月光の巻第八帖(795)
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ロックです。 月光の巻第八帖です。
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神の御用は、神のみこと(命(実言))のままでなくては成就せん。 皆々釈迦ぞ、キリストぞ。 もっと大き計画もちて御座れ。 着手は出来る処からぞ。 つかめる所から神をつかめよ。 部分からつくり上げなされよ。 我出してはならん。 そなたはそれでいつもしくじってゐるでないか。 天狗ではならん。 心出来たら足場固めねばならん。 神の足場は人ぢゃ。 三千の足場、五千の足場。
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神の御用は、神のみこと(命(実言))のまま(そのまま)でなくては成就はいたしません。 皆々釈迦であり、キリストなのです(小さい魂ですが彼等と同じ魂の流れなのです)。 もっと視野の大きい計画を持ってください。 着手は出来る所からで良いのです。 理解出来るところから神を理解して下さい。 部分から作り上げてください。 (どういう状況に置かれても?)我を出してはいけません。 そなたはそれでいつもしくじっているでないですか。 思い上がった天狗ではいけません。 心の受け入れ準備が出来たら足場を固めなければいけません。 神の意志を反映させる媒体は人なのです。 三千の足場、五千の足場
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三千の足場、五千の足場を築くために出来る所からやりなさいと言っています。 我を出す=腹で悟れない?でしょうか。
我を出さない=盲目的な精神的なロボットになることとは、つかめるところから神を掴んでくだされよ 詰めの作業のところで、我を出させるような問題に突き当たるのかな? この辺りは、第九帖に、大グレ目の前。 アホになれよ。 一先ずは月の代になるぞ。 ひっくり返り、ビックリじゃ。 とありますので、 詰めの段階で地球劇場ならではの葛藤させる問題があるのかもしれません。 それを我を出さずにクリアーしてくださいということなのかも。
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氷治氏の解釈 :(一巡目) 神の御用は神のみこと【命(実言)】のままでなくては成就しません。 臣民は皆々釈迦ですし、キリストです。 もっと大き計画を持ちなさい。 着手は出来る処からするのです。 掴める所から、神を掴みなさい。 部分から作り上げなさい。 我を出してはなりません。 そなたはそれでいつもしくじっているでないか。 天狗ではなりません。 心が出来たら、足場を固めねばなりません。 神の足場は人です。 三千の足場を作りなさい。 五千の足場を作りなさい。
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トッチさんの解釈 :(一巡目) あめのひつくのかみプロジェクトは、ひふみの神の子(太陽)の言っているそのままでなくては成就しません。 『 皆々釈迦ぞ、キリストぞ 』 皆さん魂は小さいがもともとは彼等と同じ流れの存在なのですよ。 (もともとは天使であることを忘れないで下さい) 『 もっと大きい計画もちて御座れ 』 ひふみの神の子と女神の実行し様としている50億人の救済計画のようにもっと大きい計画を立ててください。 『 着手は(いかに大きい計画でも)出来る処からぞ 』 つかめる所から神をつかめよ=出来るところから二人の神の作戦に参入してください。 『 部分からつくり上げなされよ 』 種から丁寧に育て立派な花を咲かすようにつくり上げてください。 『 われ出してはならん。そなたはそれでいつもしくじっているでないか。 天狗ではならん。心出来たら足場固めねばならん。』 教訓として受け取ってください。 天狗ではいけません。 心構えが出来たら自分の仕事を全うしなさい。 『 神の足場は人じゃ』 天使達は心構えが出来た人たちを使います。 『 三千の足場、五千の足場 』 理解者を増やして天使の意図に気付ける方々を増やしましょう。
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