七で検索NO8
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愈々身実(みみ)に聞かす時ざぞ。 それぞれ人に応じて時によって、 口から耳に肚から肚に知らしてくれよ、 あなさやけ、あなすがすがし、 言答(いわと)開けたり、 二十三巻で此の方の神示(ふで)の終り、 終りの終りぞ、 後の七巻は他から出してあるのざぞ、 いづれ判りて来るぞ、 合せて三十の巻、 それが一つの節ざぞ、 天明 御身(みみ)に聞かすぞ、 よきにはからへ、 この行中々ぞ。 八月二十三日、
ひつ九の 海の巻 第19帖 (511)
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違ふと思ふことあったら己の心顧みよ。 その心 曇ってゐるのであるぞ。 めぐりあるだけ神がうらめしくなるぞ。 めぐりなくなれば神が有難いのぢゃ。 人間無くて神ばかりでは、 この世のことは出来はせんぞ。 神が人間になって働くのぞ。 判りたか。 新しき神国が生れるまで めぐりばかりがうようよと、 昔のしたことばかり恋しがってゐるが、 そんなこと何時までもつづかんぞ。 三年の苦しみ、 五年もがき、 七年でやっと気のつく人民多いぞ。 皆仲よう相談し合って力合せて進め進め。 弥栄えるぞ。 二つに分れるぞ。 三つに分れるぞ。 分れて元に納まる仕組。 結構結構。 理解大切。 理解結構。 思考しなければ これからは何も出来んぞ。 拝み合ふことは理解し合ふことぞ。 手合せて拝むばかりでは何も判りはせんぞ。 何故に、心の手 合せんのぢゃ。 心の手とは左行く心の手と右行く心の手と和すことぢゃ。 サトルことぢゃ。 苦しんで苦しんで苦しみぬいて得たことは楽に得たことぢゃ。 その楽に得たことのみ自分の身につくのぢゃ。 血ぢゃ。肉ぢゃ。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第013帖 (524)
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この方の光出るぢゃ。 行出来ねばお出直し、 お出直し多いなあ。 独断 役には立たんぞ。 イワトびらきの九分九厘でひっくり返り、 又九分九厘でひっくり返る。 天明九十六才七ヵ月、ひらく。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第015帖 (526)
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ミガケルぞ。 神示読むと改心出来るぞ。 暮し向きも無理なく結構にヤサカ、 弥栄えるぞ。 まだ判らんのか。 苦しいのは神示読まんからぢゃ。 金の世すみて、キンの世来るぞ。 三年目、五年目、七年目ぢゃ、 心得なされよ。 欲しいもの欲しい時食べよ。 低うなるから流れて来るのぢゃ。 高うなって天狗ではならん道理。 頭下げると流れ来るぞ。 喜び、愛から来るぞ。 神様も神様を拝み、 神の道を聞くのであるぞ。
それは 融けるのぢゃ。 一つ境があるぞ。 世界の人民一人一柱 守りの神つけてあるぞ。 人に説くには人がいるぞ。 役員 取違ひしてゐるぞ。 われよし信仰だからぞ。 あまり大き過ぎるから判らんのも道理ながら、 判らんでは済まん時来てゐるぞ。 いざと云ふ時は日頃の真心もの云ふぞ。 付け焼刃は付け焼刃。 神拝むとは、頭ばかり下げることでないぞ。 内の生活することぞ。 内外共でなくてはならん。 残る一厘は悪の中に隠してあるぞ。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第023帖 (534)
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よりよき教に変るのは宗祖のよろこぶこと位 判るであらう。 うまいこと申して人集めると、 うまいこと申して人が去るのであるぞ。 二四(ニシ)と一ケ四(ヒガシ)に宮建てよ。 建てる時近づいたぞ。 間に合ふ守護神 九分通り悪になってゐるぞ。 経には差別あるぞ。 緯は無差別ぞ。 この道理判らねば一列一平とならん。 金欲しい者には金もうけさしてやれよ。 欲しいもの与へてやれよ。 人間心、神心、逆様ぢゃ。 与へることは戴くこと。 まだ判らんか。 皆何も天国に行くやうになってゐるではないか。 この世でも天国、 あの世でも天国、 目出度いなあ。 地獄説く宗教は亡びるぞ。 地獄と思ふもの、 地獄つくって地獄に住むぞ。 地獄はげしくなるぞ。 人間の力だけでは、 これからは何も出来ん。 アカの世からキの世になるぞ。 世は、七度の大変りと知らしてあらう。 二(ツギ)の世はキの世。 口静かせよ。 かのととり。 一二十 黄金の巻 第026帖 (537)
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心せよ。 雨、風、岩、いよいよ荒れの時節ぢゃ。 世界に何とも云はれんことが、 病も判らん病がはげしくなるぞ。 食ふべきものでない悪食うて生きねばならん時来るぞ。 悪を消化する胃袋、 早うせねば間に合はん。 梅干大切心の。 五十二才 二(ツキ)の世の始。 五十六才七ヶ月 みろくの世。 (十二月7日) 一二十 黄金の巻 第054帖 (565)
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世界見て己の心 早う改心致されよ。 世はグルグルと七変り、 改心の為 世界の民皆、 今度は引上げ一旦みなあるぞ。 経(タテ)のつながりを忘れ勝ちぢゃ。 平面のことのみ考へるから平面のキのみ入るぞ。 平面の気のみでは邪であるぞ。 動機善なれば失敗は薬。 (十二月十四日) 黄金の巻 第071帖 (582)
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ここまで甘くして引張って来たなれど、 もう甘く出来んから、 これからはキチリキチリと神の規則通りに行ふから、 御手柄結構に、 褌しめて下されよ。 この世は神の国の移しであるのに、 幽界から移りて来たものの自由にせられて、 今の体裁、この世は幽界同様になってゐるぞ。 地は九二(クニ)のやり方せねば治まらん。 早う気付いた人民から、救ひの舟を出して下されよ。 これと信じたらまかせ切れよ。 損もよいぞ。 病気もよいぞ。 怪我もよいぞ。 それによって めぐり取っていただくのぞ。 めぐりなくなれば日本晴れぞ。 今がその借銭済しぞ。 世界のめぐり大きいぞ。 真理は霊、 芸術は体であるぞ。 正し芸術から神の理(ミチ)に入るのもよいぞ。 説くのもよいぞ。 芸術の行き詰りは真理がないからぞ。 芸術は調和。 七つの花が八つに咲くぞ。 (一月三日) 一二十 黄金の巻 第083帖 (594)
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この巻しろかねの巻。 天国ぢゃ、 霊国ぢゃ、地獄ぢゃ、浄土ぢゃ、穢土ぢゃと申してゐるが、 そんな分けへだてはないのであるぞ。 時、所、位に応じて色々に説き聞かせてあるのぢゃが、 時節到来したので、 まことの天地のことわりを書き知らすぞ。 三千の世界の中の一つがそなた達の世界であるぞ。 この世も亦三千に分れ、 更に五千に分れてゐるぞ。 このほう五千の山にまつれと申してあろう。 今の人民の知り得る世界はその中の八つであるぞ。 人民のタネによっては七つしか分らんのであるぞ。 日の光を七つと思うてゐるが、 八であり、九であり、十であるぞ。 人民では六つか七つにしか分けられまいが。 「イワトがひらけると更に九、十となるぞ。 【かくしてある一厘の仕組、九十の経綸、成就した暁には何も彼も判る】」 と申してあらうが。
八つの世界とは、 八は固、七は液、六は気、五はキ、四は霊の固、三は霊の液、二は霊の気、一は霊のキ、 と考へてよいのぢゃ。 キとは気の気であるぞ。 その他に逆の力があるぞ。 九と十であるぞ。 その上に又霊の霊の固から始まってゐるのであるが、 それはムの世界、 無限の世界と心得よ。 霊界に入って行けば、その一部は知れるなれど、 皆直ちには判らないのであるぞ。 判らんことは判らんと、 わからねばならんと申してあらうがな。 天、息吹けば、地、息吹くと申してあろう。 このことよくわきまえよ。 地の規則、天の規則となることあると申して知らしてあらう。 この大切こと忘れるでないぞ。 おもひの世界が天ぞ。 にくの世界が地ぞ。 おもひは肉体と一つぞ。 二つぞ。三つぞ。 おもひ起って肉体動くぞ。 肉体動いておもひ動くこともあるぞ。 生れ赤児の心になって聞いて下されよ。 何も彼も、ハッキリうつるぞ。 陰と陽、右と左、上と下、前と後、男と女と考へてゐるなれど、 タカミムスヒとカミムスヒと考へてゐるなれど、 別のミナカヌシ、
現はれるぞ。 一であり、二であり、三であらうがな。 三が道と申してあろう。 陰陽二元でないぞ。 三元ぞ。三つであるぞ。
このこと先づ心得て下されよ。 そなた達は父と母と二人から生れ出たのか。 さうではあるまいがな。 三人から生れ出てゐること判るであらうがな。 どの世界にも人が住んでゐるのであるぞ。
その中に又 限りないのざと知らせてあらうが。 そなた達の中に又人がゐて限りないのぢゃ。 このほう人民の中にゐると知らしてあらうがな。 そなた達も八人、 十人の人によって生きてゐるのぞ。 又十二人でもあるぞ。 守護神と申すのは心のそなた達のことであるが、 段々変るのであるぞ。 自分と自分と和合せよと申すのは、 八人十人のそなた達が和合することぞ。 それを改心と申すのざぞ。 和合した姿を善と申すのぢゃ。 今迄の宗教は肉体を悪と申し、 心を善と申して、 肉体をおろそかにしてゐたが、 それが間違ひであること合点か。 一切がよいのぢゃと云ふこと合点か。 地獄ないこと合点か。 悪抱き参らせよと申してあること、 これで合点か。 合点ぢゃナア。 各々の世界の人がその世界の神であるぞ。 この世ではそなた達が神であるぞ。 あの世では、そなた達の心を肉体としての人がゐるのであるぞ。 それがカミと申してゐるものぞ。 あの世の人をこの世から見ると神であるが、 その上から見ると人であるぞ。 あの世の上の世では神の心を肉体として神がゐますのであって限りないのであるぞ。 裏から申せば、神様の神様は人間様ぢゃ。 心の守護神は肉体ぢゃと申してあらうがな。 肉体が心を守ってゐるのであるが、 ぢゃと申して肉体が主人顔してはならんぞ。 何処迄も下に従ふのぢゃ。 順乱すと悪となるぞ。 生れ赤児ふみこえ、 生れ赤児になって聞いて下されよ。 そなた達の本尊は八枚十枚の衣着ているのぢゃ。 死と云ふことは、 その衣、上からぬぐことぢゃ。 ぬぐと中から出て来て又八枚十枚の衣つけるやうになってゐるのぢゃ。 判るやうに申してゐるのぢゃぞ。 取違ひせんやうにせよ。 天から気が地に降って、 ものが生命し、 その地の生命の気が又天に反影するのであるが、 まだまだ地には凸凹あるから、 気が天にかへらずに横にそれることあるぞ。 その横の気の世界を幽界と申すのぢゃ。 幽界は地で曲げられた気のつくり出したところぢゃ。地獄でないぞ。 (十二月十四日) 白銀の巻 第01帖 (612)
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ものの嬉しさだけではゼロぢゃ。 たまの嬉しさだけでもゼロぢゃ。 よく心得なされよ。 死後のみ説く宗教はゼロの宗教ぢゃ。 迷ふでないぞ。 この世で天国に住めんもの、 天国に行ける道理ないのぢゃと申してあらう。 神は人間の命、 人間は神の容れものであると申してあらう。 人間の極まるところは神であるぞ。 霊人は中間の存在ぞ。 人間は神への土台ぞ。 この道理判るであらうが。
三の
三五七の (一月二十二日) 黒鉄の巻 第21帖 (639)
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悪い癖 直して下されよ。 天国へ行く鍵ぞ。 直せば直しただけ外へひびくものが、 かわって来るぞ。 よくなってくるぞ。 かわって来れば、外からくるもの、 自分に来るもの、かわってくるぞ。 よくなってくるぞ。 幸となるぞ。 よろこび満ち満つぞ。 神みちみちて天国ぢゃ。 一升桝もってきて一斗入れよと人民申しているが、 神は一斗も二斗も入れてやりたいなれど、 一升桝には一升しか入らん。 大き桝もって来い。 頂くには頂くだけの資格いるぞ。 一歩づつ進め。一歩づつ絶えず進めよ。 それより他に道はないのぢゃ。 春の巻 第12帖 (669)
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