扶桑の巻 第01帖 (001) ・第02帖 (002)・第03帖 (003)・ 第04帖 (004)・第05帖 (005)・第06帖 (006)
|
|---|
ロックです。 “月光の巻”から“扶桑の巻”に移りましたが、いきなり難しくなります。 難しいということは何か詰まってるかなという期待を込めて頑張りますーー。 扶桑という言葉を辞書で捜してみました。 こんな意味があるようです。 日本の異名なので、伊勢黙示録の富士の巻のような意味合いを持つのでしょうか。 中国から東方といえば日本海に当てはまりますね。 そこに宝でもあるのかも。 太陽という意味合いもあるというのは、気になる所です。
|
ロックです。 やっとこさ仕事が終わりますた(^^) 一に一を足しても二にはならんをずっと考えてました。 烏合の衆では、間に合わないということ、または現実界にのみ意識を向けて頑張っていても「二」にはならないということ? または、貨幣経済なども、現実界にのみ通用することで、その世界観を押し付けても、「二」にはならない? 数で押すという考えとか、そんなのでは駄目なのだということかな(・・?
神界、霊界、現実界しいては立体、複立体につながる霊線を繋ぎ、自身が苦労(ひふみ曰くの楽な苦労?)と努力を重ねることで、その世界の存在を理解し、その理解したことを実践して、世界に反映させる?。 と考えましたが、まだまだこの辺くらいまでしか言葉に出来ません(==;;;; 霊線を繋ぐ行為を通じて、想念で持って、その世界の実体化を目指す? その世界(霊界や神界)は実際にあるけども、 現実界の存在が、想念でその世界を作り出さない限り、現実界にとっては無いに等しくなる? あああわかりません。 おやすみなさい、、、
|
jula です。 部分的ですが 「こんな感じなのでは?」 と思いました。
一個と一個を足すと二個にはなります。 しかし、一という要素と一という要素を持ってきても、その現れ、意味するもの、構成因子が同じであるため、 足し合わせてみても二という新しい構成因子は生まれません。 生まれ育ちが同じ日本人同士で会話してみても、日本的な考え方慣習でしか話はできません。 そこから中国人や西欧人のような考え方、慣習は導き出すことはできません。 砂糖と砂糖を足しても砂糖にしかなりません。 水と水を足しても水にしかなりません。 同じものをもってきたところで、(別のものに)成る、生まれることはありません。
同じ構成要素である肉体、物理優先の現界のみで立替、建て直しをしてみようとしたところで出来るわけがありません。
戒律とは戒め(いましめ)、律する(りっする)ということです。 あれはしてはいけない、これはしてはいけないと制限し、戒めを与え律することで新たなものを生む余地を奪い去っていきます。 良い事、悪い事と分類すること、道徳などを作ること、そういったもので区分して律し、戒める、そんな法律がなければ 世の中は治まらないと思うでしょうけれど、そんなもので治めている世の中は下の下の世界なのです。 現界に作られた現代の人民にはどうしても必要となってしまっています。 (サタンに作られ、淘汰され、作り変えられているから?) しかし、いつまでも法律、戒律という名の支配の首輪は不要となります。 (サタンが、自らの支配、コントロールのために作り変え利用しているような)戒め律する宗教は滅びると言っているでしょ?
|
トッチです。 ロックさん、お疲れ様です。 こんな感じの考え方はどうでしょう? 一番身近な神示の解読作業で例えてみます。 一とか二は、正数と捉えてしまうとこの世の平面的な見方となってしまいます。 正数ではなく一は「陰とか裏」、二は「陽とか表」、三は「進化・弥栄」といった風に見るのではないかと思います。 そこで、一をトッチ。 二をロックさんとして考えてみます。 神示の解読に当たって、一であるトッチが、トッチばかり何人いてもトッチ的考察であり、トッチの経験や感性の枠組みの域から出る事はありません。 二であるロックさんもしかり。 しかし、トッチとロックさんの性質がブレンドされると(一+二)としての新しい見解が生まれます。 生まれた内容を更に掘り下げるjulaさんのご意見が出て、一歩進んだ解釈となります。 これを三とします。 その三を千成さんがサイトで紹介し、多くの方が見て下さり、何かを感じたとします。 これが四,五であり弥栄となっていきます。 つまり、私ばかり集まっても進化は無く、ロックさんばかりでも進化は無い。 julaさんばかりでも同じです。 お互い祀り合わせる事が進化弥栄の第一条件という事になります。 これも平面的な捉え方の域を出ていないのでしょうけど、このように考えると神示の解読も皆さんあっての事だな〜と、実感できますね。
|
ロックです。 02帖の解釈は、太陽さん、トッチさんやjulaさんの解釈に譲りたいと思います(^^;;; 絞って一つだけでも。。。
この辺りは、神サタンの作ったこの世界を一つの宗教と見ているような感じがしました。 この戒律がある現代社会の中で、神サタンの元で養殖された人類は先へ進むために学び取らなくてはいけないことが人類にはあるようです。 階段を一段一段上るように、宗教観に満ちた社会という畑の中で、三千世界の標準とも言うべき、「真理・真実」を掘り起こし、調理(分別して?)し、よく咀嚼して、身につけるという必要があるのかとも取りました。 畑から取れる作物を例えにして考えてみました。 宗教観に満ちた土壌の中でも、ミロクという環境というか肥料というか、栄養分が、寒冷地で育つトマトのように、臣民を逞しくするのかも。
|
判らんものいくら集めても判らん道理、 二は二、 三は三であるぞ、 一を二つ集めても二にはならんぞ、 人民 大変な取違いを致して居るぞと申してあろうがな、
結びぢゃ弥栄ぢゃ、 よく心得なされよ。
|
トッチさんの解釈を参考にしてみると、
宗教観に満ちた世界 そうした中で、臍とも云うべき、真相や真理について、それぞれ違う個人が考察し合わせる事で新しい内容を生み出し、その繰り返しが永遠に繁栄する基礎を生み出していくということ?と考えてみました。 「ミロクが提示する、真相」 のような 「考察するきっかけ」 のようなものが無ければ、サタンの作り上げた弱肉強食のリングの中で、グルグル周る状況の人類は、その洗脳から抜け出す手段がないようにも思います。 諸世紀曰くの、 「太陽が救世主の法を持っている」 という予言にも関係する話でないかとも思いました。 あああ、難しい、、、 平面から立体への道は険しそうです(==;;;;
|
昭和三十六年五月五日、 旧三月二十一日(1961年)(ひふみ神示 第三十一巻)(851) なかとみの ふとのりとこと ふとにのりあぐ。 一はいくら集めても一であるぞ、 判らんものいくら集めても判らん道理、 二は二、 三は三であるぞ、 一を二つ集めても二にはならんぞ、 人民 大変な取違いを致して居るぞと申してあろうがな、
結びぢゃ弥栄ぢゃ、 よく心得なされよ。
世の元、 その時は、それはそれはでありたぞ、
火と水(一と三)のドロドロ(十
その中に五色五頭の竜神(
今の人民は竜神( マコトのことを知らせねばならん時ざから、 ことわけて申してゐるのぞ。
竜神( 五色の竜神とは国常立尊の御現われの一(ヒトツ)であるぞ。 戒律をつくってはならん、 戒律がなくてはグニャグニャになると思ふであろうなれども、 戒律は下の下の世界、 今の人民には必要なれど、いつまでも、そんな首輪はいらんぞ、 戒律する宗教は亡びると申してあろうがな。
![]()
使用された特殊文字
|
中富の太祝詞を声上げて祝詞を申し上げます。 一は いくら集めても一です。 例えば、判らない者をいくら集めても判らないのです。 このことは 道理です。 二は 二、三は 三です。 一を二つ集めても二にはなりません。 人民は 大変な取違いをしています。
結びですし、永久の繁栄となるのですから、よく心得なさい。
世の元、世の始めから一と現われるまでは その時は、それはそれは大変なことでした。
火と水(一と三)のドロドロ(十
その中に五色五頭の竜神(
今の人民は、竜神(
竜神( 五色の竜神とは 国常立尊の現われの一(ヒトツ)です。 戒律を作ってはなりません。 戒律がなくては グニャグニャになると思っているかもしれませんが、戒律は、下の下の世界を作るのです。 今の人民には 必要ですが、いつまでも、そんな首輪は 不必要です。 戒律する宗教は 亡びるのですから。
![]()
なかとみの ふとのりとこと ふとにのりあぐ。 一はいくら集めても一です、 判らない者いくら集めても判らない道理、 二は二、三は三です、 一を二つ集めても二にはなりません、 人民 大変な取違いを致して居るぞと伝えてあります、
結びです弥栄です、 よく心得てください。
世の元、世の始めから一と現われるまでは その時は、それはそれはでした、
火と水(一と三)のドロドロ(十
その中に五色五頭の竜神(
今の人民は、竜神(
竜神( 五色の竜神とは国常立尊の御現われの一(ヒトツ)であるぞ。 戒律をつくってはならん、 戒律がなくてはグニャグニャになると思ふであろうなれども、戒律は下の下の世界、 今の人民には必要なれど、いつまでも、そんな首輪はいりません、 戒律する宗教は亡びると伝えてあります。
|
五色の竜神とはいかなる存在でしょうか。 覚醒した太陽のことでしょうか。 『 戒律する宗教は亡びると申してあろうがな 』 よく考えましたら、この社会全体が宗教のように何か注目するようなことをしなければいけなくなっていますね。 自分には、こうした物のはびこるアメリカ文明そのものが滅びると伝えていると解釈しました。 ここも太陽に解読をお願いしたいものです。
|
高天原に 千木高しりて 仕へまつらむ。 岩戸(言答)のひらけた、その当座は、 不合理に思へることばかりでてくるぞ、 逆様の世界が、この世界に入り交じるからであるぞ、 親よりも子の方が早く目さめるぞ、 子が親となるぞ、 さかさまの世界と申しても悪の世界ではないぞ、 霊の世界には想念のままにどんなことでも出来るのであるぞ、 うれしい、こわい世界が近づいて来ているのであるぞ。
|
高天原に 千木高しりて 仕へまつらむ。 岩戸(言答)の開いた、その当座は、不合理に思えることばかりが出てくるのです(目覚めた際の初期症状?)。 逆様の世界(世界観?)が、この世界に入り交じるからなのです。 親よりも子の方が早く目が覚めます。 子が親となるのです。 逆様の世界といっても悪の世界ではありませんよ。 霊の世界には想念のままにどんなことも出来るのです。 嬉しい、恐い世界が近づいてくるのです。
自分の中で岩戸が開いた当座に不合理に思える事ばかりが出てくるのは、しょうがないのかも。 その時点から、自分の中の悪を抱き参らせる作業は始まるのでしょうし、いろいろと葛藤することも出てきます。 千木を辞書で探してみました。 何気に太陽さんのお名前の氷治と連動してそうですが。 太陽さんは神社の神主の家系ですから、暗示的かも。 破風板のような役目はミロク、千木とは装飾材とのことですから、ミロクの治まった太陽さんのことかも知れませんね。 装飾材は飾りとして、見せる意味合いもありますので、天使に磨き鍛え上げられた太陽さんと表現するとしたら絶妙かなとも思いました。 同時に目指すべき臣民の姿を現しているのだろうとも思います。
嬉しい、恐い世界が近づいてくるのです。 この辺りは、終りの時が来ると思えば、恐いことになるのでしょうし、恐い事が降りかかるのかもしれませんし、反対に嬉しい時が来ると考えれば、嬉しい事が降りかかるのかもしれませんが、都市攻撃もノアの大洪水もスケールが違いますので、 嬉しいような恐いようなという表現になるのがスムーズかも。
|
神社本殿の屋根で、両妻の破風板が屋根の上に突き出て交差した装飾材。 本来は垂木(たるき)の端が棟より長く突き出たもの。 のちには破風から離されて棟の上に置かれるようになった。 氷木(ひぎ)。 つか・える つかへる 3 0 【仕える】 (動ア下一)[文]ハ下二 つか・ふ (1)目上の人などのそばにいて奉仕する。 「神に―・える」「国王に―・える」「父母に―・える」 (2)公的な機関に勤めて、その仕事に従事する。 仕官する。 「公に―・ふる人ともなくて籠り侍れば/源氏(行幸)」
|
|
国語力がないのでなんですが、こんな感じでしょうか。 これだと、その下に記載されている神示の内容がミロクの手伝いをしている臣民に対して話している内容にも読めます。
|
高天原に千木を高くして仕へまつります。 岩戸(言答)の開けた、その当座は 不合理に思えることばかりが出てきます。 逆様の世界が、この世界に入り交じるからです。 親よりも子の方が早く目醒めます。 子が親となるのです。 (素直な目でみている子供の方が、起きた現実を素早く理解して、親に新しい時代を教えるようになるのです。) 逆さまの世界と云っても悪の世界では ありません。 霊の世界には 想念のままにどんなことでも出来るのです。 嬉しい様な、怖い様な世界が近づいて来ているのです。
高天原に千木高しりて仕へまつらむ。 岩戸(言答)の開けた、 その当座は、不合理に思えることばかりでて来ます、 逆様の世界が、この世界に入り交じるからです、 親よりも子の方が早く目がさめます、 子が親となるぞ、 さかさまの世界と申しても悪の世界ではないぞ、 霊の世界には想念のままにどんなことでも出来るのです、 うれしい、こわい世界が近づいて来ているのです。
|
この世の常識にがんじがらめになっている大人よりも、子供の方が天使のテレパシーを受けて目が覚めるということでしょうか。 ニュアンス的には霊的な世界の解放が顕著に現れて来るのかもしれませんね。
|
ツミケガレ 今はあらじと はらえ給ひそ。 空白とは九八九であるぞ、 八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことぢゃ、 空白とは最も根本を為す最も力あることであるぞ。
|
罪穢れ、今はあるかも知れませんので祓いました。 空白とは九八九なのです。 八と九、九と八の境を開く事が岩戸を開くことなのです。 空白とは最も根本を為す最も力のあることなのです。
つまり、空白とはこの神サタンの支配によるこの時代のことでしょうか(・・?。 囚人に一番きつい作業は、穴を掘らせて、穴が出来たら、また埋める、 この作業を延々繰り返すことだと聞いた事があります。 地球劇場を繰り返すことを余儀なくされている月人はそういう状態なのかも。
空白とは最も根本を為す最も力あることです。 (何も無いことが、存在するということ、その空白・何も無いという認識・存在がないと、存在そのものが存在できないのです。 ですから、空白であるという理解・認識・存在が、この宇宙の存在する根本的な理由となります。) 何もないということが存在しているということ、本人に気付かれないようにソフトに誘導することも、 空白が故に? 本人の意思を尊重せずに、憑依して強引に持っていくのは、空白でない? 本来は力を持たないこと? 神サタンは、太古に空白に挑戦した? どこかで曲がってそうなったのか、あえて空白に挑戦したのか気になるところです。
|
罪穢れ、今はあるかも知れませんので祓いました。 空白とは 九八九です。 (ナルト十の神の世界になる為の八と九の時代で、ミロクの世でもなく、神の時代でもない、何も無い時代の事です) 八と九、九と八の境を開くが、岩戸を開くことです。 空白とは 最も根本を為す最も力あることです。 (何も無いことが、存在するということ、その空白・何も無いという認識・存在がないと、存在そのものが存在できないのです。 ですから、空白であるという理解・認識・存在が、この宇宙の存在する根本的な理由となります。)
ツミケガレ今はあらじとはらえ給ひそ。 空白とは九八九です、 八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことになるのです、 空白とは最も根本を為す最も力あることです。
|
太陽にお願いしたい内容です。
|
八塩路の 塩の八百会母 いますくに。 天の声あるぞ、地の声あるぞ、 和して十の日月地と現はれるぞ。 五十人の仁人が出て来るぞ、 仁人とは神人(カミヒト)のこと、 この仁人が救世主であるぞ、 救世主は一人でないぞ。 各々の民族に現はれて五十人であるなれど、 五十と言ふ数に囚われるなよ、 五十人で一人であるぞ、 数に囚われると、判らんことになり、 岩戸しめとなるから気つけおくぞ。
|
八塩路の 塩の八百会母が 居る国。(この内容はよく判りません。) 天の声があります。 地の声があります。(異常気象などの現象で岩戸開きを知らせる声があります) それらを天罰とせずに受け入れた時?十の日月の神が地に現われます。 五十人の仁人が出てくるのです。 仁人とは神人のことで、この仁人が救世主なのです。 救世主は一人でないのです。 各々の民族に現われて五十人ですが、五十人という数に囚われないで下さい。 五十人で一人なのです。 数に囚われると判らないことになり、岩戸閉めとなるので気をつけておきなさい。
たくさんの民族に現われる表現かと思います。 目覚めてミロクの意図を知らせることも救世主のような動きになるかもしれませんし、 目覚めた子が親にその時、知らせてあげることも救世主としての働きかもしれません。 ひふみの説明する神懸りとは、農民が鍬を使っているが使っていないと錯覚する位の状態のようですので、 都市攻撃のよって人類がその行く末を理解したときには、 生き残った縁ある方々と接触し、えらぶるわけでなく、 淡々と心の状態を死なずにいうなれば希望を持たせて、改心を促し、 携挙まで導くのかな?とも思いました。
|
八塩路の塩の八百会母が居る国。 岩戸開きが始まると、 異常気象・宇宙での異常(太陽系)などの印的な天の声があります。 地震・噴火・氷河の溶解などの地の声があります。 これらの現象が相乗して和して、ナルト十神の世の日月となって地に現われます。 五十人の仁人が出て来ます。 仁人とは 神人(カミヒト)のことです。 この五十人の仁人が救世主です。 救世主は 一人ではないのです。 各々の民族に現われて、合計すると五十人となるのです。 ですが、五十人と言う人数に囚われてはいけません。 五十人で一人であるのです。 (一つの霊から分霊して50の神人となつているだけですから、本来は 一つなのです。 忍術の分身の術とでもいいましょうか・・・・ 50の分身に誑かされないようにしないでください。 一つ一つに捕らわれると、本体が判らなくなります。) 数に囚われると、判らないことになります。 岩戸閉めとなるから注意しておきます。
天の声があります、 地の声があります、 和して十の日月地と現はれます。 五十人の仁人が出て来ます、 仁人とは神人(カミヒト)のこと、この仁人が救世主です、 救世主は一人でないぞ。 各々の民族に現はれて五十人であるなれど、五十と言ふ数に囚われるなよ、 五十人で一人であるぞ、 数に囚われると、判らんことになり、岩戸しめとなるから気つけおくぞ。
|
救世主は一人でない、、、 ななかまどの概要はわかりませんが、この作動によって各国の誰かが動き出すということでしょうか。 太陽の事が出てきます。 仁人ひふみの神の子が中に入っている人のことですね。 文字から見るに仁義に厚そうですね。 補足を太陽にお願いしたいです。
|
はらひため 千城百国 精治万歳。 三年と半年、 半年と三年であるぞ、 その間はクラヤミ時代、 火をともしてもくらいのであるぞ、 あかるい人民にはヤミでも明るい、 日は三日と半日、 半日と三日、 次に五年と五年ぢゃ、 五日と五日ぢゃ、 このこと間違へるでないぞ。 手足の爪まで抜きとられ、 あるにあられん、むごいことにされて追ひやられたのであるが、 マコトはマコトぢゃ、 時めぐりきて、我(が)がとれたので、光がさしそめたのぢゃ、 岩戸がひらけたのぢゃ。 神が苦しむ時は人民が苦しみ、 人民苦しむ時は神も苦しむのぞ。 世界中の苦しみ、地上の苦しみ、天上の苦しみぞ、 この大峠を越してから大いなるタメシがあるぞ、 人の心のむつかしさ計り知れん程であるなれど、見て御座れ、 見事なこと致して見せるぞ。
|
祓いため 千城百国 精治万歳。(事象の終了した後の情景を見ながらの神示?) 建て壊しに三年と半年、 建て直し半年と三年かかるのです、 その間は暗闇の時代、 火をともしても暗いのです。、 明るい人民には闇でも明るい、 日は三日と半日、 半日と三日、 次に五年と五年です、 五日と五日です、 このこと間違えないように。 手足の爪まで抜きとられ、あられもなく、むごいことにされて追いやられたのですが、 真は真なのです、 時がめぐりきて、我(が)が取れたので、光が射し染めたのです、 岩戸が開けたのです。 神が苦しむ時は人民が苦しみ、 人民苦しむ時は神も苦しむのです。 世界中の苦しみ、地上の苦しみ、天上の苦しみなのです、 この大峠を越してから大いなる試しがあるのです、 人の心の難しさは計り知れない程ですが、見ていなさい、 見事なことをして見せるぞ。
日は、三日と半日、半日と三日、ですから、二日で七日という風にも読めますし、逆に七日で一日と計算することも出来そうです。 次に、五年と五年、五日と五日ときます。 単純に年だけ取ると、どこかの基点になる年から7年かけて建て壊しと建て直しがあり、そこから五年と五年を数えると10年かかります。 17年の年月と聞くと、ひふみ神示が降りた期間(昭和19年から昭和36年)でもあります。 ちなみに、97年の世紀末研究報告のインターネットへの掲載をスタートにしますと、17年後は、2014年になります。 偶然ながら、ひふみの解読のページに掲載されているカレンダーの期日は1998年から2014年までなのは何故でしょうね。 単純に年数を数えただけなので、論拠としては弱いかもしれませんが、その付近には色んなビジョンが重なります。 しかし、断りが入っています。 このこと間違えないようにと。レイ(○)が元の霊界から見た時間の計算に関係する?。
時がめぐりきて、我(が)が取れたので、光が射し染めたのです、 岩戸が開けたのです。 神が苦しむ時は人民が苦しみ、人民苦しむ時は神も苦しむのです。 何の例えでしょう(・・?ミロクの記憶が封印された状態を三千世界標準から見た様子では、手足の爪まで抜き取られという表現になるのでしょうか。 太陽さんに変化があったことを示す内容でしょうか。 人民の我が取れることと解釈すると、手足の爪まで抜き取られとみんな抜かれてしまうようになってしまいます(:: この大峠を越してから大いなる試しがあるのです、人の心の難しさは計り知れない程ですが、見ていなさい、見事なことをして見せるぞ。
この大峠とは都市攻撃とノアの大洪水だと思いますが、大いなる試しが気になります。 亡くなる時の心の状態如何で、蘇生コースが待っているとか?諸世紀では一応、アンドロイドが救出しに来るとあります。 わかったようなわからないような感じです(**難しいです。
|
はらひため 千城百国 精治万歳。 (ガタガタに痛んだ世界中の国々の治療が終わりました。それを祝い万歳しましょう。) 建て壊しに3.5年、建て直しに3.5年かかります。 その間は 暗闇の時代、火を灯しても灯しても暗いのです。 明るい人民には 闇でも明るいのです。 日は 三日と半日、半日と三日です。 次に、五年と五年、五日と五日です。 このことを間違えては なりません。 手足の爪まで抜きとられ、歩くことも出来ない様な酷いことにされて追いやられたのです。 ですが、真・誠は 誠・真です。 時が巡り来て、我(が)がとれたので、光が射し染めたのです。 岩戸が開けたのです。 神が苦しむ時は 人民が苦しみ、人民が苦しむ時は 神も苦しむのです。 世界中の苦しみ、地上の苦しみ、それらは 天上の苦しみです。 この大峠を越してから大いなるタメシがあります。 人の心の難しさは 計り知れない程です。 ですが、見ていなさい、見事な結果にしてみせます。
三年と半年、半年と三年です、 その間は暗闇時代、火を灯しても暗いのです、 明るい人民には闇でも明るい、 日は三日と半日、半日と三日、 次に五年と五年です、 五日と五日です、 このこと間違えないで下さい。 手足の爪まで抜きとられ、あるにあられん、むごいことにされて追いやられたのですが、マコトはマコトぢゃ、 時めぐりきて、我(が)がとれたので、光がさしそめたのです、 岩戸がひらけたのです。 神が苦しむ時は人民が苦しみ、人民苦しむ時は神も苦しむのです。 世界中の苦しみ、地上の苦しみ、天上の苦しみぞ、 この大峠を越してから大いなるタメシがあります、 人の心の難しさ計り知れん程であるなれど、見て御座れ、見事なこと致して見せるぞ。
|
ノアの大洪水は三年間は波が引かないと言っていましたね。 大峠とは、都市攻撃のことでしょうか。 その後の避難生活で試されるということでしょうか。 一番恐いのは本能ですね。 きちんと何やらミロクには策があるようです。 太陽に補足をお願いしたいと思います。
|
![]()
|
![]() |
![]() |
|
|||
|
|