ほつまつたゑ 御機(ミハタ)の七
遺し文(フミ) 清禍(サガ)を裁(タ)つ綾
(7-01) 兵主の訴え
諸々の神が善悪(サガ=清禍)を判断して裁判を行っていた時、狭鉾から兵主(ツ
ハモノヌシ)が飛ばせた急使が、香具宮(カグ宮)すなわち忍仁忍穂耳の所に着い
た。 その内容は次のものだった。
(7-02) 白人と胡久美の悪業
「千足国の益人の座杵は、民から出た刺身女(サシミ女)を妻に娶りました。 その妻
が座姫(クラ姫)を生んだので溺愛し、妻の兄の胡久美(コクミ)までも我が子同然
に扱って、狭鉾・千足の益人に取り立てました。 しかし、天照神の遠征があった今で
は、副官(ソエ)に降格となっております。
座杵は自分の臨終が近づいたのを悟って、白人(シラヒト)を座子姫と結婚させて
根の国の益人に任じました。 座子姫が自分の身を盾(タテ)にしてまで座杵の亡骸を
立山(タテ山)に埋葬した後は、白人はこの母と子を捨てて西(ツ)の胡久美の下に
送り返してしまいました。 すると胡久美は、この母と子の二人を犯してしまったので
す。
しかし、この罪を神狭日は糺(ただ)さないでおられます。 だから臣の私が、この
裁きを要請致します。」
(7-05) 胡久美の言い分
この知らせを受けて、御幡(ミハタ)つまり宮中から勅使(サオシカ=清緒鹿)を
介して神狭日と胡久美と母子とが呼び出された。 高天において、金折の質問に胡久美
がこう答えた。
「刺女は本当は、我が妻です。 それが証拠に、君が亡くなられる際の遺言の証文(オ
シテ)があります。」
金折は、また質問をした。
「いったいお前は何人のつもりだ。」
これに胡久美が、
「民です。」
と言ったので、金折は激怒して叫んだ。
(7-06) 胡久美の量刑
「おまえは獣にも劣る罪人だ。 座子をお前の妻とするならまだしも、その母まで犯
すとは。 刺女を座杵に奉げた縁で、おまえの様な卑しい者が益人になれたのだぞ。 そ
のようなご厚恩を受けたのも、君である座杵と母の刺女のお陰ではないか。 お前の善
悪(サガ)を挙げて見れば、
君である座杵の恩恵を忘れた罪、百座
母・刺女の恩恵を忘れた罪、二十座
母・刺女を犯した罪、百座
証文を偽造の罪、百座
座子姫をないがしろにした罪、五十座
となるので、全て合わせて三百七十座である。
(7-09) ト鉾法
天の一巡を三百六十度(タビ)とするト鉾法(トホコノリ)では、「所去る」すな
わち追放と、「流離う」つまり氏姓や財産を没収して下民に落とすことと、「交わり
去る」つまり誰とも会話や交流を禁じる刑と、「命去る」つまり死刑に九十度ずつ四
分割するが、お前の刑はその四つ分を越えているので、「ほころび」つまり拷問禁固
の刑である。」
そう言って牢獄に入れた。
(7-10) 白人の言い分
次に根の国の白人を召し出し、高天で金折が質問した。
「母を捨て、妻を追い出したのは何故か」
これに白人が答えて言った。
「自分が追い出したのではなく、
母の方から家を捨てて出て言ったのです。 姫も占い
に示された天の意向にしたがって出ていったのです」
また、金折がその原因を質問したのに答えて、こう言った。
「我が家は代々、臣の家柄なので、座杵のご命令に従って諸事を行ったまでです。 母
の刺女は民の女でしたが、私が君の座杵にお勧めしたからこそ、その妻に納まったの
です。 その私が、君のご恩をどうして忘れられましょうか」
と、流暢に語った。 これを聞いていた神皇産霊は、白人を強い口調で叱った。
(7-13) 神皇産霊の証言
「汝は、口先できれい事を言って皆を惑わすつもりか。 我は汝の悪行をよく知ってい
るぞ。 だいたい汝が朋友を飛び越えて出世できたのも、元はといえば汝の義母となっ
た刺女の力添えで政治を任されてたからだろう。 その義母を横恋慕したために妻の座
子姫から疎んじられたのであろうが。 その事実を隠すために、母子を胡久美の下へ追
いやったのは明白だ。
(7-14) 白人の量刑
民の女の刺女を座杵から奪った上に、
援助を受けた恩恵を忘れた罪、二百座
母子を去らせた罪、百座
母子が得るべき遺産を着服した罪、五十座
胡久美から母子の譲渡料を掴んだ罪、六十座
となるので、全て合わせて四百十座である。 これを言い逃れできるのか」
白人が返答に詰まって答えないので、牢獄に入れた。
(7-16) 根の国と千足国の人事移動
さらに天照の大御神は皆と協議して
「八十杵を根の国神に任命する。 伊邪那岐の産屋(ウブヤ)があった根の国を治める
のは自分の叔父と叔母の八十杵と菊桐姫の夫婦なので、祖霊の祭祀が絶えることはな
いだろう」
と、詔のりをされた。
この勅命により根の国の民を統治した叔父と叔母こそ、白山の神である。 白山の神
は、伊邪那岐を祀ったものの、その弟の座杵は失政を招いたとして祀らなかった。
一方で持子は、座子姫と、神狭日の子の天忍日(アメオシヒ)とを結婚させて、天
忍日を自分の義兄とし、父の益人座杵の千足国の政務を継がせた。
(7-18) 白人と胡久美の恩赦
白人と胡久美も、このご成婚による恩赦を得て、罪が半減され流離(サスラ)の刑
となり斐川(ヒカハ)に送られたが、その後に益人の天忍日が二人を自分の臣として
再登用してしまった。
(7-19) 素戔鳴と速吸姫
ところで素戔鳴は、この婚礼の準備が整った所で、真名井に祭られる豊受の朝日宮
の神にご報告のために君の名代として詣でた。 すると、大勢の参詣者の中に一人の美
しい手弱女(タヲヤメ)がいたので、どこの誰かを尋ねたところ、近習婢(マカタチ
=古語)の返答は、
「赤土(アカツチ)の速吸姫(ハヤスウ姫)です。 」
とのことだった。 これをお聞きになった素戔鳴は、父の赤土に速吸姫を妻にとの急使
(キジ)を送った。 赤土の返事は
「素戔鳴の宮があれば、嫁ぎましょう」
とのことだった。 しかし、そうは言っても素戔鳴には自分の宮もなく、活津彦根の大
内宮に間借りして暮らしている状態だったので、婚儀は延期となった。
(7-21) 素戔鳴尊と持子・早子の醜聞
素戔鳴は、北の局にも時々寝泊まりしていた。 しかしこの醜聞は皆の知るところと
なり、
「北の局の姉妹の持子と早子は暇をとりなさい。 」
とのご沙汰が中宮(ウチミヤ)の向津姫からあり、その代わりに豊姫が北の内后とし
て召されることになった。
北の局が自分の部屋に退いて、おしとね下がりとなったことを嘆くのを素戔鳴が聞
きつけて、その沙汰に我慢できず、剣を手にして向津姫のもとへ談判に行こうとされ
た。 しかしそれを早子が押しとどめた。
「忠孝(イサオシ)を立てていけば天下が取れますが、逆らってばかりでは天下はい
つまでも手に入りません。 ここは自重して後日の再起を図りましょう。」
と言った。 この騒ぎに花子が何事かと様子を見に来たので、皆は慌てて鉾を隠して素
知らぬ顔をした。 花子もその場は何くわぬ顔で見ないふりをしたものの、その後で中
宮に報告した。
(7-24) 向津姫の裁定
ある日、天照神が高天に行幸された後で、中宮の向津姫は持子と早子を呼び出し
た。 今や日に向かう勢いの日に向かう向津姫が仰せになるには、
「汝ら姉妹が奉る御食(ミケ)は冷えて君との関係も疎遠になったので、筑紫に送る
から、そこで蟄居していなさい(ツグミヲレ)。 なお棚仁は、宣(ノリ)を仁から杵
に改めて棚杵として、引き取ります。 男の子は父親、女の子は母親の元に置こととし
ます。 だから建子、多紀子、田心の三人の姫子も一緒に下って養育しなさい。 必ず
待っていれば、やがて再興の時も来ましょう。 」
と、述べて丁寧に諭された。
(7-26) 大蛇(オロチ)に変じた二流離姫
筑紫の赤土はこの依頼を受け、宇佐の宮居(ミヤイ)を造営し直して、持子と早子
を新たな局として迎え入れた。 しかし二人は、正妻の扱いでないのに怒って、三人の
姫子の養育を拒んだ。 これを赤土が中宮(ウチ)に報告したところ、
「三姫は豊姫に養育させましょう」
と仰せになった。 しかし三姫はこれを受けず、流離われることとなった。
一方、持子と早子の二人は、赤土の元を去って流浪の旅に出たので、「二流離姫
(フタサスラ姫)」と呼ばれた。 この二人は憤慨して斐川に至り、怒り狂った大蛇
(オロチ)と化して、憎悪の念を世の中にわだかまらせた。 胡久美らもこの二流離姫
に仕えて、自分が恨みを抱く血脈(シム)の者を奪っては食べた。
(7-29) 素戔鳴の乱行
一方、素戔鳴は何をしても面白くなく(アヂキナク=古語)、苗代(ノシロ)に種
を重ねて蒔いたり、田の畦畔を壊したりしたので、新嘗祭のための稲が実らなかっ
た。 、また新嘗祭のための神御衣を織って悪戯し、ト道を汚した。 これを糾弾され
て、素戔鳴一人がこの罪を被った。
また、斎衣殿(インハ殿)に近寄ると、中にいた者がこれ見よがしに戸を閉めてし
まったので、素戔鳴は怒って甍(ヰラカ)をうがって屋根に穴を開け、斑点のある馬
(ブチコマ)を投げ入れた。 すると、屋内にいた花子がこれに驚いたはずみに、梭
(ヒ)で身を突いてしまった。
(7-31) 道を為す歌
「花子が神去りました」
と周囲の者たちが泣きわめく声に、天照神の君は激怒さ
れ、素戔鳴に
「お前は、后らを籠絡して子を孕ませ、あるいはト道を汚した上に邪魔する后を殺す
という汚い方法で、国を乗っ取ろうとするつもりか。 道を為す歌に
天(アメ)が下 やわして巡る日月(ヒツキ)こそ
晴れて明るき 民(タミ)の両親(タラ)なり
(天下を和ませて巡行する日と月は、晴れて明るく地上を照らすが、そのような晴々
した明るい性格の日嗣の者こそが、地上の民の両親たる資格を有する。 )
(各先頭を順に読むと「綾日幡(アヤヒハタ)」)
とあるではないか」と仰せになった。
(7-33) 天照神の岩戸隠れ
しかし素戔鳴は、為す事の全てが次々と大事件となるばかりの事態に、岩を蹴散ら
す勢いで猛り狂い、なおも怒りを納める様子がなかった。 天照神の君はその勢いに恐
れをなして、岩室(イワムロ)に入って入り口を閉ざされた。 このため天下は、光
(カ)と陰(ガ)も分けがわからなくなってしまった(アヤナシ=古語)。
野洲川で暗闇に驚いた思兼が、松明(タビマツ)を手にして急ぎ伊雑の宮に馳せ参
じて来た。 そして、子の手力男に状況を尋ねた上で、高天で協議して祈りを捧げるこ
ととした。
(7-34) 兵主の祈りと鈿女らの神懸り
兵主は、真榊木の上の枝に丹玉(ニタマ)を掛け、中の枝には真経津(マフツ)の
鏡を下げ、下の枝には和弊(ニギテ)を懸けて祈ることになった。
また鈿女(ウズメ)らには、それぞれ日陰葛(ヒカゲ=ヒカゲカズラ)を襷(タス
キ)にして、災難除けの鉾と茅巻を持たせた。 そして白朮(オケラ=キク科の薬草)
を庭火に焚いて笹湯花(ササユハナ)の神楽(カンクラ)を舞わせ、祝詞(ノト)を
唱えて神懸り(カンカガリ)させた。
(7-36) 思兼の常世の踊り
深く考えを巡らした思兼は、常世の里、つまり来静居国の踊りを舞ったが、それこ
そが「長幸(ナガサキ)」である。 俳優(ワザオキ=古語)には次の歌を歌わせた。
香具の木 枯れても匂ゆ 萎れても良や
吾が妻 天地(アワ) 吾が妻天地(アワ)や
萎 れても良や 吾が妻 天地(アワ)
(香具の木は枯れても良い匂いがする。 萎れても良い匂いだ。 我が妻は天地国を作っ
た伊邪那岐と伊邪那美の子供である。 だから我が妻は天地の由来の者なのだ。 香具の
木と同じように萎れても良い妻である。 我が妻は天地だ。)
<各末尾を順に読むと「消ゆ山は八穂 山は」>
諸神は岩戸の前にかしましい鹿島鶏(カシマドリ)を放って長鳴を競わせて、長さ
を競うのでこれこそ常世の長幸(ナガサキ)と大騒ぎした。
(7-38) 岩戸開き
天照神の君は、外があまりにも賑やかなので思わず微笑み、細く岩戸を開けて外の
様子を窺った。 その時にその岩戸を、手力男がつかんで投げ、天照神の御手を取って
中から出し奉った。 また兵主が注連縄(シメ縄)を張り廻らして、
「二度と再び岩屋にお帰りにならないように」
と申し上げた。
(7-40) 素戔鳴の罪科
このことがあって後に、高天で協議が行われ、素戔鳴の罪科(トガ)は千座(チク
ラ)で三回分の死刑(三段(ミキダ)の枯れ)となった。 そこで髪を引き抜いて1回
分とし、爪も剥ぎ取って2回分としたが、まだ千座に届かないので殺してしまおうと
した。 その時、向津姫から清緒鹿(サオシカ)を介して、
「受物(ウケモノ)に祈って花子を蘇ら
せました。 花子を殺した罪は、四百の清
(サ)となって償われたので、清禍(サガ)を再検討しなさい。 素戔鳴の行為は血脈
に巣くう虫ではあるが、清禍(サガ)の判定も下さずに牢獄(ツツガ)には入れられ
ないのではないですか。」
(7-42) 素戔鳴の減刑
この詔のりを皆で協議して、天にも悖る重大な罪であったが、血脈のことを考えて
四割を除いた残り六割の、そのまた約半分が減り、
「交わり去る」
の刑に処すること
になった。 これにより素戔鳴は、菅笠(スガサ)を被って青衣(アヲ)を着て、何度
も何度も地面を這い回って施しものを求める下民に身を落とし、各地を流離った。
(7-44) 道清気の歌と千早振るの神楽
大御神が再び政務に就かれたので、再び天には日が照って、人々の表情(オモテ=
古語)も皆楽しげになり、道好け(ミチスケ)の歌が流行った。
天晴(アハ)れ
あな顔白(オモシロ)
あな楽し あな清(サヤ)け
汚穢(オケ) 清(サヤ)け汚穢
天晴(アワ)れ 顔白(オモシロ)
清け汚穢 あな楽し
(ああ(アハレ=古語の感嘆詞)、
天は再び晴れて人々の顔も明るい、ああ何と楽し
いことか、心は清まり、汚いものや穢れも清まれ、汚い物や穢れよ。 ああ、天は晴れ
て人々の顔も明るい。 清まれ、汚い物や穢れよ。 、ああなんて楽しいことか)
<各先頭を逆に読むと「朝を朝を、嗚呼嗚呼」>
人々はこの歌を、互いに手を叩きあって歌いながら踊った。 地を打ち負かした(チハ
ヤフル)と言って何千回も手足を早く振って(チハヤフル)楽しんだので、これが神
楽(カンクラ)となり、また天照大御神に掛かる枕言葉ともなった。
(7-47) 素戔鳴の野洲川訪問
流離男(サスラオ)となった素戔鳴は、
「伊邪那岐の詔のりを受け入れて根の国に行こうと思います。 しかしその前に、姉の
下照姫に少しだけお会いしたい」
と嘆願するので、天照神がこれを許すと、野洲川に昇ってきた。 そのためその周辺は
地響きが鳴って揺れ動いた。
(7-48) 下照姫のいでたち
姉は前々から流離男となった素戔鳴の性格が荒々しいのを知っていたので驚いて
「弟が来るのに良いこと(サ)などあるはずも無いでしょう。 きっとこの国を奪いに
来たのです。 父母(カゾイロ=古語の伊邪那岐と伊邪那美から委任された国(ヨサシ
の国)を放ったらかしにしておいて、敢えて何を窺いに来たのですか」
と、髪を総角(アゲマキ)に結い、裳裾(モスソ)を束ねて袴(ハカマ)の代用にし
て、五百の丹玉(ニ)の御統(ミスマル)を身に巻き付け、肘には千本入りと五百本
入りの矩(ノリ)をくくりつけ、弓弾(ユハズ)を振り回して剣を手にし、土を堅く
突き固めた庭を踏みならして小石を蹴散らし、稜威(イツ)の雄叫びを上げて詰問し
た。
(7-51) 訪問の理由
すると、素戔鳴は言った。
「恐れることはありません。 その昔、私には根の国に行けとの詔のりがありました。
だからこうして向かっているのです。 姉と対面した後で行こうと思って遠路はるばる
訪ねて来たのだから、私を疑っていないで稜威を納めてください。」
そこで、姉は尋ねた。
「心が汚れていない(サココロ=清心)という証明はいったい何ですか」
(7-52) 素戔鳴の禊の誓い
その答えは、こうだった。
「根に行ったら、そこで子供をつくるつもりです。 もしその子が女子なら私が穢れて
おり、男子だったら私が清いという証しとして、禊の誓いとしましょう。
天照神が昔、真名井に滞在されていた際、御統(ミスマル)の珠(タマ)を真奈井
の水で注ぎ清めて、棚杵(タナキネ)を持子に生ませました。 また床神酒に際して早
子をお召しになったところ、その夜の夢で、十握の剣(トツカノツルギ)が三段に折
れてしまいました。 それを何度も噛んで(サカミ)清め(サ)ると、三つの元種の玉
(ミタ)となったそうです。 すると後に建子(タケ子)、多岐子(タキコ)、田心
(タナコ)の三人の姫が生まれました。
そのような神聖な由来があって、これら四人の子供達の諱名の先頭には「タ」の字
が付いているのです。 それでも私が汚れていて自分の子供であるというのなら、姫が
生まれるでしょうから、その時は妻子ともども恥をかきましょう。」
そう誓って、素戔鳴は去って行った。
(7-55) 三姫と素戔鳴のその後
三人の姫は成人後に、沖津島と、南(サ)の神(サカム)が住まわれてさ噛みに噛
んだことにも由来する相模江(サカム)の江の島と、厳島に、それぞれが嫁がれるま
では、自ら流離いの刑に服された(ミカラサスラフ)
一方、身から出た錆で流離い人となった(ミカラサスラフ)流離男の素戔鳴は、不
倫という陰に隠れて行った雅の過ちを、男子を生んで晴らした後で伊雑の宮にお帰り
になった。
(7-56) 乱暴な素戔鳴が生まれた理由
昔、伊邪那岐と伊邪那美のニ神の遺言書(ノコシフミ)には、次の言葉があった。
「天の運行が蝕んで狂いが生じているのは、真清禍丹(マサカニ)の勾玉の中が濁る
ことで判断する。 そのような時に生まれた素戔鳴は、魂の緒が乱れて国に災いをなし
た。 だからそのような時に子供を産むのは過ちである。
(7-58) 良い子を産む方法
男子を得るには父が煮える気持ちを以って埴(ハ)に向かって母(ハ)を抱きなさ
い。 また女子を得るには、母が煮える気持ちを以って天(ア)に向かって寝なさい。
必ず浮橋(ウキハシ)、つまり仲人を立てて結婚すべきである。 また女性は月経(ツ
キシオ)の後の三日目に、身を清めて朝日を拝んで床を受ければ良い子が生まれる。
誤って穢れている時に孕んだ子は、必ずや乱暴な子になる。
言挙げの前後の順番や天や月経の乱れを間違えて、失敗してしまった私の恥を、
後々の教訓として占い(ウラカタ=古語)に用いなさい。 必ずこれを忘れれはならな
い。」
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