良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4265 


フジ、富士、普字、二二、ふじで検索・抽出 


julaさんのメール

jula です。

トッチさんありがとうございます。

千成さんの平成説も出てきましたし、

「○と、フジとナルトの解釈がその他の帖 でもそれなりに違和感無く通るのかなぁ?」

と思っていました。

んでもって、フジ、富士、普字、二二、ふじで抽出したら125帖
(荒れの巻1帖で16 行Hitした分は1帖として計算)
も出て来て、

「どうしましょうかね〜・・・」

なんて感 じだったのですよ。

でもトッチさんが書かれたように、いい感じで意味通りそうなのですね。


トッチさんのメール

トッチです。

神示の1発目「上つ巻 第一帖」は

二二は晴れたり、日本晴れ”

から始まります。

これは神示の顔とも言えるフレーズですが、

「天と地が和し、陰と陽、表と裏が和し、一と二が和し三となる、 ナルトと成りて永遠の進化・弥栄へ向かうミロクの世が成就しました」

と、こんな感じになるのでしょうね。

そして下つ巻 第九帖にある

「今度の戦はとの 大戦ぞ」は

「神の入れ物となりて神懸かれるか(を収められるか)、 そうならないかの正念場ですよ」

と見る事が出来そうですね。

またはストレートに

「神懸りた者と、正しい器となれずにそうでない者との戦い」

でしょうか。

そこで提案ですが、全神示のベースとなる上つ巻と下つ巻は“富士”“ ”が沢山出てきますので、 気になる帖やが出ている帖だけでも、julaさん流にやってみては 如何でしょうか・・・

なんて思うのですが!

Hitした帖多すぎましたが、

上つ巻 第01帖 (001)
上つ巻 第04帖 (004)
上つ巻 第05帖 (005)
上つ巻 第14帖 (014)
上つ巻 第21帖 (021)
上つ巻 第27帖 (027)
上つ巻 第30帖 (030)
上つ巻 第33帖 (033)
下つ巻 第01帖 (043)
下つ巻 第16帖 (058)
下つ巻 第22帖 (064)
下つ巻 第26帖 (068)
下つ巻 第27帖 (069)
下つ巻 第31帖 (073)
下つ巻 第33帖 (075)
下つ巻 第34帖 (076)
下つ巻 第38帖 (080)
ここらあたりいけそうなら読み下してみたいと思います。

因みに以下がフジ、富士、普字、二二、ふじHitした帖です。

ついでにワードパッドファイルも添付しておきます。

上つ巻 第01帖 (001)
上つ巻 第04帖 (004)
上つ巻 第05帖 (005)
上つ巻 第14帖 (014)
上つ巻 第21帖 (021)
上つ巻 第27帖 (027)
上つ巻 第30帖 (030)
上つ巻 第33帖 (033)
下つ巻 第01帖 (043)
下つ巻 第16帖 (058)
下つ巻 第22帖 (064)
下つ巻 第26帖 (068)
下つ巻 第27帖 (069)
下つ巻 第31帖 (073)
下つ巻 第33帖 (075)
下つ巻 第34帖 (076)
下つ巻 第38帖 (080)
富士の巻 第02帖 (082)
富士の巻 第13帖 (093)
富士の巻 第24帖 (104)
富士の巻 第27帖 (107)
天つ巻 第01帖 (108)
天つ巻 第07帖 (114)
天つ巻 第08帖 (115)
天つ巻 第30帖 (137)
地つ巻 第10帖 (147)
地つ巻 第11帖 (148)
地つ巻 第19帖 (156)
地つ巻 第27帖 (164)
地つ巻 第36帖 (173)
日月の巻 第01帖 (174)
日月の巻 第06帖 (179)
日月の巻 第12帖 (185)
日月の巻 第26帖 (199)
日月の巻 第27帖 (200)
日月の巻 第28帖 (201)
日月の巻 第31帖 (204)
日の出の巻 第04帖 (217)
日の出の巻 第18帖 (231)
日の出の巻 第19帖 (232)
日の出の巻 第23帖 (236)
磐戸の巻 第03帖 (239)
磐戸の巻 第09帖 (245)
磐戸の巻 第18帖 (254)
キの巻 第14帖 (271)
キの巻 第16帖 (273)
キの巻 第17帖 (274)
水の巻 第01帖 (275)
水の巻 第07帖 (281)
水の巻 第09帖 (283)
水の巻 第11帖 (285)
水の巻 第13帖 (287)
水の巻 第17帖 (289)
松の巻 第01帖 (292)
松の巻 第06帖 (297)
松の巻 第14帖 (305)
松の巻 第17帖 (308)
松の巻 第24帖 (315)
松の巻 第27帖 (318)
松の巻 第29帖 (320)
夜明けの巻 第09帖 (329)
雨の巻 第11帖 (345)
風の巻 第01帖 (352)
風の巻 第04帖 (355)
風の巻 第09帖 (360)
岩の巻 第02帖 (367)
岩の巻 第06帖 (371)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
荒の巻第01帖 (377)
梅の巻 第05帖 (432)
梅の巻 第28帖 (455)
空の巻 第04帖 (459)
空の巻 第14帖 (469)
青葉の巻 第10帖 (479)
青葉の巻 第11帖 (480)
黄金の巻 第029帖 (540)
黄金の巻 第043帖 (554)
黄金の巻 第076帖 (587)
黄金の巻 第077帖 (588)
黄金の巻 第093帖 (604)
黄金の巻 第100帖 (611)
黒鉄の巻 第02帖 (620)
黒鉄の巻 第03帖 (621)
黒鉄の巻 第04帖 (622)
黒鉄の巻 第05帖 (623)
黒鉄の巻 第06帖 (624)
黒鉄の巻 第07帖 (625)
黒鉄の巻 第08帖 (626)
黒鉄の巻 第09帖 (627)
黒鉄の巻 第10帖 (628)
黒鉄の巻 第11帖 (629)
黒鉄の巻 第12帖 (630)
黒鉄の巻 第13帖 (631)
黒鉄の巻 第14帖 (632)
黒鉄の巻 第15帖 (633)
黒鉄の巻 第16帖 (634)
黒鉄の巻 第17帖 (635)
黒鉄の巻 第18帖 (636)
黒鉄の巻 第19帖 (637)
黒鉄の巻 第20帖 (638)
黒鉄の巻 第21帖 (639)
黒鉄の巻 第22帖 (640)
黒鉄の巻 第23帖 (641)
黒鉄の巻 第24帖 (642)
黒鉄の巻 第25帖 (643)
黒鉄の巻 第26帖 (644)
黒鉄の巻 第27帖 (645)
黒鉄の巻 第28帖 (646)
黒鉄の巻 第29帖 (647)
黒鉄の巻 第30帖 (648)
黒鉄の巻 第31帖 (649)
春の巻 第21帖 (678)
春の巻 第25帖 (682)
春の巻 第45帖 (702)
夏の巻 第25帖 (741)
秋の巻 第03帖 (744)
月光の巻 第56帖 (843)
星座の巻 第02帖(885)
星座の巻 第11帖(894)
星座の巻 第15帖(898)
星座の巻 第23帖(906)
至恩の巻 第02帖(949)
至恩の巻 第15帖(962)
至恩の巻 第16帖(963)
五葉の巻 第02帖 (116)
紫金の巻 第03帖 (133)
紫金の巻 第08帖 (138)


ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第一帖 1 

昭和年六月日、

旧閏四月二日(1944年) 1 

二二は晴れたり、

日本晴れ。

の国のまことのの力をあらはす代となれる、

仏もキリストも何も彼もはっきり助けて七六かしい御苦労のない代が来るから みたまを不断に磨いて一筋の誠を通して呉れよ。

いま一苦労あるが、

この苦労は身魂をみがいて居らぬと越せぬ、

この世初まって二度とない苦労である。

このむすびはの力でないと何も出来ん、

人間の算盤では弾けんことぞ、

日本はお土があかる、

外国はお土がさかる。

都の大洗濯

鄙の大洗濯

人のお洗濯

今度は何うもこらへて呉れというところまで、

後へひかぬから、

その積りでかかって来い、

の国のの力を、

はっきりと見せてやる時が来た。

嬉しくて苦しむ者と、

苦しくて喜ぶ者と出て来るの国、

の力でないと何んにも成就せん、

人の力で何が出来たか、

みながさしてゐるのざ、

いつでもかかれる様に、

綺麗に洗濯して置いて呉れよ。

戦は今年中と言っゐるが、

そんなちょこい戦ではない、

世界中の洗濯ざから、

いらぬものが無くなるまでは、

終らぬ理が分らぬか。

臣民同士のいくさでない、

カミと

アカとあか、

ヒトと人、

ニクと肉、

タマと魂のいくさぞ。

己の心を見よ、

戦が済んでいないであろ、

それで戦が済むと思うてゐるとは、

あきれたものぞ、

早く掃除せぬと間に合わん、

何より掃除が第一。

さびしさは人のみかは、

は幾万倍ぞ、

さびしさ越へて時を待つ。

加実が世界の王になる、

てんし様がと分らん臣民ばかり、

口と心と行と、

三つ揃うたまことを命(みこと)といふぞ。

の臣民みな命(みこと)になる身魂、

掃除身魂結構。

六月の日、

ひつくのかみ。


ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第四帖 4 

昭和年六月三日、

旧閏四月二三日(1944年) 4 

急ぐなれど、

臣民なかなかに言ふこときかぬから、

言ふこときかねば、

きく様にしてきかす。

には何もかも出来てゐるが、

臣民まだ眼覚めぬか、

金(かね)のいらぬ楽の世になるぞ。

早く祀りて呉れよ、

祀らねば何も出来ぬぞ。

表の裏は裏、

裏の裏がある世ぞ。

をだしにして、

今の上の人がゐるから、

の力出ないのぞ。

お上に大を祀りて政事(まつりごと)をせねば治まらん。

このをまつるのは、

みはらし台ぞ、

富士みはらし台ぞ、

早く祀りてみつげを世に広めて呉れよ。

早く知らさねば日本がつぶれる様なことになるから、

早う祀りての申す様にして呉れ。

急けるよ。

上ばかりよくてもならぬ、

下ばかりよくてもならぬ、

上下揃ふたよき世がの世ぞ。

卍も一もあてにならぬ、

世界中一つになりての国に寄せて来るぞ。

それなのに今のやり方でよいと思うてゐるのか、

分らねばにたづねて政事(まつりごと)せねばならぬと云ふことまだ分らぬか。

と人とが交流(まつり)合はして この世のことが、

さしてあるのぞ。

人がきかねばばかりで始めるぞ。

ばかりで洗濯するのは早いなれど、

それでは臣民が可哀そうなから、

臣民みなやり直さねばならぬから、

気をつけてゐるのに何してゐるのざ、

いつ何んなことあっても知らんぞ、

祭第一、

祭結構。

二三の木ノ花咲耶姫の様を祀りて呉れよ。

コハナサクヤ姫様も祀りて呉れよ。

六月三の日、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第五帖 5 

昭和十九年六月十四日、

旧閏四月二十四日(1944年) 5 

富士とはの山のことぞ。

の山はみな富士二二)といふのぞ。

見晴らし台とは身を張らすとこぞ、

身を張らすとは、

身のなかをにて張ることぞ。

臣民の身の中に一杯にの力を張らすことぞ。

大庭の富士を探して見よ、

の米が出て来るから、

それを大切にせよ。

富士を開くとは心にを満たすことぞ。

ひむかとはを迎えることぞ、

ひむかはその使ひぞ。

ひむかはの使ひざから、

を早う開ひて呉れよ、

早う伝へて呉れよ、

ひむかのお役は人の病をなほしての方へ向けさすお役ぞ、

この理をよく心得て間違ひないやうに伝へて呉れよ。

六月四日、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第四帖 14 

昭和十九年六月二十二日、

旧五月二日(1944年) 14 

この示(ふで)よく読みて呉れよ、

読めば読むほど何もかも分りて来るぞ、

心とは民の申す心でないぞ、

身魂とは民の申す身魂でないぞ、

身たまとは身と魂と一つになってゐるもの云ふぞ、

民 身と魂のわけ隔てないぞ、

身は魂、

魂は身ぞ、

外国は身ばかりの所あり魂ばかりの所あり、

は身魂の別ないぞ、

この事分りたらの仕組みがぼつぼつ分るぞ、

身魂の洗濯とは心の洗濯とは、

魂ばかりの洗濯でないぞ、

よく気をつけて呉れ、

の申すことちがはんぞよ。

六月の二二日、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第二一帖 21 

昭和年六月二日、

旧五月日(1944年) 21 

世の元の大(かみ)の仕組といふものは、

々にも分らん仕組であるぞ、

この仕組 分りてはならず分らねばならず、

なかなかに六ヶ敷い仕組であるぞ、

知らしてやりたいなれど、

知らしてならん仕組ぞ。

外国がいくら攻めて来るとも、

世界々がいくら寄せて来るとも、

ぎりぎりになりたらの元の力出して岩戸開いて一つの王で治めるのまことの世に致すのであるから、

は心配ないなれど、

ついて来れる臣民 少ないから、

早う掃除して呉れと申すのぞ、

掃除すれば何事も、

ハッキリと映りて楽なことになるから、

早うの申すやうして呉れよ。

今度はとことはに変らぬ世に致すのざから、

世の元の大でないと分らん仕組ざ。

洗濯できた臣民から手柄立てさしてうれしうれしの世に致すから、

が臣民にお礼申すから、

一切ごもく捨てて、

早うの申すこと聞いて呉れよ。

因縁の身魂は何うしても改心せねばならんのざから、

早う改心せよ、

おそい改心なかなか六ヶ敷ぞ。

は帳面につける様に何事も見通しざから、

の帳面 間違ひないから、

の申す通りに、

分らんこともの申す通りに従ひて呉れよ。

初めつらいなれど だんだん分りて来るから、

よく言うこと聞いて呉れよ、

外国から攻めて来て日本の国丸つぶれといふところで、

元の力出して世を建てるから、

臣民の心も同じぞ、

江戸も昔のやうになるぞ、

の身体から息出来ぬ様にしてゐるが、

今に元のままにせなならんことになるぞ。

富士から三里四里離れた所へ祀りて呉れよ、

富士にも祀りて呉れよ、

富士はいよいよ動くから、

それが済むまでは三里離れた所へ、

仮に祀りて置いて呉れよ。

富士の山ざ、

いつ火を噴くか分らんぞ、

は噴かん積りでも、

いよいよとなれば噴かなならんことがあるから、

それまでは離れた所へ祀りて呉れよ、

はかまはねど、

臣民の肉体 大切なから、

肉体もなくてはならんから、

さうして祀りて呉れ。

まつりまつり結構。

六月の二日、

ひつのか三。


ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第二七帖 27 

昭和十九年七月一日、

旧五月十一日(1944年) 27 

何もかも世の元から仕組みてあるからの申すところへ行けよ。

元の仕組は富士二二)ぞ、

次の仕組はウシトラ三里四里、

次の仕組の山に行きて開いて呉れよ、

今は分るまいが、

やがて結構なことになるのざから、

行きて祀りて開いて呉れよ、

細かく知らしてやりたいなれど、

それでは臣民の手柄なくなるから、

臣民は子ざから、

子に手柄さして親から御礼申すぞ。

行けば何もかも善くなる様に、

昔からの仕組してあるから、

何事も物差しで測った様に行くぞ。

天地がうなるぞ、

上下引繰り返るぞ。

悪の仕組にみなの臣民だまされてゐるが、

もう直ぐ目さめるぞ、

目さめたらたづねてござれ、

こののもとへ来てきけば、

何でも分かる様に示で知らしておくぞ。

秋立ちたら淋しくなるぞ、

淋しくなりたらたづねてござれ、

我(が)を張ってゐると、

いつまでも分らずに苦しむばかりぞ。

この示も身魂により何んなにでも、

とれるやうに書いておくから、

取り違ひせんやうにして呉れ、

三柱と七柱揃うたら山に行けよ。

七月一日、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第三十帖 30 

昭和年七月一日、

旧五月一日(1944年) 30 

富士を開いたら まだ開くところあるのざ、

鳴戸へ行くことあるのざから このこと役員だけ心得て置いて呉れよ。

七月一の日、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第一巻 上つ巻 第三十三帖 33 

昭和年七月二日、

旧五月二日(1944年) 33 

の用意は済んでゐるのざから、

民の用意 早うして呉れよ、

用意して早う祀りて呉れよ。

富士は晴れたり日本晴れと申すこと、

だんだん分りて来るぞ。

の名のついた石があるぞ、

その石、

役員に分けてそれぞれに守護のつけるぞ、

の石はお山にあるから、

お山開いて呉れよ。

ひつぐの民、

みつぐの民、

早う用意して呉れよ、

急けるぞ。

七月二日、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第一帖 43 

昭和年七月二日、

旧五月二二日(1944年) 43 

富士は晴れたり日本晴れ。

青垣山めぐれる下つ岩根に祀り呉れた、

御苦労ぞ、

いよいよも嬉しいぞ。

鳥居はいらぬぞ、

鳥居とは水のことぞ、

海の水ある それ鳥居ぞ。

皆の者 御苦労ぞ。

蛇(じゃ)が岳は昔からが隠してをりた大切の山ざから、

人の登らぬ様にして、

となりて護りて呉れた々様にもお礼申すぞ。

富士は晴れたり日本晴れ。

いよいよ次の仕組にかかるから、

早う次の御用きいて呉れよ、

急けるぞ、

山晴れ、

地(くに)晴れ、

海晴れて、

始めて天(てん)晴れるぞ。

天晴れての働き いよいよ烈しくなりたら、

臣民いよいよ分らなくなるから、

早う心(かみこころ)になりて居りて下されよ。

つぎつぎに書かしておくから、

よく心に留めておいて下されよ。

この(おしへ)は宗教(をしへ)ではないぞ、

教会ではないぞ、

ざから、

今までの様な教会作らせんぞ。

とは臣民にが満ちることぞ、

の国の中にがみちみつることぞ。

金儲けさせんぞ、

欲すてて下されよ。

七月の二日の示(ふで)、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第六帖 58 

昭和年七月二一日、

旧六月二日(1944年) 58 

知恵でも学問でも、

今度は金積んでも何うにもならんことになるから、

さうなりたらをたよるより他に手はなくなるから、

さうなりてから助けて呉れと申しても間に合わんぞ、

イシヤの仕組にかかりて、

まだ目さめん臣民ばかり。

日本精と申して仏教の精や基督教の精ばかりぞ。

今度はがあるか、

ないかを、

ハッキリと力みせてイシヤも改心さすのぞ。

の国のお土に悪を渡らすことならんのであるが、

悪のわたりて来てゐるから、

いつか悪の鬼ども上がるも知れんぞ。

の国ぞと口先ばかりで申してゐるが、

心の内は幽界人(がいこくじん)沢山あるぞ。

富士から流れ出た川には、

それぞれ名前の附いてゐる石置いてあるから縁ある人は一つづつひて来いよ、

お山まで行けぬ人は、

その川でふて来い、

みたま入れて守りの石と致してやるぞ。

これまでに申しても疑ふ臣民あるが、

うその事なら、

こんなに、

くどうは申さんぞ。

因縁の身魂にはから石与へて守護の名つけてやるぞ。

江戸が元のすすき原になる日近づいたぞ。

てん四様を都に移さなならん時来たぞ。

江戸には人住めん様な時が一度は来るのぞ。

前のやうな世が来ると思うてゐたら大間違ひぞ。

江戸の仕組すみたらカイの御用あるぞ。

いまにさびしくなりて来るぞ。

この栄えて世界の臣民みなたづねて来るやうになるぞ。

七月の二一日の夜、

ひつのか三。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第二二帖 64 

昭和年七月二日、

旧六月日(1944年) 64 

岩戸開く仕組 知らしてやりたいなれど、

この仕組、

言ふてはならず、

言はねば臣民には分らんし、

苦しいぞ、

早う心になりて呉れと申すのぞ、

身魂の洗濯いそぐのぞ。

二三三二二(アイカギ)、

コノカギハイシヤトシカテニギルコトゾ。

一二(ひつくのかみ)、

七月の二日。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第二六帖 68 

昭和年七月三一日、

旧六月二日(1944年) 68 

の国を真中にして世界分けると申してあるが、

祀るのと同じやり方ぞ。

天(あめ)のひつくの家とは天のひつくの臣民の家ぞ。

天のひつくと申すのは天の益人のことぞ、

江戸の富士と申すのは、

ひつくの家の中に富士の形作りて、

その上に宮作りてもよいのぞ、

仮でよいのぞ。

こんなに別辞(ことわけ)てはこの後は申さんぞ。

小さい事はサニワで家来の々様から知らすのであるから、

その事忘れるなよ。

仏(ぶつ)も耶蘇(やそ)も、

世界中まるめるのぞ。

喧嘩して大き声する所にはこの方鎮まらんぞ、

この事忘れるなよ。

七月の三一日、

一二


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第二七帖 69 

昭和年七月三一日、

旧六月二日(1944年) 69 

この方は祓戸(はらへど)のとも現はれるぞ。

この方祀るのは富士に三と所、

海に三と所、

江戸にも三と所ぞ、

奥山

中山、

一の宮ぞ。

富士は、

榛名(はるな)に祀りて呉れて御苦労でありたが、

これは中山ぞ、

一の宮と奥の山にまた祀らねばならんぞ、

海の仕組も急ぐなれどカイの仕組早うさせるぞ。

江戸にも三と所、

天明の住んでゐるところ奥山ぞ。

あめのひつくの家、

中山ぞ、

此処が一の宮ざから気つけて置くぞ。

この方祀るのは、

真中にの石鎮め、

そのあとにひもろぎ、

前の右左にひもろぎ、

それが「あ」と「や」と「わ」ぞ、

そのあとに三つ七五三とひもろ木立てさすぞ。

少しはなれて四隅にイウエオの言霊石 置いて呉れよ。

鳥居も注連(しめ)もいらぬと申してあろがな、

このことぞ。

この方祀るのも、

役員の仕事も、

この世の組立も、

みな七七七七と申してきかしてあるのには気がまだつかんのか、

臣民の家に祀るのはの石だけでよいぞ、

天のひつくの家には、

どこでも前に言ふ様にして祀りて呉れよ。

江戸の奥山には日、

秋立つ日に祀りて呉れよ、

中山日、

一の宮には日に祀りて呉れよ。

気つけてあるのに示(ふで)よまぬから分らんのぞ、

このこと、

よく読めば分るぞ。

今の様なことではの御用つとまらんぞ、

正直だけではの御用つとまらんぞ。

裏と表とあると申して気つけてあろがな、

シッカリ示読んで、

スキリと腹に入れて呉れよ、

よむたび毎にが気つける様に声出してよめば、

よむだけお蔭あるのぞ。

七月の三一日、

一二


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三一帖 73 

昭和月三日、

旧六月五日(1944年) 73 

このに供へられたものは、

何によらん私することならんぞ、

まゐりた臣民にそれぞれ分けて喜ばして呉れよ、

臣民喜べばも喜ぶぞ、

喜べば天地光りて来るぞ、

天地光れば富士二二)晴れるぞ、

富士は晴れたり日本晴れとはこの事ぞ。

このやうな仕組でこのひろめて呉れよ、

それが政治ぞ、

経済ぞ、

真通理(マツリ)ぞ、

分りたか。

月の三日、

ひつのか三。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三三帖 75 

昭和月三日、

旧六月五日(1944年) 75 

親となり子となり夫婦となり、

兄弟(はらから)となりて、

生きかわり死にかわりして御用に使ってゐるのぞ、

臣民同士、

世界の民、

みな同胞(はらから)と申すのは喩へでないぞ、

血がつながりてゐるまことの同胞ぞ、

はらから喧嘩も時によりけりぞ、

あまり分らぬとも堪忍袋の緒切れるぞ、

何んな事あるか知れんぞ、

このの信者はが引き寄せると申せば役員ふところ手で居るが、

そんなことでこの開けると思ふか。

一人が七人の人に知らせ、

その七人が済んだら、

次の御用にかからすぞ、

一聞いたら知る人でないと、

この御用つとまらんぞ、

うらおもて、

よく気つけよ、

因縁の身魂はどんなに苦しくとも勇んで出来る世の元からのおぞ。

七人に知らしたら役員ぞ、

が命ずるのでない、

自分から役員になるのぞと申してあろがな、

役員はのぢきぢきの使ひぞ、

柱ぞ。

肉体男なら魂(たま)は女(おみな)ぞ、

この (と)りに来る悪魔あるから気つけ置くぞ。

月の三日、

ひつのか三。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三四帖 76 

昭和月三日、

旧六月五日(1944年) 76 

臣民はすぐにも戦すみてよき世が来る様に思うてゐるが、

なかなかさうはならんぞ、

臣民にうつりてせねばならんのざから、

まことの世の元からの臣民 幾人もないぞ、

みな曇りてゐるから、

これでは悪のばかりかかりて、

だんだん悪の世になるばかりぞ、

それで戦すむと思うてゐるのか、

自分の心よく見てござれ、

よく分るであろがな、

戦すんでもすぐによき世とはならんぞ、

それからが大切ぞ、

胸突き丁はそれからぞ、

富士に登るのにも、

雲の上からが苦しいであろがな、

戦は雲のかかってゐるところぞ、

頂上(いただき)までの正味のところはそれからぞ。

一、

二、

三年が正念場ぞ。

三四五(みよいづ)の仕組と申してあろがな。

月の三日、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第二巻 下つ巻 第三帖 80 

昭和月三日、

旧六月五日(1944年) 80 

富士は晴れたり日本晴れ、

これで下つ巻の終りざから、

これまでに示したこと、

よく腹に入れて呉れよ。

が真中で取次ぎ役員いくらでもいるぞ、

役員はみな柱ぞ。

国々、

ところどころから訪ねて来るぞ、

その柱には みつげの知らしてやりて呉れよ、

日本の臣民みな取次ぎぞ、

役員ぞ。

この方は世界中丸めて大様にお目にかけるお役、

の臣民は世界一つに丸めて てんし様に献げる御役ぞ。

この方とこの方の々と、

の臣民一つとなりて世界丸める御役ぞ。

祀りて呉れたらいよいよ仕組知らせる示(ふで)書かすぞ、

これからが正念場ざから、

ふんどし締めてかかりて呉れよ。

秋立ちたら烈しくなるぞ、

富士は晴れたり日本晴れ、

てんし様の三四五(みよいづ)となるぞ。

月の三日、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第二帖 82 

昭和一日、

旧六月二三日(1944年) 82 

か一のマに立ちて、

一(ひ)れ二(ふ)りて祓ひて呉れよ、

ひつくのに仕へている臣民、

代る代るこの御役つとめて呉れよ。

今は分かるまいなれど結構な御役ぞ。

この示(ふで)腹の中に入れて置いてくれと申すに、

言ふ事きく臣民少ないが、

今に後悔するのが、

よく分りてゐるからはくどう気つけて置くのぞ、

読めば読むほど徳あるぞ、

どんな事でも分かる様にしてあるぞ、

言ふこときかねば一度は種だけにして、

根も葉も枯らして仕まうて、

この世の大掃除せねばならんから、

種のある内に気つけて居れど、

気つかねば気の毒出来るぞ。

今度の祭典(まつり)御苦労でありたぞ、

界では々様 大変の御喜びぞ、

雨の

風の殿ことに御喜びになりたぞ。

此の大掃除一応やんだと安緒する。

この時、

富士二二鳴門がひっくり返るぞ、

早やう改心して呉れよ。

月の一日、

のひつくの


ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第三帖 93 

昭和月二二日、

旧七月四日(1944年) 93 

何もかもてんし様のものではないか、

それなのにこれは自分の家ぞ、

これは自分の土地ぞと申して自分勝手にしているのがの気に入らんぞ、

一度は天地に引き上げと知らしてありたこと忘れてはならんぞ、

一本の草でものものぞ、

野(ぬ)から生れたもの、

山から取れたもの、

海の幸もみなに供へてから臣民いただけと申してあるわけも、

それで分るであろうがな。

この示よく読みてさへ居れば病気もなくなるぞ、

さう云へば今の臣民、

そんな馬鹿あるかと申すが よく察して見よ、

必ず病も直るぞ、

それは病人の心が綺麗になるからぞ、

洗濯せよ掃除せよと申せば、

臣民 何も分らんから、

あわててゐるが、

この示よむことが洗濯掃除の初めで終りであるぞ、

は無理は言はんぞ、

は無理してないぞ、

よくこの示読んで呉れよ。

よめばよむほど身魂みがかれるぞ、

と申しても仕事をよそにしてはならんぞ。

臣民と申すものは馬鹿正直ざから、

示よめと申せば、

示ばかり読んだならよい様に思うてゐるが、

裏も表もあるのぞ。

役員よく知らしてやれよ。

月二二日、

のひつ九のか三のお告。


ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第二四帖 104 

昭和月三日、

旧七月二日(1944年) 104 

富士二二)を目ざして攻め寄する、

大船小船あめの船、

赤鬼青鬼黒鬼や、

おろち悪狐を先陣に、

寄せ来る敵は空蔽(おお)ひ、

海を埋めて忽(たちま)ちに、

天日(てんぢつ)暗くなりにけり、

折しもあれや日の国に、

一つの光 現はれぬ、

これこそ救ひの大と、

救ひ求むる人々の、

目にうつれるは何事ぞ、

攻め来る敵の大将の、

大き光と呼応して、

一度にドッと雨ふらす、

火の雨何んぞたまるべき、

まことのはなきものか、

これはたまらぬ兎も角も、

生命あっての物種と、

兜を脱がんとするものの、

次から次にあらわれぬ、

折しもあれや時ならぬ、

大風起こり雨来たり、

大海原には竜巻や、

やがて火の雨 地(つち)震ひ、

山は火を吹きどよめきて、

さしもの敵も悉く、

この世の外にと失せにけり、

風やみ雨も収まりて、

山川静まり国土の、

ところところに白衣(しろきぬ)の、

のいぶきに甦る、

御民の顔の白き色、

岩戸ひらけぬしみじみと、

大空仰ぎを拝み、

地に跪(ひざまづ)き御民らの、

目にすがすがし富士の山、

富士は晴れたり日本晴れ、

普字は晴れたり岩戸(一)あけたり。

月の三日、

の一二の


ひふみ神示 第三巻 富士の巻 第二七帖 107 

昭和月三日、

旧七月二日(1944年) 107 

の堪忍袋 切れるぞよ、

臣民の思ふやうにやれるなら、

やりて見よれ、

厘でグレンと引繰り返ると申してあるが、

これからはその場で引繰り返る様になるぞ。

誰れもよう行かん、

臣民の知れんところで何してゐるのぞ、

には何も彼も分りてゐるのざと申してあろがな、

早く兜脱いでにまつはりて来いよ、

改心すれば助けてやるぞ、

鬼の目にも涙ぞ、

ましての目にはどんな涙もあるのざぞ、

どんな悪人も助けてやるぞ、

どんな善人も助けてやるぞ。

江戸と申すのは東京ばかりではないぞ、

今の様な都会みなエドであるぞ、

江戸は何うしても火の海ぞ。

それより他 やり方ないと々様申して居られるぞよ。

秋ふけて草木枯れても根は残るなれど、

臣民かれて根の残らぬやうなことになりても知らんぞよ、

のこのふみ早う知らしてやって呉れよ。

と五月と月と月に気つけて呉れよ、

これでこの方の示の終わりぞ。

この示は富士二二)の巻として一つに纒(まと)めておいて下されよ、

今に宝となるのざぞ。

月の三日、

のひつ九


ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第一帖 108 

昭和月三一日、

旧七月三日(1944年) 108 

二二は晴れたり日本晴れ、

二二に御社(みやしろ)してこの世治めるぞ。

五大州ひっくり返りてゐるのがには何より気に入らんぞ。

一の大様まつれ、

二の大様まつれよ、

三の大様まつれよ、

天の御三体の大様、

地の御三体の大様まつれよ、

天から々様 御降りなされるぞ、

地から御々様おのぼりなされるぞ、

天の御

地の御

手をとりてうれしうれしの御歌うたはれるぞ。

の国はの国、

の肉体ぞ、

汚(けが)してはならんとこぞ。

月の三一日、

一二のか三。


ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第七帖 114 

昭和月一日、

旧七月四日(1944年) 114 

二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ、

二本のお足であんよせよ、

二本のお手手で働けよ、

日本のの御仕組、

いつも二本となりてるぞ、

一本足の案山子(かかし)さん、

今更 何うにもなるまいが、

一本の手の臣民よ、

それでは生きては行けまいが、

一本足では立てないと、

云ふこと最早分ったら、

が与えた二本足、

日本のお土に立ちて見よ、

二本のお手手 打ち打ちて、

おろがめよ あめつちに、

響くまことの拍手に、

日本の国は晴れるぞよ、

二二(ふじ)は晴れたり日本晴れ、

二二(ふじ) は晴れたり、

岩戸あけたり。

月一日、

ひつのか三。


ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第帖 115 

昭和月二日、

旧七月五日(1944年) 115 

あらしの中の捨小船と申してあるが、

今その通りとなりて居ろうがな、

何うすることも出来まいがな、

船頭どの、

苦しい時の頼みでもよいぞ、

まつりて呉れよ、

にまつはりて呉れよ、

はそれを待ってゐるのざぞ、

それでもせぬよりはましぞ、

そこに光あらはれるぞ。

光現はれるとはハッキリと判りて来るのぞ、

この方にだまされたと思うて、

言ふ通りにして見なされ、

自分でもビックリする様に結構が出来てるのにビックリするぞ。

富士の御山に腰かけて、

この方 世界中まもるぞ。

かのととり、

結構な日と申してあるが、

結構な日は恐い日であるぞ。

天から人が降る、

人が天に昇ること、

昇り降りでいそがしくなるぞ。

てんし様 御遷(うつ)り願ふ時近づいて来たぞよ。

奥山に紅葉(もみじ)ある内にと思へども、

いつまで紅葉ないぞ。

月の二日、

ひつく


ひふみ神示 第四巻 天つ巻 第三帖 137 

昭和四日、

旧七月二七日(1944年) 137

富士とは火の仕組ぞ、

渦うみとは水の仕組ぞ、

今に分りて来るのぞ。

の国には、

政治も経済も軍事もないのざぞ、

まつりがあるだけぞ。

まつらふことによって何もかもうれしうれしになるのざぞ。

これは政治ぞ、

これは経済ぞと申してゐるから「鰻つかみ」になるのぞ、

分ければ分けるほど分からなくなって手におへぬことになるぞ。

手足は沢山は要らぬのざぞ。

火垂(ひだり)の臣(おみ)と水極(みぎり)の臣(おみ)とあればよいのざぞ。

ヤとワと申してあろうがな、

その下に七七ゝゝゝゝと申してあろうがな。

今の臣民 自分で自分の首くくるやうにしてゐるのぞ、

手は頭の一部ぞ、

手の頭ぞ。

頭、

手の一部でないぞ、

この理よく心得ておけよ。

示は印刷することならんぞ、

この示説いて臣民の文字で臣民に読める様にしたものは一二三(ひふみ)と申せよ。

一二三は印刷してよいのざぞ。

印刷結構ぞ。

この示のまま臣民に見せてはならんぞ、

役員よくこの示見て、

その時によりその国によりて それぞれに説いて聞かせよ。

日本ばかりでないぞ、

国々ところところに仕組して柱つくりてあるから、

今にびっくりすること出来るのざぞ、

世界の臣民にみな喜ばれるとき来るのざぞ。

五六七(みろく)の世近づいて来たぞ。

富士は晴れたり日本晴れ、

富士は晴れたり日本晴れ。

善一すぢとは一すぢのことぞ。

この巻を「天つ巻」と申す、

すっかり写して呉れよ、

すっかり伝へて呉れよ。

四日、

ひつのか三。


ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第帖 147 

昭和月二日、

月四日(1944年) 147 

何事も方便と申して自分勝手なことばかり申してゐるが、

方便と申すものの国には無いのざぞ。

まことがことぞ、

まの事ぞ、

ことだまぞ。

これまでは方便と申して逃げられたが、

も早 逃げること出来ないぞ、

方便の人々早う心洗ひて呉れよ、

方便の世は済みたのざぞ、

いまでも仏の世と思うてゐるとびっくりがでるぞ、

の国、

元のがスッカリ現はれて富士の高嶺から天地(あめつち)へのりとするぞ、

岩戸しめる御役になるなよ。

月の二日、

ひつのか三。


ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第一帖 148 

昭和月二一日、

月五日(1944年) 148 

世界丸めて一つの国にするぞと申してあるが、

国はそれぞれの色の違ふ臣民によりて一つ一つの国作らすぞ。

その心々によりて、

それぞれの教作らすのぞ。

旧きものまかりて、

また新しくなるのぞ、

その心々(こころこころ)の国と申すは、

心々の国であるぞ、

一つの王で治めるのざぞ。

天つ日嗣の実子様が世界中照らすのぞ。

国のひつきの御役も大切の御役ぞ。

とは三つのが一つになることぞ、

みちみつことぞ、

もとの昔に返すのざぞ、

つくりかための終りの仕組ぞ、

終は始ぞ、

始は霊(ひ)ぞ、

富士

都となるのざぞ、

幽界(がいこく)行きは外国行きぞ。

の国光りて目あけて見れんことになるのざぞ、

臣民の身体からも光が出るのざぞ、

その光によりて その御役、

位、

分るのざから、

みろくの世となりたら何もかもハッキリして うれしうれしの世となるのぞ、

今の文明なくなるのでないぞ、

たま入れていよいよ光りて来るのぞ、

手握りて草木も四つあしもみな唄ふこととなるのぞ、

み光にみな集まりて来るのざぞ、

てんし様の御光はの光であるのざぞ。

月二と一日、

一二か三。


ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第帖 156 

昭和月二四日、

日(1944年) 156 

世成り、

国の太陽足り満ちて、

皆みち足り、

国の月

世をひらき足り、

弥栄にひらき、

月光、

総てはみち、

結び出づ、

は極みに極む、

一二三(ひふみ)、

三四五(みよいづ)、

五六七(みろく)、

弥栄々々ぞ、

仏、

耶ことごと和し、

和して足り、

ひらく永遠(とわ)、

富士は晴れたり、

は光り出づ、

国のはじめ。

月二四日、

一二ふみ。


ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第二七帖 164 

昭和月四日、

日(1944年) 164 

天地には天地の、

国には国の、

びっくり箱あくのざぞ、

びっくり箱あけたら臣民みな思ひが違ってゐること分るのぞ、

早う洗濯した人から分るのぞ、

びっくり箱あくと、

の規則通りに何もかもせねばならんのぞ、

目あけて居れん人出来るぞ、

の規則は日本も支那も印度もメリカもキリスもオロシヤもないのざぞ、

一つにして規則通りが出来るのざから、

今に敵か味方か分らんことになりて来るのざぞ。

学の世はもう済みたのぞ、

日に日に力あらはれるぞ、

一息入れる間もないのぞ。

ドシドシ事を運ぶから遅れんやうに、

取違ひせんやうに、

慌てぬやうにして呉れよ。

々様もえらい心配なされてござる方あるが、

仕組はりうりう仕上げ見て下されよ。

月になればこの示(ふで)に変りて天(アメ)の日つくのの御示出すぞ、

初めの役員それまでに引き寄せるぞ、

分通り引き寄せたなれど、

あと二分通りの御役の者 引き寄せるぞ。

おそし早しはあるなれど、

の申したこと一厘もちがはんぞ、

富士は晴れたり日本晴れ、

おけ。

月の四日、

ひつ九のか三ふみ。


ひふみ神示 第五巻 地つ巻 第三六帖 173 

昭和一日、

月二五日(1944年) 173 

二二は晴れたり日本晴れ、

てんし様が富士二二)から世界中にみいづされる時近づいたぞ。

富士は火の山、

火の元の山で、

汚してならん御山ざから臣民登れんやうになるぞ、

の臣民と獣と立て別けると申してあろうが、

世の態(さま)見て早う改心して身魂洗濯致しての御用つとめて呉れよ。

大き声せんでも静かに一言いえば分る臣民、

一いへば知る臣民でないと、

まことの御用はつとまらんぞ、

今にだんだんにせまりて来ると、

この方の示(ふで)あてにならん だまされてゐたと申す人も出て来るぞ、

よくこの示読んでの仕組、

心に入れて、

息吹として言葉として世界きよめて呉れよ。

分らんと申すのは示読んでゐないしるしぞ、

身魂 芯(しん)から光り出したら人もも同じことになるのぞ、

それがまことの臣民と申してあらうがな、

山から野(ぬ)から川から海から何が起ってもは知らんぞ、

みな臣民の心からぞ、

改心せよ、

掃除せよ、

洗濯せよ、

雲霧はらひて呉れよ、

み光出ぬ様にしてゐてそれでよいのか、

気つかんと痛い目にあふのざぞ、

誰れかれの別ないと申してあらうがな。

いづれは天(アメ)の日つくの様 御かかりになるぞ、

おそし早しはあるぞ、

この様の御示は烈しきぞ、

早う身魂みがかねば御かかりおそいのざぞ、

よくとことん掃除せねば御かかり六ヶしいぞ、

役員も気つけて呉れよ、

御役ご苦労ぞ、

その代り御役すみたら二二晴れるぞ。

一日、

一二か三。


ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第一帖 174 

昭和七日、

月一日(1944年) 174

富士は晴れたり日本晴れ。

の巻 書き知らすぞ。

此の世に自分の物と云ふ物は何一つないのであるぞ。

早う自分からお返しした者から楽になるのざぞ。

今度の大洗濯は三つの大洗濯が一度になって居るのざから、

見当取れんのざぞ。

の国の洗濯と外国の洗濯世界ひっくるめた洗濯と一度になってゐるのざから、

そのつもりで少しでもの御用務めて呉れよ。

此れからがいよいよの正念場と申してあろがな。

今はまだまだ一の幕で、

せんぐり出て来るのざぞ。

我(が)出したら判らなくなるぞ、

てんし様おがめよ、

てんし様まつりて呉れよ、

臣民 無理と思ふ事も無理でない事 沢山にあるのざぞ、

はいよいよの仕組にかかったと申してあろがな。

毀(こわ)すのでないぞ、

練り直すのざぞ。

世界を摺鉢(すりばち)に入れて捏(こ)ね廻し、

練り直すのざぞ。

日本の中に騒動起るぞ。

の臣民 気つけて呉れよ。

日本もと獣に分れているのざから、

いやでも応でも騒動となるのざぞ。

小さくしたいなれど。

月一日、

ひつくのか三。


ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第六帖 179 

昭和月二二日、

月六日(1944年) 179 

アメツチノトキ、

アメミナカヌシノミコト、

アノアニナリマシキ、

タカアマハラニ ミコトトナリタマヒキ。

今の経済は悪の経済と申してあろがな、

もの殺すのぞ。

の国の経済はもの生む経済ぞ。

今の政治はもの毀(こわ)す政治ぞ、

の政治は与へる政治と申してあろが。

配給は配給、

統制は統制ぞ。

一度は何もかも天地に引上げと申してあるが、

次の四(よ)の種だけは地に埋めておかねばならんのざぞ。

それでがくどう申してゐるのぞ。

種は落ちぶれてゐなさる方(かた)で守られてゐるぞ。

上下に引繰り返ると申してある事近づいて来たぞ。

種は百姓に与へてあるぞ。

種蒔くのは百姓ぞ。

月の二二日、

ひつかみ。


ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第二帖 185 

昭和月二日、

二日(1944年) 185 

三ハシラ、

五ハシラ、

七ハシラ、

コトアマツカミ、

ツギ、

ウヒジニ、

ツギ、

イモスヒジニ、

ツギ、

ツヌグヒ、

ツギ、

イモイクグヒ、

ツギ、

オホトノジ、

ツギ、

イモオホトノべ、

ツギ、

オモタル、

ツギ、

イモアヤカシコネ、

ミコトト、

アレナリ、

イキイキテ、

イキタマヒキ、

ツギ、

イザナギノカミ、

イザナミノカミ、

アレイデマシマシキ。

足許に気付けよ。

悪は善の仮面かぶりて来るぞ。

入れん所へ悪が化けて入っての国をワヤにしてゐるのであるぞ、

己の心も同様ぞ。

百人千人万人の人が善いと申しても悪い事あるぞ。

一人の人云ってもの心に添ふ事あるぞ。

てんし様拝めよ。

てんし様拝めば御光出るぞ、

何もかもそこから生れるのざぞ。

お土拝めよ。

お土から何もかも生れるのぞ。

人拝めよ、

上に立つ人拝めよ、

草木もと申してあろがな。

江戸に攻め寄せると申してあろがな。

富士目指して攻め来ると知らしてあること近付いたぞ。

今迄の事は皆型でありたぞ、

江戸の仕組もお山も甲斐の仕組も皆型ぞ、

鳴門とうづうみの仕組も型して呉れよ。

尾張の仕組も型早よう出して呉れよ。

型済んだらいよいよ末代続くまことの世直しの御用にかからすぞ。

雨降るぞ。

月二日、

ひつのかみ。


日月の巻 第二十六帖 (199)

、ウ、うに アエオイウざぞ。

昔の世の元ぞ。

、ヤ、ワあるぞ、

世の元ぞ。

サタナハマからあるぞ。

、二、三、五、七 、と申してあろがな。

、七これで判りたか。

ざぞ。には裏表上下あるのざぞ。

冬の先 春とばかりは限らんと申してあること忘れるなよ。

用意せよ、

冬に桜咲くぞ。

一月二二日、

ひつ

使用さされた特殊文字      


ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第二七帖 200 

昭和一月二三日、

日(1944年) 200 

の国は生きてゐるのざぞ、

国土おろがめよ、

の肉体ぞ。

のたまぞ。

は真直ぐとばかり思ふなよ、

曲って真直ぐであるぞ、

人のは無理に真直ぐにつけたがるなれど曲ってゐるのがぞ。

曲って真直ぐいのざぞ。

人のも同じであるぞ。

足許から鳥立つぞ。

愈々が近づいたぞ。

世の元と申すものは泥の海でありたぞ。

その泥からが色々のもの一二三で、

いぶきで生みたのぞ。

人の智ではわからぬ事ざぞ。

眼は丸いから丸く見えるのざぞ。

この理わかりたか。

一度はどろどろにこね廻さなならんのざぞ。

臣民はどない申しても近慾ざから先見えんから慾ばかり申してゐるが、

は持ち切れない程の物与へてゐるでないか。

幾ら貧乏だとて犬猫とは桁違ふがな。

それで何不足申してゐるのか。

まだまだ天地へ取上げるぞ。

日々取上げてゐる事わからんか。

が大難を小難にして々様御活動になってゐること眼に見せてもわからんか。

天地でんぐり返るぞ。

やがては富士晴れるぞ。

富士は晴れたり日本晴れ。

元のの世にかへるぞ。

日の巻終りて月の巻に移るぞ。

愈々一二三が多くなるから、

今までに出してゐた示よく腹に入れておいてくれよ、

知らせねばならず、

知らしては仕組成就せず、

臣民 早よ洗濯して鏡に映る様にしてくれよ。

今の世 地獄とわかってゐるであろがな。

今のやり方 悪いとわかってゐるであろがな。

まつれと申すのぞ。

外国には外国のあると申してあろが。

み戦さすすめて外国に行った時は、

先づその国のまつらねばならんぞ、

まつるとはまつろふ事と申してあろが。

鉄砲や智では悪くするばかりぞ。

先づまつれとくどう気つけてあるのは日本ばかりではないぞ。

此の方の申すこと小さく取りては見当取れんと申してあろがな。

三千世界の事ぞ。

日本ばかりが可愛いのではないぞ、

世界の臣民 皆わが子ぞ。

わけへだてないのざぞ。

この示よみて聞かしてくれよ。

読めば読むほどあかるくなるぞ。

富士晴れるのざぞ。

の心晴れるのざぞ。

あらたぬし世ぞ。

一月二三日、

一二


ひふみ示 第六巻 日月の巻 第二帖(201)

昭和一月二五日、

日(1944年)

岩戸あけたり日本晴れ、富士ひかるぞ。

この巻 役員読むものぞ。

世の元と申すものは火であるぞ、水であるぞ。

くもでて くにとなったぞ。

出雲(いずも)とはこの地(くに)の事ぞ。

スサナルのはこの世の大様ぞ。

はじめは髄であるなり、瑞(うご)いて月となり地となりたのざぞ。

アは嵩(ヒツキクニ)の様なり、

娠(ヨ)は月の様ぞ、

クニの様はスサナルの様ぞ。

この事はじめに心に入れれば掃除タワイないぞ、

グレンとは上下かへる事と申してあろうがな、

云ふてはならぬ事ぞ。

いはねばならぬ事ぞ。

アメの

使用された特殊文字 


ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第三一帖 204 

昭和一月二六日、

一日(1944年) 204 

一二三四五六七百千卍(ひとふたみよいつむななやここのたりもちよろず)。

今度は千人万人力でないと手柄出来んと申してあろがな。

世界中総掛かりで攻めて来るのざから、

一度はあるにあられん事になるのぞ。

大将ざからとて油断出来ん。

富士の山動く迄にはどんな事も耐(こら)えねばならんぞ。

上辛いぞ。

どんなことあっても死に急ぐでないぞ。

今の大和魂との魂と違ふ所あるのざぞ。

その時その所によりて、

どんなにも変化(へんげ)るのがの魂ぞ。

馬鹿正直ならんと申してあろ。

今日(けう)あれし生命勇む時来たぞ。

一月二六日、

一二


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第四帖 217 

昭和二月二日、

七日(1944年) 217 

日、

日、

五月五日、

三月三日は幾らでもあるぞと申してあろが、

此の日は臣民には恐い日であれどには結構な日ざぞと申してあろが、

心になればとまつはればとあななへば臣民にも結構な日となるのぞ。

其の時は五六七(みろく)の世となるのざぞ。

桜花(さくらばな)一度にどっと開く世となるのざぞ、

激しく臣民静かな御代となるのざぞ、

日日(ひにち)毎日富士晴れるのざぞ、

臣民の心の富士も晴れ晴れと、

富士は晴れたり日本晴れ、

心晴れたり日本晴れぞ。

二月二日、

ひつくのかみ。


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第帖 231 

昭和二月二一日、

一月七日(1944年) 231

富士の御用は奥山に祀り呉れよ、

カイの御用も続け呉れよ、

江戸一の宮作りて呉れよ、

場も同じぞ、

衰Cの御用とは衰Cの鳴門(ナルト)と衰Cの諏訪と衰Cのマアカタと三所へ祀りて呉れよ。

その前の御用、

言葉で知らした事済みたぞ、

衰Cマアカタとは印幡ぞ。

柱とは火の

木の

金の

日の出の

竜宮の乙姫、

雨の

風の

地震の

荒の

岩のであるぞ。

辛酉の日に祀りて呉れよ。

暫く御示出ないぞ。

皆の者 早く今迄の示肚に入れて呉れよ、

せけるぞ。

示読めば示出て来るぞ。

祀り早く済せて呉れよ。

二月二一日朝、

一二のか三。


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第帖 232 

昭和二月二二日、

一月日(1944年) 232 

海にはの石鎮め祀り呉れよ、

山にはの石立てて樹植えて呉れよ、

石はの印つけて祀る処に置いてあるぞ、

祀り結構ぞ、

富士奥山には柱の石あるぞ、

柱祀りて呉れよ、

祀る処に行けば分る様にしてあるぞ。

二月二二日、

ひつのか三。


ひふみ神示 第七巻 日の出の巻 第二三帖 236 

昭和二月二日、

一月五日(1944年) 236 

此の世の位もいざとなれば宝も富も勲章も役には立たんのざぞ、

此の世去って、

役に立つのは身魂の徳だけぞ、

身についた芸は其の儘役立つぞ。

人に知れぬ様に徳つめと申してあろがな、

の国に積む徳のみが光るのざぞ、

マアカタの御用結構であったぞ、

富士晴れるぞ、

湖(うみ)晴れるぞ。

此の巻、

日の出の巻として纒めて役員に読ませて一二三として皆に知らせて呉れよ、

急ぐぞ。

二月二日、

ひつのか三。


ひふみ神示 第巻 磐戸の巻 第三帖 239 

昭和二年一月一日、

一月日(1945年) 239 

二二は晴れたり、

日本晴れ、

びっくりばこ いよいよとなりたぞ。

春マケ、

夏マケ、

秋マケ、

冬マケてハルマゲドンとなるのざぞ、

早う改心せんとハルマゲドンの大峠こせんことになるぞ。

大峠となりたら どんな臣民もアフンとして もの云へんことになるのざぞ、

なんとした取違ひでありたかと じだんだふんでも、

其の時では間に合はんのざぞ、

人なみのことしてゐては今度の御用は出来んのざぞ。

逆様にかへると申してあろが、

洗濯ざぞ、

掃除ざぞ、

ぐれんざぞ、

二二 に花咲くぞ。

一月一日、

のひつか三。


ひふみ神示 第巻 磐戸の巻 第帖 245 

昭和二年一月一日、

一月二日(1945年) 245 

富士鳴門の仕組わかりかけたら、

いかな外国人でも改心するぞ、

それ迄にの国の臣民 改心して居らぬと気の毒出来るぞ。

天狗や狐は誰にでもかかりてモノいふなれど、

は中々にチョコラサとはかからんぞ、

よき代になりたらはモノ云はんぞ。

人がとなるのざぞ、

このは巫女(みこ)や弥宜(ねぎ)にはかからんぞ、

が誰にでもかかりて、

すぐ何でも出来ると思ふてゐると思ひが違ふから気つけておくぞ。

かみがかりに凝るとロクなことないからホドホドにして呉れよ。

このは中行くと申してあろがな。

戦すみたでもなく、

すまぬでもなく、

上げもおろしもならず、

人民の智や学や算盤では、

どうともできんことになるのが目の前に見へてゐるのざから、

早うの申す通り素直に云ふこときけと申してゐるのざぞ。

長引く程、

国はヂリヂリになくなるぞ。

米あると申して油断するでないぞ、

タマあると申して油断するでないぞ。

命(いのち)あると申して油断するでないぞ。

この示よく読めば楽になって人々から光り出るざぞ、

辰の年はよき年となりてゐるのざぞ、

早う洗濯してくれよ。

一月一日、

のひつ


ひふみ神示 第巻 磐戸の巻 第帖 254 

昭和二年一月四日、

二月一日(1945年) 254 

今度の御用は世におちて苦労に苦労した臣民でないと中々につとまらんぞ、

も長らく世におちて苦労に苦労かさねてゐたのざが、

時節到来して、

天晴(あっぱれ)世に出て来たのざぞ、

因縁のミタマ世におちてゐるぞと申してあろがな、

外国好きの臣民、

今に大き息も出来んことになるのざぞ、

覚悟はよいか、

改心次第で其の時からよき方に廻してやるぞ。

改心と申して、

人間の前で懺悔するのは国のやり方ではないぞ、

人の前で懺悔するのはきづつけることになると心得よ、

の御前にこそ懺悔せよ、

懺悔の悪きコトに倍した、

よきコトタマのれよ、

コト高くあげよ、

富士晴れる迄コト高くあげてくれよ、

そのコトにうつりて、

何んな手柄でも立てさせて、

万劫末代名の残る様にしてやるぞ。

この仕組判りたら上の臣民、

逆立ちしておわびに来るなれど、

其の時ではもう間に合はんから くどう気付けてゐるのざぞ。

臣民、

かわいから嫌がられても、

此の方申すのざ。

悪と思ふことに善あり、

善と思ふ事も悪多いと知らしてあろがな、

このことよく心得ておけよ、

悪の世になってゐるのざから、

マコトのさへ悪に巻込まれて御座る程、

知らず知らずに悪になりてゐるのざから、

今度の世の乱れと申すものは、

五度の岩戸しめざから見当とれん、

臣民に判らんのは無理ないなれど、

それ判りて貰はんと結構な御用つとまらんのざぞ、

時が来たら、

われがわれの口でわれが白状する様になりて来るぞ、

の臣民はづかしない様にして呉れよ、

臣民はづかしことは、

はづかしのざぞ。

愈々善と悪のかわりめであるから、

暴れるから巻込まれぬ様に褌しめて、

この示よんで、

の心くみとって御用大切になされよ。

一月四日、

の一二のか三。


ひふみ神示 第巻 キの巻 第四帖 271 

昭和二年三月七日、

旧二月四日(1945年) 271 

三月三日から更に厳しくなるから用意しておけよ、

五月五日から更に更に厳しくなるから更に用意して何んな事起ってもビクともせん様に心しておいてくれよ、

心違ふてゐるから臣民の思ふことの逆さ許りが出てくるのざぞ、

日の仕組 近ふなったぞ、

このはむすび、

ひふみとひらき、

みなむすび、

々地に成り悉く弥栄へ 戦争(いくさ)つきはつ大ぞ。

一時はこの中も火の消えた様に淋しくなってくるぞ、

その時になっておかげ落さん様にして呉れよ、

の仕組 愈々世に出るぞ、

三千年の仕組晴れ晴れと、

富士は晴れたり日本晴れ、

桜花一二三(ひふみ)と咲くぞ。

三月七日、

ひつぐの


ひふみ神示 第巻 キの巻 第六帖 273 

昭和二年三月二日、

旧二月七日(1945年) 273 

元津代のは満つ、

一時は闇の

ひらき極み、

富士の代々、

鳴り成るには弥栄に変わり和すの

は弥栄。

ひふみ出で睦び、

月の 足り足りて成り、

新しき大みつ。

々みち、

ゑらぎ百千万のよきこと極む。

いよいよとなり、

何も彼も百千とひらき、

栄え極み進み、

極み真理の真理極む。

元の光の々ゑらぎ、

更に進む世、

和合まずなりて百(もも)の世極みなる。

世に光る々の大

々ことごとにゑらぎて大いよいよ展き進みて、

大真理世界の三つは一と和し、

鳴り成りて始めて、

まことの愛の代 極み来る、

弥栄の代の

人、

人わけへだてなく光り輝き、

は更に極みの極みに進み動き、

ありとあることごとくの成り結び、

更に新しく更に極むるの大

代歓喜の代々。

三月二日、

ひつ


キの巻 第十七帖 (274)

すり鉢に入れてコネ廻してゐるのざから一人逃れ様とてのがれる事出来んのざぞ、

逃れようとするのは我れよしざぞ、

今の仕事 五人分も人分も精出せと申してあろがな、

急ぐでないぞ、

其の御用すみたら次の御用にかからすのざから、

この世の悪も善も皆御用と申してあろが。

身魂相当の御用致してゐるのざぞ、

仕事し乍ら示肚に入れて行けば仕事段々変るのざぞ、

示声立てて読むのざと、申してあること忘れるなよ、

その上で人に此の伝へてやれよ、

無理するでないぞ。

捨てて大き息吹きにとけるのざぞ、

の息吹きにとけ入るのざぞ、

「御みいづ」にとけ入るのざぞ、

愈々示一二三(ひふみ)となるぞ、

一二三とは息吹ぞ、

みみに知らすぞ、

云はねばならぬから一二三として、

息吹きとして知らすぞ。

示よく読めば分ることぞ、

示読めよ、

よむと示出るぞ、

此の巻は「キの巻」と申せよ。

富士は晴れたり(せかい)ばれ、

岩戸あけたりばれぞ。

三月二十日、

ひつ

使用さされた特殊文字 


ひふみ神示 第巻 水の巻 第一帖 275 

昭和二年四月二一日、

旧三月日(1945年) 275 

(みず)の巻 書き知らすぞ。

見渡す限り雲もなく富士は晴れたり、

日本晴れ、

海は晴れたり、

日本晴れ、

港々に日の丸の旗 翻(ひるがえ)るの国。

それ迄に云ふに云はれんことあるなれど、

頑張りて下されよ。

も無くなるぞ。

てん詞様おろがみてくれよ。

てん詞様はと申して知らしてあろがな、

まだ分らんか、

地(くに)の 大切せよと聞かしてあろが、

様にお燈明(あかし)ばかり備へてはまだ足らぬのぞ。

お燈明と共に水捧げなならんのざぞ。

火と水ぞと申してあろ、

示よく裏の裏まで読みて下されよ、

守護殿 祭りて呉れよ。

まつはらねば力現はれぬぞ、

守護殿は拍手四つ打ちておろがめよ、

元の生様には水がどうしてもいるのざぞ、

火ばかりでは力出ぬのざぞ、

わかりたか、

曇りなく空は晴れたり。

旧三月日、

三のひつ九


ひふみ神示 第巻 水の巻 第七帖 281 

昭和二年五月四日、

旧三月二三日(1945年) 281 

皆病気になりてゐること分らぬか。

一二三のりとで直してやれよ。

示読みて直してやれよ。

自分でも分らぬ病になってゐるぞ、

早ふ直さぬとどうにもならんことになって来るぞ。

この宮、

仮であるぞ。

真中に富士の山つくり、

そのまわりに七つの山つくりて呉れよ。

拝殿つくり呉れよ。

示書かす所作りてくれよ。

天明弥澄む所作りて呉れよ。

いづれも仮でよいぞ。

早ようなされよ。

松の心にさへなりておれば、

何事もすくすく行くぞ。

五月四日、

みづのひつのか三。


ひふみ神示 第巻 水の巻 第帖 283 

昭和二年六月二日、

旧四月二二日(1945年) 283 

富士は晴れたり日本晴れ、

いよいよ岩戸開けるぞ。

お山開きまこと結構。

松の国 松の御代となるぞ。

日から大祓ひのりとに天津祝詞の太のりと「一二三(ひふみ)のりとコト」入れてのれよ。

忘れずにのれよ。

その日からいよいよ

けものはけものとなるぞ。

江戸場やめるでないぞ、

お山へ移してよいぞ、

役員一度やめてよいぞ。

またつとめてよいぞ。

めぐりあるから心配あるのぞ。

めぐり無くなれば心配なくなるぞ。

心配ないのが富士は晴れたりぞ、

富士晴れ結構ぞ。

日津久の御民 何時も富士晴れ心でおりて下されよ。

肉体ちっとの間であるが、

魂は限りなく栄へるのざぞ。

金に難渋して負けぬ様にして下されよ。

金 馬鹿にしてはならんぞ。

あせるでないぞ。

あせると心配事出来るぞ。

が仕組みてあること、

臣民がしようとて出来はせんぞ。

細工はりうりう滅多に間違ひないのざぞ。

見物して御座れ、

見事して見せるぞ。

不和の家、

不調和(ふわ)の国のささげものは要らんぞ。

喜びの捧げもの米一粒でもよいぞ。

はうれしいぞ。

日とどめぞ。

六月二日、

みづのひつのか三。


ひふみ神示 第巻 水の巻 第一帖 285 

昭和二年六月一日、

旧五月二日(1945年) 285 

第一とすればとなり、

悪魔第一とすれば悪魔となるぞ。

何事も第一結構。

カイの言霊(かへし)キざぞ。

キが元ぞと知らしてあろが、

カイの御用にかかりてくれよ。

何と云ふ結構なことであったかと、

始めは苦しいなれど、

皆が喜ぶ様になって来るのざぞ。

先楽しみに苦しめよ。

ぎゅうぎゅうと、

しめつけて目の玉がとび出る事あるのざぞ、

そこまでに曇りて居るのざぞ、

はげしく洗濯するぞ。

可愛い子、

谷底に突き落さなならんかも知れんぞ、

いよいよが表に現はれての国に手柄立てさすぞ、

国光り輝くぞ。

日本にはまだまだ何事あるか判らんぞ。

早く一人でも多く知らしてやれよ。

タマ磨けば磨いただけ先が見えすくぞ。

先見える徳与へるぞ。

いくらえらい役人頑張りても今迄の事は何も役に立たんぞ。

新しき光の世となるのぞ。

古きもの脱ぎすてよ、

と申してあろがな。

まこと心になりたならば自分でも判らん程の結構出て来るぞ。

手柄立てさすぞ。

いくら我張りても我では通らんぞ。

我折りて素直になりて下されよ、

これでよいと云ふことないぞ。

いくらつとめても、

これでよいと云ふことはないのざぞ。

の一厘のしぐみわかりたら世界一列一平になるぞ。

ますかけひいて、

世界の臣民、

人民 勇みに勇むぞ。

勇む事 此の方 嬉しきぞ。

富士は何時爆発するのざ、

何処へ逃げたら助かるのぞと云ふ心 我れよしぞ。

何処に居ても救ふ者は救ふと申してあろが。

悪き待つキは悪魔のキざぞ。

結構が結構生むのざぞ。

六月一日、

みづのひつ 九か三。


ひふみ神示 第巻 水の巻 第三帖 287 

昭和二年六月三日、

旧五月四日(1945年) 287 

火と水と申してあろがな。

火つづくぞ。

雨つづくぞ。

火の災(わざわい)あるぞ。

水の災あるぞ。

火のおかげあるぞ、

水の災 気つけよ。

火と水 入り乱れての災あるぞ、

近ふなりたぞ。

火と水の御恵みあるぞ。

一度はの事も大き声して云へん事あるぞ、

それでも心配するでないぞ。

富士晴れるぞ。

家族幾人居ても金いらぬであろが。

主人(あるぢ)どっしりと座りておれば治まっておろが。

国の型 残してあるのざぞ。

国治めるに政治はいらぬぞ、

経済いらぬぞ。

おろがめよ、

祭れよ、

てんし様おろがめよ。

何もかも皆に捧げよ、

からいただけよ。

国治まるぞ。

戦もおさまるぞ。

今の臣民 口先ばかりでまこと申してゐるが、

口ばかりでは、

なほ悪いぞ。

言やめて仕へまつれ。

でんぐり返るぞ。

六月三日、

みづのひつくのかみ。


ひふみ神示 第巻 水の巻 第五帖 289 

昭和二年六月七日、

旧五月日(1945年) 289

富士

火吐かぬ様おろがみて呉れよ、

大難小難にまつりかへる様おろがみて呉れよ。

食物(たべもの)頂く時はよくよく噛めと申してあろが、

上の歯は火ざぞ、

下の歯は水ざぞ。

火と水と合すのざぞ。

かむろぎ かむろみぞ。

噛むと力生れるぞ。

血となるぞ、

肉となるぞ。

六月七日、

ひつのかみ。


ひふみ神示 第一巻 松の巻 第一帖 292 

昭和二年六月七日、

旧五月日(1945年) 292 

富士は晴れたり世界晴れ。

三千世界一度に晴れるのざぞ。

世の元の一粒種の世となったぞ。

松の御代となったぞ。

世界ぢうに揺すりて眼覚ますぞ。

三千年の昔に返すぞ。

煎り豆 花咲くぞ。

上下ひっくり返るぞ。

水も洩らさん仕組ぞ。

六月七日、

あめのひつのか三。


ひふみ神示 第一巻 松の巻 第六帖 297 

昭和二年六月二二日、

旧五月三日(1945年) 297 

今の世に出てゐる守護

を天のと思ってゐるから なかなか改心むつかしいぞ。

今迄の心すくりとすてて生れ赤子となりて下されと申してあろが。

早よ改心せねば間に合はん、

残念が出来るぞ。

この示わからんうちから、

わかりておらんと、

分りてから、

分りたのでは、

人並ざぞ。

地の規則 天の規則となる事もあるのざぞよ。

六月二二日、

アメのひつのかみふで。


ひふみ神示 第一巻 松の巻 第四帖 305 

昭和二年六月二日、

旧五月二日(1945年) 305 

裏切る者 沢山出てくるぞ、

富士鳴門の仕組、

諏訪(スワ)マアカタの仕組。

ハルナ、

カイの御用なされよ。

悪の総大将よ、

早よ改心なされ、

悪の々よ、

早よ改心結構であるぞ。

いくら焦りてあがいても国の仕組は判りはせんぞ。

悪とは申せ大将になる身魂、

改心すれば、

今度は何時迄も結構になるのぞ。

日本の臣民人民 皆思ひ違ふと、

くどう知らしてあろが。

まだ我捨てぬが、

水でも掃除するぞ。

六月二日、

あめのひつぐのかみ示。


ひふみ神示 第一巻 松の巻 第七帖 308 

昭和二年七月二日、

旧五月二三日(1945年) 308 

釈迦祀れ。

キリスト祀れ。

マホメット祀れ。

カイの奥山は五千の山に祀り呉れよ。

七月のと二日に天晴れ祀りて呉れよ。

愈々富士晴れるぞ。

今の人民よいと思ってゐる事、

間違ひだらけざぞ。

此処までよくも曇りなされたな。

二の山 三の山 四の山に祀り呉れよ。

まだまだ祀る様あるぞ。

七月二日、

あめのひつぐのかみ。


ひふみ神示 第一巻 松の巻 第二四帖 315 

昭和二年七月日、

旧六月二日(1945年) 315 

早く早くと申せども、

立体の真に入るは、

小我(われ)死なねば、

大我(われ)もなきぞ、

元栄えひらき鳴る

元にひらき成る

元津日の

極みきわまりて足り いよいよ月のはらみ交わりさかゆ、

成りむつび、

々極まるところ、

ひふみ、

よろづ、

ち、

ももと、

ひらく、

歓喜の大

々更に動きひらき栄ゆ。

元津のナルトの秘密、

永遠に進み、

いき、

ひらき極む。

元津大かくりみ、

次になるかくりみのナルトぞ、

富士栄え、

火の運動き、

うづまき鳴り、

極みに極みて、

地また大地動き、

うづまくぞ、

真理なりて極まり、

鏡の如くなり、

極まりて、

動きひらき、

極まりて大

遂に成るぞ。

七月日、

あめのひつくのかみ。


ひふみ神示 第一巻 松の巻 第二七帖 318 

昭和二年七月四日、

旧六月六日(1945年) 318 

天も地も一つにまぜし大嵐、

攻め来る敵は駿河灘(するがなだ)、

富士を境に真二つ。

先づ切り取りて残るもの、

七つに裂かん仕組なり。

されど日本はの国。

最後の仕組力に、

寄せ来る敵は魂まで、

一人残らずのうにする。

夜明けの御用つとめかし。

晴れたる富士のすがすがし。

七月四日、

あめのひつくのかみ。


ひふみ神示 第一巻 松の巻 第二帖 320 

昭和二年七月日、

旧六月一日(1945年) 320 

豊受の大様お山の富士に祀り、

箸供へてお下げした箸、

皆に分けやれよ。

饌(け)に難儀せん様 守り下さるぞ。

仕組 少し早よなったから、

かねてみしてあった事 日から始め呉れよ。

火(ひ)と水(み)に気付けよ。

おろがめよ。

キの御用大切ぞ。

ケの御用大切ぞ。

クの御用大切ぞ。

は気引いた上にも気引くから、

とことんためすから、

そのつもりで、

お蔭落さん様にせよ。

五柱 役員ぞ。

慢心すればかへ身魂使ふぞ。

この巻 松の巻。

七月日、

あめのひつぐのかみ。


ひふみ神示 第二巻 夜明けの巻 第帖 329 

昭和二月五日、

旧六月二日(1945年) 329

天詞様まつれと申してあろが。

天津日嗣皇尊大様(あまつひつぎすめらみことおほかみさま)とまつり奉れ。

奥山には御社(みやしろ)造りて、

いつき奉(まつ)れ。

皆のうちにも祀れ。

天津日嗣皇尊 弥栄ましませ、

弥栄ましませとおろがめよ。

おろがみ奉れ、

天照皇大様、

天照大様、

月の大様、

すさなるの大様、

大国主の大様もあつくまつりたたえよ。

奥山の前の富士に産土の大様 祀れよ、

宮いるぞ。

清めて祭れよ、

タマの宮はその前横に移せよ。

奥の富士に国常立大

豊雲野大 祀る日 近うなりたぞ。

宮の扉あけておけよ。

臣民の住居(すまい)も同様ぞ。

大難小難にまつりかへて下されとお願ひするのざぞ。

取違ひ、

お詫び申せよ、

楽にしてやるぞ。

天の異変 気付けよ。

月の五日、

アメのひつ


ひふみ神示 第三巻 雨の巻 第一帖 345 

昭和二二月七日、

一月三日(1945年) 345

日の出の様お出ましぞ、

日の出はイであるぞ、

イの出であるぞ、

キの出であるぞ、

判りたか。

めんめめんめに心改めよと申してあろがな、

人民と云ふ者は人に云はれては腹の立つ事あるものぢゃ、

腹立つと邪気起るから めんめめんめに改めよと、

くどう申すのぢゃぞ、

智や学ではどうにもならんと云ふ事よく判りておりながら、

未だ智や学でやる積り、

の国の事する積りでゐるのか。

判らんと申して余りでないか、

何事も判った臣民 口に出さずに肚に鎮めておけよ、

言ふてよい時は肚の中から人民びっくりする声で申すのざ、

が申さすから心配ないぞ、

それまでは気(ケ)も出すなよ。

二日の夜に実地が見せてあろうがな、

一所だけ清いけがれん所残しておかな足場なく、

こうなってはならんぞ、

カタ出さねばならんぞ、

国、

の子は元のの生が守ってゐるから、

愈々となりたら一寸の火水で うでくり返してやる仕組ざぞ、

末代の止(とど)めの建替であるから、

よう腰抜かさん様 見て御座れ、

長くかかりては一もとらず二もとらさず、

国は潰れ、

は滅びてしもうから早う早うと気もない時から気つけてゐるのぢゃが、

の申すこと聞く臣民人民まだまだぞ。

此の 難しい でないから その儘に説いて聞かしてやれよ、

難し説くと判らん様になるのぞ。

平とう説いてやれよ、

難しいのは理屈入るのざぞ、

難しい事も臣民にはあるなれど 理屈となるなよ、

理屈悪ざぞ。

霊術も言霊(ことだま)もよいなれど程々に、

三分位でよいぞ、

中行かな行かれんのざぞ、

銭儲けて口さへすごして行けばよい様に今の臣民まだ思ってゐるが、

それは四つ足の四つの悪の守護である位 判りておろがな。

悪とは他を退ける事であるぞ、

まつりまつりとくどう申してあること未だ判らんのか、

今 外国よいと申してゐる臣民は外国へ行っても嫌はれるぞ、

外国にも住むところ無くなるぞ、

外国も日本もないのざぞ、

外国とは我よしの国の事ぞ、

国は大丈夫ざが、

外国や日本の国 大丈夫とは申されんぞ、

と事分けて申してあろがな、

日月の集団作り、

境界作ってもならんが入れた集団作らなならんぞ、

も作らずも入らずに力出ない位 判りておろがな、

馬鹿正直ならんと申してあること忘れたのか、

集団のつくり方知らしてあろが、

盲(めくら)には困る困る。

人の苦労あてにして我が進んで苦労せん様な人民ではの気感(きかん)に適はんから、

今度は苦労のかたまりの花咲くのざ、

苦の花咲くのざぞ、

二二(コ)の花咲耶姫の 祀りて呉れと申してあろがな、

永遠にしぼまん誠の花咲く世来たぞ。

十二月七日、ひつくのか三。


風の巻 第01帖 (352)

用意なされよ。

いよいよざぞ、

愈々三(くるぞ)。

のみこと知らすぞ。

知らすぞ、

眼覚めたら起き上がるのざぞ。

起きたらその日の命頂いたのざぞ。

感謝せよ、

大親に感謝、

親に感謝せよ、

感謝すればその日の仕事与へられるぞ。

仕事とは嘉事(よこと)であるぞ、

持ち切れぬ程の仕事与へられるぞ。

仕事は命ざぞ。

仕事喜んで仕へ奉れ。

我出すと曇り出るぞ。

曇ると仕事わからなくなるぞ。

腹へったらおせよ。

二分は大親に臣民腹分でよいぞ。

人民食べるだけは与へてあるぞ。

貪(むさぶ)るから足らなくなるのざぞ。

減らんのに食べるでないぞ。

食(おせ)よ。

おせよ。

一日一度からやり直せよ。

ほんのしばらくでよいぞ。

無理ないと申してあろが。

水流れる様に楽し楽しで暮せるのざぞ、

どんな時どんな所でも楽に暮せるのざぞ。

穴埋めるでないぞ、

穴要るのざぞ。

苦しいという声 此の方嫌ひざ。

苦と楽 共にみてよ、

苦の動くのが楽ざぞ。

生れ赤児みよ。

子見よ、は親であるから人民守ってゐるのざぞ。

大きなれば旅にも出すぞ、

旅の苦 楽しめよ、

楽しいものざぞ。

眠くなったら眠れよ、

それがぞ。

のこときくざぞ。

無理することは曲ることざぞ。

無理と申して我儘無理ではないぞ、

逆行くこと無理と申すのざ。

無理することは曲ることざ、

曲ってはのミコト聞こへんぞ。

素直になれ。

火降るぞ。

相手七と出たら三と受けよ、

四と出たら六とつぐなへよ、

と出たら一とうけよ、

二と出たらと足して、

それぞれにとなる様に和せよ。

まつりの一つのざぞ。

(おう)の世 (おう) の世にせなならんのざぞ、

今は(をう)の世ざぞ、

(わう)の世の 世となりて、

(おう)の世に 入れて(おう)の世となるのざぞ。

タマなくなってゐると申してあろがな、

タマの中に仮の奥山移せよ、

急がいでもよいぞ、

臣民の肉体 の宮となる時ざぞ、

当分 宮なくてもよいぞ。

やがては二二(ふじ)(コ)の花咲くのざぞ、

見事二二(ふじ)(こ)の火(ほ)が鎮まって、

世界治めるのざぞ、

それまでは仮でよいぞ、

臣民の肉体に一時は静まって、

此の世の仕事仕組みて、

天地でんぐり返して光の世といたすのぢゃ。

花咲く御代近づいたぞ。

用意なされよ、

用意の時しばし与えるから、

の申すうち用意しておかんと、

とんでもないことになるのざぞ。

の世輝くととなるのざぞ、

と申して知らしてあろがな。

役員それぞれのまとひつくれよ、

何れも長(おさ)になる身魂でないか。

我軽しめる事は軽くすることざ、

わかりたか。

おのもおのも頭領であるぞ、

釈迦ざぞ。

キリストざぞ。

その上にますのざぞ、

その上 又ひとたばにするのざぞ、

その上に又でくくるぞ、

その上にもあるのざぞ、

上も下も限りないのざぞ。

奥山 何処に変っても宜いぞ、

当分 肉体へおさまるから何処へ行ってもこの方の国ぞ、

肉体ぞ、

心配せずに、グングンとやれよ、

動くところ、力 加はるのざぞ、

人民のまどひは無きまどひぞ、

無きまどひつくるでないぞ、

上に真中(まなか)に集まれよ。

騒動待つ心 悪と申してあること忘れるなよ、

の申した事ちっとも間違ひないこと、

少しは判りたであろがな。

同じ名のあるのざぞ、

善と悪ざぞ、この見分けなかなかざぞ、

示よめば見分けられるように、

よく細かに解(と)いてあるのざぞ、

善と悪と間違ひしてゐると、

くどう気付けてあろがな、

岩戸開く一つの鍵ざぞ、

名同じでも裏表ざぞ、

裏表と思ふなよ、

頭と尻 違ふのざぞ。

千引(ちびき)の岩戸開けるぞ。

二月二五日、

ひつぐのかミ。

使用さされた特殊文字      


ひふみ神示 第十五巻 岩の巻 第二帖 367 

昭和二十一年二月十六日、

旧一月十五日(1946年) 367 

三千年の昔に返すと申してあらうがな。

よい御用いたす身霊(みたま)ほど苦労さしてあるのぢゃ。

他から見ては、

わからんなれど、

苦労に苦労さして、

生き変り、

死に変り、

鍛へに鍛へてあるのぢゃぞ。

肉体の苦労も霊の苦労も、

どちらの苦労にも、

まけん人民臣民でないと、

眼先のことで、

グレングレンと引繰りかへりて、

あわてふためく様なことでは、

どんな事あっても、

びくともせん、

ミタマでないと、

御用六ヶ敷いぞ。

こんどの苦の花は真理(ふじ)に咲くのみざぞ。

不二に(こ)の花咲くや媛(ひめ)まつれと申してあるが、

(こ)の花、

おのもおのもの心の富士にも咲くのざぞ。

(こ)の花咲けば、

此の世に出来んことないぞ。

まことのかかりぞ。

この先もう建替出来んギリギリの今度の大建替ぢゃ。

愈々の建替ざから、

もとの代よりも、

も一つキの光輝く世とするのぢゃから、

中々に大層ざぞ。

人民 苦しからうが、

先楽しみに御用見事つとめ上げて下されよ。

二つづつある様を一つにするのであるから、

嘘偽(うそいつわり)ちっともならんのぢゃ。

少しでも嘘偽あったら、

曇りあったら、

の国に住めんことになるのざぞ。

途中から出来たでは今度と云ふ今度は間に合はんのざぞ。

根本からのでないと、

今度は根本からの建直しで末代続くのぢゃから間に合はん理わかるであらうがな。

われの国同士の戦 始まるのぢゃ。

この戦、

は眼あけて見ておれんなれど、

これも筋ぢゃから、

人民にも見て居られんのぢゃが、

友喰ひと申して知らしてあらうが。

この方等が天地自由にするのぢゃ。

元のキのにして、

あたらしき、

キの光のつくるのぢゃ。

あらたぬし、

世にするのぢゃと申してあること愈々ざ、

人民、

臣民 勇んでやりて下され。

々様 守護どの、

勇め勇め。

二月六日、

ひつ九


岩の巻 第04帖 (369)

元はと四七と四とあはせて百と五ぞ、

ざぞ。

旧一月五日、

かのととり、

一(ひ)つのか三。


岩の巻 第06帖 (371)

向ふの云ふこと、まともに聞いてゐたら、

尻の毛まで抜かれてしまふのが、

にはよく判りて気つけてゐたのに、

今の有様その通りでないか。

まだまだ抜かれるものあるぞ。

のばせばのばせば、

人民まだまだ苦しいことになるぞ。

延ばさねば助かる人民ないし、

少しはの心も察して下されよ、

云ふ事きいて素直にいたされよ、

たのむぞ。

愈々時節来たのであるから、

何と申しても時節にはかなわんから、

示通りになって来るから、

心さっぱり洗ひ晴らしてしまふて、

持ち物さっぱり洗ひかへしてしまふて、

のみことに生きて呉れよ、

みことになるぞ、

タマぞ、

ミコト結構ぞ。 

五二六二三三一二三 卍千百三七六五卍 七六五曰一二三五六 二三二一二三 六五  二一三七七二六  三二五 一二 三 二一百一七 百 四七 曰三一三曰二  三三   二五一二二二二三三 一かつ五にち 

ひつのか三 

わからん裡にわかりてくれよ。

旧一月五日、

ひつのかミ。

使用さされた特殊文字    


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#富士普字)に花咲く時ざぞ(フジにハナサくトキざぞ)。


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

# 面白に秘解く成答(オモシロにヒトくナルト)、


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#普字鳴戸(成答)の経綸動ぞ(フジナルトのシグミイゴクぞ)。


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#普字軸の理ぞ(フジジクのリぞ)。


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#普字軸の世(フジジクのヨ)。


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#理実りの常盤の普字の実り良くも(ミチミノりのトキワのフジのミノりヨくも)、


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

# 弥栄鳴戸(成答)は(ヤサカナルトは)、


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377 # 

普字の山(不二の大空間)(フジのヤマ)


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#鳴戸(成答)理開きに開き(ナルトミチヒラきにヒラき)、


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#艮めに普字産み給いき(トドめにフジのカミウみタマいき)、


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#普字数叉名立の現れ(フジスサナルのカミアれ)

 


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#普字に印しあり(フジにシルしあり)。


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#理(真理)の普字(ミチのフジ)、


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

# 普字に花咲く御代(フジにハナサくミヨ)

 


ひふみ神示 第六巻 荒の巻 第一帖 377 

昭和二一年一月日、

二月七日(1946年) 377

#普字は晴れたり(フジはハれたり) 


ひふみ神示 第二巻 梅の巻 第五帖 432 

昭和二一年一月六日、

月二三日(1946年) 432 

ニニギの命(みこと)お出ましぞ、

ニニギとは 二二(ふじ)のキの御役であるぞ。

がかりて世界中のこと何でも判る様に思ふてゐると、

とんでもないことになるぞ、

このままにしてほっておくと戦済んだでもなく、

とどめもさせん、

世界中の大難となるから早う改心結構ぞ。

悪の上の守護

中の守護

下の守護改心出来ん者はいくら可愛い子ぢゃとて、

ようしゃは出来んぞ、

愈々天の大様の御命令通りに々様 総掛かりぞ。

一月六日、

ひつ


ひふみ神示 第二巻 梅の巻 第二帖 455 

昭和二一年二月四日、

一月二一日(1946年) 455

二の流れ、

六の流れとなり、

三つの流れとなり、

二となり一と成り鳴りて、

一つになり、

一つの王で治めるのぢゃぞ、

弥栄の仕組、

普字成答の仕組、

いよいよとなったぞ。

あな嬉し、

あなすがすがし普字は晴れたり日本晴れ。

此の巻 んの巻と申せよ、

後の世の宝と栄へるぞ。

二月四日、

一二


ひふみ神示 第二一巻 空の巻 第四帖 459 

昭和二二年一月六日、

二月五日(1947年) 459 

建直しのつづき、

結び、

展く、

日月出で、

よろづのもの、

一二三(ひふみ)とみち、

つづき鳴り成り、

ひらく大

真理の出でそむ中心に、

マコト動きて、

元津 栄ゆ、

元津は真理、

真愛、

大歓喜の大ぞ、

うづぞ、

々のうづぞ、

ナルトぞ、

人のよろこびぞ、

代々の大ぞ、

真理、

真愛、

大歓喜は、

中心にひかり、

ひらき極まるぞ、

展き極まる世ぞ、

鳴り極み、

ひらき、

うごく大

うごき、

和し、

なり、

大歓喜、

足りに足り足る世、

生れ出づる世、

うごき更にひらき、

次々に栄え極みて、

新しきはたらきの湧く次の大御代の六合つづく

つづき睦びて、

富士晴れ極み、

鳴門は殊にひかり出でて、

は日の中心にかへり、

亦出でて、

ひらき、

いよいよ満つ、

焼く々、

早くせよ。

一月六日、

一二


ひふみ神示 第二一巻 空の巻 第四帖 469 

昭和二二年四月五日、

旧三月四日(1947年) 469

御光(みひかり)の輝く御代となりにけり、

嬉し嬉しの言答(一)明けたり。

あなさやけ、

三千年の夜は明けて、

人、

となる秋(とき)は来にけり。

日月(一二)大

キリスト大

シャカ大

マホメット大

黒住大

天理大

金光大

大本大

老子大

孔子大

総て柱の大は、

光の大として斎き祀り結構致しくれよ、

二二晴れるぞ、

開けるぞ。

名書かすぞ、

ひかり教会のりとは、

ひかりの大

弥栄ましませ弥栄ましませ、

ひかりの大守り給へ、

幸へ給へと、

申せよ。

弥栄弥栄(やさかいやさか)。

四月五日、

ひつくのかみ。


ひふみ神示 第二二巻 青葉の巻 第帖 479 

昭和二二年月三日、

旧六月七日(1947年) 479 

よきにはよき御用、

悪きには悪き御用、

自分で自分がつとめあげるのぢゃ、

人になんと云はれても腹の立つ様では御用六ヶ敷いぞ、

腹立つのは慢心ぢゃと申してあろがな。

仕組途中でグレンと変り、

カラリと変る仕組してあるのぢゃ、

其処に一厘の仕組、

火水の仕組、

富士鳴門の仕組、

結構々々大切致してあるのぢゃ。

仕組変り変りて人民には判らんなり、

よき世と致すのぢゃ、

いくら智あっても人間心では出来ん仕組ぞ、

智捨ててにすがりて来ねば分らん仕組ぢゃ、

と云ふて人間世界は人間の智いるのぢゃ、

智でない智をが与へるぞ、

人共にと申してあろがな、

つとめ上げたら他にない結構な御用。

月三日、

ひつ九


ひふみ神示 第二二巻 青葉の巻 第一帖 480 

昭和二二年月三日、

旧六月七日(1947年) 480 

世界一目に見へるとは世界一度に見へる心に鏡磨いて掃除せよと云ふ事ぢゃ、

掃除結構ぞ。

善と悪と取違ひ申してあらうがな、

悪も善もないと申してあらうがな、

和すが善ざぞ、

乱すが悪ざぞ、

働くには乱すこともあるぞ、

働かねば育てては行けんなり、

気ゆるんだらすぐ後戻りとなるぞ、

坂に車のたとへぞと申してあろがな、

苦しむ時は苦しめよ、

苦の花咲くぞ。

世は七度の大変り、

変る代かけて変らぬは、

誠一つの(こ)の花ぞ、

(こ)の花咲くは二三(ふみ)の山、

二二(ふじ)住む所、

やがて世界の真中ぞ。

月三日、

ひつ


ひふみ神示 第二四巻 黄金の巻 第二帖 540 

昭和二四年一月二七日、

日(1949年) 540 

二二の盗み合ひ、

世の乱れ。

心して怪しと思ふことは、

たとへの言葉と申しても一応は考へよ。

の言葉でも裏表の見境なく唯に信じてはならん。

サニワせよ。

薬、

毒となることあると申してあらうが。

馬鹿正直、

まことの 見失ふことあると申してあらうが。

は易し、

楽し。

楽しないのはではないぞ、

奉仕ではないぞ。

世界に呼びかける前に日本に呼びかけよ。

目醒まさねばならんのぢゃ。

それが順序と申すもの。

示で知らしてあらうが。

ここは種つくるところ、

種は人民でつくれんぞ。

の申すやう、

の息 戴いて下されよ。

天の

地の

天地のあるぞ。

人のあるぞ。

何も彼もあるぞ。

に外れたもの外ぢゃぞ。

前は一筋ぞ。

二筋ぞ。

三筋ぞ。

曲ってゐるぞ。

真直ぐであるぞ。

心得なされ。

節分から (オーヒツキオーカミ)と現れるぞ。

讃えまつれ。

三年の大ぐれ。

かのととり。

一二


ひふみ神示 第二四巻 黄金の巻 第四三帖 554 

昭和二四年一月二七日、

日(1949年) 554 野見よ。

森見よと申してあらう。

水の流れにも宗教あるぞ。

これを人民勝手に宗教に一度下げるから、

冒すことになるのざ。

引下げねば判らんし、

心で悟れよ。

覚(サ)めの生活 弥栄えるぞ。

天国の礎、

出足の地場は(二二)からぢゃ。

二二(フジ)のは秘文(ヒフミ)のぢゃ。

和ぢゃ。

かのととり。

一二


ひふみ神示 第二四巻 黄金の巻 第七六帖 587 

昭和二五年一月三日、

一月五日(1950年) 587 

真理を知って、

よくならなかったら、

よく省みよ。

よくなるのがマコトであるぞ。

悪くなったら心せねばならん。

善人が苦しむことあるぞ。

よく考へて見い。

長い目で見てよくしようとするのがの心ぞ。

目の前のおかげでなく、

永遠の立場から、

よくなるおかげがマコトのおかげ。

徳は重いから腰ふらつかんやうにして下されよ。

その代り貫きて下されたら、

永遠(トワ)にしぼまんの花となるぞ。

二二(フジ)に、

(ク)の花どっと咲くぞ。

拍手は清めであるが、

様との約束固めでもあるぞ。

約束たがへるでないぞ。

(一月三日)一二


ひふみ神示 第二四巻 黄金の巻 第七七帖 588 

昭和二五年一月三日、

一月五日(1950年) 588 

不二の仕組とは動かん真理、

(ウズウミ)のナルト(成答)の仕組とは弥栄の限りなき愛のことであるぞ。

の理(ミチ)に入り、

理(ミチ)をふんで居れば、

やり方一つで何でもよく、

嬉し嬉しとなるぞ。

世の元から出来てゐるミタマの建直しであるから、

一人の改心でも中々であると申してゐるのに、

ぐづぐづしてゐると間に合はん。

気の毒出来るぞ。

めぐりと申すのは自分のしたことが自分にめぐって来ることであるぞ。

めぐりは自分でつくるのであるぞ。

他を恨んではならん。

美の門からを知るのが、

誰にでも判る一番のであるぞ。

芸術からに入るのは誰にでも出来る。

この理判るであらうが。

審判の廷(サバキのニワ)に出たならば、

世界は一人の王となるぞ。

御出まし近うなったぞ。

自分よくして呉れと申してゐるが、

それはを小使に思うてゐるからぞ。

大きくなれよ。

(一月三日)一二


ひふみ神示 第二四巻 黄金の巻 第三帖 604 

昭和二五年一月三日、

一月五日(1950年)

604 そなたがつかめば、

はそなたを抱くぞ。

に抱かれたそなたは、

平面から立体のそなたになるぞ。

そなたが有限から無限になるぞ。

人となるのぢゃ。

永遠の自分になるのであるぞ。

他のために行ぜよ。

は無理申さん。

始めは子の為でもよい。

親の為でもよい。

自分以外の者の為に、

先ず行ぜよ。

奉仕せよ。

嬉し嬉しの光さしそめるぞ。

はじめの世界ひらけるぞ。

一本足では立てん。

二本足がよいぞ。

やがては明くる二三(フミ)の朝、

二二(フジ)は晴れたり、

日本晴れ。

(一月三日)


ひふみ神示 第二四巻 黄金の巻 第百帖 611 

昭和二五年一月日、

二月一日(1950年) 611 

真理を理解して居れば心配いらん。

失敗も財産ぞ。

真剣で求めると真剣さずかるぞ。

求めるとは祈ること。

よく祈るものは よく与へられる。

日々の祈りは行であるぞ。

百年祈りつづけても祈りだけでは何もならん。

それは祈り地獄ぢゃ。

祈り地獄 多いのう。

肉体人は肉体の行せねばならん。

日々の祈り結構いたしくれよ。

次の祈りは省みることぞ。

いくら祈り行じても自分省みねば、

千年行じても何もならん理ぢゃ。

同じ山に登ったり降ったり、

御苦労のこと、

馬鹿の散歩と申すもの。

悔いあらためよと申してあらう。

省みて行ずるその祈り弥栄えるぞ。

平面の上でいくら働いても、

もがいても平面行為で有限ぞ。

立体に入らねばならん。

無限に生命せねばならんぞ。

立体から複立体、

複々立体、

立々体と進まねばならん。

一から二に、

二から三にと、

次々に進めねばならん。

進めば進む程、

始めに帰るぞ。

に到るぞ。

立体に入るとは誠の理解生活に入ることぞ。

無限に解け入ることぞ。

イワトあけなば 二二輝くぞ。

弥栄々々。

(一月日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二帖 620 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 620 

一切に向って涙せよ。

ざんげせよ。

一切を受け入れ、

一切を感謝せよ。

一切が自分であるぞ。

一切が喜びであるぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第三帖 621 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 621

理屈は一方的のものぞ。

どんな理屈も成り立つが、

理屈程 頼りないもの、

力にならんものないぞ。

理(リ)が(カミ)の御能(オンハタラキ)ぞ、

よく見極めねば間違うぞ。

囚はれるなよ。

他の為に苦労することは喜びであるぞ。

全体のために働くことは喜びぞ。

【光の生命】ぞ。

誰でも重荷負はせてあるのぢゃ。

重荷あるからこそ、

風にも倒れんのざ。

この理、

涙で笑って汗で喜べよ。

それとも重荷外してほしいのか。

重い重荷もあるぞ。

軽い重荷もあるぞ。

今まいた種、

今日や明日には実らんのざ。

早く花が見たく、

実がほしいからあせるのぢゃ、

人間の近慾と申すもの。

の大に生きて実りの秋(トキ)まてよ。

まいた種ぢゃ。

必ず実る。

誰も横取りはせんぞ。

万倍になってそなたにかへると申してあらう。

未来にもえつつ現在にもえよ。

相手に悠々と天地に歩め。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第四帖 622 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 622 

は自分で歩まねばならん。

自分の口で食物噛まねばならん。

かみしめよ。

ウジ虫に青畳、

苦のたねぢゃ。

畳には畳にすはるだけの行してから坐(すわ)らなならん。

【生命はコトぞ。

コトはミコトぢゃ】。

ミコトはの心であるぞ。

喜びであるぞ。

ミコトに生きよと申してあらう。

コトあればオトあるぞ。

オトあればイロあるぞ。

イロあればカズあるぞ。

善にもの心あり。

悪にもの心がある。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第五帖 623 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 623

プラスとマイナスと和合せねばならん。

只の和合ではムになって力出んぞ。

今迄の和合のやり方ではならん。

喜びの和合。

融け合ふ和合。

ある和合でないと、

少しでも曇りありたら和合でないぞ。

こらへこらへてゐるのでは和合でないぞ。

今迄の和合の仕方ではカスあるであらうがな。

悪の和合であるぞ。

示肚に入れないで御用六ヶ敷いぞ。

はじめは目標(メアテ)つくって進まんと、

行ったり来たり同じをドウドウめぐりぢゃ。

掴める所から掴んで行けよ。

拝んで行けよ。

統一した幸福こそ、

二二(フジ)晴れの幸福ぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第六帖 624 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 624

気づいたことから早う改めて下されよ。

トコトン迄行ってがさすのでは人間の面目ないから、

人間同士でよく致し下されよ。

只有難いだけではならん。

仕事せねばならん。

努力せねばならん。

ぢっとしてゐては進めん理ぢゃ。

あかりつけなければ闇のよは歩けんぞ。

それぞれのあかりとなれよ。

油は示ぢゃ。

油つきん、

いくらでもあかりつけて下されよ。

マツリから出直せよと申してあらう。

結構に大きまつり、

小さいまつり、

まつろひて下されよ。

心になれば、

ありやかに見えるぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第七帖 625 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 625 

芽を出したから間引かなならん。

示読んで、

示読まん人間と示肚に入り込んでもう大丈夫と、

が見届けた人間と間引くのであるぞ。

肚に入った芽は間引いて他に植ゑかへるのぢゃ。

読んで読まんもの、

間引いて肥料とするぞ。

わざわざ遠い所へお詣りせんでも、

自分の家にまつってあるのぢゃから、

それを拝めば同じことぢゃ、

それでよいのぢゃと理屈申してゐるが、

格の上の所へ求めて行くのが仁義、

礼儀と申すもの。

キあれば必ず出来るのぢゃ。

立替致さずにゆけば、

この世はゆく程 悪くつまるのであるぞ。

早うメザメよ。

マツリせねば真理は通らん。

子供にまつろはねば子供導けん理。

【自分判れば一切ありやか】。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第帖 626 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 626

の申すやうにすればが護るから、

何事も思ふ様にスラリスラリと心配なく出て来るぞ。

区別と順をわきまへて居れば、

何様を拝んでもよい。

時、

所、

位に応じて誤らねば弥栄えるぞ。

同じ愛、

同じ想念のものは自ら集まって結ばれる。

天国のカタチ、

ウツシが奥山ぞ。

ミソもクソも一緒にして御座るぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第帖 627 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 627 

心には始めも終りも無いのぢゃ。

総てがあるのであるぞ。

世界見よ。

三千世界よく見よ。

総てが秘文ぢゃ。

他力の中に自力あるのぞ。

自分ばかりでは成就せんぞ。

足ふみばかり。

愛は愛のみでは愛でないぞ。

真は真のみでは真でないぞと申してあらうが。

まつり合せて入れて愛となり真となるのぞ。

愛のみ出ると悪となり、

真のみ出ると偽(ギ)となることあるぞ。

偽(イツワ)りと悪とまつりて善の働きすることあるぞ。

心せよ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第帖 628 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 628 

むつかしいこと申さずに、

ひらたう解けと申してあらうが。

ミタマは上中下三段、

三段にわけて説いて聞かせねば仕組おくれるぞ。

はじめは様がして下さるが、

向上すると自分でせねばならん。

いつ迄もを使ってゐてはならんぞ。

理解は真から、

意志は善からであるが、

今迄はそれでよいと説いて来たが、

愈々イワトびらきとなったのであるから、

二(ツキ)の鍵わたすから、

よく心得よ。

今迄の教ではマボロシぞ。

力ないぞ。

まつり合せて意志と働き、

入れて理解出来るのであるぞ。

まつりまつりと申してあらう。

上のまつりぞ。

マボロシとは人間智慧のこと。

理屈のことぢゃ。

理屈とは悪の学のことぢゃ。

理でなければならぬ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第一帖 629 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 629 

学出すから、

我出すから行き詰るのぞ。

生れ赤児と申すのは学も我も出さん水晶のことぞ。

ねり直して澄んだ水晶結構。

親の心判ったら手伝ひせねばならん。

云はれんさきにするものぢゃと申してあらうが。

いつ迄も小便かけてゐてはならんぞ。

人間は罪の子でないぞ。

喜びの子ぞ。

の子ぞ。

の子なればこそ悔い改めねばならんぞ。

真なき愛の

悲しみの喜びからも生れることあるぞ。

それは罪の子と申すのであるぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二帖 630 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 630 

二の御用はフデうつすことぢゃ。

フデうつすとはフデを人間に、

世界にうつすことぞ。

フデを中心とした世界のはたらきせよ。

通した人間の仕事つかへまつれよ。

フデとした世界つくることぞ。

フデに囚はれるから判らん。

フデすてて、

仕事に示(フデ)生かして生活せよ。

生活がフデぢゃ。

判りたか。

早う次の御用急いで下されよ。

宗教に生きて、

宗教に囚はれるでないぞ。

仕事が宗教ぢゃ。

小さいことから始めよ。

小乗の行と馬鹿にするでないぞ。

小乗の行から大乗の真理を掴むのであるぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第三帖 631 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 631 

理屈で進んで行くと、

しまひには共喰から、

われとわれを喰ふことになるぞ。

様を真剣に求めれば、

様は人間様を真剣に導いて下さるぞ。

結構に導いて下さるぞ。

悪を意志して善を理解すること許さんぞ。

悪を意志して善を理解せんとするのが悪ぞ。

善を意志して悪を理解せんとするのも悪ぞ。

悪を意志して悪を理解する処に、

善としての悪の用(はたらき)うまれるのざ。

幽界も亦(また)のしろしめす一面のこと。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第四帖 632 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 632 

悪の総大将は奥にかくれて御座るのぞ。

一の大将と二の大将とが大喧嘩すると見せかけて、

世界をワヤにする仕組、

もう分通り出来てゐるのぢゃ。

【真の理解に入ると宗教に囚はれなくなるぞ。

形式に囚はれなくなるぞ】。

真の理解に入らねば、

真の善も、

真の信も、

真の悪も、

真の偽りも判らんのぢゃ。

今にイワトひらいてあきらかになったら、

宗教いらんぞ。

政治いらんぞ。

喜びの歌高らかにナルトの仕組、

二二(フジ)にうつるぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第五帖 633 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 633 

人間を幸福にするのは心の向け方一つであるぞ。

人間はいつも善と悪との中にゐるのであるから、

善のみと云ふこともなく悪のみと云ふこともない。

内がに居りて外が人に和し、

内が霊に居り外が体に和せば、

それでよいのぢゃ。

其処に喜び生れるのぢゃ。

から出た教なら、

他の教とも協力して共に進まねばならん。

教派や教義に囚はれるは邪の教。

豚に真珠となるなよ。

天国の意志は人間の喜びの中に入り、

幽界の意志は悲しみの中に入る。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第六帖 634 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 634 

いよいよ表の守護と相成ったぞ。

表の守護とは、

よいものもなく悪いものもなく、

只喜びのみの守護となることぢゃ。

悪いもの悪くなるのは表の守護でないぞ。

心得なされよ。

一つの魂を得ることは一つの世界を得ることぢゃ。

人間は一人でないぞ。

は善人の中にも悪人の中にも呼吸してゐるぞ。

悪なくては生きて行けん。

悪は悪でないぞ。

の悪が悪であるぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第七帖 635 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 635 

霊ばかりよくてもならん。

体ばかりよくてもならん。

もちつもたれつの世であるぞ。

判らんのは、

われが偉いと思ってゐるからぞ。

め覚めれば その日その時からよくなる仕組、

結構楽し楽しで どんな世でも過ごせるのが

【智の中に悪をとり入れるゆとりの出来んやうではマコト成就せんぞ。

智の中には総てを取入れて理解出来るやうに】なってゐるのであるぞ。

愛の中に悪入れてはならんぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第帖 636 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 636 

目さめたら起き上がるのぞ。

起き上がらずには居れまいが。

の命ずることは丁度そのやうに人間にうつるのぞ。

霊眼で見たり霊耳で聞いたりすることは間違ひ多いぞ。

心せよ。

ものに対しては人間そのものが霊であるぞ。

人間はこの世のと申してあらうが。

ものは人間の自由自在。

偶像は排すべし。

像は拝すべし。

悪に行く理(ミチ)はないぞ。

理は善のみに通じてゐるぞ。

理なきところ進むでないぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第帖 637 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 637 

愛からはなれた理解はないぞ。

善からはなれた真理はないぞ。

タネなくて芽は出ん理。

人間の智で判らんことは迷信ぢゃと申してゐるが、

界のことは界で呼吸(イキ)せねば判らんのぢゃ。

判らん人間ざから何と申してもを求めるより、

愈々になりたらないことぞ。

学に囚はれて まだめさめん気の毒がウヨウヨ。

気の毒ぢゃなあ。

人間は霊人のカタシロになるからこそ養はれてゐるのぢゃ。

成長して行くのぢゃ。

血は愛によって生き、

愛はヨロコビによって生きるのぢゃ。

ヨロコビなき所に愛はないのざぞ。

ないところ生命(イノチ)栄えんぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二帖 638 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 638 

まかせ切らねばマコトの安心立命ないぞ。

まかせ切るには、

まかせ切って安心出来るをつかまねばならん。

おかげ信心や病気治しのではまかせ切れまいがな。

早う合点結構ぞ。

大きな生命に通ずるものには死はないぞ。

通じなければ死あるぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二一帖 639 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 639 

身も心も嬉し嬉しなるのがまことのぢゃ。

ものの嬉しさだけではゼロぢゃ。

たまの嬉しさだけでもゼロぢゃ。

よく心得なされよ。

死後のみ説く宗教はゼロの宗教ぢゃ。

迷ふでないぞ。

この世で天国に住めんもの、

天国に行ける理ないのぢゃと申してあらう。

は人間の命、

人間はの容れものであると申してあらう。

人間の極まるところはであるぞ。

霊人は中間の存在ぞ。

人間はへの土台ぞ。

この理判るであらうが。

は三五七ぞ。

三の から三五の

三五七の

(一月二二日)


黒鉄の巻 第22帖 (640)

顔まで変ってゐるのに未だ気づかんのか。

病気に皆がなってゐるのに未だ気づかんのか。

何事も早い改心結構。

自分で自分の心の中は中々につかめんものであらうがな。

その中に又心あり、

又中に心があるのぢゃ。

心は神界ぞ。

霊界や神界のものを肉体の自分で掴まうとしても中々ぢゃ。

うなぎつかみと申してあらうが。

ヌラリクラリと掴んだ筈が掴んでないぞえ。

掴むには身と魂と一つに和せねばならん。

から愛と智とが生れると申してあらうが。

智と愛との和合によってが又生れるのぢゃ。

は喜びであるぞ。

の別のであるぞ。

そのから又別の愛と智が生れ、

又別のが喜びとなり、

その喜びの愛と智の喜びと結んで、

又喜びの生れるのぢゃ。

神は額から入って顔全体に至り、

全身に及ぶものであるぞ。

(一月二十二日)

使用さされた特殊文字 


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二三帖 641 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 641 

何事も体験結構。

今の人民の迷信と思ふものの中に正信あるぞ。

正信と思ふものの中に迷信多いぞ。

理解は正信。

の気通うたら、

その気を人間にうつす御役、

救ひの御役を結構につとめあげて呉れよ。

自分の自由にならんことは大き自分が自由にしてゐるのであるぞ。

となれば、

人となれば何事も心のまま。

とは

とは(カミヒト)のこと。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二四帖 642 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 642 

悪とはカゲのことであるぞ。

斜めに光を頂くから影出来るのぢゃ。

影は主人でないぞ。

絶対は何と申しても絶対ぞ。

相対からを求めると、

相対のが顕はれるぞ。

相対でに導くこと中々ぢゃ。

必ず後戻り、

判りはせんぞ。

この示、

肚に入ったらグレンと変りて来るぞ。

早う肚に入れて下されよ。

間に合はん。

天の声は内から聞こえて来る。

人間の言葉は外から聞こえて来る。

霊耳と申すのは内からぞ。

耳ふさいでも聞こえて来るのぢゃ。

悪霊自身は自身を悪と思うてないぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二五帖 643 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 643 

心は草にも木にも石にもあるぞ。

天にまたたく星にもあるぞ。

ただ薄いか厚いかの相違であるぞ。

の中のに悪は入れんのであるぞ。

外のの中に、

外の智の中に悪が入るのぢゃ。

人間の智の中には悪も善も入るぞ。

入るからこそ、

これは善ぢゃ、

これは悪ぢゃと判るのぢゃ。

人間の自由は其処にあるのぢゃ。

自由なければ発展ないぞ。

弥栄ないぞ。

霊を信ずる者は霊と語り、

肉を信ずる者は肉と語り得るのぢゃ。

人間そのものから湧き出づる喜びは無いぞ。

よく心得なされよ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二六帖 644 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 644

は理屈ではない。

理であるぞ。

生きた自由自在の、

見当とれん、

絶対であるぞ。

只求めるより他にないぞ。

親呼ぶ赤児の声でを求めよ。

に呼びかけよ。

総てを投げ出せよ。

まかせ切れよ。

は喜びの光となって、

そなたに現はれて来るぞ。

理屈の信仰に囚はれると邪

赤児心の理解は第一ぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二七帖 645 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 645 

は人間の想念の中に入ってゐるのぢゃ。

想念が一致するからの想念が人間に伝はるのぞ。

人間の言葉となって人間に現はれる。

言はであるが人間でもあるぞ。

自分が自分に語るのであるぞ。

この理、

よく心得なされよ。

時まちて起き出て下されよ。

恨みの霊は中々にとけんぞ。

思ひは能(ハタラ)き、

実在と申してあらうが、

間違ひでも恨まれると、

恨みがまとひつくぞ。

心してを求め、

心して幽界からのキ断ちて下されよ。

判ったと思うたら天狗ぞ。

かへりみるとよくなる仕組。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二帖 646 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 646 

喜びにとけ入るから嬉しいのぞ。

喜びから遠ざかるから悲しいのぞ。

そんなこと分ってゐると申してゐるが、

ほんとに身体に分ってゐまいぞ。

喜びに入る門は愛からぢゃ。

真からじゃ。

あるなれど愛から入るのが入り易いが、

愛からでは誤り易い。

生れてすぐ歩けるものでないぞ。

始めから何も彼も出来るものでない。

気長に進んで行けよ。

内の念と外の念とあるぞ。

二つであるぞ。

一つであるぞ。

三つであるぞ。

心大きく、

広く天地に放さねば、

天地のキを吸ふこと出来んぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第二帖 647 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 647 

運命は自由自在のものではあるが、

又強ひるものでもあるぞ。

大きくも、

小さくも、

薄くも、

厚くも、

その人の心次第に変るぞ。

もとは霊界にあるからぞ。

嬉し嬉しで運命を迎へる気、

結構ぞ。

この世のことだけで この世のこと動かんぞ。

霊界との関係によって、

この世が動いてゐる理判らねばならん。

早うの心に、

意さとれよ。

遠慮いらん。

何事も天から出て来るのぢゃ。

天からとは心からのことぢゃ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第三帖 648 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 648 

表ばかり見てゐるから判らんのぢゃ。

水晶の心なれば三千里先のこともありやか。

人民と云ふものは奇跡見ても、

病気になっても、

中々改心出来んものぢゃ。

死後の生活がハッキリ判っても、

未だ改心出来んのぢゃ。

それは外からのものであるからぢゃ。

まことの改心は、

中の中ののキいただいて、

ほっこんの改心出来ねばならん。

死後の生活知らすことはよいなれど、

それのみによって改心せよと迫るのは悪のやり方。

奇跡を見せ、

病気を直してやるのもよいのぢゃが、

それのみによって改心を迫ってはならん。

それのみでを説いてはならんぞ。

そんなこと位でマコトのホッコンの改心が出来るならば、

人間は遠の昔に改心して御座るぞ。

今迄のやうな宗教は亡びると申してあらうが。

亡びる宗教に致して下さるなよ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二六巻 黒鉄の巻 第三一帖 649 

昭和二五年一月二二日、

二月五日(1950年) 649 

中の自分と外の自分と和せよ。

それが改心の第一歩。

聞かせてきくならば、

実地はカタのカタ位ですむなれど。

慾入ると邪気湧く、

邪気湧くと邪霊集まるぞ。

肉体人には直接分らんものぞ。

は能(ハタラ)き、

の働きの影しか判らんものぞ。

の姿、

見たと申すのは、

の姿の影を自分の心に描き出したまでであるぞ。

心に判っても肉体に判るものでないぞ。

肉を魂とせよ。

魂を魂の魂と向上させよ。

ひらけ来るぞ。

何事もとがむでないぞ。

とがむ心、

天狗ぞ。

の前にへり下り、

へり下っても尚過ぎると云ふことないのぢゃ。

人間は、

色とりどりそれぞれの考へ方を自由に与へてあるのざから、

無理に引張ったり、

教へたりするでないぞ。

今あるもの、

今生きてゐるものは、

たとへ極悪ざと見えても、

それは許されてゐるのであるから、

あるのであるぞ。

他を排すでないぞ。

(一月二二日)


ひふみ神示 第二七巻 春の巻 第二一帖 678 

昭和二七年二月三日、

旧一月日(1952年) 678 

太一二(オーヒツキ)大としてのこのは一柱であるが、

働きはいくらでもあるぞ。

その働きの名がもろもろの様の名ぢゃ。

無限であるぞ。

このほう一柱であるが無限柱ぞ。

総てがであるぞ。

ぢゃ。

ぢゃ。

(ハンシン)ぢゃ。

総てがぢゃ。

喜びぢゃ。

始めから全体を掴もうとしても、

それは無理と申すもの。

手でも足でもよい、

何処でもよいから掴める所からつかんで御座れよ。

だんだん判ってくるぞ。

全体をつかむには全体と同じにならねばならん。

その人民々々のつかめるところから掴んで参れよ。

このほう抱き参らせてやるぞ。

マツリから出直せよ。

天地見よ。

大きマツリ致して居らうがな。

霊と肉のまつり第一。

頭とハラのまつり結構。

二二のマツリ、

出船の港ぢゃ。

奥から来るものは喜びぢゃ。

念ぢゃ。

力のもとぢゃ。

生きの生命ぢゃ。

様にはハラを向けなさい。


ひふみ神示 第二七巻 春の巻 第二五帖 682 

昭和二七年二月一日、

旧一月六日(1952年) 682 

局部的に見るから判らんのぢゃ。

文字書くのは心であるが、

心は見えん、

手が見へるのぢゃ。

手見るはまだよい方ぢゃ。

筆の先だけしか見えん。

筆が文字書いていると申すのが、

今の人民の考へ方ぢゃ。

筆が一番偉いと思ふて御座るのぢゃ。

信仰に入った始はよいが、

途中から判らなくなるのぢゃ。

そこが大切ぞ。

判らなくなったら示(フデ)よめよ。

キ頂いてよみかへるぞ。

出足の港は二二の理(ミチ)からぢゃと申してあろう。

【真理】と申してあろう。

これが乱れると世が乱れるぞ。

界の乱れイロからぢゃと申してあろう。

男女の 正されん限り、

世界はちっともよくはならんぞ。

今の世のさま見て、

早う改心

結構いたしくれよ。

和は力ぞ。


ひふみ神示 第二七巻 春の巻 第四五帖 702 

昭和二七年二月二日、

旧一月七日(1952年) 702 

一時は人民なくなるところまで行くと申してあらうが。

人民なくしても人民なくならん。

洗濯して掃除して、

新しき 早う進めよ。

おそくなる程 六ヶ敷く苦しくなるぞ。

近目で見るから判らん。

日本の、

世界あけたり。

あな爽々(スガスガ)し、

日本晴れぞ。

二二(フジ)は晴れたりとは、

真理の世に出づことぞ。

天のこと地にうつすときは、

地の力出るように、

地の息吹き通ふように、

弥栄するように、

念を地の力と現はれるように、

正しくうつして下されよ。

邪気入ってはならん。


ひふみ神示 第二巻 夏の巻 第二五帖 741 

昭和二七年三月日、

旧二月三日(1952年) 741 

二のように知らすぞ。

の仕組、

間違ひなし。

どしどしと運べよ。

三月日、

ひつく


ひふみ神示 第二巻 秋の巻 第三帖 744 

昭和二七年四月一日、

旧三月七日(1952年) 744 

霊界での現れは同じであっても、

現実界に現れる時は違ふことあるぞ。

それはモノが異なるからぞ。

二二はもとのキぞ。

ナルトとはその現れのはたらき。


ひふみ神示 補巻 月光の巻 第五六帖 843 

昭和三四年三月三日、

旧一月二四日(1959年) 843

そなたは何時もあれもよいらしい、

これもよいようだと迷って、

迷ひの世界をうみ出し、

自分で自分を苦しめて、

気の毒よなあ。

これと一応信じたらまかせきれよ。

梶をはなして鳴門の渦の中にまかせきれよ。

まかせきるとひらけてくるのぢゃ。

悟れたようでゐて、

そなたが悟り切れんのはまかせきらんからぞ。

そなたはいつも孤独、

そなたの不運は孤独からぢゃ。

友をつくりなさい、

友つくることは己をつくることと申してあろうが。

友つくることは新しき世界をつくることぞ。

一人の世界は知れたものぞ。

一人ではマコトのを生きては行かれんぞ。

友と申しても人間ばかりではないぞ。

山も友、

川も友、

動物も植物も皆友ぞ。

大地も大空も皆友となるぞ。

何も彼も皆友ぢゃ、

皆己ぢゃ。

皆々己となれば己はなくなるぞ。

己なくなれば永遠に生命する無限の己となるのぢゃ。

前で拝むばかりでは狭いぞ。

野菜拝めば野菜が、

魚拝めば魚が己となるのぢゃ。

拝むことは和すこと。

和すことが友つくる秘訣ぞ。

友を己とすることは、

己を友とすることぢゃ。

友にささげることぢゃ。

親は子にささげるからこそ、

子が親となるのぢゃ。

判りたか。

赤ん坊のお尻をふいてやることもあるであろうがな。

そなたが赤ん坊と同じであったら出来ない芸当ぞ。

お尻を出すものがあっても、

決して怒ってはならん。

子のお尻と思って きれいにふいてやれよと申してあろうが。

お尻を持ち込まれるのは、

持ち込まれるだけのわけがあるからぞ。

利子は後から支払えばよいと、

そなたは思ってゐるが、

先に支払ふこともあるのであるぞ。

先にお尻をふかねばならんことも、

世が迫ってくると出てくるのぢゃ。

その代り、

後ではがそなたのお尻をきれいにふいて下さるぞ。

ぶつぶつ申さずに勇んでやって下されよ。

そなたは他にものを与えることに心せねばならんぞ。

与えることは頂くことになるのであるから、

与えさしてもらう感謝の心がなければならんぞ。

強く押すと強く、

弱く押すと弱くはねかえってくること、

よく知って居ろうがな。

自分のものと云ふものは何一つないこと、

よく判って居る筈ぢゃ。


五十黙示録 第三巻 星座の巻 第二帖 36 

昭和三十六年五月十日、

旧三月二十日(1961年)

(ひふみ神示 第三十三巻 885)

ナルの仕組は【成】(七)の経綸であるぞ、

になる仕組、

岩戸(言答)ひらく仕組、

今迄は中々に判らなんだのであるが、

時節が来て、

岩戸がひらけて来たから、

見当つくであろう、

富士二二

普字)と鳴門(ナルト)(七

成答)の仕組、

結構致しくれよ。


五十黙示録 第三巻 星座の巻  第十一帖 45 

昭和三十六年五月十日、

旧三月二十六日(1961年)

(ひふみ神示 第三十三巻 894)

自由も共産も共倒れ、

岩戸がひらけたのであるから元の元の元のキのでなくては、

タマ(玉)のでなくては立ちては行かん、

動かん二二普字富士)の仕組、

ひらけて渦巻く鳴門(ナルト)(七成答)ぢゃ。

新しき人民の住むところ、

霊界と現界の両面をもつ所、

この岩戸ひらきて二度とない(光透)でひらく仕組。


五十黙示録 第三巻 星座の巻  第十五帖 49 

昭和三十六年五月十日、

旧三月二十六日(1961年)

(ひふみ神示 第三十三巻 898)

十二人が一人欠けて十一人となるぞ、

その守護を加へて二二柱、

二が富士ぢゃ、

真理ぢゃ、

又三であるぞ、

今迄は四本指本指で物事をはかって誤りなかったのであるが、

岩戸が明けたから親指が現れて五本本となったのぢゃ、

このことよくわきまへよ。


五十黙示録 第三巻 星座の巻 第二三帖 57 

昭和三十六年五月十日、

旧三月二十六日(1961年)

(ひふみ神示 第三十三巻 906)

二二の二の五つの今あけて、

よろづゐんねん出づる時来ぬ。

天の理が地に現はれる時が岩戸あけぞ、

日本の国が甘露台ぢゃ。


五十黙示録 第六巻 至恩の巻 第二帖 100

昭和三十六年九月一日、

旧七月二十二日(1961年)

(ひふみ神示 第三十六巻) 949

フトマニとは大宇宙の法則であり秩序であるぞ、

示では012345678910と示し、

その裏に109876543210があるぞ、

(マコト)の誠であるぞ、

合せて二二、

富士普字

不二)(フジ)であるぞ。

示の始めに示してあろう。

二二富士)は晴れたり日本晴れぞ。


五十黙示録 第六巻 至恩の巻 第十五帖 113 

昭和三十六年九月一日、

旧七月二十二日(1961年)

(ひふみ神示 第三十六巻) 962

の申すことは一分一厘違はんのであるぞ、

今度言ふことを聞かねば大変な気の毒となるぞ、

地(智)の下になって了ふのであるぞ、

12345678の世界が12345678910の世となりて、

012345678910の世となるのぢゃ、

012345678910が【マコト】と申してあろうがな。

裏表で二二ぢゃ、

二二の五ぢゃ、

二二(ふじ)は晴れたり日本晴れぞ、

判りたか。


五十黙示録  第六巻 至恩の巻 第十六帖 114 

昭和三十六年九月一日、

旧七月二十二日(1961年)

(ひふみ神示 第三十 963)

太陽はの星を従へるぞ、

原子も同様であるぞ。

物質が変るのであるぞ、

人民の学問や智では判らん事であるから早う改心第一ぞ、

二二と申すのは天照大殿の種(とくさ)の宝に(テン)を入れることであるぞ、

これが一厘の仕組。

二二となるであろう、

これが富士の仕組、

七からから鳴り鳴りてとなる仕組、

なりなりあまるナルトの仕組。

富士(不二)と鳴門(ナルト)成答)の仕組いよいよぞ、

これが判りたならば、

どんな人民も腰をぬかすぞ。

一方的に一でものを生むこと出来るのであるが、

それでは終りは完う出来ん、

厘で【リンドマリ】ぞ、

も仏教もキリスト教もそうであろうがな、

卍(ぶつ)も(キリスト)もすっかり助けると申してあろうがな、

助かるには助かるだけの用意が必要ぞ。

用意はよいか。

このこと大切ごと、

気つけおくぞ。

なりなりなりてとひらき、

二となるぞ、

富士普字)晴れるぞ、

大真理世に出るぞ、

新しき太陽が生れるのであるぞ。


五十黙示録 第七巻 五葉の巻 第二帖 116

昭和三十六年九月一日、

旧七月二十二日(1961年)

(ひふみ神示 第三十七巻) 965

霊界に方位はない、

人民は東西南北と申してゐるなれど、

今に東の東が現れてくるぞ。

霊界では光のさす方が北ぢゃ、

その他の東西南北は皆南ぢゃ、

北が元ぢゃ、

北(基田)よくなるぞと申してあろうがな。

鳴門(ナルト)の渦巻を渡る時はカヂをはなして、

手放しで流れに任せると渡れるのであるぞ、

カヂをとると同じ処をグルグルぢゃ。

カヂをはなせる人民少ないのう。

何んでも彼んでもカヂをとって自分の思ふ通りに舟を進めようとするから大変が起るのぢゃ、

渦にまかせる時はまかさなければならんぞ、

ナルトの仕組の一面であるぞ、

大切ごとぞ。


五十黙示録 補巻 紫金の巻 第三帖 133

昭和三十六年(1961年) 982 

伊豆幣帛(いづぬさ)を 都幣帛(とぬさ)に結び 岩戸ひらきてし。

ウヨウヨしてゐる霊かかりにまだ、

だまされて御座る人民多いのう、

何と申したら判るのであるか、

奇跡を求めたり、

われよしのおかげを求めたり、

下級な動物のイレモノとなってゐるから、

囚われてゐるから、

だまされるのぢゃ、

霊媒の行ひをよく見ればすぐ判るでないか。

早うめさめよ、

因縁とは申しながら、

かあいそうなからくどう申して聞かせてゐるのであるぞ、

マコトのにかへれよ、

マコトとは一二三四五六七と申してあろう、

そのうらは七六五四三二一で、

合せて二二であるぞ、

二二が真理と知らしてあろう、

二二富士(不二、 普字)と申してあろうが、

まだ判らんか。


五十黙示録 補巻 紫金の巻  第八帖 138 

昭和三十六年(1961年) 987 

千引岩 今ぞあけたり 爽し富士はも。

は宇宙をつくり給はずと申して聞かせてあろうが、

このことよく考へて、

よく理解して下されよ、

大切なわかれで御座るぞ。

福はらひも併せて行はねばならん理。

光は中からぢゃ、

岩戸は中からひらかれるのぢゃ、

ウシトラがひらかれてウシトラコンジンがお出ましぞ、

もう【よこしま】のものの住む一寸の土地もなくなったのぞ。



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