大本預言の「一厘の仕組み」=「富士と鳴門の仕組み」は、様々な憶測を生みながら
明かされず今日に至っている。
明らかにしたという人たちもいるが、
「入会しないと教えない」
「参加しないと判らない」
的な形式が見られ、外部からは論じようが無い。
その仕組みは言霊によって何か現象的なことが生じるという解釈が一般的だ。
ところが、ユダヤの神ヤハウェに遣わされた預言者エリアで大本預言の日之出神と主張する生崎晶子によると、
「富士(22)と鳴門(10)」=10のセフィロトと22の小径から成る「生命の木」、「仕組み」=構造ということだ。
つまり、「富士と鳴門の仕組みは「生命の木」の根本構造のことだというのである。
これは今までに無い新説だ。
さらに、生崎は「生命の木」の根本構造による知識で全宗教が亡ぶと主張する。
著作中で、自分は宗教を創りにきたのではなく、既にある宗教を亡ぼしに来ていると、言っている。
出口王仁三郎は生前、色々な宗教を亡ぼす型を行っている。
「ミロクの世に宗教があってどうするのか」
と言っていたらしい。
生崎晶子が創唱している原光哲学をはじめとした一連の書籍から、大本の思想的影響は見られない。
(生崎は教祖というより哲学者に近い)
しかし、宗教を亡ぼすのならば
結果的には王仁三郎の意思を継いでいると言える。
しかし、なぜ神の預言者が宗教を亡ぼすのか?
それは、どうも大本の謎「一厘の秘密」ユダヤ密教カバラ解
http://www.asyura2.com/0411/lunchbreak4/msg/msg/485.html
で触れた3本の柱と関係があるようだ。
キリストの「慈悲の柱」は創造、開始を、エリ
アの「峻厳の柱」は破壊、終了を意味する。
「峻厳の柱」の時代の到来は、キリスト教
時代の終焉のみならず、宗教の終りということらしい。
「終わりの仕組みはミノオワリ」(日月神示)
生崎は名古屋(尾張)出身で美濃地方で天啓を受けているが、美濃尾張地方で「一厘の仕組み」が発動・展開することは、大本系の神示に出ているため、一般に知られている。
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