“邪”で検索NO2
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改心 早う結構ぞ。 道知るのみでは何にもならん。 道味はへよ、歩めよ、 大神の道には正邪ないぞ。 善悪ないぞ。 人の世にうつりて正と見え邪と見えるのぢゃ。 人の道へうつる時は曇りただけのレンズ 通すのぢゃ。 レンズ通してもの見ると逆立するぞ。 神に善と悪あるやうに人の心にうつ るのぢゃ。 レンズ外せよ。 レンズ外すとは神示読むことぞ。 無き地獄、 人が生むぞ。 罪ぞ。 曲ぞ。 今迄は影の守護であったが岩戸ひらいて表の守護となり、 裏表揃うた守護になりたら、 まことの守護ぞ。 悪も善も、もう隠れるところ無くなるぞ。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第030帖(541)
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見物を舞台にあげてならん。 見物は見物席。 祈り祈り結構と申して、 邪の祈りは邪の道に落ちるぞ。 色々のお告げ出ると申してあらうが。 今その通りぢゃ。 お告げに迷ふぞ。 審神(サニワ)して聞けと申してあらう。 審神して聞け。 判らなくなれば神示見よ。 (十一月裏四日) 一二十 黄金の巻 第046帖 (556)
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肉体で云ふこと、 神の申すこと、 よく聞きわけ下されよ。 霊媒通じてこの世に呼びかける霊の九分 九分九厘は邪霊であるぞ。 はげしくなるぞ。 世界一平まだまだ出来さうで出来ない相談。 奥の奥、見通して下され。 うごきは必要であれど、 皮むくぞ。 次も駄目、 次も駄目、 その次の次がまことの一家ぢゃ。 寒い所 暖かく、 暑い所 涼しくなるぞ。 仏には仏の世界はあれど、 三千年でチョンぞと申してあらう。 神示しめすに、順乱して来るぞ。 慾出して下さるなよ。 順乱れる所に神のはたらきないぞ。 人民 自由にせよと申して、悪自由してならん。 (十二月七日) 一二十 黄金の巻 第050帖 (561)
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理屈に合はんでも飛んだ目に会ふぞ。 今迄の教では立ちて行かん。 生れ替らねば人も生きては行かれん。 平等愛とは、差別愛のことぞ。 公平と云ふ声に騙されるなよ。 数で決めるなと申してあらうがな。 群集心理とは一時的の邪霊の憑きものぞ。 上から乱れてゐるから下のしめしつかん。 われよしのやり方では世は治まらん。 (十二月七日) 一二十 黄金の巻 第056帖 (567)
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世を捨て、肉をはなれて天国近しとするは邪教であるぞ。 合せ鏡であるから片輪となっては天国へ行かれん道理ぢゃ。 迷信であるぞ。 金で世を治めて、金で潰して、地固めして みろくの世と致すのぢゃ。 三千世界のことであるから、ちと早し遅しはあるぞ。 少し遅れると人民は、 神示は嘘ぢゃと申すが、 百年もつづけて嘘は云へんぞ。 申さんぞ。 (十二月七日) 一二十 黄金の巻 第059帖 (570)
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世界見て己の心 早う改心致されよ。 世はグルグルと七変り、 改心の為 世界の民皆、 今度は引上げ一旦みなあるぞ。 経(タテ)のつながりを忘れ勝ちぢゃ。 平面のことのみ考へるから平面のキのみ入るぞ。 平面の気のみでは邪であるぞ。 動機善なれば失敗は薬。 (十二月十四日) 黄金の巻 第071帖 (582)
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人間はいつも善と悪との中にゐるの であるから、 善のみと云ふこともなく悪 のみと云ふこともない。 内が神に居りて外が人に和し、 内が霊に居り外が体に和せば、 それでよいのぢゃ。 其処に喜び生れるのぢゃ。 神から出た教なら、他の教とも協力して共に進まねばならん。 教派や教義に囚は れるは邪の教。 豚に真珠となるなよ。 天 国の意志は人間の喜びの中に入り、 幽界の意志は悲しみの中に入る。 (一月二十二日) 黒鉄の巻 第15帖 (633)
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理であるぞ。 生きた自由自在の、見当とれん、絶対であるぞ。 只求めるより他に道ないぞ。 親呼ぶ赤児の声で神を求めよ。 神に呼びかけよ。 総てを投げ出せよ。 まかせ切れよ。 神は喜びの光となって、 そなたに現はれて来るぞ。 理屈の信仰に囚はれると邪道。 赤児心の理解は第一ぞ。 (一月二十二日) 黒鉄の巻 第26帖 (644)
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それが改心の第一歩。 聞かせてきくならば、 実地はカタのカタ位ですむなれど。 慾入ると邪気湧く、 邪気湧くと邪霊集まるぞ。 肉体人に神は直接分らんものぞ。 神は能(ハタラ)き、 神の働きの影しか判らんものぞ。 神の姿、見たと申すのは、 神の姿の影を自分の心に描き出したまでであるぞ。 心に判っても肉体に判るものでないぞ。 肉を魂とせよ。 魂を魂の魂と向上させよ。 ひらけ来るぞ。 何事もとがむでないぞ。 とがむ心、 天狗ぞ。 神の前にへり下り、 へり下っても尚過ぎると云ふことないのぢゃ。 人間は、色とりどりそれぞれの考へ方を自由に与へてあるのざから、 無理に引張ったり、 教へたりするでないぞ。 今あるもの、 今生きてゐるものは、 たとへ極悪ざと見えても、 それは許 されてゐるのであるから、 あるのであるぞ。 他を排すでないぞ。 (一月二十二日) 黒鉄の巻 第31帖 (649)
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人民なくしても人民なくならん。 洗濯して掃除して、新しき道 早う 進めよ。 おそくなる程 六ヶ敷く苦しくなるぞ。 近目で見るから判らん。 日本の、世界あけたり。 あな爽々(スガスガ)し、 日本晴れぞ。 二二(フジ)は晴れたりとは、 真理の世に出づことぞ。 天のこと地にうつすときは、 地の力出るように、 地の息吹き通ふように、 弥栄するように、 念を地の力と現はれるように、 正しくうつして下されよ。 邪気入ってはならん。 春の巻 第45帖 (702)
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意義ないものは存在ゆる されん。 それを人間心で、邪と見、悪と 感ずるから、狭い低い立場でゐるから、いつまでたってもドウドウめぐり。 それを毒とするか薬とするかは各々の立場により、考へ方や、処理方法や、いろいろの運び方によってしるのであるから、 心せねばならんぞ。 「今」に一生懸命になりて下されよ。 三月三日、 ひつく神。 夏の巻 第24帖 (740)
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よく判断した上で処理せねばならん。 下級霊、動物霊の場合は酔ひどれのように箸にも棒にもかからんことを 申すものぞ。 殊にその霊が病気に関連をもってゐる場合は微妙であるから、 よく心得なされよ。 悪い企て、悪い行為ぢゃとて、直ちにキメつけてはならん、 やんわりともちかけて善きに導かねばならんぞ、 悪をきらふ心があってはならん、 悪抱き参らせと申してあろうがな。 邪道的要求を容れて一時的に病気を治すと、 それに倍してブリ返すぞ、 この呼吸大切。 竜音の巻 第17帖(925) |
一升入れるとこぼれるのであるぞ、 腹一杯食べてはならん、 死に行く道ぞ、 二分を先づ神にささげよ。 流行病(はやりやまい)は邪霊集団のしわざ、 今にわからん病、 世界中の病はげしくなるぞ。 五葉の巻 第14帖 (128)
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●邪魔
「や」とはその左の身魂、 「わ」とは右の身魂ぞ、 「や」には替へ身魂侵あるぞ、 「わ」には替へ身魂唇あるぞ、 「あ」も「や」も「わ」も侵も唇も一つのものぞ。 みたま引いた神かかる臣民を集めるから急いで呉れるなよ、 今に分かるから、それまで見てゐて呉れよ。 「い」と「う」はその介添の身魂、 その魂と組みて「え」と「を」、「ゑ」と「お」が生まれるぞ、 いづれは分ることざから、 それまで待ちて呉れよ。 言ってやりたいなれど、今言っては仕組成就せんから、 邪魔はいるから、身魂掃除すれば分かるから、 早う身魂洗濯して呉れよ。 神祀るとはお祭りばかりでないぞ、 神にまつらふことぞ、 神にまつらふとは神にまつはりつくことぞ、 神に従ふことぞ、 神にまつはりつくとは、子が親にまつはることぞ、 神に従ふことぞ、神にまつらふには洗濯せなならんぞ、 洗濯すれば神かかるぞ、 神かかれば何もかも見通しぞ、 それで洗濯洗濯と、臣民耳にたこ出来るほど申してゐるのざ。 七月の一日、 ひつくのかみの道ひらけあるぞ。 上つ巻 第26帖 (026)
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いくら金積んでも、 因縁ない臣民にはさせんぞ。 今に御用させて呉れと金持って来るが、 一一神に聞いて始末せよ。 汚れた金 御用にならんから、 一厘も受取ることならんぞ。 汚れた金 邪魔になるから、 まことのもの集めるから、 何も心配するなよ。 心配 気の毒ぞよ。 何も神がするから慾出すなよ、 あと暫くぞよ、 日々に分かりて来るから、 素直な臣民うれしうれしで暮さすから。 上つ巻 第31帖 (031)
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くどく申して知らしてあるが、 まつり合はしさへすれば、 何もかも、うれしうれしと栄える仕組で、 悪も善もないのぞ、 まつれば悪も善ぞ、 まつらねば善もないのぞ、 この道理分りたか、 祭典と申して神ばかり拝んでゐるやうでは何も 分らんぞ。 そんな我れよしでは神の臣民とは申せんぞ、 早うまつりて呉れと申すこと、 よくきき分けて呉れよ。 われがわれがと思ふてゐるのは調和(まつり)てゐぬ証拠ぞ、 鼻高となればポキンと折れると申してあ る道理よく分らうがな、 この御道は鼻高と取りちがひが一番邪魔になるのぞと申すのは、 慢心と取りちがひは調和(まつり)の 邪魔になるからぞ。 ここまでわけて申さばよく分かるであろう、 何事も真通理(まつり)が第一ぞ。 八月の二十九日、
富士の巻 第22帖 (102)
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学や智恵が邪魔してなかなかに判らんから、 くどう申しているのざぞ。 臣民物言はなくなるぞ、 この世の終り近づいた時ぞ。 石物言ふ時ぞ。 神の目には外国もやまともないのざぞ。 みなが神の国ぞ。 七王(ななおう)も八王(やおう)も作らせんぞ、 一つの王で治めさすぞ。 てん詞様が世界みそなはすのざぞ。 世界中の罪負ひておはします素盞雄の大神様に気附かんか、 盲つんばばかりと申してもあまりでないか。 九月の二十三日、 ひつ九のか三。 地つ巻 第15帖 (152)
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悔やめば悔やむ事出来るぞ。 先の取越苦労は要らんぞ、 心くばりは要るぞと申してあろがな。 神が道つけて楽にゆける様に嬉し嬉しでどんな戦も切抜ける様にしてあるのに、 臣民 逃げて眼塞いで、 懐手してゐるから苦しむのぞ。 我れよしと云ふ悪魔と学が邪魔してゐる事にまだ気付かぬか。 嬉し嬉しで暮らせるのざぞ。 日本の臣民は何事も見えすく身魂授けてあるのざぞ、 神の御子ざぞ。 掃除すれば何事もハッキリとうつるのぞ。 早よ判らねば口惜しい事出来るぞ。 言葉とこの神示と心と行と時の動きと五つ揃たら誠の神の御子ぞ、 神ぞ。 十一月三十日、 ひつ九のか三のふで。 日月の巻 第39帖(212)
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一二(ひつき)の通基(二)の世ぞ、
取違ひせん様に致して呉れよ。 智や学がありては邪魔になるぞ、 無くてもならぬ六ヶ敷い仕組ぞ、 月の神様 祀りて呉れよ、 素盞鳴(すさなる)の神様 祀りて呉れよ、 今に会得(わか)る事ぞ、 日暮よくなるぞ、 日暮(一九れ)に祀り呉れよ、 十柱揃ふたら祀り呉れいと申してあらうがな、 神せけるのざぞ。 十二月二日、 ひつくのかみふで。 日の出の巻 第03帖 (216)
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