月光の巻第七帖(794)
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ロックです。
月光の巻第七帖に進みます。
漢字混じりの文章に戻ってまいりました。
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大奥山は神人交流の道の場である。 道は口で説くものではない。 行ずるものである。 教は説かねばならない。 多数決が悪多数決となるわけが何故に判らんのぢゃ。 投票で代表を出すと殆んどが悪人か狂人であるぞ。 世界が狂ひ、悪となり、人民も同様となっているから、その人民の多くが選べば選ぶ程、益々混乱してくるのであるぞ。 それより他に人民の得心出来る道はないと申してゐるが、道はいくらでもあるぞ。 人民の申してゐるのは平面の道、平面のみでは乱れるばかり、立体にアヤなせば弥栄えて真実の道が判るのぢゃ。 ぢゃと申して独裁ではならん。 結果から見れば神裁ぢゃ。 神裁とは神人交流によることぞ。 (十二月二十五日) 神はうそつきぢゃと人民申しても、悪い予言はうそにしたいので日夜の苦労、 こらえられるだけこらえてゐるのである。 もう、ものばかりでは治まらんこと、キンでは治まらんこと、平面のみでは駄目であること、よく判ってゐるのにカブトぬげん神々様よ、 気の毒が来ぬ前に改心結構。 遠くからでは判らんし、近づくと迷うし、理屈すてて神にほれ参らせよ。 よくこの神をだましてくれたぞ、 この神がだまされたればこそ、 太神の目的なってくるのぢゃ。 細工はりゅうりゅう仕上げ見て下されよ。 区別すると力出るぞ、 同じであってはならん。 平等でなくてはならんが、区別なき平等は悪平等である。 天に向って石を投げるようなことは、早くやめねばならん。 霊かかりもやめて下されよ。 人民が絶対無と申してゐるところも、絶対無ではない。 科学を更に浄化弥栄させねばならん。 空間、時間が霊界にないのではない。 その標準が違うから無いと考えてよいのである。 奥山は奥山と申してあろう。 いろいろな団体をつくってもよいが、何れも分れ出た集団、一つにしてはならん。 奥山はありてなきもの、なくて有る存在である。 奥山と他のものとまぜこぜまかりならん。 大き一つではあるが別々ぞ。 今迄になかった奥山のあり方、判らんのも無理ないなれど、これが判らねば この度の大神業、判りはせんぞ。
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大奥山(ミロクの所)は神人交流の道の場です。 道は口先で説くものではない。 実際に行うものである。 教えは説かねばなりません。 多数決が悪多数決となるわけが何故に判らないのですか。 投票で代表を出すと殆んどが悪人か狂人なのです。 世界が狂い、悪となり、人民も同様となっているから、その人民の多くが選べば選ぶ程、益々混乱してくるのですよ。 それより他に人民の得心出来る道はないと申していますが、道はいくらでもあるのです。 人民の申しているのは平面(一面だけの視野の狭い平たん)の道、平面のみでは乱れるばかり、立体(神界、霊界、現界)に綾なせば(筋道をつければ)弥栄えて真実の道が判るのです。 真実の道が判ったからと申して独裁ではなりません。 結果から見れば神裁ぢゃ。 神裁とは神人交流によることぞ。 (十二月二十五日) (上記まで日付けが十二月二十五日と区切られています。 大奥山の指針のようなもの、選挙をほのめかす内容、立体からの筋道をつけて真実の道が判る、独裁、神裁、十二月二十五日、と見ますと、ローマ法王の選挙なども暗示していそうです。 何気に今のキリスト教の教えの反映されたような物は平面だけのご都合的な内容だというニュアンスが染み出てくるような感じがします。 そのうち出てくる反キリストの存在も多くの人民が選ぶのかもしれません。) 神は嘘つきだと人民が申しても、悪い予言は嘘にしたいので日夜の苦労、何とか大難が小難になるようにこらえられるだけこらえているのです。 もう、物質ばかりでは治まらんこと、キンでは治まらんこと(金塊などで国家を動かしてきたようにはいかない)、平面のみでは駄目であること、よく判っているのにカブトが脱げない(虚勢を張っている)神々様よ、気の毒が来ない前に改心結構。 遠くからでは判らないし、近づくと迷うし、理屈すてて神にほれ参らせてください。 よくこの神ミロクを騙してくれましたね、この神が騙されたこそ、太神の目的なってくるのです。 仕込んだ細工はりゅうりゅう仕上げ見て下さい。 (あっと驚くどんでん返しがあるようです。 この辺りに都市攻撃が延びている原因もあるかも知れません。) 区別すると力出るぞ、同じであってはなりません(適材適所で最大の力を引き出しなさい)。 平等でなくてはなりませんが、区別なき平等(魂としての年齢や訓練して鍛えられてきた適正を無視した平等)は悪平等である。 天に向って石を投げるようなことは、早くやめねばなりません。 霊かかりもやめて下されよ(基本的にサタンが月人に憑依して操るのと同じ延長線での事ですからやめてください)。 人民が絶対無(存在しないあり得ない)と申しているところも、絶対無ではないのです。 科学を更に浄化して繁栄するように発展させねばなりません。 空間、時間が霊界にないのではない。 その標準(感じる感覚や時間に関する取り方)が違うから無いと考えてよいのである。 奥山は奥山と申しているでしょう。 いろいろな団体をつくってもよいのですが、何れも分れ出た集団、一つにしてはならん。 奥山はありてなきもの、なくて有る存在(型示しのような存在でシンクロ二ティで個々の意識に反映させる媒体で人々に明確に広く認識される類のものではない)である。 奥山と他の物(?)とまぜこぜにすることはいけません。 大きい一つではあるが別々です。 今迄になかった奥山のあり方、判らんのも無理ないですが、これが判らねば この度の大神業、判りはしませんよ。 ☆ちょっと大きく出た仮説ですがシンクロ二ティを採用してみました。 奥山とは岡本天明さんの自宅をそう呼んだそうですが、この場合は太陽さんの住んでいるところ、太陽さんの中にいるミロクの意思の反映するところ、としてみました。 奥山と他の物ですが、ひとつの仮説として、暗に大本教の出口なおさんに降りたお筆書きを書かせた存在のいるところを奥山とするなら、出口王仁三郎氏は大本教の出口王仁三郎としてだけでなく、紅卍字会の会員としても活動しています。 かれは出口なお(ミロク神とつながりのある神のいたところとして奥山とするなら)彼は大本教とミックスした活動をしていますので、出口王仁三郎氏の行ったことはいけませんという範疇に入るのではないかと思います。 聖書のペテロみたいな存在でしょうか。 王仁三郎氏は。
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氷治氏の解釈 :(一巡目) 大奥山は神人交流の道の場です。 道は口で説くものではないのです。 行ずるものです。 教は説かねばなりません。 多数決が悪多数決となるわけが、何故に判らないのですか。 投票で代表を出すと殆んどが悪人か狂人であるのです。 世界が狂い、悪となり、人民も同様となっているから、その人民の多くが選べば選ぶ程、益々混乱して来るのです。 それより他に人民の得心出来る道は無い云っていますが、道は幾らでもあります。 人民の云うているのは平面の道です。 平面の道は乱れるばかりです。 立体に彩なせば、永久に繁栄する真実の道が判るのです。 だからと云って、独裁ではいけません。 結論を云えば、神裁です。 神裁とは神人交流によることなのです。 (十二月二十五日) 神は嘘つきですと人民が云っても、悪い予言は嘘にしたいので日夜の苦労しているのです。 神はこらえられるだけこらえているのです。 もう、ものばかりでは治まらないこと、キン金では治まらないこと、平面のみでは駄目であること、よく判っているのに兜を脱げない神々様の皆さん! 気の毒が来ぬ前に改心するのは良いことです。 遠くからでは判りませんし、近づくと迷うし、理屈を捨てて神に惚れて下さい。 よくこの神を騙しました。 この神が騙されたればこそ、太神の目的となって来るのです。 細工はりゅうりゅう、仕上げを見て下さい。 区別をすると力が出てきます。 同じであってはなりません。 平等でなくてはなりませんが、区別なき平等は悪平等です。 天に向って石を投げるようなことは、早く止めねばなりません。 霊懸かりも止めて下さい。 人民が絶対に無と云っているところも、絶対に無ではないのです。 科学を更に浄化し永久に繁栄させねばなりません。 空間、時間が霊界にないのではありません。 その標準が違うから、無いと考えてよいのです。 奥山は奥山と説明しています。 いろいろな団体を作ってもよいが、何れも分れ出た集団は一つにしてはなりません。 奥山は有りて無きもの、無くて有る存在なのです。 奥山と他のものとを、まぜこぜにすることはまかりなりません。 大き一つではあるが別々のものです。 今迄になかった奥山のあり方ですから、判らないのも無理はないのですが、これが判らないと、この度の大神業は判らないのです。
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ロックです。
月光の巻に載っている「この神」とは、ミロクではなくサタンとも読めるような気がしました。 奥山についても、ミロクとサタンは霊的な糸で繋がれていますし、同じ次元に存在しますので、 「奥山=五次元からの干渉」 という側面もあるのかな、と思いました。 奥山。大奥山とあると、それは干渉のレベルになるのかなと。 大奥山=超天使ともいうべき存在の思いや意図であるもの、 奥山=大天使(ミロクやサタン)の干渉域、 中山=天使級の存在の干渉域、 一の宮=人間の実際の分れの御用としての干渉域 とするとどうでしょう。 この見方ですと、それぞれの段階で表の存在と裏の存在が干渉していることになりますので、きちんと分けて考察することは 「区別すると力出るぞ」 「ひふみ曰くの平等」 に、より近くなるのではないかと思いました。 ちなみに、この考察は、太陽さんの天使のつぶやき NO3951の考察でハッとなりました。 人類の支配構図も、サタン⇒月人⇒人間の構図を分けると、サタン、月人、シオン賢人会議、フリーメーソン、バチカン、 政府関連、企業群トップ、使用人(一般の社会人)などの段階に分かれているとするならば、大奥山などの考察をする際には、それこそ神界、霊界、現界に筋道をつけて行えば,大分すっきり判る所と判らない所は区別できるかと思いました。 つまるところ、昨日の解読は平面だったのかもしれませんね(==;;;; 見直してみたいと思います。 ヒントも昨夜ジュラさんにいただきました(^^) ありがとうございます。
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トッチです。 大奥山とは 「神人交流の道の場」 と書いてありますので、そのまま受け取れば良いと思いました。 改心が成った深い境地が大奥山であり、神と 人が一つになる道の場ではないでしょうか。 日月の巻 第二十四帖にある、 「自分をなくし、神の御用をする神人一つになった状態」 を大奥山と言うのではないでしょうか。 そんな道の場では、道は口(理屈)で説くものではなく、行いにより示せとアドバイスが後に続いています。 騙された「この神」は、ひふみを降ろした大天使(ミロク関係?)ではないでしょうか。 この神が騙されたおかげで、臣民が改心するきっかけと時間が得られてミロクの世に行ける臣民の数を増やす事に繋がるのだと思います。 素直に受け取ればの話ですけど。 あくまでも、私の感性での意見ですよ〜
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