<ローマ法王の遺書>「大聖年」に退位も 法王庁が公表
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15ページもあるんですねぇ
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<ローマ法王の遺書>「大聖年」に退位も 法王庁が公表 【ローマ福島良典】ローマ法王ヨハネ・パウロ 2世が西暦2000年に、キリスト教の「大聖年」の 区切りと老齢、病気による体力の衰えから、 退位の可能性を考えていたことが7日、 法王庁(バチカン)が公表した遺言で明らかになった。 遺言はポーランド語で15ページ。就任翌年の1979年3月6日に初めて記され、00年まで数年おきに書き足された。 00年の部分で法王は「困難だった時代が間もなく幕を閉じる」と述懐。「(法王としての)使命をいつまで続けなければならないのかを理解するのを神が手助けしてくださるように」と胸中を吐露、「必要な体力」が続くよう祈念している。 法王はカトリック教会を00年以降の「新千年紀」に導くことを任務と考えていたとされる。法王が老齢・病身の場合の退位論議はくすぶっていたが、晩年はミサなどで「私の死後も祈ってほしい」と自らの死に触れながらも、 最期まで使命を貫いた。 冷戦終結に道を開いた法王は「神の摂理のおかげで、冷戦が激しい核紛争を経ずに終わった」と振り返る一方、ユダヤ教などの他宗教に感謝している。自らの最期に関して82年の部分で母国ポーランドでの埋葬の希望に触れているが、85年には枢機卿会議に一任した。 (毎日新聞) - 4月8日1時43分更新
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