良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4255 


星座の巻第1帖(035)・第2帖(036) ・第3帖(037)・第4帖(038)・第5帖(039) ・第6帖(040)・第7帖(041)・第8帖(042)・第9帖(043) ・第10帖(044)・第11帖(045)・第12帖(046) ・第13帖(047)・第14帖(048)・第15帖(049) ・第16帖(050)・第17帖(051) ・第18帖(052)・第19帖(053)・第20帖(054) ・第21帖(055)・第22帖(056) ・第23帖(057)・第25帖(059)  


ロックさんのメール

ロックです。

星座の巻さっと読ませてもらいましたが、手におえないです(^^;;;;

この巻は星座の巻ですが、太陽系なんかも偶然の産物でなくて、サタンの都合によって創られてます。

偶然ではないのは、このことからも判りそうですが、、、、

塩は人間取らないと、死んでしまいます。

人間を生かす、生命体を生かすのにも不可欠な物のようにも思います。


塩をコオロコオロにかき鳴らして大地を生みあげた如く、星をコオロコオロにかき鳴らして天を生みあげた

のだそうです。

なんでしょう。

コオロコオロというのは、遠心力とかそんな感じをイメージします。

引力とかは関係ないのかな?

ノアの大洪水は、地表をグレンと引っ繰り返したものですね。

ノアの大洪水はコオロコオロとかき回しているようには見えないでしょうか。

火球とはコアのことでしょうか。

地中とは、人間の太陽の体の中に入っている、光体を火球と言っているのでしょうか。

「同じ名の神二つある」

とは

「天のミロクと地のミロク?」

下記を読むと、最初に

「天にお日さまある如く」

と暗に「太陽」を示してません?

「火球」ですから、マグマとかそんな物も浮かぶのですが、最初から神示を読むと、

「ミロクのことかな?」

とも思ったりするのですが、、、

地のお日様=人間の太陽も、太古に立案された計画によって必然的に作られてますので。

うーーーん、 解読と言うより、疑問の提示になってしまいます(==;;;

素直に難しいのです。


星座の巻 第01帖 (035)

この巻「星座の巻」。

偶然と申すのは、宇宙世界、星の世界の必然からのものであって偶然ではないぞ、

天に星のある如く地には塩があるのであるぞ、

シホ、コオロコオロにかきならして大地を生みあげた如く、

ホシをコオロコオロにかきならして天を生みあげたのであるぞ。

天の水、地の水、水の中の天、水の中の地、

空は天のみにあるのではないぞ、

地の中にもあるのぞ、

天にお日さまある如く地中にも火球があるぞと申してあろう、

同じ名の神二つあるぞ、

大切ことぢゃ。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

この巻は「星座の巻」と呼びます。

偶然と云うのは宇宙世界、星の世界の必然からのものであって偶然ではないのです。

天に星のある様に、地には塩があるのです。

シホ、コオロコオロにかきならして大地を生みあげた様に、ホシをコオロコオロにかきならして天を生みあげたのです。

天の水、地の水、水の中の天、水の中の地、空は天のみにあるのではないのです。

地の中にもあります。

天にお日さまある如く、地中にも火球があるのです。

同じ名の神が二つあるのです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

この巻は「星座の巻」です。

偶然と言うのは宇宙世界、星の世界の必然からのものであって偶然ではありませんよ。

天に星がある如く地には塩があるのです。

シオ、コオロコオロにかき鳴らして大地を生みあげた如く、ホシをコオロコオロにかき鳴らして天を生み上げたのです。

天の水、地の水、水の中の天、水の中の地。

空は天のみにあるのではないのですよ。

地の中にも有るのですよ。

天にお日様が有る如く地中にも火球があるぞと言っているでしょう。

同じ名の神は二つありますよ。

大切な事です。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

『 宇宙世界、星の世界の必然からのものであって偶然ではないぞ 』

暗に太陽系がサタンによって作られた物を示唆してるような感じがします。

『 同じ名の神二つあるぞ、大切ことぢゃ 』

同じ名の神が二ついるということ。

何を意味するでしょう。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

この世界に存在するもの、起る現象は偶然ではなく必然からのものです。

天に星があるように、地上には海があるのです。

海による大洪水が陸地をかき鳴らして今の地形を生み上げたように、星をコロコロとかき鳴らして天を生み上げたのです。

ですから神サタンの存在も、絶えず進化を続ける大宇宙の法則から見れば必然ですので、 地上に大洪水があるのも必然なのです。

神サタンの作用は宇宙(太陽系)だけに有るのではなく、地中にもあります。

天に太陽があるように、地球内部にも火球(解離爆発かスーパープリューム)が有ると言っているでしょう。

同じ名の神(ノアの大洪水を発生させる引き金)は2つありますよ。

大切な事です。

地中と同時に天も引き合いに出されていますので、宇宙からの重力的影響が地中に解離爆発かスーパープリュームを活性化させ、マントル層の剥離を引き起こす事を言っているのではないかと思います。

「星座の巻」のタイトルから、 スタートは物理学的要素で有る事も頷けますが。


カワムラさんのメール

カワムラです。

詳しく読んでないのですが、コオロコオロという表記は日本神話の国産みの際に 出てくるものですね。

関係あるのかないのかはわかりませんが、こういうのを見つけましたので 貼っておきます。

http://markun.cs.shinshu-u.ac.jp/japan/Myth/myth1.html

しかし、なぜコオロコオロなのかはわかりませんでした。


ロックさんのメール

とりあえず一つだけでも前進します(≧▽≦;;;;


星座の巻第2帖(036)

ナルの仕組とは【成十】(七十)の経綸であるぞ、

八が十になる仕組、岩戸(言答)ひらく仕組、

今迄は中々に判らなんだのであるが、

時節が来て、岩戸がひらけて来たから、見当つくであろう、

富士(二二、普字)と鳴門(ナルト)(七十、成答)の仕組、結構致しくれよ。

使用された特殊文字 


■平易意訳■

ナルの仕組とは【成十】(七十)の経綸なのです、

八が十になる仕組、岩戸(言答)ひらく仕組、

今迄は中々に判らなかったのですが、

時節が来て、岩戸が開けて来たので、見当つくでしょう、

富士(二二、普字)と鳴門(ナルト)(七 十、成答)の仕組、結構に実行して下さい。

富士(ふたつとないもの)と成答の仕組。

身近に思い浮かぶことは、ひふみの神の神示の解読を実施すると言うところでしょうかね(・・?

これだと限られた方がすることになりますね。

うーむ。

世界中に配置されている方々が、皆、 何かのきっかけでワイワイガヤガヤ始めて、 サタンの常識を根底から覆す動きのことかな?


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

「ナルの仕組」とは【成十】(七十)の経綸であるのです。

「八が十になる仕組」、「岩戸(言答)ひらく仕組」、今迄は中々に理解できなかつたのです。

ですが、時節が来て、岩戸が開けて来たから、見当がつくでしょう。

「富士(二二、普字)と鳴門(ナルト)(七十、成答)の仕組」を良く実施してください。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

ナルの仕組みは【成十】(七十)の経綸ですよ。

八が十になる仕組み。

岩戸(言答)が開く仕組み。

今までは中々判らなかったのですが、時節が来て、岩戸が開けてきたから見当がつくでしょう。

富士(二二、普字)と鳴門(ナルト)(七十、成答)の仕組、結構致して下さいよ。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

"富士" = 日本普字 = サイトで公表される真実 = 日本から発せられる宇宙の真相を公表する動き

"鳴門" = 成答 = 答える。

立証される

"富士と鳴門の仕組" = 太陽が発表する宇宙の真相を立証すること。

"八が十になる仕組" = 八は文字が離れていますが、十は重なっているという所から、太陽と女王が会うことを示唆しているとも取りました。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

富士と鳴門の仕組みの説明になっています。


トッチさんのメール

トッチです。

ロックさんが星座の巻 第二帖で悶絶している予感がしましたので、“富士”“鳴門” について、少し考えてみました。

・ナルの仕組みとは十になる仕組み。

五六七(ミロク)が現れて、八の仕組みへと進みグレンとひっくり返り、九 十(クトウ)つまり、ミロクの世が成就するまでの仕組みという事だと思います。

八(岩戸開きが始まり、グレンとひっくり返る)が十(ミロクの世)になる仕組みですね。

・・・と、ここまで書いて私も悶絶〜

1順目のロックさんの解釈は凄いと思うのですが。

この様な解釈も有りではないでしょうか。


ロックさんの解釈 :(一巡目) "富士" = 日本普字 = サイトで公表される真実 = 日本から発せられる宇宙の真相を公表する動き

"鳴門" = 成答 = 答える。

立証される

"富士と鳴門の仕組" = 太陽が発表する宇宙の真相を立証すること。

"八が十になる仕組" = 八は文字が離れていますが、十は重なっているという所から、太陽と女王が会うことを示唆しているとも取りました。

一応、星座の巻にある“ふじ” “なると”を集めてみました。


星座の巻 第十一帖

自由も共産も共倒れ、

岩戸がひらけたのであるから元の元の元のキの道でなくては、タマ(玉)の道でなくては立ちては行かん、

動かん二二(普字、富士)の仕組、

ひらけて渦巻く鳴門(ナルト)(七十、成答)ぢゃ。

新しき人民の住むところ、

霊界と現界の両面をもつ所、

この岩戸ひらきて二度とない九十(光透)でひらく仕組。


星座の巻 第十五帖

十二人が一人欠けて十一人となるぞ、

その守護神を加へて二十二柱、

二十二が富士ぢゃ、真理ぢゃ、

又三であるぞ、今迄は四本指八本指で物事をはかって誤りなかったのであるが、

岩戸が明けたから親指が現れて五本十本となったのぢゃ、

このことよくわきまへよ。


星座の巻 第二十三帖

二二の二の五つの今あけて、

よろづゐんねん出づる時来ぬ。

天の理が地に現はれる時が岩戸あけぞ、

日本の国が甘露台ぢゃ。


julaさんのメール

星座の巻 第二帖

いわゆる十、二十、五十、百などが一応の完成形としての○なのだと思います。


「百は九十九によって用(ハタラ)き、五十は四十九によって、二十は十九によって 用(ハタラ)くのであるぞ、

この場合、百も五十も二十も、天であり、始めである ぞ」

を読み替えれば、


「十は九によって用(ハタラ)くのであるぞ、この場合、十も、であり、始めであるぞ」

となります。 ですので、


ナルの仕組とは【成十】(七十)の経綸であるぞ→十になり○となり一つの完成形 となる。

この完成形の○は新たなテンとなる。

これが無限に繰り返されいっそう繊細さ、詳細化が進み中身がより詰まったものとし て充実していく

なんて感じなのだと思います。

であればこそ○は必然としての現れ、様相を呈すると思います。

しかし現世は中身が空っぽの○ばかりを作っている。

一〜八まではなんとか用意できても、最後の九というが入らないからいつまで たっても一つの完成形としての○とならない。

それを今回は最後の一厘の九番目のを用意し 収めることによって、○にしてみせ る、十→【成十】として完成させてみせますよ。

という事なのだと思います。

これが鳴門(ナルト)(七十、成答)の仕組なのだと思います。

富士(二二、普字)の仕組はおそらく一方だけでは上手く行かない、一と二相和して 三を成せということで、 火と水、天と地を相和しなさいという感じだと思います。

転じて、 サタンが何度もノアの大洪水を引き起こしリセットを繰り返すのは、 サタンに使命?を与えた存在が、 ○にうまく至れない場合はやり直しもやむなし、得心できるまでやり直してみなよ、 みたいな条件が与えられているのではないでしょうか。

もちろんリセットが本題なのではなく、成十の秘密を理解してもらいたがために与えた試 練、条件なのだけれど、 サタンとしてはできっこない事を使命として与えられた。

「だから作っては壊しを繰り 返しているんだ〜〜」

みたいな感じになっているのではないか?という気がします。

でもやはり火と水、天と地両方の作用、両方の成十が成立してこそ三千世界開く事が できるのですが、


イザナギが一人で神々を生み出したの如く、 一人で成十を果たそう とするから八までしか用意できない。

結果最後の一厘が足らず九の要素にまで至らず十、○、成十とできない。

できないものだから命ぜられたようにリセットしてやり直しを繰り返し、いよいよそ れも飽きてきてしまった。

そのあたりが腹、体、(本来の御魂が納まるべき部位)が無い頭と尻尾ばかりの化物 と成り果てている、それ故成十を生み出す事ができないのに、何故気づかないのか?

と諌められているのではないでしょうか?


トッチさんのメール

トッチです。

この解釈ですと「始めであるぞ」が生きてきますね。

う〜ん。

おやすみなさい。


千成の返事

以下の帖のように岩戸を(一八十)と 書いてある場合もあります。

これですと

(一)+(八)+(十)=平

になります。


富士の巻 第24帖 (104)

普字は晴れたり岩戸(一八十)あけたり。

つまり“成十(と)”の “”はの字のことですよ。

岩戸ひらく仕組

は“成と”→“成”→“平成”の時代に起こりますよ。

な〜んていう言葉遊びも含まれている?

平成の時代のことを言っているということをヒントにするために 次の 星座の巻 第03帖 (037)では


時、時、と申してあるが時間ではないぞ

神界で時間と申すのは、ものの連続と変化

トキ待てよ。

トキ違えるでないぞ。

地上人の時間と区別して考えねば このふでは解らんぞ。

と、時間ではないぞ、と言いながら、時、時、を強調している。

なんで?

これは短い時ではなく、霊界でのように、 ものの変化があるとして理解されるぐらいの長さ、つまり長いスパンの時→ 時代

のことを暗ににおわせている?


昭和の時代のことではなく、平成の時代までトキ待てよ

と言っているのかも。


時節が来て、岩戸がひらけて来たから、見当つくであろう、

とは、


平成の時節になったら、その時代の人は、見当がつくであろう。

と言っているのかも?


星座の巻 第03帖 (037)

時、時、と申してあるが、時間ではないぞ。

神(カミ)、幽身(ガミ)にも聞かせているのぞ。

地上人には時間が考えられるなれど、

神界には時間がなく、神も霊人も時間は知らないのであるぞ。

只よろこびがあるのみぞ。

神界で時間と申すのは、ものの連続と変化、状態の弥栄の事であるぞ。

トキ待てよ。

トキ違えるでないぞ。

地上人の時間と区別して考えねば このふでは解らんぞ。


■平易意訳■

時、時、と云っていますが、時間ではありません。

神(カミ)、幽身(ガミ)にも聞かせているのです。

地上人には時間が考えられますが、神界には時間がなく、神も霊人も時間は知らないのです。

只喜び・歓喜があるのみなのです。

神界で時間と云うのは、物の連続と変化、状態の永久に繁栄する事なのです。

トキを待ちなさい。

トキを違わないようにして下さい。

地上人の時間と区別して考えなければ この筆は解りませんよ。

時期を当てるよりも、事象をよく観察・検証して行動を起こす方が確実なのかも知れませんね。

ひっくり返る富士鳴門の仕組みも時期を当てることは難しく、その事象を追うのみになるのではないかと。

思いつきですが、現実界では、○の中を大きく十二等分して時計なるものを創りましたが、神界や霊界などでは、ただ○なのかも。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

時、時、と云っていますが、時間ではないのです。

神(カミ)、幽身(ガミ)にも聞かせているのです。

地上人には時間が考えられますが、神界には時間が有りません。

神も霊人も時間は知らない概念です。

只、喜びがあるのみです。

神界で時間と云うのは、ものの連続と変化、状態の永久の繁栄の事です。

時を待ちなさい。

時を違えて、受け取らないようにしなさい。

地上人の時間と区別して考えねば、この筆は解りません。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

時、時と言ってるでしょう。

時間ではないのです。

神(カミ)、幽身(ガミ)にも聞かせているのですよ。

地上人には時間が考えられますが、神界には時間がなく、神も霊人も時間は知らないのですよ。

ただ喜びがあるだけなのです。

神界で時間と言うのは、物の連続と変化、状態の弥栄の事なのです。

トキを待って下さい。

トキを間違えてはいけませんよ。

地上人の時間と区別して考えなければ、この神示は解りませんよ。


■解説と補足説明■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

ひふみ神示に記載されている年月日は地球の人類が用いている時間の概念の記述と根本的に異なっていることを指摘しています。

従って、彼らの預言は「状態の変化」のタイミングを説明していると考える必要があります。

ロックさんの解釈 :(一巡目)

"トキ" = 太陽と女王が会い、太陽の覚醒が進むことかととりました。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

時です。

時間ではないのです。

ミロクにも皆さんにも聞かせている事ですよ。

神の世界、霊の世界には、この物質界で認識されている「時間」と言う概念はありません。

ですから、神も霊人も時間を知りません。

ただ喜び(太神の法則)があるだけなのです。

神界において、この世で言う時間に当てはまるものとしては、物の連続と変化、状態の弥栄の事なのです。

順番が来るのを待って下さい。

アンテナの感度を高め、世の中の現象を良く見極めて、タイミングを間違えてはいけませんよ。

地上人の「時間」と、神界の「トキ」を区別して考えなければ、この神示は解りませんよ。


星座の巻第四帖(038)

人民もの言へんことになると申してありたこと近うなったぞ、

手も足も出んこと近づいたぞ、

神が致すのでない、

人民自身で致すこと判りてくるぞ。

人民の学や智では何とも判断出来んことになるぞ。

右往左往しても、世界中かけ廻っても何もならんぞ、

判らんでも判りた顔せねばならん時が来たぞ、

ウソの上ぬり御苦労ぞ、

人民がいよいよお手上げと言うことに、世界が行き詰りて神のハタラキが現れるのであるぞ、

日本人びっくりぢゃ、

日本人はいくらでも生み出されるが日本の国は出来まいがな、

身体中、黄金(こがね)に光ってゐるのが国常立大神の、ある活動の時の御姿ぞ、

白金(しろがね)は豊雲野大神であるぞ、

今の科学では判らん。

一万年や三万年の人間の地上的学では判らんこと、

国常立大神のこの世の肉体の影が日本列島であるぞ、

判らんことがいよいよ判らんことになったであろうが、

元の元の元の神の申すことよく聞きわけなされよ、

神の学でなければ今度の岩戸はひらけんぞ。


■平易意訳■

人民が偉そうに物が言えないことになると云っていた事が近くなりました。

その出てきた内容に手も足も出ないことが近づきました。

それは神が致すのでなく、人民自身で致すことが判ってきます。

人民の学や智では何とも判断が出来ない事になります。

右往左往しても、世界中をかけ廻っても何もなりません。

偽学者や権威と言われる方々は、判らなくても判った顔をしなければならない時が来たのです。

ウソの上塗り(捏造に次ぐ捏造作業知ったか三味)御苦労ですね。

人民がいよいよお手上げと言い出す頃に、世界が行き詰って神のハタラキが現れるのです。

八百万の神の国の日本人もその働きにビックリ(@@)です。

日本人はいくらでも生み出されますが、日本の国は出来ないでしょう。

身体中、黄金(こがね)に光っているのが国常立大神の、ある活動の時の御姿です。

白金(しろがね)は豊雲野大神なのです。

今の科学では認識できず判りません。

一万年や三万年の人間のお子ちゃま的な地上的学では判らないことです。

国常立大神のこの世の肉体の影が日本列島なのです。

判らないことがいよいよ判らないことになったでしょう。

元の元の元の神の云うことをよく聞きわけなさい。

神の学でなければ今度の岩戸は開けません。

元の元の元の神の云うことをよく聞きわけなさい。

この内容から、岡本天明自身も自覚はないが、捏造しちゃっている部分もあるのかも知れませんね。

ノアの大洪水の働きの構造を神のハタラキの一つに例えたらどのように表現されるでしょう。

神のハタラキに関する帖をマトリックスで捻出してもらえると^^なんて云ってみたりして。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

人々がものも言へないようになると云っていたが、そのことが近づいてきました。

人々(人類)では手も足も出ない出来事が近づいたですよ!

神が実施するでなく、人々がかってにしているとが判るようになってきます。

そして、人類の学問や知徳では何とも判断出来んような事態になるのです。

そのときになって、右往左往しても、世界中かけ廻っても何もならないのです。

解りもしないのに、さも解ったようなしたり顔して誤魔化す連中が現れる時期がきたのです。

ウソの上ぬり御苦労さまです。

人民がいよいよお手上げと言う他は無くなった頃、世界が行き詰まった頃に神のハタラキが現れるのです。

日本に現れたことに全ての日本人はびっくりするのです。

日本人はいくらでも生み出されるが、 日本の国は出来ません。

身体中、黄金(こがね)に光っているのが男神の国常立大神の、ある活動の時の御姿です。

そして、白金(しろがね)に光っているのが女神の豊雲野大神です。

その現象は今の科学では判りません。

一万年や三万年の人間の地上の学問では解らない出来事です。

その国常立大神のこの世の肉体の影が日本列島全体に映し出されるのです。

聞いていても、判らんことがいよいよ判らないようになったでしょう。
(人間の科学程度では理解不能になるのです)

元の元の元の神の申すことよく聞きわけなさい。

神の学問でなければ今度の岩戸はひらけないのです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

人民が物を言えなくなると言っていた事が近くなってきましたよ。

手も足も出ない事が近づいて来ましたよ。

神がするのではありません。

人民自身でする事と判ってきますよ。

人民の学や智では何とも判断出来ない事になりますよ。

右往左往しても、世界中駈回っても何もなりませんよ。

判らなくても判ったような顔をしなければならない時が来ましたよ。

嘘の上塗り、 ご苦労様です。

人民がいよいよお手上げと言う事に、世界が行き詰って神のハタラキが現れるのですよ。

日本人もビックリです。

日本人は幾らでも生み出せますが、日本の国は出来ないでしょう。

身体中、黄金に光っているのが国常立大神の、ある活動の時の御姿です。

白金は豊雲野大神ですよ。

今の科学では判りません。

一万年や三万年の人間の地上的学では判らないことです。

国常立大神のこの世の肉体の影が日本列島ですよ。

判らない事がいよいよ判らない事になったでしょうが。

元の元の元の神の云う事をよく聞き分けなさいよ。

神の学でなければ今度の岩戸は開けませんよ。


■解説と補足説明■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

解りにくい内容ですが、むりやり解りやすくすると下記のようになります。

日本に「男神の国常立大神」と「女神の豊雲野大神」が現れて、黄金(こがね)に光を発生するように成るし、白金(しろがね)に光を発生するようになる。

以上のようなことですが、この光を人類の科学力で分析し理解することは出来ないことを説明しているようです。

それと、ひふみの神は

「元の元の元の神の申すことよく聞きわけなさい。」

とありますから、かなり高階梯の神であるようです。

それにしても、夜になってもピカピカと光っているのなら、夜道を歩くのに便利ですね。

これは冗談です。(^^)


■参考資料■

其の一豊雲野(とよくもの)の神さん

天地のはじめ 天と地が始まったときに、高天の原にお出来になった神さんの名前は、天之御中主(あめのみなかぬし)の神さんや。次に、高御産巣日(たかみむすひ)の神さん。

次には神産巣日(かみむすひ)の神さん。

この三柱の神さんは、みんな独りでお出来になった神さんで、姿を隠していらっしゃったんや。

次に、国がまだ若いできたてで浮いた油みたいになっとって、くらげのように漂ってるときに、葦の芽が出るみたいな勢いの物でもってお出来になった神さんの名前は、宇摩志阿斯訶備比古遅(うましあしかびひこぢ)の神さん。

次に、天之常立(あめのとこたち)の神さんや。

この二柱の神さんも、みんな単独の神さんとしてお出来になって、姿をお隠しになった。

以上の五柱の神さんは、特別の天の神さんやで。

それで次にお出来になった神さんの名前は、国之常立(くにのとこたち)の神さんで、次は豊雲野(とよくもの)の神さん。

この二柱の神さんも、独神としてお出来になって、姿をお隠しになったんや。

次にお出来になった神さんの名前は、宇比地邇(うひぢに)の神さん、次に女性の須比智邇(すひちに)の神さん。

次は角杙(つのぐひ)の神さん、そして女性の活杙(いくぐひ)の神さん。

次に意富斗能地(おほとのぢ)の神さん。

女性の大斗乃弁(おほとのべ)の神さん。

その次に於母陀流(おもだる)の神さん、女性の阿夜訶志古泥(あやかしこね)の神さん。

そして次に、伊耶那岐(いざなき)の神、女性の伊耶那美(いざなみ)の神さんや。

(後略)


龍神界

龍神界は霊界にあるのである。

龍神は主として天然現象を司っているものである。

あの気象台の何百何十ミリの低気圧とか、不連続線等と言うのは皆龍神の役である。

龍神界は霊界的活動である。

日 金龍 国常立尊(男龍)男龍を生む。

天皇 天龍 天皇に生れる龍神、最高の龍神。

月 銀龍 豊雲野尊(女龍)女龍を生む。

是が最高の龍神である。

金龍が地中へ潜む時(潜龍)光を隠して黄龍(蛟龍)となる。

金龍及銀龍は天龍を守護しているのである。

地球踏み固めの時は国常立尊、豊雲野尊がたくさんの龍神を生んで踏み固められたのである。

谷又は谷川は龍神がくねって歩いた痕が出来たそれなのである。

是等は皆大きな龍神であった事は、色々の龍神の通った痕等でよく判るのである。

この龍神が死んで霊体となり色々の御用をしているのである。

天地の浄化作用をするのは龍神である。

(後略)


高天の原に居ます神々様について

天地()が開け始めたときに、国は未だ固まらずに荒れていた。

高天の原に始めて御生れになった神様が、天の御中主の神で、次に高御(ミ)産巣日(ムスビ)の神、次に神(カミ)産巣日(ミスビ)の神の御三方で、この神はいづれも御ひとり神で、身を御かくしになった。

次に御生れになった神様は、「ウマシアシカビヒコヂの神」と「天の常立(トコタチ)の神」で、この二方の神も御ひとり神で、身を御かくしになった。

以上五方の神は、天上で御生れになった神様で、外の神様と分けて云はれている。

次に御生れになった神様は、「国の常立(トコタチ)の神」,「豊雲野の神」で、やはり御ひとり神で身を御かくしになった。

次に御生れになった神様は、「ウイヂニの神、女神スイヂニの神」次に「ツヌグイの神、女神イクグイの神」次に「オオトノヂの神、女神オオトノベの神」次に「オモダルの神、女神アヤカシコネの神」次に「イザナギの神、女神イザナミの神」が御生れになった。

以上国の常立(トコタチ)の神から、イザナミの神までを併せて、神代七代と申し上げる

(後略)

トッチさんの解釈 :(二巡目)

人類にとって問答無用の事が近くなってきました。

ノアの大洪水から救われるのは、神がするのではありません。

神示を読んで、自分自身の努力による事と判ってきますよ。

人間の学問や知恵ごときでは何とも判断出来ない事になりますよ。

右往左往して、世界中を駈回っても、ノアの大洪水から逃れる事が出来る場所はありません。

救助UFOに携挙してほしくて、改心が出来ているふりをしなければならない時が来ましたよ。

嘘の上塗り、ご苦労様です。

政治的世界情勢、環境問題など人類が行き詰った時に、神のハタラキ(都市攻撃、ノアの大洪水)が現れます。

・今の科学では判らないと言うこの部分は、確かにわからないので保留にします。

元の元の元の神の云う事をハラで判ってくるに従い理解できるのかもしれません。

「日本人は幾らでも生み出せますが、日本の国は出来ないでしょう。

身体中、黄金に光っているのが国常立大神の、ある活動の時の御姿です。

白金は豊雲野大神ですよ。

今の科学では判りません。

一万年や三万年の人間の地上的学では判らないことです。

国常立大神のこの世の肉体の影が日本列島ですよ。

判らない事がいよいよ判らない事になったでしょうが。

元の元の元の神の云う事をよく聞き分けなさいよ。

神の学でなければ今度の岩戸は開けませんよ。」


星座の巻第05帖(039)

悪の仕組通り、悪平等、悪公平の選挙でえらび出すのざから、出るものは悪にきまっているでないか、

悪もよいなれど、

悪も神の用(ハタラ)きであるなれど、

悪が表に出ること相成らん。


■平易意訳■

悪の仕組通り、悪平等、悪公平の選挙で選び出すのですから、出るものは悪にきまっているでないですか、

悪も良いですが、悪も神の用(ハタラ)きであるなれど、

悪が表に出ることは良くないのです。

地球劇場自体が神サタンのルールのひとつ貨幣経済で機能していますから、貨幣にもまれた猛者が出てくれば、庶民の考えなどは反映されるわけがありませんね。

百万件の悪を行ない一件くらいの善行をさも大々的にやっていますとばかりに アピールするくらいが関の山かも知れません。

悪が表に出るとこうなるということはよく理解しておくといいのかも知れませんね。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

悪の仕組通りに、悪平等、悪公平の選挙で選び出すのですから、出るものは悪に決まっています。

悪もよいなれど、悪も神の用(ハタラ)きですが、悪が表に出ることは絶対に良くないのです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

悪の仕組通り、悪平等、悪公平の選挙で選び出すのだから、出るものは悪に決まっているではないですか。

悪もよいですが、悪も神の用(ハタラ)きでありますが、悪が表に出る事はいけません。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

これは現世界のことを言っているかと思います。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

この世界は神サタンが作った仕組みで動いてますから、出るのは悪に決まっているではないですか。

神サタンとて神の用(ハタラ)きですけど、これ以上太陽系を支配させるわけにはいきません。


ロックさんのメール

ロックです。下記のようにミロクも一生懸命やって下さっているようなので、頑張らないとですね(^^)


星座の巻第06帖(040)

人民と申すものは生命(いのち)が短いから、気が短いから、

仕組少しでもおくれると、この神は駄目ぢゃと、予言が違ったではないかと申すなれど、

二度とない大立替であるから少し位のおそし早しはあるぞ、

それも皆人民一人でも多く助けたい神の心からぢゃ。

おくれても文句申すが早くなっても又文句を申すぞ、

判らんと申すものは恐ろしいものであるぞ。


■平易意訳■

人民と云う物は生命(いのち)が短く、気が短いから、仕組少しでも遅れると、この神は駄目だなと、予言が違ったではないかと云いますが、二度とない大立替なのだから、少し位の遅い早いはあるのです。

それも皆人民一人でも多く助けたい神の心からなのです。

遅れても文句を云いますが早くなっても又文句を云うのです、

判らないと云うのは恐ろしいものです。

それぞれに気づくところが違いますし、単一的な教育でもないので時間はかかりますね。

時間で競争を煽り立てているサタンの社会では、どうしても時間がズレれば文句を言いたくなるのかもしれません。

宇宙の真相はもっとたくさんの方々に小耳にだけでも知ってもらいたい所です。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

人民と云うは生命(いのち)が短いから、気が短いから、仕組が少しでも遅れると、この神は駄目です。

また、予言が違ったではないかと云います。

ですが、二度とない大立替であるから少し位の遅し早しはあります。

それは人民一人でも多く助けたい神の心から出るのです。

遅れても文句を云いますが、早くなっても文句を云います。

判らないと云うことは恐ろしいものです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

人民というものは生命(いのち)が短いから、気が短いから、仕組みが少しでも遅れると、この神はダメだ、予言が違ったではないかと言いますが、二度とない大立替なのですから少し位の遅い早いはありますよ。

それもみんな人民を一人でも多く助けたい神の心からです。

遅れても文句を言いますが、早くなっても又文句を言いますよ。

判らないと言う事は恐ろしいものですよ。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

五十億人の救済計画ならばそれも、納得です。

“ななかまど”も発動すればそれなりの作業の積み重ねがあって、下地を作っていくことかと思います。すぐ騒ぐ輩もいますね。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

ノアの大洪水は、もう2度と無い大イベントなので、予言より多少の遅い早いはあります。

なぜかと言えば神は、人類の気付きを待っているからです。

一人でも多くを助けたい為に、ミロクの進展を待っています。

おろかな人類は遅れても文句を言いますが、早くなっても又文句を言いますよ。

事情(真理を)判らないと言う事は恐ろしいものですよ。

サタンは早く計画を進めたいのでしょうけど、ミロクの準備が出来るまで大天使軍が上手く延長戦にもっていってるのかもしれませんね。


星座の巻第07帖(041)

この世をつくった太神の神示ぞ、

一分一厘違わんことばかり、

後になって気がついても、

その時ではおそいおそい、

この神は現在も尚(なお)、

太古を生み、

中世を生み、

現在を生み、

未来を生みつつあるのぞ、

この道理判りて下されよ、

世界は進歩し、

文明するのでないぞ、

呼吸するのみぞ、

脈拍するのみぞ、

変化するのみぞ、

ぐるぐる廻るのみぞ、

歓喜弥栄とはこのことぞ。


■平易意訳■

この世を創った太神の神示です。

一分一厘違わないことばかりなのです。

後になって気がついても、その時では遅すぎます。

この神は現在も尚(なお)、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのです。

この道理判ってくださいね。

世界は進歩し、文明するのでないのです。

呼吸するのみなのです。

脈拍するのみなのです。

変化するのみなのです。

ぐるぐる廻るのみなのです。

歓喜弥栄とはこのことなのです。

世界は進歩し、文明するのでないのです。

呼吸するのみなのです。

脈拍するのみなのです。

変化するのみなのです。

ぐるぐる廻るのみなのです。

歓喜弥栄とはこのことなのです

この世を創造したひふみ神ですから、出来ることでもあるし、その世界観の表れなのでしょうね。

太陽さんの解読を参考にしますと、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのですとあるように、 超多次元空間を永久に繁栄する肉体の成長のように構築していくようです。

ぐるぐる廻るの語句ですが、磐戸の巻にも出てきますね。

それらと一緒に見るのも一つかもしれませんね。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

この世を作った太神の神示です。

一分一厘と違わないことばかりです。

後になって気がついても、その時では遅いのです。

この神は現在も尚(なお)、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのです。

(超多次元空間を産み出しているのです)

この道理を判って下さい。

世界は進歩し、文明するのでないのです。

呼吸するのみです。

脈拍するのみです。

変化するのみです。

ぐるぐる廻るのみです。

歓喜し永久に繁栄するとはこのことです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

この世を作った太神の神示です。

一分一厘違わない事ばかりです。

後になってから気が付いても、その時では遅い遅い。

この神は現在も尚、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのですよ。

この道理を判って下さいよ。

世界は進歩し、文明するのではないのです。

呼吸するのみです。

脈拍するのみです。

変化するのみです。

ぐるぐる廻るのみです。

歓喜弥栄とはこの事です。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

この宇宙を作った太神の神示です。

後になって気がついてもそのときでは遅いのです。

『この神は現在も尚(なお)、太古を生み、中世を生み、現在を生み、未来を生みつつあるのぞ、この道理判りて下されよ』

これは、私見ですが、サタンが時間を行き来できることも考慮して行動しなくてはならないことを暗に示唆しているのかもしれませんね。

太陽が明らかにすると思います。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

この世の文明社会ではない、太神の法則の中での世界観(歓喜弥栄)の説明になってます。


julaさんのメール

jula です。

現代の常識としての時間認識、過去から現在に至り未来に向かっているという一方向への時間進行。

今しか存在しえ無い。

過去が無ければ現在はありえない、過去の因果が現在に応じているという常識は非常識です。

この世をつくった太神は今も生前の世界、地上界、死後の世界を生み続けています。

結果過去も未来も生みつづけている事になるのです。

しかし岩戸が締め切られた現代の現界においては、生前の世界、死後の世界とが断絶してしまっています。

ですから時間が一方向にしか進み得ないとしか認識できなくなっているのです。

現界での常識、認識のように世界が進歩し、文明が勃興し消えていくわけでは無いのです。

生前の世界、地上界、死後の世界とが各々呼応して呼吸するのです、脈拍するのです、変化するのです。

どこかの世界で息を吸うならどこかの世界では息を吐く、という具合に呼応した動き、循環を繰り返しているのです。

それこそが歓喜弥栄なのですよ。


星座の巻第08帖(042)

人民一度死んで下されよ、死なねば甦られん時となったのぞ、

今迄の衣をぬいで下されと申してあろう、

世がかわると申してあろう、

地上界の総てが変るのぞ、

人民のみこのままと言うわけには参らぬ、

死んで生きて下されよ、

タテカヘ、

タテナホシ、

過去と未来と同時に来て、

同じところで一先づ交じり合うのであるから、

人民にはガテンゆかん、

新しき世となる終りのギリギリの仕上げの様相であるぞ。


■平易意訳■

人民は一度死んで下さい。

死なねば甦られない時となったのです。

今迄の衣を脱いで下さいと云っているでしょう。

世が変ると云っているでしょう。

地上界の総てが変るのです。

人民のみこのままと言うわけには行きません。

死んで生きて下さいよ。

建替え立て替え、建て直し立て直し、過去と未来と同時に来て、同じところで一先づ交じり合うのですから、人民にはガテンが行きません。

それは新しき世となる終りのギリギリの仕上げの様相なのです。

この地球劇場での個人が持つ既成概念や価値観の捨て去る行為は、ある意味「死」を意味することにもなるような気がします。

基本的には、養殖されてる身なので社会生活を営む場面ではそれを前面に出しては単なる現実逃避の存在になってしまいますのでなんですが、一般の社会生活をしながら、その社会生活をしっかり理解してミロクの世に必要な物、不必要な物を理解するということは今までの衣を脱ぐことにもなるような感じがします。

「死んで生きて下さいよ」

とありますので、神サタンの社会的には上に行く事がなくずっと下にいる事になるので社会的に抹殺されたような感じになるかもしれないが、その中でしかと大事なことを学ぶことが必要なのかと思います。

この方ミロクもサタンも同時に過去と未来と同時に来て何かをしているでしょうから、現実界では起こる事が人民にはよく判らずに、ちぐはぐなことも多いのかも知れません。

でも、それは新しいミロクの世になる時期の終りのギリギリの仕上げの様相なのだろうと思います。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

人民は一度死んで下さい。

死なないと甦られない時節となりました。

今迄の人間の衣を脱いで下さい。

世が変わると説明してありました。

地上界の総てが変るのです。

人民のみ、このままと言うわけにはいきません。

一度、死んで甦り生きて下さい。

建て替え、建て直し、過去と未来とが同時に来ます。

同じところで、一先づつ交じり合うのであるから、人民にはガテンが行きません。

新しき世となる終りの

「ギリギリの仕上げの様相」

であるのです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

人民一度死んで下さいよ。

死ななければ甦ることの出来ない時となりましたよ。

今までの衣を脱いで下さいと言ってるでしょう。

世が変わると言っているでしょう。

地上界の全てが変わるのですよ。

人民のみこのままと言う訳にはいきません。

死んで生きて下さいよ。

立替、立て直し。

過去と未来と同時に来て、同じ所で一先ず交じり合うのですから、人民には合点が行きません。

新しい世となる終わりのギリギリの仕上げの様相ですよ。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

『 人民一度死んで下されよ、死なねば甦られん時となったのぞ、今迄の衣をぬいで下されと申してあろう、世がかわると申してあろう 』 そのまま読むと、霊体になるようなことを想像しがちですが、これは魂を入れる皮袋が代わることを示唆しているのではないかと思います。

『新しき世となる終りのギリギリの仕上げの様相であるぞ。』

この文から考えると、助けを助けと判断できない方には、ほうっておくサービスがついている物かと思います。

月人のアンドロイドの救援の直前の様子かもしれませんね。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

死ぬと言っても医学的な死の事を言っているのではなく、改心して心を入れ替えろと言う意味です。

でなければ、新しい世に受け入れられませんし、新しい世の仕組みも理解できません。


julaさんのメール

jula です。

現代のような人民サマは一度死んでもらうしか他に術がありません。

一度身、魂を切り離さない限り新たに甦る事はどうにもできない状態にまで至ってしまっているのです。

掃除洗濯を済まして今までの肉体は脱ぎ捨てて綺麗さっぱりとなってくださいと言っているでしょう?

霊界と現界の両面を合わせ持つ所に住まう、そのような世に変わると言っているでしょう?

地上界の全てが変わってしまうのですよ。(星座の巻第10帖(044)で言っているように)

人民だけが今のままという訳にはいかないのですよ。

一旦死んで、今の肉体、常識を脱ぎ捨てて、掃除洗濯を済ましてください。

タテカヘとタテナホシ。

過去と未来とが同時に来て、同じところで一先づ交じり合うのであるから、人民にはガテンゆかん、新しき世となる終りのギリギリの仕上げの様相であるぞ。

過去現世に生まれる前の待機している霊の世界

未来死後の霊の世界

を指しているのだと思います。

これだと霊界と現界の両面を合わせ持つ所として説明がつきます。

今まで生前の世界(過去)、地上界(現在)、死後の世界(未来)とが断絶していました。

しかしタテカヘとタテナホシによってひとまず同じところで渦海の如く交じり合うのです。

ですから現界の人民の常識ではまるで見当がつきません。(何故に過去、現在、未来が混じりあうのか?と囚われてしまうからです)

新しい世を迎える直前の、現界の終わりのギリギリの一厘の仕組みの仕上げの様相が、

“同じところで一先づ交じり合う”

事をさしているのですよ。


参考)

生前 死後 

で検索にかかる地震の巻各帖の参照を願います。


星座の巻第09帖(043)

白と黒とを交ぜ合せると灰色となる常識はもう役にたたんぞ。

白黒交ぜると鉛となり鉄となり銅となるぞ、

更に銀となり黄金となるぞ、

これがミロクの世のあり方ぞ、

五と五では動きとれん。

そなたの足許に、来るべき世界は既に芽生へてゐるでないか。


■平易意訳■

白と黒とを交ぜ合せると灰色となる常識はもう役に立ちません。

白黒交ぜると鉛となり鉄となり銅となるのです。

更に銀となり黄金となるのです。

これがミロクの世のあり方なのです。

五と五では動きとれません。

そなたの足許に、来るべき世界は既に芽生えているではないですか。

ミロクの世は1+1=3にも4にも∞にもなるような世界のようです。

新しい世界については、08帖の内容にも絡んでくるのでしょうね。

よく観察していると、過去と未来においてのミロクとサタンの牽制合戦が発生してちぐはぐなことが起こっていることを理解出来ることもあるのかも知れませんね。

そのちぐはぐな事象の流れも、ミロクの世の到来を告げる重要なシグナルのような気がします。

現実界における時間がなければ事象をよく観察することが必要だと思いますが、現実界におけるその究極はミロクやサタンの行っている牽制合戦を見分ける所まで行かなくてはいけないのかな、、、@@

牽制合戦が起こるわけですので、起こる予言、起こらない予言も当然ありえますので、客観的で冷静な目が必要になります。

占いやリーディング、チャネリングの権威と呼ばれる方々の予言なども当たる物もあれば当たらない物もあるようですが、 その辺りも、ミロクが阻止、もしくはサタンが阻止すれば起こらない可能性が発生します。

どちらの神にも必要ならば発生するでしょうが、必要でないのなら発生しないこともあるかと思います。

また神示では、こうも言っています。


そなたの足許に、来たるべき世界は既に芽生えているではないですか。

これは、自分自身がミロクの世の到来に気づいていないですか?って感じなのかも知れませんね。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

白と黒とを交ぜ合せると灰色となる常識は もう役に立ちません。

白黒を交ぜると鉛となり鉄となり銅となります。

更に銀となり黄金となります。

これがミロクの世のあり方です。

五と五では動きが取れません。

そなたの足許に「来るべき世界」は既に芽生へています。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

白と黒を混ぜ合わせると灰色になる常識はもう役に立ちません。

白黒交ぜると鉛となり鉄となり銅となりますよ。

更に銀となり黄金となりますよ。

これがミロクの世のあり方です。

五と五では動きが取れません。

あなたの足許に来るべき世界は既に芽生えているではありませんか。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

新世界のことを示唆している内容のようですね。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

今までこの世で培った知識や常識は役に立たなくなります。

囚われていてはどうにもならなくなります。

あなたの足許に来るべき世界は既に芽生えていますよ。

(ミロクが動き出しています)


julaさんのメール

そっちの話は白でOK、こっちの話は黒でNG、

あまりに極端でも良くないからグレーゾーンでとりあえず丸めたつもりとしておきましょう。

そんな今までのやり方常識はもう役に立たないのです。

悪も御用であり、善も御用。

どちらも大切な働きなのです。

それらを混ぜて和すれば新たなものが成るのです。
(一と二合わせて三と成せ)

最初にあわせた場合は鉛程度でしょう。

しかしその意味働きの理解が深まれば更に鉄となり銅となり銀となりやがて金となるのです。

これがミロクの世のあり方ですよ。

五と五では動きが取れません。

同じもの同士では有効な働きとならないのですよ。

別のもの同士補いあい和することで大きな作用、働きとなりより精錬されるのです。

そなたの足許に、来るべき世界は既に芽生へてゐるでないですか。
(鳥、十理、飛び立つぞなんてこことが書かれた帖がありましたが、そんなあたりと関連があるかもしれませんね)


十理関連 参考)


神がこの世にあるならば、こんな乱れた世にはせぬ筈ぞ

と申す者 沢山あるが、神に は人のいふ善も悪もないものぞ。

よく心に考へて見よ、

何もかも分りて来るぞ。

表の裏は裏、

裏の表は表ぞ

と申してあろうが、

一枚の紙にも裏表、

ちと誤まれば分らんことになるぞ、

神心になれば何もかもハッキリ映りて来るのざ、

そこの道理分らずに理屈ばかり申してゐるが、

理屈のない世に、神の世にして見せるぞ。言挙げせぬ国とは その事ぞ、

理屈は外国のやり方、

神の臣民 言挙げずに、理屈なくして何もかも分かるぞ、

それが神の真の民ぞ。

足許から鳥が立つぞ、

十理(トリ)たちてあわてても何んにもならんぞ、

用意なされよ、

上下にグレンと引繰り返るぞ。

上の者 下に、

落ちぶれた民 上になるぞ、

岩戸開けるぞ、

夜明け近づいたから、早う身魂のせんだくして呉れよ、

加実の申すこと千に一つもちがはんぞ。

六月二十七日、

ひつくのか三。

上つ巻 第20帖 (020)


イワトの巻かき知らすぞよ、

イワトひらくには神人共にゑらぎにぎはふのざぞ、

カミカカリして唱ひ舞ふのざぞ、

ウズメノミコトいるのざぞ。

ウズメとは女(おみな)のみでないぞ、

男(おのこ)もウズメざぞ、

女のタマは男、

男のタマは女と申してあろがな。

ヤミの中で踊るのざぞ、

唄ふのざぞ、

皆のものウズメとなりて下されよ、

暁(あけ)つげる十理(とり)となりて下されよ、

カミカカリて舞ひ唄ひ下されよ、

カミカカリでないと、これからは何も出来ぬと申してあろがな。

十二月三十日、の一二

磐戸の巻 第01帖 (237)


何もかも神示読めば判る様になってゐる事 忘れるでないぞ、

此の仕組 云ふてならず、

云はねば判らんであろうなれど、

神示読めば因縁だけに判るのざぞ。

石物云ふ時来たぞ。

山にも野にも川にも神まつれと申してあること、忘れるでないぞ、

型せと申してあらうが、

いづれも仮ざから三千世界の大洗濯ざから、

早よ型してくれよ。

型結構ぞ。

何もかも神人共にするのざぞ。

夜明けたら、何もかもはっきりするぞ、

夜明け来たぞ。

十理(トリ)立てよ。

七月二十八日、

あめのひつくのかみ神示書。

夜明けの巻 第05帖 (325)


顔まで変ってゐるのに未だ気づかんのか。

病気に皆がなってゐるのに未だ気づかんのか。

何事も早い改心結構。

自分で自分の心の中は中々につかめんものであらうがな。

その中に又心あり、

又中に心があるのぢゃ。

心は神界ぞ。

霊界や神界のものを肉体の自分で掴まうとしても中々ぢゃ。

うなぎつかみと申してあらうが。

ヌラリクラリと掴んだ筈が掴んでないぞえ。

掴むには身と魂と一つに和せねばならん。

から愛と智とが生れると申してあらうが。

智と愛との和合によってが又生れるのぢゃ。

は喜びであるぞ。

の別のであるぞ。

そのから又別の愛と智が生れ、

又別のが喜びとなり、

その喜びの愛と智の喜びと結んで、

又喜びの生れるのぢゃ。

神は額から入って顔全体に至り、

全身に及ぶものであるぞ。

(一月二十二日)

黒鉄の巻 第22帖 (640)

使用さされた特殊文字 


喜びが、真、善、美、愛と現はれ、

それが又、喜びとなり、

又、、真、善、美、愛となり、

又現はれ、限りないのぢゃ。

喜びの本体はあの世、

現はれはこの世、

あの世とこの世合せて真実の世となるのぞ。

あの世ばかりでも片輪、

この世ばかりでも片輪、

まこと成就せんぞ。

あの世とこの世と合せ鏡。

神はこの世に足をつけ衣とし、

人はあの世をとして、

心として生命しているのぢゃ。

神人と申してあろうがな。

この十理(ドーリ)よくわきまへよ。

この世にあるものの生命はあの世のもの、

あの世の生命の衣はこの世のもの。

くどいようなれど このこと肚の中に、得心なされよ。

これが得心出来ねば どんなによいことをしても、まこと申しても なにもならん、ウタカタぢゃぞ。

時節来たのぢゃから、今迄のように一方だけではならんぞよ。

春の巻 第06帖 (663)


行く水にも雲にも咲く花にも神のみ心あるぞ。

それ見る目ないからわからんのぢゃ。

掃除すれば判る。

掃除結構。

拝むは拝まんよりはましであるぞ。

しかし拝んでばかりでは病気は治らん。

金はもうからん。

拝むばかりで金もうけ出来たり病気治ったりすると思ふたら間違ひぞ。

理(ミチ)にいそしめ。

理(ミチ)ゆくところ喜びあるぞ。

喜びあるから病気も治るのぢゃ。

金も出てくるのぢゃ。

おかげあるのぢゃ。

喜び神ぢゃ。

タテには神と神界と和し、

ヨコには人と環境と大和して行くところにこそ、

生きの生命のウレシウレシあるのであるぞ。

春の巻 第56帖 (713)


何神様とハッキリ目標つけて拝めよ。

只ぼんやり神様と云っただけではならん。

大神は一柱であるが、あらわれの神は無限であるぞ。

根本の、太 (ヒツキ)大神さまと念じ、

その時その所に応じて、

特に何々の神様とお願ひ申せよ。

信じ合ふものあれば、

病気も又たのしく、

貧苦も亦たのしいのであるぞ。

例外と申すのは、ないのであるぞ。

他の世界、他の天体、他の小宇宙からの影響によって起る事象が例外と見えるのぢゃ。

心大きく、目ひらけよ。

夏の巻 第04帖 (721)

使用された特殊文字


月光の巻第二十三帖(810)

他の宗教に走ってはならんと云う宗教もそれだけのもの。

判らんと申してもあまりであるぞ。

同じ所に天国もあり、地獄もあり、霊界もあり、現実界もあり、過去も未来も中今にあるのぞ。

同じ部屋に他の神や仏をまつってはならんと申す一方的なメクラ宗教にはメクラが集まるのぢゃ。

病気が治ったり運がひらけたり、奇跡が起ったりするのみをおかげと思ってはならん。

もちと大き心、深い愛と真の世界を拝めよ。

とけ入れよ。

浄化が第一。

金が好きなら金を拝んでもよいのぢゃ。

区別と順序さへ心得て居れば何様を拝んでもよいぞ。

金を拝めば金が流れてくるぞ。

金を拝み得ぬイコヂさが そなたを乏しくしたのぢゃ。

赤貧は自慢にならん。

無神論も自慢にならん。

清貧はまけおしみ、清富になれよと申してあろうが。

清富こそ弥栄の道、神の道、大大神のマコトの大道ぞ。

使用された特殊文字 


十黙示録 第四巻 竜音の巻 第十七帖(76)

昭和三十六年八月三日、

旧六月二十二日(1961年)

(ひふみ神示 第三十四巻)(925)

霊の要求ぢゃと申して、そのまま受け入れてはならんぞ、

よく判断した上で処理せねばならん。

下級霊、動物霊の場合は酔ひどれのように箸にも棒にもかからんことを 申すものぞ。

殊にその霊が病気に関連をもってゐる場合は微妙であるから、 よく心得なされよ。

悪い企て、悪い行為ぢゃとて、直ちにキメつけてはならん、

やんわりともちかけて善きに導かねばならんぞ、

悪をきらふ心があってはならん、

悪抱き参らせと申してあろうがな。

邪道的要求を容れて一時的に病気を治すと、

それに倍してブリ返すぞ、

この呼吸大切。


星座の巻 第10帖 044

世の元はであるぞ、 世の末もであるぞ、 からに弥栄するが、 その動きは左廻りと右廻りであるぞ、 と申してあろう、

その中心に動かぬ動きあるぞ、

何も彼も、人民迄変るのが今度の大立替、食物も、衣類も、住居も皆変るぞと申してゐる時が来ているのぞ、

いつ迄チョンマゲを頭にのせてゐるのか、

ケンビキ今一度痛くなるぞ、

そのケンビキ今度は東の方ぢゃ。

使用された特殊文字 


■平易意訳■

世の元は なのです。

世の末もなのです。

からに永久に繁栄しますが、その動きは左廻りと右廻りなのです。

と言っているでしょう。

その中心に動かぬ動きがあるのです。

何も彼も、人民迄変るのが今度の大立替。

食物も、衣類も、住居も皆変るぞと言っていた時が来ているのです。

いつ迄チョンマゲを頭にのせているのでしょう。

ケンビキ今一度痛くなりますよ。

そのケンビキ今度は東の方で起こります。

ケンビキ=剣引き=武力放棄的な動きでしょうか。

痛くなるとありますから、支配層に対して言っている内容ならば 彼等が日本に軍隊を率いてやってきた時にコテンパンにやられちゃうことを示唆しているのかも知れませんね。

食物も、衣類も、住居も皆変るぞと言っていた時が来ているのです。

とありますが、その過程の中で、原始的な生活を避難生活の中で味わうことも何かとても次に繋ぐために 必要な何かがあるような気がします。

都市攻撃はサタンの楽しみで行われますが、人類にとっては過酷な状況も、永久に繁栄するために必要な何かを知る必要があるような気がするんですよね。

これは、経験からの考えなのですが。

あと余談ですが、大天使もごっつい超ド級の戦艦を持っていますから、何かがあってそれらの戦艦を持っていたわけですからその辺りのことも気になるし、知りたいことです。

氷治氏の解釈 :(一巡目)

世の元は ○です。

世の末も○です。

○から○に永久に繁栄しますが、その動きは左廻りと右廻りです。

と説明してあります。

その中心に動かない動きがあります。

何も彼も、人民迄が変るのが、今度の大立替です。

食物も、衣類も、住居も皆変りますと説明した時節が来ているのです。

いつ迄チョンマゲを頭にのせているのですか、頭が今一度痛くなります。

その頭、今度は東の方です。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

世の元は○ですよ。

世の末も○であります。

○から○に弥栄しますが、その動きは左回りと右回りですよ。

(と)と 言っているでしょう。

その中心に動かぬ動きがあります。

何もかも人民まで変わるのが今度の大立替です。

食物も、衣類も、住居も皆変わりますよと言っている時が来ていますよ。

いつまでちょんまげを頭に乗せているのですか。

剣引き今一度痛くなりますよ。

その剣引き、今度は東の方です。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

ケンビキとは、携挙でしょうか。

ケンビキが今度は東とあります。

女王が来られる時かも。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

世の元はミロクの仕組みですよ。

世の末もミロクの仕組みですよ。

ミロクの仕組みからミロクの仕組みに弥栄していますが、 その動きは左回りと右回り(様々自由自在)ですよ。

(と)と 言っているでしょう。

その中心に動かぬ動きがあります。

何もかも人民まで変わるのが今度の大立替です。

食物も、衣類も、住居も皆変わりますよと言っている時が来ていますよ。

いつまで今までの常識に囚われているのですか。

世の中を変える仕組みが今一度迫られる時が来ます。

その剣引き、今度は東(卯=4月)ですよ。

(と)が 判りません。

・ケンビキを剣引きとしましたが適当かどうかは分かりません。

・東を干支から4月としました。

正しければノアの大洪水にあたりそうです。


julaさんのメール

jula です。

世の基点は○です。

世の終点も○です。

○から始まりまた○に回帰し弥栄するのですが、その動きは左廻りと右廻りがあるのです。

左廻り(ヒダル→火、太陽)の作用(弥栄そのものをそのままに認識できる?)

右廻り(ミギリ→水、月)の作用(弥栄を一旦智でもって認識する?)

と言っているでしょう?


julaさんの解説

その中心にテンとして軸をぶらす事のない働きがあるのですよ。

何もかも、人民迄変わる(携挙の後に身魂が取り出され、霊界と現界の両面を合わせ持つ世に住まう身体に入れ替えられ神懸かれる、神人となる)のが今度の大立替です。

食物も(現代で主流の肉食などではありません。

より異質なものとの気・キの交流を深め和をひろめ弥栄をすすめるものとなります)、

衣類も(おそらく、ただ着るものというより、御魂の磨かれ具合次第で自ずと形なし光る、また得意とする働きによって光り方や光の色合い加減が異なる、そんなものを衣類というのかもしれません
では自ずと○の形が現れてくるとありましたし)、
住居
(志向を同じくするものが集まり別れ、働きに応じた住まいにどうにでも構成できる居住なんて感じではないでしょうか)
も皆変わるぞと言っている時(御世)がすぐそこまで来ているのですよ。

いつまでチョンマゲを頭にのせてゐるのか ○にテンおさめよと言っている事に対して、恰好ばかり繕って、その上にテンを置いて○テンを成した、ナルトを生んだつもりで居るのですか?とんだお笑い種です。

ケンビキ今一度痛くなるぞ、そのケンビキ今度は東の方ぢゃ。

“ケンビキ”が他の帖に見つからないので咀嚼できません。

他の帖に“ケンビキ”と思われる語句を見つけた方はご一報願います。


参考)


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第二十二帖(235)

昭和十九年十二月二十八日、

旧十一月十四日(1944年)

左は火ぞ、

右は水ざぞ、

の神との神ぞ、

日の神と月の神ざぞ、

日の神許り拝んで月の神忘れてはならんぞ、

人に直接(じきじき)恵み下さるのはの神、月神ぞ、

ぢゃと申して日の神 疎(おろそ)かにするでないぞ、

水は身を護る神さぞ、

火は魂護る神ざぞ、

火と水とで組み組みて人ぞ、

身は水で出来てゐるぞ、

火の魂入れてあるのざぞ、

国土も同様ぞ。

海の御用大切ざぞ。

十二月二十八日、

ひつ九のか三。

使用された特殊文字  


天国の政治は、歓喜の政治である。

故に、戒律はない。

戒律の存在する処は、地獄的段階の低い陰の世界であることを知らねばならない。

天国の政治は、愛の政治である。

政治する政治ではない。

より内奥の、より浄化されたる愛そのものからなされる。

故に、与える政治として現われる。

天国は、限りなき団体によって形成されている。

そして、その政治は、各々の団体に於ける最中心、

最内奥の歓喜によりなされるのである。

統治するものは一人であるが、

二人であり、

三人として現われる。

三人が元となり、

その中心の一人は、によって現わされ、

他の二人は、によって現わされる。

は、左右上下 二つの動きのを為すところの 立体からなっている。

統治者の心奥のは、更に高度にして、

更に内奥に位するの中の によって統一され、

統治され、立体をなしている。

天国では、このを、スの神と敬称し、

歓喜の根元をなしている。

スの神は、アの神と現われ給い、

オとウとひらき給い、

続いて、エとイと動き現われ給うのである。

これが総体の統治神である。

三神であり、二神である。

ア、オ、ウは愛であり、

エ、イは真である。

これら天国の組織は、人体の組織と対応し、

天国の一切の事象と運行とは、

人体のそれに対応している。

オ、ウなる愛は曲線であり、心臓である。

エ、イなる真は、直線であり、肺臓に対応して三五七と脈うち、呼吸しているのである。

これらの統治者は権力を奪することなく、また指令することもない。

よりよく奉仕するのみである。

奉仕するとは、如何にしてよりよく融和し、

善と、真との浄化と共に、悪と偽の調和をなし、

これらの総てを神の力として生かし、

更に高度なる大歓喜に到らんかと努力することである。

また統治者自身は、自分達を他の者より大なる者とはせず、

他の善と真とを先とし、

その歓喜を先ずよろこび、

己はその中にとけ入る。

故にこそ、統治者は常にその団体の中心となり、

団体の歓喜となるのである。

指令することは、戒律をつくることであり、

戒律することが神の意志に反することを、これらの統治者は、よく知っている。

天国に於ける政治の基本は、以上の如くであるが、

更に各家庭に於ては、同一の形体をもつ政治が行なわれている。

一家には、一家の中心たる主人、即ち統治者がおり、

前記の如き原則を体している。

またその家族たちは、主人の働きを助け、

主人の意を意として働く。

その働くことは、彼等にとって最大の歓喜であり、弥栄である。

即ち、歓喜の政治であり、

経済であり、生活であり、信仰である。

天国に於ける天人、霊人たちは、

常にその中心歓喜たる統治者を神として礼拝する。

歓喜を礼拝することは、歓喜の流入を受け、

より高き歓喜に進んで行くことである。

けれども、天国における礼拝は、

地上人のそれの如き礼拝ではない。

礼拝生活である。

総てと拝み合い、且つ歓喜し合うことである。

与えられたる仕事を礼拝し、

仕事に仕えまつる奉仕こそ、天国の礼拝の基本である。

故に、各々の天人、天使の立場によって、礼拝の形式、表現は相違している。

しかし、歓喜の仕事に仕えまつることが礼拝であると云う点は一致している。

地上人的礼拝は、形式の世界たる地上に於ては、一つのいき方であるが、

天国に於ける礼拝は、千変万化で、

無限と永遠に対するものである。

無限と永遠は、常に弥栄えるが故に生ずるものであり、

その弥栄が神の用である。

森羅万象の多種多様、限りなき変化、弥栄を見て、

この無限と永遠を知り、

あらゆる形において変化繁殖するを見て、

無限と、永遠が神の用なることを知らねばならぬ。

天国の政治は、光の政治である。

天国にも地上の如く太陽があり、

その太陽より、光と、熱とを発しているが、

天国の太陽は、一つではなく二つとして現われている。

一は月球の如き現われ方である。

一は火の現われ、火の政治であり、

一は水の現われ、水の政治である。

愛を中心とする天人は、常に神を太陽として仰ぎ、

智を中心とする天使は、常に神を月として仰ぐ。

月と仰ぐも、太陽と仰ぐも、

各々その天人、天使の情動の如何によるのであって、

神は常に光と熱として接し給うのである。

またそれは、大いなる歓喜として現われ給う。

光と熱とは、太陽そのものではない。

太陽は、火と現われ、月は、水と現われるが、

その内奥はいずれも大歓喜である。

光と熱とは、そこより出ずる一つの現われに過ぎないことを知らねばならぬ。

このことをよく理解するが故に、

天国の政治は、常に光の中にあり、

また熱の中に育ち栄え、歓喜するのである。

天国の太陽よりは、真と愛とが常に流れ出ているが、

その真と、愛とは、太陽の中にあるのではなく、

現われ出たものが真と見え、

愛と感じられるのみである。

太陽の内奥は大歓喜が存在する。

故に高度の天人の場合は、愛も真もなく、

遥かにそれらを超越した歓喜のが感じられるのみである。

この歓喜のが、真、善、美、愛となって、

多くの天人、天使たちには感じられるのである。

歓喜は、そのうけ入れる天人、天使、霊人、地上人たちのもつ内質の如何によって、千変万化し、

また歓喜によって統一されるのであるということを知らねばならぬ。

地震の巻 第19帖 (396)

使用さされた特殊文字  


マツリの巻 第21帖 (425)

建替が十年延びたと知らしてあろが、

建替遅くなりて、それから建直しに掛かりたのでは人民丸潰れとなるから、

建直し早うかかるからと聞かしてあろが、

人民には中々判らんなれど、

世界の動きよく見て御用結構ぞ。

世の建替は水の守護、

火の守護と知らしてあること忘れずに神示読めよ、

所々の氏神様は日本の内で御用なさるのぢゃ。

どんな集団(まどゐ)も神示が元ぢゃ、

神示で開かなならんぞ、

智や学も要るなれど、

智や学では開けんぞ、

誠で開いて下されよ。

八月三十日、一二

使用された特殊文字 


星座の巻第11帖(045)

自由も共産も共倒れ、

岩戸がひらけたのであるから元の元の元のキの道でなくては、

タマ(玉)の道でなくては立ちては行かん、

動かん二二(普字、富士)の仕組、

ひらけて渦巻く鳴門(ナルト)(七十、成答)ぢゃ。

新しき人民の住むところ、霊界と現界の両面をもつ所、

この岩戸ひらきて二度とない九十(光透)でひらく仕組。

使用された特殊文字 


■平易意訳■

自由(資本主義、民主主義)も共産主義も共倒れ、

岩戸が開けたのですから元の元の元のキの道でなくては、

タマ(玉)の道でなくては立ちては行きません。

動かない二二(普字、富士)の仕組、開けて渦巻く 鳴門(ナルト)(七 十、成答)です。

新しき人民の住むところ、霊界と現界の両面を持つ所、 この岩戸開いて二度とない九十(光透)で開く仕組。

自由も共産も共倒れとは、 事象的にその対象となる国が大きくずっこけることも 見る事が出来るのではないかと思います。

流れで言えば、すでにアメリカなどにはその兆候が見えているような 気がします。

二度とない九十で開く仕組とは、 人間に階梯をすっ飛ばした高階梯の存在であるミロクが 降臨していろいろとする仕組のことなのかも知れませんね。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

自由も共産も共倒れします。

岩戸が開けたのであるから「元の元の元のキの道」でなくては立ち行きません。

また、「タマ(玉)の道」でなくては、立ち行きません。

動かない「二二(普字、富士)の仕組」、「開けて渦巻く鳴門(ナルト)(七十、成答)の仕組」です。

新しき人民の住む所は霊界と現界の両面をもつ所です。

この岩戸開きて

「二度とない九十(光透)コト・事で開く仕組」

です。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

自由(資本主義、民主主義)も共産も共倒れです。

岩戸が開けたのですから元の元の元のキ(気、基、喜)の道でなくては、タマ(玉)の道でなくては立ち行きません。

動かない二二(普字、富士)の仕組、開けて渦巻く鳴門(ナルト) (七十、成答)です。

新しい人民の住む所、、霊界と現界の両面をもつ所。

この岩戸が開いて二度とない九十(光透)で開く仕組みです。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

女王と太陽で開く仕組のことを説明しているかと。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

岩戸が開く仕組みの説明です。


julaさんのメール

jula です。

自由主義も共産主義も現代社会での主義は共倒れにしか至りません。

所詮支配者層が蓄財を溜めこみ、民衆をコントロールする仕組みですから弥栄する事はないのです。

岩戸がひらけたのですから、世の元の、又更にその世の元の、又更にその世の元であるキの道でなくてはならないのです。

自由主義や共産主義はキの道からはまるで遠いところにあります。

玉、タマ→○にが納まった王の祭る道、政(マツリゴト)のやり方でなくては立ち行かなくなるのですよ。

動かん二二(普字、富士)の仕組 中心がぶれることの無いが納まったが和合する仕組み、

更にこれらが となって 、ナルト、成答と成るのです。

洗濯掃除が済んでいる身魂は一度携挙で身を入れ替えられます。

そんな神懸かれる神人となれる新しい人民は霊界と現界の両面を合わせ持つ所に住まうのです。

今度の岩戸が開けることで、二度と無い二二(普字、富士)の仕組が成就して、九十(光透)でひらく仕組となっているのです。 九十(光透)でひらく仕組

九十(光透)でひらく仕組はまだうまく咀嚼できていません。

あえていうならば、八までの には至れているけれども九つ目のが納まっていないからナルトとなりません。

しかし岩戸開ける今回は九つ目のを用意して納めて見せましょう、

としてナルト(成十)にしてみせましょう。

これが九十でひらく九つ目のテンを入れ十をなしひらくを意味しているのです。

なんて感じでしょうか。


星座の巻第12帖(046)

地上界に山や川もあるから霊界に山や川があるのでない、

霊界の山川がマコトぞ、

地上はそのマコトの写しであり、

コトであるぞ、

マが霊界ぢゃ、

地上人は、半分は霊界で思想し、

霊人は地上界を足場としてゐる、

互に入りかわって交はってゐるのぞ、

このこと判れば来るべき世界が、

半霊半物、四次元の高度の、影ないうれしうれしの世であるから、

人民も浄化行せねばならん、

大元の道にかへり、

歩まねばならん、

今迄のような物質でない物質の世となるのであるぞ。


■平易意訳■

地上界に山や川もあるから霊界に山や川があるのでないのです、霊界の山川が真・誠なのです。

地上はその真・誠の写しであり、コト=事象物?なのです。

マ=真が霊界なのです。

地上人は、半分は霊界で思想してますが、霊人は地上界を足場としています。

互に入りかわって交わっているのです。

このことを判れば来るべき世界が、半霊半物、四次元の高度の、影のないうれしうれしの世であることが判るでしょう。

だから、人民も浄化し行をしなければなりません。

大元の道に帰り、歩まねばなりません。

今迄のような物質でない物質の世となるのです。

霊界で作られたものの写しが地上世界となると、この地球劇場の元も霊界に存在しているのかも知れません。

霊界の後押しがなければ宇宙連合軍(天使軍)も形勢逆転があり得なかったのかも。

これは、天使の上の階梯の霊的な存在が介入していることでうまく行ったことでもあるようですので、なるほどとも思うところです。

地上人は半分は霊界で思想するようですが、霊人は地上界を足場としているとのこと。

地震の巻に記載されている、日の霊人、月の霊人は地上界の人間を足場にしているのかも知れませんね。

となると、地上人の霊界に向けて思想する?内容如何によって、繋がる霊人も変るのかも。

これは、怒りにより霊線が切り替わることも関係あるのかも知れませんね。

普段は相容れない日の霊人と月の霊人の間を融和し円通する霊人との繋がりを持つ事が必要だから、人民も浄化し、修行をしなくてはいけないのだと思います。

それを理解するのもまだまだ道のりはありそうです(^^;;;;

地震の巻第一帖によると日の霊人にも特徴があるように、月の霊人は否定的な特徴だそうですから、それを参考にするなら、いちいち何かを言われて「なぬう(ーー+)」となっていては平行線ですので彼等の存在を認め、彼等の立場も理解することも必要なのでしょうね。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

「地上界に山や川もあるから霊界に山や川がある」のではないのです。

霊界の山川が真・誠です。

地上はその誠・真の写しであり、コト・光透です。

「マ」が霊界です。

地上人は半分は霊界で思想しますが、霊人は地上界を足場としています。

互に入りかわって交はっているのです。

このことが判れば、

「来るべき世界が、半霊半物、四次元の高度の影のない嬉し嬉しの世である」

ことが判るでしょう。

ですから、人民も浄化し修行しなければなりません。

大元の道に返り、歩まねばなりません。

今迄の様な物質でない物質の世となるのです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

地上界に山や川もあるから霊界に山や川があるのではないのです。

霊界の山川がマコトです。

地上はそのマコトの写しであり、コト(言)なのです。

マ(真)が霊界です。

地上人は半分は霊界で思想し、霊人は地上界を足場としています。

お互いに入れ替わって交わっているのです。

この事が判れば来るべき世界が、半霊半物、四次元の高度の、影の無い嬉し嬉しの世ですから、人民も浄化行をしなければいけません。

大元の道に帰り歩まなければなりません。

今までのような物質でない物質の世となるのですよ。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

新世界の説明かと思います。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

「コト」を言、「マ」を真としてみました。

地上界と霊界との繋がりが判れば、人民は改心しなければなりません。

そして、新しい世の性質の説明になっています。


星座の巻第13帖(047)

父のみ拝(おろが)みたたへただけでは足りない、

母に抱かれねば、母の乳をいただかねば正しく生長出来ないのであるぞ。

一神として拝んでも足りぬ、

二(柱)でも一方的、

十万柱としても一方的ぞ、

マイナスの神を拝(おろが)まねばならん、

マイナスの神とは母のことぢゃ、

天にまします父のみでは足りないぞ、

天にあれば必ず地にもあるぞ、

一即多即汎、

地即天、

天即地から表即裏である、

マコトを行じて下されよ。


■平易意訳■

父のみ拝(おろが)み称えただけでは足りません。

母に抱かれねば、母の乳をいただかなければ正しく生長出来ないのです。

一神として拝んでも足りません。

二(柱)でも一方的、十万柱としても一方的です。

マイナスの神を拝(おろが)まねばなりません。

マイナスの神とは母のことです。

天にまします父のみでは足りません。

天にあれば必ず地にもあるのです。

一即多即汎、地即天、天即地から表即裏なのです。

マコト真・誠を行じて下さい。

これは、いろいろとひふみを理解していく過程の中で、その真の意味を理解できていくのだろうと思います。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

父のみを拝(おろが)み称えただけでは足りません。

母に抱かれねば、母の乳をいただかねば、正しく生長が出来ません。

一神として拝んでも足りません。

二(柱)でも一方的になります。

十万柱としても一方的です。

マイナスの神を拝(おろが)まねばなりません。

マイナスの神とは母のことです。

天にまします父のみでは足りないです。

天にあれば、必ず地にもあります。

一即多即汎、

地即天、

天即地、

表即裏、

です。

真・誠を修行じて下さい。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

父のみ拝み称えただけでは足りません。

母に抱かれなければ、母の乳を頂かなければ正しく生長出来ないのですよ。

一神として拝んでも足りません。

二(柱)でも一方的、十万柱としても一方的ですよ。

マイナスの神も拝まなければなりません。

マイナスの神とは母の事です。

天にまします父のみでは足りませんよ。

天にあれば、必ず地にもありますよ。

一即多即汎、地即天、天即地から表即裏なのです。

マコトを行って下さいよ。


■解説と補足説明■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

色即是空、空即是色

一即是汎、汎即是一

地即是天、天即是地

表即是裏、裏即是表

父即是母、母即是父

男即是女、女即是男

夫即是妻、妻即是夫

です。

ロックさんの解釈 :(一巡目)

"父"=ひふみの神の子

"母"=女王

トッチさんの解釈 :(二巡目)

キリスト教は「天にまします我らの父よ」と拝んでいるようですが。

母も拝んであげてください・・・と言う事ではなく、暗に今の宗教の在り方を皮肉っているような内容です、と受け取りました。

そして、「一即多即汎、地即天、天即地から表即裏なのです。」

と真理を説明しています。

マコトを行うにも理解するのはなかなか難しいですね。


トッチさんのメール

トッチです。

要点だけ。

この神示は、一+二=三についての説明ですね。

そして、一方向のみに囚われては進化も弥栄も有りませんと言っています。


julaさんのメール

jula です。

星座の巻は主に

「一と二を和して三となせ、三を生め」

という本来の宇宙の摂理みたい なものを言いたいのかもしれません。

そういう本来の摂理を色々な方向から説いてい るのかもしれませんね。

この星座の巻第13帖(047)はこんな感じなのではないでしょうか。


現界の最初はイザナギ、イザナミによって国産み、神産みがなされていた。

火の神が生まれた際にイザナギ、イザナミが別れ別れとなってしまった。

このため、現、地上界はイザナギが神を産み整えた。

同様に黄泉の世界ではイザナギが神を産み整えた。

しかし、片親から作られた神達は結局は遺伝子クローンにすぎない。

遺伝子クローンの末裔であるからといって、 天に居る現界の親神であるイザナギだけ拝(おろが)みたたへただけでは一方的でし かないのです。

といって、イザナギだけをだけ拝(おろが)みたたへただけでは一方的でしかないの です。

かといって多神(八百万(やおよろず))の神を拝(おろが)みたたへるのでも一方 的でしかないのです。

このため一+一=一、二+二=二でしかない。

正しく一+二で三を生みなさい。

マイナスとプラスが和する必要があります。

同様に善だけでもだめ、悪だけでもだめ、和する必要があります。

同様に霊だけでもだめ、身体だけでもだめ、和する必要があります。

和したイザナギ、イザナミに抱かれ、母の乳をいただいてこそ正しい生長となれるの です。


天にあれば必ず地にもあるぞ、

一即多即汎、地即天、天即地から表即裏である、マコ トを行じて下されよ。

別れ別れとなった天と地です。

天にあるものは、必ずその写しとして地にもあるのです。

一としての存在あるならば、必ず写しとしての別の二が存在するのです。

一と二が和すれば三となり多用性をもたらします。

これが、広く何事にも及び行き渡っているのが本来であるのです。

地あれば天あります。

天あれば地あります。

表と現れれば必ず裏と現れるものがある のです。

それがマコトです。

マコトを行じてください。

強引に分けるとこんな風になるのでしょうか?


陰
マイナス
水
右
天
イザナミ(女)
二?(偶数?)
陽 プラス 火 左 地 イザナギ(男) 一?(奇数)


トッチさんのメール

トッチです。

保存していて送信を忘れていたメールを見つけました。

今更ですが、折角ですので少しアレンジして送信です。

julaさん、お疲れ様です。

クローンとは、うまい発想ですね。

なにげに現在問題になっているクローン技術は、弥栄無しの一方通行手形である事に気付かされました。

そう言えば封切られたばかりの“スターウォーズ・エピソード3”はクローン戦争が舞台ではなかったでしょうか。
(違ったかな?)

確か、ジェダイと対峙する暗黒面のフォースに囚われた連中が大量のクローン戦士を量産して、宇宙の征服を目論むのでしたよね。

何やら暗示的。

見に行こうかDVDを待つか思案中です。
(本音は早く見たい)


星座の巻第14帖(048)

目から泥を洗ひ去ると見へてくるぞ、

右の目ばかりではならん、左の目の泥も落せよ。

泥のついてゐない人民一人もないぞ、

泥落すには水がよいぞ、

世の元からの真清(詞)水で洗ひ落し下されよ、

世の元の元の元の真清(詞)水結構。


■平易意訳■

目から泥を洗い去ると見えて来ます。

右の目ばかりではなりません。

左の目の泥も落しなさい。

泥のついていない人民一人もいないですよ。

泥落すには水がよいのです。

世の元からの真清(詞)水で洗い落し下さい。

世の元の元の元の真清(詞)水結構。

ひふみ神のメッセージはとても綺麗にしてくれるようです。

洗い落として下さいですから水は用意するけど、洗ってくれませんので、本人の出来る範囲の努力がいるようです。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

目から泥を洗い去ると見えて来ます。

右の目ばかりではなりません。

左の目の泥も落しなさい。

泥のついていない人民は一人もいないのです。

泥を落すには水がよいです。

世の元からの真清(詞)水で洗ひ落して下さい。

世の元の元の元の真清(詞)水は大変に良いものです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

目から泥を洗い流すと見えてきますよ。

右の目ばかりではいけません。

左の目の泥も落としなさいよ。

泥のついていない人民は一人もいませんよ。

泥を落とすには水が良いです。

世の元からの真清(詞)水で洗い落として下さいよ。

世の元の元の元の真清(詞)水は大変に良いものです。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

"目に付いた泥" = 真実に覆い被さるフィルターを取り去ると見えてきます。

"世の元からの真清(詞)水" = 宇宙の真相を語ったこの情報(水)を見ることにより、見えてきます。

洗脳解除のことを示唆しているかもしれませんね。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

泥はサタンに仕組まれた環境により洗脳され、こびりついた心の垢だと思います。

垢とはミロクの仕組みに通じていない誤った価値観、われ良し、慢心など。

右目と左目は、思いと行動。

真清(詞)水は大元に繋がる真理。

などと解釈してみました。


トッチさんのメール

トッチです。

身魂を磨けば判ってくるのですが、日の神ばかりに気を取られていてはいけません。

同時に月の神も理解して下さい。

一方向のみではいけません。

一即多即汎、地即天、天即地から表即裏なのです。

こんな感じでしょうか。

その様に解釈した場合、「真清水」は

“形のない物”=無→中を行く道、

でしょうか。


星座の巻第15帖(049)

十二人が一人欠けて十一人となるぞ、

その守護神を加へて二十二柱、

二十二が富士ぢゃ、

真理ぢゃ、

又三であるぞ、

今迄は四本指八本指で物事をはかって誤りなかったのであるが、

岩戸が明けたから親指が現れて五本十本となったのぢゃ、このことよくわきまへよ。


■平易意訳■

十二人が一人欠けて十一人となるのです。

その守護神を加えて二十二柱、二十二が富士です。

真理です。

又は三なのです。

今迄は四本指八本指で物事を計って誤りなかったのですが、岩戸が明けたから親指(真理)が現れて五本十本となったのです。

このことよくわきまえなさい。

真理を理解し、立体と繋がりどちらの世界に対しても永久に繁栄するように心がけることによって新しい世の中に向かっていけるのかも知れませんね。

十二人の内、一人欠けた者に相当するのは、垢や灰汁のような物かも。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

十二人が一人欠けて十一人となります。

その守護神を加えて二十二柱となります。

二十二が富士です。

二十二が真理です。

又、三です。

今迄は四本指八本指で物事を計って誤りなかったのですが、岩戸が明けたから親指が現れて五本十本となったのです。

このことを良くわきまえなさい。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

十二人が一人欠けて十一人となります。

その守護神を加へて二十二柱、二十二が富士です。

又三なのです。

今までは四本指八本指で物事を計って誤りはなかったのですが、岩戸が開けましたので親指が現れて五本十本となったのです。

この事をよくわきまえて下さい。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

『 岩戸が明けたから親指が現れて五本十本となったのぢゃ、このことよくわきまへよ。』

あ、解釈近かったかも。

ひふみの神の子が覚醒して太陽とリンクした状態になった時のことを言っていると思います。

『 十二人が一人欠けて十一人となるぞ、その守護神を加へて二十二柱、二十二が富士ぢゃ、真理ぢゃ、又三であるぞ 』

一人欠けるとは、どうなのでしょう。

守護神を加えて二十二柱、その時にならないとわからないですね。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

十二から連想するのはユダヤの十二氏族、キリストの十二使徒。

キリストの十二使徒ですと、裏切り者のユダがおります。

そこから考えますと、

「十二人が一人欠けて十一人となります」

は、すべての臣民はミロクに通じると解釈できそうです。

そして、

「その守護神を加へて二十二柱」

は、霊の世界と繋がる立体を理解した状態となりそうです。

それが富士(不二、不死)の世界。

「岩戸が開けましたので親指が現れて五本十本となったのです」

そうなれば、不足する事の無い完璧な仕組みの中で生きる事になるのです。


トッチさんのメール

トッチです。

この神示は○に点が収まり、そして一と二が和して三を生む。

岩戸明けとはそういう事ですよって感じですね。

「十二人が一人欠けて十一人」

は、点を収められる○の状態になりましたと言う意味で、

「垢や灰汁のような物かも」

は妥当かも。


星座の巻第16帖(050)

偽(にせ)の愛、偽(にせ)の智と申すのは、神を信じない人民の愛と智であることを知れよ、

この人民たちは神の声を聞いても聞こへず、

神の現れを見ても見へないのであるぞ、

目をとぢ耳にふたしてゐるからぞ、

今の人民よ学者よ金持よ、

早う考へ方を変へねば間に合わん、

心の窓 早うひらけよ。


■平易意訳■

偽(にせ)の愛、偽(にせ)の智と云うのは、神を信じない人民の愛と智であることを知りなさい。

この人民たちは神の声を聞いても聞こえないし、神の現れを見ても見えないのです。

目を閉じ耳に蓋をしているからなのです。

今の人民よ学者よ金持よ、早う考え方を変えなければ間に合いません。

心の窓を早く開きなさい。

隠ぺい工作に一役買っている方々に改心の勧めのようです。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

「偽(にせ)の愛」、「偽(にせ)の智」と云うものは神を信じない人民の愛と智であることと知りなさい。

この人民達は神の声を聞いても聞こえません。

神の現れを見ても見えません。

目を閉じ耳に蓋をしているのです。

今の人民よ!

今の学者よ!

今の金持よ!

早く考え方を変えないと間に合いません。

早く心の窓を素早く開きなさい。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

偽(にせ)の愛、偽(にせ)の智と言うのは、神を信じない人民の愛と智であることを知ってください。

この人民たちは神の声を聞いても聞こえず、神の現れを見ても見えないのです。

目を閉じ、耳に蓋をしているからです。

今の人民よ、学者よ、金持ちよ、早く考え方を変えなければ間に合いません。

心の窓を早く開いてください。


■解説と補足説明■

トッチさんの解釈 :(二巡目)

神示も読まず、ミロクの仕組みを理解していない境地での愛や智は偽物です。

この人民たちは、ミロクがノアの大洪水を説いても聞く耳を持たず、ミロクの存在も理解できないのです。

心を真理に向けようとせず、サタンに洗脳されるがままに我欲に囚われているからです。

今の人民よ、学者よ、金持ちよ、早く考え方を変えなければ間に合いません。

心の窓を早く開いてください。


星座の巻 第17帖 (051)

土のまんぢうと申してあろう、

土が食べられると申してあろう、

土から人民を生んだと申してあろう、

ウシトラコンジンの肉体は日本の土ざと知らしてあろう、

土に生きよと申してあろう、

地は血(智)であるぞ、

素盞鳴命様であるぞ、

その土が生長して果ての果てに皮をぬぐ、

それが地変であるぞ。


■平易意訳■

土の饅頭と云っているでしょう。

土が食べられると云っているでしょう。

土から人民を生んだと云っているでしょう。

ウシトラコンジンの肉体は日本の土だと知らしてあるでしょう。

土に生きよと云っているでしょう。

地は血(智)なのです。

素盞鳴命様なのです。

その土が生長して果ての果てに皮を脱ぐ、それが地変なのです。

ひふみでは、

国常立大神は日本の国、

ウシトラコンジンは日本の土、

地は素盞鳴命様とあります。

地は血であり智ということですから、生きていくための智恵または永久に繁栄していくための智恵を磨く存在みたいな物が素盞鳴命様なのでしょうか。

聖書でも人間は土から作ったとかの記述がなかったでしょうか?

その土(生命の元?)が生長して果ての果てに人間となり、人間としての修行を終えた後に その皮袋を脱いで、更なる永久に繁栄することを目指していく。

こんな感じでしょうか。

うーーーむハラに入るまではまだまだですね。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

土の饅頭と説明しています。

土が食べられると説明しています。

土から人民を生んだと説明してあります。

ウシトラコンジンの肉体は日本の土ですと知らしてあります。

土に生きなさいと説明してあります。

地は血(智)です。

素盞鳴命様です。

その土が生長して果ての果てに人間となり、その皮袋を脱ぐのです。

それが地変と云うものです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

土の饅頭と説明しています。

土が食べられると説明しています。

土から人民を生んだと説明してあります。

ウシトラコンジンの肉体は 日本の土ですと知らしてあります。

土に生きなさいと説明してあります。

地は 血(智)です。

素盞鳴命様です。

その土が生長して果ての果てに人間となり、その皮袋を脱ぐのです。

それが地変と云うものです。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

これは、ノアの大洪水に関して示唆しているような気がします。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

本来スサノオは英雄的、太陽神的な神でした。

しかし、その時代の権力を無力化すると伝えられていましたので、時の権力にとってはあまり都合が良くなかったようです。

それでアマテラスを作りだし高天原での暴れぶりが前面にだされたのかもしれませんね。

ノアの大洪水後、人類がミロクの仕組みを理解し、ミロクの世が訪れて権力の無い仕組みとなる事を地変と言っているのかもしれません。


星座の巻 第18帖 (052)

天人が人民に語る時は、人民の中に来て、その人民のもつ言葉で語り文字を使うのであるぞ、

自分と自分と語る如くなるのであるぞ、

天人同士の文字は数字が多いぞ。

夜明け前になると霊がかりがウヨウヨ、

勝手放題にまぜくり返すなれど、

それもしばらくの狂言。


■平易意訳■

天人が人民に語る時は、人民の心の中に来て、その人民のもつ言葉で語り文字を使うのです。

それは自分と自分と語る如くなるのです。

天人同士の文字は数字が多いのです。

夜明け前になると霊がかりがウヨウヨ、勝手放題にまぜくり返しますが、それもしばらくの狂言です。

人民も知らず知らずのうちに人生の決断の中では、いろいろと天人と相談をしていることもあるのかも知れませんね。

夜明け前には、霊がかりがウヨウヨして勝手放題にまぜくり返すようですので注意はいるかと思いますが。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

天人が人民に語る時は人民の心の中に来て、その人民の持つ言葉で語り、持っている文字を使います。

従って、自分と自分とが語る様な姿になります。

(天人の心と人民の心が自問自答するような雰囲気で会話するのです。 従って、端から見ていると、何やらブツブツと独り言を言っているような雰囲気になるのです。)

天人同士の文字は数字が多いです。

岩戸開きの夜明け前になると霊懸かりがウヨウヨと現れて、勝手放題にまぜくり返します。

ですが、それもしばらくの狂言です。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

天人が人民に語る時は、人民の心の中に来て、その人民の持つ言葉で語り、持っている文字を使います。

従って、自分と自分とが語る様な姿になります。

(天人の心と人民の心が自問自答するような雰囲気で会話するのです。 従って、端から見ていると、何やらブツブツと独り言を言っているような雰囲気になるのです。)

天人同士の文字は 数字が多いです。

岩戸開きの夜明け前になると霊懸かりがウヨウヨと現れて、勝手放題にまぜくり返します。

ですが、それもしばらくの狂言です。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

天人同士で気がつきましたが、諸世紀の番号の記述と、太陽のひふみの整頓番号の記述が123などの数字ですが、諸世紀は意図してか知らずか、一ニ三などの漢数字なんですよね。

何か照合する予言はあるかもしれませんね。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

出口なおは平仮名しか分からなかったので、ウシトラノコンジンからのお筆書きは全て平仮名でした。

人間は基本OSで、奥にある神性はOSを使って動くソフトでしょうか。

都市攻撃前は世の中が政治的にも自然環境的にも乱れているでしょうから、そんな時代には色々と

「我こそは救世主である!」

と、キツネのお筆書きを披露するやからが増えるのかもしれません。

しかし、それも一時の事で、すぐに都市攻撃で焼かれ、偶然逃れてもノアの大洪水でお亡くなりになる事は目に見えています。


星座の巻 第19帖 (053)

人民もの言わなくなると申してあろうが、

ものが今迄のようにものを言わなくなり、

マコトの世となるぞ、

天人の言葉はマコトであるから、

只一言で万語を伝へ得るぞ。

言葉の生命(いのち)は愛であり、

真であるから、

真愛から発しない言葉はマコトの言葉でないぞ。

子音と母音と組み組みて父音の気を入れて始めて言葉となるのぢゃ、

今の人民のは言葉でないぞ、

日本の古(光)語がマコトの言葉ぞ、言霊ぞ、

数霊と倶に弥栄ゆく仕組。


■平易意訳■

人民もの言わなくなると云っているでしょう。

ものが今迄のようにものを言わなくなり、マコトの世となるのです。

天人の言葉はマコトですから、只一言で万語を伝え得るのです。

言葉の生命(いのち)は愛であり、真であるので、真愛から発しない言葉はマコトの言葉でないのです。

子音と母音と組み組みて父音の気を入れて始めて言葉となるのです。

今の人民のは言葉ではありません。

日本の古(光)語がマコトの言葉なのです。

言霊なのです。

数霊と倶に永久に繁栄する仕組。

地球劇場でダブルスタンダート(二枚舌)のようなものでこれまで物質的に繁栄してきた方々は、次の世で生きるのは 難しそうですね。

人それぞれだと思うのですが、本音と建前を駆使してきた方に、明日から本音だけで生きて下さいとなった時に、 何が出てくるのでしょう。

都市攻撃などは、その本音が多分に暴露される機会ではないでしょうか。

真愛、、、これも身魂磨きの過程の中でハラに入れていく必要があるのではないでしょうか。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

人民がもの事を言わなくなると説明してあります。

もの事が今迄の様にもの事を言わなくなります。

誠・真の世となります。

天人の言葉は真・誠ですから、只の一言で万語を伝え得るのです。

言葉の生命(いのち)は愛であり、真です。

ですから、真愛から発しない言葉は誠・真の言葉でありません。

子音と母音と組み組みて、父音の気を入れて始めて言葉となります。

今の人民の音は真の言葉でありません。

日本の古(光)語が真・誠の言葉ですし、言霊です。

「数霊とともに永久に繁栄する仕組」です。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

人民がもの事を言わなくなると説明してあります。

もの事が今迄の様にもの事を言わなくなります。

誠・真の世となります。

天人の言葉は 真・誠ですから、只の一言で万語を伝え得るのです。

言葉の生命(いのち)は 愛であり、真です。

ですから、真愛から発しない言葉は 誠・真の言葉でありません。

子音と母音と組み組みて、父音の気を入れて始めて言葉となります。

今の人民の音は 真の言葉でありません。

日本の古(光)語が真・誠の言葉ですし、言霊です。

「数霊とともに永久に繁栄する仕組」です。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

言葉が無くなり、テレパシーで会話出来る様になるんですね。

いいことです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

「もの事」とは、たてまえであったり本音であったり、思いと裏腹な事を言っているのではないかと思います。

天人の世界は、思い=現象化であれば、今の人民のほとんどはミロクの世では生きていけないのではないでしょうか。


星座の巻 第20帖 (054)

人民が正しく言葉すれば霊も同時に言霊するぞ、

神も応へ給ふのであるぞ。

始め言葉の元があるぞ、

ムムムムムウウウウウゝゝゝゝゝアと現はれるぞ、

神の現はれであるぞ、

言葉は神をたたへるものぞ、

マコトを伝へるものぞ、倶(トモ)に鳴り、倶に栄えるものぞ。


■平易意訳■

人民が正しく言葉すれば霊も同時に言霊するのです。

神も応えてくれるのです。

始め言葉の元があります。

ムムムムムウウウウウゝゝゝゝゝアと現はれるのです。

それらは神の現われです。

言葉は神を称えるものです。

マコトを伝えるものなのです。

倶(トモ)に鳴り、倶に栄えるものなのです。

正しく言葉するということは、真愛に生きるということにもかかってくるのかも知れませんね。

永久に繁栄する仕組を理解していく中で、それらは各々の中で悟ることが出来るのかも知れません。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

人民が正しく言葉すれば、霊も同時に言霊します。

人民が正しく言葉すれば、神も応えます。

始めの言葉の元があります。

ムムムムムウウウウウゝゝゝゝゝアと現われます。

神の現はれです。

言葉は神を称えるものでする 誠・真を伝えるものです。

神と倶(トモ)に鳴り響き、神と倶に栄えるものです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

人民が正しく言葉すれば、霊も同時に言霊します。

人民が正しく言葉すれば、神も応えます。

始めの言葉の元があります。

ムムムムムウウウウウゝゝゝゝゝアと現われます。

神の現はれです。

言葉は 神を称えるものでする 誠・真を伝えるものです。

神と倶(トモ)に鳴り響き、神と倶に栄えるものです。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

言葉使いの中にも、聖書や仏典などのように天使の情報がこっそり入っているかもしれませんね。

誰々さんと呼ぶときの、"さん" = "三サン" = "太陽"でもあるので、あなた達は太陽と同じ神の子であることをこっそり示唆してるかもしれません。

これは日本語だけにしか通じないと思いますが、外国語には、名前の後にさんなどの言葉をつける使いかたにはちょっとお目にかかったことがありません。

別に優性論を展開するわけでないですが、ふと気になりました。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

ムムムムムの「ム」は「無」で、ウウウウウの「ウ」は「有」でしょうか。

ゝゝゝゝゝアは?です。

新しい世で生きるうえで肚に入れなければならない正しい言葉についての働きの説明と言う事とします。


星座の巻 第21帖 (055)

言葉は生れ出るものぢゃ。

先づ言葉され、歌となり、文章となり、又絵画となり、彫刻となり、建築となり、又音楽となり、舞踊となり、あらゆる芸術の元となるのであるぞ。

神に通ずればこそ、愛であり、真であり、善であり、美であり、喜びであるぞ、喜びなきものは芸術でないぞ。

今の芸術は死の芸術、魔の芸術。


■平易意訳■

言葉は生れ出るものです。

先づ言葉され、歌となり、文章となり、又絵画となり、彫刻となり、建築となり、又音楽となり、舞踊となり、あらゆる芸術の元となるのです。

神に通ずればこその愛であり、真であり、善であり、美であり、喜びであるのです。

喜びなきものは芸術ではありません。

今の芸術は死の芸術、魔の芸術。

あらゆる芸術の元になるのが言葉のようです。

真愛を表したのが言葉であるならば、そうでないものは言葉でないようです。

喜びのないものは芸術ではないとのこと。

今の芸術ともてはやされるのは、貨幣経済の中でお客を呼び寄せることが出来る物を指しているものが多いですから、本来の芸術とはほど遠いのでしょうね。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

言葉は生れ出るものです。

先づ言葉が発せられ、歌となり、文章となり、又、絵画となり、彫刻となり、建築となり、又、音楽となり、舞踊となり、あらゆる芸術の元となるのです。

神に通ずればこそ、愛であり、真であり、善であり、美であり、喜びであるのです。

喜びなきものは芸術でありません。

今の芸術は死の芸術、魔の芸術です。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

言葉は 生れ出るものです。

先づ言葉が発せられ、歌となり、文章となり、又、絵画となり、彫刻となり、建築となり、又、音楽となり、舞踊となり、あらゆる芸術の元となるのです。

神に通ずればこそ、愛であり、真であり、善であり、美であり、喜びであるのです。

喜びなきものは 芸術でありません。

今の芸術は 死の芸術、魔の芸術です。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

何となく納得です。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

心根に(肚に)大元の大神の愛、真が入っていれば真の言葉が発せられ、その言葉が元になりさまざまな芸術が生まれます。

神に通じればこそ、愛であり、真であり、善であり、喜びであるのです。

喜び(キ=基、喜)の無い物は、芸術ではありません。

我よしの目クラが作った(売り上げ優先の市場に即した) 今の芸術は、死の芸術、魔の芸術です。

神に通じる正しい言葉の重要性を引き合いに出し、売り上げ優先主義の仕組み(サタンが作った仕組み)を批判する内容と捉えました。


星座の巻 第22帖 (056)

アとオとウとは天人の言(コトバ)、

アとエとイは天使の言(コトバ)、

人民に与へられた元の言(コトバ)であるぞ、

五柱の元つ太神が十柱の夫婦神と現われ十柱の子(みこ)と交わって五十神と現はれるのぢゃ。

故に五十神の中の三十二神は新しく生れるのぢゃ、

更に二十七神とはたらき又二十五有法とはたらくぞ。


■平易意訳■

アとオとウとは天人の言(コトバ)、アとエとイは天使の言(コトバ)、人民に与へられた元の言(コトバ)であるのです。

五柱の元つ太神が十柱の夫婦神と現われ十柱の子(みこ)と交わって五十神と現われるのです。

故に五十神の中の三十二神は新しく生れるのです。

更に二十七神と働き又二十五有法と働くのです。

内容がよく把握しきれていないです(^^;;;難しい。

五柱の元つ太神が十柱の夫婦神と現われ十柱の子(みこ)と交わって五十神と現われるのです。

これについては、五柱の元つ太神が十柱の夫婦神と現われるとのことですが、十柱の子と交わって五十神と現われる?

生き神が現われるという記述がありますが、その辺りの何かのシナリオ的な流れを云っているのかも知れませんね。

五十神の中の三十二神は新しく生まれるとあります。

書かれた時期が昭和36年なので、その時期以降に生まれるとか?

復活する太陽のシナリオかもしれませんし、三十二神のそれは、太陽と運命を共にしその後生まれ変わるという内容であるかも知れませんね。

新世界に向けた記述が結構前の帖から続いてましたのでこんな風に考えてみました。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

「ア」と「オ」と「ウ」は天人の言(コトバ)です。

「ア」と「エ」と「イ」は天使の言(コトバ)です。

人民に与えられた元の言(コトバ)です。

五柱の元つ太神が十柱の夫婦神と現われて、十柱の子(みこ)と交わって、五十神と現はれるのです。

故に、五十神の中の三十二神は新しく生れるのです。

更に二十七神と働き、又、二十五有法と働くのです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

「ア」と「オ」と「ウ」は 天人の言(コトバ)です。

「ア」と「エ」と「イ」は 天使の言(コトバ)です。

人民に与えられた元の言(コトバ)です。

五柱の元つ太神が十柱の夫婦神と現われて、十柱の子(みこ)と交わって、五十神と現はれるのです。

故に、五十神の中の三十二神は新しく生れるのです。

更に二十七神と働き、又、二十五有法と働くのです。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

『 五柱の元つ太神が十柱の夫婦神と現われ十柱の子(みこ)と交わって五十神と現はれるのぢゃ。』

太陽が復活する時の話かもしれませんね。

トッチさんの解釈 :(二巡目) 難解ですので次回にと言う事で・・・。


星座の巻 第23帖 (057)

二二の二の五つの今あけて、

よろづゐんねん出づる時来ぬ。

天の理が地に現はれる時が岩戸あけぞ、

日本の国が甘露台ぢゃ。


■平易意訳■

二二富士の二次の五つの今開けて、万の因縁が出てくる時が来ました。

天の理が地に現われる時が岩戸開けなのです。

日本の国が甘露台ぢゃ。

1万2500年毎の魂の養殖の結果が万の因縁として出てくるのかもしれません。

天の理が地に出てくる時=天の理に反して人間の生き血をすすり生きてきた存在が存在を許されなくなる時でもあるのかも。

甘露台の意味は出てきませんでしたが、甘露は出てきました。

日本はミロクの出る地でもあるので、(2)のような例えはあてはまるかもしれません。


かんろ 1 【甘露】

(1)中国で、仁政が敷かれ、天下が太平になると、天が瑞祥(ずいしよう)として降らせるという甘い露。

(2)古代インドの甘い飲み物。

苦悩を除き、長寿を保ち、死者をも復活させるという。

のち仏教でも天人の飲み物とされ、仏の教えのたとえともなる。

(3)(多く、飲み物についていう)非常に美味なこと。

「ああ、―、―」

(4)夏、カエデ・エノキ・カシなどの樹葉から滴る蜜液。

アリマキの分泌したもの。

(5)上等な煎茶の称。

(6)「甘露酒」「甘露水」の略。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

二二富士の二次ぎの五つが今開けて、万の因縁が出てくる時節が来ました。

天の理が地に現われる時節が岩戸開けであるのです。

日本の国が甘露台です。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

二二富士の二次ぎの五つが今開けて、万の因縁が出てくる時節が来ました。

天の理が地に現われる時節が岩戸開けであるのです。

日本の国が甘露台です。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

岩戸開きを示唆しているのはわかりますが、天の理とはなんでしょう。

女王の助け舟のことでしょうか。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

「二二富士の二次ぎの五つが」

について今後調べて行きます。

現時点では分かりません。


ロックさんのメール

ロックです。

星座の巻第24帖(058)は、未発表のため欠帖のようです。

未発表というのは、都合が悪いため未発表なのかなという気がします。

気になるところです。

さて星座の巻もこちら第25帖でラストでございます。

中盤以降の詞はさっぱりです(==;;;


星座の巻 第25帖 (059)

歓喜に裁きのない如く、神には裁きなし。

さばき説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となるぞ、

戒律や裁きは低い段階、

過去の部分的一面に過ぎん、

裁きを説くのは自分で自分をさばいてゐること、人民に罪なし。

手長手伸(たながたのし) 堅磐常磐(かきはときは)に 祝ふ御代なる。

生井栄井津(いくゐさかゐつ) 長井阿須波比支(ながゐあすはいき) たたへましを。

底つ岩根 千木岩(ちぎいわ)高く 瑞(みづ)の御舎(みあらか)。

四方(よも)の御門(みかど) 五方(いつも)とひらき 宇都幣帛(うづみてくら)を。

御巫(かむなぎ)の 辞竟(ことお)へまつる 生足御国(いくたるみくに)。

塩沫(しほなは)の 留まる限り 皇国弥栄(みくにやさか)ゆ。

海原の 辺にも沖にも 神つまります。

天の壁 地(くに)の退立(そぎた)つ 極み手伸(たの)しき。

八十綱(やそつな)を 百綱(ももつな)とかけて ささし給はむ。


■平易意訳■

歓喜に裁きのない如く、神には裁きというものはありません。

裁きを説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となるのです。

戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面に過ぎません。

裁きを説くのは自分で自分を裁いていることなのです。

人民に罪はありません。

人民に罪はないということは、神が人民の罪を受けてくださるということなのかも知れませんね。

大概、疑問をもつような内容がある場合、その前後に答えのヒントに近いものが記載されていたりすることもありますが、 この帖の場合は、その前振りの部分が欠帖に込められているような気がします。

推測ですが、天明氏が立ち上げた団体すらもふっ飛ばしてしまう可能性のある記述があるのかも知れませんね。


■平易意訳■

氷治氏の解釈 :(一巡目)

歓喜に裁きのない様に、神には裁きがありません。

(司法制度のような、裁判のようなものはありません)

裁きを説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となります。

戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面に過ぎません。

裁きを説くのは自分で自分を裁いていることになります。

人民に罪はありません。

手長手伸(たながたのし)堅磐常磐(かきはときは)に祝う御代になりました。

生井栄井津(いくゐさかゐつ)長井阿須波比支(ながゐあすはいき)を称えましょう。

瑞(みづ)の御舎(みあらか)の底つ岩根の千木岩(ちぎいわ)高くします。

宇都幣帛(うづみてくら)を四方の御門(みかど)は五方(いつも)と開きます。

生足御国(いくたるみくに)の御巫(かむなぎ)の辞竟(ことお)へ祀ります。

塩沫(しほなは)の留まる限り皇国は弥栄(みくにやさか)します。

海原の辺にも沖にも神を祀ります。

天の壁、地(くに)の退立(そぎた)つ極み手伸(たの)しき。

八十綱(やそつな)を百綱(ももつな)と懸けて刺さし給う。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

歓喜に裁きのない様に、神には 裁きがありません。

(司法制度のような、裁判のようなものはありません)

裁きを説く宗教は いよいよ骨なしフニャフニャ腰となります。

戒律や裁きは 低い段階、過去の部分的一面に過ぎません。

裁きを説くのは 自分で自分を裁いていることになります。

人民に罪は ありません。

手長手伸(たながたのし)堅磐常磐(かきはときは)に祝う御代になりました。

生井栄井津(いくゐさかゐつ)長井阿須波比支(ながゐあすはいき)を称えましょう。

瑞(みづ)の御舎(みあらか)の底つ岩根の千木岩(ちぎいわ)高くします。

宇都幣帛(うづみてくら)を四方の御門(みかど)は 五方(いつも)と開きます。

生足御国(いくたるみくに)の御巫(かむなぎ)の辞竟(ことお)へ祀ります。

塩沫(しほなは)の留まる限り皇国は 弥栄(みくにやさか)します。

海原の辺にも沖にも神を祀ります。

天の壁、地(くに)の退立(そぎた)つ極み手伸(たの)しき。

八十綱(やそつな)を百綱(ももつな)と懸けて刺さし給う。


■解説と補足説明■

ロックさんの解釈 :(一巡目)

裁きの内容について述べていると思いますが、難しいです。

トッチさんの解釈 :(二巡目)

「手長手伸(たながたのし)」からの文は重要な事を含んでいそうですが、現時点では読めません。

無理せず今後の課題にします。



低金利でお得なローン探し 過払い金の回収ならこちら 生命保険の切り替えはココ
[PR] | 店舗デザイン監視カメラ浦和熊谷木更津新橋中国SEO対策消費者金融車 買取テンプレート沖縄旅行免許合宿二輪引越しプレゼントゴルフ会員権留学レーシックマッサージFXアフィリエイトFXホームページ制作デイトレードハワイ旅行タイバンコクハワイ レンタカーベスト ハワイ ホテル レーツバリ島Hawaii hotelsHawaii Activitiesbhhrハワイホテルテキスト広告
【運営会社「パラダイムシフト」サービス】 ハワイ現地オプショナルツアーリラックマ) - ビジネスクラス航空券 - 格安航空券(1) - 格安航空券(2) - 海外ホテル - 韓国旅行 - タイムシェア - ホテル 予約
無料ホームページ - 携帯ホームページ - 無料ホームページ作成 - レンタルサーバー - ブログ - ヴィラ - ハワイ コンドミニアム - バリ島 ホテル - プーケット ホテル - レップチェッカー - 海外旅行 - 国際電話 - ホノルルマラソン - 掲示板監視 - 誹謗中傷 - 宿泊料金比較 - ノースウェスト 航空券 - 旅館