The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4021 


「カルト」という言葉の意味 


太陽のコメント

我々のHPを三大サイトとか?の噂も流れているようです。

「阿修羅」で「カルト」の語源で書き込みがあり、それにたいするレスがありました。

これによると、我々は 語源に近い意味の集団であり、現在の曖昧な意味での集団ではないということになりそうです。

「大宇宙に住む神々へのかくあらんと欲する祈りであり、宇宙の真理・真実を探求して情報を耕している」のですから!


「カルト」という言葉の意味。

http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/467.html

投稿者 グランディス 日時 2005 年 5 月 13 日 22:54:04: 1iBZc4uLqxeBw

 最初にカルトという言葉の定義について、簡単に説明しておきたいと思います。

 マスコミなどでは「カルト教団」「カルト的」など、あまりいい意味で使われることのない「カルト」ですが、語源はラテン語の「cultus」=耕す、です。

意外だと思われるかもしれませんが、カルトという言葉は、本来ならば文化、または少し変化して神々への祈りといった意味で使われていたもののようです。

しかし、言葉というのは時代ごとに変化していくものであり、過去がどうであろうと現在の意味が重視されるべきだと、私は考えています。 現在の「カルト」という語ですと、「祭儀や儀礼を伴う宗教的体系」、または「特定の人物・事物への崇拝」を指す言葉、と定義されるようです。 特定アイドルなどへの狂信的な態度を「カルト的」と表現するのは、後者の延長と言えるでしょう。 また、日本ではあまり意識されていませんが、キリスト教圏である欧米では、キリスト教に反する宗教、異教をカルトと呼ぶことがあるようです。この場合ですと、我々ブティスト(仏教徒)もカルトにされてしまいますね(T_T)。

ま、いずれにせよ、カルトという言葉に否定的な意味がつけられたのは、ごく最近のことです。それゆえに、意味が曖昧で、定義しかねる部分もあるのでしょう。

キリスト教にとって我々がカルトであるなら、間違いなくキリスト教もカルトたりえるのです。

「カルト」の定義についての私見
http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/472.html

投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2005 年 5 月 14 日 07:40:45: SO0fHq1bYvRzo

(回答先: 「カルト」という言葉の意味。 投稿者 グランディス 日時 2005 年 5 月 13 日 22:54:04)

「カルト」の定義についての私見

まず、私が現在手にしているスペイン語の辞書(白水社の西和辞典)の、[culto]の項目に書かれてあることをご紹介しましょう。例文は省きます。


culto(1) 名詞
@信仰【同義語fe】 A礼拝[の儀式] B[+aへの]崇拝、礼賛 C≪社会学≫カルト culto

(2) 形容詞
@教養のある、気取った A[国が]文化的に洗練された B[土地が]耕作された、[作物が]栽培された

意外と思われるでしょう。こちらで手に入れた詳しい西西辞典でも、およそ上記の訳に相当する説明となっています。ただし、現在では新聞やテレビなどで「culto(クルト)」と言うと、コンテキストによってはネガティブな意味の[C≪社会学]カルト]の意味で使われることがあります。ただその意味ではセクト(宗派、分派)に当たる「secta(セクタ)」がより多く使われています。(なおスペイン語のsectaには「政治分派」の意味もあるのですが実際には余り使われず、grupo, fraccion, separatistaなどの方が好まれています。)

●これを英語の辞書(大辞典は重くて持って来れなかったので旺文社の中辞典なのですが)で見てみますと(例文は省略)、


cult 名詞
1. カルト[異常な教祖の洗脳による反社会的な教義の狂信]、カルト教団(集団) 2.(人、思想、人物に対する)礼賛、崇拝、あこがれ 3.流行、熱中、・・・熱 4.(宗教的)祭式、祭礼、儀式 5.崇拝[あこがれ]の的 【<ラ cultus尊敬<colere手入れをする、尊ぶ:同系agriculture, colony, cultivate, culture】

スペイン語の方がラテン語系統であるため語源的な意味が比較的強く残っているのですが、おそらく同じラテン系統のフランス語ともかなり異なると思われます。

フランスでは「政教分離」の歴史が長いため「カルト」「セクト」に当たる言葉には「人心と社会を惑わすもの」のイメージが引っ付きやすく、ところがスペインでは「政教分離」の歴史が非常に短いうえにカトリック教会の支配力がいまだに強いため、他の宗教が比較的入って来ていない、そのためあまり問題にされてこなかった、という歴史的な差があると思います。

バルセロナのやや南にチベット仏教の寺院があります。人々は確かに奇異の目では見ますが、「けしからぬ異教」などと感じている人は、私が見た限りでは一人もいません。むしろ「めずらしいものがやってきて、まあいいじゃないか」と地中海的におおらかに受け止めているようです。ただ近年では統一教会やサイエントロジーなども入っていますので、今からはこの種のセクトは問題化されるかもしれません。

●世界的に見ると、近年ではやはり先ほどの英語の辞書にある第1の意味『カルト[異常な教祖の洗脳による反社会的な教義の狂信]、カルト教団(集団)』が支配的でしょう。日本では初めからこの意味でこの言葉が入って来ましたので、このネガティブなイメージしか無いでしょう。

ただこれを法的、政治的に定義するとなると、一筋縄ではいかないでしょう。外野さんが紹介してくれた『フランスのカルト認定の経緯』にあるように、かなりめんどうな話になります。

http://page.freett.com/sokagakkai_komei/shukyou/cult_french.html

(なお、外野さんとは、以前に私が戦争板で悪罵してしまって以来、すっかり疎遠になっていますが、この『フランスのカルト認定の経緯』のような情報を教えてくれたことに関しては敬意と感謝を捧げます。)

●さて、話をもう一歩進めて、それでは例えばカトリックはどうなのか、プロテスタント(実際は猛烈な数の分派がありますが)はどうなのか、イスラム教は、・・・?となると、これはその法的な定義をも超えてしまわざるを得ません。 カトリックなどの既成の大宗派にしても、要するに余りにも規模が大きく一つの社会でほとんど「空気」のようになってしまっているだけで、本質は大差は無いと思います。(異邦人として生活する私のような者にとってはそれが見えてきます。悪い気分のするものばかりではないのですが。)

もう一度、先ほどの辞書の意味を見てみると、 『カルト[異常な教祖の洗脳による反社会的な教義の狂信]、カルト教団(集団)』

どんな基準で「異常な教祖」といえるのか、「反社会的」とあるがその「社会」とはどんな社会なのか? もしカトリックが「正常」で当たり前と見なされる「社会」なら、それこそカトリック以外は皆カルトになるでしょう。

先ほどの『フランスのカルト認定の経緯』にある「13項目の基準」ですが、

【引用開始】

1.未成年者は、その人生を決定してしまうような正式の長期献身(solemn long−term commitment)を行うよう勧誘されてはならない。
2.金銭的または人的なかかわりをすることについて、相応の熟慮期間が設けられるべきである。
3・ある団体に参加した後も、家族や友人との間で連絡が許されなくてはならない。
4.大学、高校等に学ぶメンバーの修学が妨げられてはならない。
5.妨げられることなくある運動から離れる権利、自らまたは手紙及び電話で家族や友人と接触する権利、独自の助言を求める権利及びいつでも医師の手当てを求める権利は、尊重されなくてはならない。
6.何人も、特に資金獲得活動に関して、物乞いや売春などによって、法を破るようにそそのかされてはならない。
7.外国人旅行者を終生かかわる運動に引き入れてしまう如き勧誘はしないこと。
8.入信の勧誘(recruitment)の間は、その運動の名称及び教義が、常に直ちに明らかにされなくてはならない。
9.そのような運動は、要求があれば、権限ある官庁に対し、個々のメンバーの住所または所在を告知しなくてはならない。
10.新宗教運動は、それに従い、そのために働いている個々人が……社会保障給付を受けることを保障しなくてはならない。
11.ある運動の利益のために外国を旅行するときは、その運動体はそのメンバーを本国に戻す責任(特に病気になったとき)を負わなくてはならない。
12.メンバーの家族からの電話及び手紙は、直ちに取り次がれなくてはならない。
13.運動体内にいる子どもについては、教育や健康、さらには悪環境の除去等について配慮されるべきである。
【引用終り】

要するに既成の大宗教・大宗派は、すでに以上のことに抵触しなくて済むほど強力でまた社会に根付いている、ということで、一種の「既得権」でしょう。

●ところで、私は歯に衣を着せずバチカンを「超巨大カルト」と決め付け罵倒しています。では私が何をもってバチカンを「カルト」とするのか。先日の以下の投稿で次のように申しました。

http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/402.html

透徹した懐疑と内省無き「正義感」は権力志向か権力盲従に堕するのみ、だと思います

【引用開始】

私はこのところカトリックを中心にキリスト教の悪口ばかり言っていますが、従来の、つまり第2バチカン公会議以前のカトリックには、猛烈に反発する部分と同時に猛烈に引かれる一面も、また同時に存在していたのです。

それが実は「原罪意識」なのです。「原罪」というとその元々は、例のアダムとイブがりんごを食べてドッタラコッタラ、という他愛も無い話なのですが、しかしこれが、かつてのキリスト教世界にせめてもの救いを与えていた、と考えます。つまりそれが、一部の人間にとって、人間とその社会に対する懐疑と自己に対する内省を生む貴重なきっかけになったのではないか、と考えるからです。

もちろんローマ教会自体はローマ帝国の延長ですから昔から懐疑とも内省とも無縁の社会ですが、この「原罪」というヤツがきわめてあいまいでいい加減なだけに、優れた思索能力を持つ末端の人間にとっては逆に、『人間が抱える根本的な罪とは何か』を「神と対話」しながらド真剣に脂汗を流して考えざるを得なかったはずだ、と思います。アッシジの聖フランシスコなどは、結局そこからローマ教会に背を向けて「キリストの清貧にならう」という方向に突っ込んでいったのでしょう。

ただその意味では仏教の方がはるかに人間と人間社会の持つ欠陥を深く追求しているでしょう。優れた仏教徒たちは、貪瞋痴の「三毒」への言及はもとより、「天・人間・阿修羅・畜生・餓鬼・地獄」の六道輪廻の世界を、単に死後の生まれ変わりとしてだけではなく、この世の有様と人間自身の姿、つまり己自身の姿としてとらえる中から、苦しい内省と懐疑を経て優れた思索を残したのだと考えます。

ただ何教でもそうでしょうが、その「苦しさ」に一つの「救い」の道を示しそれが教義と化したとたんに、それは人間と社会に対する懐疑精神を失わせ自らに対する内省を失わせる、つまり思考停止を招き、その教義を知る前よりも何倍も強烈な権力志向か権力盲従に、人間を引っ張っていくのでしょう。「神は我と共にあり」「正義は我と共にあり」と、こうなると、もう立派な『カルトの一メンバー』、ということになります。

【中略】

『簡単に言えば、カルバンの強烈な「勤労と報酬の正当化」や「カトリックの硬直した組織への反発」はそのまま継承しているのですが、宗教としてはもっと大切な「自分の言葉による内省、自省」という精神的な部分は実に脆弱なのです。まず、自分を省みて、神と対話する、そんな深みは現在のアメリカのプロテスタントにはありません。』

という部分なのですが、実を言うと、これはほとんどそのままオプス・デイの発想に当てはまります。というよりも、第2バチカン公会議以降のカトリックにほとんど当てはまります。「思考停止」の歯止めとしての「原罪意識」がほとんど影を潜めたからです。もちろん米国のプロテスタントにこんな意識など影も形も無いでしょう。だからカルト国家にならざるを得ない。

【中略】

そして私が「カルト」と聞くときに思い浮かべるのは、まず第一にこのような権力志向と権力盲従の思考停止状態の人間集団です。それは宗教だけとは限りません。政治集団などにもカルト的なものは多いのではないでしょうか。

【後略、引用終り】

この意味でいうならば、カルトでない教団を探すほうが難しいでしょうね。カトリックなどでも偉そうに言ってるけど、どれほど盲目の人間集団を作り出し、キリストの名のもとにどれだけの人間を殺してきたことか、神の名のもとにどれだけの薄汚い政治謀略を行っていることか。

ただ私は、それがひっくり返せないほど大きな権力、既得権益の保持者となっているがゆえに「カルトではない」、などと言わせてたまるものか、という気持ちで、米軍戦車に立ち向かうカマキリのように、投稿を続けているのです。

カルトは現実的利益を伴って必然的に政治権力化します。それが『権力志向と権力盲従の思考停止状態の人間集団』を形作り、権力を手にする人間にとって最も都合の良い武器・道具へとなるからです。

カルト以外でも同様でしょうが、確かに「定義すること」は大切ですが、「定義すれば終り」ということでは無いと思います。「知る」ということは「犯す」ことであり「戦う」「征服する」ということです。だからこそ権力集団は何よりも被支配者が「知る」ことを恐れており、カルト集団は「知られる」ことを恐れているのですね。

「仏教」そのものをカルトと呼ぶ国はどこなのでしょうか?

http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/470.html

投稿者 外野 日時 2005 年 5 月 14 日 02:26:05: XZP4hFjFHTtWY

(回答先: 「カルト」という言葉の意味。 投稿者 グランディス 日時 2005 年 5 月 13 日 22:54:04)

僕は寡聞にしてそういう国は知りません。どうかどこの国なのかご教示くださいませんか。(フランスのカルト認定の一つは、”伝統宗教(キリスト/イスラム/ヒンズー/仏教)に無関係の教団”となっております) またあなたの「カルト」という言葉の定義も現実に即していないように思われます。それもどこかの見知らぬ国の定義なのでしょうか?

フランスのカルト認定の経緯

http://page.freett.com/sokagakkai_komei/shukyou/cult_french.html

(中略)

カルトとセクトの違い

カルト(cult)は、社会問題を引き起こす宗教団体です。 セクト(sect)は、社会問題を引き起こす団体です。数学の集合を用いてい説明するならば、「宗教団体⊃カルト」「社会集団⊃セクト」であり、「セクト⊃カルト」であるということです。

つまりEC議会でカルトを使ったにも関わらず、フランスでセクトを使ったのは、宗教団体の弾圧を回避したわけです。宗教団体に限定して、教義内容に踏み込んでしまうならば、宗教弾圧との差は紙一重となって、信教の自由が危うくなります。しかし宗教団体に限定せず、社会集団の行動で判断するならば、取り締まる対象が偶々宗教団体であったということにしかならないのです。

(中略)

■フランスにおけるセクト教団

原題は、「フランスにおけるセクト教団」であり、便宜上報告者ギュイアールの名前を冠して呼称する。1995年6月29日、フランス国民議会は、調査委員会(委員会名は「セクト現象の研究と必要な場合には現行法令の改正を提案する」で、アラン・ジェスト委員長を含む与野党30名の委員からなる)の設置を満場一致で採択した。そして、同年12月22日、国民議会に提出された。 1996年2月8日に始まった調査委員会の報告書の説明討論では、 カトリック系や共産党に至るまで、この報告書に賛同し、この報告書の価値はフランス国民議会の総意としての公式見解となった。 内容は、カルトの活動が、崩壊末期に集団自殺することから、武装集団として反政府テロという破壊活動へと変化したことに触れている。こうしたカルトに共通するものは、教祖という権威主義のカリスマ(メシア主義)を受容していたこと、共同生活を行う比較的少数の集団であること、信者が比較的高学歴のインテリ層に属する人々が多かったこと、強烈な「終末論」を教義に持ち外部に敵対する被害妄想的な心情を持っていたことなどがあげられてる。したがって現代社会は、当初穏当な教義を持っていたカルト的存在が、ある条件のもとに急激に変容して反社会的な「破壊的カルト」となる可能性を否定できないという状況下にあり、社会及び国家がいかにこの破壊的攻撃から防衛されるかという新しい視点が必要だという。そこで、次のようにカルトとは何かを考え定義し、カルトを具体的に指定している。またカルトの危険性に言及している。

*上記は説明上のもので、フランスの法律・報告書では、カルトを避けセクトを使っているのは、先に説明した通りである。

◇セクトの定義(調査方針と認定)

「セクト」という概念は、「信教の自由」あるいは「公権力の宗教への不介入(政教分離)・あらゆる宗教に対する中立性」という原則に即すならば、特定の宗教的存在(教義・実践・組織など)に対して、「危険性のある」とか「異端的である」とかの予断を示すことは避けなければならないので、抽象的な(曖昧な)呼び名になってしまう。しかし、現実にセクトによる深刻な公的秩序の混乱及び被害を招いている以上、市民社会の側に立って、セクトへの対処を優先するという意味で極めて現実的な政治的態度決定として見て行く必要がある。 もちろん「セクトが何であるのか」という一義的で実定的表現は、法的にも、語源的にも、社会学的にも、極めて「不明確」なのであって、結局その概念規定は「困難」である。そこで、セクトがどのように現象しているかという「兆候」における「基準」において、帰納的に「概念」を浮かび上がらせることを試みる。 具体的には、フランス内務省の国家警察局に所属する「総合情報局」によるセクト現象分析において用いられる基準に、委員会として準じて行く。(A)が、その基準としての現象的「兆候」である。

*内務省情報局(日本で言えば公安調査局のような役割と思われる)の中にセクトを担当する部局がおかれている。したがって、宗教団体を所轄する「宗務部」とは全く別組織であり、フランスにおいては宗教団体とセクトを分離して所轄しようとする意志が見られる。

(A)

1.精神の不安定化 
2.法外な金銭的要求 
3.生まれ育った環境との断絶の教唆 
4.健全な身体の損傷 
5.児童の徴用 
6.多少を問わず反社会的な教説 
7.公共秩序の撹乱 
8.多くの裁判沙汰 
9.通常の経済流通経路からの逸脱傾向 
1.行政当局への浸透の企て
*註「児童の徴用」については、ジャーナリスト広岡裕児氏は、原語embrigadementを「子供の囲い込み」と翻訳し、「『旅団編成、隊(班)編成』のことで、ただ単に子供を集めるというのではなく、軍隊のように外界から遮断して信者を養成すること」であると説明する。

(B)

・自由⇔団体に対し強制 
・自ら納得した上での確信⇔操作による確信 
・自由参加⇔狂信 
・長の威厳⇔グル(導師、尊師)崇拝 
・自発的決断⇔完全な誘導による選択
・選択肢(文化、道徳、思想)の探求⇔社会の価値体系との断絶
・集団への公正な加入⇔無条件の服従 
・巧みな説得⇔計画的操作 
・人にアピールする話法⇔新奇な話法 
・一体意識⇔混合集団 
(C)

・一人の信仰的指導者(カリスマ的教祖・グル)・一つの存在(信仰対象・信念体系)・特定の超越瞑想(修行法・行法実践)を持つ教団
・伝統宗教(キリスト/イスラム/ヒンズー/仏教)に無関係の教団
・公共の秩序や個人の自由に対立するという疑いのある教団

正統な宗教団体に対して、異端的な存在であるセクトを概念で区分することは、簡単に見えて、実は、大変困難な作業である。正統と異端の境界を誰が何の資格をもって判断するのかという点で客観性を構築することに限界があるからである。しかしギュイアールは、「このような条件下では、客観的に思考することや、月並みと見るか悪魔的と見るか、無能で通すか過度の寛容を示すか、あるいは全体を疑ってかかるか、我々の立場をはっきりさせることがいかに難しいか推し量ってもらえよう。が、この道を委員会は選んだのである。」と述べる。さらに、「誰からも受け入れられるようなセクトの客観的な定義付けをし得ると主張するつもりもない」とし、さらに「多くの可能性を損なう危険や、事実の部分的分析に終わりかねない危険を覚悟で、世論がセクトの概念に付している共通の見方を採用することとした。」と自らの限界を一方で慎重に検証しつつ、敢えてふみこえていくことの必要性を重視する立場を優先させるべきであると主張する。 これを前提とした上で、(A)ような「兆候」のいくつかを要素として持つ教団組織を、さらに、(B)のような二項対立させた概念から導き出せる(C)の条件を満たすものを調査目標とする方針を立てるのである。 このような手続きを経て、一定基準に該当するセクト個々について、名称・信者(メンバー)数・分布・推移などについて、統計的な処理を試みる。総合情報局に過去二十年間にわたる集積(総合情報局は、母体組織172、支部や「正体を隠した衛星組織」を入れると約800をセクトと認定、信者数を約16万人と見ている)や専門家(医師・学者・キリスト教関係者・ジャーナリストなど)の間接的意見、セクト問題に対応する民間組織の反カルト団体UNADFI(「家族と個人を守る会連合」)などによせられた相談件数などの統計などが掲載されている。 フランス国内のセクトの総数を二百から三百ぐらいであり、直接間接にセクトに関わりのある、または、あった人の数量を五十万人としている。そして、「ここ数年は、……(中略)……構造的にも信者数の上でも著しく伸びていることを確認している」とし、その拡大傾向に重大な懸念を表明している。

◇セクトの危険性

セクトの全てが違法行為、または、入信したメンバーに重大な精神的悪影響を及ぼすわけではない。むしろ、それに入信することで解決が図られることもあるのであって、セクトの危険性への判断は、外見的な判断や先入観に拠るべきではないとする。ギュイアールレポートは、「最大限客観性を尊重する裁判所の判決と総合情報局の集めたデータを基礎にし、また旧信者による直接証言も、最小限に絞」るという基本的態度で臨んでいる。 そしてセクトの違法行為のうち裁判所において有罪とされた事例をもとに次の6項目に分類する。

1.人への肉体的損傷に対する罪、すなわち、虐待・殴打・傷害・監禁・危険に瀕した者の放置・不法医療行為。
2.家庭的義務、特にセクト信者の親が子供に対する責任の放棄
(子供の未来を阻害する惧れが生じたことから、子供は守られなければならない)
3.セクト反対者に対する名誉棄損・誣告・プライバシーの侵害
(「行動するもの全てを幻惑する、この魅入る力を持った団体の行為を告発し止めることは、信教の自由、表現の自由のために最も重要なことだと思われる。[八二・三・一八の高等裁判所の判決]」)
4.脱税
5.詐欺・ごまかし・背任
2.労働権や社会保障の権利侵害

しかし、セクトの被害はこのような法的に立証される範囲を越えたところにもあると指摘する。「セクトが、個人や社会に対し及ぼす危険は、判決文が示唆するものよりもっと数多く、もっと幅広く、もっと重大である」とする。この個人と社会に与える危険性は、次の10の分類である。

[A]個人にとっての危険性

1.精神の不安定化
(自己喪失・依存性・重度の無力感・抑鬱感・など)

2.法外な経済的搾取による損失
3.家庭や社会からの断絶/社会への不適合
4.虐待・暴力・監禁・不法医療行為・性的暴力
5.「児童徴用」・子供の人権への収奪行為

[B]社会に対する危険性

1.反社会的教説
2.(社会の倫理規範との背離)
3.公共の秩序の混乱
(極右、ネオファシズムなどへの政治的偏向/民主主義に対する拒否)
4.多くの訴訟や裁判
(セクトに反対する人々への反撃)
5.巧妙な資金獲得と組織的な財産隠しによる大規模脱税
6.セクトの組織的な行政当局への侵入・浸透

(中略)

フランスのカルト認定の経緯 …”公明党=創価学会”問題

http://www.asyura2.com/0502/senkyo9/msg/403.html

投稿者 外野 日時 2005 年 5 月 01 日



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