ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第二十二帖(195)・ 第二十三帖(196)
|
|---|
トッチです。 地味に難しい神示でした。
|
昭和十九年十一月十一日、 旧九月二十六日(1944年) お宮も壊されるぞ。 臣民も無くなるぞ。 上の人臭い飯食ふ時来るぞ。 味方同士が殺し合ふ時、 一度はあるのざぞ。 大き声で物言へん時来ると 申してあろがな。 之からがいよいよざから、 その覚悟してゐて下されよ。 一二三が正念揚ぞ。 臣民の思ふてゐる様な事でないぞ。 この神示よく腹に入れておけと 申すのぞ。 ちりちりばらばらになるのざぞ。 一人々々で何でも出来る 様にしておけよ。 十一月十一日、 ひつ九か三。
|
お宮も壊され無くなります。 臣民も無くなります。 上の人が臭い飯を食う時が来ます。 味方同士が殺し合う時が一度は来るのです。 大き声で物が言えなくなる時が来ます。 これからがいよいよです。 その覚悟をしていて下さい。 一二三が正念揚です。 岩戸開きとは臣民の思うている様な事でないです。 この神示をよく腹に入れておけと云うのです。 臣民もちりちりばらばらになるのです。 一人々々で何でも出来る様にしていなさい。
|
ネットなど主要な情報源を絶たれ、ミロクの臣民は活動のままならない時が来ます。 上の人が臭い飯を食う時が来ます。 同じ国の人に迫害を受ける時が一度は来ます。 言論の自由が規制される時が来ます。 これからがいよいよですので、その覚悟をしておいて下さい。 神の世界を知らせる時が正念場です。 岩戸開きとは臣民の思っているような事では有りません。 火(都市攻撃)と水(ノアの大洪水)です。 この神示をよく腹に入れておけと云うのです。 でなければ、事態の把握は困難になります。 臣民もちりちりばらばらになるのです。 一人々々で何でも出来る様にしていなさい。 情報の絶たれる時(避難時など)、自らの意思により、自らの力で乗り越えていかなければなりません。
|
昭和十九年十一月十三日、 旧九月二十八日(1944年) 一升桝には一升しか入らぬと 臣民思ふてゐるが、 豆一升入れて粟(あわ)入れる 事出来るのざぞ。 その上に水ならばまだはいるのざぞ。 神ならばその上にまだ 幾らでもはいるのざぞ。 神が移りたら人が思はぬ 事出来るのざぞ。 今度は千人力与へると 申してあろが。 江戸の仕組 世の終わりぞ。 天おろがめよ。 つちおろがめよ。 まつはれよ。 秋の空グレンと申してあろがな。 冬も春も夏も気つけてくれよ。 十一月十三日、 ひつ九か三。
|
一升桝には一升しか入らぬと臣民は思つているようです。 豆粒を一升入れても、その隙間に小粒な粟(あわ)粒は入れる事が出来るのです。 その上に、その隙間には水ならばまだはいるです。 神ならばその上にまだ幾らでもはいるのです。 神が移たら人は思はぬ事も出来るようになるのです。 今度は千人力与へると申してあるでしょう。 江戸の仕組とは「世の終わり」をいみしているのです。 天を拝みなさい。 地を拝みなさい。 祀りなさい。 秋の空グレンとひっくり返ると説明してあるでしょう。 秋ばかりでなく、他の冬も春も夏も異常な出来事が発生しますので気つけてください。
|
前半は当然の物理的な現象として、一升桝に入れることを説明しています。 ただ、最後に非物理的な存在と考えられる神までも入れられるとは思いませんでしたが、ものの例えですから、それなりに理解しておけば良いとおもいます。 要は「火事場の馬鹿力」のようなものが出るということを説明しています。 後半の{天を拝みなさい。地を拝みなさい。 祀りなさい。} を無視しますと、下記のようになります。 {江戸の仕組とは「世の終わり」 を意味しているのです。 秋の空グレンとひっくり返ると 説明してあるでしょう。 秋ばかりでなく、他の冬も春も 夏も異常な出来事が発生しますので 気つけてください} 江戸は東京のような諸都市を意味していて、 「諸都市の仕組み」 とは 「都市攻撃で諸都市が焼き払われる事」 ですから、結論として 「世の終わり」 を意味することになります。 その時節ですが、年代は 記載してありませんが、 季節は秋であると指摘しています。 その時が、いままでの人類の常識・ 認識が反転してしまうと説明してあります。
![]()
シナリオが気になりますね。
|
![]()
|
![]() |
![]() |
|
|||
|
|