亡国売国官僚の本性・学力低下は計画的に実行されていたのだ! |
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「ヒトラ−の予言」 ではないですが、 「将来の人類は 二つに別れるのだ、 一つは 支配する人間達、 もう一つは 支配される人間達」 である。 日本国の官僚達は、 自ら達を支配するものと分類して、 他を支配される人類としたいようです。 その為には苦労のない 被支配者達の学力を落とせば良い。 そうすれば、自分たちは努力して 自分たちの学力を上げなくても楽に支配者・上流社会の一員となれる。 もっとも、我々の予測する未来では 「これらの一族・眷属は消滅していてこの 宇宙で見ることもない」 のだが・・・・ いいや! その時、彼らは天に向い 「聖人・君子達の名をさけべばよいのです」
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亡国売国官僚の本性・学力低下は計画的に実行されていたのだ! http://www.asyura2.com/0502/bd39/msg/443.html 投稿者 スパルタコスポノ 日時 2005 年 4 月 21 日 15:14:01: VwFkRnCGdf9dw 森・小泉・三浦・江崎といった売国亡国官僚は家畜人間ヤフーを育成する場に学校を作り変えようとしている。↓ http://umi.no-ip.com/simple/pdone.html?id=415
http://umi.no-ip.com/simple/pdone.html?id=415 学力低下がゆとり教育の目的 (2004-12-28) 学力低下がゆとり教育の目的 ゆとり教育はエリート教育であり、学力低下は目的のひとつである。 低下する学力 話題に乗り遅れた感があるが、今回は学力低下とゆとり教育について。 各メディアでは学力の低下が報道されている。「ゆとり教育」によって学力が低下した、という論調が多く見受けられる。ネットでも、「ゆとり教育では学力が低下して当たり前。ゆとり教育を見直し、学力の向上を図るべきだ」という類の意見は多い。 私も、ゆとり教育によって平均の学力は低下していると思うし、このままではますます低下していくと思う。 しかし、そもそも学力の低下は意図せざる結果だったのだろうか。もともとが学力の低下を狙った国家の教育方針だとしたら、この政策は成功したと言えるだろう。 学力を低下させるためのゆとり教育 (前)教育課程審議会会長の三浦朱門は、ゆとり教育について斉藤貴男ののインタビューで次のように証言している。(斉藤貴男『機会不平等』文春文庫 p.48-50) 「学力低下は予測し得る不安と言うか、覚悟しながら教課審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。つまり、できん者はできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。 (中略) 今まで、中以上の生徒を放置しすぎた。中以下なら”どうせ俺なんか”で済むところが、なまじ中以上は考える分だけキレてしまう。昨今の十七歳問題は、そういうことも原因なんです。 平均学力が高いのは、遅れてる国が近代国家に追いつけ追い越せと国民の尻を叩いた結果ですよ。国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパの点数は低いけど、すごいリーダーも出てくる。日本もそういう先進国型になっていかなければいけません。それが”ゆとり教育”の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ」 ――それは三浦先生個人のお考えですか。それとも教課審としてのコンセンサスだったのですか? 「いくら会長でも、私だけの考えで審議会は回りませんよ。メンバーの意見はみんな同じでした」 「平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならん」と述べているように、平均学力の低下は国家にとって必ずしも不利益となるわけではない。全体としては低下させ、できる者とできない者の二極化を進行させることも政策としてはありうるし、実際にゆとり教育はそれを狙った部分もあるのだろう。 素晴らしきかな、ゆとり教育 怒りを覚える人もいるかもしれないが、理屈は通っている。できない奴に教育は無駄といえる。教育投資が無駄であるし、税金の無駄使いである。才能の無い人への教育は無駄な公共投資なのだ。才能の無い人は「実直な精神」だけ養わせ、逆に才能のある人には投資を惜しまない。効率的である。 「ゆとり教育」と回りくどく言うのも巧い。「勉強が出来ても幸せとは限らない、生きるための本当の力を身につけるのが教育である」という類の聞こえの良い思想を大衆に信じさせることで、エリート教育は下位層の人間からの批判を避けることができる。 学力を低下させることには成功したが、一部のエリート教育の効果があったかどうかはまだわからない。教育の効果はすぐには現れない。 私はこの「ゆとり教育(エリート教育)」には反対だが、これは価値観の問題であって、ゆとり教育のメリット・デメリットとは別の話である。 ともかく、「ゆとり教育によって学力が低下した」からといって、ゆとり教育が失敗だったとは言いきれない。学力の低下も目的であるのだ。この事実が重要である。 ゆとり教育はエリート教育であり、学力低下は目的のひとつである
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