界にはビクともしぬ仕組出来てゐるのざから安心して御用つとめ てくれよ。 今度はマコトの神の力でないと何も出来はせんぞと申してあろが、 日本の国は小さいが天と地との神力強い、 神のマコトの元の国であるぞ。 洗濯と申すのは何事によらん、 人間心すてて仕舞て、 智恵や学に頼らずに、 神の申すこと一つもうたがはず生れ赤子の心のうぶ心になりて、 神の教 守ることぞ。 ミタマ磨きと申すのは、 神からさづかってゐるミタマの命令に従ふて、 肉体心すてて了ふて、 神の申す通りそむかん様にすることぞ。 学や智を力と頼むうちはミタマは磨けんのざ。 学越えた学、 智越えた智は、 神の学、 神の智ざと云ふこと判らんか、 今度の岩戸開きはミタマから、 根本からかへてゆくのざから、 中々であるぞ、 天災や戦ばかりでは中々らちあかんぞ、 根本の改めざぞ。 小さいこと思ふてゐると判らんことになると申してあろがな、 この道理よく肚に入れて下されよ、 今度は上中下三段にわけてあるミタマの因縁によって、 それぞれに目鼻つけて、 悪も改心さして、 善も改心さしての岩戸開きざから、 根本からつくりかへるよりは何れだけ六ヶ敷いか、 大層な骨折りざぞよ。 叱るばかりでは改心出来んから喜ばして改心さすことも守護神にありてはあるのざぞ、 聞き分けよい守護神殿 少ないぞ、 聞き分けよい悪の神、 早く改心するぞ、 聞き分け悪き善の守護神あるぞ。 この道の役員は昔からの因縁によってミタマ調べて引寄せて御用さしてあるのざ、 めったに見当くるわんぞ、 神が綱かけたら中々はなさんぞ、 逃げられるならば逃げてみよれ、 くるくる廻って又始めからお出直しで御用せなならん様になって来るぞ。 ミタマ磨け出したら病神などドンドン逃げ出すぞ。 出雲(いずも)の神様 大切申せと知らしてあること忘れるなよ。 子(ネ)の歳真中にして前後十年が正念場、 世の立替へは水と火とざぞ。 ひつじの三月三日、 五月五日は結構な日ぞ。 一月十四日、
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この帖の注目すべき所は最初の {・・・世の元からの生神が揃うて現はれたら・・・} です。 岩戸開きの起こる前に、複数の 「世の元からの生神」= 「人間の姿をしているがその霊魂は世の元からの神が宿っている」 が現れることです。 具体的に 「どんな人間・生神であるのか?」 なんて名前の人物か分からないのが難点です。 ただ、ミロクと女王の二人は何とか分かるのですが、 その他の人物が分かりません。 他の内容は平文にしているので容易に理解できるとおもいます。 この帖も最後のところで、それ以前と繋がらないことが唐突に 記載されています。 ・出雲(いずも)の神様を大切にしてください
皆さんの過去の先祖を調べてみないと分かりませんが、それが皆さんであるのかもしれませんし、それが問題です。 ・子(ネ)の歳を真中にして、前後十年が正念場です。
そして、 「ひつじの三月三日、五月五日にビックリ箱が開く良いこと」 が発生するのかもしれません。 ・世の立替へは水と火とで実施するのです。
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昭和二十年一月十四日、 旧十二月一日(1945年) この神はよき臣民にはよく見え、 悪き臣民には悪く見へるのざぞ、 鬼門の金神とも見へるのざぞ、 世はクルクルと廻るのざぞ、 仕合せ悪くとも悔やむでないぞ、 それぞれのミタマの曇りとりてゐるのざから、 勇んで苦しいこともして下されよ、 上が裸で下が袴はくこと出て来るぞ。 神が化かして使うてゐるのざから、 出来あがる迄は誰にも判らんが、 出来上がりたら、 何とした結構なことかと皆がびっくりするのざぞ、 びっくり箱にも悪いびっくり箱と、 嬉し嬉しのびっくり箱とあるのざぞ、 何も知らん臣民に、 知らんこと知らすのざから、 疑ふは無理ないなれど、曇りとれば、 すぐうつる、 もとの種もってゐるのざから、 早うこの神示読んで洗濯して呉れよ、 どんな大峠でも楽に越せるのざぞ、 神の道は無理ない道ざと知らしてあろが。 ミタマの因縁おそろしいぞ。 上下わき上がるが近うなりたぞ。
一月十四日、
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(この神)ミロクは良い臣民には良く見えますが、悪き臣民には悪く見えるのです。 鬼門の金神(不吉な金色に輝く神様)とも見へるのです。 世はクルクルと廻るのです。 仕合(幸せ)せ悪くとも悔やむでないのです。 それぞれのミタマの曇り取っているのですから、勇んで苦しいこともして下さい。 上層の人民が裸で、下層の人民が袴はくことが出て来るのです。 (岩戸開きで上下がひっくり返ることの例え) 神ミロクが化かして使うているのですから、出来あがる迄は誰にも判りません。 出来上がりたら、何とした結構なことかと皆がびっくりするのです。 びっくり箱にも「悪いびっくり箱」と、「嬉し嬉しのびっくり箱」とあるのです。 何も知らん臣民に、知らんこと知らすのですから、疑うのは無理ないのですが、曇りを取れば、直ぐに映る元の種を持っているですから、早うこの神示を読んで心魂の洗濯をしてください。 どんな大峠でも楽に越せるようになります。 神の道は無理のない道ざと知らしてあるでしょう。 ミタマの因縁は恐ろしいですよ。 上下が反転して下がわき上がる時期が近くなりましたよ。
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岩戸開きで上下が反転するのですから、下に落ちる上の悪き臣民には悪く見えるでしようし、下から上に昇る良い臣民には良く見えます。 考えてみれば当然のことで、ミロクが善神にみえる方たちもいるでしょうし、悪神に見える方たちもいるでしょうし、仕方ないですね! 上の方たちはそれまで良い目をみたのでしようから諦めるしかないですね。 岩戸開きとはそれぞれの立場によって「悪いびっくり箱」にも見えるし、「嬉し嬉しのびっくり箱」にも見えるということです。
「神ミロクが化かして使うているのですから、出来あがる迄は誰にも判りません。」 神ミロクが何を化かして使っているのでしょう。
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今度の御用は世におちて苦労に苦労した臣民でないと中々につとまらんぞ、 神も長らく世におちて苦労に苦労かさねてゐたのざが、 時節到来して、天晴(あっぱれ)世に出て来たのざぞ、 因縁のミタマ世におちてゐるぞと申してあろがな、 外国好きの臣民、今に大き息も出来んことになるのざぞ、 覚悟はよいか、 改心次第で其の時からよき方に廻してやるぞ。 改心と申して、人間の前で懺悔するのは神国のやり方ではないぞ、 人の前で懺悔するのは神きづつけることになると心得よ、 神の御前にこそ懺悔せよ、 懺悔の悪きコトに倍した、よきコトタマのれよ、 コト高くあげよ、 富士晴れる迄コト高くあげてくれよ、 そのコトに神うつりて、 何んな手柄でも立てさせて、 万劫末代名の残る様にしてやるぞ。 この仕組判りたら上の臣民、 逆立ちしておわびに来るなれど、 其の時ではもう間に合はんから くどう気付けてゐるのざぞ。 臣民、かわいから嫌がられても、 此の方申すのざ。 悪と思ふことに善あり、 善と思ふ事も悪多いと知らしてあろがな、 このことよく心得ておけよ、 悪の世になってゐるのざから、 マコトの神さへ悪に巻込まれて御座る程、 知らず知らずに悪になりてゐるのざから、 今度の世の乱れと申すものは、 五度の岩戸しめざから見当とれん、 臣民に判らんのは無理ないなれど、 それ判りて貰はんと結構な御用つとまらんのざぞ、 時が来たら、われがわれの口でわれが白状する様になりて来るぞ、 神の臣民はづかしない様にして呉れよ、 臣民はづかしことは、神はづかしのざぞ。 愈々善と悪のかわりめであるから、 悪神暴れるから巻込まれぬ様に褌しめて、 この神示よんで、 神の心くみとって御用大切になされよ。 一月十四日、
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今度の御用は世に云う落ちぶれて苦労に苦労した臣民でないと中々に努まりません。 神ミロクも長らく世に云う落ちぶれて苦労に苦労かさねていたのですが、時節到来して、天晴(あっぱれ)世に出て来たのです。 因縁のミタマ世におちているのですと説明してあるでしょう。 外国好きの臣民は今に大き息も出来んことになるのです。 覚悟はよいですか! 改心次第で其の時からよき方に廻してやります。 改心と申して、人間の前で懺悔するのは神国のやり方ではないのです。 人の前で懺悔するのは神を傷つけることになると心得なさい。 神の御前にこそ懺悔しなければなりません。 懺悔しなければならなくなった悪きコトに倍する良い言玉で祈りなさい。 言玉・霊を高く申し上げなさい。 岩戸開きが終わり富士・日本が晴れる迄、言玉・霊を高く申し上げください。 その言玉・霊に神が移り、何んな手柄でも立てさせて、万劫末代まで名の残る様にしてもらえるのです。 この仕組が判りましたら上の臣民、逆立ちしておわびに来るでしようが、其の時ではもう間に合はないのですから、くどくどと注意しているのです。 臣民、可愛いから嫌がられても、(此の方)ミロクは説明するのです。 悪と思うことに善があり、善と思う事も悪が多いと知らしてあるでしょう。 このことよく心得ておいてください。 今は悪の世になっているのですから、マコトの神さへ悪に巻込まれている程、知らず知らずに悪になつているのですから、今度の世の乱れと云うものは、五度の岩戸閉めですから見当がつかないのです。 ですから、臣民に判らんのは無理ないのですが、それを判って貰はないと結構な御用つとまらないのです。 時が来たら、我が我の口で我が白状する様になるのです。 神の臣民は恥ずかしくない様にしてください。 臣民が恥ずかしいことは神が恥ずかしいことになるのです。 いよいよ善と悪の変わり目ですから、上・支配層から下へ落とされる悪神達が暴れるから巻込まれぬ様に褌しめて、この神示を読み、神の心を汲み取って御用大切にしてください。
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どうしても、神ミロクも臣民の皆さんも神サタンの支配する地球上では上(支配層など)にあることは出来ず、下の底辺を歩くことになると説明しているような内容です。 内容は平文にしていますので容易に理解できると思います。 岩戸開きとは上(支配層など)下(庶民・貧民層など)が反転するのと同時に善(下(庶民・貧民層など))と悪(上(支配層など))も入れ替わることですから、現在の支配層があがいて暴れる・戦争・強権を発動などをするので、皆さんは巻き込まれないように毎日を送るように助言している帖です。 現在の世界情勢をみると支配層の方たちにとって、秘密にしている情報から将来落ちぶれることが予想されますので、そうならないように独裁的な支配体制にしようと世界中で暴れていると考えると良いと思います。
「今は悪の世になっているのですから、マコトの神さへ悪に巻込まれている程、知らず知らずに悪になつているのですから、今度の世の乱れと云うものは、五度の岩戸閉めですから見当がつかないのです。」 サタンの仕組みによる段階を追っての洗脳家畜化は、人類史を振り返っても巧妙であり、根の深さが分ります。 今度の世の乱れも、何故そうなのか本質を理解しようにも見当がつかないでしょう。 「時が来たら、我が我の口で我が白状する様になるのです。 神の臣民は恥ずかしくない様にしてください。」 やがて、ミロクによる選別作業が控えて居るようですし、死んだ後の魂は、自分から自分に相応しい居場所に落ち着く事でしょう。 サタンの口の中とか。
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昭和二十年一月十四日、 旧十二月一日(1945年) 向ふの国いくら物ありても、 人ありても、 生神が表に出て働くのざから、 神なき国は、いづれは往生ざぞ。 この神の申すことよく肚に入れて、 もうかなはんと申す所こらへて、 またかなはんと申す所こらへて 愈々どうにもならんといふ所こらへて、 頑張りて下されよ、 神には何も彼もよくわかりて帳面に書きとめてあるから、 何処までも、死んでも頑張りて下されよ、 其処迄 見届けねば、この方 の役目果たせんのざ、 可哀さうなれど神の臣民殿、 こらえこらえてマコト何処迄も貫きて下されよ、 マコトの生神がその時こそ表に出て、 日本に手柄さして、 神の臣民に手柄たてさして、 神からあつく御礼申してよき世に致すのであるぞ、 腹帯しっかり締めてくれよ。 重ねて神が臣民殿にたのむぞよ、 守護神殿にたのむぞよ。 一月十四日、
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向ふの国(アメリカ、中国など)いくら物があっても、人がいても、生神ミロクが表に出て働くのですから、神なき国はいづれは往生(消滅)するのです。 (この神)ミロクの申すことよく肚に入れて、もう叶わないと云いたくなる所を我慢して、また、叶わないと云いたくなる所を我慢して、いよいよどうにもならんという所を我慢して頑張ってください。 神には何も彼も良く分かっているので帳面に書きとめてあるのですから、何処までも、死んでも頑張って下さいよ! 其処迄は見届けねば、(この方)ミロクの役目を果たせないのです。 可哀そうですが神の臣民殿、こらえこらえてマコト何処迄も貫きて下さいよ。 マコトの生神ミロクがその時こそ表に出て、日本に手柄さして、神の臣民に手柄たてさして、神からあつく御礼申してよき世に致すのですから、腹帯しっかり締めてください。 重ねて神が臣民殿にたのむのです。 臣民の守護神殿にたのむのです。
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なにやら、我慢の奨めみたいな内容です。 ミロクはそんなにむちゃくちゃを言い出すのでしようかね? 具体的に何を言い出すのか分からないので、この所は保留にしておきます。
神が見ていても可愛そうに思うくらい大変な思いをする時が来るようです。 死ぬまで頑張れではなくて、死んでも頑張れと言ってますので、頑張れば魂は救われる事になるのでしょう。
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