ヤマトマンさんのメール
千成様、太陽様、皆様今晩は。
NO1648で
オーテック様が良い質問をしていますので私
なりの回答があります。
(当然「誰にも」押し付ける訳でもないのでご配慮を)
あのような疑問は誰もが考えるのかもしれません。
では逆に問います。
「しかし時間が足りない」
では具体的に、どの位の時間があれば「足りる」のでしょうか?
この答えは、リアルタイムです。
私は心の問題は
「それを行い続けることに意義がある」
「これが全て」
だと考えています。
ある意味、過去に何かの反省を
自覚しているのであれば、
その人は「その事」を、すでに刈り
取っているのです。
それで十分なのです。
今の世は、人が何か刑事事件(罪)を犯すと、
法廷で裁きを受けます。
「しかしその裁きといいうものは本当に難しい」
と私は考えています。
なぜならその人が
「心から反省している」
とは判りずらいものであろうと思うのです。
いくら刑期を長くしても、罰金を科しても
反省をしていない人が、あなたの隣に
住むことになるのかも知れませんよ。
(その逆もありうるかと。)
実際、裁判官も迷うでしょうね。
この世の正義と言うものは扱い方次第では、曲々しい
物にもなるのです。
反省している人には、長い刑期がその人の
未来に本当に適切な判決かと。
でも「罪が重いもの」でその人が
反省を認め悔やんでいても、「刑が軽いもの」であると世論
の攻撃にあいます。
ですから裁判官は、基本的に過去の事例の
判決を基準にして裁いてくるそうです。
大変な仕事ですね。
私にはとてもできません。
本当に人に大切なことは、過去を見据えた未来(これから)しかないと考えています。
その点ではギリギリセーフ
の方のほうが多いかも知れません。
そして私のようなものほどアウトになりやすいの
かもしれません。
私は大天使はそのあたりのことは良く
見抜いてくると考えています。
そして奴(サタン)の癌になれるような
人ほど、天使は放っておかないと考えております。
できましたら太陽様の意見をおうかがいしたいものです。
皆さんおやすみなさい。
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