みんな一度は死ぬ!
|
|---|
julaさんが、ひふみ神示では、 「どうも人類はみんな死ぬことになるようだ」 と書かれました。 千成はそれを見て、 「オヨヨ!」 「あれ? 避難道具は助かるためのものじゃなかったの?」 となり、真一さんといろいろメールで情報を交換しました。 「これはすごい大問題だ!」 「う〜ん」 「ひふみ神示にみんな死ぬって書いてあるらしいよ」 「えらいこっちゃ」 真一さんが、 「太陽にお聞きしてみるのがいいかも」 と言われました。 太陽からお返事が来ました。 千成はそれを読んで、又「オヨヨ」と言いました。 重大問題ですので、太陽のお返事を読む前に、2.3回まばたきしてから 読む必要があるかもです。(^-^)
|
皆さんは 一度は死体になるのです。 違いがあるとすれば、片方は、恐怖の内に死にますが、片方は 携挙されて、これから袋を交換しますと云われて死ぬことになります。 死とは、袋から魂を抜く事ですし、生まれるとは 袋に魂を入れることになります。 魂の無い袋は死体ということになりますので、皆さんは、その過程はどうであれ、地上の概念では 「一度は 死ぬ」ことになります。 「死に神」と「産み神」がワンセットになって待機している方は、一度死んで新品の皮袋の中に生き返ることにになります。 ですが、そうでない方は 「死に神」は、待機していますが、「産み神」は、いませんのでおしまいになります。 判りやすく云えば、保護する二人の神がついているかいないかの違いです。 ここで、必要な認識は、携挙まで生き残っていないということは「産み神」が見放した、 「死に神」だけが待機しているということになります。 「ひふみ」では 神が助けると決めたら、どこにいようが助けるのですと説明しています。 よしんば、神の手違いで死んでも助けると云うことです。 従って、どこにいようがとは 地上界の地球上に限らず、天界をもその対象となることになります。 宗教ではありませんので、お布施で助けるとか助けないとかはありません。 これは本人が幾ら、家族を助けたいと願っても、神がそのきにならなければ助けませんし助かりません。 「ひふみ」では 「神が助ける気になるように=その時、神懸かり出来るように」 魂の洗濯をしなさいと 「繰り返し繰り返し説明しています」 従って、さしあたっては、自然体でゴシゴシと魂の洗濯をするほかはありません。
![]() よく、その時になったら家族をも助けたいと云う方がいます。 ですが、逆の場合もあることを承知しておくことが必要です。 その時になって、「お前が正しかった」、私は 自業自得で多分助からないだろう。 「お前だけは 何が何でも助かるように、身を犠牲にしても助ける」 と云われることも覚悟しておくことが必要なのです。 その時、色々の人間模様があるでしょう。
![]() もし、子供・赤ん坊だけでも助けたいと思ったら、まず、自らが助からなければ、だれがその赤ん坊や子供の面倒をみるでしょう、 それでは、子供・赤ん坊も助けることはできません。 本人は 「子供・赤ん坊を助けたい・助ける為」 と云いながら、その実は 「その子供・赤ん坊達に助けられている・助けられる」 ことを理解していなければなりません。 その為に、あまたの子供・赤ん坊が地上に派遣されていることも・・・・・・ どんなに苦しくても、その難関を乗り越えるために・・・
|
![]()
|
![]() |
![]() |
|
|||
|
|