良い宇宙人と悪い宇宙人,宇宙の真相, The Earth is Controlled by Evil Alien


NO4000 


“そなた”を含む帖を抽出 


julaさんのメール

jula です。

“そなた”を含む帖を抽出しました。

量ありましたので添付ファイルで送信します。


生味(しょうみ)の、生き通しの神が、生味を見せてやらねばならんことに、何れはなるのざが、生神の生味ははげしいから、今の内に綺麗に洗濯しておけと申すのざ、皆にまつろひておけと申すのざ。

可哀さうなは兵隊さんざぞ、神に祈りてやりて呉れよ。

幽界人(がいこくじん)よ、日本の国にゐる幽界魂(がいこくたま)の守護人よ、愈々となりて生神の総活動になりたら、死ぬことも生きることも出来ん苦しみに一時はなるのざから、神から見ればそなた達も子ざから早う神の下にかえりてくれよ、いよいよとなりて来たのざぞ、くどうきづけるぞ。

一月十三日、の一二のか三。

磐戸の巻 第14帖 (250)

使用された特殊文字 


神第一とすれば神となり、

悪魔第一とすれば悪魔となるぞ。

何事も神第一結構。

カイの言霊(かへし)キざぞ。

キが元ぞと知らしてあろが、

カイの御用にかかりてくれよ。

何と云ふ結構なことであったかと、始めは苦しいなれど、皆が喜ぶ様になって来るのざぞ。

先楽しみに苦しめよ。

ぎゅうぎゅうと、しめつけて目の玉がとび出る事あるのざぞ、

そこまでに曇りて居るのざぞ、はげしく洗濯するぞ。

可愛い子、谷底に突き落さなならんかも知れんぞ、

いよいよ神が表に現はれて神の国に手柄立てさすぞ、

神国光り輝くぞ。

日本にはまだまだ何事あるか判らんぞ。

早く一人でも多く知らしてやれよ。

タマ磨けば磨いただけ先が見えすくぞ。

先見える神徳与へるぞ。

いくらえらい役人頑張りても今迄の事は何も役に立たんぞ。

新しき光の世となるのぞ。

古きもの脱ぎすてよ、と申してあろがな。

まこと心になりたならば自分でも判らん程の結構出て来るぞ。

手柄立てさすぞ。

いくら我張りても我では通らんぞ。

我折りて素直になりて下されよ、

これでよいと云ふことないぞ。

いくらつとめても、これでよいと云ふことはないのざぞ。

神の一厘のしぐみわかりたら世界一列一平になるぞ。

ますかけひいて、世界の臣民、人民 勇みに勇むぞ。

勇む事 此の方 嬉しきぞ。

富士は何時爆発するのざ、何処へ逃げたら助かるのぞと云ふ心 我れよしぞ。

何処に居ても救ふ者は救ふと申してあろが。

悪き待つキは悪魔のキざぞ。

結構が結構生むのざぞ。

六月十一日、

みづのひつ九か三。

水の巻 第11帖 (285)


神の国は神の肉体ぞと申してあるが、いざとなれば、お土も、草も、木も、何でも人民の食物となる様に出来てゐるのざぞ。

何でも肉体となるのざぞ。

なるようにせんからならんのざぞ。

それで外国の悪神が神の国が慾しくてならんのざ。

神の国より広い肥えた国 幾らでもあるのに、神の国が欲しいは、誠の元の国、根の国、物のなる国、元の気の元の国、力の元の国、光の国、真中(まなか)の国であるからぞ、何も彼も、神の国に向って集まる様になってゐるのざぞ。

神の昔の世は、そうなってゐたのざぞ。

磁石も神の国に向く様になるぞ。

北よくなるぞ。

神の国おろがむ様になるのざぞ。

どこからでもおろがめるのざぞ。

おのづから頭さがるのざぞ。

海の水がシメであるぞ。

鳥居であるぞと申してあろうが、シメて神を押し込めてゐたのであるぞ。

人民 知らず知らずに罪犯してゐたのざぞ。

毎日、日日(ひにち)お詫(わび)せよと申してあらうが、シメて島国日本としてゐたのざぞ、よき世となったら、身体(からだ)も大きくなるぞ。

命も長くなるぞ。

今しばらくざから、辛抱してくれよ。

食物心配するでないぞ。

油断するでないぞ。

皆の者喜ばせよ。

その喜びは、喜事(よろこびごと)となって天地のキとなって、そなたに万倍となって返って来るのざぞ。

よろこびいくらでも生まれるぞ。

七月二十一日、あめのひつくのかみ。

夜明けの巻 第02帖 (322)


天の大神様は慈悲深くて何んな偉い臣民にも底知れぬし、

地の大神様は力ありすぎて、人民には手におへん見当取れん、

そこで神々様を此の世から追い出して悪神の云ふこと聞く人民許りとなりてゐたのであるぞ。

七五三(しめ)は神々様をしめ込んで 出さぬ為のものと申してある事これで判るであろがな、

鳥居は釘付けの形であるぞ、

基督(キリスト)の十字架も同様ぞ、

基督信者よ改心致されよ、

基督を十字架に釘付けしたのは、そなた達であるぞ、

懺悔せよ、

とは外国の事ぞ、

が神国の旗印ぞ、

神国と外国との分けへだて誤ってゐるぞ。

大き心持てよ、

かがみ掃除せよ、

上中下三段に分けてある違ふ血統(ちすじ)を段々に現すぞよ、

びっくり箱あくぞ、

八九の次はであるぞよ。

何事もウラハラと申してあろが、

ひとがひとがと思ってゐた事 我の事でありたであろがな、

よく神示読んでおらんと、

キリキリ舞ひせんならんぞ、

日本 が日本がと思って居た事 外国でありた事もあるであろがな、

上下ひっくり返るのざぞ、

判りたか。

餓鬼までも救はなならんのであるが、

餓鬼は食物やれば救はれるが、

悪と善と取違へてゐる人民、守護神、神々様 救ふのはなかなかであるぞ、

悪を善と取違へ、天を地と信じてゐる臣民人民なかなかに改心六ヶ敷いぞ。

我と改心出来ねば今度は止むを得ん事出来るぞ、

我程偉い者ないと天狗になりてゐるから気を付ける程 悪 ふとりてゐるから、こんな身魂は今度は灰ざぞ、

もう待たれん事になったぞ。

十月の十四日、

ひつ九のかみしるす。

雨の巻 第02帖 (336)

使用された特殊文字 


江戸の仕組 江戸で結ばんぞ。

この道開くに急いではならんぞ、

無理して下さるなよ、

無理急ぐと仕組壊れるぞ。

まだまだ敵出て来るなれど、

神心になれば敵、

敵でなくなるぞ、

敵憎んではならんぞ、

敵も神の働きぞ。

神は六ヶ敷いこと云はんぞ、

神に心皆任せてしまうて、

肉体慾 捨ててしまふて、

それで嬉し嬉しぞ。

神が限りなき光り、

よろこび与へるのざぞ。

いやならいやでそなたのすきにしてやりてござれ、

一旦天地へ引上げと申してある通りになるぞ。

一度の改心六ヶ敷いからくどう申してあるのざぞ。

今までほかで出て居たのは皆 神示先(ふでさき)ぢゃ、

ここは神示(ふで)ぢゃ、

何時もの如く思って居ると大変が足元から飛び立つのざぞ、

取返しつかんから気付けてゐるのぢゃ。

何れは作物(つくりもの)取らしておくから、

沢山取れたら更に更に愈々ざと心得よ。

神の国治めるのは物でないぞ、

まことざぞ、

世界治めるのもやがては同様であるぞ、

人民マコトと申すと何も形ないものぢゃと思ってゐるが、マコトが元ざぞ。

タマとコト合はしてまつり合はして真実(マコト)と申すのぢゃ。

をまつりたものぢゃ、

物無くてならんぞ、

タマなくてならんぞ、

マコト一つの道ざと申してあろがな、

わかりたか。

ミタマ相当にとりて思ふ様やりてみよ、

行出来ればその通り行くのぢゃ、

神に気に入らん事スコタンばかりぢゃから、

引込み思案せずに堂々とやりて下されよ。

こんな楽な世になってゐるのぢゃ、

屁(へ)も放(ひ)れよ、

沈香もたけよ、

ふらふらして思案投首この方嫌ひぢゃ。

光る仕組、中行く経綸(しくみ)となるぞ。

二月十六日、

一二の

風の巻 第06帖 (357)

使用さされた特殊文字  


此の方 悪が可愛いのぢゃ、

御苦労ぢゃったぞ、

もう悪の世は済みたぞ、

悪の御用 結構であったぞ。

早う善に返りて心安く善の御用聞きくれよ。

世界から化物出るぞ、

この中にも化物出るぞ、

よく見分けてくれよ、

取違ひ禁物ぞ。

この神示よく見てゐると、いざと云ふ時には役に立つぞ、

肝腎の時に肝腎が成るぞ。

元は元、分れは分れ、

元と分れ、同じであるぞ、

別であるぞ、

それぞれに分れの集団(まどい)つくってよいぞ、

今日働いて今日食はなならん事に皆なりて来るのざから、その覚悟せよ、

上に立つ番頭殿、下の下まで目届けておらんと、日本つぶれるぞ、

つぶれる前に、そなた達がつぶれるのざぞ、

早う改心して誠の政治仕へまつれよ。

いれものキレイにして居りたら この方がよきに使ふぞ、

今の仕事仕へて居れよ、

神示腹に入れて、あせらず身魂磨き結構々々。

今度は世界のみか、三千世界つぶれる所まで行かなならんのざから、くどう申してゐるのざぞ。

三月三日、

ひつ九のかミ。

空の巻 第10帖 (465)


何も分らん枝葉の神に使はれてゐると気の毒出来るぞ、

早う其の神と共に此処へ参りて、マコトの言(こと)を聞いて誠に早う立ち返りて下されよ、

九十(マコト)とは一二三四五六七八九十であるぞ、

一二三四五六七八かくれてゐるのざぞ。

縁あればこそ、そなた達を引寄せたのぢゃ、

此の度の二度とない大手柄の差添へとなって下されよ、

なれる因縁の尊い因縁をこわすでないぞ。

見て見よれ、

真只中になりたら学でも智でも金でもどうにもならん見当取れん事になるのぢゃ、

今は神を見下げて人民が上になってゐるが、

さうなってから神に助けてくれと申しても、時が過ぎてゐるから時の神様がお許しなさらんぞ、

マコトになってゐれば何事もすらりすらりぞ。

八月二十三日、

一二

海の巻 第14帖 (506)

使用された特殊文字 


元の元の元の神は何も彼も終ってゐるのであるぞ。

終なく始なく弥栄えてゐるのぞ。

友つくれよ、

友つくることは己つくることぞ。

広めることぞ。

己を友の心の中に入れることぞ。

皆われの目的たてに来てゐるぞ。

それでは思惑たたんぞ。

御光が愛ぞ。

真ぞ。

愛はマぞ。

真は言ぞ。

これを誠と云うぞ。

誠は生きてゐるぞ。

三千世界の生命ぞ。

和つくれ。

和はむすびぞ。

何も彼も生れるぞ。

いきするぞ。

自分で勝手にしておいて親神を怨んでゐるぞ。

この巻から人民の道しるべであるぞ。

近いことから知らすぞ。

この神示出たら、すぐ血としておいて下されよ。

そなたの為であるぞ。

そなたの為は人の為、世の為、三千世界の為であるぞ。

この巻 黄金の巻。

心の眼ひらけよ。

十一月十七日。

ひつ九のか三

黄金の巻 第001帖 (512)


世界がそなたにうつってゐるのぞ。

世界見て己の心 早う改心致されよ。

世はグルグルと七変り、

改心の為 世界の民皆、今度は引上げ一旦みなあるぞ。

経(タテ)のつながりを忘れ勝ちぢゃ。

平面のことのみ考へるから平面のキのみ入るぞ。

平面の気のみでは邪であるぞ。

動機善なれば失敗は薬。

(十二月十四日)

黄金の巻 第071帖 (582)


世界の人民 皆改心せよと申すのぞ。

どんなめぐりある金でも持って居ればよいやうに思うて御座るなれど、めぐりある金はめぐりそのものと判らんか。

家の治まらんのは女が出るからぞ。

夫立てると果報は女に来るぞ。

天界に住む者は一人々々は力弱いが和すから無敵ぞ。

幽界に住む者は一人々々は強いが孤立するから弱いのぞ。

仲よう和してやれと申す道理判りたか。

そなたは何万年の原因から生れ出た結果であるぞ。

不足申すでないぞ。

十二月十四日。

黄金の巻 第072帖 (583)


一分一厘、力一杯、違はんこと書かしてあるのぢゃ。

色眼鏡で見るから、違ったことに見えるのぢゃ。

神示、嘘ぢゃと申すやうになるのぞ。

眼鏡外して、落ち付いてみて、ハラで見て下されよ。

世の先々のことまで はっきりと写るぞ。

そなたの心の中にゐる獣(ケダモノ)、言向けねばならん。

善きに導かねばならん。

一生かかってもよいぞ。

それが天国に行く鍵であるぞ。

マコトの改心であるぞ。

智慧と、愛が主の座に居らねばならん。

物は愛から生れるぞ。

ウムものがもとぢゃ。

生まれるものはナルのぢゃ。

ナルには智慧でなるのぢゃぞ。

(一月三日) 黄金の巻 第086帖 (597)


そなたが神つかめば、神はそなたを抱くぞ。

神に抱かれたそなたは、平面から立体のそなたになるぞ。

そなたが有限から無限になるぞ。

神人となるのぢゃ。

永遠の自分になるのであるぞ。

他のために行ぜよ。

神は無理申さん。

始めは子の為でもよい。

親の為でもよい。

自分以外の者の為に、先ず行ぜよ。

奉仕せよ。

嬉し嬉しの光さしそめるぞ。

はじめの世界ひらけるぞ。

一本足では立てん。

二本足がよいぞ。

やがては明くる二三(フミ)の朝、二二(フジ)は晴れたり、日本晴れ。

(一月三日)

黄金の巻 第093帖 (604)


「天地のことわり書き知らすぞ。」

この巻しろかねの巻。

天国ぢゃ、

霊国ぢゃ、地獄ぢゃ、浄土ぢゃ、穢土ぢゃと申してゐるが、

そんな分けへだてはないのであるぞ。

時、所、位に応じて色々に説き聞かせてあるのぢゃが、

時節到来したので、

まことの天地のことわりを書き知らすぞ。

三千の世界の中の一つがそなた達の世界であるぞ。

この世も亦三千に分れ、

更に五千に分れてゐるぞ。

このほう五千の山にまつれと申してあろう。

今の人民の知り得る世界はその中の八つであるぞ。

人民のタネによっては七つしか分らんのであるぞ。

日の光を七つと思うてゐるが、

八であり、九であり、十であるぞ。

人民では六つか七つにしか分けられまいが。

「イワトがひらけると更に九、十となるぞ。

【かくしてある一厘の仕組、九十の経綸、成就した暁には何も彼も判る】」

と申してあらうが。

八つの世界とは、、ア、オ、ウ、エ、イであるぞ。

八は固、七は液、六は気、五はキ、四は霊の固、三は霊の液、二は霊の気、一は霊のキ、

と考へてよいのぢゃ。

キとは気の気であるぞ。

その他に逆の力があるぞ。

九と十であるぞ。

その上に又霊の霊の固から始まってゐるのであるが、

それはムの世界、

無限の世界と心得よ。

霊界に入って行けば、その一部は知れるなれど、

皆直ちには判らないのであるぞ。

判らんことは判らんと、

わからねばならんと申してあらうがな。

天、息吹けば、地、息吹くと申してあろう。

このことよくわきまえよ。

地の規則、天の規則となることあると申して知らしてあらう。

この大切こと忘れるでないぞ。

おもひの世界が天ぞ。

にくの世界が地ぞ。

おもひは肉体と一つぞ。

二つぞ。三つぞ。

おもひ起って肉体動くぞ。

肉体動いておもひ動くこともあるぞ。

生れ赤児の心になって聞いて下されよ。

何も彼も、ハッキリうつるぞ。

陰と陽、右と左、上と下、前と後、男と女と考へてゐるなれど、

タカミムスヒとカミムスヒと考へてゐるなれど、

別のミナカヌシ、

現はれるぞ。、卍、 、よく見て下されよ。

一であり、二であり、三であらうがな。

三が道と申してあろう。

陰陽二元でないぞ。

三元ぞ。三つであるぞ。

なくてはならん。

にもかくれたと 現われたとがあるぞ。

このこと先づ心得て下されよ。

そなた達は父と母と二人から生れ出たのか。

さうではあるまいがな。

三人から生れ出てゐること判るであらうがな。

どの世界にも人が住んでゐるのであるぞ。

の中にがあり、

その中に又があり、

限りないのざと知らせてあらうが。

そなた達の中に又人がゐて限りないのぢゃ。

このほう人民の中にゐると知らしてあらうがな。

そなた達も八人、

十人の人によって生きてゐるのぞ。

又十二人でもあるぞ。

守護神と申すのは心のそなた達のことであるが、

段々変るのであるぞ。

自分と自分と和合せよと申すのは、

八人十人のそなた達が和合することぞ。

それを改心と申すのざぞ。

和合した姿を善と申すのぢゃ。

今迄の宗教は肉体を悪と申し、

心を善と申して、

肉体をおろそかにしてゐたが、

それが間違ひであること合点か。

一切がよいのぢゃと云ふこと合点か。

地獄ないこと合点か。

悪抱き参らせよと申してあること、

これで合点か。

合点ぢゃナア。

各々の世界の人がその世界の神であるぞ。

この世ではそなた達が神であるぞ。

あの世では、そなた達の心を肉体としての人がゐるのであるぞ。

それがカミと申してゐるものぞ。

あの世の人をこの世から見ると神であるが、

その上から見ると人であるぞ。

あの世の上の世では神の心を肉体として神がゐますのであって限りないのであるぞ。

裏から申せば、神様の神様は人間様ぢゃ。

心の守護神は肉体ぢゃと申してあらうがな。

肉体が心を守ってゐるのであるが、

ぢゃと申して肉体が主人顔してはならんぞ。

何処迄も下に従ふのぢゃ。

順乱すと悪となるぞ。

生れ赤児ふみこえ、

生れ赤児になって聞いて下されよ。

そなた達の本尊は八枚十枚の衣着ているのぢゃ。

死と云ふことは、

その衣、上からぬぐことぢゃ。

ぬぐと中から出て来て又八枚十枚の衣つけるやうになってゐるのぢゃ。

判るやうに申してゐるのぢゃぞ。

取違ひせんやうにせよ。

天から気が地に降って、

ものが生命し、

その地の生命の気が又天に反影するのであるが、

まだまだ地には凸凹あるから、

気が天にかへらずに横にそれることあるぞ。

その横の気の世界を幽界と申すのぢゃ。

幽界は地で曲げられた気のつくり出したところぢゃ。地獄でないぞ。

(十二月十四日)

白銀の巻 第01帖 (612)

使用さされた特殊文字              


判るやうに申すならば、宇宙は真と愛との現はれであるぞ。

愛と真ではない。

、愛、真、善、智であるが、愛真でもなく、善智でもないぞ。

愛と真が善と智と現はれ、喜びとなってはたらき、が加わって弥栄えた生命であるぞ。

愛のみと云ふものないぞ、真のみと云ふものないぞ。

愛と現はれ真と現はれるのであるぞ。

人間には現はれたものだけより判らんのであるが、ことわけて申すならば愛には真かくれ、真には愛かくれ、その奥にがあるのぢゃ。

人間はおやを父と母とに区別してゐるが、母と現はれる時は父その中に居り、父と現はれる時はその中に母ゐるのであるぞ。

何れも親であるぞ。

父となり母となり現はれるのであるぞ。

愛と真、善と智と区別して説かしておいたが、それは今迄のこと、いつまでもそんなところでまごまごさしてはおけんぞ。

が判らねばならん。

が判らねばならん。

男の魂は女、女の魂は男と申してあらう。

人間の目に愛とうつるものは外の愛、

真とうつるものは外の真ぞ。

中から申せば外は御役の悪であるぞ。

今が過去で、今が未来ぞ。

時間にふみ迷ふなよ。

空間に心ふみ迷ふでないぞ。

皮一枚ぬいで心でよく考へなされ。

いつも日が出てゐるでないか。

月輝いて御座るでないか。

力そのものに、力はないのであるぞ。

霊と肉の結びのみで力現はれるのでないぞ。

プラスとマイナスと合せて組みて力出ると思うてゐるのであらうが、

一歩ふみ出さねばならんぞ。

プラスとマイナスと合わせたのではプラスとマイナスぞ。

力出ないのざ。

の力が加わって 其処にヨロコビ出て、理(ミチ)となり、

なり、なりて真実と現はれるのぞ。

弥栄が真実ぞ。

神ぞ。

神の心ぞ。

竜神と申してゐるが竜神にも二通りあるぞ。

地からの竜神は進化して行くのであるぞ。

進化をうそざと思ふは神様迷信ぞ。

一方、天からの竜神は退化して行くのであるぞ。

この二つの竜神が結ばれて人間となるのであるぞ。

人間は土でつくって、神の気入れてつくったのざと申してあらうがな。

イワトしめとイワトひらきの二つの御用のミタマあると申してあらうが。

ミタマの因縁恐ろしいぞ。

愛と智は呼吸して喜びとなるのであるぞ。

よろこびは形をとる。

形なく順序なきものであるぞ。

善と真のはたらきを完全にするには、

善と真との差別をハッキリとさせねばならんぞ。

とけ合はせ、結んでヨロコビと現はれるのであるが、 区別することによって結ばれるのであるぞ。

しなければならん。

すればする程 力強くとけ合ふのであるぞ。

大き喜びとなる。

このこと日月の民には判るであらうな。

道は三つぞ。

合点ぢゃなあ。

小の中に大あるぞ。無の中に有(ウ)有るぞ。

もの益々小さければ、益々清ければ、益々内に大きなものあり、

益々純なものあるぞ。

神はそなたの中にあるが外にもあると申してあらうがな。

(ウム)よく見て下されよ。

愛はそのまま愛でないぞ。

真はそのまま真でないぞ。

善はナマでは善でないぞ。

智はナマでは智でないぞ。

入れて、結んで解けてヨロコビとなるのざ。

ヨロコビ生命ぞ。

宇宙の総て生命であるぞ。

(一月一日)

白銀の巻 第02帖 (613)

使用された特殊文字    


の中のの中の は一であり、

二とひらき、三と生命するぞ。

理は一(ヒ)で二(フ)で、三(ミ)であると申してあらう。

一(ヒ)も二(フ)も三(ミ)も同じであり、

違って栄えるのざ。

一二三(ヒフミ)であるぞ。

このこと教へられても判るまい。

ハラで判る大切こと、ハラ大切ぞ。

かたまってはならん。

に捉はれるとは判らん。

地の定規ではかってはならん。

如何なる天国も自分でつくるのぞ。

そろばん捨てよと申してあらうがな。

よろこびは理(ミチ)ぞ。

数ぞ。言ぞ。真理ぞ。愛善ぞ。

生命のイキと云ふこと判るであらう。

天国と申すのは一人の大きな人間であるぞ。

天国は霊人のみの住む所でないぞ。

そなた達も今住んでゐるでないか。

霊人も現界に住んでゐるでないか。

現界をはなれて天国のみの天国はないのであるぞ。

故にこそ、現界で天国を生み出し、天国に住めんものが、死んで天国へ住める道理ないのぢゃ。

アメツチと申してあらう。

この道理よくわきまえよ。

善とか悪とか真とか偽とか愛とか憎とか申すのは相対の天国ぞ。

まことの天国には喜びのみが生きてゐるのであるぞ。

喜びの中にとけ入って、喜びのものとなってゐるのであるぞ。

喜び食し、喜び着、喜びを呼吸し、喜び語り合って、嬉し嬉しとなるのぞ。

いらんものは形が変って来る。

新しき生命 湧き出るのであるぞ。

善が悪と、真が偽と変った時は死となるぞ。

その死は新しき別の生命と現はれて、新しき形の、新しき世界の善となり真となるのぞ。

善も悪もないのざと申してあらう。

善悪はあるが無いのざと申してあること判りたか。

自分自身、己の為の善は死し、

善の為の善は弥栄えるぞ。

死んだものは新しき形をとって生命するのであるぞ。

弥栄の道、神の喜び人間の喜びの中にあるぞ。

愛ざと申して愛に囚はれて御座るぞ。

真ざと申して真に囚はれて御座るぞ。

喜びに生きよ。

宗教に囚はれてはならん。

道に囚はれてはならん。

喜びに生きて、喜びに囚はれるなよ。

お互に喜びの湧き出づることでなければ真の愛でないぞ。

理(ミチ)でないぞ。

天国に理あると申すが、今の人間の申したり、考へたりするやうな道でないぞ。

道なき理と申してあらうが。

喜びが理であるぞ。

嬉し嬉しの理、早う合点せよ。

生命栄えるもの皆喜びであるぞ。

信仰とは、その喜びの中にとけ入ることぞ。

生も死もなくなるのざ。

時間や空間を入れるから、知(血)、通はなくなるのぞ。

(一月二日)

白銀の巻 第03帖 (614)

(使用されている特殊文字


汽車あれば汽車に乗れよ。

飛行機あれば飛行機に乗れよ。

歩いたり、馬で行くのでは間に合はんことになってゐるぞ。

昔のままの宗教のやり方ではならん。

根本はよくても中々に目的地にはつかん。

飛行機時代には飛行機に乗れよ。

乗って進む宗教の道によらねばならん。

今は今の姿が真実ぞ。

そなたの頭で割り切れんと申してブツブツ申すでないぞ。

あるものそのものが真実であるぞ。

そのあるものを拝み、祝福して、其処から出発せよ。

現在を祝福することは過去を、未来を、総てを祝福することぞ。

たとへ如何なる現在も、その現在を祝福せねばならん。

喜びせねばならん。

喜びもとと申してあらうがな。

この巻くろかねの巻。

(一月二十三日)

黒鉄の巻 第01帖 (619)


理屈は一方的のものぞ。

どんな理屈も成り立つが、理屈程 頼りないもの、力にならんものないぞ。

理(リ)が(カミ)の御能(オンハタラキ)ぞ、よく見極めねば間違うぞ。

囚はれるなよ。

他の為に苦労することは喜びであるぞ。

全体のために働くことは喜びぞ。

【光の生命】ぞ。

誰でも重荷負はせてあるのぢゃ。

重荷あるからこそ、風にも倒れんのざ。

この道理、涙で笑って汗で喜べよ。

それとも重荷外してほしいのか。

重い重荷もあるぞ。

軽い重荷もあるぞ。

今まいた種、今日や明日には実らんのざ。

早く花が見たく、実がほしいからあせるのぢゃ、人間の近慾と申すもの。

神の大道に生きて実りの秋(トキ)まてよ。

まいた種ぢゃ。

必ず実る。

誰も横取りはせんぞ。

万倍になってそなたにかへると申してあらう。

未来にもえつつ現在にもえよ。

神相手に悠々と天地に歩め。

(一月二十二日)

黒鉄の巻 第03帖 (621)

使用された特殊文字 


神は理屈ではない。

理であるぞ。

生きた自由自在の、見当とれん、絶対であるぞ。

只求めるより他に道ないぞ。

親呼ぶ赤児の声で神を求めよ。

神に呼びかけよ。

総てを投げ出せよ。

まかせ切れよ。

神は喜びの光となって、そなたに現はれて来るぞ。

理屈の信仰に囚はれると邪道。

赤児心の理解は第一ぞ。

(一月二十二日)

黒鉄の巻 第26帖 (644)


一切のものは(ウズ)であるぞ。

同じことくりかへしているように、人民には、世界が見えるであろうなれど、

一段づつ進んでいるのであるぞ。

木でも草でも同様ぞ。

前の春と今年の春とは、同じであって違って居らうがな。

行き詰りがありがたいのぢゃ。

進んでいるからこそ、行きあたり行きつまるのぢゃ。

省みる時与えられるのぢゃ。

さとりの時与えられるのぢゃ。

ものは、はなすからこそ掴めるのぢゃ。

固く握って戸しめていてはならんのう。

扉あけておけと申してあろうが。

着物ぬいで裸体となること つらいであろうなれど、ぬがねば新しい着物きられんぞ。

裸になってブツカレよ。

神様も裸になって そなたを抱いて下さるぞよ。

重い石のせたタクアンはうまいのであるぞ。

春の巻 第10帖 (667)


神から出るものは理(リ)にきまってゐるぞ。

この平凡の理(ミチ)の道理が何故に判らんのぢゃ。

得心出来んのぢゃ。

それに従へばこそ向上、弥栄するのぢゃ。

天狗ざから、慢心するから、理がなくなるから行き詰るのぢゃ。

一応は世界一家のカタ出来るのぢゃ。

が、それではならん。

それを越えて、ねり直してマコトの一家となるのぢゃ。

天が上で地が下で、中にあるのぢゃ。

それがミロクの世ぢゃ。

気長にやれと申してあろう。

長い苦心なければ よいもの出来ん。

この世で出来終らねば、あの世までもちつづけても やりつづけてもよいのぢゃ。

そなた達はあまりにも気が短いぞ。

それではならんのう。

マコトの生活は永遠性もってゐるぞ。

これないものは宗道でないぞ。

春の巻 第29帖 (686)

使用された特殊文字 


これぞと思ふ人があったら、その理(ミチ)の人について御座れよ。

一寸先見へん人民ぢゃ。

先達の後からついて御座れ。

それが一番よいことぢゃ。

人、見出すこと六ヶ敷いのう。

十年、二十年行じても、目あて違ってゐたら何にもならんぞ。

このほうの道へ御座れ。

正しき光の道によれよ。

十日で、一月で見ちがへる程になるぞ。

死んだ気で神示(フデ)をそなたの身にうつせよ。

涙流せよ、汗流せ、血流せよ。

天災や地変は大き肉体の応急処置の現れであるぞ。

部分的に、人間苦しめる様に思ふてはならん。

一日一度は便所へ行かなならんであろうがな。

人間、この世の五十年をもととして考へるから判らなくなるのざ。

永遠弥栄の生命、早う体得結構。

春の巻 第49帖 (706)


人民の因縁性来はみな神示にかかしてあるぞ。

そなたのこと何も彼も一目ぢゃ。

因縁判ってうれしうれしで御用結構。

うれしおそろしくなる仕組。

春の巻 第51帖 (708)


神の御用は、神のみこと(命(実言))のままでなくては成就せん。

皆々釈迦ぞ、キリストぞ。

もっと大き計画もちて御座れ。

着手は出来る処からぞ。

つかめる所から神をつかめよ。

部分からつくり上げなされよ。

我出してはならん。

そなたはそれでいつもしくじってゐるでないか。

天狗ではならん。

心出来たら足場固めねばならん。

神の足場は人ぢゃ。

三千の足場、五千の足場。

月光の巻 第08帖 (795)


逃げ道つくってから追わねばならん。

そなたは相手の逃げ道をふさいでギュウギュウ追ひつめるから逆うらみされるのぢゃ。

逆うらみでも恨みは恨みの霊団をつくり出すぞ。

悪を抱けよ。

消化せよ。

浄化せよ。

何も彼も太神の許し給えるものなるが故に存在する。

そなたは神にこり固まってゐるぞ。

こり固まると動きのとれんことになる。

一度そなたのもつ神をすてるとよいぞ。

すてると掴めるぞ。

月光の巻 第12帖 (799)


流れ出たものは又元にかえると申しても、そのままでは帰られんのであるぞ。

天から降った雨が又天に昇るには、形をかえるであろうが、この道理をわきまえんと、悪かみかかりとなるぞ。

それはそなたの自己慾から出てゐるぞ。

自己慾もなくてはならんが、段々浄化して行かねばならん。

浄化して大き自己の慾とせよ。

自分のみの慾となるから弥栄えんのぢゃ。

弥栄えんもの神の御心に逆行。

自分で判断出来ることを何故にきくのぢゃ。

神にきけば神に責任をきせるのと同様ぞ。

人間の悪いくせぞ。

出直せよ。

月光の巻 第14帖 (801)


与えることは頂くことぢゃと申しても、度をすぎてはならん。

過ぎると、過ぎるものが生れて、生んだそなたに迫って来るぞ。

月光の巻 第15帖 (802)


そなたの仕事、思いつき結構であるが、神の御意志を頂かねば成就せん。

神と申しても、そなたが勝手にきめた神や宗教で固めた制限された神ではないぞ。

判っただけでは駄目ぞ。

行じねばならん。

生活しなければならん。

芸術しなければならん。

月光の巻 第17帖 (804)


産土さまによくお願いなされよ。

わすれてはならんぞ。

宗教にこり固まって忘れる人が多いぞ。

他の神を拝してはならんと云う、そなたの信仰はそれだけのもの、早う卒業結構。

月光の巻 第22帖 (809)



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