「炒り豆に花が咲いた」のは確からしい
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jula です もうちょっと補足しておきます。 サタンによる地球劇場での出来事、 という点ではアンテナをつけた 埴輪みたいな指導霊は 月人なのかも知れません ただ、ミロクの世では(炒り豆に花が咲く) このような事は 当たり前なのかもとも思えます 霊界や神界では現界のような 一方向的な時間の流れが当てはまらないようです となると色々な瞬間であったり 時点に任意に選択的に 行き来できるのかもしれません そして現界は、一方向的な 時間の流れという縛りがあるにも関わらず、 「煎り豆に花が咲く時節が来る」 ことを ひふみでは指摘しています 天明が煎られた豆から芽がぶわっと芽吹く 様子を映像で見せられたのなら、 「そんな馬鹿な?!」 と思ったかも知れません。 しかし 「白銀の巻や地震の巻」 あたりが下ろされた後であれば、 煎り豆に花が咲くことも、 この世はともかく神界、 霊界ではなんでもないことだと 思えたのではないでしょうか そういう意味では“ひふみ”としては 煎り豆に花が咲く事自体は 本来的には何ら不思議なことでは ないけれども、現界でそれが 起きたときには 「時節がやってきたことに注意しなさい」 という事のようです ですので、天使側がやらせたので あろうが、月人がやらせたのであろうが 現界において煎り豆に花が咲く という事が、 「何かの大切な 節目となるキーをあらわしている」 のだと思います "煎り豆に花” というのは近未来で起きることを 選択的に言い表した予言とも思えます また、その具体的な様子に 注意を向けなさいという事とも思えます。 以下"煎り豆に花”に関する帖ですが、 以下"煎り豆に花”と関連する 事にクローズアップして 部分的な解釈をつけてみました
→『不思議の科学』によると、 「魂?のレベルで豆が、 大きくなりたいと言っている 事を聞き取り、その思いに対しての 交流とフォローをしてあげる」 「すると霊の世界で芽吹く」 「それを現界にまで関係を 保って現実レベルでも芽吹かせる」 とのことです まさに “草物いふぞ” そのものですね ある意味御霊が曇っているが故に、 魂レベルの交流が 果たせなくなってしまっている、 故に “草物いふ” 事がわからなくなっているという 事なのかも知れません
→煎り豆 花咲くぞ 上下ひっくり返るぞ 煎り豆花咲くは神示の中の 言葉だけでなく現実となったようです “上下ひっくり返る” も現実となるのでしょう その上下ひっくりかえるのが 「ノアの大洪水」 のことを 言っているのでしょうか? それとも別のことを言っているの でしょうか? ただ、 “煎り豆花咲く” が現実となった以上、 “上下ひっくり返る” も現実となると思います そして “三千年の昔に返す” も現実に起きるでしょう それらが “水も洩らさん仕組” によってなされるという事のようです “水も洩らさん仕組” では、 “煎り豆 花咲く” のは折込済みという事なのでしょうね
→煎(ゐ)り豆 花咲く目出度い 時となってゐるのに何して御座るのぞ 草木ものいう事を聞き入れあげることで、 是非食べてもらいたいと思っている草木は、 みな準備万端にあるのですよ なのに機械的に植えて育てて 収穫するのは弥栄から外れている事に 気づかないのですか? といった事を指摘しているように思えます 草木のいう事、 思いを聞き入れる事できるようになれば 石がいう事もわかります 現世で重要視される学や智に拠らず、 魂のレベルの交流を果たしなさい、 といった事を説いているのかもしれません (そういう意味では不思議の科学、 不思議の科学Uあたりは、“煎(ゐ)り豆 花咲く” を例として魂レベルでの交流であったり、 より本来的なあり方についての具体的な 例示としての参考書みたいに 考えてもいいような気がします )
→ここで “時節よく気付けて 取違ひせんよういたしくれよ” と言って、 “時まてばいり豆にも花さくのであるぞ” とひきあいに出しています 更に 上下でんぐり返るのであるぞ 上の人が青くなり、 下の人が赤くなるのであるぞ 取りちがひないように理解して下されよ と言っています となると次に “上下でんぐり返る” があって、その次に “上の人が青くなり、下の人が赤くなる” のでしょうか いずれにしても、 “いり豆にも花さく” のは、気付くべき時節が来ている事をあらわしているようです
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