ひふみ神示 第六巻 日月の巻 第一帖(174)
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トッチです。 新年度は日月の巻からです。
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昭和十九年十月十七日、 旧九月一日(1944年) 富士は晴れたり日本晴れ。
此の世に自分の物と云ふ物は 何一つないのであるぞ。 早う自分からお返しした 者から楽になるのざぞ。 今度の大洗濯は三つの大洗濯が 一度になって居るのざから、 見当取れんのざぞ。 神の国の洗濯と外国の洗濯と世界 ひっくるめた洗濯と 一度になってゐるのざから、 そのつもりで少しでも 神の御用務めて呉れよ。 此れからがいよいよの 正念場と申してあろがな。 今はまだまだ一の幕で、 せんぐり出て来るのざぞ。 我(が)出したら判らなくなるぞ、 てんし様おがめよ、 てんし様まつりて呉れよ、 臣民 無理と思ふ事も無理でない事 沢山にあるのざぞ、 神はいよいよの仕組にかかったと 申してあろがな。 毀(こわ)すのでないぞ、 練り直すのざぞ。 世界を摺鉢(すりばち)に 入れて捏(こ)ね廻し、 練り直すのざぞ。 日本の中に騒動起るぞ。 神の臣民 気つけて呉れよ。 日本も神と獣に分れているのざから、 いやでも応でも騒動となるのざぞ。 小さくしたいなれど。 旧九月一日、 ひつくのか三。
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富士は晴れたり日本晴れ。 日月の巻を書き知らせます。 此の世に自分の物と云う物は何一つないのです。 早く自分からお返しした者から楽になるのです。 今度の大洗濯は三つの大洗濯が一度になっているのですから、見当取れないのです。 「神の国の洗濯」と「外国の洗濯」と「世界ひっくるめた洗濯」 と一度になっているのですざから、 そのつもりで少しでも神の御用を務めてください。 此れからがいよいよの正念場と云っています。 今はまだまだ一の幕で、次々に出て来るのです。 我(が)を出したら判らなくなります。 天使・天詞様を拝みなさい。 天使・天詞様を祀ってください。 臣民には無理と思う事も無理でない事も沢山あるのです。 神は「いよいよの仕組」にかかったと云っているでしょう。 世界を毀(こわ)すのでないのです。 練り直すのです。 世界をすり鉢(すりばち)に入れて捏(こ)ね廻して、練り直すのです。 日本の中にも騒動が起るのです。 神の臣民は注意してください。 日本も神と獣に分れているのですから、いやでも応でも騒動となるのです。 騒動を小さくしたいのですが、神といえど限界があるのです。
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三つの大洗濯は地上界の「神の国の洗濯」と「外国の洗濯」、天界の「世界ひっくるめた洗濯」、と云う意味ですから、地球上と宇宙ということになります。
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「世界を毀(こわ)すのでないのです。 練り直すのです。 世界をすり鉢(すりばち)に入れて捏(こ)ね廻して、練り直すのです。」 岩戸開きは単なる文明の破壊ではなく、滅亡でもありません。 世をミロクの世にする事です。 壊すだけでは、また元に戻ってしまいます。 根本から練り直すのです。 全体としては分りやすい神示だと思います。
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