左官、大工、石屋、百姓、鍛冶で検索
|
|---|
jula です。 左官、大工、石屋のほかに百姓、鍛冶が目にとまりましたのでこちらも抽出してみま した。 (前出の左官、大工、石屋で出てきた帖は省略しています)
|
それが神のやり方ぞ、 百姓は百姓、鍛冶は鍛冶と、 今度はとことはに定まるのぞ、 身魂の因縁によりて今度はハッキ リと定まって動かん神の世とするのぞ、 茄子の種には瓜はならんぞ、 茄子の蔓に瓜をならすのは悪の仕組、 今の世はみなそれでないか。 これで世が治まったら神はこの世に無いものぞ。 神とアクとの力競べぞ。 今度はアクの王も神の力には何うしてもかなはんと心から申す所まで、 とことんまで行くのざから、 アクも改心すれば助けて、 よき方に廻してやるぞ。 神の国を千切りにして膾(ナマス)にするアクの仕組は分りて 居る、 アクの神も元の神の仕組を九分九厘までは知ってゐて、 天地ひっくり返る大戦となるのぞ。 残る一厘は誰も知らぬ所に仕かけてあるが、 この仕組、心で取りて呉れよ、 神も大切ざが、 この世では臣民も大切ぞ。 臣民この世の神ぞ、 と言ふて鼻高になると、 ポキン折れるぞ。 七月一日、 ひつ九のか三。 上つ巻 第28帖 (028)
|
延ばし延ばしてゐるのざぞ、 目覚めぬと末代の気の毒できるぞ。 国取られた臣民、 どんなにむごいことになりても何も言ふ こと出来ず、 同じ神の子でありながら余りにもひどいやり方、 けものよりもむごいことになるのが、 よく分りてゐるから、 神が表に出て世界中救ふのであるぞ、 この神示腹に入れると神力出るのざぞ、 疑ふ臣民沢山あるが気の毒ざぞ。 一通りはいやがる臣民にもこの神示一二三(ひふみ)として読むやうに上の人してやりて下されよ。 生命あるうちに神の国のこと知らずに死んでから神の国に行くことは出来んぞ、 神の力でないと、 もう世の中は何うにも動かんやうになってゐること、 上の番頭どの分かりて居らうがな、 何うにもならんと知りつつ まだ智や学にすがりてゐるやうでは上の人とは申されんぞ、 智や学越えて神の力にまつはれよ、 お土拝みて米作る百姓さんが神の まことの民ぞ、 神おろがみて神示取れよ、 神のない世とだんだんなりておろがな。 真通(まつ)ることは生かす事ぞ。 生かす事は能(はたら)かす事ぞ。 神の国には何でもないものないのざぞ、 神の御用なら何でも出て来る結構な国ぞ、 何もなくなるのはやり方わるいのぞ、 神の心に添はんのぞ。 十月七日、
一二 地つ巻 第30帖 (167)
|
アメミナカヌシノミコト、 アノアニナリマシキ、 タカアマハラニ ミコトトナリタマヒキ。 今の経済は悪の経済と申してあろがな、 もの殺すのぞ。 神の国の経済はもの生む経済ぞ。 今の政治はもの毀(こわ)す政治ぞ、 神の政治は与へる政治と申してあろが。 配給は配給、統制は統制ぞ。 一度は何もかも天地に引上げと申してあるが、 次の四(よ)の種だけは地に埋めておかねばならんのざぞ。 それで神がくどう申してゐるのぞ。 種は落ちぶれてゐなさる方(かた)で守られてゐるぞ。 上下に引繰り返ると申してある事近づいて来たぞ。 種は百姓に与へてあるぞ。 種蒔くのは百姓ぞ。 十月の二十二日、 ひつ九かみ。 日月の巻 第06帖 (179)
|
すきさへあれば人民の肉体に飛び込んでしまう計画であるから、 余程 気付けて居りて下されよ。 大臣(おとど)は火と水と二人でよい ぞ、 ヤとワと申してあろが、 ヤ、ワ、は火の中の水、 水の中の火であるぞ、 後はその手伝いぞ、 手足ざぞ、役人 自(おのづか)ら出来るぞ。 ヤクはヤクであるぞ、 今迄は神国と外国と分れてゐたが、 愈々一つにまぜまぜに致してクルクルかき廻してねり直 して世界一つにして自ら上下出来て、 一つの王で治めるのぢゃぞ。 人民はお土でこねて、 神の息入れてつくったものであるから、 もう、どうにも人間の力では出来ん様になったら お地(つち)に呼びかけよ、 お地(つち)にまつろへよ、 お地(つち)は親であるから親の懐(ふところ)に帰りて来いよ、 嬉し嬉しの元のキよみがへるぞ、 百姓から出直せよ。 ミロク様とはマコトのアマテラススメラ太神様のことでござるぞ。 六月十七日、 ひつくの神。 光の巻 第05帖 (401)
|
![]()
|
![]() |
![]() |
|
|||
|
|