The Earth is Controlled by Evil Alien

天空編NO3278 

(天使のつぶやき)


食で検索NO4 


自分で自分のしてゐること判るまいがな、

神がさしてゐるのざから、

人間の頭では判らん、

仕組通りに使はれて、

身魂の掃除の程度に使はれて、

使ひ分けられてゐるのぢゃぞ、

早う人間心捨てて仕舞て神の申す通りに従ひて下されよ、

それがお主の徳と申すものぢゃぞ、

一家の為ぞ、

国のためぞ、

世界の民の為ざぞ、

天地の御為ざぞ。

今迄になかったこと今度はするのぢゃから合点出来んも道理ぢゃ道理ぢゃ、

始めは戦(たたかい)で、

争(いくさ)で世の建替する積りであったが、

あまりに曇りひどいから、

イクサばかりでは、すみずみまでは掃除出来んから、

世界の家々の隅まで掃除するのぢゃから、

その掃除中々ぢゃから、

戦(イクサ)許りでないぞ、

家の中キチンと食物大切がカイの御用と申してあろがな、

今度の岩戸は、あけっぱなしぢゃ、

褌いらんと申してあろう。

十二月四日、

一二

梅の巻 第18帖 (445)


これから三年の苦労ぢゃ、

一年と半年と半年と一年ぢゃ。

手合はして拝むだけでは何にもならんぞ、

拝むとは御用することざぞ、

形体(かたち)だけ出来ても何にもならんぞ、

拝まないのは猶(なお)よくないぞ、

神に遠ざかることぢゃ。

此の道、ちっとも心許せんキツイやさしい道ぞ、

泰平の嬉し嬉しの道ざが、

何時も剣の上に下に居る心構へ結構ぞ。

一の国は一の国の教、

二の国は二の国の教、

三の国は三の国、

四の国は四の国と、

それぞれの教あるぞ。

道は一つぢゃ、

取違ひせん様にせよ。

住む家も、食ふ物も違ふのざぞ、

まぜこぜならんのぢゃ、

皆々不足なく、それぞれに嬉し嬉しざぞ、

不足ない光の世来るぞ、

早う身魂相当の御用 結構々々ぞ。

世 愈々開け行くと人民申しているが、

愈々つまって来るぞ、

おそし早しはあるなれど何れは出て来るから、

神示肚に早う入れて置いてくれよ、

神示まだまだ判ってゐないぞ。

十二月十四日、

ひつ九のかミ。

梅の巻 第23帖 (450)


衣類、食物に困った時は竜宮の音秘(オトヒメ)様にお願ひ申せよ。

五柱の生神様にお願ひ申せば災難のがらせて下さるぞ、

ゆわ、あれ、地震、風、雨、の神様なり、

いろはに泣く時来るぞ、

いろは四十八ぞ、四十九ぞ。

神示はその時の心にとりて違はん、

磨けただけにとれて違はんのであるから、

我の心通りにとれるのであるから、

同じ神示が同じ神示でないのざぞ。

悪の世が廻りて来た時には、

悪の御用する身魂をつくりておかねば、

善では動きとれんのざぞ、

悪も元ただせば善であるぞ、

その働きの御用が悪であるぞ、

御苦労の御役であるから、

悪憎むでないぞ、

憎むと善でなくなるぞ、

天地にごりて来るぞ、

世界一つに成った時は憎むこと先づさらりと捨てねばならんのぞ、

この道理 腹の底から判りて、

ガッテンガッテンして下されよ。

三月三日、ひつ九のか三。

空の巻 第08帖 (463)


此の方 悪が可愛いのぢゃ、

御苦労ぢゃったぞ、

もう悪の世は済みたぞ、

悪の御用 結構であったぞ。

早う善に返りて心安く善の御用聞きくれよ。

世界から化物出るぞ、

この中にも化物出るぞ、

よく見分けてくれよ、

取違ひ禁物ぞ。

この神示よく見てゐると、

いざと云ふ時には役に立つぞ、

肝腎の時に肝腎が成るぞ。

元は元、分れは分れ、

元と分れ、同じであるぞ、

別であるぞ、それぞれに分れの集団(まどい)つくってよいぞ、

今日働いて今日食はなならん事に皆なりて来るのざから、

その覚悟せよ、

上に立つ番頭殿、

下の下まで目届けておらんと、

日本つぶれるぞ、

つぶれる前に、そなた達がつぶれるのざぞ、

早う改心して誠の政治仕へまつれよ。

いれものキレイにして居りたら

この方がよきに使ふぞ、

今の仕事仕へて居れよ、

神示腹に入れて、

あせらず身魂磨き結構々々。

今度は世界のみか、

三千世界つぶれる所まで行かなならんのざから、

くどう申してゐるのざぞ。

三月三日、

ひつ九のかミ。

空の巻 第10帖 (465)


大層が大層でなくなる道が神の道ざぞ、

この道 中行く道、神示読みて早うガテン結構ぞ。

行い正しく口静かにしたら神の仕組分るぞ、

因縁ある身魂が、人民では知らん結構を致すぞ。

神示読んで、どんな人が来てもその人々に当る所読みて聞かすが一等ざぞ。

一分と九分との戦ひぢゃ、

皆九分が強いと思ふてゐるが、

今度の仕組、アフンの仕組ぞ。

早呑込 大怪我の基と申すのは我が心通りに写るからぞ。

くさい物喰ふ時来たぞ、

ほんの暫くぞ、

我慢よくよくせ、

よくなるぞ、

分れの集団の一つとして宗教も作れよ、

他の宗教とは違ふヤリ方でないと成就せんぞ。

大奥山はその儘ざぞ。

別れざぞ、

この宗教には教祖は要らんぞ、

教祖は神示ぢゃ、

神示がアと申してあろがな、

ヤ、ワ、要るぞ、

なせばなる、なさねば後悔ぢゃぞ。

慎ましうして神に供へてから頂けば日本は日本で食べて行けるのざぞ、

理屈に邪魔されて有る物も無くして食へなくなるのは悪の仕組ぢゃ、

つ千の金神様を金(かね)の神様と申せよ。

三月三日、

ひつ九のかミ。

空の巻 第11帖 (466)

使用さされた特殊文字  


学の鼻高さん何も出来んことになるぞ、

今に世界から正真(しょうまつ)が段々判り来て、

あわてても間に合はんことになるぞ、

今の内に神示よく肚に入れておけよ、

この道には色々と神の試(ためし)あるから漫心するとすぐひっくり返るぞ、

考へでは判らん、

素直結構ぞ。

日本には五穀、野菜、海、川、いくらも弥栄の食物あるぞ、

人民の食物 間違へるでないぞ、

食い過ぎるから足らんことになるのざぞ、

いくら大切な、

因縁の臣民でも仕組の邪魔になると取り替へるぞ、

慢心取違ひ致すなよ、

代へ身魂いくらでもあるぞ。

学問の世はすみたぞ、

学者は閉口するぞ、

商売の世も済みたから商売人も閉口するぞ、

力仕事は出来んし、

共喰するより他に道ないと申す人民許りになるぞ、

今迄とはさっぱり物事変るから今迄のやり方 考え方 変へて呉れよ、

神示通りに行へば其の日その時から嬉し嬉しざぞ、

此処は落した上にも落しておくから、

世の中の偉い人には中々見当とれんから、

身魂の因縁ある人には成程なあと直ぐ心で判るのぢゃぞ、

九の花咲けば皆よくなるのぞ、

九の花中々ぞ。

三月三日、

ひつ九のかミ。

空の巻 第12帖 (467)


日本が日本がと、

まだ小さい島国日本に捉はれてゐるぞ。

世界の日本と口で申してゐるが、

生きかへるもの八分ぞ。

八分の中の八分は又生きかへるぞ。

生きかへっても日本に捉はれるぞ。

おはりの仕組は みのおはり。

骨なし日本を、まだ日本と思うて目さめん。

九十九十(コトコト)と申してカラスになってゐるぞ。

古いことばかり守ってゐるぞ。

古いことが新しいことと思うてゐるなれど、

新しいことが古いのであるぞ。

取違ひいたすなよ。

【神は生命ぞ】。

秩序ぞ。

秩序は法則ぞ。

為せよ。行ぜよ。考えよ。

考へたらよいのぢゃ。

為すには先づ求めよ。

神を求めよ。

己に求めよ。

求めて、理解した後 為せ。

為して顧みよ。

神のいのち其処に弥栄えるぞ。

今迄の日本の宗教は日本だけの宗教、

このたびは世界のもとの、

三千世界の大道ぞ。

教でないぞ。八分の二分はマコトの日本人ぢゃ。

日本人とは世界の民のことぢゃ。

一度日本すてよ。

日本がつかめるぞ。

日本つかむことは三千世界をつかむことぞ。

悪の大将も、そのことよく知ってゐて、

天地デングリ返るのぢゃ。

物の食べ方に気つけよ。

皆の者、物ばかり食べて御座るぞ。

二分の人民、結構に生きて下されよ。

喜び神ぞ。

十一月十七日。

ひつ九のか三

黄金の巻 第002帖 (513)


言はれる間はよいぞ。

読まれる間はよいぞ。

綱切れたら沖の舟、

神信じつつ迷信に落ちて御座るぞ。

日本の国のミタマ曇ってゐることひどいぞ。

外国、同様ながら筋通ってゐるぞ。

型にはめると動きないことになるぞ。

型外せと申してあらうが。

自分で自分を監視せよ。

顕斎のみでも迷信、幽斎のみでも迷信、

二つ行っても迷信ぞ。

二つ融け合って生れた一つの正斎を中として顕幽、

両斎を外としてまつるのが大祭りであるぞ。

荒、和、幸、奇、ミタマ統べるのが直日のみたま。

みすまるのたまぞ。

今度は直日のみでなくてはならん。

直日弥栄えて直日月の能(ハタラキ)となるのぞ。

食物 気つけよ。

信仰は感情ぞ。

飢えた人には食物。

神よ勝て。

人間 勝ってはならんぞ。

かのととり。

一二十

黄金の巻 第021帖 (532)

使用さされた特殊文字 


神まつれ、

祖先まつれ、

子孫まつれ、

心まつれ、

言葉まつれ、

行まつれ、

食物まつれ、

着るものまつれ、

住居まつれ、

土地まつれ、

感謝感謝で喜び来るぞ。

奇跡では改心出来んのであるぞ。

かのととりの日。

ひつ九十

黄金の巻 第022帖 (533)


この神示読むとミタマ磨けるぞ、

ミガケルぞ。

神示読むと改心出来るぞ。

暮し向きも無理なく結構にヤサカ、

弥栄えるぞ。

まだ判らんのか。

苦しいのは神示読まんからぢゃ。

金の世すみて、キンの世来るぞ。

三年目、五年目、七年目ぢゃ、

心得なされよ。

欲しいもの欲しい時食べよ。

低うなるから流れて来るのぢゃ。

高うなって天狗ではならん道理。

頭下げると流れ来るぞ。

喜び、愛から来るぞ。

神様も神様を拝み、

神の道を聞くのであるぞ。

それはとによって自分のものとなるのぢゃ。

融けるのぢゃ。

一つ境があるぞ。

世界の人民一人一柱 守りの神つけてあるぞ。

人に説くには人がいるぞ。

役員 取違ひしてゐるぞ。

われよし信仰だからぞ。

あまり大き過ぎるから判らんのも道理ながら、

判らんでは済まん時来てゐるぞ。

いざと云ふ時は日頃の真心もの云ふぞ。

付け焼刃は付け焼刃。

神拝むとは、頭ばかり下げることでないぞ。

内の生活することぞ。

内外共でなくてはならん。

残る一厘は悪の中に隠してあるぞ。

かのととり。

一二十

黄金の巻 第023帖 (534)

使用さされた特殊文字  


何うにも斯うにも手つけられまい。

この世は浮島ぞ。

人民の心も浮島ぞ。

油断禁物。

ひふみの食べ方 心得たら、

今度は気分ゆるやかに嬉しウレシで食べよ。

天国の食べ方ぞ。

一切は自分のものと申してあらう。

上も下も右も左も皆自分のものぞ。

自分ぞ。

其処にまこと愛生れるぞ。

かのととり。

一二十

黄金の巻 第040帖 (551)


目的よくても実行の時に悪い念入ると悪魔に魅入られるぞ。

心せよ。雨、風、岩、いよいよ荒れの時節ぢゃ。

世界に何とも云はれんことが、病も判らん病がはげしくなるぞ。

食ふべきものでない悪食うて生きねばならん時来るぞ。

悪を消化する胃袋、

早うせねば間に合はん。

梅干大切心の。

五十二才 二(ツキ)の世の始。

五十六才七ヶ月 みろくの世。

(十二月七日)

一二十

黄金の巻 第054帖 (565)


の中の の中のは一であり、

二とひらき、

三と生命するぞ。

理は一(ヒ)で二(フ)で、三(ミ)であると申してあらう。

一(ヒ)も二(フ)も三(ミ)も同じであり、

違って栄えるのざ。

一二三(ヒフミ)であるぞ。

このこと教へられても判るまい。

ハラで判る大切こと、

ハラ大切ぞ。

かたまってはならん。

に捉はれるとは判らん。

地の定規ではかってはならん。

如何なる天国も自分でつくるのぞ。

そろばん捨てよと申してあらうがな。

よろこびは理(ミチ)ぞ。

数ぞ。言ぞ。真理ぞ。愛善ぞ。

生命のイキと云ふこと判るであらう。

天国と申すのは一人の大きな人間であるぞ。

天国は霊人のみの住む所でないぞ。

そなた達も今住んでゐるでないか。

霊人も現界に住んでゐるでないか。

現界をはなれて天国のみの天国はないのであるぞ。

故にこそ、現界で天国を生み出し、

天国に住めんものが、

死んで天国へ住める道理ないのぢゃ。

アメツチと申してあらう。

この道理よくわきまえよ。

善とか悪とか真とか偽とか愛とか憎とか申すのは相対の天国ぞ。

まことの天国には喜びのみが生きてゐるのであるぞ。

喜びの中にとけ入って、

喜びのものとなってゐるのであるぞ。

喜び食し、喜び着、喜びを呼吸し、

喜び語り合って、嬉し嬉しとなるのぞ。

いらんものは形が変って来る。

新しき生命 湧き出るのであるぞ。

善が悪と、真が偽と変った時は死となるぞ。

その死は新しき別の生命と現はれて、

新しき形の、新しき世界の善となり真となるのぞ。

善も悪もないのざと申してあらう。

善悪はあるが無いのざと申してあること判りたか。

自分自身、己の為の善は死し、

善の為の善は弥栄えるぞ。

死んだものは新しき形をとって生命するのであるぞ。

弥栄の道、神の喜び人間の喜びの中にあるぞ。

愛ざと申して愛に囚はれて御座るぞ。

真ざと申して真に囚はれて御座るぞ。

喜びに生きよ。

宗教に囚はれてはならん。

道に囚はれてはならん。

喜びに生きて、喜びに囚はれるなよ。

お互に喜びの湧き出づることでなければ真の愛でないぞ。

理(ミチ)でないぞ。

天国に理あると申すが、

今の人間の申したり、

考へたりするやうな道でないぞ。

道なき理と申してあらうが。

喜びが理であるぞ。

嬉し嬉しの理、早う合点せよ。

生命栄えるもの皆喜びであるぞ。

信仰とは、その喜びの中にとけ入ることぞ。

生も死もなくなるのざ。

時間や空間を入れるから、

知(血)、通はなくなるのぞ。

(一月二日)

白銀の巻 第03帖 (614)

使用さされた特殊文字 


道は自分で歩まねばならん。

自分の口で食物噛まねばならん。

かみしめよ。

ウジ虫に青畳、

苦のたねぢゃ。

畳には畳にすはるだけの行してから坐(すわ)らなならん。

【生命はコトぞ。コトはミコトぢゃ】。

ミコトは神の心であるぞ。

喜びであるぞ。

ミコトに生きよと申してあらう。

コトあればオトあるぞ。

オトあればイロあるぞ。

イロあればカズあるぞ。

善にも神の心あり。

悪にも神の心がある。

(一月二十二日)

黒鉄の巻 第04帖 (622)


人民 栄えて行くことは、神、弥栄のことぞ。

神も、人民も、世界も、宇宙も、

総ていつまでも未完成ぞ。

神様でも大神様は判らんのであるぞ。

只、よろこびに向ってひたすらに進んで行けばよいので あるぞ。

正しき喜びを先づ見極めよ。

見きわめてひたすらに進めばよいのぢゃ。

食物を食べるのも喜びであるぞ。

正しき食物 正しく食べよ。

更に喜びふへて弥栄へるのぢゃ。

自分の喜びを進め進めて天国へ入ること出来るのぢゃ。

悪い食物 悪く食べるから悪くなるのぢゃ。

目に見へる食物ばかりでないぞ。

何も彼も同様ぞ。

人民は喜びの子と申してあろう。

罪の子でないぞ。

うれしうれしの道あるに、

何故 歩まんのぢゃ。

春の巻 第05帖 (662)


小乗の行と馬鹿にするでないぞ。

理屈で神を割出したり、

そろばんでハヂキ出したり、

今の鼻高さんはしているなれど、

何処まで行っても判りはせんぞ。

土耕す祈りに神の姿現はれるぞ。

とどまってはならん。

いつも弥栄々々に動いて行かなならん。

大中心に向って進まねばならん。

途中には途中の、

大には大の、

中には中の、

小には小の中心はあるなれど、

行く所は一つぢゃ。

ぢゃと申して小の中心を忘れてはならん。

神は順であるぞ。

先づ小の神から進んで行けよ。

ほんとのこと知るには、

ほんとの鍛練いるのぢゃ。

たなからボタモチ食っていては段々やせ細るのみ。

鍛えよ鍛えよ。

鍛えればこそ光出て来るのぢゃ。

春の巻 第19帖 (676)


自分は自分の意志で生れたのではないのぢゃ。

その時、その環境を無視出来ん。

その法則に従はねばならん。

草を拝めば草が神となり、

機械拝めば機械が神ぢゃ。

食物拝めば食物が神となる。

心せよ。

神は人民を根本から永遠の意味でよくしようと、

マコトの喜び与へようとしてゐるのぢゃ。

局都的、瞬間的に見て判らんこと多いぞ。

おかげは、すぐにはないものと思へ。

すぐのおかげは下級霊。

まゆにつばせよ、

考へよ。現在の環境を甘受せよと申してあるが、

甘受だけでは足らん。

それに感謝せよ。

積極的に感謝し、

天地の恩に報じねばならん。

誠の真理を知らぬ人間に神は判らん。

春の巻 第34帖 (691)


念じつつやれ。

神の為と念じつつやれば神のためとなる。

小さい行為でも霊的には大きはたらきするのぢゃ。

自分と云ふことが強くなるから発展ないのぢゃ。

行き止まるのぢゃ。

われよしとなるのぢゃ。

調和が神の現れであるぞ。

霊と調和せよ。

肉体と調和せよ。

人と調和せよ。

食物、住居と調和せよ。

世界と調和せよ。

うれしうれしぞ。

一生かかってもよいぞ。

おそくないのぢゃ。

自分の中のケダモノのため直しにかからねばならん。

悪いくせ直さねばならん。

これが第一歩、土台ぢゃぞよ。

よきことは 人にゆづりて 

人をほめ 人たてるこそ 

人の人なる。 

敬愛の まこと心に 

まことのり まこと行ふ 

人ぞ人なる。 

(春立つ日、ひつく神)

春の巻 第35帖 (692)


その人によってふさわしい行がある。

誰でも同じでない。

一合食べる人もあれば一升食べる人もあるぞ。

身につかんもの、身につかん行は、

いくらしても何もならん。

いらん苦労はいらんと申してあろう。

風呂には時々入るが、

魂の風呂に行く人 少ないぞ。

より高い聖所へ参りて魂のアカ落せよ。

神示よんで落して下されよ。

アカ落さずに神の光見えんと申して、

おかげないと、われよし申して御座るなれど、

風呂に入らずに、

アカつくとは怪しからんと申すのと同じでないか。

何故に判らんのぢゃ。

全体の為 奉仕するはよいが、

自分すてて全体なく、

自分ないぞ。

全体を生かし、全体と共に部分の自分が弥栄えるのであるぞ。

早合点 禁物。

春の巻 第50帖 (707)


どうしたらよいのぢゃ、

神の云ふこときくから助けてくれと申すもの沢山でてくるが、

何も六ヶ敷いこと神は申さん。

現在を足場として一歩づつ進めばよいのぢゃ。

それでは食って行けんと申すものあるが、

神はあり余るほど与へてあるでないか。

何故、手出さんのぢゃ。

与へたもののみが自分のものぞ。

今の人民、余っても足らんと考へて、

むさぶりてゐるぞ。

幸福与へてあるに何故手出さんのぢゃ。

曲げてとるのぢゃ。

心の目ひらけよ。

ゴモク投げ出せよ。

我の強い守護神どの、

もう我の世はすんだぞ。

我出すほど苦しくなるのぢゃ。

春の巻 第53帖 (710)


ほんとうにモノを見、きき、味はい、

消化して行かなならんぞ。

地の上にあるもの、人間のすること、そ

の総ては霊界で同じことになっていると申してあろうが。

先づ霊の世界のうごき大切。

霊の食物、霊の生活、

求める人民 少ないのう。

これでは、片輪車、

いつまでたってもドンテンドンテンじゃぞ。

そのものを見、そのものに接して下肚がグッと力こもってくるものはよいもの、

ほんものであるぞ。

キは総てのものに流れ込むもの。

信仰は理智的にも求められる、

完き情である。

真理を理解するのが早道。

確信となるぞ。

夏の巻 第06帖 (723)


その人その人によって、食物や食べ方が少しづつ違ふ。

身体に合わんもの食べても何もならん。

かえって毒となるぞ。

薬、毒となることあると気つけてあろうが。

只歩きまわってゐるだけではならん。

ちゃんとめあてつくって、

よい道 進んで下されよ。

飛行機あるに馬に乗って行くでないぞ。

額に先づ気あつめて、

ハラでものごとを処理せねばならんぞ。

形ある世界では形の信仰もあるぞ。

偶像崇拝ぢゃと一方的に偏してはマコトは判らんぞ。

夏の巻 第19帖 (736)


食物は科学的栄養のみに囚われてはならん。

霊の栄養大切。 

自分と自分と和合せよと申してあるが、

肉体の自分と魂の自分との和合出来たら、

も一段奥の魂と和合せよ。

更に、又奥の自分と和合せよ。

一番奥の自分は神であるぞ。 

高い心境に入ったら、神を拝む形式はなくともよいぞ。

為すこと、心に浮ぶこと、

それ自体が礼拝となるからぞ。 

山も自分、川も自分、野も自分、海も自分ぞ。

草木動物 悉く自分ぞ、

歓喜ぞ。

その自分出来たら天を自分とせよ。

天を自分にするとはムにすることぞ。

に化すことぞ。

ウとムと組み組みて新しきムとすることぢゃ。

月光の巻 第25帖 (812)

使用さされた特殊文字 


足のうらをきれいに掃除なされよ。

外から見えん所がけがれてゐるぞ。

日本の国よ、そなたも同様、

世界よ、そなたも同様ぞ。

イヅモの神の社をかへて竜宮の乙姫(理由空云の音秘)様のお社を陸(理空)につくらねば、

これからの世はうごきとれんことになるぞ。

一切が自分であるぞと云うことは例へでないぞ。

そなたは、食物は自分でないと思うてゐるが、

食べるとすぐ自分となるでないか。

空気も同様、水も同様ぞ。

火も同様、大空もそなたぞ。

山も川も野も海も、植物も動物も同様ぞ。

人間は横の自分ぞ。

神は縦の自分ぞ、

自分を見極めねばならん。

自分をおろそかにしてはならん。

一切をうけ入れねばならんぞ。

一切に向って感謝しなければならんと申してあろうが。

三十一年一月三日。

月光の巻 第31帖 (818)


はじめの喜びは食物ぞ。

次は異性ぞ。

何れも大きな驚きであろうがな。

これは和すことによって起るのぞ。

とけ合ふことによって喜びとなるのぢゃ。

よろこびは神ぢゃ。

和さねば苦となるぞ。

かなしみとなるぞ。

先づ自分と自分と和合せよと申してあろうが。

そこにこそ神の御はたらきあるのぢゃ。

ぢゃがこれは外の喜び、

肉体のよろこびぞ。

元の喜びは霊の食物を食ふことぞ。

その大きな喜びを与へてあるのに、

何故 手を出さんのぢゃ。

その喜び、おどろきを何故に求めんのぢゃ。

何故に神示を食べないのか。

見るばかりではミにつかんぞ。

よく噛みしめて味はひて喜びとせんのぢゃ。

喜びが神であるぞ。

次には神との交わりぞ。

交流ぞ。和ぞ。

そこには且って知らざりし おどろきと大歓喜が生れるぞ。

神との結婚による絶対の大歓喜あるのぢゃ。

神が霊となり花むことなるのぢゃ。

人民は花よめとなるのぢゃ。

判るであろうが。

この花むこはいくら年を経ても花よめを捨てはせぬ。

永遠につづく結びぢゃ。

結婚ぢゃ。

何ものにも比べることの出来ぬおどろきぞ。

よろこびぞ。

花むこどのが手をさしのべてゐるのに、

何故に抱かれんのぢゃ。

神は理屈では判らん。

夫婦の交わりは説明出来まいがな。

神が判っても交わらねば、

神ととけ合はねば真理は判らん。

なんとした結構なことかと人民びっくりする仕組ぞ。

神と交流し結婚した大歓喜は、

死を越えた永遠のものぞ。

消えざる火の大歓喜ぞ。

これがまことの信仰、

神は花嫁を求めて御座るぞ。

早う神のふところに抱かれて下されよ。

二月一日。

月光の巻 第38帖 (825)


そなたは失業したから仕事を与えてくれと申してゐるが、

仕事がなくなってはおらんぞ。

いくらでもあるでないか。

何故に手を出さんのぢゃ。

そなたはすぐ金にならねば食って行けない、

金にならぬ仕事は出来ぬ、

自分はよいが妻子が可哀さうだから、

などと申してゐるが、

どんな仕事でも、その仕事にとけ込まねば、

その仕事になり切らねばならんのに、

そなたは目の先の慾にとらわれ、

慾になり切って、目の色を変えて御座るぞ。

それでは仕事にならん。

仕事は神が与えたり人が与えてくれるのでないぞ。

自分自身が仕事にならねばならん。

この道理さへ判れば、失業はないぞ。

自分が仕事ぢゃからのう。

月光の巻 第57帖 (844)


四ツ足を食ってはならん、

共喰となるぞ、

草木から動物生れると申してあろう、

神民の食物は五穀野菜の類(たぐい)であるぞ。

今の人民の申す善も悪も一度にひらいて、

パッと咲き出るのが、次の世の新しき世の有様であるぞ、

取違いせぬように、悪と申しても魔ではないぞ、

アクであるぞ。

大峠の最中になったら、キリキリまひして、

助けてくれと押しよせるなれど、

その時では間に合わん、

逆立してお詫びに来ても、

どうすることも出来ん、

皆 己の心であるからぞ、

今の内に改心結構、

神の申す言葉が判らぬならば、

天地のあり方、天地の在り方による 動きをよく見極めて下されよ、

納得の行くように致して見せてあるでないか。

碧玉の巻 第08帖(872)


宇宙の総てが高天原(タカアマハラ)であるぞ。

天照大神は高天原を治し、

また高天原を御(しら)し、

また高天原を知らす御役、

月読大神は天照大神と並びて天のことを知らし、

また【あほうなはら】の汐の八百路を治し、

また夜の食す国を知らす御役、

素盞鳴の大神は【あほうなはら】を治らし、

又 滄海之原を御(しろ)し、

又、天下を知(し)(治)らす御役であるぞ。

碧玉の巻 第11帖(875)


世の元はであるぞ、

世の末もであるぞ、

からに弥栄するが、

その動きは左廻りと右廻りであるぞ、

と申してあろう、

その中心に動かぬ動きあるぞ、

何も彼も、

人民迄変るのが今度の大立替、食物も、衣類も、住居も皆変るぞと申してゐる時が来ているのぞ、

いつ迄チョンマゲを頭にのせてゐるのか、

ケンビキ今一度痛くなるぞ、

そのケンビキ今度は東の方ぢゃ。

星座の巻 第10帖(893)

使用さされた特殊文字   


土のまんぢうと申してあろう、

土が食べられると申してあろう、

土から人民を生んだと申してあろう、

ウシトラコンジンの肉体は日本の土ざと知らしてあろう、

土に生きよと申してあろう、

地は血(智)であるぞ、

素盞鳴命様であるぞ、

その土が生長して果ての果てに皮をぬぐ、

それが地変であるぞ。

星座の巻 第17帖(900)


食で検索NO5へ続



そろそろ結婚適齢期??? 過払い金の回収ならこちら 海外旅行保険の加入はコチラ!
[PR] | 店舗デザイン監視カメラ浦和熊谷木更津新橋中国SEO対策消費者金融車 買取テンプレート沖縄旅行免許合宿二輪引越しプレゼントゴルフ会員権留学レーシックマッサージFXアフィリエイトFXホームページ制作デイトレードハワイ旅行タイバンコクハワイ レンタカーベスト ハワイ ホテル レーツバリ島Hawaii hotelsHawaii Activitiesbhhrハワイホテルテキスト広告
【運営会社「パラダイムシフト」サービス】 ハワイ現地オプショナルツアーリラックマ) - ビジネスクラス航空券 - 格安航空券(1) - 格安航空券(2) - 海外ホテル - 韓国旅行 - タイムシェア - ホテル 予約
無料ホームページ - 携帯ホームページ - 無料ホームページ作成 - レンタルサーバー - ブログ - ヴィラ - ハワイ コンドミニアム - バリ島 ホテル - プーケット ホテル - レップチェッカー - 海外旅行 - 国際電話 - ホノルルマラソン - 掲示板監視 - 誹謗中傷 - 宿泊料金比較 - ノースウェスト 航空券 - 旅館