冠島(おしま・かんむりしま)情報
|
|---|
冠島で検索かけたら 大本関連のページにたどり着いたようです。 明治三十三年に出口王仁三郎氏二十九才の時、 出口澄子(出口直末娘)と結婚。 七月四日(旧六月八日)沓島(めしま)開き。 八月二日(旧七月八日)冠島(おしま)開き。 まことの神が押し込められていた 若狭湾の島。 丹後一宮である篭神社では 奥の院として祭神を天火明命としている。 冠島沓島開きにより、神霊は弥仙山に。 明治四十二年に、王仁三郎によって 綾部にと遷座してゆく。 十月鞍馬山出修。 明治三十四年王仁三郎三十才。 四月二十六日(旧三月八日)水の御用(元伊勢に)。 五月二十七日元伊勢の水を丹後の沓島冠島の 竜宮海に。 七月一日出雲出修に。 七月二十日帰綾。 途中から(火水の戦い)はじまる。 火水の戦いとは、出口直にかかる アマテラスと王仁三郎のスサノオの 霊的戦い。 また出口直にかかる艮金神と 王仁三郎の小松林との霊的な言論戦。 王仁三郎は、出口直の筆先で 悪霊とされ、役員連からの迫害を受ける。 これは、インターネットにおける 太陽さんの言論戦の型示でしょうか? 王仁三郎氏は牧場や獣医の 資格持っていたんですね。 それで教団としての 資金を確保していた? 一度大本から離れて 人造精乳会社を起こしているようです。
![]() 弥仙山見てみました。 綾部と舞鶴の境にあるようです。 此花咲弥姫を守護人としているようです。 改心の道なんてのもあるようです。 青葉山との高さを競いあって 低い弥仙山は小石を山頂に持っていって 積み上げる話もあるそうです。 出口直女史や出口王仁三郎氏には サタンなどの横やりは入っていないので しょうか。 不敬罪の弾圧以外に啓示による ひっかけ、騙しなどはなかったのかな?
|
![]()
|
![]() |
![]() |
|
|||
|
|