プロパさんのメール
プロパといいます。
予言を元に終わりの理論を構築しているようですが、予言はいくらでもまちがった
解釈ができるものです。
未来を予測する「占い師」で終わってほしくはないと思いメッセージを書きまし
た。
予言とは「雲」のようなものです。 ひとつひとつの予言はもやもやしていますが、
キーワードで関連するものを集めるとある形が見えてきます。
そしてノストラダムスはキリスト者でした。
聖書をベースにしないといくらでも違った形に見えると思います。
聖書は物事には必ず2つの見方があると教えています。 (日月神示では8つの見方があ
ると言っているようですが)
例えば、善から見た見方と悪から見た見方というように
このサイトの見方は、あるひとつの方向にこり固まっているようです。
このような違った見方をする事で、聖書やノストラダムスの預言は少なくとも2倍の
意味を持つようになります。
例えば神は 「すべて肉なる者は、もはや洪水によって滅ぼされることはなく、また
地を滅ぼす洪水は、再び起らないであろう」
と言いました。
別の見方によると、地域的な洪水はたくさん起こすことはある。
全面核戦争はないけど、戦域核戦争はあり得ると拡張解釈できるのです。
また、
「文字は人を殺すが、言葉は人を救う」 とも書いてあります。
たとえで語られた文字を鵜呑みにすると石につまづくのです。
予言とは負帰還でありフィードバックだと思います。
未来の情報を一部分知らせることで、真理を与えて、暴走を防ぐのです。
霊の世界には時間はありません。 始まりもなければ終わりも無いです。
霊から見て、この世界には自由は存在しません。 時間は確定しているのです。 です
から予言は成立します。
聖書では世の終わりは2回繰り返されると説明しています。
第一の死と第二の死です。 この間には千年期(至福千年)の比較的平和な時代があり
ます。
今は第一の死の時代にあり、聖書の予言は着実に進行しているようです。
それは、例えば、黙示録の第15章で七人の御使が、七つの災害を携えてくるとい
うもの
すでに、六番目のハルマゲドンまでが成就したか、又は進行中なのです。
この中でまだ起こっていない災害は、第七番目の
「また激しい地震があった。」
「大いなる都は三つに裂かれ、諸国民の町々は倒れた」
です。
これによって大いなる都が世界に明らかになるわけですが
第一の死における神の審判は、いくつかの場所を選んで行われ、世界に神の霊の存
在を明らかにし、魂のさばきがあることを世界に示すことにあるようです。
この世の終わりとは言い方を変えると、予言が次々と現実となることで、この世の
時間は確定しており、自由は無く、死後魂に裁きがあり、この世界は神の霊が創造
した仮想現実にしかすぎなかったことが認識されて、物質文明がむなしくなり世界
の人々に精神的な破局がおとずれるということ。
時間は確定している、人は石ころと大して変わらない存在、メドゥサを見るので
す。
神は聖書では「全知全能」であるとなっています。 なんでもありの仮想現実だから
こそこれは可能なのです。
遠い将来、神の霊が人の中に住むようになったときに、予言がすたれる時が来ると
聖書に書いてあります。 これは、神の霊は仮想現実の主体なので、自由が神を通し
てもたらされると捉えることもできると思います。
神の霊とはなんでしょうか
全ての霊(天使も悪魔も)は神の霊から出ているレンタルです。
そして神は自分に似せて人間を創造しました。
つまり、神の霊は善と悪の人格を持った存在です。
イエス・キリストは神の霊の第一の写像の人間です。
聖書ではイエス・キリストは「オリーブの木」や「葡萄の木」にたとえられていま
す。
全ての人に注がれる霊は、この木の枝のように序列があり、再帰的な構造をなして
いるのです。
第一の写像である「オリーブの木」イエス・キリストとは、つまり、全人類の雛型
を意味します。
さばいて十字架(「オリーブの栄光」)にかけたことは、将来、全ての人々がさばか
れることを暗示するわけです。
ところで、黙示緑によると神の御前に2本のオリーブの木があるとなっています。
一本はイエス・キリスト(神の右側に座る)だとすると、残りの一本は誰を象徴する
のか?
これは、答えは書いていませんがサタン(左端)ではないでしょうか
「神はいたるところに見られる」
と聖書に書かれています。
これは、例えば木の形や宇宙、原子などの再帰的な構造を意味しています。
神の霊は全宇宙にエーテルのように満たされています。
全ての人の脳も神の霊に満たされています。
だからノストラダムスはイエス・キリストの霊から500年前にメッセージをもらい心
の中を覗いたような預言詩を書き残すような事も可能なのです。
人の脳は右脳が左半身に接続され、左脳が右半身に接続されていて、ひねって接続
しています。
日月神示によると霊的な序列構造もこのようにひねられていて、バランスを保つ役
目をしているようです。
審判、さばきとはなんでしょうか。
出発点が間違っていたら、その上に構築されたものはやがて倒れることになりま
す。
例えば共産主義とソ連であり、また、カルト宗教団体も同じで、やがてすたれる時
がきたときこの団体に所属していた魂とともに死に至るのです。
これらの特徴は人間中心主義、主体主義にあります。 人間が中心になるとは聞こえ
はいいですが、人間が権威を持ち神になることを意味します。
このような社会では監視社会が構築され、官僚や独裁者に権力が集中して腐敗が発
生します。
そして人々は人や組織や物といった神の霊以外の虚像を拝むようになるのです。
終末の時に問われているのは、魂が邪悪であるかどうか、心の奥で属しているのは
何か?、どこかの組織ですか、人ですか、物ですか、神の霊ですか、あるいは善です
か?
それにもとづいて
「人は死後さばかれる」
のです。
つまり、死後魂が輪廻してよみがえるか、よみがえらないか
よみがえったとしても、「殺したものは殺される」ので殺される要員としてよみが
える者もいるわけです。 罪に対する罰はこのような呪いです。
月人と呼んでいる人達は聖書では「獣」と言われているようです。
獣の特徴は 「終りの時に、あざける者たちがあらわれて、自分の不信心な欲のまま
に生活するであろう 彼らは分派をつくる者、肉に属する者、御霊を持たない者た
ちである」
そして、獣は人の額や手に刻印をつけます。
額に刻印をつけるとは、心に獣の邪悪なしるしをつけることです。
獣は自分の権威を維持する為に、宣伝活動を通して人々を感化しています。
しかし、その攻撃対象が善悪そのもの、善なのか悪なのか微妙なものだったらどう
なるでしょう。
獣は、自分の覇権の為に、人々に獣につくように強制します。 人々は獣から脅され
て、大きい組織、強いもの、体制的なものにつく人が多いのです。 この時、人は自
分の思考を中止して獣と同化したことになります。
また、殺したいから殺すといった邪悪な者は、攻撃的な獣に喜んで協力するでしょ
う。
このようにして、獣による刻印は完成します。
刻印をつけられた魂は、死後、次の千年期には甦らなくなると書かれています。
その為、長い間、比較的平和な時代が続くことになるようです。
しかし、次の千年期の終わり頃に、彼らは復活して、また、騒動や戦争をはじめま
す。
そして、世の終わりがやってきます。 これが第二の死による審判です。
2回目の方が激しいものになります。
このころの社会は監視社会が構築されており、互いが互いを監視し、不信感から万
人による万人の戦いを引き起こします。
これは国家間でも同じことが起こり、この争いのために多くの魂が甦らなくなって
しまいます。
ノアの洪水、第一の死、第二の死、といった終わりを何度か繰り返すうちに、邪悪
な魂が徐々にとり除かれて、人々は呪いを解かれて楽園に近づいていくのです。
これが、神の救済計画というわけです。
アダムとイブは、楽園で善悪の木の実(罪)を食べました。 罪を犯したことにより、
善悪を知りました。
楽園を追い出されて、最初にできた子供の名はカイン(姦淫)、カインは弟アベルを
殺しました。
ノアにつながるのは、カインではなく3番目?の子供セツである。
マルコによる福音書によるとイエスが十字架で
最後に言った言葉は、
「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」 である。
現代日本語に近い言葉である。 アナグラムで
「エロイ、エロイ、マラ、サバク、クニ」
であれば意味が通る。
日本語のフリーのオンライン聖書を紹介したいところですが、中国語や韓国語を含
めた他のほとんどの言語のオンライン聖書はありますが
(http://unbound.biola.edu/)
日本語版は著作権を主張する団体があるために無いようです。 月人に支配されてい
るのでしょうか?
|