天地初発の混沌としている時期に、ほのかな、きざしが、あらわれました。
第一巻 『上つ巻』(うへつまき)=軽いものは、「上」にのぼり、
第二巻 『下つ巻』(四百(シモ)つまき)=重いものは、「下」にくだり、
第三巻 『富士(不二)の巻』(二二(フジ)のまき)=二つの動きに分かれ、「不
二」となった。
第四巻 『天つ巻』(あ○(マ)つまき)=軽く澄み易いので、先に上方で、「天」と
成りました。
第五巻 『地つ巻』(九二(クニ)つまき)=重く濁り固まりにくいので、後に下方
で、「地」と成りました。
第六巻 『日月の巻』(ひつ九(ク)のまキ)は、日の巻と月の巻を合わせたもので
す。すなわち、太陽と月の発生を示しています。昭和19年10月17日(旧暦9月1日●新月)よりはじまります。●新月は、旧暦の月の初日にあたり、日と月が合していま
す。
またこの日の始まりの午前0時は、甲申年、甲戌月、甲寅日、甲子刻があたります。
甲(きのえ)は、十の天干の『甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊
(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずの
と)』の一番最初にあたります。新月と甲(きのえ)の重なりは、初発を示しています。
甲(きのえ)の字の意味は、種の殻を付けたまま地面から出でくる植物の最初の発芽の
型です。年月日時の四つの天干が、甲(きのえ)になりますのは、10年のうちに1年の中
の1ヶ月間に3日間あります。さらにその3日間が、●新月の旧暦の月の初日(約2
9分の1)にあたるのは、(約29分の3)で約10パーセントです。100年に1日間が
有るか無いかくらいの確率なのです。
第六巻 『日月の巻』は、「盤古大神は、死んで、左目は太陽、右目は月と成っ
た。」ということで、日と月の発生を示しています。日本の記紀の神話では、黄泉の
国から帰って来たイザナキ大神が、橘之(たちばなの)小門(おどの)阿波岐原(あはきは
ら)で汚れを禊ぎ払いをした後に左目を洗い太陽(アマテラス大神)、右目を洗い月
(ツクヨミノミコト)と成ったとしています。
第七巻 『日の出の巻』((ヒ)のて(デ)のまき)は、昭和19年12月1日より始りま
す。旧暦では、10月16日であり、○満月の翌日に当たります。巻名どおり、昭和19年
12月1日の『日の出』の時刻には、東には、昇りゆく太陽が見え、西には、沈み行くほ
ぼ満月に近い丸い月が見えたはずです。つまり、○満月の翌日の朝の『日の出』の時
刻には、太陽と月が地上を相照らす最も明るい状態なのです。
第八巻 『磐戸の巻』(イ八(ワ)トノまき)の伝達期間は、始めが昭和19年新暦12月
30日から終りが昭和20年の旧暦11月30日までです。昭和19年12月30日の始まり午前0時は、○満月の月蝕始まりの翌日に当たり前日の夜から起きた月蝕が続いておりまし
たので、月が隠れたままの暗い状態です。昭和19年旧暦11月30日となっていますが、
新暦では、昭和20年1月14日の事です。
この日は、日本からは、見えませんでしたが、南半球では、日食が、観測されまし
た。現行暦では旧暦11月30日は無く、旧暦11月29日までです。新暦で昭和20年1月14
日の神示上の旧暦11月30日は、旧暦12月1日にあたります。あえて、神示上で旧暦11
月30日と表記されたのは、太陽が隠れ暗い状態を示したかったのです。
第八巻 『磐戸の巻』は、第七巻 『日の出の巻』とは対照的に、磐戸が閉じられて
太陽と月が隠れた最も暗い状態を示していると思います。
第九巻 『キの巻』(キノ○(マ)キ)=キの御用。火にも通じます。キの御用とは、
キ(気)とは精神を養う御用の事か。
第十巻 『水の巻』(三(ミズ)の○(マ)キ)=ミの御用。水にも通じます。ミの御用
とは、ミ(身)とは身体を養う御用の事か。
第十一巻 『松の巻』(○(マ)つの○(マ)キ)=松を木の公(キミ)という。キミの御
用。火水の御用。精神的キの御用と、身体的ミの御用の両方が調和した状態を松心と
言うのだろうか。この三つの巻は、閉じた磐戸を開くためにキの御用、ミの御用、キ
ミの御用、が必要であると解説したものであると思います。
第十二巻 『夜明けの巻』(曰(ヨ)アけの○(マ)キ)=これは、磐戸が開けた状態で
す。天の岩戸開き。本文中にも、岩戸明けたりと何度も出てきます。夜明けの巻の最
後の14帖の図形は、これを表現したものであると思います。
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