神示は「たとえではないぞ」と言っている
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みなさ〜ん、師走だけど身魂磨いてるか〜い! 空元気のトッチです。 わたしの場合、研磨剤に埋もれて身動きが取れなくなっています(T-T) イーグルさん、桜咲いちゃいましたね。 「クリスマスは花見で大賑わい!」 なんて冗談を言っている場合ではなくなってきたのかもしれません。 昭和30年代に冬に(春に咲く品種の)桜が咲くなんて予測した学者がどれ程居たでしょう。 神示は 「たとえではないぞ」 と言っています。 たとえ話で埋め尽くされている聖書や仏経典などの宗教書とは明らかに一線を帰す特徴的な要素です。 ここが神示を預言書たらしめているものと思います。 そして、正しく理解する事に御尽力なさっている方々が教会を作る事の無意味さを肌で感じられる要素ともなっているのではないでしょうか。 ミロクや役員が攻められると言えば攻められる事になるのでしょう。 「桜が咲く」 と言えば実際に咲き、 「富士が火を噴く」 と言えば噴火するのでしょうね。 そして、時空間の感覚の異なる次元からのメッセージであるが故に、このような現象をズバリ指摘しています。 日時を指摘せず、 「時節を間違えるなよ」 と言っています。 成る程と納得せずにはいられませんね。 そんな神示で気になるのが 「八の付く日に気をつけろ」 「辛酉の日は良い年、日だぞ」 です。 おぼろげに具体的なこの世に通じる時間的概念をちらつかせていますね。 このヒントを生かすも殺すもわたし達次第となります。 「例えではないぞ」 この言葉に重みが増して来ました。 考えなければなりませんね。 一たび動き出せば進むのは急です。 本当に間に合わない事になってしまいます。 取あえず次は地震が心配。
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