良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4253 


“奥山”“大奥山”で検索・抽出 


julaさんのメール

jula です。

昨日、奥山が“()”、“○”の“( )”ではないか?と書きましたが、 むしろ“○”のようです。

奥山を含む帖を抽出しましたので興味のある方は確認してみてください。 その際奥山を“○”と読替えてみてください。

入物

道場
テンという部品が入って働く、作用するところ
(テンは必ずしも現界の人に限らない)

結構意味が通って解釈可能かと思います。

それでも“○”と言わず奥山大奥山と敢えて表現を変えていますので、 大筋“○”なのだけれど、もうちょっと普通と違う“○”という事なのかもしれません。

もしくは、(働くべきテン、御魂達を)“置く山”として読み替えるのも良いかもしれ ません。


この方は祓戸(はらへど)の神とも現はれるぞ。

この方祀るのは富士に三と所、

海に三と所、

江戸にも三と所ぞ、

奥山、中山、一の宮ぞ。

富士は、榛名(はるな)に祀りて呉れて御苦労でありたが、

これは中山ぞ、

一の宮と奥の山にまた祀らねばならんぞ、

海の仕組も急ぐなれどカイの仕組早うさせるぞ。

江戸にも三と所、

天明の住んでゐるところ奥山ぞ。

あめのひつくの家、中山ぞ、

此処が一の宮ざから気つけて置くぞ。

この方祀るのは、真中に神の石鎮め、

そのあとにひもろぎ、

前の右左にひもろぎ、

それが「あ」と「や」と「わ」ぞ、

そのあとに三つ七五三とひもろ木立てさすぞ。

少しはなれて四隅にイウエオの言霊石 置いて呉れよ。

鳥居も注連(しめ)もいらぬと申してあろがな、

このことぞ。

この方祀るのも、役員の仕事も、この世の組立も、

みな七七七七と申してきかしてあるのには気がまだつかんのか、

臣民の家に祀るのは神の石だけでよいぞ、

天のひつくの家には、どこでも前に言ふ様にして祀りて呉 れよ。

江戸の奥山には八日、

秋立つ日に祀りて呉れよ、

中山九日、一の宮には十日に 祀りて呉れよ。

気つけてあるのに神の神示(ふで)よまぬから分らんのぞ、

このこと、よく読めば分るぞ。

今の様なことでは神の御用つとまらんぞ、

正直だけでは神の 御用つとまらんぞ。

裏と表とあると申して気つけてあろがな、

シッカリ神示読んで、 スキリと腹に入れて呉れよ、

よむたび毎に神が気つける様に声出してよめば、

よむだ けお蔭あるのぞ。

七月の三十一日、

一二

下つ巻 第27帖 (069)


ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第八帖(115)

昭和十九年九月二日、

旧七月十五日(1944年)

あらしの中の捨小船と申してあるが、

今その通りとなりて居ろうがな、

何うすることも出来まいがな、

船頭どの、苦しい時の神頼みでもよいぞ、

神まつりて呉れよ、

神にまつはりて呉れよ、

神はそれを待ってゐるのざぞ、

それでもせぬよりはましぞ、

そこに光あらはれるぞ。

光現はれると道はハッキリと判りて来るのぞ、

この方にだまされたと思うて、

言ふ通りにして見なされ、

自分でもビックリする様に結構が出来てるのにビックリするぞ。

富士の御山に腰かけて、

この方 世界中まもるぞ。

かのととり、結構な日と申してあるが、

結構な日は恐い日であるぞ。

天から人が降る、

人が天に昇ること、

昇り降りでいそがしくなるぞ。

てんし様 御遷(うつ)り願ふ時近づいて来たぞよ。

奥山に紅葉(もみじ)ある内にと思へども、 いつまで紅葉ないぞ。

九月の二日、ひつく

使用された特殊文字 


今のやり方、考へ方が間違ってゐるからぞ。

洗濯せよ掃除せよと申すのはこれまでのやり方考へ方をスクリと改める事ぞ。

一度マカリタと思へ。

掃除して何もかも綺麗にすれば神の光スクリと光り輝くぞ。

ゴモク捨てよと申してあろがな。

人の心ほど怖いものないのざぞ。

奥山に紅葉(もみじ)あるうちにと申すこと忘れるなよ。

北に気付けよ。

神の詞(よ)の仕組よく腹に入れておいて下されよ。

今度のさらつの世の元となるのざぞ。

十一月七日、

ひつ九のか三。

日月の巻 第19帖 (192)


おのころの国成り、

この国におりまして あめとの御柱(みはしら)見立て給ひき。

(ここ)に伊邪那岐命(いざなぎのみこと)伊邪那美命(いざなみのみこと)島生み給ひき。

初めに

水蛭子(ひるこ)、
淡島(あわしま)、
生み給ひき。

この御子、国のうちにかくれ給ひければ、次にのりごちてのち生み給へる御子、

淡道之穂之三別島(あわじのほのさわけしま)、
伊予の二名島(いよのふたなしま)、

この島、

愛媛(えひめ)、
飯依比古(ひひよりひこ)、
大宜都比売(おおけつひめ)、
建依別(たてよりわけ)

と云ふ。次、

隠岐の三子島(おきのみつこしま)、
天之忍許呂別(あまのおしころわけ)。

次、

筑紫島(つくししま)、

この島、

白日別(しらひわけ)、
豊日別(とよひわけ)、
建日向日豊久土比泥別(たけひむかひとよくづひぬわけ)、
建日別(たてひわけ)。

次、

伊伎島(いきしま)、
天比登都柱(あめのひとつはしら)。

次、

津島(つしま)、
天狭手依比売(あめのさてよりひめ)。

次、

佐渡島(さとしま)。

次、

大倭秋津島(おおやまとあきつしま)、
天津御空豊秋津根別(あまつみそらとよあきつねわけ)、

次、

吉備之児島建日方別(きびのこしまたてひかたわけ)。

次、

小豆島(あづきしま)、
大野手比売(おおぬてひめ)。

次、

大島大多麻流別(おおしまおほたまるわけ)。

次、

女島(ひめしま)、
天一根(あめひとつね)。

次、
知詞島(ちかのしま)、
天忍男(あめのおしを)。

次、

両児島(ふたこしま)、

天両屋(あめふたや)、

二島(にしま)、八島(やしま)、六島(むしま)、 合せて十六島生み給ひき。

次にまたのり給ひて、大島、小島、生み給ひき。

淡路島(あわじしま)、
二名島(ふたなしま)、
おきの島、
筑紫の島(つくしのしま)、
壱岐の島(いきのしま)、
津島(つしま)、
佐渡の島(さどのしま)、
大倭島(おおやまとしま)、
児島(こじま)、
小豆島(あづきしま)、
大島(おおしま)、
女島(ひめしま)、
なかの島、
二子島(ふたこしま)

の十四島、島生みましき。

次に、いぶきいぶきて、御子神 生み給ひき。

大事忍男神(おほことおしをのかみ)、
大事忍男神(オホコトオシヲノカミ)、
石土毘古神(いしつちひこのかみ)、
石土毘古神(イシツチヒコノカミ)、
石巣比売神(いしすひめのかみ)、
石巣比売神(イシスヒメノカミ)、
大戸日別神(おほとひわけのかみ)、
大戸日別神(オホトヒワケノカミ)、
天之吹男神(あめのふきをのかみ)、
天之吹男神(アマノフキヲノカミ)、
大屋毘古神(おおやひこのかみ)、
大屋毘古神(オオヤヒコノカミ)、
風木津別之忍男神(かさけつわけのおしをのかみ)、
風木津別之忍男神(カサケツワケノオシヲノカミ)、
海神(わたのかみ)、
海神(ワタノカミ)、
大綿津見神(おほわたつみのかみ)、
水戸之神(みなとのかみ)、
水戸の神(ミナトノカミ)、
速秋津比神(はやあきつひのかみ)、
速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)、
速秋津比売神(ハヤアキツヒメノカミ)、
風神(かぜのかみ)、
風神(カゼノカミ)、
志那都比古神(しなつひこのかみ)、
木神(きのかみ)、
木神(キノカミ)、
久久能智神(くくのちのかみ)、
山神(やまのかみ)、
山神(ヤマノカミ)、
大山津見神(おほやまつみのかみ)、
野神(ぬのかみ)、
野神(ヌノカミ)、
鹿屋野比売神(かやぬひめのかみ)、
野椎神(ぬつちのかみ)、
鳥之石楠船神(とりのいわくすつねのかみ)、
天鳥船神(あめのとりふねのかみ)、
大宜都比売神(おほけつひめのかみ)、
大宜都比売神(オホケツヒメノカミ)、
火之夜芸速男神(ひのやきはやをのかみ)、
火之W比古神(ひのかがひこのかみ)

生みましき。

速秋津日子(はやあきつひこ)、速秋津比売(はやあきつひめ)、 二柱の神 川海(かわうみ)に因(よ)りもちわけ、ことわけて、生ませる神、

沫那芸神(あわなぎのかみ)、
沫那美神(あわなみのかみ)、
頬那芸神(つらなぎのかみ)、
頬那美神(つらなみのかみ)、
天之水分神(あめのみくまりのかみ)、
国之水分神(くにのみくまりのかみ)、
天之久比奢母智神(あめのくひさもちのかみ)、
国之久比奢母智神(くにのくひさもちのかみ)、

次に、大山津見神(おほやまつみのかみ)、野椎神(ぬつちのかみ)の二柱神、山野(やまぬ)に依りもちわけて、ことあげて生みませる神、

天之狭土神(あめのさつちのかみ)、
国之狭土神(くにのさつちのかみ)、
天之狭霧神(あめのさぎりのかみ)、
国之狭霧神(くにのさぎりのかみ)、
天之闇戸神(あめのくらとのかみ)、
国之闇戸神(くにのくらとのかみ)、
大戸惑子神(おほとまどひこのかみ)、
大戸惑女神(おほとまどひめのかみ)、
大戸惑子神(オホトマドヒコノカミ)、
大戸惑女神(オホトマドヒメノカミ)

生みましき、伊邪那美神(いざなみのかみ)やみ臥(こや)しまして、たぐりになりませる神、

金山比古神(かなやまひこのかみ)、
金山比売神(かなやまひめのかみ)、

屎(くそ)になりませる神、 波仁夜須比古神(はにやすひこのかみ)、
波仁夜須比売神(はにやすひめのかみ)、

尿(ゆまり)に成りませる神、

弥都波能売神(みつはのめのかみ)、
和久産巣日神(わくむすびのかみ)、

この神の御子、

豊宇気比売神(とようけひめのかみ)

と申す。

ここに伊邪那美神(いざなみのかみ)、 火の神 生み給ひて、ひつちとなり成り給ひて、 根の神の中の国に神去り給ひき。

ここに伊邪那岐神(いざなぎのかみ)泣き給ひければ、その涙になりませる神、

泣沢女神(なきさわめのかみ)、

ここに迦具土神(かぐつちのかみ) 斬り給へば、その血 石にこびりて、

石析神(いわさくのかみ)、
根析神(ねさくのかみ)、
石筒之男神(いわつつのおのかみ)、
雍瓦速日神(みかはやひのかみ)、
樋速日神(ひはやひのかみ)、
建御雷男神(たけみかつちおのかみ)、
建布都神(たけふつのかみ)、
豊布都神(とよふつのかみ)、

御刀(みはかし)の手上(たかみ)の血、

闇於加美神(くらをかみのかみ)、
闇御津羽神(くらみつはのかみ)、

ここに殺されし迦具土(かぐつち)の御首(みかしら)に成りませる神、

正鹿山津見神(まさかやまつみのかみ)、

御胸に

於藤山津見神(おとやまつみのかみ)、

腹(みはら)に

奥山津見神(おくやまつみのかみ)、

陰(みほと)に

闇山津見神(くらやまつみのかみ)、

左の御手に

志芸山津見神(しきやまつみのかみ)、

右の御手に

羽山津見神(はやまつみのかみ)、

左の御足に

原山津見神(はらやまつみのかみ)、

右の御足に

戸山津美神(とやまつみのかみ)、

成りましき。ここに斬り給へる御刀(みはかし)、

天之尾羽張(あめのおはばり)、
伊都之尾羽張(いづのおはばり)、

と云ふ。

ここに妹(いも)恋しまし給ひて根の国に追い往(い)で給ひき。

十一月二十五日夜、

一二

日月の巻 第30帖 (203)

使用された特殊文字  


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第十五帖 228  

昭和十九年十二月十八日、

旧十一月四日(1944年) 228

十柱の神様 奥山に祀りて呉れよ、

九柱でよいぞ、

何れの神々様も世の元からの肉体持たれた生き通しの神様であるぞ、

この方合はして十柱となるのざぞ。

御神体の石 集めさしてあろがな、

篤く祀りて、辛酉(かのととり)の日にお祭りして呉れよ。

病あるかないか、

災難来るか来ないかは、

手届くか届かないかで分ると申してあろがな。

届くとは注(そそ)ぐ事ぞ、

手首と息と腹の息と首の息と頭の息と足の息と胸の息と 臍の息と脊首(せくび)の息と手の息と八所十所の息合ってゐれば病無いのざぞ、

災難見ないのざから、毎朝 神拝みてから克く合はしてみよ、

合ってゐたら其日には災難無いのざぞ、

殊に臍の息一番大切ざぞ、

若しも息合ってゐない時には一二三(ひふみ)唱へよ、

唱へ唱へて息合ふ迄 祷(ゐの)れよ、

何んな難儀も災難も無くしてやるぞ、

此の方 意富加牟豆美神(オホカムツミノカミ)であるぞ。

神の息と合はされると災難、病無くなるのざぞ、

大難小難にしてやるぞ、

生命助けてやるぞ、

此の事は此の方信ずる人でないと誤るから知らすではないぞ、

手二本 足二本いれて十柱ぞ、

手足一本として八柱ぞ、

此の事 早う皆に知らしてどしどしと安心して働く様にしてやれよ。

飛行機の災難も地震罪穢の禍も、

大きい災難ある時には息乱れるのざぞ、

一二三祝詞と祓え祝詞と神の息吹と息と一つになりておれば災難逃れるのぞ、

信ずる者ばかりに知らしてやりて呉れよ。

十二月十八日、

ひつ九か三。

日の出の巻 第15帖 (228)


富士の御用は奥山に祀り呉れよ、

カイの御用も続け呉れよ、

江戸一の宮作りて呉れよ、

道場も同じぞ、

海の御用とは

海の鳴門(なると)と

海の諏訪と

海のマアカタと三所へ祀りて呉れよ。

その前の御用、言葉で知らした事済みたぞ、

海マアカタとは印幡ぞ。

十柱とは火の神、

木の神、

金の神、

日の出の神、

竜宮の乙姫、

雨の神、

風の神、

地震の神、

荒の神、

岩の神であるぞ。

辛酉の日に祀りて呉れよ。

暫く御神示出ないぞ。

皆の者 早く今迄の神示肚に入れて呉れよ、

神せけるぞ。

神示読めば神示出て来るぞ。

神祀り早く済せて呉れよ。

十二月二十一日朝、

一二のか三。

日の出の巻 第18帖 (231)

使用された特殊文字 


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第十九帖(232)

昭和十九年十二月二十二日、旧十一月八日(1944年)

海には神の石鎮め祀り呉れよ、

山には神の石立てて樹植えて呉れよ、

石は神の印つけて祀る処に置いてあるぞ、

祀り結構ぞ、

富士奥山には十柱の石あるぞ、

十柱祀りて呉れよ、

祀る処に行けば分る様にしてあるぞ。

十二月二十二日、

ひつ九のか三。


釈迦祀れ。

キリスト祀れ。

マホメット祀れ。

カイの奥山は五千の山に祀り呉れよ。

7月の十と二日に天晴れ祀りて呉れよ。 愈々富士晴れるぞ。

今の人民よいと思ってゐる事、間違ひだらけざぞ。

此処までよくも曇りなされたな。

二の山 三の山 四の山に祀り呉れよ。

まだまだ祀る神様あるぞ。

7月二日、

あめのひつぐのかみ。

松の巻 第17帖 (308)


カイ奥山開き結構々々。

奥山 元ぞ。

中山は介添(かいぞへ)ぞ。

国々おつる隈(くま)なく つくり呉れよ。

一の宮ばかりでないぞ。

二の宮、三の宮、四の宮、五の宮、六の宮、七の宮まで、つくりてよいぞ。

何処(いづこ)にも神まつれと申してあろが。

てんし様まつれと申してあろが。

まつり結構。

まつればよろこぶこと出来るぞ。

七月十三日、

あめのひつくのかみふで。

松の巻 第26帖 (317) 

昭和二十年七月十三日、

旧六月五日(1945年)


直会(なをらひ)も祭典(まつり)の中ぞ。

朝の、夕の、日々の人民の食事 皆 直会ぞ。

日々の仕事 皆まつりぞ。

息すること此の世の初めのまつりぞ。

まつれまつれと申してあろが。

おはりの御用は はじめの御用ぞ。

まつりの御用ぞ。

オワリノ十ノヤマにまつり呉れよ。

世につげて呉れよ。

役員 皆 宮つくれよ。

宮とは人民の申す宮でなくてもよいのざぞ。

一の宮、二の宮、三の宮と次々につくり呉れよ。

道場も幾らつくってもよいぞ。

神の申した事、なさば成るのざぞ。

宮と道場つくり神示読んでまつれまつれ、

まつり結構ぞ。

奥山にはオホカムツミの神様もまつり呉れよ。

守りは供へてから皆に下げて取らせよ。

五柱、七柱、八柱、十柱、十六柱、二十五柱、三十三柱、 三十六柱、四十七柱、四十八柱、四十九柱、五十柱、五十八柱、五十九柱、世の元 ぞ。

八月の二日、

アメのひつくの神。

夜明けの巻 第08帖 (328)


天詞様まつれと申してあろが。

天津日嗣皇尊大神様(あまつひつぎすめらみことお ほかみさま)とまつり奉れ。

奥山には御社(みやしろ)造りて、いつき奉(まつ)れ。

皆のうちにも祀れ。

天津日嗣皇尊 弥栄ましませ、弥栄ましませとおろがめよ。

おろがみ奉れ、

天照皇大神様、

天照大神様、

月の大神様、

すさなるの大神様、

大国主の大神様もあつくまつりたたえよ。

奥山の前の富士に産土の大神様 祀れよ、

宮いるぞ。

清めて祭れよ、

タマの宮はその前横に移せよ。

奥の富士に国常立大神、豊雲野大 神 祀る日 近うなりたぞ。

宮の扉あけておけよ。

臣民の住居(すまい)も同様ぞ。

大難小難にまつりかへて下されとお願ひするのざぞ。

取違ひ、お詫び申せよ、楽にして やるぞ。

天の異変 気付けよ。

八月の五日、

アメのひつ九の神。

夜明けの巻 第09帖(329)


用意なされよ。

いよいよざぞ、

愈々九三(くるぞ)。

神のみこと知らすぞ。

知らすぞ、

眼覚めたら起き上がるのざぞ。

起きたらその日の命頂いたのざぞ。

感謝せよ、

大親に感謝、

親に感謝せよ、

感謝すればその日の仕事与へられるぞ。

仕事とは嘉事(よこと)であるぞ、

持ち切れぬ程の仕事与へられるぞ。

仕事は命ざぞ。

仕事喜んで仕へ奉れ。

我出すと曇り出るぞ。

曇ると仕事わからなくなるぞ。

腹へったらおせよ。

二分は大親に臣民腹八分でよいぞ。

人民食べるだけは与へてあるぞ。

貪(むさぶ)るから足らなくなるのざぞ。

減らんのに食べるでないぞ。

食(おせ)よ。

おせよ。

一日一度からやり直せよ。

ほんのしばらくでよいぞ。

神の道 無理ないと申してあろが。

水流れる様に楽し楽しで暮せるのざぞ、

どんな時どんな所でも楽に暮せるのざぞ。

穴埋めるでないぞ、

穴要るのざぞ。

苦しいという声 此の方嫌ひざ。

苦と楽 共にみてよ、

苦の動くのが楽ざぞ。

生れ赤児みよ。

子見よ、神は親であるから人民守ってゐるのざぞ。

大きなれば旅にも出すぞ、

旅の苦 楽しめよ、

楽しいものざぞ。

眠くなったら眠れよ、

それが神の道ぞ。

神のこときく道ざぞ。

無理することは曲ることざぞ。

無理と申して我儘無理ではないぞ、

逆行くこと無理と申すのざ。

無理することは曲ることざ、

曲っては神のミコト聞こへんぞ。

素直になれ。

火降るぞ。

相手七と出たら三と受けよ、

四と出たら六とつぐなへよ、

九と出たら一とうけよ、

二と出たら八と足して、

それぞれに十となる様に和せよ。

まつりの一つの道ざぞ。

(おう)の世 (おう) の世にせなならんのざぞ、

今は(をう)の世ざぞ、

(わう)の世の 世となりて、

(おう)の世に 入れて(おう)の世となるのざぞ。

タマなくなってゐると申してあろがな、

タマの中に仮の奥山移せよ、

急がいでもよいぞ、

臣民の肉体 神の宮となる時ざぞ、

当分 宮なくてもよいぞ。

やがては二二(ふじ)に九(コ)の花咲くのざぞ、

見事二二(ふじ)に九(こ)の火(ほ)が鎮まって、

世界治めるのざぞ、

それまでは仮でよいぞ、

臣民の肉体に一時は静まって、

此の世の仕事仕組みて、

天地でんぐり返して光の世といたすのぢゃ。

花咲く御代近づいたぞ。

用意なされよ、

用意の時しばし与えるから、

神の申すうち用意しておかんと、

とんでもないことになるのざぞ。

の世輝くととなるのざぞ、

と申して知らしてあろがな。

役員それぞれのまとひつくれよ、

何れも長(おさ)になる身魂でないか。

我軽しめる事は神軽くすることざ、

わかりたか。

おのもおのも頭領であるぞ、

釈迦ざぞ。

キリストざぞ。

その上に神ますのざぞ、

その上 神又ひとたばにするのざぞ、

その上に又でくくるぞ、

その上にもあるのざぞ、

上も下も限りないのざぞ。

奥山 何処に変っても宜いぞ、

当分 肉体へおさまるから何処へ行ってもこの方の国ぞ、

肉体ぞ、

心配せずに、グングンとやれよ、

動くところ、神力 加はるのざぞ、

人民のまどひは神無きまどひぞ、

神無きまどひつくるでないぞ、

神上に真中(まなか)に集まれよ。

騒動待つ心 悪と申してあること忘れるなよ、

神の申した事ちっとも間違ひないこと、

少しは判りたであろがな。

同じ名の神 二柱あるのざぞ、

善と悪ざぞ、この見分けなかなかざぞ、

神示よめば見分けられるように、

よく細かに解(と)いてあるのざぞ、

善と悪と間違ひしてゐると、

くどう気付けてあろがな、

岩戸開く一つの鍵ざぞ、

名同じでも裏表ざぞ、

裏表と思ふなよ、

頭と尻 違ふのざぞ。

千引(ちびき)の岩戸開けるぞ。

十二月二十五日、

ひつぐのかミ。

風の巻 第01帖 (352)

使用さされた特殊文字      


天之日月の大神様は別として、

雨の神様、

風の神様、

岩の神様、

荒の神様、

地震の神様、

シャカ、

キリスト、

マホメットの神様、

百々(もも)の神様、

皆同じ所に御神体集めてまつりて下されよ、

天(あめ)の奥山

地(くに)の奥山

皆同じぞ、

御神土(おつち)皆に分けとらせよ。

二月二十六日朝しるすぞ、

ひつくの神。

光の巻 第02帖 (398) 

昭和二十一年二月二十六日、

旧一月二十五日(1946年)


取られたり取り返したりこねまわし、

終りは神の手に甦(よみが)へる。

世の元のまし水 湧きに湧く所、

やがて奥山移さなならんぞ。

神示判る臣民二三分できたなら、

神愈々のとどめのさすなり。

三界を貫く道ぞ誠なり、

誠の道は一つなりけり。

神界の誠かくれし今迄の道は誠の道でないぞや。

鬼おろち草木動物虫けらも一つにゑらぐ道ぞ誠ぞ。

八月十三日、一二

マツリの巻 第06帖 (410)

昭和二十一年八月十三日、

旧七月十七日(1946年)

使用された特殊文字 


旧九月八日で一切りぢゃ、

これで一(はじめ)の御用は済みたぞ、

八分通りは落第ぢゃぞ、

次の御用 改めて致さすから、

今度は落第せん様 心得なされよ。

何も彼も神は見通しざぞ、

神の仕組 人民でおくれん様 気付けて結構致し下されよ、

二(つぎ)の仕組、

御用は集団(まどい)作りてよいぞ。

大奥山はそのままにしておかなならんぞ、

天明まだまだ神示の御用結構ぞ、

アホ結構ぞ、

リコウ出るとこわれるぞ。

天明ばかりでないぞ、

皆同様ぞ、

皆リコウになったものぢゃナア、

クドウ神にもの申さすでないぞ。

八月十五日、一二

マツリの巻 第08帖 (412)

昭和二十一年八月十五日、

旧七月十九日(1946年)

使用された特殊文字 


この神示 食物(くいもの)に仕様とて出て来る者 段々にあるなれど、

皆あて外れて了ふぞ、

アテ外れて神の目的成るぞ、

役員殿ブチョウホウない様に気つけて呉れよ、

まつり結構。神が預けてあるものは、

あづかった人民よきに取りはからへよ、

大き小さいの区別ないぞ、

塵一本でも神のものざと申してあろが、

塵一本動かすに一々神の心聞いてやって居るとは云はさんぞ、

預けるには預けるだけの因縁あるのざぞ、

預かった人民よきにせよ、

奥山 何処へ移ってもよいと申してあろがな、

神の道 弥栄々々。

十月十三日、

ひつ九の神。

梅の巻 第04帖 (431)


四十九、天明 神示(ふで)書かす御役ぞ。

一二三(ひふみ)となる日近づいたぞ、

節分迄に皆の守護神 同じ宮に祀りくれよ、

まつりまつりてまつり合せ、

和合して物事成就するのぞ。

まつる心なき者 誠ないぞ、

マコト判らんぞ。

靖国のミタマもそれ迄に奥山に祀りくれよ、

まつり替へてやりてくれよ。

世界の神々様、

守護神様、

人民のみたま、

祀りくれよ、

まつり結構ぞ。

節分からの誓言(ちかひ)変へさすぞ、

大神様には御三体の大神様 御三体の大神様と七回くり返せよ、

それでよいぞ、

神々様には弥栄ましませと五回くり返せよ、

霊(タマ)の宮には弥栄ましませと三回繰り返せよ、

それでよいぞ、

弥栄ざぞ。

十二月四日、

ひつ九の

梅の巻 第19帖 (446)


ミロク世に出づには神の人民お手柄致さなならんぞ、

お手柄 結構々々、

神の人民 世界中に居るぞ。

この中に早くから来てゐて何も知りませんとは云はれん時来るぞ、

神示よく読んでゐて呉れよ。

時来たら説き出せよ、

潮満ちてゐるぞ、

潮時誤るなよ。

早う目覚めんと、別の御用に廻らなならんぞ、

ウシトラコンジン様、何事も聞き下さるぞ、

誠もってお願ひせよ、

聞かん事は聞かんぞ、

聞かれる事は聞いてやるぞ。

神、仏、キリスト、ことごとく人民の世話もしてやるぞ。

時節到来してゐるに未だ気付かんか、

人民の物と云ふ物は何一つないのざぞ、

未だ金や学で行けると思ふてゐるのか、

愈々の蓋あいてゐるに未だ判らんか。

奥山に参りて来ねば判らんことになって来るぞ。

奥山、おく山ぞ、

同じ奥山が、その時々により変って来るぞ、

身魂磨けば磨いただけ光りできておかげあるぞ、

この道理判るであろがな。

三月三日、

ひつ九のかミしるすぞ。

空の巻 第09帖 (464) 

昭和二十二年三月三日、

旧二月十一日(1947年)


大層が大層でなくなる道が神の道ざぞ、

この道 中行く道、神示読みて早うガテン結構ぞ。

行い正しく口静かにしたら神の仕組分るぞ、

因縁ある身魂が、人民では知らん結構を致すぞ。

神示読んで、どんな人が来てもその人々に当る所読みて聞かすが一等ざぞ。

一分と九分との戦ひぢゃ、

皆九分が強いと思ふてゐるが、

今度の仕組、アフンの仕組ぞ。

早呑込 大怪我の基と申すのは我が心通りに写るからぞ。

くさい物喰ふ時来たぞ、

ほんの暫くぞ、

我慢よくよくせ、

よくなるぞ、

分れの集団の一つとして宗教も作れよ、

他の宗教とは違ふヤリ方でないと成就せんぞ。

大奥山はその儘ざぞ。

別れざぞ、

この宗教には教祖は要らんぞ、

教祖は神示ぢゃ、

神示がアと申してあろがな、

ヤ、ワ、要るぞ、

なせばなる、なさねば後悔ぢゃぞ。

慎ましうして神に供へてから頂けば日本は日本で食べて行けるのざぞ、

理屈に邪魔されて有る物も無くして食へなくなるのは悪の仕組ぢゃ、

つ千の金神様を金(かね)の神様と申せよ。

三月三日、

ひつ九のかミ。

空の巻 第11帖 (466)

使用さされた特殊文字  


上の、一番の番頭、大将が悪いのではない。

一の番頭がよくないのざ。

親に背くはよくないが、

真理に背くは尚悪い。

眷族さんにも御礼申せよ。

大神様だけでは仁義になりませんぞえ。

月日様では世は正されん。

日月様であるぞ。

日月様が、 (ヒツキ)様となりなされて今度のイワトびらき、あけるぞ。

ふで当分二を通じて出せよ。

あたえよ。と二と千とセとワとホとは、先づ奥山

十二月七日。

一二十黄金の巻 第049帖 (560)

昭和二十四年十二月七日、旧十月十八日(1949年)

使用された特殊文字 


ここはいと古い神まつりて、

いと新しい道ひらくところ。

天狗さん鼻折りて早う奥山に詣れよ。

この世の仕事が あの世の仕事。

この道理判らずに、この世の仕事すてて、神の為ぢゃと申して飛廻る鼻高さん、ポキンぞ。

仕事仕へまつれよ。

徳つめばこそ天国へ昇るのぢゃ。

天国に行く人、この世でも天国にゐるぞ。

キタはこの世の始めなり。

(十二月七日)一二十

黄金の巻 第060帖 (571) 

昭和二十四年十二月七日、

旧十月十八日(1949年)


奥山奥山と申してあろうが、

ふでは奥山から出て、

奥山で分けるくらいのこと、何故に分らんのじゃ。

誰でもが勝手にしてならん。

それぞれの順立てねば悪となるぞ。

判らんのは、われよしからぢゃ。

本から固めて行かねば何時までたっても小田原ぢゃ。

小田原も道筋ながら、

それでは世界の人民 丸つぶれとなるぞ。

三分残したいために三千の足場と申してあるのぢゃ。

早う三千集めよ。

御役 御苦労。

(十二月七日)一二十

黄金の巻 第063帖 (574)

昭和二十四年十二月七日、

旧十月十八日(1949年)


自分に捉はれると局部の神、有限の神しか判らんぞ。

自分捨てると光さし入るぞ。

知はアイ、息は真ぞ。

平面の上でいくら苦しんでも何にもならん。

却ってめぐり積むばかり。

どうどうめぐりぢゃ。

てん曰(シ)は奥山にお出ましぞ。

(十二月十四日)一二十

黄金の巻 第065帖 (576)

昭和二十四年十二月十四日、

旧十月二十五日(1949年)


省みると道見出し、

悟ると道が判り、

改むると道進む。

苦しむばかりが能ではない。

自分の中にあるから近よって来るのであるぞ。

厭なこと起って来るのは、厭なことが自分の中にあるからじゃ。

肉体は親から受けたのざから親に似てゐるのぞ。

霊は神から受けたのざから神に似てゐるぞ。

判りた守護神一日も早く奥山へ出て参りて、神の御用結構。

(十二月十四日)一二十

黄金の巻 第066帖 (577) 

昭和二十四年十二月十四日、旧十月二十五日(1949年)


貰うた神徳に光出す人民でないと、

神徳をわれよしにする人民にはおかげやらん。

自分が自分で思ふやうになるまいがな。

自分が自分のものでないからぞ。

自分のものなら自由になると申してあらうが。

道を進めば楽に行ける。

道行かんで山や畠や沼に入るから苦しむのぞ。

神の仕組の判る人民二三分出来たら、いよいよにかかるぞ。

未だ未だ改心足らん。

神せけるぞ。

魂にめぐりあると何してもグラリグラリと成就せんぞ。

めぐりのままが出て来るのであるぞ。

心のよきもの、神にまつりて、この世の守護神と現はすぞ。

理屈は判らんでも真理は掴めるぞ。

信念と真念は違ふぞ。

信念は自分のもの。

信念超えて真念あるぞ。

任せきったのが真念ぞ。

迷信が迷信でなくなることあるぞ。

ぢゃと申して信念がいらんのでないぞ。

もう待たれんから判りた人民一日も早く奥山に参りて神の御用結構につとめあげて下されよ。

世界中を天国にいたす御用の御役、

つとめ上げて下されよ。

人間の念力だけでは何程のことも出来はせんぞ。

その念力に感応する神の力があるから人間に判らん、

びっくりが出て来るのざぞ。

(一月三日)一二十

黄金の巻 第074帖 (585)

昭和二十五年一月三日、

旧十一月十五日(1950年)


心、入れかへ奥山へ参りて、

その場で荷物を持たすやうになるから、

ミタマを十分磨いておいて下されよ。

神が力添へるから、

どんな見事な御用でも出来るのであるぞ。

(一月三日)一二十

黄金の巻 第079帖 (590)

昭和二十五年一月三日、

旧十一月十五日(1950年)


神の申すやうにすれば神が護るから、

何事も思ふ様にスラリスラリと心配なく出て来るぞ。

区別と順をわきまへて居れば、

何様を拝んでもよい。

時、所、位に応じて誤らねば弥栄えるぞ。

同じ愛、同じ想念のものは自ら集まって結ばれる。

天国のカタチ、ウツシが奥山ぞ。

ミソもクソも一緒にして御座るぞ。

(一月二十二日)

黒鉄の巻 第08帖 (626) 

昭和二十五年一月二十二日、

旧十二月五日(1950年)


月光の巻第七帖(794)

大奥山は神人交流の道の場である。

道は口で説くものではない。

行ずるものである。

教は説かねばならない。

多数決が悪多数決となるわけが何故に判らんのぢゃ。

投票で代表を出すと殆んどが悪人か狂人であるぞ。

世界が狂ひ、悪となり、人民も同様となっているから、その人民の多くが選べば選ぶ程、益々混乱してくるのであるぞ。

それより他に人民の得心出来る道はないと申してゐるが、道はいくらでもあるぞ。

人民の申してゐるのは平面の道、平面のみでは乱れるばかり、立体にアヤなせば弥栄えて真実の道が判るのぢゃ。

ぢゃと申して独裁ではならん。

結果から見れば神裁ぢゃ。

神裁とは神人交流によることぞ。

(十二月二十五日)

神はうそつきぢゃと人民申しても、悪い予言はうそにしたいので日夜の苦労、

こらえられるだけこらえてゐるのである。

もう、ものばかりでは治まらんこと、キンでは治まらんこと、平面のみでは駄目であること、よく判ってゐるのにカブトぬげん神々様よ、

気の毒が来ぬ前に改心結構。

遠くからでは判らんし、近づくと迷うし、理屈すてて神にほれ参らせよ。

よくこの神をだましてくれたぞ、

この神がだまされたればこそ、

太神の目的なってくるのぢゃ。

細工はりゅうりゅう仕上げ見て下されよ。

区別すると力出るぞ、

同じであってはならん。

平等でなくてはならんが、区別なき平等は悪平等である。

天に向って石を投げるようなことは、早くやめねばならん。

霊かかりもやめて下されよ。

人民が絶対無と申してゐるところも、絶対無ではない。

科学を更に浄化弥栄させねばならん。

空間、時間が霊界にないのではない。

その標準が違うから無いと考えてよいのである。

奥山奥山と申してあろう。

いろいろな団体をつくってもよいが、何れも分れ出た集団、一つにしてはならん。

奥山はありてなきもの、なくて有る存在である。

奥山と他のものとまぜこぜまかりならん。

大き一つではあるが別々ぞ。

今迄になかった奥山のあり方、判らんのも無理ないなれど、これが判らねば この度の大神業、判りはせんぞ。


大奥山と教会とをまぜこぜしてはならん。

教会や其の他の集団は現われ、

大奥山はかくれぢゃ。

大奥山はこの度の大御神業にゆかりのある神と人とを引きよせてねり直し、

御用に使う仕組。

みて御座れ、

人民には見当とれんことになるぞ。

月光の巻 第20帖 (807) 

昭和三十三年十二月三十一日、

旧十一月二十一日(1958年)


月光の巻第二十一帖(808)

大奥山から流れ出た宗団はひかり教会のみでないぞ。

いくらもあるのぢゃ。

出てくるぞ。

故に大奥山に集まったものが皆ひかり教会員ではない。

それぞれのミタマの因縁によって色々な集団に属する。

この点よく心得なされよ。

大奥山はありてなき存在、人間の頭で消化されるような小さいしぐみしてないぞ。

大奥山だけに関係もつ人もあるのぢゃ、囚われてはならん。

三千世界を一つにまるめるのが この度の大神業ぞ。

世界一家は目の前、判らんものは邪魔せずに見物して御座れ。

神の経綸 間違ひなし。


現実の事のみで処してはならん、

常に永遠の立場に立って処理せよと申してあろうがな、

生きることは死に向って進むこと、

マコトに生きる大道に目ざめてくれよ、

神示を始めから読めば何事もありやかぞ。

奥山はあってはならん無くてはならん存在であるぞ。

善人の住むところ、

悪人の休む処と申してあろう、

奥山は神、幽、現の三界と通ずるところ。

八尋殿の左と右に宮が建つ、

奥にも一つ。

紫金の巻 第14帖 (144)

昭和三十六年(1961年)



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